Game of Vampire   作:のみみず@白月

467 / 566
誤字報告いつもありがとうございます!


ジネブラ長官

 

 

「ふぅん? 結局のところ、早苗は期生になる予定なのかい?」

 

肌寒いロンドンの街ではしゃぎ回る早苗を眺めつつ、アンネリーゼ・バートリは隣を歩く諏訪子にそう問いかけていた。早苗の『制御』は神奈子とアリスがやってくれているわけだが……あーあ、また店に入っていくぞ。今度はチョコレートを買うつもりらしい。

 

クリスマスのイルミネーションが街を飾る十二月の下旬、私とアリスと守矢神社の三人組はロンドンでショッピングを楽しんでいるのだ。……いやまあ、楽しんでいるのは主に早苗であって、私たちはそれに付き合わされているだけだが。

 

マホウトコロはホグワーツよりも早く冬の休暇に突入したらしく、咲夜と魔理沙が帰ってくるよりも前に早苗がイギリスに遊びに来たのである。年末は神社を営業しなければならないので帰るようだが、二十八日まではこちらで遊び回る予定なんだとか。ちなみに当然ながら渡航費用も、滞在費も、買い物の代金も私持ちだ。忌々しい限りだぞ。

 

そんなわけで魔法省まで早苗を迎えに行った私とアリスは、興味の赴くままに店を巡る猫娘の手綱を顕現した二柱と共に何とか制御しているわけだが……早苗のやつ、いよいよ以って遠慮がなくなってきたな。ひょっとしたら彼女は他人に『甘え慣れていない』のかもしれない。もはやリミッターが外れている感じだ。

 

神奈子の手をぐいぐい引いてアリスと三人で店に入って行く早苗を見ていると、諏訪子が店の外壁に寄り掛かりながら返事を寄越してきた。店内に入る気はないらしい。私としても早苗の『どっちがいいと思いますか問答』に付き合うのは疲れたし、寒い外で待機していた方がマシだと思うぞ。

 

「それが微妙なところなんだよねぇ。早苗ったら、今は移住のことで頭がいっぱいみたい。サバイバルの本とかをマホウトコロの図書館でずーっと読んでんの。」

 

「サバイバルってほどの土地ではないんだけどね。……年が明けて四月になったら最終学年だろう? となるとマホウトコロを卒業するのは再来年の三月か。仮に期生になったらそこから更に三年間だから、最終的な卒業は──」

 

「2003年の三月末かな。アンネリーゼちゃんたちは面倒を見てる子たちがホグワーツを卒業したら幻想郷に行くんでしょ?」

 

「そうだね、咲夜たちはぴったり2000年の夏で卒業だ。そこから多少準備はするだろうが、秋に入る前には移住することになるんじゃないかな。」

 

ミレニアムイヤーか。そういえば切りが良いなと一人で感心している私に、諏訪子はむむむと悩みながら話を続けてくる。ちなみに今日の彼女たちもマグルらしい格好をしているわけだが、こいつはあえて子供っぽい服装を選んでいる気がするな。下手すると紫以上の若作りっぷりだと言えそうだ。

 

「もし早苗が期生になったら地味に移住時期がズレるよね。……その辺どうなのさ。アンネリーゼちゃん的には許容してくれるの?」

 

「別にいいけどね、私は。というかそもそも、期生ってのは必ずしも三年間継続しないといけないような課程なのかい?」

 

「いや、そういうわけでもないんだけどさ。どうせやるなら全うして欲しいじゃん?」

 

「何にせよ私は待てるさ。向こうに行った直後に派手に動くつもりはないし、そも私が求めているのは『休養』なんだ。イギリスでは随分と濃い生活を送ってきたから、今後百年間くらいはのんびり過ごそうと思っているんだよ。八雲紫との繋がりやキミたちとの同盟はそのための保険であって、別段能動的に動こうとは考えていないからね。」

 

要するに私は自己防衛の手段を確保したいだけであって、どこかに能動的に力を向けようとしているわけではないのだ。肩を竦めながら言ってやると、諏訪子はにへらと笑って応じてきた。

 

「いいねぇ、その考え方には賛成だよ。のんびり過ごすのが一番だからね。……まあ、アンネリーゼちゃんが待ってくれるって言うなら早苗の選択次第かな。私と神奈子はどっちでも良いって感じ。早苗がもうマホウトコロに居たくないなら早めに幻想郷に行っちゃえばいいし、期生をやりたいってんなら三年を準備期間に使うよ。アンネリーゼちゃんは向こうに行った後もこっちに戻って来られるんでしょ?」

 

「それが紫から得た対価の一つだからね。連絡を取り合えなくなるってことはないよ。……ただまあ、早めに決めて欲しくはあるかな。守矢神社ごと『持って行きたい』んだろう? 準備にはそれなりの時間がかかると思うぞ。」

 

「それはそうなんだけど……早苗はほら、刹那的な考え方をする子だからさ。今は幻想郷での生活に期待を持ちすぎてて、冷静な判断が出来なさそうなんだよね。アンネリーゼちゃんはどう思う? 期生、やった方が良いと思う?」

 

「私はマホウトコロのシステムに詳しくないから何とも言えないよ。……残りの生を幻想郷で過ごすと考えれば、三年くらい『ロスタイム』を楽しむのも悪くないと思うけどね。」

 

正直なところ、これは私にとってもどちらでも良い話なのだ。ほぼ同時に早苗たちと私たちが幻想郷に移住したとなれば、移住後の基盤を作る苦労は倍になるだろう。折角作った同盟相手を簡単に切り捨てるわけにはいかないし、守矢神社側の土台作りも手伝わなければならなくなるのだから。反面、二柱の力に期待して多少強引な手段も選択可能になる。

 

対して私たちが幻想郷でそれなりの基盤を整えているであろう三年後であれば、守矢神社の移住における混乱をある程度緩和できるはずだ。とはいえ同盟者を作った具体的なメリットが生じる時期は遅くなってしまうから、その点は損をすると言えるだろう。両者のメリット、デメリットを比較すると……うん、やっぱりどっちもどっちだぞ。大した違いはない。

 

頭の中で思考を回した結果、どちらでも良いという結論を固めた私へと、諏訪子はやれやれと首を振りながら口を開いた。

 

「授業自体はまあまあ楽しんでるみたいなんだけどさ、魔法力が無いのと友達が居ないのがどうもねぇ。早苗の学校生活って、一日中誰とも何も喋らないってのすら珍しくないんだよ? それじゃあ参るのも無理ないって。」

 

「それは確かに楽しくなさそうだね。嫌がらせとかはないのかい?」

 

「クソガキどもも成長すると申し訳程度の道徳心が芽生えるみたいでさ。あるいは単に世間体を気にするようになったのか、『弱者』に対する気取った博愛精神が生まれたのかは知らないけど、兎にも角にも直接的な嫌がらせはもう殆ど無くなったよ。大抵がただ無視してるって状態かな。……口惜しいなぁ、私に力が残ってたら思いっきり祟ってやったのに。」

 

冷たい神の微笑を浮かべている諏訪子に、小さく鼻を鳴らしてから返答を返す。マホウトコロで集団変死事件とかが起こらなくてなによりだ。

 

「今では多少マシになっているわけか。あくまで多少だが。……そもそも、早苗は魔法力が少ないのに期生になって何をしたいんだ?」

 

「史学とか薬学とか、符学方面はそこそこ良い線いってるんだよ。要するに自分の魔法力に頼らない学科は。だからそっちを集中的に勉強するつもりなんじゃない? 期生は授業を極限まで絞れるからね。」

 

「ふぅん? ……何れにせよ、近いうちに決めてもらいたいもんだね。移住云々とは関係なしに、期生になるための準備だって無いわけじゃないんだろう? この機に『三者面談』をしたまえよ。」

 

「そうするしかないかなぁ。……うっわ。どんだけ買ったのよ、あの子。」

 

話が纏まったところで店から出てきた早苗を見て、諏訪子は呆れ果てたような声を漏らしているが……うーむ、あの子はチョコレートの過剰摂取による自殺を試みるつもりのようだ。両手に大量の新しい袋を持った早苗が満面の笑みでこちらに近付いてきた。

 

「諏訪子様、リーゼさん! 美味しそうなのを沢山買いましたから、後でみんなで食べましょうね。」

 

百点満点の輝くような笑顔で言ってきた早苗に適当に首肯しつつ、内心では大きくため息を吐く。彼女に続いて店から出てきたアリスと神奈子は胸焼けしているような表情だ。外で待っていて正解だったな。チョコレートの品定めに付き合わされたらしい。

 

パチュリーやアリス、ハリーたち、そして咲夜や魔理沙が十五歳の頃はもっと落ち着いていたんだがなと苦笑しつつ、アンネリーゼ・バートリは次なる『獲物』を探す早苗の背を追って歩き出すのだった。

 

 

─────

 

 

「いやいや、ちょっと待った。じゃあ、その人は知ってるのか? 『ハッフルパフのサイン』のことを。」

 

真っ白な雪が降り頻る、イギリスの片田舎を走行しているホグワーツ特急の中。窓枠に積もっている雪を横目にしつつ、霧雨魔理沙は向かいの席のルーナに勢いよく問いかけていた。ミルウッドの時もそうだったが、今回も意外な人物からヒントが得られそうだな。

 

クィディッチのイベントが盛り沢山だった1998年もとうとう終わりが近付いてきた今日、私たちはホグワーツ城を離れてキングズクロス駅に向かっている最中だ。要するに、誰もが楽しみにしていた年末のクリスマス休暇に突入したのである。

 

だからホグズミード駅から真紅の列車に乗り込んで、私と咲夜とジニーとルーナでコンパートメントを確保して他愛のないお喋りを楽しんでいたわけだが……その途中でルーナから爆弾発言が飛び出してきたわけだ。ペンフレンドの祖父がハッフルパフのサインについてを知っているという発言が。

 

当面の方針を『色々な人にサインのことを尋ねてみる』と決定した私と咲夜は、当然ながら友人であるルーナにも尋ねてみたわけだが、彼女はそのことを手紙に書いてペンフレンドからも聞き取りを行ってくれたらしい。その結果として、ペンフレンドが祖父から聞いたハッフルパフのサインに関する話を手紙で送り返してくれたんだそうだ。

 

私の質問を受けたルーナは、こくりと頷いて詳しい説明を語ってきた。ちなみに咲夜は私の隣で驚いたような顔付きになっており、ジニーはルーナの隣であまり興味なさそうにクィディッチの戦術本を読んでいる。グリフィンドールチームのキャプテンどのにとっては、創始者のサインなんかよりも次のリーグ戦の勝敗の方が余程に重要なようだ。

 

「ん、スキャマンダー教授は学生時代によく人気の無い場所で魔法生物の世話をしてて、その時に偶然ハッフルパフのサインを見つけたんだって。」

 

「具体的にはどこで見つけたんだ?」

 

「そこまでは分かんないよ。ロルフさんは私の手紙を読んで、昔スキャマンダー教授から話を聞いたことを思い出しただけらしいから。クリスマスに実家に戻った時に詳しい話を聞いてくれるみたい。……もし良かったら私もパーティーに来ないかって誘ってくれたから、パパがオーケーすれば直接聞けるかもだけどね。」

 

「そっか、クリスマスにか。ってことは、詳細が分かるのは年明けに学校に戻る時だな。」

 

レイブンクローのサインを見つけたのがパチュリー・ノーレッジだったように、ハッフルパフのサインを見つけたのはニュートン・スキャマンダーだったわけか。片や人間をやめて本物の魔女に至った賢才で、片や魔法生物の研究における世界的な第一人者。どちらもそれぞれの卒業した寮における『偉人』だな。

 

その情報がミルウッドやルーナを通じて私に入ってくることに運命の不思議さを感じていると、咲夜が座席に深く座り直しつつ事態を整理してきた。

 

「そうなると、まだノーヒントなのはスリザリンのサインだけね。」

 

「だな。ギデオンにも心当たりはないかって聞いてみたんだけどよ、今の寮生にはそれらしい噂は伝わってないみたいだ。」

 

スリザリンか。グリフィンドール生としてはどうしても関係が薄くなる方面だけに、調べるのには中々骨が折れそうだな。唸りながら放った私の発言に対して……おー、怖い。狂気に支配されつつあるジニーがバッと顔を上げて噛み付いてくる。まあうん、正直言って私はもう慣れちゃったぜ。ウッド、アンジェリーナ、ケイティ、そしてジニー。こんだけ『犠牲者』を見てきたら嫌でも慣れるさ。

 

「ちょっとマリサ? まだシーボーグと仲良くしてるの? あいつはスリザリンのキャプテンなのよ? つまり、敵なの。敵!」

 

「はいはい、分かってるよ。公私混同はしないさ。試合の時は容赦なく叩きのめすぜ。」

 

「それならいいんだけど、どこから情報が漏れるか分からないわ。もう仲良くしないように。これはキャプテン命令よ。」

 

「お前な、疑いすぎだぞ。秘密警察じゃないんだから、もっと余裕を持つべきだと思うぜ。大体私が情報を漏らすわけないだろ。」

 

というかそもそも、漏らすほどの情報なんて持っていないぞ。アホらしい気分でキャプテンどのに口答えしてみれば、ジニーは大きく鼻を鳴らしながら返事を飛ばしてきた。

 

「もう何も信用できないわ。大間抜けのパスカルが、『ここだけの話』を大広間で喧伝してくれたからね。お陰で対ハッフルパフ用のフォーメーションがバレバレよ。」

 

「競技場で普通に練習してたフォーメーションだし、とっくの昔にバレてたと思うけどな。」

 

「だけど、バレてなかった可能性もゼロじゃないでしょう? ……情報は統制すべきなのよ。少なくともパスカルには全体像を知らせない方がいいわ。今後あいつには自分の動きだけを知らせることにするから、チームとしての戦術を聞かれても絶対に教えないようにね。」

 

うーむ、それはそれで問題じゃないか? そんなもん連携が取り難くなるだけだぞ。疑心暗鬼になっているジニーにとりあえず首肯してから、明るい方向の話題を打ち出す。『呪い耐性』が無い咲夜とルーナが引いているし、どうにか会話のレールを変える必要がありそうだ。

 

「まあでも、次の試合は期待しておいてくれよ。ブレイジングボルトの挙動にも慣れてきたし、ハッフルパフ戦では私がチェイサーでジニーがシーカーだろ? スーザン以外のゴールキーパーが相手なら負ける気はしないぜ。」

 

「そうよ、ブレイジングボルト。そのこともあったわ。貴女、ロイドにブレイジングボルトを貸したみたいじゃないの。迂闊すぎるわよ、マリサ。」

 

「おいおい、レイブンクロー戦はもう終わったじゃんか。前々から乗ってみたいって言ってたのに、試合が終わるまで我慢してもらってたんだぞ?」

 

「レイブンクロー戦は僅差での勝利だったわ。つまり次の試合でレイブンクローがスリザリンに大勝して、私たちがハッフルパフに負ければ立場が逆転するの。だからレイブンクローがハッフルパフにブレイジングボルトの情報を流す可能性だって無きにしも非ずよ。」

 

これはまた、ジニーも結構な具合に狂ってきているな。今まで情報戦を警戒する『被害者』が居なかっただけに、彼女のやり方からは新鮮なものを感じるぞ。

 

「とにかく、あらゆる情報を秘匿するように心掛けて頂戴。ブレイジングボルトのスペックはチームの機密情報よ。いいわね?」

 

「へいへい、分かったよ。万事了解だ、ジネブラ長官。お互いに監視し合って密告できるようなシステムを今度一緒に考えようぜ。」

 

疲れた気分で適当な相槌を打ってから、座席の背凭れに身を預けて深く息を吐く。私がキャプテンになるのを断った結果としてこうなっている以上、ジニーの暴走に強く文句を言えない。つくづく業が深いな、グリフィンドールチームのキャプテンという役職は。

 

来年自分がキャプテンになった時にこの連鎖を断ち切ろうと決意しつつ、霧雨魔理沙は雪に支配されている外の景色を眺めるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。