Game of Vampire   作:のみみず@白月

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小さな一歩

 

 

「信じらんないよ、まったく! コゼットがあんな事するなんて!」

 

ホグワーツの校長室でソファに座りながら、アリス・マーガトロイドは激怒する友人を宥めていた。

 

ホグワーツの生徒たち六人の『大冒険』は、どうやらテッサには刺激が強すぎたらしい。現在はぷんすか怒るテッサとマクゴナガルを、苦笑する私とダンブルドア先生で宥めているところだ。

 

ちなみに生徒たちは既に寮に帰されている。一人につき五十点減点を見事に食らった彼ら彼女らは、意気消沈した様子でトボトボ去っていった。フランなんかは見たこともない顔になってたし、余程にショックだったらしい。

 

「はぁ……大方、ポッターたちが唆したのでしょう。無謀にも程があります。」

 

マクゴナガルの疲れたような声に、テッサの怒り声が続く。

 

「本当だよ! 大きな怪我がなかったなんて、奇跡みたいなもんなんだから!」

 

「まったくです。未成年が死喰い人と戦うなど、危険すぎます!」

 

どうやらこの二人は共鳴するように怒りのボルテージを上げていくようだ。ダンブルドア先生と顔を見合わせて苦笑しながら、鎮火させるために口を開く。

 

「まあ、あの様子ならしっかり反省したんじゃない? 本人たちもどれだけ無謀なことをしたのかは理解できたようだし、その辺で許してあげなさいよ。」

 

「そうじゃな。それに……騎士団の情報を秘匿しすぎたのは失敗だったかもしれんのう。ジェームズやシリウスの言葉に、きちんと応えるべきだったのかもしれん。」

 

ダンブルドア先生の言葉に、マクゴナガルが血相を変えて反論する。

 

「あの子たちはまだ未成年です! 騎士団に参加させることは出来ません!」

 

「分かっておるよ、ミネルバ。ただ……もう少しきちんと説明すべきだったのじゃ。撥ね退けるのではなく、導いてやるべきじゃった。この歳でこんな失敗をするとは、なんとも情けないのう。」

 

意気消沈するダンブルドア先生を見て、テッサも怒りを鎮めて呟いた。

 

「私も……コゼットにちゃんと説明するべきだったかも。あの子が関わっちゃうのが怖くて、騎士団のことは話題に出せなかったんだ。」

 

そして私もフランに説明すべきだった。あの子がリドルのことをやたらと気にしていたのは、きっとコゼットの為だったのだろう。……そういえば、このことをレミリアさんに伝えるのは私なのか? うーむ、嫌だなぁ。

 

先程までの怒りは消え失せたが、代わりに疲れた空気が校長室を包む。子供を導くというのは随分と難しいものらしい。教師にならなくて本当によかった。

 

四人で反省していると、ノックの音が沈黙を破る。ダンブルドア先生が入室を許可すると、フリットウィックが小さな足を動かしながら入ってきた。

 

「校長先生、隠し通路とやらを確認してきました。あー……その、彼らの言う通りの惨状でしたな。」

 

キーキー声の報告を受けて、ダンブルドア先生が私に確認をしてくる。十中八九フランの能力についてだろう。

 

「ふむ。吸血鬼としての力ではないということじゃったが……フラン個人の持つもの、ということなのかな?」

 

「そうですね、フランだけが使える力です。一応制御はできているみたいですけど……まあ、手加減はまだ難しいようで。」

 

「なんとも凄まじい力じゃのう。彼女たちが普通の吸血鬼とは違う存在だと、改めて理解した気分じゃ。」

 

「あの、出来れば……あまり怖がらずに接してあげてはくれませんか? フランは怖がられるのが嫌で、今まで頑張ってきたんです。」

 

私の言葉に、四人の教師たちは迷うことなく力強く頷いた。テッサ、フリットウィック、マクゴナガルの順で、心強い返事を返してくれる。

 

「あったり前でしょ? コゼットたちの恩人……恩吸血鬼? なんだから!」

 

「お任せいただきたい! それに、生徒を怖がっていては教育などできませんからな。心配無用です!」

 

「正しくその通りです。ホグワーツの教師はそんなことで生徒を見捨てたりはしません。必ずスカーレットを卒業まで導いてみせましょう。」

 

三人の言葉を聞いたダンブルドア先生が、優しい笑顔で口を開いた。

 

「ほっほっほ。どうかな? アリス。わしの集めた教師たちは頼りになるじゃろう? この老体の数少ない自慢なのじゃ。」

 

「ええ、どうやら余計な心配だったみたいですね。生徒たちが羨ましくなっちゃいます。」

 

無用な心配だったらしい。私の母校は随分と良い学校になっているようだ。安心してソファに身体を埋めていると、ダンブルドア先生が真剣な表情になって話し出す。

 

「なんにせよ、このホグワーツにも危機が迫っているようじゃな。これまで以上に防衛を強化せねばなるまい。……ミネルバ、石像たちの具合を確かめておくれ。いざとなれば彼らは生徒のために戦う必要がある。」

 

「お任せください。」

 

一礼したマクゴナガルが校長室から出ていくのを見ながら、ダンブルドア先生は今度はテッサとフリットウィックに話しかける。

 

「テッサ、君には防衛魔法の点検をお願いしよう。歪んでいる箇所があれば整えてやってくれ。フィリウス、君は各教師にこのことを伝えてから、絵画たちにも注意を促すのじゃ。生徒を守るための目になってくれるじゃろう。」

 

「はい!」

 

「了解しました!」

 

テッサとフリットウィックも校長室から出ていった。ダンブルドア先生は最後に私に向き直り、真剣な表情のままで口を開く。

 

「アリス、君は教師ではないが、協力をお願いできるかな?」

 

「当たり前です。ここは私の学んだ場所なんですよ? 死喰い人なんかに手は出させません。」

 

「うむ、うむ。それでは、城の防御のために新たにいくつかの術をかけようと思う。それを手伝って欲しいのじゃ。」

 

「分かりました、行きましょう。」

 

歩き出したダンブルドア先生に続いて、校長室から出てホグワーツの廊下を進んでいく。この学校には大切な思い出がたくさんあるのだ。絶対に守ってみせる。

 

胸に決意を秘めながら、アリス・マーガトロイドはホグワーツの廊下を歩き続けるのだった。

 

 

─────

 

 

「ダメ、ぜんっぜんダメだわ。」

 

紅魔館の執務室で、アンネリーゼ・バートリはレミリアの情けない降参宣言を聞いていた。

 

「『レミリア・スカーレットの名に懸けて、この運命を読み解いてみせるわ』……誰の言葉だったかな?」

 

「うるさいわよ、性悪! 本当に難しいんだから!」

 

あの弾幕ごっこの夜から三年が経ったが、未だにレミリアはリドルの運命を読みきれないでいる。今日はそれを催促に来たというわけだ。いい加減こっちもうんざりしているのだから。

 

「まったく、何がそんなに難しいんだい? このままだと本当に負けかねないんだよ? 吸血鬼が人間に負けるだなんて……憤死するかもしれないね、私。」

 

戦況は膠着どころか、むしろ不利ですらある。魔法省はクラウチの失態で機能停止状態。騎士団にも数名の犠牲者が出ているし、順調なのはムーディだけだ。あいつは一人でアズカバンの部屋を埋め尽くしつつある。

 

「全然運命が繋がらないのよ! 必死に辿っていくんだけど、ある地点からいきなり消えちゃうの。まるでまだ決定していないみたいにね!」

 

「じゃあ、決定していないんだろうさ。」

 

「有り得ないわ! ボヤけることはあっても、完璧に見えなくなることなんて今までなかったもの。」

 

抽象的すぎてよく分からないが、レミリアにとっては有り得ないことらしい。決定していない、か。つまり……。

 

「つまり、今存在している人間じゃないとか? これから生まれるヤツに繋がっているとかはないのか?」

 

「ふん、なめないで頂戴。その程度で見えなくなったりはしないわ。生まれていないからといって……ふむ? 生まれていない……。」

 

勢いよく喋っていたレミリアが、急に黙り込んだ。おっと、どうやらヒントになったらしい。邪魔しないように黙って見つめていると、やがてレミリアは自分の考えを整理するように話し始めた。

 

「そうね、生まれていないのよ。リドルを殺せる相手がじゃなく、運命そのものが生まれてないんだわ。……というか、未確定なのよ。」

 

「いつにも増して、とびっきりの分かり難さだね。もっと噛み砕いて説明してくれ。」

 

「んー……つまり、リドルの運命はまだ誰にも繋がっていないの。それはきっとまだ存在していない相手に繋がるはずなのだけど、その相手というのが確定していないのよ。」

 

「全くもって……面倒な話だな。その相手とやらは絞り込めないのかい?」

 

私の言葉を受けたレミリアは、少し考え込んだ後、瞑目しながら口を開いた。

 

「難しいけど……不可能ではないはずよ。」

 

「ようやく一歩前進だね。吸血鬼にとっての偉大な一歩、というわけだ。」

 

「あのね、分かってるの? まだ生まれてないってことは、これからアホみたいに時間がかかるかもしれないのよ?」

 

それは……その通りだ。幾ら何でも赤ん坊がリドルを殺すのは厳しいだろう。ヤツもそこまで貧弱ではないはずだ。

 

うんざりした気分で計算する。仮に今生まれたとしても、使い物になるのは十年後……十五年は見ておいたほうがいいか。生まれるのがまだまだ先なら……考えたくもない。

 

「はぁ……最悪だ。我が身の不幸を呪うばかりだよ。」

 

「こっちのセリフよ! なんだって私は毎回毎回、馬鹿げた戦争を支援しなきゃならないのよ! しかも毎回負けてる側でね!」

 

喚き散らすレミリアを冷たく見据えて、無言でドヤ顔レミィちゃんが写っている予言者新聞の方を向く。クラウチをやり負かした時の新聞だ。紅魔館の至る所に貼ってある。

 

私が何を言いたいのか察したらしいレミリアは、ちょっとだけバツの悪そうな顔で目を背けた。なんだかんだ言いつつも楽しんでいるのだ、こいつは。

 

しばらくジト目で見つめてやると、レミリアは話題を逸らすために話を変えてくる。

 

「ま、まぁ? とにかく運命の件は前進したわけじゃない? 後は騎士団が崩壊しないように頑張ればいいのよ。適当に手を抜いてね。」

 

「アリスがやる気なんだ、なかなか手を抜けないよ。パチェも何故かやる気を出してるみたいだし、サボるのが難しいんだ。」

 

相変わらずよく分からんとこでやる気を出す魔女だ。今は紅魔館の図書館とムーンホールドを行き来して、似合わぬことに精力的に働いている。私と美鈴がだらけていると、ジロリと睨みつけてくるんだから堪らない。

 

「フランもやる気みたいだしね……来年卒業してきたら、せっつかれるに違いないわ。」

 

「そういえば、結局いもり試験は受けさせるのかい?」

 

「やめとくわ。あの子のふくろう試験の成績は……まあ、吸血鬼に学校の成績は不要よ。」

 

無理もない、去年の試験結果は惨憺たるものだったのだ。細かな妖力操作が苦手なフランは、杖魔法が頗る苦手らしい。丸暗記系はかなり良い成績だったが。

 

本人はきちんと努力しているらしいので、まあ……大目に見るべきだろう。なんだかんだで私もレミリアもフランには甘いのだ。

 

内心で苦笑していると、窓の外からふよふよと人形が飛んできた。アリスの『お手紙ちゃん三号』だ。彼女はフクロウよりも自分の人形を信用しているらしい。ちなみに一号は鳥に突かれて大破し、二号は配達中に行方不明になった。うーむ……現状ではフクロウのほうが上かもしれない。

 

手紙を受け取って読んでみると……なるほど、どうやらフランはとびっきりのトラブルを起こしたようだ。……おいおい、私がレミリアに伝えるのか? これを?

 

「アリスからでしょ? 何かあったの?」

 

「あー……まあ、ちょっとしたトラブルがね。」

 

お手紙ちゃん三号は、私が受け取ったのを見るとすぐさま飛んでいった。アリスめ、謀ったな。

 

報せを聞こうと待つレミリアを前にして、アンネリーゼ・バートリは大きくため息を吐くのだった。

 


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