Game of Vampire   作:のみみず@白月

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守矢の八坂

 

 

「……何か話したまえよ。」

 

別に仲良くお喋りを楽しみたいわけではないが、ずっと黙りのままでは居心地が悪すぎるぞ。テーブルの対面で黙して紙のカップに入ったソーダを飲んでいる神奈子に言い放ちつつ、アンネリーゼ・バートリは苺のクレープを頬張っていた。不味いってほどではないものの、大して美味くもないな。エマのクレープの味を知っているからそう感じるのかもしれない。

 

『ベビーシッター』の任を果たすために日本の遊園地を訪れている現在、私は何故か神奈子と二人っきりでテーブルを……アホほど混雑しているレストランのテーブルを囲んでいる。アリスと早苗と諏訪子が『吸血鬼用の拷問装置』に乗っている間、二人で休憩することになってしまったのだ。

 

人間たちで混み合う騒がしい店内を横目に放った促しに、神奈子がテンションの低い声で応じてきた。

 

「私とお前の間で何か話すことがあるか?」

 

「キミね、社交性というものを身に付け損ねたのかい? 普通はテーブルを囲んだら会話をするものなんだよ。」

 

「では、しろ。退屈だから受け答えはしてやる。」

 

ええい、忌々しいヤツだな。組んだ足を揺すりつつ、パッと思い浮かんだ逸話を声に出す。いいだろう、そっちがそういう態度ならバートリ式の会話術でいってやるよ。最初に挑発の札を切るというやり方だ。

 

「だったらキミの話をしようじゃないか、建御名方。私には優秀な馴染みの情報屋が居てね。キミたちのことを調べさせたんだよ。……古の書物曰く、侵略者にボロ負けして諏訪に逃げ込んだんだって?」

 

神道に詳しくない私には沢山ありすぎて意味不明だったが、こいつの神としての一番有名な名は『タケミナカタ』であるはず。小馬鹿にするような笑みでアピスから聞いた話を持ち出してやると、神奈子はテーブルをバンと叩いて立ち上がりながら口を開く。予想以上の反応だな。怒ったか?

 

「違う! それは狭量で愚かな中臣氏……現在の藤原氏の創作だ。あの雷神に私は負けていないし、そもそも戦ってすらいない。自分たちの氏神の格を上げようとして、藤原の馬鹿どもが歴史を捻じ曲げたに過ぎん。」

 

「おっと、偉大なる諏訪の神は藤原氏がお嫌いなのか。」

 

「大嫌いだとも。当たり前だろう? あの連中がどれほど私たちの神格を捻じ曲げたかを知れば、お前だって嫌いになるさ。人間の小狡い部分を集約したような連中だからな。権力を握った途端に史書を『訂正』したり、都合の悪い歴史を焼き捨てたりとやりたい放題だ。」

 

「どの国の支配者もやっていることだし、私としてはどうでも良いけどね。……何にせよ、現代に伝わっている神話は真実ではないということか。だったら聞かせてくれたまえよ、『本当の神話』を。キミたちが私のことを知りたいように、私もキミたちのことを知りたいんだ。」

 

さあどうぞと手のひらを示してやれば、神奈子はムスッとした顔付きで席に座り直して応答してきた。

 

「……全てを話すには時間が足りんし、何より面倒だ。」

 

「なにも全部を話せとは言わないさ。余計な部分には興味がないしね。キミと諏訪子の関わりの部分だけで充分だ。……実際のところ、どうしてキミたちは『共存』しているんだい? 今の関係になった切っ掛けは何なんだ?」

 

そこだけはアピスの調査結果を踏まえてもよく分からなかったな。全然性質が違うように思える二柱が『セット』で活動するようになったルーツ。それを尋ねてみると、神奈子は一度ため息を吐いてソーダを一口飲んでから……落ち着いた口調で語り始める。

 

「いいだろう、そこは同盟者として説明しておくべきかもしれないな。……私たちのことを調べたのであれば、『国譲り』という出来事を知っているはずだ。」

 

「あーっと……そうだね、サラッとは知っているよ。複雑すぎて完全には理解できなかったが、噛み砕けば上位の神たちがキミたち下位の神々を打ち破って勢力に取り込んだんだろう?」

 

「だからそれは捻じ曲げられた歴史だと言っているだろうが。上位も下位もない。事実を簡単に話せば、我々葦原中国の神々は話し合いによって高天原の神々の体系に帰属することを決めたんだ。その過程で多少の小競り合いはあったが、大規模な戦闘には結局至らなかった。互いに利益があったから、同じ『大和の神々』になったというだけのことに過ぎん。」

 

「ふぅん? ……つまるところ、分かたれていた神々が一つの神話体系に同化したわけか。」

 

敗北による従属というか、交渉による『合併』だったわけだ。要するに神々のM&Aか。私の相槌に頷いた神奈子は、古い神話の続きを口にした。アピスの調査が正しいのであれば、神奈子が話しているのは今から二千年以上も前の出来事のはず。五百年を生きた私からしても『歴史』の範疇だな。

 

「そうして勢力を伸ばした我々大和の神々は、いっそのこと周辺地域の全てを平定してしまおうと考えたわけだ。当時の日本は様々な神が好き勝手に各地を治めていたからな。人間たちのために秩序を隅々まで行き渡らせようとしたんだよ。」

 

「おやまあ、世界各地の歴史に残る『強者の理屈』だね。ローマがそうしたように、キミたちも自分たちのルールを他の国々に押し付けようとしたわけか。」

 

「強きが弱きを征服するのはそこまで間違った行いではないはずだぞ。それに、当時の私たちはまだまだ未熟だった。敗北や衰退を知らなかったからな。自分たちこそが最も上手く世を治められると信じて疑っていなかったんだ。お前もよく知っているだろうが、神とは元来傲慢な存在なんだよ。……何れにせよ大和の神々はそれぞれの軍を率いて各地の平定に向かい、その時私の担当になったのが諏訪の地だったわけだな。」

 

「なるほどね、そこで諏訪子と出会ったのか。」

 

ようやく本題の部分に入ってきたな。食べ終わったクレープの包み紙を丸めている私へと、神奈子は苦々しい顔で諏訪の地での出来事を話し出す。良い思い出ではないらしい。

 

「その通りだ。当時の諏訪を治めていた土着神の首領が諏訪子……洩矢神であり、彼女は私の降伏勧告に応じず徹底抗戦の意思を示してきた。その結果として始まったのが『諏訪大戦』だ。私の軍勢と諏訪子の軍勢が天竜川を挟んで向かい合い、諏訪の地を治める権利を賭けてぶつかり合ったんだよ。」

 

「神々の戦争か、面白いね。どっちが勝ったんだい?」

 

「私だ。日本の中心部である大和の兵を率いていた私の軍勢と、一地域の土着神である諏訪子が率いていた寄せ集めの軍勢では質が違いすぎたからな。予想以上の抵抗ではあったし、故に戦いは時間をかけた泥沼の様相になったが、それでも最終的な結果は覆らなかった。技術の差があり過ぎたんだよ。……結局諏訪子は被害が大きくなる前に負けを認めて私に諏訪の地を譲り、神の座を降りて隠居生活に入ったわけだ。」

 

「……それで終わりかい? 腑に落ちないね。キミと諏訪子は『同格の存在』という関係に見えたんだが。」

 

というか、諏訪子の方が上だとすら言えるくらいの関係じゃないか? 首を傾げながらの私の質問を受けて、神奈子はうんざりしたように首肯してきた。やはりそこでは終わらないわけか。

 

「まだ終わらん。忌々しい続きがあるからな。……諏訪を征服した私はそのままかの地を治めることになったわけだが、それがどうにも上手くいかなかったんだ。諏訪の人間たちはその大半が洩矢神への畏れを捨てなかったんだよ。宥め賺しても、脅しても、富ませても、不作にしてやってもそれは決して変わらなかった。……要するに、人の心までは征服できなかったわけだな。古くから諏訪の人間たちにすり込まれてきた祟り神への恐怖が、『外来の神』である私の支配を撥ね退けたんだ。」

 

「大したもんじゃないか。諏訪の民たちは戦いに負けた後も諏訪子のことを畏れ続けたわけか。」

 

「軍神として戦いに勝った私は、神にとって最も重要な技術である人心を操る術において諏訪子に劣っていたということだ。たとえ土地の権利を持っていようが、私に祈る前に洩矢神に祈られるのではどうにもならん。信仰を確保できない土地など負債になるだけだからな。……そうしてあらゆる試みに失敗した後、ほとほと困り果てた私は誇りを捨てて、山奥で隠居していた諏訪子に頭を下げに行ったんだ。どうかこの地を治めるために力を貸してくれ、と。」

 

うーん、複雑な事情だな。神奈子は勝負に勝って試合に負けたわけだ。箱そのものは手に入れたが、肝心要の中身の所有権は諏訪子が握ったままだったということか。苦笑する私へと、神奈子は大きくため息を吐きながら物語の結末を投げてきた。

 

「諏訪子としても長年面倒を見てきた諏訪の地が歪な形になるのは避けたかったようで、時間をかけて色々と話し合った結果……私が表、諏訪子が裏という二柱体制で治めることになったんだ。表向き私が治めていれば大和の神々は煩く言ってこないし、実際に治めているのが諏訪子なら土地の人間たちも満足というわけさ。」

 

「ふぅん? そうして生まれたのが守矢神社なのか。」

 

「そういうことだ。……諏訪子が畏れを以って人心を鎮め、私が威を以って災害を退ける。想像していた以上に上手くいったよ。理と力、文官と武官というわけだな。手が届かない部分を補い合ったんだ。……あの頃は楽しかった。多くのことを学び、多くのものを手に入れることが出来たからな。諏訪子からもっと人間をちゃんと見ろと注意されて、それまでの神としての考え方を叩き壊されたよ。」

 

「……キミはその時に人間を『知った』わけか。」

 

懐かしそうに語る神奈子に応じてみれば、彼女は微笑みながら頷いてきた。やや自嘲するような情けない感じの笑みだ。苦い成長の記憶というわけか。

 

「ああ、そうだ。そも私が治められるはずなどなかったんだよ。諏訪子はいつも諏訪の地を歩き回って人間たちと共に過ごしていたからな。豊作を共に喜び、不作を共に嘆き、子が産まれれば共に祝福し、誰かが死ねば共に悲しんだ。……もう分かっただろう? 諏訪の民が私に従わなかったのは祟りを畏れたからじゃない。諏訪子の信頼を裏切ることをこそ恐れたのさ。」

 

「良き主人、良き領主、良き王、そして良き神。どの時代のどの国でもその条件は変わらないさ。」

 

「当時の大和の神々は神としての威を人間たちに押し付けるばかりで、そのことを学べなかったわけだな。しかし幸いにも人に寄り添う土着神からそれを学べた私は、徐々に大和の神であることよりも諏訪の神であることを重視するようになっていき……まあ、現在の形に収まったわけだ。今の諏訪子が洩矢神ではなく洩矢諏訪子であるように、私もまた建御名方命ではなく八坂神奈子なんだよ。」

 

「……そこまでしたのにも拘らず、信仰が得られなくなってしまったことに不満はないのかい? ある意味では尽くしてきた人間たちに裏切られたわけだろう?」

 

ふと頭をよぎった問いを口に出してみると、神奈子は肩を竦めながら返答してくる。諦観の表情を浮かべながらだ。

 

「仕方がないさ。古の神々の時代は終わったんだ。そのことに関して人間たちを恨んではいないし、時代の流れであることも理解している。……私たちはもはや災害から彼らを守ってやることも、逆に厄災を以って彼らを咎めることも出来ないからな。というか、そうする必要がなくなったんだろう。人間たちは神々の手を離れ、『独り立ち』してしまったわけさ。お役御免になった私たちは消え行くのみだ。」

 

「……ま、キミたちも早苗と同じように幻想郷でやり直したまえよ。あっちではまだ人間たちが神々を必要としているようだからね。」

 

「そうだな、余生を過ごさせてもらうとしよう。運が良ければ早苗の次の世代や、その次の世代なんかも見守っていけるかもしれない。……だが、いつかは幻想にも終わりが来る。終わらないものなど無いんだ。そんなものが在ってはならない。だからきっと、その日が私と諏訪子の終わりの日になるだろう。」

 

「長命すぎる存在ってのは悲観的になってダメだね。賢しらに終わりを予期するんじゃなくて、愚者のように今を楽しみたまえ。いつかその日が来るとしても、それは今日や明日じゃないんだ。キミが目下考えるべきは『終わる日』ではなく、『始める日』のことだと思うよ。」

 

世を楽しめるのはいつだって愚か者なのだ。本当に賢いヤツはそれを高みから眺めて嘆くんじゃなく、同じ場所に立って一緒に踊って楽しむもんだぞ。刹那的な享楽の価値を論じてやれば、神奈子はくつくつと喉を鳴らして首肯してきた。

 

「まあ、その通りだ。先ずは早苗との生を楽しむことを考えよう。その後のことはその後に考えればいい。……さて、私の話は終わったぞ。次はお前の話を聞かせてもらおうか。」

 

「私の? ……別に構わんが、大した話にはならないぞ。」

 

「相互理解は重要だ。私がそれを学んだ経緯は今語って聞かせただろう?」

 

「ま、いいけどね。その前に飲み物を買ってくるから少し待っていてくれたまえ。」

 

アリスや咲夜の詳細は伝えておいた方が良いだろうし、簡単に要約して話してやるか。イギリス魔法界という舞台で起こった、私の物語を。当然都合の悪い部分はカットするつもりだが。

 

頭の中でどう話すかを組み立てつつ、アンネリーゼ・バートリは飲み物を買うためにレジへと向かうのだった。

 


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