Game of Vampire 作:のみみず@白月
「こっちだよ、早苗。」
やっと来たか、遅いぞ。東京駅から程近いカフェで紅茶を飲んでいたアンネリーゼ・バートリは、店に入ってきた早苗に対して呼びかけを投げていた。その隣には去年魔理沙と鎬を削ったチェイサー……中城霞の姿もある。よしよし、ちゃんと連れて来たようだな。
三月が目前に迫った今日、私はゲラートから頼まれた任務を果たすための『下拵え』をしに日本を訪れているのだ。日本魔法界の内情を知るためには日本魔法界の知り合いが必要となるが、無派閥かつ学生の早苗では有用な情報源たり得ない。ゲラートが『窓口』を欲しているように、私も私の窓口を手に入れなければならないだろう。
そこで早苗から中城を紹介してもらおうとしているわけだ。無論中城だって学生なんだから窓口にするのは難しいだろうが、これまでの早苗の話を聞いた限りでは彼女は細川派の名家と血縁関係があるらしい。である以上、中城から更に誰かを紹介してもらえば良い感じの立場の人物にたどり着けるはず。
加えて言えば、早苗を起点にすることで彼女の後ろに私が居るという証明にもなるわけだ。少なくとも中城から紹介してもらう予定の細川派の『誰か』はそう考えるはずだし、その誰かは細川派全体へと情報を伝えてくれるだろう。二柱との約束も果たせて一石二鳥ってところだな。
ちなみに中城が上手いこと私と細川派を繋げてくれた暁には、イギリス魔法省経由で日本魔法界の外交を担っている藤原派とも顔を繋ぐつもりだ。そして残る松平派に関しては香港自治区のサルヴァトーレ・マッツィーニと、スイスのアピスに調査を依頼してある。その二方向から攻めれば何らかのルートは確保できるはず。あとは二人が手に入れた情報で弱みを握るなり、利益を示すなりして繋がりを構築すればいいだけ。効率的で賢い動き方だぞ、私。
つまり細川派とは個人的な、藤原派とは公的な、松平派とは裏側のルートを使った繋がりを作るということだ。三派それぞれにそれぞれの方向から紐を付ければ、一方向からでは見えないものも見えてくるはず。一応申し訳程度のシラキとの繋がりもあるし、ここまでやれば如何に複雑な日本魔法界といえども見通すことが叶うだろう。
久々に参加する『政治ゲーム』の盤面を脳裏に描いていると、私が居るテーブルに着いた早苗が即座にメニュー表を手に取りながら口を開いた。
「こんにちは、リーゼさん。約束通り中城先輩を連れて来ました。」
「うんうん、上出来だぞ。よくやったね。……キミも座りたまえ、中城。好きな物をご馳走するよ。」
「どうも、バートリさん。お久し振りです。……それでその、私に何の用なんですか? 早苗は『呼んでるから来て欲しい』としか言ってなかったんですけど。」
ふむ、現時点での私の印象は良くないらしいな。魔理沙あたりから何か吹き込まれたか? 席に腰を下ろしながらやや警戒している様子で問いかけてきた中城に、肩を竦めて返事を返す。まあ、小娘一人程度なら簡単に籠絡できるさ。ちょっとしたウォーミングアップだ。
「なぁに、単純な話だよ。私は取り引きをするためにキミを呼んだんだ。私の要求は細川派との繋がりで、そして差し出す対価は私が早苗の後ろ盾になること。……キミの目線から見ても損の無い取り引きだろう?」
「細川派との繋がり? ……急にそんなことを言われても困ります。私は一介の学生なんですけど。」
「細川派の中枢の一角を担っている小上家の血を引いた、将来有望なクィディッチプレーヤーでもあるけどね。……この際意味のない問答は省こうじゃないか。私が早苗の後ろ盾になれば、彼女のマホウトコロでの生活はある程度良化するはずだ。キミが簡単な顔繋ぎをしてくれるだけでそれが実現するんだぞ? 早苗の立場が向上するのはキミにとっても望ましい事態だろう? 違うかい?」
薄い笑みを顔に浮かべて言ってやれば、中城は童顔を嫌そうに歪めながらも首肯してきた。
「それはまあ、そうですけど……早苗に変なことをさせる気じゃないですよね? そもそもどうしてこの子に肩入れするんですか?」
「縁があったからだよ。私は縁を大切にする吸血鬼なんだ。……ちなみに、キミが想像する『変なこと』とは?」
「だから、その……例えば早苗の血を吸って吸血鬼にしちゃうとか。」
何だそりゃ。アホらしい気分でため息を吐きつつ、疑わしげな表情になっている中城へと反論を放つ。吸血鬼を何だと思っているんだよ、こいつは。
「キミね、吸血鬼ってのは種族であって『感染症』じゃないんだぞ。単に血を吸った程度で人間が吸血鬼になるわけがないだろうが。」
「……そうなんですか?」
「当たり前だろう? 血にしたって年がら年中必要なわけじゃないし、今はきちんと真っ当な方法で購入しているよ。人間だって輸血をするじゃないか。……というかそもそも、早苗を吸血鬼にして私に何かメリットがあるかい? キミ、小鬼と早苗が仲良くなったら『早苗が小鬼にされちゃう!』と心配するか? しないだろう? 特定の種族に対する偏見に基づいた差別はやめたまえ。さすがは細川派だけあって、人間至上主義っぽい考え方をするヤツだな。」
「いや、ちが……そういうつもりではないんです。ただその、日本だと吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になるって考え方があるので、ちょっと心配になっちゃいまして。」
どういう国なんだよ、ここは。吸血鬼を病気扱いしているのか? 犬に噛まれても犬にはならないし、河童に噛まれても河童にならないんだから、吸血鬼に噛まれたところでいきなり吸血鬼になるはずがないだろうが。アホばっかりか、日本の魔法使いは。
うーむ、有り触れた人間至上主義的な思考回路だな。大方人間こそが全ての頂天に立つ生命体だから、それに似ている吸血鬼は人間から連なる『下位種族』だとでも考えているのだろう。大きく鼻を鳴らしながら怒ってますよと態度に表してやると、中城はかなり気まずげな顔付きで謝罪を口にした。
「えっと、すみませんでした。私は別に人間至上主義者じゃないですし、他種族を差別する気は微塵もありません。それだけは間違いないです。」
「どうだかね。無自覚にやっているからこそ問題なんだと思うよ。……まあいい、本題に入ろう。」
「リーゼさん、その前に注文してもいいですか? 私、お腹が空いちゃってて。」
中城も中城で問題だが、早苗のそれは更に問題だな。こちらの剣呑な会話など一切気にすることなく、ニコニコ顔でメニュー表のケーキセットを指差している早苗は……むう、あまりにもマイペースすぎる。どうやら中城は早苗にとって『身内』であるらしい。でなければもう少し猫を被るだろう。
「……構わないよ、好きに注文したまえ。」
「はい、分かりました。すいませーん! ……とりあえずこのシフォンケーキのセットをロイヤルミルクティーのアイスで一つと、モンブランと、ショートケーキと、苺のクレープを単品で一つずつお願いします。中城先輩は何にしますか?」
「へ? あー……じゃあ、アイスティーを。」
『とりあえず』って言ったか? どんだけ食う気なんだよ。呼びかけに応じて近付いてきた店員に二人が注文を済ませたところで、一つ咳払いをしてから話を再開した。相変わらずこっちのペースをいとも容易く崩してくる子だな。非常にやり難いぞ。
「……では、改めて本題に入ろう。私は日本魔法界のことをよく知りたいんだ。その役に立ちそうな細川派の誰かを紹介してくれないか? 日本魔法省の中枢に顔が利くヤツであれば尚良しだね。」
「まあその、早苗の後ろ盾になってくれるってんなら否はないんですけど……細川派じゃない方がやり易いと思いますよ? だからつまり、さっきみたいな問題が起きかねませんし。」
「細川派の誰もが人間至上主義者ってわけではないんだろう? 別に内心どう思っていようが構わないよ。スカーレットの身内たる私との繋がりは、細川派にだってそこそこ魅力的に映るはずだ。そのために外面だけ取り繕える程度のヤツで問題ないさ。」
「いやぁ、細川派の上層部は繋がりを持ちたがらないんじゃないでしょうか? 何て言えばいいか、体面がありますから。」
んー? 想定していたものよりも悪い反応だな。紅茶を一口飲んで思考を整えつつ、中城に向けて疑問を送る。
「要するに、『吸血鬼との付き合いがある』というのは細川派内において無視できないほどの問題だということかい? その吸血鬼が他国の有力者だとしても?」
「最初に断っておきますけど、私はそうは考えてませんよ? 私なら何ら問題ない付き合いだと思いますけど……でも、京都の本家からすれば絶縁ものの問題になるんじゃないでしょうか? 『他種族との密な関わり』は細川本家では御法度なんです。」
「……まさかそこまでとはね。予想外だよ。」
「内心はそうでもないはずなんですけど、ポーズとしてそうせざるを得ないんですよ。もう引っ込みがつかなくなってるんです。細川派が成立したそもそもの目的が『退夷鎮守』ですから、他種族に対する強硬姿勢を取り下げちゃうと派閥の存在意義自体が揺らいじゃうので。……ただし、派閥下層の魔法使いはそうでもないですけどね。細川派だってバカじゃないので、このご時世に『他種族排斥』が流行らないってのは理解してます。上層部はあくまでポーズとして反他種族を掲げてて、下層を通してこっそり関係を持ってる状態なわけです。『こっそり』って言うか、もはや公然の秘密ですけど。」
私からすればバカみたいな話だが、掲げている主義主張を引っ込められなくなるってのは理解できなくもないな。『人ならざる者から人々を守護する』という名目で成立した派閥である以上、それを撤回するのは土台を引っこ抜くようなものなのだろう。
「よく現代まで名目を保ってこられたね。種族平等化の波は日本にだって打ち寄せたはずだぞ。……いや、そうか。違うな。近代までほぼ単一の民族で構成されていた、閉鎖的な島国が故に保てていたのか。『夷狄を討ち攘う』のはこの国の人間たちにとってそう悪くない名目だったわけだ。」
「まあ、そういうことですね。良くも悪くも帰属意識が高い国なんです。この国の歴史における『余所者』は基本的に警戒すべき相手で、それに先陣を切って立ち向かったのは常に細川派でしたから。そういう面を評価して派閥の後援をしてくれている魔法使いが多い現状、『退夷鎮守』の看板を下ろすわけにはいかないんですよ。」
「なるほどね、よく分かったよ。その排他的な思想の対軸として藤原派があり、松平派は二派の中間で保守派を謳っているわけだ。」
「ざっくり言えばそんな感じですね。大昔からそこだけは変わってません。幕末の頃に開国路線を急速に推し進めたのは藤原派ですし、細川派はその流れを弱めようとした側に味方しました。そして松平派は立場をコロコロ変えてます。その頃一番大きな勢力は松平派だったので、そっちはそっちで内部の争いをしてたわけです。」
ううむ、外側から見物する分にはやはり面白いが、いざ介入しようとすると厄介極まりないな。中城から得た情報を頭の中にメモしつつ、彼女に対して口を開く。ちなみに早苗は『難しい政治の話』にあまり興味がないようで、話の最中に運ばれてきたケーキに夢中だ。何とも幸せそうな顔で次々に頬張っている。
「何れにせよ、私が顔繋ぎを望むとすれば下層の人間になってしまうってことか。」
「まあ、残念ながら普通にやるとそうなっちゃいますね。……でも一応、そう悪くない立場の人を紹介できないことはないです。『裏技』があるんですよ。ちょっと待っててくださいね、分かり易いように図にしますから。」
裏技? 言いながら懐からペンを取り出した中城は、テーブルの隅にあった紙ナプキンを手に取ると、そこに系図のようなものを描き始めた。
「細川派の本家はもちろん細川家です。厳密に言えば細川姓を名乗ることを許されたのは割と後からなんですけど、それは置いておくとして……京の細川本家の下に肥後細川家と出雲細川家があって、本家から三つと、肥後と出雲のそれぞれから更に二つずつの家に分岐してます。これが俗に言う『細川七家』ですね。」
系図ってのはどの国でも面倒くさいな。つまり派閥のピラミッドの頂点に細川本家があって、その下に肥後細川家と出雲細川家があり、更に下に細川七家とやらがあるわけか。中城は省いたようだが、これより下にもうんざりするほど複雑な繋がりがあるのだろう。
理解の頷きを返した私に、中城は細川本家から繋がっている三つの家の中の一つを指して続きを述べてくる。指差しているのは彼女の親族である小上家の隣にある名前だ。
「そんでもって、私が紹介できる一番上の立場かつ吸血鬼との関わりを拒まなさそうな人は……この『西内家』の御曹司です。西内家は東京の魔法技研に強い影響力を持っている家で、細川派内では二番目に外交に強い家でもあります。国内に限れば一番ですけどね。」
「ふぅん? 本家直属の分家なのに吸血鬼と関われるのか。」
「西内家はまあ、細川派の中でも際立って融和思想の色が強いですから。強硬主義による軋轢が生まれそうな場所にひょっこり出てきて、細川派と交渉相手とのクッション役になる家なんですよ。細川派の中の『緩衝地帯』ってところですね。だから派内では重用されてますし、他派閥とも比較的良好な関係を築いてます。」
「クッション役か。だから他種族と関係を持っても目を瞑ってくれるってわけだ。」
体面ではなく実利のための存在だということか。窓口にするには悪くないなと納得している私へと、中城は首を傾げながら問いを寄越してきた。
「どうします? 向こうに一報入れて、よろしく頼むくらいのことなら出来ますけど。」
「お願いするよ。ちなみにだが、どんなヤツなんだい? その西内家の御曹司どのは。」
「『角がない人』って感じですね。性格がおっとりしてて、出世欲とか権力欲もそんなに強くなさそうですし、癖がなくて接しやすいと思いますよ。あんまり主張してこなくてつまんないってとこだけは欠点ですけど。」
「おやまあ、辛口じゃないか。嫌いなのか?」
『つまんない』ってのは中々に辛辣な評価だと思うぞ。苦笑しながら聞いてみれば、中城は目を逸らして応答してきた。何ともいえない微妙な面持ちだ。
「私の『暫定的な許婚』みたいな立場の人なんですけど、つまんないから結婚したくないんですよ。それだけです。別に悪い人ではないんですけどね。」
「当たり障りのない人間ってことか。」
「ん、ぴったりな評価ですね。どこまでも『普通に良い人』なんですよ、あの人は。それが悪いとは言いませんし、むしろ真っ当で素晴らしいことなのかもしれないですけど、私とはどうにも合わないわけです。」
うーん、件の御曹司どのがちょっと哀れになる評価だな。悪い人じゃないんだけど云々ってのはイギリスでもよく耳にする台詞だが、相手としてはだったらどうすれば良いんだよと思ってしまうだろう。
多少の同情を御曹司どのに送りつつ、紅茶を飲み干してから声を上げる。何にせよ窓口としては有用な評価だ。扱い易いってのは良いことだぞ。
「まあ、そいつでいいよ。名前は?」
「西内陽司さんです。西内家は都内にありますから、会うのも簡単だと思いますよ。」
「では、繋いでおいてくれたまえ。次の外出日にでも早苗を連れて会いに行くよ。」
「……早苗も連れて行くんですか?」
怪訝そうな顔になった中城に対して、肩を竦めて首肯を返した。じゃなきゃ意味がないだろうが。
「そりゃあそうさ。『早苗経由で私が細川派の人間に会いに行く』ってことに意味があるんだから。キミだってそれは分かるだろう?」
「理屈としては分かりますけど、直接連れて行くとは思いませんでした。」
「露骨なくらいが良いのさ、こういうのは。初回の顔合わせはどうせ挨拶程度で終わるだろうから、本当に『連れて行くだけ』になりそうだけどね。」
「じゃあその、私もついて行っていいですか?」
注文したケーキを食べ尽くして再びメニュー表を見ながら悩んでいる早苗。その姿を横目にしつつ放たれた中城の質問に、首を横に振って回答を飛ばす。
「ダメだよ。私は早苗の後ろ盾になりたいわけであって、キミのそれになりたいわけじゃないんだ。キミがついてきたら『小上の孫娘がバートリを連れて来た』ってことになっちゃうだろう?」
「それはそうかもしれませんけど……。」
「諦めたまえ。いちいち説明すればまた違う結果になるかもしれんが、物事は出来るだけ簡潔に収めるべきなのさ。キミもそれでいいね? 早苗。」
「え? はい、リーゼさんが決めたならそれでいいです。それより、追加で何か頼んでもいいですか?」
何か、早苗がどんどんアホになっている気がするが……要するに私と中城を信頼しているから身を任せているってことなのだろう。だよな? そうだと思いたいぞ。
「……いいよ、好きにしたまえ。」
「ありがとうございます! ここのケーキ、美味しいですね。」
『よく分からんから任せる』という感情を見事に伝えてきた早苗に頷いた後、懐から日本の金を出してテーブルに置く。話は済んだし、香港自治区経由でイギリスに帰るとするか。まだ頼んだばかりだから大したことは掴んでいないと思うが、ついでにマッツィーニからの報告も受けに行こう。頻繁に顔を出しておけば向こうも急いで調べようとするはずだ。
「それじゃ、わざわざ貴重な外出日に呼び出して悪かったね。私は失礼するから、この金で適当に二人で遊んで帰りたまえ。」
「ちょっ、こんなに──」
「はい、了解です! 中城先輩といっぱい遊んでから帰ります!」
魔理沙によれば中城は『引くほどの額』の契約金をクィディッチのプロチームから提示されたらしいが、それでも金銭感覚は現在の早苗よりもまともなものを持っているらしい。迷わず受け取った早苗と違って、若干気後れしている表情だ。
今度二柱と早苗の金銭感覚についてを話し合わねばと考えながら、席を立って店の出口へと向かう。まあ、良いウォーミングアップにはなったぞ。こんな感じでカンを取り戻していけば、狂言回しとしての役割くらいは果たせるはずだ。
やっぱりこういう立場が一番性に合っているなと苦笑しつつ、アンネリーゼ・バートリは移住前の良い『暇潰し』を見つけたことを喜ぶのだった。