Game of Vampire   作:のみみず@白月

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力と秩序

 

 

「あーっと、ちょっといいか? 質問があるんだ。」

 

午後最初のルーン文字学の授業が終わった直後、霧雨魔理沙は教卓の片付けをしているバブリングへと声をかけていた。今日の授業内容……ヴァンダル語とゴート語の意訳というクソ難しい内容だ。に関する疑問も無いわけではないが、今はそれ以上に教えて欲しいことがある。先ずはそっちを質問させてもらおう。

 

つまるところ、私は『特別牢』についての詳細をルーン文字学の専門家に尋ねようとしているわけだ。あの牢屋自体の詳細は知らないかもしれないが、床に刻まれていた文字がルーン文字である以上、ホグワーツで一番の専門家であるバブリングに聞くのが正しい行動なはず。

 

私の問いを受けて、バブリングは毎度お馴染みの機械的な動作でこちらを向きながら首肯してきた。バスシバ・バブリング。無感動で無愛想なルーン文字学を担当している教授だが、かといって生徒に冷たいわけでも教える意欲が無いわけでもない。聞けば答えてくれるだろう。

 

「何でしょうか? ミス・キリサメ。」

 

「えっとだな、今回の授業とは関係ない内容で申し訳ないんだが……これを見てくれないか? ある場所で見つけたルーン文字の配置なんだけど、私の知識じゃ意味が全然掴めなくてな。配置そのままで書き写してあるから、もし何か分かることがあれば──」

 

「この配置は知っています。地下通路の特別牢を構成しているルーン文字の仕掛けですね。」

 

「……知ってたのか。」

 

うーむ、ホグワーツの教師ってのはつくづく油断できんな。さらりと指摘してきたバブリングに驚いていると、彼女は私が差し出した羊皮紙に指を這わせながら説明を続けてくる。

 

「この学校に赴任して数ヶ月が経った頃にあの床を発見し、既に調査を終えています。……このルーンの配置は独特かつ簡潔なものです。天と地、太陽と月、黒と白。そういった相反する力を相対する位置に配置した上で、それを五芒星によって制御しているわけですね。かの魔術師マーリンが好んだ配置の仕方と類似しています。」

 

「マーリンの? ……つまり、マーリンが刻んだルーンってことか?」

 

「私はそう予想していますが、もう一つ無視できない可能性が残っています。大魔女モルガナもまた、こういった配置を好んで使っていましたから。」

 

「モルガナが?」

 

私がルーン文字学の授業を通して得た知識によれば、マーリンやモルガナの時代のルーンの配置というのは我流のケースが殆どだ。現代のイギリス魔法界におけるルーンの基本的な配置は、ロウェナ・レイブンクローがホグワーツの教師時代に構築した『ホグワーツ式』のそれとされている。イギリス魔法界の魔法使いはホグワーツの出身者が大半なのだから、創始者の中でもルーン文字学の知識に長けていたレイブンクローの考え方が基礎になるのは当然のことだろう。

 

とはいえ、ホグワーツの創設から間も無いマーリンたちの時代はまた違うわけだ。レイブンクローが生み出した配置が完全に広まっていないその頃は、グレートブリテン島やアイルランド島の各地に伝わっていた様々な配置方式が普通に使われていたらしい。だからまあ、マーリンの配置が『独特』であることはそこまでおかしくないものの……モルガナのそれと共通点があるってのは奇妙な話だな。激しく対立していた二人が、同じルーツを持った配置を使っていたということか?

 

好奇心を惹かれ始めた私へと、バブリングは平坦な声で続きを口にした。ノーレッジのそれを思い出す、冷静な研究者の声色だ。

 

「モルガナの場合はマーリンのように五芒星によって力の均衡を生み出すやり方ではなく、むしろ六芒星によって力を増幅させるやり方を主としていたようですが、繊細な配置の際は安定性がある五芒星を優先的に使っていたことが記録から読み取れます。ですからモルガナが構築した配置だという可能性も残っているでしょう。彼女がホグワーツと敵対していた以上、この城に彼女が構築したルーン文字が残っているとは考え難いですが。」

 

「マーリンとモルガナのルーンの使い方に共通点があるってことは、二人は同じ配置方式を基礎にしてたってことだよな? ……同じ師から学んだって可能性は有り得るか?」

 

「大いに有り得るでしょうし、私はそうだと考えていますよ。マーリンとモルガナが使っていたルーン文字の配置は、レイブンクローのそれやスリザリンのそれとは大きく異なっています。当時先頭に立ってルーン文字学の教えを広めていた二人と違っているのであれば、それはつまりホグワーツで学んだ配置ではないということです。恐らく一地域に伝わっていた今は廃れている配置方式で、そして両者の配置に数多くの共通点がある以上、マーリンとモルガナは同一の配置方式をルーツとしていると考えるべきでしょう。……神秘部の研究者たちには否定されてしまいましたが、私はそうであると確信しています。」

 

「……なるほどな、勉強になったぜ。」

 

得た知識を頭の中で整理しながら礼を言ってみれば、バブリングは配置図が描かれた羊皮紙を横目に自身の仮説に関する話を締めてくる。

 

「あくまで私個人の仮説ですから、あまり参考にはしないように。イギリス魔法界の主流の考え方とは異なっています。マーリンは悪しき魔女を打ち倒したイギリス魔法界が世界に誇る英雄であり、モルガナはこの地に混沌と厄災を招き入れた史上稀な罪人であるのだから、その二者に共通点があるのは不都合なことなのかもしれませんね。」

 

もしかしたら、ダンブルドアとグリンデルバルドみたいな関係だったのかもな。リーゼから大戦の詳しい事情を聞いている今だとしっくり来てしまうぞ。ルーツは同じでも、進む方向は人それぞれだということか。始まりが同じだからこそ真正面からぶつかり合うのかもしれない。

 

というかまさか、この配置の基礎を構築したのは魅魔様じゃないよな? 夏休み中にアピスが語っていた『モルガナは魅魔様説』。それを思い出して何とも言えない気分になりつつ、バブリングへと問いを放った。魅魔様がイギリス魔法史における大罪人だとは思いたくないし、私としては違っていて欲しいぞ。

 

「それで、この配置が意味してるのは具体的に何なんだ?」

 

「詳しく説明すると数時間はかかるでしょうが、どうしますか?」

 

「……出来れば端的に頼む。」

 

「では、端的に纏めましょう。これはこの牢を封じるためのルーンです。残りの四つの部屋は、それを支える構成物に過ぎません。」

 

言いながらバブリングが指差したのは、図の中にある唯一ドアが残っていたあの牢だ。んん? 残りの四つの部屋は牢屋じゃないってことか? 首を傾げている私に対して、バブリングは『簡潔』な説明の続きを語り出す。

 

「これもまた私の仮説ですが、あの場所は本来たった一人を閉じ込めるために造られた特別牢なのではないでしょうか。そして実際に誰かを閉じ込めた後、四つの部屋にルーンの力を増幅させる何かを配置し、床に力の『導線』となるルーン文字と図形を刻み込み、その力を集約させて五芒星の頂点に位置するこの部屋を封印したわけですね。」

 

「あの区画そのものが、頂点の部屋を封じるための大掛かりな仕掛けだってことか。」

 

「その通りです。……しかし、結局は封印が破られてしまったのでしょう。ミス・キリサメも実際に現地に行ったのなら分かっているはずですが、四つの部屋は何者かによって破壊されています。あれは四つの部屋にあった力の源を破壊して封印を解くためであり、頂点の部屋に閉じ込められていた『誰か』を『何者か』が救い出した痕跡に他なりません。」

 

「壁が抉れてたのは、その時の戦闘によるものってわけだ。……ロマンがあるな。」

 

魔法史は好きではないが、そういう方面の事情は知りたいと思ってしまうぞ。遥か昔、あの場所に一体誰が閉じ込められていたんだろうか? マーリンが構築した仕掛けを使って閉じ込めるほどの人物となると、かなり厄介な犯罪者と見て間違いないはずだ。

 

ただ、モルガナではない……よな? 私の薄い魔法史の知識によれば、モルガナ当人が捕縛されたことは一度も無いはず。いやまあ、魔法史ってのは大昔の記録を基にしているので完璧ではないのだろうが、大魔女モルガナを捕らえたらさすがに文書に残るはずだぞ。仮に捕らえていた場合、幽閉ではなく処刑するだろうし。

 

とはいえ、じゃあ誰だよって話になっちゃうな。マーリンが関わった強大な犯罪者といえばモルガナしか思い浮かばん。後で魔法史の教科書を読み直しておこうと決めながら、バブリングへと更なる疑問を送った。

 

「四つの部屋が破壊されちまったってことは、もう中には入れないのか?」

 

「私の学術的な興味はルーン文字の解析で終わっていますから、実際に試したわけではありませんが……入れないことはないでしょう。四つの部屋の役割は封印を強化することであって、頂点の牢への出入り自体に必要とする力はそこまで大きなものではないはずです。」

 

「じゃあよ、どうすれば入れるかは分かるか?」

 

やはり出入りは可能なのか。そりゃそうだ。学生時代のスネイプは入れてたんだもんな。期待を込めて質問した私に、バブリングは僅かな時間だけ黙考してから応じてくる。

 

「床に刻まれているルーン文字はあくまで四つの部屋から供給される力を増幅し、そして制御するためのものです。なので出入りの方法に関してはルーン文字が関係していない仕掛けとなります。つまり私の専門外ですね。」

 

「……そっか。」

 

むう、バブリングには分からないようだ。残念な思いで相槌を打つと、彼女は無表情のままで言葉を付け足してきた。

 

「しかしながら、一つだけ確かに言えることがあります。扉への魔法力の唯一の導線が五芒星である以上、床に刻まれた五芒星が関係しているのは間違いないでしょう。五芒星には様々な性質がありますが、マーリンは『四つを一つに纏める』という目的で使用することが多かったようです。出入りに関してもマーリンが方法を構築したならば、封印を強化する仕掛けと似たような構造なのではないでしょうか?」

 

「四つを一つに、ね。」

 

「六芒星が『六つを足した一つ』を図形の中心に作り出すように、五芒星は『四つを合わせた一つ』を一角の頂点に生み出す図形です。つまり六芒星は『六を贄にした強大な七』を意味し、五芒星は『四が集った確固たる一』を意味しているわけですね。六芒星が贄となる六のバランスや統一性を無視できるのに対して、五芒星は基礎となる四の均衡や同一性を重視します。マーリンはそういった根本の性質を尊重する『ルーンの筆者』でしたから、彼が作った仕掛けなのであれば五芒星の基本的なルールに従ったものであるはずですよ。」

 

『六を贄にした強大な七』と『四が集った確固たる一』か。それを聞いて私が思い浮かべるのは、ヴォルデモートが作った分霊箱とホグワーツだ。六個の分霊箱を作り、自身が抱える魂と合わせて『力ある数字』である七つにしようとしたヴォルデモート。四寮に分かれ、一つの集団を形成しているホグワーツ。六から生まれる強大な七と、四が纏まって初めて堅固になる一。

 

「……五芒星の方が好きだな、私は。」

 

頭に浮かんだ二つの事例を思いつつポツリと呟いた私に、バブリングは……おお、初めて見たかもしれんぞ。柔らかい微笑みで頷いてくる。

 

「何を犠牲にしてでも力が欲しいという闇の魔法使いたちは、昔から好んで六芒星を利用してきました。簡単で、刹那的で、より大きな力を得られる六芒星を。……対して後世に何かを残したいと考えた魔法使いたちは、調和と継続性がある五芒星を愛用する傾向にあります。ホグワーツの創始者であるロウェナ・レイブンクローやサラザール・スリザリン、そのすぐ後に魔法省の基礎を構築した大魔法使いマーリン、ホグワーツ中興の祖であるエデッサ・サンデンバーグ、そして現代の英雄であるアルバス・ダンブルドア前校長。皆ルーンの配置には五芒星を選んで使っていました。……貴女が五芒星を選ぶということは、即ち理性ある秩序の道を選ぶということです。私は教師としてそのことを歓迎します。」

 

「……ん、大事なことを学べた気がするぜ。ありがとな、バブリング。」

 

「それがホグワーツの教師というものですから。」

 

言うと、バブリングはまた無表情になって教卓の片付けに戻ってしまうが……多分こいつも五芒星を愛用しているんだろうな。だからこそダンブルドアはバブリングをルーン文字学の教師に任命したんだろう。それは何となく伝わってくるぞ。

 

そして、幻想郷で魅魔様がよく使っていたのは六芒星だ。あの頃は疑問にも思わなかったが、六芒星と五芒星にはそんな違いがあったのか。……ノーレッジやアリスはどうなんだろう? 芒星図形は『本物の魔女』たちも頻繁に利用するようだし、気になってくるな。

 

席に戻って教科書なんかを回収した後、頭の中のメモ帳に予定を書き込む。今度アリスから芒星図形についてを習おう。魅魔様だって利用していたんだから、これは幻想郷でも確実に役に立つ知識であるはずだ。魔女見習いとして学んでおかなければ。

 

手に入れたサインに繋がるヒントと、芒星図形に関する知識。予想以上の収穫に満足しつつ、霧雨魔理沙は良い気分で次の授業へと向かうのだった。

 

 

─────

 

 

「合ってる? 合ってるわよね? これ。」

 

手元の『カセットテープ』についてのレポートをベーコンに見せながら、サクヤ・ヴェイユは不安な気分で問いかけていた。次の授業までに仕上げて提出しなきゃいけないのに、『ビデオテープ』との違いがよく分からないのが不安要素だな。バーベッジ先生もいまいち分かっていなかったようだし、単純にサイズが違うだけの同じ物に思えてしまう。難しすぎるぞ。

 

現在の私は午後最初のマグル学の授業を終えて、レイブンクローの同級生であり同じ監督生でもあるベーコンと二人で北塔の廊下を歩いているところだ。マグル学は受講している知り合いが少ないから、ペアを組む必要がある時はよくベーコンと組んでいるのだが……ちょっと申し訳ない気持ちにもなるな。レイブンクローは比較的マグル学の受講者が多いので、彼女の方は内心同じ寮の友達と組みたいと思っているのかもしれない。

 

というか私って、ひょっとして友達が少ない方なんだろうか? これといって意識したことはないものの、魔理沙より少数なことは断言できるぞ。そりゃあ私だって他寮の生徒と普通に話すし、廊下ですれ違えば挨拶したりもするわけだが、授業でペアを組むほどの関係なのは数えるほどだな。

 

むうう、どうなんだろう? 魔理沙に他寮の友人が多すぎるのか、あるいは私が少ないのか。何とも憂鬱になってくるテーマについて考えていると、ベーコンがこっくり首肯して応答してきた。

 

「大体は合ってるわ。磁気テープに関する詳細な説明があればなお良いとは思うけど。」

 

「そう、『じきテープ』。それが意味不明なのよ。あれってカセットテープとビデオテープで違う物を使っているの?」

 

「えっと、根本的には同じ物なんじゃないかしら? 私も完璧に知ってるわけじゃないんだけど、一つのジャンルの別種類ってイメージで捉えてるわ。」

 

「……つくづく難解よ、マグル学は。音と映像なんて全然違うのに、何でどっちも『じきテープ』なのかしらね。」

 

そもそもあんな薄っぺらな物にどうやって記録しているのかも不明だし、どうして細長いのかも、そして何故回ると再生できるのかも分からない。ちんぷんかんぷんだ。憂いの篩の方がよっぽど筋が通っているぞ。

 

不条理なマグル界の技術に私が文句を言ったところで、進行方向の階段の方から……うわ、チェストボーン先生だ。『覗き見事件』以来ちょっと苦手にしている先生が現れた。変身術の担当なのに、全然関係がない北塔で何をやっているんだろうか?

 

こちらに歩いてくるチェストボーン先生と、何となく目を合わせないようにしながらすれ違おうとするが……おおう、何だ? 彼は私たちに対して声をかけてくる。『私たちに』というか、ベーコンではなくはっきりと私に視線を向けながらだ。

 

「ああ、ちょうど良かった。ミス・ヴェイユ、少しいいかね?」

 

「はい、何でしょうか? チェストボーン先生。」

 

「君はミス・キリサメと何かを調べていると言っていたね。だからつまり、私から見取り図を借りに来た時に。……具体的に何を調べているのかを教えてくれないか?」

 

「……どうしてでしょうか?」

 

急な質問に内心で警戒しつつ応じてみれば、チェストボーン先生は何でもないような声色で理由を語ってきた。

 

「私の研究と関係があるかもしれないと考えたからだ。情報のやり取りは研究において珍しいものではないだろう? それとも教師に話せないようなことを研究しているのかね?」

 

「いえ、変な研究をしているわけじゃありません。私たちは昔のホグワーツと今のホグワーツとの違いを調べているだけです。昔あった通路が教室になっていたりとか、そういうことを調べています。」

 

「ふん、子供らしい簡単な比較研究というわけだ。その研究をしている理由は?」

 

「……単純な好奇心です。」

 

高圧的な態度だな。これもまたチェストボーン先生が嫌われている理由の一つだろう。意図してそうしているのかは不明だが、この人は生徒と話す時に『大人と子供』であることを前面に押し出してくるのだ。魔理沙流の言い方をすれば、『あからさまな目上アピール』をしてくるのである。

 

こういう態度を見ると、他のホグワーツの教師たちが如何に生徒を尊重しているのかが際立ってくるぞ。マクゴナガル先生は生徒に対して絶対に偉ぶったりしなかったし、厳しくしつつも『高が子供』みたいな態度は一切見せなかった。同じ変身術の教師でも大違いだな。

 

要するにチェストボーン先生の態度は生徒に対する教育者というか、部下に対する上司っぽいのだ。与えようとするのではなく、強引に押し付ける感じ。やはり好きにはなれないぞ。

 

胸中に不満を抱きながら顔には出さずに答えると、チェストボーン先生は尚も問いを重ねてくる。何ともありがたい指摘付きのやつをだ。

 

「ふむ、あまり良い理由ではないね。研究とは須らく世に利益を与えるものだ。興味本位で行うそれは何の役にも立たない。……最近は地下牢を調べているようだね?」

 

「そうですけど、何か問題がありますか? 立ち入り禁止の場所には入っていません。」

 

「問題というほどではないが、空き時間はもっと有効に使うべきだと思うよ。……何か発見したかね?」

 

「いいえ、何も。所詮学生の研究ですから、大したものは見つかっていません。」

 

ポーカーフェイスで言い放った私を見て、チェストボーン先生は小さく鼻を鳴らした後、『余計な一言』を口にしてから私たちを背に遠ざかって行った。

 

「なら結構。私の研究の役には立たなさそうだ。……君は他の教員たちから『特別扱い』をされているようだが、私は『親の七光り』に左右されるような人間ではない。もし問題を起こしたら厳しく罰するつもりでいるので、必ずしも贔屓があるなどとは期待しないように。以上だ。」

 

「覚えておきます。」

 

心の中でアッカンベーをしながら頷いて、再び階段へと歩き出す。実にイライラするな。お婆ちゃんのお陰で先生方が気を使ってくれているのは事実だが、私はそのことを居丈高に振り翳して利用した覚えはないぞ。

 

「あー……ヴェイユ? あんまり気にしない方がいいわよ? チェストボーン先生ってああいうことを言う人だったのね。」

 

おずおずと話しかけてきたベーコンへと、肩を竦めて返事を返した。

 

「そうみたいね、今までずっと念仏みたいに教科書を読んでるだけだったから気付かなかったわ。『読み上げ機能』以外の何かがあっただなんて驚きよ。」

 

「まあその、私も好きな教師ではないわ。今の一件を抜きにしてもね。」

 

「そんなの知ってるわよ。チェストボーン先生を好きな生徒がホグワーツに存在してるわけないでしょ。」

 

「……怒ってるのね、ヴェイユ。」

 

苦笑しながらのベーコンが投げてきた言葉に、ふんすと鼻を鳴らして回答する。あんなもん怒らない方がおかしいだろうが。

 

「『余計なお世話だ』って気分よ。」

 

「やけに刺々しい態度だったし、気持ちは分かるけどね。……でも、貴女とキリサメの名前を覚えてたのは意外だったわ。あの人、生徒の名前を全然覚えないことで有名だから。」

 

「……そういえばそうね。ちょっと不気味だわ。」

 

そもそも、チェストボーン先生はどうして私たちの『研究』のことを聞いてきたんだろう? 学生如きの研究を本当に参考にするようなタイプではなさそうなのに。……怪しいな。非常に怪しい。もしかするとあの見取り図に描いてあった丸印、グリフィンドールのサインがあった場所の印はチェストボーン先生が描いたものなのかもしれないぞ。

 

『嫌なヤツ』だという私の偏見が多少含まれているのは認めるが、そこまで飛躍した思考でもないはず。そうなるとチェストボーン先生もサインを追っている可能性が出てくるな。マーリンの隠し部屋に繋がっているかもしれない創始者たちのサインを。

 

だけど、創始者のサインそのものだって研究に値するもののはずだし、まさかチェストボーン先生が『オリジナルの逆転時計』のことを知っているとは思えない。グリフィンドール以外のサインを見つけるために、私たちを利用しようとしているとか? もしそうなんだったら一応『覗き見』の理由にもなるな。

 

……ダメだ、可能性が多すぎて分からない。後で魔理沙と相談してみよう。感情を抜きにしたって怪しいものは怪しいんだから、警戒して然るべきなはずだ。

 

私を宥めるための台詞を探しているらしいベーコンと共に歩きつつ、サクヤ・ヴェイユは新たな『懸案事項』を頭に刻み込むのだった。

 


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