Game of Vampire 作:のみみず@白月
「思うに、キーパーは悪くなかったんじゃない? 新チェイサー二人が問題だったわね。」
星見台のソファの上で個人的な評価を語りつつ、サクヤ・ヴェイユは蒸らし終えた紅茶をカップに注いでいた。十一月の終わりが目前に迫った土曜日である今日、先程まで新生グリフィンドールチームの初戦が行われていたのだ。対戦相手はレイブンクローで、試合結果は180対160での勝利。つまりはまあ、30対160の盤面からスニッチの得点で逆転勝利を掴み取ったのである。ギリギリの勝利だったな。
私の素人目線の感想に対して、グリフィンドールの勝利を首の皮一枚で繋いだシーカーどのが返事を寄越してきた。ひどく疲れた表情でだ。
「シーザーが強かったな。あいつ、上手いこと作戦を練ってきたみたいだ。味方の時は頼もしかったが、敵に回すと厄介すぎるぜ。」
「ロイド先輩、ディフェンスがあんなに上手だったのね。終盤は一人で三人を相手取ってたわよ。」
「トーナメントではいつも後方に居たから目立たなかったかもしれないけどよ、シーザーは各校の代表チェイサー相手にディフェンス役をやってたんだぜ? そりゃあ上手いに決まってるさ。……私がチェイサーとしてプレーしてたら互角に渡り合えた自信はあるんだけどな。クアッフルに触れないシーカーだとどうにもならん。やっぱりジニーにシーカーをやらせるべきだったんだよ。」
「そういう問題でもないと思うけどね。単純に新チェイサーの練度不足じゃないの? ビーター二人やジニーはもちろん上手かったし、キーパーのオリバンダーも悪くなかったわ。だったら問題がどこなのかははっきりしてるでしょ。」
魔理沙たちは何度かの選抜テストを経て、新キーパーを二年生女子のマドンナ・オリバンダーに、新チェイサー二人を四年生男子のユーイン・ピンターとパスカル・ソーンヒルに決めたのだが……ソーンヒルの方が特に酷かったな。点を取られる度におちゃらけて『あちゃー』ってポーズをしていたのには、応援席のみんながイラッとしていたと思うぞ。
反面オリバンダーは二年生になってますます『がっしり』してきた体格で力強いブロックを披露していたし、ピンターの方は少なくとも悔しがっている雰囲気があった。ソーンヒルのおふざけが過ぎていたからなのかもしれないが、ピンターへの感想は『次があるさ』といった具合だ。
私が試合内容を思い返しつつ打った相槌に、星見台の中央に直接座っている魔理沙は頭をガリガリと掻いて応じてくる。頭上に映し出されているイギリスの星空を見上げながらだ。
「まあそうだな、パスカルの態度は問題かもな。さっき一回談話室に戻った時、上級生の何人かからも『ご意見』を頂戴したぜ。試合直後の控え室ではジニーも怒ってたしさ。」
「貴女はスニッチを探すのに夢中だったから気付いてないと思うけど、リヴィングストンもかなり怒ってたわよ。一度ソーンヒルの方にブラッジャーを打ち込もうとしてたわ。タッカーに宥められて何とか踏み止まったみたいだけど。」
「お調子者なんだよ、あいつは。ほら、覚えてないか? 三年前にピーブズ相手に掃除機で『幽霊退治』をやろうとした一年生が居るって話題になったろ? それがパスカルなのさ。」
「あー、あれね。最終的には中央階段の絵が何枚か破れちゃった所為で、グリフィンドールが五十点も減点されたやつでしょ? どこの『悪戯っ子予備軍』かと思ったらソーンヒルだったわけ。」
ハーマイオニー先輩が憤慨してたなと懐かしく思っている私へと、魔理沙は巨大なため息を吐いてから話を続けた。お調子者か。まあうん、グリフィンドールらしくはあるかな。
「陰口は好きじゃないからあんまり言わないけどよ、要するにちょっとズレてるんだ。試合中にふざけてたのだって、あいつなりにチームの空気を変えようとしてたんだよ。……とはいえ、アレシアとの確執は問題かもな。アレシアは根が真面目な上に『クィディッチ馬鹿』だから、ああいうプレーが許せないんだろ。オリバンダーともユーインとも友好的なのに、パスカル相手だと練習中もトゲがありまくりで参ってるぜ。」
「んー、確かに相性は悪そうね。メンバーが決まった時はオリバンダーこそが問題になるんじゃないかって思ったんだけど。」
「オリバンダーは無愛想だし無口だが、やることはやるタイプみたいでな。自主練もしっかりやってるから、アレシアはむしろ気に入ってるみたいだ。選抜に応募してきたのは正直意外だったけどよ、今となっては当たりを引いたと思えてるぜ。」
「オリバンダーのことだけはファミリーネームで呼ぶのね。本人が嫌がったの?」
何となく分かる予想を放ってみれば、魔理沙は困ったような苦笑いで首肯してくる。アリスによればニンファドーラさんもそうだったみたいだし、名前で苦労する人は案外多いのかもしれないな。
「そういうこった。自分に合ってなさすぎるから、マドンナって名前が嫌いなんだとさ。その点だけは両親を本気で恨んでるって言ってたぜ。」
「まあそうね、分かるわ。こう言うと失礼かもしれないけど、『マドンナ』って見た目ではないわよね。もっと頼り甲斐がありそうな感じよ。」
オリバンダーはまだ二年生なのに身長が私と同じくらいだし、『素晴らしく良い』という評価が相応しいような体付きなのだ。学年が進めば周りも成長して目立たなくなってくるだろうから、そうなればちょっとはマシな状況になるはずだと考えていると、魔理沙が座る位置を動かして星空を変えながらついでに話題も変えてきた。
「ま、勝ちは勝ちだ。反省を次に活かすさ。……それよりよ、そっちは何か良い手を思い付いたか?」
「『パイプ巡り』のこと? ……今のところは縮小呪文を自分にかけるって方法しか思い浮かばないわ。だけどそれは──」
「戻れなくなったケースがあるから危険すぎる、だろ? 分かってるよ。私だって手のひらサイズのリリパットとして残りの人生を送るのは御免だし、その方法は除外するさ。」
つまり、現在の私と魔理沙はパイプの中を移動するための方法を探しているわけだ。マーリンの隠し部屋の情報や移動ルートを忍びの三人から仕入れたはいいものの、実際に行けないのでは何の意味もない。そんなわけで最近の私たちは実際にパイプを辿ってみるべく、『小さくなる方法』を調べているのである。
「ブッチャー先生にもそれとなく聞いてはみたんだけどね。そういう魔法薬はありませんかって。……一応蛇に変身する魔法薬を作った人が居るらしいわ。残念なことに、効果が切れた後も舌が人間っぽい形に戻らなかったみたいだけど。」
「それは嫌だな。にしたって今からアニメーガスを目指すのは非現実的すぎるし、下手するとそういう方法しかないかもしれんぞ。」
「これまで調べた限りだと、マーリンは動物もどきじゃないわ。そのマーリンが隠し部屋を造ったってことは、何か出入りする手段があるはずなのよ。」
「……っていうかさ、そもそもマーリンの時代に『パイプ』ってあるか? よく考えたらパイプの中からじゃないとたどり着けないってのが変だろ。」
それは……なるほど、確かに妙だな。マーリンが生きていた時代はホグワーツが成立したすぐ後だ。そういった技術のことは魔法史では教えてくれないけど、そんな時代にパイプなんて物が普通に存在していたとは思えない。原型くらいはあったかもしれないが、金属製の水道管が一般的に使われ始めた時代はまだまだ先のはずだぞ。
そういえばブラックさんの言によれば、ペティグリューさんがたどり着いた先は『古臭い石のパイプ』だったな。おまけに壁のヒビ割れから扉を覗き見ることが出来ただけなんだから、パイプは別に『正規ルート』じゃないのかもしれない。魔理沙の発言を聞いて、思考を回しながら口を開く。
「……良いところに気付いたわね。そうよ、確かに変だわ。『パイプを通る』ってことに囚われすぎてたかも。」
「シリウスたちが部屋を見つけられなかった以上、何らかの仕掛けは間違いなくあるんだろうさ。そしてペティグリューが何度もたどり着けてたってことは、気付かないうちにその仕掛けを解いてたってことだ。」
「となると怪しいのはやっぱり『順路』よ。……ねえ、昔のホグワーツの見取り図とかってチェックした? ペティグリューさんから聞いた順路を踏まえた上で、一度今の地図との違いを確認してみない?」
「いいな、悪くない案だ。やってみようぜ。図書館に行けば貸し出してくれるだろ。」
おっと、相変わらず行動が早いな。慌てて紅茶を飲み干してから、早速とばかりに立ち上がった魔理沙を追って星見台の出口へと歩き出す。何にせよ、良い感じの発想の転換が出来たらしい。私としても手応えを感じるぞ。
徐々に謎を解いているという感覚に一つ頷きつつ、サクヤ・ヴェイユは天文塔の踊り場に繋がる階段を上るのだった。
─────
「どうしたのかね?」
おやまあ、眠そうだな。休日だからって昼過ぎまで寝ていたのか? ノックしたドアの隙間から顔を出しているチェストボーンを前に、霧雨魔理沙はやや呆れた気分で返答を送っていた。
星見台での話し合いでヒントの一端を掴んだ私と咲夜は、すぐさま図書館に行って司書のピンスにホグワーツ城の見取り図は置いていないかと尋ねてみたわけだが……その結果、マーリンの時代の見取り図はチェストボーンに貸し出しているという答えが返ってきたのである。しかも彼が赴任してきた去年の秋頃からずっとだ。
そうなると少し待った程度では返ってきそうにないが、魅魔様の課題を達成しなければならない私には長く待っている余裕などない。そんなわけで今度は教員塔に移動して、今まさにチェストボーンに直接頼むために彼の自室のドアをノックしてみたというわけだ。
「えっとだな、頼みがあって来たんだ。……あのさ、図書館からホグワーツ城の古い見取り図を借りてるだろ? それをちょっと見せて欲しいんだよ。ピンスから又貸しの許可は取ってあるぜ。」
「……城の見取り図を?」
「ああ、そうだ。私たちはホグワーツに関する魔法史の論文を書いててな。つまりほら、ホグワーツ城の構造の変遷についての。だから今の造りと昔の造りを比較する必要があるんだよ。そんなに時間はかからないと思うから、多分すぐ返──」
「少し待っていなさい。」
私の適当な作り話を途中で遮って部屋の中に引っ込んだチェストボーンは、二十秒ほど経ってから再び顔を覗かせた。古ぼけた羊皮紙を差し出しながらだ。
「私はもう研究を終えたので、使い終わったら直接図書館に返すように。以上だ。」
何か、いつにも増して愛想が悪いな。元々生徒に対して友好的に語りかけるってタイプの教師じゃないし、だからこそ上級生からの人気は授業そのものの質は高いブッチャー以下なわけだが……もうちょっと丁寧に対応してくれてもいいんじゃないか? 別にいいけどさ。
チェストボーンの場合は常にイライラしているような雰囲気があるし、ある種の生産性があったスネイプとはまた方向が違う『無愛想っぷり』だな。拒絶するようにバタンと閉じたドアを見ながら微妙な気持ちになっていると、背後でやり取りを眺めていた咲夜が声をかけてくる。ここまで来る途中でやったジャンケンに負けた結果、私が『交渉役』になってしまったのだ。
「『ブツ』は手に入れたんだし、早く行きましょうよ。……寝てたのかしら? 学内リーグには興味がないみたいね。」
まあ、そうなるな。この時間に寝ていたということは、今日の昼の試合を観ていないということだ。部屋から遠ざかりつつ小声で話しかけてくる咲夜に、肩を竦めて応答を放つ。
「みたいだな。つくづくやる気がない感じで好きになれんぜ。」
「生徒の名前もあんまり覚えていないんでしょうね。ドアの隙間から顔を出した時、『誰だっけ』って表情になってたわよ。……マクゴナガル先生の授業が懐かしいわ。校長と兼任してくれれば良かったのに。」
「昔は厳しいと思ってたが、振り返ってみれば面白い授業だったもんな。ノーレッジの授業よりつまらん授業が存在するとは思わなかったぜ。」
「パチュリー様の授業には意味と意義があったでしょ。ありきたりな口頭での授業形式じゃなくて、本を通して行ってたってだけよ。授業の質は高かったわ。」
『絞り出した感』がある咲夜のフォローを受けながら、教員塔と三階の廊下を繋いでいる緩やかな階段を下りる。そのまま北側へと向かいつつ、手に入れた見取り図を広げた。やけに分厚いから冊子状になっているのかと思ったが、実際は幾重にも折り畳まれている一枚の巨大な羊皮紙のようだ。
「ま、とにかく確認してみようぜ。私のポケットから忍びの地図を出してくれ。」
「はいはい、『我、よからぬことを企む者なり』。」
両手が塞がっている私のポケットから抜き取った忍びの地図を『起動』させた咲夜を横目に、予想以上に大きなホグワーツ城の見取り図を広げて……むう、大きすぎる所為で全部は無理だな。見取り図の一部分を広げて現在との違いをチェックする。そういえば、チェストボーンはこの見取り図を使って何を『研究』していたんだろうか? ひょっとして建築系の分野に興味があるとか? どこまでもよく分からんヤツだ。
「んーっと……思ったほどは変わってないな。全体的には昔のままっぽいぞ。」
「どれ? ……そうね、違いってほどの違いはなさそうね。でも、こことかは元々通路だったみたいよ。今はほら、教室になってるわ。」
「おー、本当だ。それにこっちも少し違うぞ。今はトイレだけど、昔はここも通路だったみたいだ。」
「微細な違いはちょこちょこありそうね。」
うーん、さすがに建築当初のままでは困るもんな。二枚の差異からホグワーツの歴史を感じていると、ペティグリューが教えてくれた『順路』のスタート地点となる三階北側の壁が見えてきた。ちょうど話していた元々は通路だったトイレの向かいだ。ちなみにペティグリューから話を聞いたその日に、入り口のパイプがあること自体は確認してある。
「あそこの石像の裏が入り口だよな? ……ペティグリューの辿った道からすると、あのトイレのすぐ下を通ったってことになるぜ。」
つまり、大昔は通路だった場所を通るということか。咲夜に問いかけてみれば、彼女は忍びの地図を持っているのとは反対の手でメモ帳を取り出した。ペティグリューから聞き取った順路をメモしてあるやつだ。
「待ってね。……うん、それで合ってるわ。あのトイレの下を抜けて、天文塔の方に向かうみたい。」
「ってことは、この通路からこう進んで……んー、こっちの見取り図でも途中で壁にはひっかかりそうだな。だけど、面白いぜ。昔のホグワーツはこんな風になってたのか。」
ペティグリューの通った道がそのまま通路と重なっていれば話が早かったんだが、そこまで上手くはいかないらしい。線ではなく点で追うべきなのか? 咲夜の持っているメモ帳と見取り図を比較してルートを辿っていくと……ん? ルート上の一箇所に丸印が付いているのが目に入ってくる。
「何だろうな、このマーク。」
疑問に思って見取り図を指差しながら呟いてみれば、応じて視線を送ってきた咲夜も怪訝そうに首を傾げた。
「建築家が付けた目印とかじゃない? ……でも、何だか新しいインクに見えるわね。」
「だよな。見取り図のインクはこう、色が薄れてるのに……やっぱりこれは濃いぞ。気になるぜ。行ってみよう。」
「古い見取り図だからチェストボーン先生みたいに研究に使った人が山ほど居るでしょうし、そういう人たちの書き込みだと思うわよ。だったらマーリンとは関係ないでしょ。」
それは分かっているが、気になるものは気になるのだ。反論しつつも素直についてくる咲夜を背に、トイレを通り過ぎて最初の曲がり角を左に曲がる。そこから通路を歩いてもう一度左に曲がり、トイレの裏に当たる教室の目の前にある通路に入っていくと……印があったのはあの辺りだな。壁に飾られている数枚の絵が視界に映った。
「あそこだよな?」
「えーっと……そうね、あの絵の辺りね。忍びの地図だと特に変わったところはないし、隠し部屋があるわけではないみたい。」
「壁にも床にも妙なものは見当たらないな。何でここに印なんか付けたんだろ?」
ざっと調べてみた限りでは何の変哲もないホグワーツの通路だぞ。となると残っているのは壁の絵だ。小さな風景画が四枚と、その中心にある古めかしいローブを着た髭の長い老人の肖像画。どれも相当に古い絵だという感想が浮かぶだけで、これといって気になる箇所は見つからない。
「……他のことを調べましょうよ。私たちの目的が千年近く前の隠し部屋である以上、『現代のインク』で描き込まれた印は何のヒントにもならないわ。」
「ちょっと待ってくれ、最後に絵を外して裏を確かめたら諦めるからよ。」
「外すの? フィルチさんに見つかったら罰則ものよ?」
「そのための忍びの地図だろ。見張りは任せたぞ。」
隠されているものは何かの裏にあると相場が決まっているのだ。それに、印があったら調べたくなるのは悪戯っ子の本能だぞ。やれやれと首を振って忍びの地図をチェックし始めた咲夜を尻目に、先ずは風景画の枠に手をかけて壁から外そうとするが……んんん、動かないな。結構な力をかけているのにも拘らず、上下左右にも手前にも一切動かない。粘着呪文がかかっているのか?
まあ、ホグワーツの絵に粘着呪文がかかっているのは珍しいことではない。さすがに解呪するのは面倒だし、これは諦めるべきかと最後に動かそうとした肖像画から手を離した瞬間──
「汝の願いを示すがよい。」
「は?」
それまで一切動かなかった絵画の中の老人が微笑みながら話しかけてきたかと思えば、その周囲に飾られている四枚の風景画の景色が滲むように変わっていく。
先ず、牧歌的な草原の風景画が霧雨道具店の絵に変わった。私と同じ金色の髪の三十代前後の女性が、懐かしい店内で同じ髪色の赤ん坊を抱いている。その視線の先では顔の見えない男性が接客しており、女性の後ろには……私を勘当したバカ親父がひどく満足そうな表情で立っているな。私が知る姿よりも大分老けた、『お爺ちゃん』という見た目でだ。
次に、月下の砂浜の風景画が魅魔様の工房の絵に変わった。室内に設置されている大鍋で何かを調合している魅魔様の背後で、先程の絵と同じ金髪の女性が作業を手伝っている。どちらも少し皮肉げな笑顔だ。冗談を言い合いつつ調合を楽しんでいる魔女たち、といった絵だな。
三番目に、深い森の風景画がクィディッチ競技場の絵に変わった。私が見たこともないほどに巨大な競技場には満員の観客が犇いており、フィールドの中央を飛ぶ金髪の女性へと歓声を投げかけている。『クィディッチ界の大スター』って感じだ。
そして最後に、暗い洞窟の風景画が真っ白なカンバスに変わった。まだ何も描かれていない、白紙の状態にだ。白紙なのにどこか不安になるようなイメージが伝わってくるな。不確かで、頼りなさげな印象を受けるぞ。
「さあ、汝は何を望む?」
少しぼんやりしている自分を自覚しつつ、絵の中の老人の声を受けて思考を回す。落ち着け、私。魔法をかけられているぞ。夢の中に居る時のようにふわふわしているのも、老人の声に引き込まれそうになるのも、風景画に描かれているのが『未来の霧雨魔理沙』に変わったのも単なる魔法だ。咲夜から聞いた『みぞの鏡』の逸話を思い出せ。これはきっと、その魔道具に近い性質を持った魔法に違いない。
『輝かしい未来』に惹かれる自分のことを、経験で得た知識と理性で武装した冷静な自分が押し留める。そんな私を見て僅かに驚いたように目を見開いた絵の中の老人は、困った感じの微笑で言葉を重ねてきた。
「おや、賢い少女だ。『私たち』の性質に気付いているね?」
「……騙し甲斐がなくて悪いが、今の私は『願望』に飛び付くほど純な小娘じゃないのさ。」
「重畳、重畳。ならば賢い少女は何を望む?」
「白紙の一枚だ。私の未来は私が決める。他人が描いた『未来予想図』に従うのなんざ真っ平御免だぜ。」
魔法の誘惑に抗いつつ強気な笑みで言い放った私の答えを聞くと、絵の中の老人は満足そうに大きく首肯してからパチリと手を叩く。
「正しくその通り。整えられた道を辿るのではなく、未知なる荒野に一歩を踏み出す者。それこそが真に勇気ある者なのだ。」
手を叩く音が耳に届いた刹那、一気に現実感が押し寄せてきた。いつの間にか四枚の風景画は元の絵に戻っていて、そして絵の中の老人も微動だにしなくなっている。……白昼夢を見たって気分だな。嫌な汗が出たぜ。
力が抜けてぺたりと地面に座り込んだ私へと、咲夜が焦ったような声を投げてきた。
「ちょ、魔理沙? どうしたの?」
「あー、どうしたって言うか……どう見えてたんだ? 私。」
「どう見えてたって言われてもね。絵を外そうとして、そのままへたり込んじゃったようにしか見えなかったけど。」
つまり、一瞬の出来事だったわけか。咲夜の返答に苦笑したところで、やおら老人の絵がぱかりと横に開く。グリフィンドール寮の入り口の仕掛けみたいだな。その裏にあった窪みには……おいおい、何も無いぞ。まさかここまでやって収穫なしなのか?
「いきなり開いたわけだけど……何かしたの? 貴女。」
「後で話すぜ。
きょとんとしている咲夜に応答してから、杖明かりを灯して結構な深さがある絵の裏の穴の中を覗き込んでみると……ん、一番奥に何か刻まれているな。
「……よう、咲夜。苦労の甲斐はあったみたいだぜ。これがマーリンに繋がるものなのかは分からんが、少なくとも千年前の『何か』を見つけることは出来たみたいだ。」
「何? どういう意味? 何か入ってたの?」
「入ってはいなかったが、刻まれてはいたぜ。グリフィンドールのサインがな。」
青白い杖明かりに照らされた、『ゴドリック・グリフィンドール』という荒削りな文字。穴の奥の石壁にそれが刻まれていることを確認しながら、霧雨魔理沙はニヤリと笑みを浮かべるのだった。