Game of Vampire   作:のみみず@白月

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教唆犯

 

 

「おう、東風谷。久し振りだな。……なんかお前、髪の緑色が濃くなってないか?」

 

明日日本に帰るという東風谷と久々に会うためにロンドンのカフェを訪れた霧雨魔理沙は、既に店に到着していた彼女へと日本語で問いかけていた。まだまだ黒髪ではあるのだが、明らかに緑が強くなっているぞ。黒が強めのダークグリーンって色合いだ。

 

十二月二十七日のお昼前、マグル界のロンドンで東風谷と遊ぶ予定だというリーゼやアリスに引っ付いて来たのである。ちなみに咲夜も一緒で、東風谷の方は二柱の神を連れているらしい。……ということは、一緒に座っているのが噂の二柱か。神が喫茶店でお茶してるってのは割と意味不明な状況だな。

 

リーゼから東風谷の事情に関してはざっくりと説明されているものの、未だに違和感が抜け切らないぞ。明るい茶色のダウンジャケットを着ている金髪の子供と、赤い大人っぽいコート姿の青紫の髪の女性。一見した限りでは人間にしか見えないな。

 

まあ、神を直接目にしたのは初めてではない。幻想郷でチラッと見かけた神々もやたら人間くさい連中ばっかりだったし、こういうもんなのかと勝手に納得した私へと、東風谷は笑顔で返事を寄越してきた。

 

「霧雨さん、お久し振りです。髪はですね、どうも神力の影響を受けてるようでして。諏訪子様と神奈子様によれば別段悪いことではないらしいので……あっ、こっちが洩矢諏訪子様と八坂神奈子様です。リーゼさんから聞いてますか?」

 

「ああ、聞いてるぜ。霧雨魔理沙だ。よろしく頼む。」

 

「やっほー、魔理沙ちゃん。私たちはずっと早苗の近くに居たから、一方的には魔理沙ちゃんのことを知ってるよ。トーナメントの時はありがとね、早苗のために色々やってくれて。」

 

「私からも礼を言っておこう、霧雨魔理沙。お陰で早苗は中城霞とまた普通に話せるようになった。感謝しているぞ。」

 

思っていたよりもフレンドリーだな。私が二柱にこっくり頷いたところで、今度は咲夜が自己紹介を放つ。

 

「あの、アンネリーゼお嬢様の従者のサクヤ・ヴェイユです。よろしくお願いします。」

 

「ん、咲夜ちゃんのことも五月に見てるよ。よろしくよろしく。」

 

「八坂神奈子だ、よろしく頼む。」

 

私の時ほどではないものの、ある程度友好的に交わされた自己紹介の後……どうしたんだ? 獲物を見つけた時のようにニヤリと笑った洩矢が、席を立ってアリスの方へとにじり寄って行く。対するアリスは何だか迷惑そうな顔付きだ。この二人は相性が悪いのか?

 

「やーやー、アリスちゃん。私の隣に座りなよ。それともアンネリーゼちゃんの隣が良い?」

 

「諏訪子さん、どうしてニヤニヤしてるんですか?」

 

「んー? どうしてかなぁ。……私、アリスちゃんのことを気に入っちゃったからね。お喋りしようよ。」

 

「嫌です。またあの話を持ち出すつもりなんでしょう?」

 

嫌っているというよりも、『鬱陶しがっている』という感情が籠ったアリスの返答を気にすることなく、洩矢は強引に彼女の手を引いて席へと導いていってしまう。そんな二人のことを尻目に、東風谷がリーゼへと言葉を投げかけた。ガイドブックらしき雑誌を見せながらだ。

 

「リーゼさん、リーゼさん。今日はここに行きたいんです。すっごく美味しいレストラン……パブ? よく分かんないですけど、とにかくご飯が美味しい話題のお店らしくて。お昼ご飯はここにしましょう。」

 

「はいはい、分かったよ。好きにしたまえ。」

 

「えへへ、ありがとうございます。」

 

東風谷のやつ、少し……どころじゃなくて、かなり明るくなったな。五月に会った時よりも大分溌剌としているぞ。八月に会った時はそんなに印象が変わらなかったのに、今は別人のように豊かな表情を浮かべている。

 

そのことをちょっと怪訝に思いつつ適当な席に着くと、リーゼの手を引いて隣同士で座ろうとした東風谷の方に……おおう、大人気ないな。するりと近付いた咲夜が二人の間に割り込んだ。どうやら『縄張り主張』を始めるつもりらしい。東風谷はお前の二つ下だぞ。

 

「へっ? あの?」

 

「すみません、東風谷さん。リーゼお嬢様のお世話をしないといけないので、この席には私が座りますね。」

 

「そ、そうですか。それならまあ、仕方ないですね。」

 

薄い笑みで宣言する咲夜と、やや押され気味に首肯する東風谷。多少押しが強くなったように見えた東風谷も、ほぼ初対面の咲夜には未だおどおどしてしまうようだ。これは勝負あったかと思ったところで──

 

「じゃあ、私はこっちに座ります。」

 

東風谷はリーゼを挟んだ反対側に椅子を勝手に移動して座ってしまった。ちなみにこのカフェの椅子は普通の木の椅子ではなく、結構重めの金属製の脚が付いている椅子だ。それを引き摺って移動させることで脚が地面に擦れる甲高い音が店内に響き、他の客たちや店員がじろりとこちらを睨んでくるのを他所に、東風谷はご満悦の面持ちでリーゼの隣を確保する。

 

おいおい、本当に図太くなってないか? 私でもやらないぞ、それは。リーゼとアリスと洩矢と八坂はもう諦めているような表情だし、私と咲夜は若干引いているわけだが……東風谷はそんなテーブルの面々を一切気にすることなく、ガイドブックの別のページを開いてリーゼに話しかけた。

 

「あとですね、ここも行きたいんです。叔父さんへのお土産を買うのを忘れてたので、神奈子様から注意されちゃいまして。本場のネクタイを買おうと思うんですけど、どうでしょうか?」

 

「……ネクタイの『本場』はフランスじゃないのかい?」

 

「そうなんですか?」

 

「いやまあ、そこは議論が分かれる点だと思うが……何にせよ、キミが行きたいと言うなら行こうじゃないか。」

 

言うリーゼは『もうどうにでもしてくれ』という諦観の顔付きだ。……私が危惧していたような関係にはなっていないようだが、これはこれでちょっとした問題を感じるぞ。八月はリーゼが東風谷を振り回していたのに、今は東風谷の方がリーゼを振り回しているらしい。

 

そして敬愛するご主人様へと無遠慮に『おねだり』している東風谷を見る咲夜は……おー、怖い。非常にイライラしている時の表情だ。銀髪メイドちゃんにとっての東風谷は、ハリーよりも遥かに相性が悪い相手ってことか。

 

アリスにちょっかいをかけまくる洩矢と、リーゼに対して新たな要求を提示する東風谷と、その光景をジト目で睨む咲夜。一筋縄ではいかなさそうな集団だなとうんざりしつつ、面倒な『調停役』にならないように立ち回ろうと決意するのだった。

 

───

 

「──だろう? だから私は神を重んじる人間の描写に感動したんだ。レンタルビデオ屋で借りてもう一度観たいんだが、早苗が会員証を作れなくてな。テレビの再放送を待つしかなさそうなんだよ。」

 

そして待ち合わせ場所のカフェからパブへと移動して昼食を終えた現在、私たちは東風谷のお目当ての店に向かうべく冬のロンドンの街中を歩いているわけだが……謎の『グループ分け』が出来てしまったな。アリスに洩矢がじゃれ付き、リーゼと咲夜と東風谷がセットになってしまった結果、私は最後尾で八坂の話に付き合わされているわけだ。

 

ちなみに今の八坂はアニメーション映画を観て感動したのでもう一度観たいという話をしているのだが、細々とした内容があまりにも神っぽくなさすぎるぞ。ビデオ屋の会員証? そんなもんに悩まされる神が居るとは思わなかったぜ。

 

そもそも私からすれば『レンタルビデオ屋』が実際に何をする店なのかも分からん以上、マグル界での生活に関してはこいつの方がよっぽど詳しそうだ。神より世間知らずなのはマズいぞと反省していると、八坂は前を歩く面々の背を追いながら会話を続けてきた。

 

「あの札のお陰で顕現できるようになったし、免許を取るのも良いかもしれないな。無論公的な身分など存在しないわけだが、魔法界側から申請すれば何とかなるかもしれない。どう思う? 霧雨魔理沙。私が免許を取るのは可能だと思うか?」

 

「『免許』ってのは自動車の免許のことだよな? ……日本魔法界の制度はさっぱり分からんが、少なくともイギリス魔法界ではサインできる能力さえあれば簡単に発行できるぞ。」

 

以前魔法省に『パスポット』を作りに行った際、ドライバーライセンス用の申請用紙もチラッと見かけたのだ。……イギリス魔法界におけるあの辺のいい加減さを思うに、下手すると名前すらまともに書けなくても作れるかもな。今度魔法省に行く機会があれば、『メリッサ・キリシャメ』で作れるかを試してみるのも面白いかもしれない。

 

アホらしい気分で相槌を打った私へと、八坂は嬉しそうな顔で応答してくる。

 

「そうか、それなら望みがあるかもしれないな。免許証があれば色々と早苗を手助け出来るだろうし、日本に戻ったら試してみることにしよう。」

 

「あー……つまり、身分証として使うってことか?」

 

「ああ、そういうことだ。日本では何もかもに身分証明が必要だからな。未成年かつマホウトコロ生の早苗は苦労しているんだよ。」

 

「まあ、マホウトコロの身分証が非魔法界で使えるとは思えんしな。……にしたって、それだと他の生徒も苦労するんじゃないか?」

 

素朴な疑問を投げてみれば、八坂は忌々しそうな表情になりながら詳細を教えてくれた。

 

「普通は希望すれば『学生証』を発行してもらえるんだ。非魔法界でも通用する、架空の学校の学生証をな。だが、非魔法界での身分証明に関する利権を管理しているのは藤原派なんだよ。いちいち関わりに行くのが嫌だから、今までの早苗は諦めていたんだ。」

 

「そこでも三派閥かよ。つくづく面倒くさいな。」

 

「例えば松平派の生徒が学生証を手に入れたいと思った場合、先ず葵寮の上級生に申請する必要がある。その上級生が寮長に取り次ぎ、寮長が月に一度の三寮会議の時に藤寮の寮長に話を通し、そして藤寮の寮長が魔法省に居る藤原派の職員に話を持っていくことになるわけだ。……これを無派閥の早苗がやろうとすれば、ひどく面倒なことになるのは目に見えているだろう? だから今までは身分証を持っていなかったんだよ。保険証が精々さ。」

 

私の記憶が確かなら、立葵を掲げる松平派が葵寮、五三鬼桐を掲げる細川派が桐寮、下がり藤を掲げる藤原派が藤寮を支配していたはずだ。要するに『三寮会議』とやらはホグワーツにおける監督生集会で、他派閥が管理する何かをやってもらいたい時はそこで話を通す必要があるということか。

 

クソ面倒だなという感想を抱きつつ、八坂に対して質問を重ねる。

 

「事情は分かったが、いくつか疑問があるぞ。葵寮から申請が来た場合、藤寮は素直にそれを受けてくれるのか?」

 

「取り引きしているんだよ。身分証に関することを藤寮に頼む代わりに、葵寮も何かしらのことを引き受けているんだ。」

 

「なるほどな、そういうことか。……ちなみにどこがどの利権を握ってるかは知ってるか?」

 

恐ろしい話だな。日本魔法界では学生の頃からそういうことを考えて動かないといけないわけか。ホグワーツで良かったと今更ながらに実感している私に、八坂は記憶を掘り起こすように腕を組んで答えを返してきた。そこまで詳しくはないらしい。

 

「一番有名な言い方は『司法の松平、外交の藤原、武力の細川』だ。治安維持を担当する魔法警保隊が松平で、凶悪事件に対処する闇祓いは細川の担当だな。他国との折衝や入出国を管理しているのは藤原だが、国内の法務関係に強いのは松平らしい。それと細川は研究機関である魔法技研を傘下に置いているとも聞いている。……何にせよ、細かいところまでは私にも分からん。とにかく唯一の例外を除いて、日本魔法界の組織や会社は絶対にどこかの派閥に所属しているということだ。」

 

「唯一の例外ってのは?」

 

「マホウトコロ呪術学院だよ。そこだけは八重桜の紋の庇護下にあるからな。嘗て三派閥の長たちが挙ってマホウトコロを手に入れようと企んだが、結局白木の手練手管にしてやられたらしい。三派閥の均衡を上手く利用して、『三竦み』のど真ん中に空白地帯を作り出したんだそうだ。」

 

うーむ、凄いな。意図的に『台風の目』をマホウトコロに誘導したってことか。レミリアやグリンデルバルドのやり方が敵を捩じ伏せる剛の政治なら、白木のそれは敵の力を利用する柔の政治ってところか? ちょびっとだけダンブルドアの姿勢と似たものを感じるぞ。

 

内心でマホウトコロの校長への評価を少しだけ上げながら、ぐるりと方向転換した面々を横目に口を開く。どうやら先導していた東風谷が道を間違えたらしい。リーゼから地図が載っているガイドブックを取り上げられている。何をしているんだよ。

 

「そういえば、東風谷はこれからどうするつもりなんだ? 幻想入りしようってのはリーゼから聞いてるけどよ、今はまだ微妙な時期だろ?」

 

「クリスマスにホテルで話し合ったんだがな。確たる答えは出なかった。……私は期生をやるべきだと思っているが、早苗はまだ決めかねているようだ。」

 

「魔法の勉強はしたいけど、マホウトコロには居辛いってことか?」

 

「まあ、そういうことだな。早苗の境遇を側で見ていた私としては、『やってみろ』とも軽々に言えんし……どうにも困っているんだ。」

 

難しいな、それは。私もやりたいならやってみるべきだとは思うが、環境が邪魔して満足に出来ないのであれば一概に勧めるわけにもいかない。眉間に皺を寄せて悩みつつ、八坂に思い付きの提案を放った。

 

「リーゼのことを上手く利用するのは無理なのか? イギリスだとそれなりに顔が利く存在だぞ、あいつ。」

 

「……バートリの名を笠に着るということか?」

 

「ん、そういうこった。そりゃあ日本だとイギリス魔法界ほどには通用しないのかもしれんけどさ、一応レミリア・スカーレットの縁者なんだぜ? そこまで軽んじられるってこともないだろ、多分。」

 

日本がヨーロッパから遠く離れた異国の地だとしても、レミリア・スカーレットの名はそれなりに重いはずだ。アリスの指名手配騒動を経た今現在は尚更だろう。あの一連の事件でのイギリスの『勝利』は、スカーレット派が未だ健在だという証明に他ならないのだから。

 

あまり詳しくない政治の知識を振り絞って応じた私へと、八坂は何かを考えながら曖昧に頷いてくる。

 

「……確かに利用できるかもしれないな。バートリにこれ以上の借りを作るのは癪だが、それで早苗の学生生活が多少なりとも改善するのであればやってみるべきだろう。」

 

「まあうん、黙ってリーゼの名前を『印籠』にしちゃえよ。何だかんだで身内に対する面倒見は良いから、事後承諾でも問題ないと思うぞ。最近は暇してるみたいだし、切っ掛けさえ作っちまえば勝手に三派閥に圧力をかけてくれるだろ。」

 

「ふむ、考えておこう。感謝するぞ、霧雨魔理沙。上手く立ち回れば早苗の居場所を確保できるかもしれない。」

 

「おう、頑張ってくれ。私としても東風谷が真っ当な学生生活を送れるようになるのは歓迎すべきことだからな。」

 

あくまで私の認識の上での話だが、日本への影響力に限ればリーゼとレミリアは互角……というか、下手すると局所的には黒い方の性悪が優るくらいじゃないか? アジアの要所であるロシア魔法議会と香港自治区に顔が利く以上、やろうと思えば日本魔法界に腕を伸ばすことだって出来るはず。本人が常に『裏側』に居るから見え難いが、気付く者は気付くだろう。

 

だからまあ、大丈夫なんじゃないか? 勝手に名前を使われるリーゼは苦労するかもしれないが、そこまでは私の知ったことじゃない。乗りかかった船なのだから、最後まで面倒を見るべきなのだ。後で八坂に『教唆』した私も一緒に怒られてやるさ。それで東風谷の苦難が解決するなら万々歳だぜ。

 

目的地までの順路についてを喧しく主張し合っている私と八坂以外の面々を眺めつつ、霧雨魔理沙は心の中でリーゼに軽く謝るのだった。

 


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