Game of Vampire   作:のみみず@白月

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特別牢

 

 

「まあうん、勝ちは勝ちだろ。……前回も同じような台詞を言った気がするけどよ。」

 

ホグワーツ城の地下通路の片隅で咲夜にそう返しつつ、霧雨魔理沙は薄暗い地下牢を覗き込んでいた。ここも普通に中に入れるし、候補から除外して良さそうだな。

 

二月も下旬に入った今日、私と咲夜は寒いし暗い地下通路の空気にうんざりしながら、スリザリンのサインが隠されているという地下牢を捜索しているのだ。夏場は涼しくて快適なわけだが、冬場になるとクソ寒いな。こういう場所って逆に暖かくなって然るべきなんじゃないのか?

 

私がホグワーツの室温の謎についてを考え始めたところで、咲夜が学内クィディッチリーグに関する話を続けてくる。先日行われたグリフィンドール対ハッフルパフ戦は、またしても超僅差での勝利だったのだ。理由は一回戦とは正反対だが。

 

「ジニーったら、尋常じゃないくらいに落ち込んでたわよ。現時点で二勝してるんだし、正直言ってそんなに問題ないと思うんだけどね。」

 

「実際問題ないだろ。グリフィンドールとスリザリンが二勝してて、レイブンクローとハッフルパフが二敗してるんだから、最終戦で勝った方が優勝だ。それだけの話だぜ。」

 

ハッフルパフ戦はスニッチを捕られての勝利……つまり、チェイサーの得点で勝利を収めたわけだ。180対20の状況でハッフルパフ側のシーカーがスニッチを捕ったので、最終的なスコアは180対170となった。恐らくハッフルパフのシーカーはアレシアに『滅多打ち』にされていたチェイサー陣が心配だったのだろう。あれ以上続けていたら確実に医務室行きになっていただろうし、潔くスニッチを捕ったのは正解だったと思うぞ。

 

とはいえ私とポジションを入れ替えてシーカーを務めたジニーとしては、シーカー戦をする間も無く自分が気付かないうちにスニッチを捕られてしまったのが余程に悔しかったらしく、最近は随分と落ち込み気味なのである。スニッチを発見できるかどうかは運や慣れの要素も大きいし、仕方がないと思うんだけどな。

 

そしてそんなジニーが最終戦でシーカーをやりたいと言うはずもなく、どうもこのままだと一戦目と同じく私がやることになりそうだ。個人的な意見としては、卒業するジニーがスニッチを捕って優勝するのがベストだと考えているわけだが……うーん、難しい。この先ジニーが気持ちを持ち直した時にでももう一度相談してみるか。

 

思考を回しながら地下牢のチェックを進めていると、通路の先に行き止まりの壁が見えてきた。牢が並んでいる他の区画は全部調べたし、これでようやく終わりっぽいな。

 

「おし、やっと終わりだな。……私の担当で扉が開かなかった牢は六箇所だ。そっちはどうだった?」

 

「三箇所だけよ。ってことは計九箇所ね。その中のどれかがマルフォイ先輩の言ってた地下牢ってこと?」

 

「多分な。そもそも入れない牢が九箇所もあるとは思わなかったが……んー、全面鉄格子の牢は除外してもいいんじゃないか? 外からでも中が見えちゃうし、それっぽくないだろ。」

 

今回改めて地下牢を調べてみて発見したのだが、ホグワーツ城の牢には三つの種類があるらしい。部屋の壁の一面が全部鉄格子になっている典型的なイメージ通りの『牢屋』と、厚い木のドアの一部だけが鉄格子になっている小さめの部屋。そして鉄格子が一切使われていない、分厚い鉄のドアを閉めると真っ暗になるであろう一番小さなサイズの『独房』。牢によって微細な違いはあるものの、大きく分けるとその三種類に分類できるようだ。

 

私の意見に頷いた咲夜が、手元の地図を確認しながら指示を出してくる。忍びの地図を写し取って、そこに調査したことを色々と書き込んでいるやつだ。

 

「そうなると……うん、私の担当で残る候補は一箇所だけよ。すぐ近くだし、先ずはそこを調べてみましょうか。」

 

「おう、了解だ。……今まで深く考えなかったけどよ、何でこんなに牢屋があるんだろうな?」

 

「この城の建築当時は魔法省が存在してなかったから、魔法界の犯罪者をこっちに閉じ込めてたんじゃない? アズカバンも勿論無かったわけだしね。」

 

「ホグワーツが全部纏めてやってたってことか。」

 

つくづくこの国の魔法界のルーツになっている場所だな。ホグワーツがイギリス魔法界の『始まり』であることを実感しつつ、咲夜の案内に従って通路を歩いて行くと……あの牢か。石造りの壁に嵌め込まれた、錆びて変色している重苦しい鉄の扉が見えてきた。

 

「あれよ、鉄の扉のやつ。要するに一番『厳重』なタイプの牢ね。怪しいわ。」

 

「んじゃ、手始めにありきたりな方法から試してみるか。アロホモラ(開け)。……まあ、当然開かないな。」

 

期待はしていなかったけどな。ピクリとも反応を示さない扉の前で肩を竦めてやれば、今度は咲夜が上級解錠術を試みる。

 

「それならこっちよ。アベルト(解錠せよ)。」

 

「あーっと、扉が閉まったままってのは明らかなわけだが……呪文が成功した上で効果がないのか、単純に呪文が失敗してるのかが判別できんな。」

 

「全然手応えが無かったし、多分後者よ。多分ね。アベルト。」

 

上級解錠術は習ったばかりの難易度が高い呪文なので、まだ私も咲夜も使いこなせているわけではないのだ。使用している本人としても自信がないようで、何度か念入りに呪文を試しているが……何れにせよ、サインが隠されている部屋なら通用しないだろうな。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー。これまで発見した三つのサインはどれも『正攻法』では見られなかったのだから。

 

ムキになって呪文を連発している咲夜を止めようとしたところで……おっと、足音だ。コツコツという靴音が通路の曲がり角の先から響いてきた。

 

「誰か来るぞ。忍びの地図は?」

 

「ちょっと待って、仕舞っちゃったのよ。」

 

慌てて地図を取り出そうとする咲夜だったが、その前に足音が近付いてきてしまう。やけに不規則なリズムの不気味な足音と共に、薄暗い通路の曲がり角からゆらりと姿を現したのは……何だよ、ブッチャーか。魔法薬学を担当しているメイナード・ブッチャーだ。またチェストボーンかと思ったぜ。

 

「……ごきげんよう、ミス・キリサメ、ミス・ヴェイユ。」

 

「おっす、ブッチャー。」

 

「こんにちは、ブッチャー先生。」

 

私たちはもはやブッチャーを『怪しい教師』だとは思っていない。というかむしろ、どちらかといえば『良い教師』に分類しているくらいだ。今ではチェストボーンの方が余程に怪しく感じているぞ。

 

そんなわけで警戒を解いて挨拶を返した私たちへと、『JUST DO IT』という真っ赤な文字が入ったグレーのローブ姿のブッチャーが歩み寄ってくる。今日もまた奇妙なローブを着ているな。そういう文字が入っているあたり、何となく当世風な雰囲気があるぞ。ローブという服装の古臭さと現代的なデザインが致命的に合っていない感じだ。

 

『ズレている』という本人の性格を服装だけで見事に表現しているブッチャーは、骸骨のような顔にニタリという笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「こんなところで何をしているんですか? 寒い場所に居るのは健康に……ヒヒッ、身体に良くありませんよ?」

 

「えっとだな、軽い調べ物をしてるんだ。ホグワーツ城を調べてるんだよ。要するに、自主的な研究だな。」

 

「自主的な研究! ……大変素晴らしい。探究と探求! それこそが人生における目的です! グリフィンドールに五点!」

 

「あー……どうも。」

 

地下通路に声が響きまくっているな。物凄い大声で加点してくれたブッチャーに礼を言いつつ、鉄の扉を指差して続きを話す。ホグワーツの地下通路というのは『薬学棟』の側面があるので、嘗てスネイプがそうだったようにこのフロアの今の『管理者』はブッチャーのはず。ひょっとすると何か知っているかもしれないぞ。

 

「あのよ、ついでに一つ聞きたいんだが……『閉ざされた地下牢』について何か知らないか? 簡単に入れないはずの地下牢を探してるんだよ。今はここを調べてたんだけど──」

 

「探検! 探検をしているんですね? ……そう、探検。私も赴任した直後に探検をしました。この城は実に多くの謎を抱えています。私は生徒に危険が迫らないように、地下通路の安全を確保しておく必要がありますから。それが良い先生の……教師の役目です!」

 

なるほど、その行動が一昨年まことしやかに流れた『徘徊するブッチャー』の噂の原因か。やはり生徒を捕らえて人体実験に使おうとしていたのではないわけだ。あらゆる行動が裏目に出ている哀れなブッチャーは、私の台詞を遮りながら鉄の扉に杖を向けると……ありゃ、開けちゃった。一瞬で鍵を開けてしまう。咲夜が若干悔しそうな表情になっちゃってるぞ。

 

アベルト(解錠せよ)。しかしながら、ここは『閉ざされた地下牢』ではありません。中が崩れかけていて危険なので私が閉じたんです。安全! ……安全は大事ですから。」

 

「なら、あっちの地下牢はどうなんでしょうか? そこも閉じていたんですけど。」

 

「昨年の……イヒッ、去年の段階でこの周辺の地下牢は全てチェックしました。だから現在魔法による施錠がかかっているのは、全て私の呪文によるものですよ。」

 

むう、全部ハズレなのか? 咲夜の質問に答えたブッチャーの説明を受けて、ドラコの発言をもう一度思い返していると……ブッチャーはスリザリンの談話室がある方向を指して言葉を繋げてくる。

 

「ですが、向こうに一箇所だけ開けられなかった特殊な構造の地下牢があります。恐らくそれが貴女たちの探し求める地下牢……つまり、『閉ざされた地下牢』なのでしょう。」

 

「へぇ、向こうにも牢があったのか。こっちの区画だけかと思ってたぜ。」

 

「何故一箇所だけ離れているのかと尋ねたら、マクゴナガル校長が答えを教えてくださいました。普通の地下牢と違い、『恐るべき魔法使い』を捕らえる目的で使われていた牢なのだと。……案内しましょうか?」

 

『冥府の水先案内人』って感じだな。地を這うようなおどろおどろしい声色で地下牢のことを話してくれたブッチャーに、礼を伝えてから彼が指し示した方向へと歩き出す。

 

「いや、案内までは大丈夫だ。色々教えてくれてありがとな、ブッチャー。調べてみることにするぜ。」

 

「ありがとうございました、ブッチャー先生。助かりました。」

 

「ヒヒッ、構いません。教師は生徒に教えるものですから。」

 

嬉しそうな……他者から見れば邪悪そのものな笑みだが、兎にも角にも本人としては喜んでいるのであろう笑顔のブッチャーに見送られながら、咲夜と二人でスリザリンの談話室がある方へと地下通路を進んで行く。

 

「あっちじゃなかったみたいだな。ブッチャーのお陰で無駄足を踏まずに済んだぜ。」

 

「ん、そうね。忍びの地図で見ると……ああ、これかしら? ほら、ここの行き止まり。」

 

起動させた忍びの地図を見せてくる咲夜が指差しているのは……おー、こんな場所があったのか。スリザリンの談話室の入り口から、やや西側にある今は使われていなさそうな通路の行き止まりだ。地図を見た限りでは通路の先が円形のちょっとした広間になっていて、そこに五つの部屋が並んでいるらしい。『特別な牢屋』とやらは五つあるってことかな?

 

ペティグリューのルートを辿った時は、『ゴール地点』に気を取られていてこっちまでは調べなかったっけ。今まで行ったことのない場所であることにワクワクしつつ、咲夜の先導で地下通路の端っこの方を歩いていると、小さな部屋並みの広さがある円形のスペースが目に入ってきた。これはまた、やけに雰囲気がある場所だな。

 

真円の床はホグワーツの地下通路らしい粗い石造りではなく、研磨されたツルツルの黒曜石のような素材で構成されている。そこには白いラインで五芒星の模様が入っており、その頂点のそれぞれに牢の入り口がある形だ。ついでに五芒星を囲むように大量のルーン文字も刻まれているな。私のルーン文字学の知識によれば、これは共通ルーン文字ではなく大昔のイングランドで使われていた文字のはず。

 

うーむ、バブリングなら意味が分かるのかもしれないが、私では配置が複雑すぎて読み取れないぞ。正に『魔法陣』って見た目だ。床に着目しながら唸っていると、壁に視線を送っている咲夜が別の発見を語ってきた。

 

「過去にこの場所で戦いがあったのかもしれないわね。呪文で壁が抉れた跡が残ってるわ。それにまあ、牢屋も無事なのは一部屋だけみたいだし。」

 

咲夜の言う通り、入ってきた通路の真正面の牢以外は全て崩れてしまっている。崩落していて入れない部屋が四つと、完全な形でドアが残っているのが一つという状態だ。……石造りの壁や天井には呪文による傷跡が大量に残っているが、床は傷一つない綺麗なままだな。魔法で保護されているのかもしれない。

 

果たしてここに閉じ込められていたのは誰で、破壊したのは誰で、戦ったのは誰と誰なのか。ホグワーツ城に残っている古の記憶を想像している私へと、唯一無事なドアを一応とばかりに押した咲夜が苦笑しながら声を上げた。

 

「まあ、当然ながら開かないわ。それどころか取っ手すら見当たらないわね。……忍びの地図もダメみたい。星見台の時と一緒で、開け方が『不明』になってるわ。」

 

「見た目からして床と同じ素材っぽいな。ドアって言うか、こうなると『壁』だぜ。」

 

ガラスを思わせる光沢がある真っ黒な長方形のドア。そのツルツルしている表面には一切の凹凸が存在していないようだ。……本当にドアなのか? これ。周囲の石壁とは素材が全然違うし、サイズや位置からしてドアだとは思うんだが、押すのか引くのか横に動くのかがさっぱり分からんな。

 

触った感じは見た目通り硬質で、冷たくもないし温かくもない。実に不思議な素材だ。慎重にドアを調べている私に対して、ポケットから出した手帳と地図を見比べていた咲夜が補足を寄越してくる。

 

「ついでに言っておくと、ここはペティグリューさんのルートとも重なってるわ。ちょうどこのスペースの裏をぐるっと囲んでいるパイプを通ったみたいね。」

 

「んじゃ、ほぼ確実にここにスリザリンのサインがあるって踏んでも良さそうだな。……さて、最後の謎解きだ。忍びたちが開けられなかったってんなら、それ相応の難易度なんだろうさ。気合を入れて取り掛かろうぜ。」

 

グリフィンドールのサインがあった壁の裏、レイブンクローのサインやハッフルパフのサインがあった床の下。ルートと地図を見比べるに、そこをペティグリューは通過しているはずなのだ。だったらここもそうなのだろう。

 

となれば残る問題は、どうやってこの不思議なドアを突破するかだな。……ドラコによれば、学生時代のスネイプはこの部屋の謎を解いているはず。それなら私たちに出来ない道理はない。

 

頬を叩いて気を引き締めながら、霧雨魔理沙は先ず部屋全体を調べてみようと杖明かりを翳すのだった。

 


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