Game of Vampire   作:のみみず@白月

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はい、教官!

 

 

「あれ、ロン先輩? そんなところで何してるんですか?」

 

ひょっとして、ジニーを見送りに来たのかな? 9と3/4番線のホームの柱の陰に立っている茶色いスーツ姿のロン先輩へと、サクヤ・ヴェイユは首を傾げながら呼びかけていた。何故か隠れるような雰囲気だし、ちょっと怪しく見えてしまうぞ。

 

1999年の一月四日。私と魔理沙はホグワーツに戻るために、キングズクロス駅から真紅の列車に乗り込もうとしているところだ。珍しくホグワーツ特急が遅延したということで、一緒に来たアリスと三人でホームに到着したばかりの車両のドアが開くのを待っていたわけだが……そんな中、柱の陰で突っ立っているロン先輩を発見したのである。

 

私の声に反応して近付いてくるアリスと魔理沙を横目で確認していると、ロン先輩はかなり気まずそうな顔付きで返事を寄越してきた。

 

「あー……サクヤ、今はマズいんだ。実地研修中なんだよ。だからつまり、仕事中ってこと。」

 

「闇祓いの訓練の一環ってことですか?」

 

「そういうことだ。人が集まる場所での警備の訓練って感じかな。」

 

そんな訓練もあるのか。だったら邪魔しない方がいいかなと魔理沙とアリスに伝えようとしたところで──

 

「ウィーズリー! 今はお喋りを楽しむ時間ではないはずだぞ!」

 

おおう、びっくりしたぞ。早足で歩み寄ってきたスーツ姿の老年の男性が、いきなり怒声をロン先輩に浴びせ掛けた。それを聞いてうんざりしたように額を押さえる先輩へと、男性は尚も怒りの大声で注意を続ける。

 

「油断大敵! そうやって私語をしている最中に誰かが襲われたらどうするつもりだ! 我々闇祓いは善良な一般市民を守る盾であり、クソったれの犯罪者どものケツの穴に杖をぶち込む矛でも……これは失礼、レディの前で口にすべき言葉ではありませんでしたな。謝罪いたしま──」

 

ロン先輩への叱責を中断して私に礼儀正しく謝ってきたお爺さんだったが、台詞の途中で私の顔を直視したまま動きをピタリと止めてしまう。それにどう反応すればいいのかと迷っていると、私のすぐ後ろに立ったアリスが先んじてお爺さんに挨拶を投げた。苦笑しながらだ。

 

「どうも、ヴァンダーウォールさん。お元気そうで何よりです。」

 

「これは、ミス・マーガトロイド。お久し振りです。私は老いてしまいましたが、貴女はスカーレット女史と同じく昔のままだ。……そしてお嬢さん、察するに貴女はサクヤ・ヴェイユさんですな?」

 

「はい、サクヤ・ヴェイユです。……父と母をご存知なんですか?」

 

この流れは多分そうだろうと先手を取った私に、お爺さんは深々と首肯しながら自己紹介を口にする。やっぱりか。

 

「如何にも、その通り。私はハーマン・ヴァンダーウォールと申しまして、貴女のご両親の訓練を担当した者です。」

 

「ヴァンダーウォールさんはムーディの前の前の局長さんなの。引退した後はずっと教官をなさっていて、現役の闇祓いは大抵彼が鍛えた『弟子』たちよ。」

 

「アリスと知り合いってことは、戦争にも参加したんですか?」

 

「あの被害妄想の聞かん坊に引っ張り出されましてな。第一次戦争の後期は一時的に教官ではなく、闇祓いとして動いておりました。」

 

態度も話し方も随分と紳士的な人だな。アリスが丁寧に接するということは結構な年齢だと思うのだが、真っ白な頭髪や口髭はきちんと整えられているし、立ち姿もピンと背筋が伸びている。皺一つないスリーピースに身を包んでいるその姿は、イギリスらしい老紳士という雰囲気だ。さっきの怒鳴り声の内容以外はだが。

 

私が感心しながら頷いたところで、アリスの隣からひょっこり顔を出した魔理沙が質問を送った。

 

「もしかして、ムーディに『油断大敵』を教えたのはあんたなのか?」

 

「残念ながら、アラスターめの口癖が私に移っただけですよ。若い頃から狂った九官鳥のように『口ずさむ』のですり込まれてしまいましてな。」

 

「ありゃ、そうだったのか。」

 

やはり本家本元はムーディさんなのか。そのことに何故かちょびっとだけ安心した私に、ヴァンダーウォールさんは一声かけてからロン先輩へと向き直る。

 

「何にせよ、こうして貴女の元気な姿を拝見できて本当に良かった。この老骨めが冥土に持っていく後悔が少しだけ軽くなった気がします。……だが、それとこれとは話が別だぞ、ウィーズリー! 任務中は私人としての感情を捨てろ! あらゆる状況に対応できるように、常に闇祓いとしての自覚を忘れるな! これまでの訓練中に何度も聞いたことを思い出せ! 雪山での教えをもう忘れたのか!」

 

「覚えてます。だけど──」

 

「『だけど』? だけどだと? 信じられん。まだ言い訳をする根性が残っていたとは驚きだ。いいか? もう一度だけ教えるぞ? ……闇祓いの訓練に『だけど』など無い! あるのは『はい』だけだ! 二度と下らん口答えをするな!」

 

「はい、教官!」

 

この瞬間、ホームの片隅で起きている騒動を見物している生徒たちは闇祓いを進路の候補から抹消したはずだ。間違いないぞ。だって死ぬほど必死に勉強して、入局試験を突破した先に待っているのが『はい、教官!』だということを彼らは知ってしまったのだから。

 

老紳士から鬼教官へと一瞬でスイッチを切り替えたヴァンダーウォールさんを戦慄の思いで見ていると、遠巻きに私たちを観察している人垣を抜けた誰かがこっちに……おお、マルフォイ先輩だ。ピシッとした黒いスーツ姿で、やや呆れ顔になっているマルフォイ先輩がこちらに歩いてきた。その隣にはちょっとぽっちゃりしている眼鏡の若い男性が居るわけだが、この人もどこかで見たことがある気がするな。誰だったっけ?

 

「教官、指示された7と1/2番線のホームの見回りを終えました。」

 

「ん、ご苦労。マルフォイの手際はどうだった? シャフィク。」

 

「問題ないかと。準備しておいた不審物のチェックは規定通りに行っていましたし、不審者役の男女三名にもしっかりと声をかけていました。」

 

「そうか、上出来だ。では、お前たちは少しここで待っていろ。わしはウィーズリーに追加の指導をしなければならなくなった。」

 

その発言に表情を暗くしたロン先輩を連れて列車の方へと移動していくヴァンダーウォールさんを見送った後、魔理沙がマルフォイ先輩に話しかける。……ロン先輩には悪いことをしちゃったな。今度会った時に謝らないと。

 

「よっ、ドラコ。それと久し振りだな、シャフィク。闇祓いになってたのか。」

 

「久し振りだ、ミス・キリサメ。一度入局試験に落ちて魔法警察部隊に入った後、二度目で何とか受かってね。今は訓練の最終課程をやっているところだ。」

 

シャフィク? ……あー、そうだ。三年前に卒業したレイブンクロー生の先輩だ。私が納得を、そして隣のアリスが若干怪訝そうな感情を顔に浮かべたのを他所に、続いてマルフォイ先輩が魔理沙へと応答した。

 

「元気そうだな、マリサ。羨ましい限りだ。」

 

「おいおい、お前も参ってるみたいだな。」

 

「去年の今頃も相当に忙しかったが、今となってはそれすら『穏やかな日々』だったと思えるぞ。……教官は連帯責任がお好きなようでな。僕の『教育的指導』の内訳の七割はウィーズリーのお陰だ。あいつと同期になったことを感謝しない日はない。」

 

これはまた、荒んでいるな。吐き捨てるように皮肉を呟いたマルフォイ先輩は、かなり疲れている表情だ。ロン先輩が何かミスをすると、マルフォイ先輩にも『教育的指導』とやらが降りかかるということか。

 

マルフォイ先輩のやられっぷりに何とも言えない空気が場を包んだところで、汽笛の音と共に車両のドアが一斉に開く。やっと乗車できるようになったようだ。機関車の方で慌ただしく動いていた機関士さんたちが帰っていくし、故障が直ったということなのかもしれない。

 

「まあうん、元気出せよ。来年にはハリーも合流するだろうしさ。」

 

「ああ、それだけが唯一の楽しみだ。僕がハリーの『先輩』になれる日がな。」

 

ポンと肩を叩いた魔理沙へと、マルフォイ先輩は邪悪な笑みで返事をしているわけだが……ポッター先輩、大丈夫なのかな? いびる気満々じゃないか。

 

去年のトーナメントで仲良くなっていたっぽいし、多分冗談だろうと聞き流してトランクを手に取っていると、魔理沙が思い出したように問いを投げかけた。

 

「あんまり盛大に『歓迎』してやるなよな。……そういえばよ、お前はスリザリンのサインについて何か知らないか?」

 

「スリザリンのサイン?」

 

「ホグワーツのどっかにある創始者のサインを探してるんだよ。スリザリンのだけがヒントすら掴めなくてな。困ってるんだ。」

 

苦笑いで肩を竦めた魔理沙の質問を受けて、マルフォイ先輩は……おや? 何か知っているのか? 心当たりがあるような顔付きで返答を返す。

 

「……それなら、昔スネイプ先生から聞いた覚えがあるぞ。学生時代によく利用していた場所にサラザール・スリザリンが刻んだサインがあったと。」

 

「マジかよ。場所は?」

 

「地下牢のどれかだ。隠し部屋というほどのものではないが、入り口にちょっとした仕掛けがあるのだと言っていた。静かで人が来ない場所だから、そこで魔法薬学の勉強をしていたらしい。……聞いたのは二年生の頃だし、実際に探したわけではないから詳しくは分からないがな。」

 

「地下牢か。……助かったぜ、ドラコ。スネイプにも感謝しないとだな。」

 

これもまた不思議な縁だな。スリザリンのサインはスネイプ先生が見つけていたのか。運命の数奇さを感じていると、戻ってきたヴァンダーウォールさんがマルフォイ先輩とシャフィク先輩に指示を放った。ロン先輩は側に居ないようだ。

 

「マルフォイ、シャフィク、行くぞ! これ以上この場に留まっては見送りの邪魔になるし、今度はマグル界の駅に入る! 以降は『何の変哲もないマグルのビジネスマン』として振る舞うように! ……我々はこれで失礼いたします。それではお元気で。」

 

最後の部分だけを丁寧な口調で私たちに向けたヴァンダーウォールさんは、キビキビとした動作でマグル界のホームに繋がるゲートの方へと去って行く。シャフィク先輩も私たちに一礼してからそれに続いたところで、マルフォイ先輩が魔理沙に助言を飛ばした。

 

「スネイプ先生は『もし部屋に入りたいなら杖明かりを使え』と言っていたぞ。恐らくそれがサインがある地下牢に入るヒントだ。」

 

「おう、覚えとく。ありがとな、ドラコ。訓練頑張れよ!」

 

「ありがとうございます、マルフォイ先輩。」

 

早足でシャフィク先輩の背を追うマルフォイ先輩に私と魔理沙がお礼を言って、その姿が人混みで見えなくなった後に……魔理沙と顔を合わせて頷き合う。あとは列車に乗り込んでルーナからの情報を聞けば、全てのヒントが揃うことになるな。

 

「これでピースが揃いそうね。」

 

「だな。早く列車に乗ってルーナから首尾を聞いて、ホグワーツに戻ったら早速三つのサインについてを調べてみようぜ。」

 

『捜査』が進展したことを喜んでいる私たちへと、アリスがちょっと困ったような面持ちで声をかけてきた。

 

「二人とも謎を追うのはいいけど、危険なことはしないようにね。魔理沙は例の魔道具を常に携帯して、咲夜は歯車を持っておくこと。分かった?」

 

「ん、言われなくてもミニ八卦炉は肌身離さず持ってるぜ。」

 

「私も歯車はずっと持ってるよ。……でもこれ、結局何なの?」

 

「それは私にもよく分からないけど、リーゼ様が持っておけって言うなら持っておくべきでしょう?」

 

まあ、それはそうだ。主人から携帯しておけと命じられたのであれば、余計なことを考えずに持っておくべきだろう。アリスの説明にメイドとして納得の首肯を返すと、彼女は私たちを列車の中へと送り出してくる。

 

「いい? 追加でもう一つだけアドバイスをしておくわ。何か不測の事態に陥った時は、先ず状況を俯瞰してから行動しなさい。がむしゃらに動くんじゃなくて、筋の通った計画を立てて行動するの。」

 

「あー……そうだな、魔女らしい良いアドバイスだと思うぜ。」

 

「うん、覚えておく。」

 

「それじゃ、二人とも行ってらっしゃい。備えを決して忘れないようにね。いつ何が起こるか分からないんだから。」

 

やや物騒というか、実用的なアリスのアドバイスを背に列車に乗り込んで、混み合っている車両の通路を進みながら魔理沙へと話しかけた。

 

「変なアドバイスだったわね。『戦時中』みたいな台詞だったわ。」

 

「ま、魅魔様の課題をやってるわけだからな。多少は気を付けろってことだろ。……さて、ジニーとルーナを探そうぜ。行き違うと面倒だし、最初に先頭の方に行ってみよう。」

 

「オーケーよ。」

 

前を行く魔理沙の背中に続きつつ、すれ違う生徒たちを横目に思考を回す。全てのサインを見つけた後、結局マーリンの隠し部屋と関係がなかったらどうしよう。そうなっちゃうといよいよノーヒントの状態に陥るぞ。

 

まあうん、そうなったらその時考えればいいか。魔理沙はサインが隠し部屋と関係していることをもはや疑っていないようだし、手伝っている身である私は彼女の考えに沿って動くだけだ。別に六年生のうちに終わらせろとは言われていないんだから、まだまだ余裕は残っているはず。

 

新たな年でのホグワーツの生活を思い浮かべながら、サクヤ・ヴェイユは学友二人を探して歩き続けるのだった。

 

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