Game of Vampire   作:のみみず@白月

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恨みと赦し

 

 

「……やあ、二人とも。」

 

白い滑らかな壁と、リノリウムの床で構成された面会室。どこか病院を思わせるその部屋の間仕切りされたスペースの一つで、霧雨魔理沙はペティグリューとガラス越しに対面していた。えらく近代的な内装だし、ここは改装済みの部屋なのかもしれない。外の古めかしい監獄の雰囲気とは大きく異なっているな。

 

ペティグリューとの面会のためにアズカバンに連れて来てもらった私と咲夜は、今まさに目的の人物と顔を合わせているわけだが……うーむ、非常に気まずいぞ。こういう場合は何て声をかければいいんだ? 状況や関係が特殊すぎて全然分からんな。

 

前よりも痩せこけている印象のペティグリューが残った左手をおずおずと振って挨拶してくるのに、とりあえず二人で返事を返す。ちなみにアリスは少し離れた場所で見守っており、ここまで案内してくれたオグデンは部屋の隅で壁に寄り掛かっていて、ペティグリューを連れて来た看守も会話が聞こえるか聞こえないかくらいの位置で待機している。

 

「お久し振りです、ペティグリューさん。」

 

「あー……久し振りだな、ペティグリュー。面会を承諾してくれて助かったぜ。」

 

「気にしないでくれ、私は何もしていないからね。ここでは何をすることも許されないんだ。だから面会は私にとって唯一の娯楽なんだよ。……朝か夜かが分からないから実際はそうじゃないのかもしれないけど、最後にリーマスが来てくれてから随分と時間が経ってしまった気がする。久々に人と話せて嬉しいよ。」

 

ジッと自分の膝を見つめながらボソボソと話してくるペティグリューに、咲夜が何とも言えない顔付きで相槌を打った。『何をすることも許されない』か。私だったら耐えられないような状況だな。

 

「えっと、ペティグリューさんは下層に入っているんですか?」

 

「そうだよ、その通りだ。僕は……私は『凶悪犯』だからね。当然のことさ。そう、当たり前のことなんだ。」

 

咲夜の方を見ずにそう答えたペティグリューは、自嘲するような笑みを浮かべながら続きを語る。ハリーの両親の死の間接的な原因とはいえ、この姿を目にすると哀れに思えてきてしまうな。

 

「私は無実のシリウスを十年以上もこの場所に押し込んだ。なら、私がここに閉じ込められるのはおかしなことじゃない。自業自得さ。自分の行いが巡り巡って自分に返ってきただけだよ。それ以外の沢山の愚行もくっ付いて、利子を増やして戻ってきたわけだね。……だから私はこの場所に居るんだ。これからずっとね。ずっと。」

 

言い終わると黙り込んでしまったペティグリューに対して、私たちがどんな言葉をかければいいのかと迷っていると……ペティグリューの方から話を再開してきた。やや無理している感じの明るい声でだ。

 

「まあ、私のことは気にしないでくれ。わざわざ話を聞きに来たってことは、今日の私は久々に誰かを手助けできるんだろう? だったら暗い話はやめよう。こんなことを聞かせて君たちを困らせたいわけじゃないんだから。」

 

「……じゃあその、本題に入るけどよ。私たちが教えてもらいたいのはホグワーツの隠し部屋についてなんだ。三階の北側からパイプを伝ってたどり着ける、地下通路にある隠された扉。マーリンの紋章が刻まれた扉のことを覚えてるか?」

 

「マーリンの? ……ああ、覚えているよ。最近は昔のことばかりを考えているからね。結局見つけ出せなかった隠し部屋だろう? 懐かしいな。鮮明に覚えているとも。あの時は珍しくみんなに頼られたから、何度も何度もパイプを伝って必死に道順を覚えたんだ。……プロングズにも、ピックトゥースにも、パッドフットにもムーニーにも出来ないことが出来たのが嬉しかった。みんなが調査から戻った僕のことを囲んでくれたから、まるでみんなの中心になれたようでとても誇らしかったんだ。覚えているよ。覚えているとも。忘れるはずがない。」

 

私からの質問を受けて嬉しそうな表情で頷いたペティグリューに、今度は咲夜が問いを飛ばす。

 

「正確な道順も覚えていますか? 私たち、その扉を探しているんです。」

 

「勿論だとも。何か書く物はあるかい? 私はペンを持たせてもらえないから、言葉で説明するよ。覚えているさ。しっかりと覚えている。今日の私は『役に立つネズミ』だからね。君たちの役に立ってみせよう。」

 

「ちょっと待ってくださいね、一応ホグワーツの簡単な地図を描いてきたんです。」

 

何というか、ペティグリューの態度は何処となく不安定だな。まあ、そりゃそうか。こんな場所で暮らしていれば多少不安定にもなるだろうさ。急にテンションを上げ始めたペティグリューを前に、咲夜と二人でホグワーツ城の簡易的な地図を描いておいた羊皮紙を広げると、アズカバンの囚人どのは勢いよく順路を伝えてきた。

 

「入り口は三階の北側トイレの向かいの壁だよ。そこにある石像の裏に使われていないパイプが突き出しているんだ。そこから入って、七つ目の分岐で右に曲がる。そうすると少し広いパイプに出るから、そこをひたすら上って──」

 

予想以上に詳細なペティグリューの説明によれば、三階の北側から古いパイプに入ってぐるりと校舎を一周し、天文塔の壁の中に埋まっている太めの螺旋状のパイプを通り、その途中でほぼ垂直になっている細めのパイプを慎重に下った後、十七個目の横穴に入っていくらしい。

 

そうすると一階の床下のパイプに出るから、そこをまたしても複雑に曲がったり上ったり下ったりすれば、結果として二階の壁の裏の大きなパイプに出るわけだ。そして更にそこから分岐するパイプに入り、緩やかな直線の傾斜を下って一直線に地下通路にたどり着いた後、何度も曲がった末に到着するのが……ここか。ゴール地点はやはりシリウスやルーピンが言っていた場所と同じだな。地下通路の西側にある、今は使われていない地下牢が並ぶ区画。そこにマーリンの隠し部屋が存在しているようだ。

 

「──から、注意すべき場所は二階から一気に地下通路に下る時の太いパイプだよ。同じようなパイプが平行して何本も埋まっているから、正解のパイプを選ばないとたどり着けないんだ。」

 

「えーっと、これで合ってますよね? 確認してもらえますか?」

 

話を聞きながら私と咲夜で地図に書き込んだ『正解ルート』。細々とした注意点も各所にメモしてあるそれを見て、ペティグリューは小さく首肯してきた。めちゃくちゃ複雑な順路だな。よくもまあしっかり覚えていたもんだ。

 

「合っているよ。完璧だ。……私は役に立てたかな?」

 

「はい、凄く助かりました。ありがとうございます。」

 

「これでようやく本格的な調査に入れるぜ。ありがとな、ペティグリュー。」

 

「それは良かった。本当に良かった。……嬉しいよ。今の私は役に立つネズミなんだ。今だけは裏切り者のペティグリューじゃない。あの四人と一緒に居られる、『ドジなワームテール』に戻れた気分だ。」

 

『ドジなワームテール』ね。きっとそうであった頃こそが彼にとっての輝かしい時間なのだろう。騎士団員だった頃ではなく、ヴォルデモートのスパイだった頃でも、ペットのスキャバーズだった頃でもなく、忍びの五人として過ごしていた学生時代こそがペティグリューの『良き思い出』なわけか。

 

ペティグリューの気持ちを思って遣る瀬無い気分になっていると、彼は徐に立ち上がって看守へと目線を送る。

 

「それじゃあ、私はこれで失礼するよ。もっとお喋りしたいのは山々だけど、これ以上話していると余計なことを口走っちゃいそうだからね。……哀れな囚人じゃなく、役に立つネズミとして別れたいんだ。悪い記憶よりも良い記憶が最後にあった方が良いだろう? その方が良い。良いに決まってる。」

 

結局最後まで私とも咲夜とも目を合わせずに背を向けたペティグリューのことを、近付いてきた看守が奥にある鉄格子の向こうへと連れて行く。その姿を見ながら、ガラスの仕切りに手を当てて呼びかけを放った。

 

「あのよ、ずっと言いたいことがあったんだ。私たちが一年生の頃、助けようとしてくれただろ? 色々と複雑な事情があるけどさ、何にせよ礼を言っておくぜ。ありがとな、ペティグリュー。」

 

「ありがとうございました、ペティグリューさん。今回のことも、あの時のことも。」

 

私に続いて礼を言った咲夜の声を聞いて、ペティグリューは振り返ってこちらを見た後……様々な感情が綯い交ぜになったような顔で左手を小さく振ってから、鉄格子の奥へと消えて行く。ほんの僅かな時間だけ目が合ったな。私はあのペティグリューの表情を形容する言葉を知らないが、どうにもこちらを寂しくさせる顔だったぞ。

 

咲夜と同時に深々と息を吐いて面会用の椅子に背を預けたところで、歩み寄ってきたアリスが話しかけてきた。気遣うような優しげな声でだ。

 

「帰りましょうか。アズカバンは貴女たちが長居すべき場所じゃないわ。」

 

「……身に染みたぜ。ここはどうやら、私の好奇心を擽る類の場所じゃなかったみたいだ。」

 

「うん、賑やかな三本の箒でバタービールを飲みたい。そんな気分だわ。」

 

来て後悔しているわけではないし、ペティグリューに直接お礼を言えたのは良かったが……そうだな、早くホグズミードに戻ってバタービールを飲みたいぞ。アリスの促しに従って面会用の椅子から立ち上がった私たちのことを、通路へのドアを開いたオグデンが先導し始める。

 

「では、行きましょうか。屋上まで送りますよ。……マーガトロイドさんの言う通り、この場所は貴女たちには向いていない。もう来る機会がないことを祈っておきましょう。」

 

肩を竦めて部屋を出たオグデンを追って、来た道を戻っている途中で……先頭を進む監獄長どのがやおら咲夜に声をかけた。歯切れの悪い口調でだ。

 

「ミス・ヴェイユ、貴女は僕たちのことを……何と言うか、恨んでいますか?」

 

「へ? 『恨む』? ……あの、どういう意味でしょうか?」

 

「だからつまり、過去の闇祓い局のことをです。……いえ、違いますね。この期に及んで誤魔化すのはやめましょう。これは闇祓い局全体ではなく、僕個人の問題なんですから。」

 

んん? 何を言いたいんだ? 真剣な声色でそう呟きながら首を振ったかと思えば、オグデンは覚悟を決めるように一拍置いてから話を再開する。

 

「身重のコゼットが家で休養を取ろうかと悩んでいた時、闇祓い局の方が安全だと最初に提案したのは他ならぬ僕なんですよ。当時の僕は自宅よりも魔法省に居た方が安全だと信じ切っていましたから、アレックスやコゼットに強く勤務の継続を勧めました。ここに居れば僕たちが守れるからと。」

 

咲夜が生まれる前の話か。歩きながら告白しているオグデンは、振り返らずに続きを語ってきた。ありありと後悔が滲んでいる声だな。この男は咲夜の両親の死を心から悔やんでいるようだ。

 

「僕があんな余計な一言を口にしなければ、貴女の両親は今なお生きていたかもしれません。アレックスやコゼットだけじゃありませんよ。ヴェイユ先生だってコゼットが危険でなければもっと冷静に動けていたはずです。そうであった場合、果たしてあれほどの杖捌きをする魔法使いが同じ結末を辿ったでしょうか? 僕には到底そうとは思えませんね。そうであるはずがない。……要するに、僕の無責任な発言が全ての発端なんですよ。もし愚かな僕が口を挟まなければ、貴女の両親は忠誠の術で自宅に隠れることを選んでいたかもしれないんです。」

 

「……闇祓い局の方が安全だという結論には皆が納得していたわ。ダンブルドア先生や、ムーディや、私だってそう思っていたもの。あの時死喰い人が魔法省に攻め込んでくることを予想できていた者は一人も居なかった。それは厳然たる事実よ。」

 

「それを予想すべき立場に居たのがクラウチと僕なんです。クラウチは執行部全体の戦略を決める部長であり、闇祓い局の計画立案は副局長たる僕の仕事だったんですから。あれほど大規模な攻勢を予期できなかったどころか、僕は魔法省での戦闘にもロクに参加できませんでした。……その点においては現地で戦ったクラウチの方がまだマシですよ。僕は慌てて駆けつけてアトリウムで足止めを食らった挙句、守ると豪語した者を誰も守れなかったんですから。」

 

アリスの発言に応じた後、そこで自嘲するように一度鼻を鳴らしたオグデンは……ピタリと立ち止まって咲夜に向き直ってから、脱いだカウボーイハットを胸に当てて深々と頭を下げた。この男にはひどく似合わない、悔恨の面持ちでだ。

 

「申し訳ありませんでした、ミス・ヴェイユ。貴女には僕を恨み、そして裁く権利があります。弱い僕は今までずっとあの時の責任から逃げ続けてきましたが……しかし去年のクリスマスパーティーで貴女と出会った瞬間、コゼットそっくりな貴女を見て思ったんです。この事実を胸に秘めたままにしておくのはあまりに卑怯だと。」

 

「……オグデンさんは、私の両親を守ろうと思って提案してくれたんですよね?」

 

「結果が全てですよ。僕が貴女の両親を死地に誘ったことは間違いありません。そして僕は貴女の両親を守ろうとすることすら出来なかった。今も昔も口先だけの愚かな男なんです。」

 

私とアリスが何も言えずに見守る中、オグデンの謝罪を受けた咲夜は……少しだけ沈黙した後で、はっきりと嘗ての闇祓い副局長の目を見ながら返答を返す。

 

「……私は、両親の死を誰かの責任にしようとは思っていません。それが全てです。今までずっと在るが儘に受け入れてきましたし、これからもそうしていくつもりでいます。貴方はお母さんのお腹の中にいた私と、私の両親を助けようとしてくれた。そこだけを受け取るんじゃダメでしょうか?」

 

「……それが貴女の答えなのであれば、僕に何かを言う資格はありませんね。行きましょうか。貴女のような人にこの陰鬱な場所は似合わない。早く出ましょう。」

 

咲夜の返事を耳にして再び歩き始めたオグデンの背を追いつつ、心の中で小さくため息を吐く。オグデンはひょっとしたら、咲夜からの赦しが欲しかったのかもしれない。でも、咲夜は恨むことを選択しなかった。だからオグデンは赦しを手に入れることが出来なくなってしまったのだ。

 

オグデンが赦してくれと乞えば、優しい咲夜はきっと赦しを口にしただろう。……それをすることこそが本当の罪だと考えたんだろうな。この男は自分が楽になるために赦しを強請ることを良しとしなかったわけか。

 

恨まれるのも辛いだろうが、恨まれすらしないのはもっと辛いはずだ。だけど咲夜の選択が間違っているとは思えないし、まさか赦すために恨めと言えるはずもない。それを決めていいのは私でも、オグデンでもなく、咲夜だけなのだから。

 

憎しみが傷を与えるように、優しさが十字架を背負わせることもあるってことか。難しいな。咲夜の両親を助けようとしたオグデンも、失敗を恨まなかった咲夜も悪くないはずなのに。

 

どうしようもなくもどかしい感覚を抱えながら、霧雨魔理沙は重苦しい監獄の廊下をひた歩くのだった。

 

 

─────

 

 

「ホグワーツが恋しいよ。あそこは本当に良い学校だった。ご飯は美味しいし、娯楽もあるし、何より教師が優しかったからな。」

 

これも一種の『ホームシック』か? うんざりしたような表情でボヤくロンを見ながら、アンネリーゼ・バートリはビーフステーキバーガーに齧り付いていた。美味いな。名前を見て即決して正解だったぞ。魔法省のしもべ妖精たちも中々やるじゃないか。

 

十一月十日の昼、私とハリーとハーマイオニーとロンは魔法省の食堂でランチを楽しんでいるのだ。現在ブラック邸で生活しているハリーは隠れ穴に何度か遊びに行っているようだし、私もハーマイオニーとちょくちょく会ったりしているが、四人で揃ってテーブルを囲めるのは一ヶ月半振りくらいだな。やはりこの四人での食事はしっくり来るぞ。

 

良い気分でバーガーに舌鼓を打っている私を他所に、ハリーがロンへと相槌を飛ばす。ハリーはどうもヒゲをお洒落な感じに伸ばそうと画策しているようだが、まだヒゲが成長の途上な所為でいまいちの状態だ。『犬おじさん』が余計な助言でもしたのか? 伸びたところで似合わないと思うぞ、私は。

 

「やっぱり教官は厳しいの?」

 

「厳しいどころじゃないさ。悪魔だよ、悪魔。理不尽に怒鳴りつけられたりとか、ちょっとしたミスで物凄い量の追加課題が出たりとかでもううんざりだ。来月の合宿を思うと憂鬱になってくるよ。」

 

「確か、雪山に行くんでしょ?」

 

「僕とマルフォイと教官の三人でな。しかも一週間もだぞ? 想像しただけで気が狂いそうだよ。」

 

巨大なため息を吐く新人闇祓いどのへと、スープを飲んでいるハーマイオニーがジョークを送った。ロンは闇祓いの訓練に悪戦苦闘しているようだ。

 

「まあ、その面子だと楽しくスキーをするってわけにはいかなさそうね。ご愁傷様。」

 

「キミはどうなんだい? 十一月に入ったし、もう所属が決まったんだろう?」

 

「東欧担当のチームに配属されたわ。区長は現地に居ることが多いから、直接の上司は区長補佐のロビン・ブリックスさんって人よ。色々と気を使ってくれてるし、とりあえずは『当たり』の配属になったみたい。」

 

「ブリックス? どこかで聞いた名前だな。」

 

アリスかレミリアあたりから聞いた覚えがあるぞ。質問の返答を耳にして記憶を掘り起こしていると、探し当てる前にハーマイオニーが答えを教えてくれる。

 

「お父様が元不死鳥の騎士団員なんですって。第一次戦争の時に戦死したらしいけど、その繋がりで知っているんじゃない?」

 

「あー、そういうことか。イギリスは狭いね。」

 

「ハリーの友達だって言ったら、ジェームズさんのことも話してくれたのよ? 小さい時に一度だけ遊んでもらったのを微かに覚えてるって。」

 

「パパが? ……そっか、不思議な縁だね。」

 

しみじみとした面持ちで呟いたハリーは、ペンネのアラビアータをフォークで刺してから自身の近況を語った。

 

「僕の方は勉強をしつつ、シリウスと遊んでるって感じかな。今度どこかに旅行に行かないかって言ってくれてるから、少しイギリスを出ることになるかも。」

 

「羨ましいよ。どこに行くんだ?」

 

「多分オーストラリアかな。余裕があったら北アメリカにも行くかもだけど。」

 

「ハリーは暖かいオーストラリアへ、僕は地獄の雪山へか。……リーゼはどこか行かないのか?」

 

どんどん鬱々としていくロンの問いかけに、バーガーの最後の一口を食べ切ってから応じる。すぐ食べ終わっちゃったな。量はもっと多くしてもいいんじゃないか?

 

「来週末、日本に行くよ。仕事だけどね。」

 

「仕事?」

 

「遊園地で子守をするのさ。」

 

「……いよいよ訳が分からないわね。貴女、ベビーシッターにでもなる気なの?」

 

ちんぷんかんぷんだという顔付きのハーマイオニーの疑問に対して、『行きたくありませんよ』という感情を顔に表しつつ応答を投げた。私にだって訳が分からんさ。

 

「噛み砕けば、取引相手の『娘』のご機嫌取りってところさ。ちなみにアリスも一緒だ。それが唯一の救いだよ。」

 

「まあうん、大変そうではあるわね。リーゼは遊園地を楽しむってタイプじゃないでしょうし。」

 

「ロンよりはマシだろうけどね。お土産は買ってくるから期待しておいてくれたまえ。」

 

「いいな、僕もお土産を持ってくるよ。つまり、雪をな。多分それしかないだろうから。」

 

皮肉げに言ったロンがサンドイッチのやけ食いを始めたところで、ハリーが苦笑しながら話題を変えてくる。ここは明るい話題を振るべきだと考えたらしい。

 

「ロンもクリスマスはさすがに休みでしょ? 集まろうよ。隠れ穴か、シリウスの家にさ。」

 

「いいわね、ジニーたちにも久々に会いたいわ。パーティーをしましょう。」

 

「なら、僕の家かな。今年はビルもチャーリーも忙しくて帰ってこられないらしいんだ。ママが寂しがってたから喜ぶと思うよ。……それと、パーシーがとうとう一人暮らしを始めようかって悩み始めててさ。最近沈んでるんだ、ママ。みんな出て行っちゃうって。」

 

「パーシーが? ロンドンに移るってことかい?」

 

父親と同じ職場なんだから、別に隠れ穴で生活して問題ないだろうに。怪訝に思って聞いてみると、ロンはやれやれと首を振りながら理由を口にした。

 

「付き合ってる女の人と同棲したいみたいなんだ。付き合ってることをママに秘密にしてたから、そのことにも怒っちゃってさ。今の我が家の夕食はお通夜状態だよ。」

 

「アーサーさんや貴方は知ってたってこと?」

 

「うん、知ってた。会ったこともあるしな。ビルとチャーリーにも紹介済みらしいし、フレッドとジョージは勝手に嗅ぎ付けたから、知らなかったのはママとジニーだけだ。……あの二人、ビルがフラーと付き合い始めた頃に色々と煩かっただろ? だからパーシーは先に『外堀』を埋めようとしたみたいなんだよ。」

 

「それが裏目に出ちゃったわけね。なんて名前なの? パーシーのお相手さんは。」

 

どうやらメガネの三男どのは戦略を誤ったらしい。苦笑いで尋ねたハーマイオニーに、ロンはサンドイッチを頬張りながら返事を返す。

 

「オードリーさんって人。執行部本局の事務をしてる人で、歳はパーシーの三つ上だ。優しそうな雰囲気の上品な人だったよ。あれならママも強くは反対しなかっただろうし、先に紹介しておけばすんなり行ってたかもな。」

 

「つくづく失敗したらしいわね、パーシーは。……まあ、なるようにしかならないでしょう。クリスマスパーティーの時に会えることを祈っておくわ。」

 

「だな、呼ばれるか呼ばれないかがママの『決意表明』になるだろうさ。僕としては上手く行って欲しいよ。ママもジニーもフラーも気が強いタイプだし、ああいうおっとりした人こそがウィーズリー家に必要な人材なんだ。」

 

優しそうで上品で、おっとりしている人物か。エマみたいな性格ってことかな? まだ見ぬオードリーとやらを想像しつつ、食後のレモンティーに口を付けてから声を上げる。

 

「色々と変わっていくってことだね。……良いことなんじゃないかな。ウィーズリー家がまた発展しそうで何よりだよ。」

 

「親戚が増えすぎるのは困るけどな。……ハリーも他人事じゃないんだぞ。もしジニーと結婚したら、オードリーさんは親戚になるかもしれないんだから。」

 

「気が早すぎるよ。僕もパーシーも結婚までは決まってないんだから。……でも、僕としては親戚が多いのは魅力的かな。寂しくなさそうで良いと思うけど。」

 

「他所から見ればそうかもだけど、実際になってみれば分かるさ。多いなりの苦労もあるんだよ。」

 

最後のサンドイッチを食べながら額を押さえたロンに、私たち三人がクスクス微笑む。面白そうな未来予想じゃないか。私は楽しみにさせてもらうぞ。

 

本当にそうなった時は今のやり取りを未来のお喋りの肴にしようと心に決めつつ、アンネリーゼ・バートリは久々の四人での会話を楽しむのだった。

 


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