Game of Vampire   作:のみみず@白月

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過去

 

 

「……咲夜?」

 

ゆっくりと覚醒した頭と、ぼやける視界。古ぼけた板張りの床に横たわっていた自分の身体を起こしつつ、霧雨魔理沙はすぐ隣に倒れている咲夜へと呼びかけていた。息は……うん、あるな。気を失っているだけのようだ。

 

「咲夜、起きろ。エネルベート(活きよ)。」

 

「……ん、魔理沙?」

 

呪文での気付けをしながら周囲を見回してみれば、どうやら私たちが居るのは埃まみれの小さな部屋の中央のようだ。半開きになっている空っぽの箪笥と、カビっぽいマットレスだけが載っているベッド、そして横倒しになっている質素な丸椅子。廃墟の一部屋って雰囲気だな。

 

ついでに言えば、所々白い壁紙が剥がれている壁際にはチェストボーンも倒れている。未だぼんやりした顔の咲夜を横目にしつつ、気絶しているらしい彼へと杖を向けて呪文で縛り上げた。状況がさっぱり分からんが、何はともあれ無力化しておくべきだろう。

 

インカーセラス(縛れ)。……大丈夫か? 咲夜。身体にどっかおかしなところは?」

 

「相変わらずどこもかしこも痛むけど、それはそこの間抜けの所為よ。……能力は一応使えるみたい。でも、まだ調子が悪いわね。勝手に解除されちゃう感じ。」

 

「一切使えないよりは遥かにマシだろ。一安心だぜ。……んで、ここはどこなんだ?」

 

咲夜の能力は『超強力』と言っていい代物だ。たとえ本調子じゃないとしても、使えると使えないとでは危機感が段違いになる。さっきまでは何故使えなかったのかと怪訝に思いながら、一瞬で少し離れた場所に移動した咲夜に問いかけてみると、彼女は破れたカーテンがかかっている窓へと歩み寄って応じてきた。

 

「外の景色を見るに、絶対にホグワーツではないわね。街よ、夜の街。」

 

「移動したってことか? ポートキーみたいに。」

 

「……現実逃避はやめなさい、魔理沙。貴女だって分かってるでしょ? あの部屋にあった砂時計が『オリジナルの逆転時計』で、それが作動した結果この場所に居るんだとすれば、ここは過去のどこかであるはずよ。」

 

「……まあ、分かってたけどよ。最悪だぜ。何でいきなり起動したんだろうな?」

 

私たちはオリジナルの逆転時計を探していたが、それは破壊するためであって使いたかったわけではない。あの魔道具が如何に危険であるかは重々承知しているのだから。良くない展開であることを自覚しながら送った疑問に、咲夜は若干申し訳なさそうな顔付きで回答してくる。

 

「……もしかしたら、私の能力が切っ掛けになっちゃったのかも。あの時反射的に能力を使おうとしたのよ。砂時計に手を触れてた状態でね。その瞬間に起動したの。」

 

「ひょっとすると、砂時計が近くにあったから能力を使えなかったのかもな。干渉し合うんだろ、多分。そもそもお前の能力の源は逆転時計なんだしさ。今不調なのは『時間ボケ』してるってとこか?」

 

「かもしれないわね。……何れにせよ、先ずは今が何月何日なのかを調べるべきよ。夜の割には暖かいし、季節は夏なのかも。」

 

「『何年の』何月何日かを、だろ?」

 

あれが魅魔様が作ったかもしれない魔道具である以上、最悪のケースを想定しておくべきだ。通常の逆転時計では有り得ないほどに大きく遡行しているという可能性を。神妙な表情で私が放った訂正に対して、咲夜もまた同じ顔で首肯を返す。

 

「……とにかく余計なことをしないのが重要よ。誰かと会話したり、あるいはちょっと物を動かしたりするだけで未来が変わっちゃう可能性があるわ。」

 

「それは分かってるけどよ。もしも、もしもの話だぞ? もし私たちが十年前とかに遡行してたとしたら、今から十年間何もせずに元の時間にたどり着かないといけないんだよな? だからつまり、山奥とかで人と関わらないように暮らさなきゃダメなんだろ?」

 

「……分からないわ。もしそうだった時、どうすればいいのか分からない。お嬢様方に会えなくなるかもしれないのよね。」

 

胸中の不安を声に出してみれば、咲夜も心細そうな声色で応答してきた。……本当にどうしよう。徐々に事態の重大さを認識し始めたところで、階下から物音が響いてくる。微かな話し声と足音がだ。

 

「……先ず、行動だ。さすがに百年単位で遡行してるってことはないだろ。そうなるとノーレッジは絶対にイギリスに居る。数ヶ月くらいの遡行だったら大人しく待てばいいし、もし大きく遡行してたらあいつに助けを求めよう。」

 

「ダメよ、魔理沙。パチュリー様は『未来の私たち』と会っただなんて一言も口にしていなかったわ。だからパチュリー様と私たちは会ってないの。会うべきじゃないのよ。」

 

「黙っててもらえばいいだろ。私が知る限り、この事態をきちんと把握して正解の対処をしてくれそうで、かつ何とか接触できそうなのはノーレッジだけだ。……まあいいさ、細かいことは後で考えようぜ。とりあえず下の様子を見に行こう。誰か居るみたいだし。」

 

「……絶対に見つからないようにね。」

 

私も窓際に行って外の景色を一瞥した後、慎重にドアを開けて廊下が無人であることを確認してから部屋を出た。外には見慣れた建築様式の建物があって、電気を使っているっぽい街灯もあったので、やはり百年以上を遡行しているってことはなさそうだ。加えて言えば、高さ的に私たちは二階に居るらしい。

 

気絶しているチェストボーンから杖を奪って背後をついて来る咲夜の気配を感じつつ、板張りの床がギシギシと音を立てるのにビクビクしながら廊下の先にある下り階段を目指して進んでいくと……うおお、びっくりしたぞ。『バンッ』という破裂音が階下から聞こえてくる。同時に複数人の笑い声もだ。

 

「……マグルの建物だよな? ここ。窓から見える街並みがダイアゴン横丁とは全然違ったし、並んでた建物の印象からしてロンドンのどっかだと思うんだが。」

 

「『ダイアゴン横丁は昔から全然変わらない』ってアリスが言ってたから、ダイアゴン横丁じゃないことは間違いないわ。ロンドンっぽいって点についても同意見よ。……だけど、私たちが居たのはホグワーツなのよ? ホグワーツで逆転時計を使った場合、過去のホグワーツに遡行するのが普通じゃないの?」

 

「あるいは、砂時計の支柱の装置で遡行する位置を調節できたのかもな。魅魔様の魔道具なんだから何でもありだぜ。……下りるぞ。」

 

小声で話し合いながら階段を下りてみれば、細い廊下の右手に光が漏れているドアが並んでいるのが見えてきた。左側は突き当たりまでずっと板の壁だな。民家の構造ではないし、店って感じでもない。恐らく何かの施設だ。

 

「何の建物なんだろ?」

 

「んー、そこそこ大きな建物ってのは確実でしょうけど……ドアの先、覗いてみる?」

 

「まあ、ここまで来たんだからやるしかないだろ。もし誰かに見つかったら時間を止めて私を階段の方に引き摺ってくれ。チェストボーンを回収した後、どうにかして二階から魔法で逃げよう。姿あらわしはまだ使えないしな。」

 

「了解よ。……こんなことになるんだったら、私だけでも姿あらわしの集中講義を受けておけば良かったわね。」

 

今更言っても仕方のないことだが、そうすべきだったな。十月末が誕生日の咲夜は普通に受講が可能だったものの、幻想郷出身の私は誕生日不定の『暫定的成人』だということで、トラブルを避けるために夏休みに入ってから一緒に魔法省でテストを受けることにしたのだ。妨害術がかかっているホグワーツに居る間はどうせ使えないし、アリスから習えるから大した違いはないと考えていたんだが……こうなると失敗だったかもしれない。咲夜だけでも使えていたら選択肢が増えたはずだぞ。

 

何にせよ、時既にってやつだな。咲夜に肩を竦めて頷いてから、笑い声が響いてくるドアをゆっくりゆっくり開いて隙間から中を覗き見てみれば……あれ、マグルじゃなくて魔法使いじゃんか。杖を持っている複数の人影が目に入ってくる。どいつもこいつもお揃いのフード付きの黒ローブ姿だ。

 

「──たんだろう? どうした、もう諦めたのか? そら、足掻け! クルーシオ(苦しめ)!」

 

「やめろ! もうやめてくれ! 抵抗しない! 金でも何でも差し出すから、妻を解放してくれ!」

 

「ほら見ろ、諸君! 私の手番でマグルがとうとう素直になったぞ! 賭けは終わりだ。賭け金を支払ってもらおうか。」

 

……何をしているんだ、こいつらは。どうやら使われなくなった教会の礼拝堂らしきその空間の中で、蝋燭の明かりに照らされた十名ほどの黒ローブたちが三人の男女を囲んで笑い合っているようだ。三人の男女はマグルの格好をしており、三十代程度の男性が一人と磔の呪いをかけられている同年代の女性が一人、そして音もなく泣いている十に満たない女の子が一人。女の子は沈黙呪文をかけられているのか?

 

「教会だったのね、ここ。……断言してもいいけど、あいつらは死喰い人よ。」

 

私と同じように覗き見ている咲夜が呟いたところで、他の黒ローブたちからガリオン金貨を受け取っていた男性が、徐に痙攣しているマグルの女性に杖を向けたかと思えば──

 

「言っただろう? 本人じゃなく、ガキか女を責めるのが一番なんだよ。アバダ・ケダブラ(息絶えよ)。」

 

おい、嘘だろ? 私たちが何かをする間も無く、ごく自然な動作で男性が死の呪いを使ってしまう。一瞬だけ周囲を照らした緑の光と、床に崩れ落ちてピタリと動かなくなった女性。その姿を呆然と見つめていたマグルの男性は、一度無音で泣き叫んでいる女の子に目をやってから死喰い人たちに懇願し始めた。真っ青な顔でだ。

 

「……お願いします、この子だけは助けてください。私はどうなっても構いません。お願いします。誰にも言いません。お願いです、まだたったの八歳なんです。どうか、どうかこの子だけは。」

 

「おい、聞いたか? どうする? アンドリュー。マグルがガキを助けて欲しいと言ってるぞ。」

 

「ふむ、迷うところだな。……そうだ、磔の呪いに耐え切ったら助けてやるってのはどうだ? 面白いと思わないか?」

 

「いいね、名案だ。聞いただろう? マグル。お前が我々の拷問に耐え抜いたらガキは助けてやろう。……では、クルーシオ!」

 

アンドリューと呼ばれた男の案を受けた黒ローブが、へらへらと笑いつつマグルの男性に磔の呪いを放つ。男性の絶叫を耳にしてもう見ていられないとミニ八卦炉を取り出した私の手を、咲夜が首を横に振りながら掴んできた。

 

「ダメよ、介入したら未来が狂うわ。」

 

「お前な、黙って見てろって言うのかよ。殺されちまうぞ、あの人。」

 

「だって、そうするしかないでしょう? 私たちは本来ここには居ないのよ。居ちゃいけない存在なの。あの人を助けた結果、歴史が歪んで別の誰かが死ぬことになるかもしれないのよ?」

 

だけど、こんなの放っておけないぞ。囁き合う私たちを他所に、男性に対する拷問が進行していく。心底愉快だという雰囲気の黒ローブたちが代わる代わる磔の呪いを使い、男性が次第に声を上げる気力すら失くしてきたところで……私たちが覗き見ているドアのすぐ近くに移動してきた二人の黒ローブが会話を始める。ドアの隣の壁に背を預けながら、呆れ果てているような声でだ。

 

「ふん、見るに堪えんな。帝王の思想を正しく理解しない愚か者どもめ。こんなところでこんなことをしていて一体何の意味があるのやら。」

 

「愚かな兵隊を管理するのも我々幹部の仕事ですよ、父上。あんな無能どもでも弾除けくらいにはなるでしょう。……それより、騎士団がルートンの集会所を潰したというのは本当なのですか? 昨日家に戻った時に母上から聞いて驚きました。」

 

「ああ、事実だ。二週間ほど前に潰された。ベラトリックスは激怒していたよ。どこかのバカが近所で余計な騒ぎを起こして逃げ込んだらしい。それを追ってきた人形使いとプルウェットの兄弟に発見されて、我々の重要な拠点の一つが無為に失われたわけだ。これだから無教養な兵隊を増やすのは好かん。」

 

「こうなるとドロホフの失態になるでしょうね。いい気味です。ロジエールさんは絶対に許さないでしょう。」

 

冷たく笑っている若い方の男……相手のことを『父上』と呼んでいたし、もう一人の黒ローブの息子なのか? の返事に、父親の方はうんざりしたような口調で忠告を返す。息子の方はまだ少年然とした、この場所にひどく不釣合いな声だ。私よりも年下の、ホグワーツに居るべき年齢だとすら思えるほどだぞ。

 

「内部の者を蹴落とすことだけを考えるなよ? 闇祓いと騎士団の所為で我々の計画は遅々として進んでいない。今は身内で無駄に争わず、帝王のためにその身を捧げるべきだ。……クラウチも遂に強硬策を打ってきたからな。あの男と闇祓い局の狂人を始末できれば状況が好転するだろう。」

 

「アラスター・ムーディですか。始末できますかね?」

 

「現時点では分からん。魔法省とは別個の組織として自由に動いている、スカーレットとダンブルドアがあまりにも邪魔すぎるからな。向こうも向こうで執行部と対立しているようだが、それが原因でむしろ動きが読み難くなっている。……執行部、闇祓い、騎士団。先ずは戦力を分散させずに一つを集中的に叩き、敵方のバランスを崩すべきだ。」

 

「最初からロジエールさんの戦略を採用しておけばよかったんですよ。帝王も賛同してくださったのに、ドロホフやレストレンジの馬鹿どもが余計なことを言うからこうなったんです。」

 

呆れを滲ませた声色の息子の発言を聞くと、父親は大きく鼻を鳴らしてから返答を口にした。……今は第一次戦争の前期か中期なのか? 『人形使い』がアリスを指しているのは勿論のこととして、『プルウェットの兄弟』というのはモリーの弟たちのはずだ。アリスから教えてもらった話によれば、彼らはイギリス第一次魔法戦争の終盤で戦死している。つまりそれよりも前の時点ということになるぞ。

 

「帝王は誰より賢いお方だ。然るべく戦略を組み立て直してくださるだろう。我々はそれに従っておけばいい。王には王の、将には将の、兵には兵の役割があることを忘れるな。……私たちは先に拠点に戻る! いつまでも何の意味もないバカ騒ぎをしていないで、貴様らも早くマグルを処理して戻れ!」

 

後半を他の黒ローブたちに呼びかけた父親の方へと、アンドリューと呼ばれていた男が応答した。一応へりくだった態度ではあるものの、その声には『水を差すなよ』という不満げな感情が薄っすらと含まれている。親子と他の死喰い人たちとの間には溝があるらしい。

 

「かしこまりました、マルシベールさん。……ですが、我々がやっているのは穢れた血の駆除作業です。『何の意味もない』というのは言い過ぎじゃありませんか?」

 

「ほう? では聞くが、そこの男はマグル界の重要人物か何かなのか? 貴様らがその辺で攫ってきた有象無象のマグルだろう? 教えてくれ、同胞よ。そのマグルを時間をかけて執拗に拷問した上で殺すことで、我々の組織に何か利益が生じるのかね?」

 

「この世から穢れた血が減ります。」

 

無茶苦茶だな。こいつは本気で言っているのか? そこばかりは父親の方も私と同意見だったようで、呆れた感じに深々と息を吐いてから皮肉を飛ばした。

 

「なるほど、よく分かった。一人一人殺していたら何百年かかるのかは知らないが、効率の悪い作業を好きなだけ続けたまえ。私はもう少し賢い方法を考案するために先に帰らせてもらう。……行くぞ。姿あらわしは使えるな?」

 

「ええ、去年母上が教えてくれましたから。こんな簡単な呪文なのに、バカ正直に成人まで待つのは愚か者だけですよ。折角の夏休みを無駄にするのは嫌ですし、早く帰りましょう。」

 

「では練習がてら先に行け。私はお前の呪文の痕跡を消してから行く。」

 

冷笑しながら豪語した息子が姿くらましで消えたのに続いて、父親の方も何か複雑な呪文を使った後で姿を消す。マルシベールと呼ばれていた死喰い人は幹部クラスの人間らしい。……『マルシベール』。特別牢で見た名前だな。世代的に息子の方とスネイプが知り合いだったのか? 『夏休み』と言っていたし、まだ在学中の身でこんなところに来ているようだ。死喰い人流の職場見学か。狂っているぞ。

 

姿くらましをした二人を見送ったアンドリューは、大仰にやれやれと首を振ってから他の黒ローブたちに向き直った。フードの下の顔がチラッと見えたが、顔立ちからしてこいつもそこそこ若い死喰い人のようだ。声の感じからするに、多分他の黒ローブたちもそうなのだろう。さすがに息子の方のマルシベールほど若いわけではなく、二十台前半といったところだが。

 

「さて、諸君。口煩いお偉いさんは帰ったぞ。暢気に息子連れとは恐れ入るな。……どっちから殺す? ガキか、父親か。」

 

「ま、待ってくれ。娘は助けてくれるって──」

 

「黙れ、マグル! 地虫との約束を守る必要などない! ……よしよし、ガキからにしよう。その方が効果的なはずだ。穢れた血の分際で偉大な魔法族に口答えをした罰を与えようじゃないか。それでいいだろう? 諸君。」

 

地面を這って必死に止めようとするマグルの父親を呪文で吹き飛ばした後、アンドリューは囃し立てる他の黒ローブたちの中心で子供に向けて杖を構える。それを見ながら起動させたミニ八卦炉を構えて、隙間から黒ローブたちに照準を合わせた。

 

「咲夜、もう止めるなよ? 歴史が歪むかもしれない危険性は理解してるが、これを見過ごしたら私が私じゃなくなっちまう。黙って子供が殺されるのを見てるのは無理だ。悪いな。」

 

「……時間を止めて父親と子供を安全な場所まで移動させるわ。だけどまだ完璧に調子が戻ってないから、途中で解除されちゃうかもしれないの。そしたら援護して頂戴。」

 

私が絶対に考えを翻さないと判断したのだろう。あるいは咲夜の方も静観に堪えられなくなったのかもしれない。何れにせよ、私たち二人ともが救出を決意した瞬間──

 

「助けてくれ! ……ああ、同胞たちよ! この縄を解いてくれ!」

 

おいおい、チェストボーン? 私たちが居る位置とは反対側の礼拝堂に繋がるドアから、縛られたままでヨタヨタと歩いているチェストボーンが入ってきた。あいつ、もう目が覚めたのか。くそ、もっとしっかり縛っておけば良かった。

 

「何だ? このジジイは。」

 

「同胞たちよ、私は死喰い人だ! ……マルシベールはどこだ? この時間のこの場所にはマルシベールが居るはずだ。彼は私のことを知っている! マルシベールを呼んでくれ!」

 

「……誰かこいつを知っているか?」

 

怪訝そうなアンドリューの質問に、黒ローブたちが全員否定の返答を返す。それを見たチェストボーンはバランスを失って床に倒れ込みながら、焦ったように弁明を捲し立てた。

 

「知らないはずだ。知るはずがない。私を知っているのはごく一部の死喰い人だけで、今はまだ……そんなことより、マルシベールに会えば分かるんだ! 彼はどこだ? ここに来てからどれだけの時間が経っている? 私は未来から来たんだ! 私が知る最も古いロジエールかマルシベールの居場所がここだったから、だからこの時間のこの場所に──」

 

「喚くな、ジジイ! ……未来から来た? 頭がおかしいのか?」

 

「違う、本当なんだ。落ち着いて聞いてくれ。私のことを知っているのは帝王とロジエールとマルシベールだけだから……それより、早く縄を解いてくれ! お前たちは全員ここで死ぬんだぞ! マルシベールと彼の息子が先に拠点に帰還した後、残ったお前たちは何者かに無残に殺される! その事後処理をしたのが私だったんだ! マルシベールがもうこの場に居ないということは、すぐに誰かが──」

 

「黙れと言っているだろうが! ……何なんだこいつは。意味が分からん。どうする? 諸君。一応上に報告するか?」

 

アンドリューが若干気圧されたようにそう言ったところで、今度は礼拝堂の正面入り口が軋みを上げてゆっくりと開く。そこから姿を現したのは……あーくそ、マジかよ。こいつの登場は最高にラッキーなのか、最悪のアンラッキーなのかが判断できんな。背後に赤い長髪の女性を引き連れた黒髪の少女だ。まるでこの世界の支配者であるかのように傲然と歩く少女の背中には、コウモリのような一対の翼が揺れている。見慣れた『皮膜派』の翼が。

 

「ごきげんよう、矮小な人間諸君。ヴォルデモートは居るかな? 居場所を知っていそうな幹部でもいいぞ。」

 

「いやぁ、見た感じ小物しか居ないっぽいですけどね。またガセだったんじゃないですか?」

 

尊大な雰囲気で場の面々に問いかける過去のリーゼと、にへらと笑いながら突っ込みを入れている過去の美鈴。黒ローブたちから杖を向けられるのを気にもしていない強大な人外たちを目にしつつ、霧雨魔理沙はうなじに冷や汗が伝うのを感じるのだった。

 


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