Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ファースト・コンタクト

 

 

「ああ、最悪だ。何故あの女がここに……同胞たちよ、早く縄を解いてくれ! 早く! 逃げなければならないんだ! 我が君の下に早く逃げなければ! 私には伝えなければならないことがあるんだ!」

 

縛られた状態で地面に転がりながら喚き散らすチェストボーンと、娘を守るように抱きかかえて蹲っているマグルの男性と、臨戦態勢で杖を構えている死喰い人たちと……そして、入り口の方からゆるりと彼らに歩み寄っている過去のリーゼお嬢様と美鈴さん。ドアの隙間から礼拝堂の中の面々を見回しつつ、サクヤ・ヴェイユはどうしたらいいのかと混乱していた。

 

『未来』を知るチェストボーンをこのまま放置するわけにはいかないし、マグルの二人のこともある。だけどリーゼお嬢様と美鈴さんに姿を見られるのは非常に危険だ。この時点の二人は私たちのことを知らないんだから、『歴史の歪み』が生じる可能性が高いどころか、『やんちゃ時代』の二人に殺されてしまうことすら有り得るだろう。

 

魔理沙もどう動くべきかが分からないようで逡巡している中、礼拝堂の事態はどんどん進行していく。

 

「黙っていろ、ジジイ! ……おい、ガキ! お前は誰だ? マグル避けの呪文はかけてあるはずだぞ。ここで何を──」

 

「あー、そういうお決まりの反応は結構。もう聞き飽きているんだ。……ふん、またハズレみたいだね。レミィめ、何度この私に無駄足を踏ませれば気が済むんだ?」

 

「ここまでハズレが続くと気が滅入ってきますねぇ。……従姉妹様、私がパパッとやっちゃってもいいですか? 見られたからには皆殺しでいいんですよね?」

 

「いいよ、今回はキミに譲ろう。私はもうやる気がないよ。大した情報を持っているとは思えないし、適当に処理しちゃってくれたまえ。」

 

うんざりしたような顔のリーゼお嬢様が礼拝用の長椅子に座り込み、それを見た死喰い人……アンドリューと呼ばれていた男が、杖を向けながら何かを言い募ろうとしたところで──

 

「いいから答えろ! お前たちは──」

 

「ほいっと。……喋ってる暇はありませんよ? 退屈すぎるのもあれですし、少しは足掻いてくださいね?」

 

美鈴さんが素早くぶん投げた、リーゼお嬢様が座っているのとは別の長椅子が……美鈴さんの力で投げれば何だって『武器』になるわけか。アンドリューの身体を容赦なく押し潰し、刹那の間に黒ローブたちに接近した彼女が別の死喰い人の顔面を蹴り上げた。蹴り上げるというか、粉砕している感じだ。顔がごっそり失くなっちゃっているぞ。

 

あまりにも現実感に欠けた急展開にリーゼお嬢様と美鈴さん以外の全員がぽかんとしている間にも、紅魔館が誇る門番は次々と死喰い人たちを『処理』していく。こんなの『戦い』じゃなくて、単なる虐殺だ。絶対的な強者が弱者を玩具にしているような光景。美鈴さんの正体を知っている私ですら困惑しているのだから、黒ローブたちにとってはどこまでも理解し難い状況なのだろう。

 

「早くも半分になっちゃったわけですけど……ええ? 抵抗とか、反撃とか、何かしないんですか? 突っ立ってると死んじゃいますよ?」

 

「何が、何……アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

「そうそう、そういうのです。命の危機なんだから、ちょっとは頑張らないとダメですよ。死ぬ時くらいは派手にいかないと。」

 

思い出したように黒ローブの一人が飛ばした緑の閃光をぺちんと手の甲で弾いた美鈴さんは、苦笑しながら流れるような動作で『作業』を続ける。……圧倒的だな。何も出来ていないじゃないか、死喰い人たち。

 

「はい、終わりです。……従姉妹様、こっちはどうします? 何か縛られてますけど。」

 

僅か三十秒ほどで計十一名の黒ローブを殺し尽くした後、続いて美鈴さんは床に転がっているチェストボーンを指しながらリーゼお嬢様へと質問を送っているが……これが『大妖怪』なのか。もちろん頭では理解していたものの、こうして現実の光景として見ると改めて実感させられるぞ。妖怪というのは、人間が恐怖すべき存在だということを。

 

「ん? 普通に殺したまえよ。何だか知らんが、そいつも死喰い人なんだろうさ。それらしいことを言っていたじゃないか。」

 

「待て、私は──」

 

「はーい。」

 

チェストボーンが何かを言う間も無く、美鈴さんはその頭を踏み潰してしまう。容赦なしだな。『別に違っててもいいや』という言い草だったぞ。初めて間近で目にした凄惨な死の光景の数々に吐き気を抑えつつ、頭蓋を踏み砕かれて誰だか分からなくなったチェストボーンを呆然と眺めていると、美鈴さんは次にマグルの親子を指差して声を上げる。血塗れになった靴を見て嫌そうな表情を浮かべながらだ。

 

「あちゃー、また汚しちゃいましたね。折角気を付けてたのに。……こっちはどうするんですか?」

 

「マグルなんだろう? 気絶させて放置でいいよ。殺すとアリスから怒られちゃうしね。ステューピファイ(麻痺せよ)。」

 

「でも、私たちのことを見られちゃってますよ?」

 

「後で記憶を消しておけば問題ないさ。……まあ、そっちで覗き見ている二人は別だがね。」

 

マズい。その声が聞こえた瞬間、時間を止めて魔理沙を横に引き摺って移動した。五メートルほどを引き摺ったところで勝手に能力が解除されて、さっきまで私たちが居た場所に長椅子が突き刺さる。危なかったぞ。咄嗟に能力を使わなければ間違いなく死んでいただろう。

 

「おお? 従姉妹様、あいつらどうやって避けました? 一瞬で移動したみたいに見えたんですけど。」

 

「……ふぅん? 私にもそう見えたね。実に不思議だ。姿あらわしとも違っていたし、杖魔法であんなことが出来るか?」

 

「魔法のことを私が知るわけないじゃないですか。……おー、可愛いですね。女の子ですよ、女の子。黒ローブじゃないみたいですけど。」

 

長椅子によってドアごと壁が破壊された結果、隠れていた私たちの姿が露わになってしまったわけだが……これは良くない展開だぞ。この時間に居るべきではない私たちがリーゼお嬢様たちと出会ってしまったのも宜しくないし、おまけに『敵対』するだなんて最悪だ。最悪の展開じゃないか。

 

いつでも時間を止められるように身構えていると、私を見たリーゼお嬢様がふと怪訝そうな面持ちになった後、大慌てで長椅子から立ち上がって美鈴さんを制止した。

 

「待て待て! ちょっと待った、美鈴! ……キミ、ヴェイユの娘か? こんなところで何をしているんだい? おいおいおい、危ないな。アリスの名付け子を殺すところだったぞ。ゾッとするよ。」

 

「あの、私は──」

 

「いや、違うな。にしては背が高すぎるし、瞳はヘーゼルだったはずだ。変装か? ……イラつくね。『ゾッとし損』じゃないか。私をびっくりさせた罪は重いぞ。」

 

「そういうのを八つ当たりって言うんですよ、従姉妹様。」

 

そうか、この時点のリーゼお嬢様はお母さんの……私とそっくりのコゼット・ヴェイユの姿を知っているわけか。もうその線で説得する以外に道はないと腹を括ったところで、お嬢様が冷酷な顔付きで美鈴さんに指示を投げる。

 

「とはいえ、アリスの名付け子に何かしようとしている可能性は放置できないね。美鈴、殺すんじゃなくて両手両足をへし折って捕縛だ。話を聞かせてもらおうじゃないか。」

 

「了解です。」

 

頷きと共に美鈴さんが動こうとした寸前、今度は焦った表情の魔理沙が八卦炉を使って……うわぁ、大丈夫なのか? 美鈴さんを吹っ飛ばしてしまった。隠し部屋でチェストボーンを吹き飛ばした時と同じことをしたらしい。明らかに今の方が破裂音が大きかったし、威力は桁違いのようだが。

 

「ちょっ、魔理沙?」

 

「あんなんで死ぬほどヤワじゃないだろ。それより逃げるぞ! 時間を──」

 

「いやぁ、何ですか? 今の。さっきの『瞬間移動』といい、ちょっと面白くなってきたじゃないですか。」

 

ダメだ、行動するなら今しかない。反対側の壁を貫通して吹き飛んでいった美鈴さんが、無傷で服に付いた木片を掃いながら戻ってきたのを見て、即座に時間を止めて移動する。……美鈴さんに『勝つ』のはどう考えても不可能だし、恐らく『遊んで』いるから死んでいないだけだ。美鈴さんが本気になれば、一瞬で近付いて私たちを殺せるだろう。

 

そして魔理沙が言うように『逃げる』のも多分無理だ。私たちは姿あらわしを使えないし、仮に使えたとしてもリーゼお嬢様は跡追い姿あらわしを使えるはず。能力で逃げようにも未だに不安定で、飛翔術なんてのは以ての外。間違いなくお嬢様や美鈴さんの方が速いのだから。

 

だったら、説得するしかない。勝手に時間が動き出さないうちに急いでリーゼお嬢様に駆け寄って、懐に入っていた印章を突き出した状態で能力を解除した。お嬢様は私を殺せばきっと未来で後悔するだろう。自分が死ぬことは我慢できても、お嬢様を悲しませるのは従者として断じて認められない。チャンスは一度。絶対に説得してみせるぞ。

 

「リーゼお嬢様、話を聞いてください!」

 

「っ!」

 

眼前にいきなり出現した私を認識して、リーゼお嬢様はすぐさま対処のために手を伸ばしてくるが……私が突き出している物を目にしてピタリと動きを止めた後、美鈴さんへと言葉を飛ばす。

 

「待て、美鈴。……どういうことだ? 何故キミが私の『影』を持っている?」

 

「私がリーゼお嬢様の従者だからです。どうか説明させてください。私の全てはお嬢様のものですから、殺したいと思うのであれば私はそれを拒みません。でも、私を殺せばお嬢様は必ず後悔します。決断は私の話を聞いてからにしてくれませんか?」

 

私が手に持っている物……自分の『影』をまじまじと見つめていたリーゼお嬢様は、数秒間真剣な顔付きで沈黙していたかと思えば、それを取り上げて口を開いた。

 

「……確かにこれは私の影だね。私の妖力を感じるよ。言いたまえ、これをどこで手に入れたんだい?」

 

「未来のリーゼお嬢様から預かりました。私はコゼット・ヴェイユの娘で、この時間には逆転時計を使って来ています。」

 

「未来の私? それにアリスの名付け子の娘だと? ……眉唾にも程がある話じゃないか。」

 

「影に誓って嘘は吐きません。私はリーゼお嬢様の忠実な従者です。」

 

絶対に目を逸らしちゃダメだ。今までリーゼお嬢様から向けられたことのない冷たい視線に心が怯むが、それでも必死に真っ直ぐ見返していると……ほんの僅かにだけ緊張を緩めたお嬢様は、するりと私の首を右手で掴んで質問を寄越してくる。

 

「不正解だったら首をへし折るからね。……私の母上の名前は? 影を渡すほどに私が信頼している従者であれば、その程度のことは当然知っているはずだ。」

 

「大奥様の名前はツェツィーリア・バートリ様です。」

 

「……では、私についてを述べたまえ。思い付くままにだ。」

 

「リーゼお嬢様はレミリアお嬢様と妹様……フランドールお嬢様の従姉妹で、ヨーロッパ大戦という『ゲーム』を終えて今はイギリス魔法戦争に裏から介入しています。図書館にはパチュリー様と小悪魔さんが居て、アリスも一緒に住んでいて、そこに居る美鈴さんは紅魔館の門番で、美鈴さんにはアピスさんという情報屋の古い知り合いが居て──」

 

そこで驚いたような顔になったリーゼお嬢様が目線を送ったのを受けて、美鈴さんが半笑いで肯定を放った。ちなみに魔理沙は八卦炉を構えたままで状況を見守っている。

 

「従姉妹様も知っての通り、合ってますよ。アピスさんの名前が出てくるとは思いませんでした。……私のことも知ってるんですか?」

 

「美鈴さんやエマさんからは仕事を教わりましたし、私の名前を付けてくれたのは美鈴さんです。あと、アピスさんとは未来で実際に会いました。フランスでの『人形の魔女』の事件も聞いてます。」

 

「私が貴女の名前を? ……んー、困りましたね。もし本当なら、自分が名付けた女の子を殺すのはさすがに避けたいところですけど。」

 

「素直に信じるのかい? キミは。」

 

私の首を掴んだままで問いかけたリーゼお嬢様に、美鈴さんが肩を竦めて返事を返す。お嬢様はともかくとして、美鈴さんの方はもう戦う気はないらしい。一概に信じているわけではないものの、興味が疑いを上回っている感じだ。『好奇心』の表情になっているぞ。

 

「だって、ヨーロッパ大戦の裏側を知ってる人間なんてそう居ませんよ。おまけに従姉妹様の母親のことやエマさんのことまで知ってるのはおかしくないですか?」

 

「……人間ならともかく、人外であれば入手するのも不可能ではない情報だ。アピスのような情報屋から買った知識かもしれないじゃないか。」

 

「でもですね、小悪魔さんのことは多分アピスさんですら知らないと思いますよ? 図書館から殆ど出てないんですから。知ってるのは身内だけで、つまりこの子は身内ってことになります。……何て名前なんですか?」

 

「サクヤ・ヴェイユです。幻想郷での生活を考えて、日本風の名前になってます。……それと、そこに居る霧雨魔理沙は幻想郷出身で魅魔さんの弟子です。魅魔さんが出した課題が逆転時計に関係するもので、その所為で私たちはこの時間のこの場所に飛ばされました。」

 

魅魔さんの名前を出すと、リーゼお嬢様は頭痛を堪えるような顔になって私の首から手を離した。ここまで話しちゃったんだから、もう全部言っちゃうべきなのだ。今はとにかく生き延びることを優先しなければ。

 

「魅魔か。……なるほどね、あの悪霊が関わっているなら有り得る話だ。するとキミはテッサ・ヴェイユの孫ってことかい?」

 

「そうです。」

 

「それがどうなったら私の影を受け取ることになるのやら。……ふむ? だったらそうだな、これで自分の喉を突きたまえ。」

 

喉を? 軽く言いながら、リーゼお嬢様は床に転がっていた鋭利な木片をひょいと私に放り投げてくる。思わず受け取った私へと、お嬢様は興味なさげな顔付きで重ねて命令してきた。

 

「キミが本当に私の従者なのであれば迷わずやれるはずだ。命令だよ、小娘。その木片で自分の喉を貫きたまえ。」

 

「おい、リーゼ! 滅茶苦茶なことを──」

 

「おおっと、ダメですよ。動かないでくださいね。」

 

介入しようとした魔理沙を一瞬で地面に押さえ付けた美鈴さんを横目にしつつ、手に持っている木片を構えて自分の首へと勢いよく動かす。本気で喉を貫くつもりでだ。すると木片の先端が私の首に触れようとした瞬間──

 

「……ふぅん? 本気でやろうとしたね、キミ。」

 

「リーゼお嬢様の命令でしたので。」

 

素早く私の腕を掴んだリーゼお嬢様が、興味深そうな表情で私の自死を止めた。そうだ、お嬢様ならそうするはず。影を渡したかもしれない相手を無為に死なせたりはしないだろう。お嬢様の行動を予想できたからこそ、私は迷わず本気でやれたのだ。

 

リーゼお嬢様は暫く私の目を見つめていたかと思えば、やおら手を離してマグルの親子の方へと歩み寄ると、彼らに杖を向けて忘却呪文を放った。

 

オブリビエイト(忘れよ)。……美鈴、移動するぞ。小娘どもも一緒にだ。」

 

「どこにですか?」

 

「決まっているだろう? 訳の分からんことが起きた時、我々が行くべき場所にだよ。」

 

「あー、了解です。紅魔館の図書館ですね。」

 

パチュリー様のところか。……計画は滅茶苦茶だし、このままでは『歴史の歪み』は避けられないわけだが、兎にも角にも図書館の大魔女と会うことは叶いそうだ。パチュリー様ならここから辻褄を合わせるのも不可能ではないかもしれない。そうでなきゃ困るぞ。

 

「姿あらわしは出来るかい?」

 

「えっと、出来ないです。成人はしてるんですけど、諸事情でテストが受けられなくて。……すみません。」

 

「となると、美鈴と合わせて三人運ばないといけないわけか。面倒くさいな。……なら、キミたちは肩に手を当てたまえ。そっちの金髪は武器を仕舞っておくように。一応警告しておくが、妙な動きをしたら命は無いぞ。別に今の話を丸々信用したわけじゃないし、殺すことを躊躇ったりはしないからね。」

 

「……分かってるぜ。」

 

ミニ八卦炉をポケットに入れた魔理沙と共に、リーゼお嬢様の肩にそっと手を置く。……大丈夫だ。こうして触れているお嬢様の感触は私が知っているものと変わらない。たとえお嬢様が私を知らなくても、私はお嬢様のことを知っている。だからきっと大丈夫だ。

 

私がよく知るものよりもずっと冷たい表情のリーゼお嬢様。杖を振るお嬢様の横顔をジッと見つめながら、サクヤ・ヴェイユは心の中で自分を励ますのだった。

 


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