Game of Vampire   作:のみみず@白月

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信疑の警告

 

 

「ドラコから聞いたスネイプのヒントは『杖明かりを使え』で、バブリングからのヒントは『五芒星を利用する』だろ? ……んー、分からんな。」

 

杖明かりで漆黒の板を照らしつつ、霧雨魔理沙は困った気分で呟いていた。直接照らしてみても何も起きないし、五芒星の中心に立ってやってみてもダメ。陽光の呪文に変えてみても意味がなく、光を図形に沿って動かしてみてもうんともすんとも言ってくれない。お手上げだぞ。

 

よく晴れた三月十日の昼過ぎ、私と咲夜はスリザリンのサインがあるかもしれない『特別牢』の中に入れずに四苦八苦しているのだ。これ以上のヒントを入手するのは難しそうなので、空き時間を使って思い付くままに様々な方法を試しているわけだが……むう、ダメだな。もうそれらしい方法が思い浮かばない。

 

巨大なため息を吐きながら牢の入り口を塞いでいる板をぺちぺち叩いている私に、床に座り込んで図書館から借りたルーン文字学の本を読んでいる咲夜が応じてくる。

 

「『五芒星は黄金比を内包したバランスの良い図形で、ルーンの構成の土台によく使われる』ですって。黄金比は関係ない?」

 

「辺の長さの話だろ? 私にはさっぱり理解できなかったぜ。」

 

「まあ、難しそうな内容よね。こういうのって数占いの分野なのかしら? ダメ元でベクトル先生にも質問してみる?」

 

「黄金比ってのはピンと来ないけどなぁ。今度見かけたら聞くだけ聞いてみるか。……なあ、いっそのことミニ八卦炉で吹っ飛ばしたらダメか? いけそうな気がするんだが。」

 

ミニ八卦炉が入っているポケットをぽんと叩きながら提案してみれば、咲夜はアホを見る目で反対してきた。失礼なヤツだな。

 

「貴女ね、ホグワーツ城を壊す気なの? ダメに決まってるでしょうが。」

 

「いやいや、パワーはもちろん抑えるぞ? 三年前みたいな『砲撃』をぶっ放そうってわけじゃないぜ。あの板だけを壊す程度でやれば問題ないだろ?」

 

「……やれる自信があるの?」

 

「要するに力を一点集中させて他に被害が出ないようにすればいいわけだし、今の私ならそこまで難しくないと思うぜ。八卦炉の力を使っても壊せないほど頑丈ってのは考え難いしな。……唯一の問題は、謎を『不正』な方法でスキップしちゃうって点にあるわけだが。」

 

正直なところ、ミニ八卦炉を使った強硬策はあまり採りたくない手段ではある。何というか、卑怯な気がして嫌なのだ。グリフィンドールしかり、ハッフルパフしかり、レイブンクローしかり。今までのサインは謎解きという形の『挑戦』の先に隠されていた。それを強引な方法でスキップしてしまうのは、謎の制作者を侮辱する行為に他ならないだろう。

 

謎を解明すべき立場である魔女見習いとしての私も、フェアプレーを重んじるべきクィディッチプレーヤーとしての私も、障害があってこそ発見は煌めくものだと思っている一個人としての私も。無粋な強硬手段を選ぼうとしていることに心の中の霧雨魔理沙たちが反対してくるが……おおう、迷いなく頷いたな。咲夜は『何で早く言わないんだ』とばかりに返事を寄越してくる。

 

「じゃあそれでいいじゃないの。マーリンや他の三人がどうかは知らないけど、スリザリンはそれで納得してくれるでしょ。どんな手段を使ってでも目的を遂げろって主張してた人なんだから。」

 

「……そりゃまあ、そうだけどよ。悔しくないのか? 正攻法で解いてこその謎だろ。」

 

「リーゼお嬢様なら迷わずやるし、レミリアお嬢様も間違いなくやるでしょうね。だったら私はそれを肯定するわ。臨機応変ってやつよ。」

 

「そういえばお前、組み分けの時にグリフィンドールに『させた』んだったな。」

 

うーむ、騎士道精神のグリフィンドールやフェアなハッフルパフ的な考え方ではないし、過程を重んじるレイブンクロー的なそれとも違うな。何をおいても結果を優先するスリザリン的な判断だ。別にその考え方が悪いとは言わんが。

 

「言っておくけど、私だって真正面から挑むのが悪いとは思ってないのよ? だけどね、魔理沙。貴女の本来の目的はサインじゃなくて、魅魔さんの課題を果たすことでしょう? そもそもサインがマーリンの隠し部屋に繋がってる保証なんて無いし、その隠し部屋に逆転時計があるかどうかも不明じゃないの。いちいち正攻法に拘って足踏みしてたらいつまで経っても終わらないわよ。」

 

「……ごもっとも。」

 

六年生に入る前に課題を提示されて、今や年が明けた三月だ。咲夜の言う通りフェアプレーに拘って躊躇している余裕は無いな。立ち上がって持ち込んだ本を避難させ始めた咲夜を横目に、ポケットからミニ八卦炉を取り出して起動させた。

 

「んじゃ、一応盾の呪文を使っておいてくれ。多分大丈夫だとは思うが、もしかしたら破片とかが飛ぶかもだから。」

 

「オーケーよ。……しつこいようだけど、威力は慎重に抑えなさいよ? やり過ぎると貴女だって危ないんだから。」

 

「分かってるって。練習は日々重ねてるんだから、そこは心配いらんぜ。」

 

微かな唸りを上げている八卦炉を両手で構えて、漆黒の板に照準を合わせる。今から使おうとしているのは、三年前に派手に校庭を抉った『あれ』の超小規模版だ。とりあえず限界まで細く照射して小さな穴を空けることを目標にしよう。そしたら徐々に照準を動かして人が入れる程度に板を焼き切ればいい。

 

炉の力を増幅しつつ慎重に狙いを定めてから……おし、いくぞ。その力を解放した。すぐさまミニ八卦炉から飛び出した真っ白な細い光の線が、刹那の間を置いて真っ黒な板に激突した瞬間──

 

「あっ……ぶねぇ。ゾッとしたぜ。」

 

照射した光が見事に反射してこちらに返ってきた。頬を掠めるように跳ね返ってきた光線に肝を冷やしつつ、即座に八卦炉を停止させて呆然としていると、慌てて駆け寄ってきた咲夜が声をかけてくる。正確に真正面から撃っていたら、真っ直ぐ私に跳ね返ってきて死んでいたかもしれないな。危なかったぞ。

 

「ちょっ、何してるのよ! ……大丈夫? 怪我は?」

 

「いや、平気だ。頭のすぐ横を抜けてったからな。……おいおい、マジで危なかったぜ。今私、死にかけたぞ。そっちには飛んで行かなかったか?」

 

「こっちには来てないわ。斜め上の壁を抉ってたわよ。ほらここ、綺麗に穴が空いてるでしょ? ……びっくりしたわ。まさか反射するとは思ってなかったもの。」

 

「私もだぜ。……いやぁ、マジでビビった。迂闊にやるもんじゃないな、こういうのは。」

 

あとほんの少し反射角がズレていたら、私は自分が放った光線に頭を貫かれて死んでいたわけか。随分と手の込んだ自殺になるところだったな。背後の壁にしっかりと残っている、光線と同じ大きさの小さな穴。それを見ながらゴクリと唾を飲み込んでいると、真っ青な顔でしゃがみ込んだ咲夜が口を開いた。

 

「ひょっとしたら、今のが一番の命の危機だったかもね。……つまり、貴女がイギリスに来てから一番危なかった瞬間ってこと。」

 

「ああ、私もそう思う。人生で一番危なかったな、今のは。去年のトーナメントの落下の危機をたった一年弱で更新するとは、我ながらアホみたいな話だぜ。」

 

「……安心したら腰が抜けちゃったわ。板はどうなの? 危険を冒した甲斐はありそう?」

 

「残念ながら、傷一つ無しだ。……どうなってんだよ、この板。あんなに綺麗に反射してくるのは予想外だったぞ。」

 

あまりにも唐突に訪れた『命の危機』を受けて、私と咲夜が現実感を失いながら話している視線の先には、傷どころか焦げ跡すら無い真っ黒な板が変わらず鎮座しているわけだが……奇妙だな。前に立っても姿を映すわけじゃないのに、鏡とか以上のレベルで光を反射するのか。その辺の物理法則には詳しくないものの、これが『おかしなこと』だってのは何となく分かるぞ。

 

つまるところ、魔法だ。ここは魔法の城で、これは魔法使いが設置したと思われる板なんだから、『おかしなこと』に魔法が関係していると考えるのは当たり前の帰結だろう。一切の熱すら持っていない光が当たった箇所に手を触れている私へと、咲夜が壁を支えに立ち上がりながら発言を投げてきた。

 

「……もしかして、スネイプ先生のヒントはそういうことなんじゃないの?」

 

「どういう意味だ?」

 

「だから、杖明かりを反射させてどうこうするってことよ。ルーモス(光よ)。」

 

説明しながら杖明かりを灯した咲夜は、それを細い光の線にして板に照射する。すると真っ黒な表面に当たった青白い光の線は……おー、綺麗に反射しているな。『無害な光』だと美しく見えるぞ。

 

「なるほどな、その反射光をどこかに当てるとか?」

 

「かもしれないわね。……でも、それらしい『標的』がこの空間の中にある?」

 

「あー……まあうん、無いか。四つの部屋と一緒にぶっ壊されちまったのかもしれんな。」

 

「だけど学生時代のスネイプ先生が部屋に入れている以上、破壊された後のこの状態でも何とかなるはずよ。」

 

ふむ、そうなると有り得そうな標的は……まあ、これだけだろ。今まさに光が当たっている板を指差して意見を放つ。

 

「じゃあ、ここだろ。この板。」

 

「一度反射させた後にもう一度当てるってこと? そうなると鏡が必要ね。」

 

「だな、どっかから持って──」

 

くるりと板の前で振り返って応答したところで、ふと床の五芒星が目に入ってきた。頂点の角がこちらを向いている五芒星がだ。

 

「……五芒星に沿って反射させるんじゃないか? それだとバブリングの助言とも一致するぞ。」

 

「五芒星に沿って? ……そうね、四つの部屋の前に鏡を置けば可能だわ。そうよ、そんな気がしてきた。早く試してみましょ。」

 

私と同じくピンと来たらしい咲夜に首肯した後、鏡をどっかから借りてくるために地下通路を早足で歩き出す。五芒星は一筆書きが出来る図形だから、上手く反射させれば光の線でそれを描くことが叶うだろう。うん、きっとそうだ。私のカンもそれで正しいと主張しているぞ。

 

───

 

「正確に配置しないとだからな。高さと距離を合わせて浮かせておいてくれ。」

 

そして談話室に居た同級生たちに頼んで二枚の手鏡を借りた私と咲夜は、自分たちが使っている二枚と合わせた計四枚の鏡を使って特別牢を開こうと奮闘していた。浮遊魔法の細かい制御は咲夜の方が上手いので、私が光を照射する係に、咲夜が四枚の手鏡を操作する係になったのだ。

 

「ちょっと待ってってば。案外難しいのよ、これ。やっぱり大きめの姿見か何かを持ってきた方が楽だったと思うわよ?」

 

「直立させられる姿見を四つも持ってくるのは面倒だろ。……まあ、先ずは手鏡で試してみようぜ。光を当てた状態で微調整していこう。ルーモス(光よ)。」

 

言いながら私が左斜め後方から板へと光を当ててみれば、それが反射して右斜め後方へと向かっていく。最終的には私の杖明かりと重なるようにもう一度光線が通り抜けるわけだし、杖や私の身体が光の道筋を塞がないようにしないといけないな。杖明かり自体は杖のほんの少し上から照射しているので、四枚の鏡を反射してきた光が通り抜けることは不可能ではないはず。

 

かなり集中している様子の咲夜が杖を振って、右後方の鏡を動かすと……おしおし、いいぞ。そこから反射した光が私の左前方にある鏡に、そして右前方へと繋がっていった。

 

「魔理沙、しゃがんで杖を突き上げて頂戴。このままだと貴女の背中に当たっちゃうわ。」

 

「おう、了解だ。」

 

これを一人でやるのは結構な手間だし、スネイプは恐らく鏡の方を固定したんだろう。そう思いながら微調整を続ける咲夜のことを眺めていると、とうとう頭上の光の線が歪な五芒星を描き切る。あとは私の入射点と最後の反射光をぴったり合わせるだけだ。

 

「……んん、角度が難しいわ。どこかをズラすと全部がズレちゃうわね。魔理沙、杖を少しだけ右に動かして。拳一つ分くらい。」

 

「真っ直ぐ右だな? ……どうだ?」

 

「そこでオーケーよ。……あー、やっぱりダメだわ。真っ直ぐ前に一センチくらいズラして頂戴。それと光が微妙に斜めになってるから、入射点を固定したままで手を上に動かして。ほんのちょっとだけでいいから。」

 

「あいよ。」

 

しゃがんでいる私からだときちんと見えないので、調整は全体を見渡せる咲夜に任せるしかないな。ちなみに床の五芒星とぴったり同じ位置にするやり方だとズレてしまう。五芒星の頂点と板との間には隙間があるので、板に照射したい場合はちょびっとだけ大きめの五芒星を描く必要があるからだ。空間そのものが真円なので距離の方は単純に他の部屋の扉があった位置に合わせれば問題ないが、鏡の高さや角度は咲夜の腕次第ということになる。

 

何度か咲夜の指示で杖を動かしていると、徐々に二つの光の線が近付いていき、それがぴったり重なったところで──

 

「おお、カッコいいな。」

 

「……開いたわね。達成感はあるけど、疲れたわ。」

 

まるで光が重なったその地点から溶けるように、特別牢の入り口を塞いでいた板に穴が空き始めた。真っ黒な飴が溶けてるみたいだな。急速に広がっていく穴は、数秒も経たないうちに板を完全に溶かし切ってしまう。おっし、これでようやく中に入れるぞ。

 

早速とばかりに踏み込もうとした私へと、鏡を床に下ろした咲夜が注意を投げてくる。

 

「これって、中に入ってる状態で元通りになったりしないわよね? そうなると私たちは閉じ込められちゃうわけだけど。」

 

「……そもそも牢屋なんだし、有り得るかもな。」

 

スネイプが出入りしていたのに板がまだ存在していたということは、少なくとも入り口の板が『再生』することは間違いないわけか。不安な気分で足を止めた私に、咲夜が肩を竦めて提案してきた。

 

「私がここで待ってるわ。開け方はもう分かってるわけだし、最悪の場合マクゴナガル先生とかに助けを求めれば出てこられるでしょう。」

 

「いいのか? ここまで苦労したんだから見たいだろ? 中。」

 

「貴女の方が気になってるでしょうし、先に見てきて頂戴。私はここから覗いてるわ。」

 

「悪いな、それならお先に失礼するぜ。」

 

咲夜に首肯してから、杖明かりを翳した状態で特別牢の中に入ってみれば……んー、思っていたよりもずっと広いな。真っ暗な室内の光景が視界に映る。

 

左右に広い長方形の部屋になっていて、壁も床も天井も入り口の板と同じ材質で構成されているらしい。上下左右のどこを見ても、滑らかで真っ黒な壁が囲んでいるってのは……些か以上に不安な気持ちになってくるな。地下通路の石壁よりも遥かに閉塞感があるぞ。

 

そして右側の壁際には、古い調合用の鍋やハードカバーの本なんかが大量に置かれているようだ。近付いて本を拾い上げてみると、『基礎魔法薬学』というタイトルが目に入ってきた。その隣には空の小瓶や青い液体が入ったままの試験管が転がっている。

 

「どう? サインは見つかった?」

 

「……サインはまだだが、もう一人の痕跡は見つかったぜ。」

 

入り口から呼びかけてくる咲夜に答えつつ、本の下に挟まれていた古い羊皮紙を手に取った。杖明かりでそれを照らしてみれば……うん、低学年の魔法薬学の授業中に何度も見た筆跡だ。これはスネイプがこの場所に居た痕跡なのだろう。スネイプの筆跡で自己流の魔法薬のレシピらしきものが書き連ねられている羊皮紙の隅には、『マルシベール、攪拌は慎重に行うように。談話室で教えた通りだ。』と軽い伝言のようなメモ書きがあり、更に隣に『君は神経質すぎる。』という別人の文字が並んでいる。

 

スネイプは誰かと二人でこの部屋を利用していたのかな? 『マルシベール』ね。聞き覚えのない名前に首を傾げてから、次に部屋の反対側を調べに向かう。教師をやっていた頃も入ろうと思えば入れたはずだが、どうもスネイプは再びここに足を踏み入れなかったらしい。あるいは入ったけど片付けはしなかったんだろうか?

 

そんなことを考えながら、壁沿いに歩いて反対側に到着すると……あったぞ。部屋の入り口から見て左手の奥の角。その場所に文字の形をした傷が並んでいるのが見えてきた。

 

『親を疑え、子を疑え、絆を疑え、愛を疑え。そして何より友を疑え。信じる者はいつか裏切られる。』か。格言というか、警告みたいな内容だな。その下に刻まれている『サラザール・スリザリン』という名前を目にして、頭を掻きながら深々と息を吐く。一概に賛同は出来んが、同時に一理ある考え方だとも思ってしまうぞ。裏切られるのは信じた者だけなのだから。

 

「最後の鍵を見つけたぞ、咲夜! スリザリンのサインだ!」

 

スリザリンは誰かを信じて、そして裏切られたんだろうか? 文字を読むためにしゃがみ込みながら背中越しに報告した後、ゆっくりと立ち上がった私に……部屋の入り口から声がかかった。咲夜のものではない声がだ。

 

「お見事、ミス・キリサメ。君たちがここまで早く見つけるのは予想外だった。つくづく面倒なことになったものだよ。」

 

「……チェストボーン?」

 

「杖を落として両手を上げて、その場から決して動かないように。余計な動きをすればミス・ヴェイユの命は無いと思ってもらおう。」

 

ぴくりとも動かない咲夜のことを左手で抱えながら、その首筋に右手で杖を当てているチェストボーン。あまりにも意味不明な状況に一瞬思考を止めた後、とりあえず杖を床に落として抵抗の意思が無いことを示す。……落ち着け、考えろ。先ずは何が起こっているのかを把握するんだ。

 

「どういうことだ?」

 

「そら、始まった。『どういうことだ』だと? 忌々しい、本当に忌々しい。この城のガキどもは常にそれだ。少しは自分の頭で考えることが出来ないのかね?」

 

「……咲夜に何したんだよ。」

 

「質問はお優しい他の教師たちにしたまえ。君はただ黙ってそこに突っ立っていればいい。そうすれば……ああ、結構。もう動いて構わんよ。」

 

チェストボーンが咲夜に杖を向けたままでそう言ったところで、彼と私との間にある入り口の板が徐々に元通りになっていく。まるで空間を侵食するように再生していく真っ黒な板を見て、慌てて駆け寄ろうとした私へと……チェストボーンが無感動な表情で口を開いた。

 

「ミス・キリサメ、一つだけ教えてあげよう。そこから出るには入った時と同じく鏡が必要だ。……中にあった鏡は私が片付けてしまったがね。」

 

私をここに閉じ込める気か。台詞の最後で冷笑したチェストボーンの顔が板に阻まれて見えなくなり、入り口から差し込んでいた微かな光が無くなって部屋が真っ暗になる。……くそ、マズいな。何がなんだか分からんが、兎にも角にもチェストボーンが私を幽閉したってことは確実だ。そりゃあ咲夜と二人で『チェストボーンが怪しい』ということに関しては話し合っていたが、こんな急展開になるのは予想外だぞ。

 

即座にポケットから取り出したミニ八卦炉を起動させて明かりを灯した後、落とした杖を拾い上げた。チェストボーンがこんなことをする理由は不明だし、いきなりの展開に内心では困惑しているものの、今はとにかく気を失っていたらしい咲夜を助け出さねば。つまり、一刻も早くこの部屋から出る必要があるわけだ。

 

当然のことながら私は鏡なんぞ持っていないし、具体的にどう使えば内側から出られるのかも分からない。だけど、私には鏡の代わりにミニ八卦炉がある。かの図書館の大魔女をして『強力である』と言わしめた魔道具が手元にあるのだ。あんまり舐めんなよ、チェストボーン。お前は知らんだろうが、私はいざとなったら何だって仕出かす女だぞ。

 

反射してしまう光線がダメなら、他の手段でぶっ壊しちまえばいい。派手にやると多少城が崩れるかもしれないが……ええい、知ったことか。後でマクゴナガルに事情を説明すれば許してくれるはずだ。ホグワーツはもちろん大切だが、私にはそれより大事なものがある。今は何よりも咲夜の安全を最優先にしなければ。大魔女魅魔の弟子を怒らせたことを後悔させてやるからな。

 

右手で獰猛に唸りを上げるミニ八卦炉を入り口の方に向けながら、霧雨魔理沙は来たる衝撃に備えて左手で盾の呪文を使うのだった。

 


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