Game of Vampire 作:のみみず@白月
「長男は呪い破り、次男はドラゴン使い、三男はイギリスのマグル調査チームに抜擢されて、四男五男は事業で大成功、おまけに六男は一発合格で闇祓い局入り。結局のところ、貴女の母親としての才能はイギリスで一番だったってことよ。」
隠れ穴のキッチンで料理をしているモリーに語りかけながら、アリス・マーガトロイドは杖を振ってダイニングテーブルを動かしていた。今年は去年よりも参加者が少ないらしいし、部屋の真ん中に料理用のテーブルを置けばどうにでもなるだろう。
1998年の十二月二十五日の午前中、私は隠れ穴で開かれるクリスマスパーティーの準備を手伝っているのだ。一緒に来た咲夜と魔理沙はジニーと一緒に箒を使って寒い外で遊んでいるし、リーゼ様はハリー、ハーマイオニー、ロンと共にロンドンで買い物を楽しんでからこちらに来る予定らしい。
ちなみにビルとチャーリーは残念ながら仕事で来られず、双子は昼に到着する予定で、アーサーはまだ上階で寝ていて、そしてパーシーはオックスフォードに住んでいるという交際中の女性を迎えに行っている。どんな人なのかなと想像している私へと、テキパキと料理の下拵えをしているモリーが応答してきた。
「これで大分気が楽になりましたよ。ジニーはしっかりした子なので最初から心配していませんでしたけど、双子とロンは本当に心配でしたから。……ダイアゴン横丁の店は上手くいっているようですし、我が家から闇祓いが出るだなんて夢みたいです。」
「この一代でウィーズリー家はとんでもなく発展したわね。」
「まだまだ油断は出来ませんけどね。ビルはまあ、中々のお嫁さんを見つけたようですけど……残る五男一女の『引き取り先』を見つけるまでは死ぬに死ねませんから。」
「あら、その先には孫の誕生が待っているでしょう? こんなに子育てを頑張ったんだから、最低でもひ孫までは見ておかないと勿体無いわ。」
浮遊魔法でテーブルの上にクロスをかけながら言った私に、モリーは手を止めてきょとんとした後……嬉しそうに返事を投げてくる。
「孫ですか。……そうですね、孫が生まれるかもしれないんでした。それならまだ死ぬわけにはいきませんね。楽しみで仕方がありません。」
「そのためにも、パーシーが連れて来る『お相手さん』には愛想良くしないとね。」
「いいえ、それとこれとは話が別です。……この際フラーのことは認めましょう。フランス訛りの英語はまだ引っかかりますけど、ビルのことを本気で愛しているのは伝わってきますから。しかしですね、パーシーの相手は私に交際を隠していたんですよ?」
「相手がじゃなくて、『パーシーが』隠していたんでしょう? 良い子かもしれないじゃないの。」
実はさっきパーシーが出て行く時にこっそり頼まれてしまったのだ。つまり、『援護射撃』を。その任を果たそうとフォローを入れた私へと、モリーはぷんすか怒りながら返答を返してきた。うーむ、これは難しい任務になりそうだな。
「切り出したのがどっちだろうと同じ事です。なんて薄情な子なんでしょう。パーシーは真面目だから油断していました。まさか隠れて女性と『乳繰り合う』とは思っていませんでしたよ。」
「いやまあ、パーシーもいい大人なんだから別にいいんじゃないかしら?」
「何より許せないのは、アーサーもそのことを知っていたという点です。一体全体何を考えているのかしら。私にだけ秘密にするだなんて信じられません。」
ああ、むしろ逆効果になっちゃったかもしれないな。私が心の中でパーシーに謝ったところで、タイミング悪く上階からアーサーが下りてきてしまう。どんどん裏目に出ているじゃないか。
「おや、マーガトロイドさん。手伝いをしてくれているんですか? ありがとうございます。」
「どうも、アーサー。お邪魔してるわ。」
「『手伝いをしてくれているんですか』じゃありません! 貴方がこんな時間まで暢気に寝ているから、マーガトロイドさんのお手を煩わせることになっているんですよ!」
おおっと、寝起きの初撃なのに容赦がないな。そしてさすがは夫婦というか何というか、アーサーはこの一撃を受けた段階で大まかな状況を察したらしい。素早く撤退の意思を表明してきた。
「あー……そうだね、私も準備を手伝うよ。庭をやってこようかな。庭の何かを。」
「庭? 庭で何をやるのかしら? 庭なんかでやることなんて何もありませんよ。」
「だからつまり、庭の……ほら、飾り付け。飾りを整えてくるよ。お客さんたちが訪れた時に楽しめるようにしないとね。それじゃあ、失礼。」
「アーサー? ちょっと、アーサー!」
寒い外か、怒れるモリーか。その究極の決断を下したアーサーがそそくさと外に出て行くのを見送った後、聞こえないフリをされて怒りのボルテージを上げているモリーに言葉を放つ。アーサーめ、ここに残される私のことも考えて欲しかったぞ。
「まあ、アーサーも疲れているんでしょう。マグル界の調査のことを考えれば、昼まで寝ていたっていいくらいよ。グリンデルバルドも結構な要求をしてきたわよね。」
空気を変えようと慎重に話題を逸らしてみれば、モリーは未だ怒っている様子ながらも乗ってきてくれた。
「確かに性急すぎます。予言者新聞によると、各国は報告書を作るのに必死みたいですよ。」
「今までのツケが回ってきたってことなのかもしれないわね。取り立て屋がグリンデルバルドってあたりは皮肉が効いてるけど。」
予言者新聞曰く、ゲラート・グリンデルバルドが議長を務める非魔法界対策委員会が、自国の非魔法界についての調査報告書を提出することを各国魔法界に要求したらしいのだ。非魔法界の政治機関と魔法界との関係、秘匿における危険度、技術レベル、軍事力、魔法族の非魔法界への理解度などのあらゆる情報を纏めた調査報告書を。
当然自国の情報を明かすことへの反対意見は多々あったが、マクーザと連盟が力を落としている現状ではグリンデルバルドを止められる者など居ない。勇敢にも立ち向かった反対派たちは、非魔法界の情報を統括するメリットを掲げるグリンデルバルドに捻じ伏せられてしまったようだ。
そんなわけでイギリス魔法省も非魔法界のことを調べる必要が出てきたため、自国の非魔法界の調査を目的とした部署を跨いだ合同チームが結成されたらしい。パーシーは見事そのメンバーの一人に選ばれ、マグルに関わる部署の長であるアーサーは情報を提供するために日々大忙しというわけだ。
むう、非魔法界への理解度を高めるのは私も賛成だが、グリンデルバルドの影響力がどんどん強くなっているのがやや不安だな。懸念は間違いなくあるものの、やっていること自体は真っ当だから軽々に反対できない感じだ。恐らく各国の有力者たちも同じ思いなのだろう。
んー、レミリアさんが居ればバランスが取れたんだけどな。スカーレット派とグリンデルバルド派の二派に分かれて、どちらかが道を誤ればもう片方が噛み付く。お互いがお互いを無視できないからこそ、ある種の相互監視が成立するわけだ。
しかし、現状ではグリンデルバルドに『釣り合う』政治家が存在していない。今代の連盟議長はバランサーとしての腕はあっても真っ向から対立するような気概は無いし、西の大国アメリカを治めるマクーザは自国の騒動で手一杯。東の大国ロシアはそもグリンデルバルドの御膝元で、ヨーロッパ各国はレミリアさんに頼っていた弊害が今まさに現れている状態だ。レミリアさんがヨーロッパ魔法界を単独で『回していた』ために、突出したリーダーシップを持つ政治家が育っていないという弊害が。
ついでに言えばアフリカの代表たちは非魔法界問題に疎く、日本やオーストラリアは受動的な姿勢を決め込み、大陸側の東アジア諸国は香港自治区に決定権を委ねているらしい。そしてその香港自治区はグリンデルバルドの動きに対して静観の姿勢を取っている。多分自治区はグリンデルバルドの対抗者の登場を待っているのだろう。あの独立都市は連盟議長と同じくバランサーとしての性質に寄っているため、二つの軸がないと動きようがないのだ。
うーん、やっぱり『もう一つの軸』が確立しないことには何も始まらないな。だけど、ロシアという強固な地盤を手にしたグリンデルバルドと渡り合える存在なんて、レミリアさん以外には居ないと思うぞ。今現在の彼に立ち向かえそうなのは、定命である限り誰もが逆らえない『死』だけだ。グリンデルバルドが老衰で死ぬまでこの状況は変わらないのかもしれない。
とはいえ、今死なれてもそれはそれで困ってしまう。折角波に乗ってきた非魔法界問題の音頭を取る人間が居なくなってしまうのだから。中々どうして複雑な状態だなとため息を吐いたところで、玄関のドアが開いて二人の人影が室内に入ってきた。パーシーがガールフレンドを連れて帰ってきたようだ。
「ただいま、母さん、マーガトロイドさん。……えっと、彼女がオードリーだよ。」
気まずげな表情でガールフレンドを紹介したパーシーの隣で、ぺこりとお辞儀しているのは……おお、これは行けそうじゃないか? 『モリー好み』の女性だぞ。ちょっとふっくらしていて、顔には少しだけの緊張を浮かべている。一見した限りだと大人しくて愛嬌があるって感じかな。
そして肝心なモリーの反応はといえば……うんうん、悪くない。まだ怒りは燻っているものの、『思っていたよりは全然良い』という顔付きだ。第一印象でかなり巻き返せたらしい。
「……先ずは二人とも暖炉の側に来なさい。外は寒かったでしょう。」
モリーの台詞を聞いてとりあえずパーシーたちが『第一関門』を抜けたことを確信しつつ、アリス・マーガトロイドは今度こそ援護射撃を全うしようと盛り上がりそうな話題を探すのだった。
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「あー……食った食った。もう無理だ。これ以上食ったら多分死ぬぜ。」
うーむ、幸せの絶頂って表情だな。昼間にモリーさんの料理をあれだけ食べたのにも拘らず、夜にエマさんの料理を平らげてみせた魔理沙に心の中で称賛を送りつつ、サクヤ・ヴェイユは彼女が空けた皿を流し台に運んでいた。
今はクリスマスの夜、人形店での夕食が終わったところだ。リーゼ様は既にソファで食後の紅茶を楽しんでおり、アリスはその隣で編み物をしていて、エマさんは部屋に響くレコードの音に身体を揺らしながら洗い物をしている。食後の団欒のひと時って感じだな。
「エマさん、手伝います。」
「いえいえ、こっちは大丈夫なのでお嬢様のお世話の方をお願いします。そろそろカップが空になりますから。」
「……本当ですね。分かりました、行ってきます。」
ずっと背を向けて洗い物をしているのに、どうして紅茶の減り具合が分かったんだろう? ここまで来るともはや超能力じみているエマさんの『メイド力』に感嘆しつつ、ソファに近付いて紅茶を注ごうとティーポットに手を伸ばすと、リーゼお嬢様が私の手をぐいと引いてきた。
「おいで、咲夜。」
「は、はい。」
そして毎度のように抱き枕にされてしまったわけだが……何というか、強引だ。前までのリーゼお嬢様は私の返答を待ってから行動していたのに、今は有無を言わさず実行してくるな。こちらの意思をいちいち気にしなくなったのは、やっぱり私が『従者』になったからなんだろう。
まあうん、悪くはない。リーゼお嬢様は従者に対して無遠慮でありながら、同時にこちらを気遣ってもくれるのだ。道具の手入れを怠らないというか、使い方をよく理解してくれているというか、兎にも角にもリーゼお嬢様に『使われる』のは中々心地が良いのである。
誰かに『支配される』というのは良くないイメージがあるけど、結局は上に立つ者次第なわけか。リーゼお嬢様やレミリアお嬢様は手のひらで他者を転がすのが得意なのだろう。良い支配者は被支配者を無理やり手の中に押し留めるのではなく、気持ち良く踊らせることで自発的に留まらせるものらしい。
ソファに座っているリーゼお嬢様の胸の中に頭を抱かれつつ、センターテーブルとソファの下のカーペットに直に座って考えていると、明らかに長すぎるマフラーを編んでいるアリスが口を開いた。幅は普通なのに、長さが三倍くらいになっているぞ。何に使うつもりなんだ?
「再来年は紅魔館でクリスマスを迎えられそうですね。」
「そうだね、二十一世紀の突入もあっちで祝うことになりそうだ。そういえば二十世紀のお祝いも紅魔館でやったな。」
「百年前ですか。……私がまだ居ない頃ですね。」
「レミィ曰く、その時にはもう幻想郷に行くという運命に気付いていたらしいよ。当時はそんな話は一切していなかったし、眉唾だけどね。」
杖を振ってポットを浮かせて紅茶を注いだリーゼお嬢様に、ダイニングテーブルから一人掛けのソファに移動した魔理沙が相槌を打つ。百年前か。パチュリー様はもうムーンホールドに住んでいた頃だし、参加したのかな? 小悪魔さんもその頃には既に召喚されていた……っけ? 微妙な時期だけど、私の認識が正しいなら召喚済みのはずだ。
「んじゃ、ぽんこつ賢者とはその後に知り合ったってことか?」
「ん、そうなるね。紫が初めて接触してきたのはフランが学校に通い始める少し前だから、三十年くらい前のはずだ。アリスとはそれ以前に関わっていたようだが。」
「関わっていたというか、香港自治区に初めて行った時に道案内をしてもらっただけですけどね。」
「へえ、面白いな。……魅魔様とは? ノーレッジは七十年くらい前に一度だけ会ったって言ってたけど、リーゼはそれ以前から知ってたんだろ?」
スケールが大きい『昔話』を聞いていると、自分がまだ十七歳だということを実感するぞ。私は『もう十七』と思っているが、リーゼお嬢様たちからすれば『まだたったの十七』なのだろう。
私が価値観の差に唸っている間にも、リーゼお嬢様が魔理沙へと返事を飛ばす。
「そもそもは私の祖母と親交があったんだよ。祖父とはやや仲が悪かったようだがね。そうなると当然母上とも小さい頃からの知り合いだから、その縁で父上の代のバートリ家ともちょくちょく取り引きをしていたわけさ。私が初めて魅魔と会ったのもムーンホールドに薬を届けに来た時だったはずだ。さすがに正確には覚えていないが、最低でも四百五十年以上は前の話だよ。」
「お前の祖母か。遥か昔って感じだな。……でも、結構意外だぜ。魅魔様はそういう付き合いをあんまり重視しないタイプだと思ってたんだが。」
「頻繁にってほどではないが、昔はそれなりの頻度で屋敷に顔を出していたね。……今思い返してみれば、母上には何だか対応が甘かったような気がしないでもないかな。私には何もくれなかった癖に、母上には毎回手土産を持って来ていたよ。妙な『仕掛け』が施されていない普通の手土産をだ。魅魔らしくないだろう?」
「そうだな、普段の魅魔様なら悪意たっぷりの仕掛けを仕込んでるはずだ。何でなんだろ?」
そこは共通認識なのか。魅魔さんから何かを貰う時は気を付けるべきだと私が学んだところで、リーゼお嬢様は胸に抱いている私のつむじに顎を置きながら応答した。
「何の証拠もない憶測だし、これに気付いたのは最近なんだが……ひょっとしたら魅魔は母上の名付け親なのかもしれないね。」
「お前の母親の? 魅魔様が名付けなんてするか?」
「性格的にしなさそうだし、そもそもあんなヤツに誰が大事な名付けを頼むんだって話だが……母上の名前を付けたのが祖父でも祖母でもないことは確かだよ。そして女児だから誰かに名付けを頼んだとすれば祖母側の知り合いの可能性が高い。更に言えば、私が知る限り祖母と『対等』だった友人は魅魔だけなんだ。無論、私の知らない別の対等な友が存在していたかもしれないけどね。その辺は祖母を直接知らない私には何とも言えないかな。」
「かなり気になるところだが……まあ、はっきりはしないだろうな。魅魔様に聞いても答えてくれないだろ、多分。」
魔理沙が腕を組んで考えながら送った言葉に対して、リーゼお嬢様も肩を竦めて肯定を口にする。
「ま、その通りだ。たとえ正解だったとしても、魅魔は絶対に教えてくれないだろうね。……だが、あの悪霊は私にキミを預けた。母上の娘であり、現在のバートリの当主である私に大事な弟子を託したんだ。そこに意味がある気がしてならないんだよ。」
「縁だな。昔は信じてなかったが、最近はそれのことを信じ始めてるぜ。ハリーの事情も、咲夜の事情も、お前の事情も、私の事情も。偶然にしてはちょっと出来すぎてるからよ。……そんじゃ、私はもう寝る。食ったら寝ないとな。」
「魔理沙、ちゃんと顔を洗って歯を磨いて髪を結んで──」
「分かってるって。全部魔法でパパッとやるよ。私は『暫定的に成人』だから、今やそこに苦労する必要はないんだ。」
私の注意に軽く応じながら部屋へと歩いて行く魔理沙だが……そっか、すっかり忘れてたぞ。もう魔法を自由に使っていいんだった。ちらりとアリスを見てみれば、彼女は苦笑しながら首肯してくる。
「ん? もちろん使っていいわよ? ……ここは魔法族の町だし、『臭い』の性質上今までも使えはしたんだけどね。法律は守らないとダメだから止めてただけよ。」
「じゃあ、洗い物とかも魔法で済ませちゃえばすぐだね。」
家事が大分楽になるぞと笑顔で言い放つと、アリスは至極微妙な表情で指摘を寄越してきた。
「エマさんが洗うより綺麗に出来る自信があるならチャレンジしてみなさい。私は諦めたわ。私の杖捌きじゃ彼女に勝てないのよ。」
「……なら、私が勝てるはずないね。」
「大人しく諦めたまえよ、キミたち。こと家事に関してはパチェの魔法でさえもがエマには敵わなかったんだから。」
そうだった、この家では『エマさん基準』を超えない限りは意味がないんだった。そうなると洗い物も、掃除も、服を洗濯するのも畳むのも魔法でやる意味がないじゃないか。……やっぱり地道な手作業が一番だということか。モリーさんも料理を作る際に大事な部分は手作業でやっていたし、アリスの人形作りもそうである以上、杖魔法での家事は『早かろう悪かろう』であるようだ。
それでも使えるようになったんだから使ってみたいという欲求を自覚しつつ、サクヤ・ヴェイユはリーゼお嬢様の抱き枕という『業務』を続けるのだった。