Game of Vampire   作:のみみず@白月

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知識の巣穴

 

 

「そら、着いたぞ。さっさと手を離したまえ。」

 

うーむ、キツい言い草だな。これがリーゼの『他人』に対する態度ってことか。過去のリーゼから乱暴に手を払い除けられながら、霧雨魔理沙は目の前の光景を見渡していた。私たちが付添い姿あらわしで到着したのは、白を基調とした美しい図書館だ。本棚どころか床にまで本が山積みになっている広い図書館。『知識の巣穴』って感じの場所だぞ。

 

「パチェ! 面白い客を連れて来たぞ! どこに居るんだい?」

 

大声でノーレッジを呼ぶリーゼを横目に、背後の美鈴に見張られていることを自覚しつつ咲夜に問いかける。どこもかしこも本、本、本だな。本棚の間に一応の通路は確保されてあるが、そこも所々が本の山で塞がれているぞ。一種の狂気すら伝わってくる光景じゃないか。

 

「ここ、紅魔館か? ノーレッジの図書館は元々ムーンホールドにあったんだよな?」

 

「紅魔館よ。最初に図書館だけを紅魔館に『くっ付けて』、戦争終結後にムーンホールドがそれに続いたの。この時期のムーンホールドは騎士団の拠点になってるんじゃないかしら?」

 

「それで正解ですよ。ムーンホールドまで『くっ付く』のは知りませんでしたけど、ここは間違いなく紅魔館です。……んー、つくづく面白いですねぇ。私の名付け子ですか。そう思うと何だか可愛く見えてきました。」

 

会話に割り込んできた美鈴が銀色の頭をポンポンと撫でてくるのに、咲夜は何とも言えない顔付きでされるがままになっているが……こいつ、さっき十二人を『瞬殺』したんだよな? 恐ろしい話だぜ。まさかあんなに強いとは思っていなかったぞ。

 

相手が死喰い人とはいえ、あそこまで一方的に人間を殺しているのを見てしまうと、否が応でもこいつに対するイメージが変わっちゃうな。私が人懐っこい笑顔の大妖怪を微妙な気分で観察している間にも、図書館の奥の方から足音もなく誰かが近付いてきた。

 

「煩いわよ、リーゼ。本を読んでたんだから大声を出さないで頂戴。」

 

「キミはいつも本を読んでいるし、大声を出さないと気付かないだろうが。……ほら、客ってのはこの二人だよ。曰く、未来から来た我々の知り合いらしいぞ。」

 

「未来から?」

 

ノーレッジも私が知っている姿と全く変わらんな。ふわふわと地面から少し浮いている図書館の魔女どのは、読んでいた本から目を離して私たちへと視線を送ってくる。読書を中断させる程度の興味は惹けたらしい。

 

「つまり、逆転時計を使ったということ? ……愚かなことをしたものね。そんな愚か者が未来の知り合いだとは思いたくないんだけど。」

 

「不可抗力だぜ。使おうと思って使ったわけじゃない。」

 

「どうでも良いわ。この場合重要なのは理由ではなく結果よ。……で? その『未来人』を何故私の図書館に連れて来たの? 時間犯罪者なんだから魔法省に突き出せばいいでしょう?」

 

「よく分からなかったから連れて来たんだよ。分かるようにしてくれたまえ。それが図書館の役目だろう?」

 

私の言い訳をバッサリ切り捨てたノーレッジは、リーゼの身も蓋もない返答に眉根を寄せてため息を吐いた後、本が大量に載っているテーブルの方へと移動し始める。

 

「先ずはこっちに来なさい。……こあ、お茶の用意をして頂戴。」

 

奥の方に向かって指示を出すノーレッジの声を耳にしながら、図書館の中央にある大きなテーブルに……本だらけで茶を置くスペースなど一切無いテーブルに着いてみれば、図書館の魔女は私たちを観察しつつ口を開いた。全てを探ろうとしている、魔女の目付きだ。色々と失敗してしまったが、何とかノーレッジとの会話までたどり着けたな。

 

「『未来人』のことは気になるけど、先ず話すべきはリーゼと美鈴よ。貴女たちの視点での経緯を教えなさい。前提を共有しないと会話にならないわ。……簡潔にね。」

 

「毎度お馴染みのレミィの『ガセネタ』の所為で、木っ端死喰い人どもを皆殺しにする羽目に陥ったんだよ。ロンドン郊外の廃教会でマグルを嬲って楽しんでいたバカどもをね。それが終わった後に隠れていたこの小娘二人も処理しようとしたら、アリスの名付け子にそっくりな方が私の『影』を見せてきたんだ。だから殺さずに話を聞いてみた結果、ここに連れて来ることになったってわけさ。……ちなみにその子はコゼット・ヴェイユの娘だと主張しているよ。本当かどうかは分からんがね。」

 

「確かにこっちの子はコゼット・ヴェイユにそっくりね。……それより後半を省略し過ぎよ。どんな話を聞いたの?」

 

「ヨーロッパ大戦の裏側についてとか、紅魔館に関して随分と詳しかったんですよ。小悪魔さんのこともエマさんのことも知ってましたし、従姉妹様の母親の名前も知ってました。……そうそう、聞いてください。銀髪の子は私の名付け子らしいんです。いやぁ、びっくりしました。」

 

ティーポットと人数分のカップを持ってきた小悪魔……容姿や性格なんかは咲夜だったりアリスだったりから聞いていたものの、私は地味に初見の悪魔だな。がテーブルの上の本を片付けて紅茶を注ごうとするのを見て、説明しながら作業を手伝い始めた美鈴へと、ノーレッジは眉間を押さえて反応を返す。呆れているような面持ちだ。

 

「私は貴女たちの説明の適当さにびっくりしているわ。……私ですら形を知らない『影』を見せてきたってことは、要するにこの銀髪の子はリーゼの未来の従者だと主張し、貴女たちはその主張に一定の納得をしたからここに連れて来たわけね?」

 

「そうだよ。……こあ、こっちの皿のクッキーが少ないぞ。どういうことなんだい? 反逆のつもりか?」

 

「いやいやいや、同じ枚数ですよ。ちゃんと数えましたもん。いち、に、さん……ほらほら、ぴったり十五枚ずつじゃないですか。」

 

「聞いてます? サクヤちゃんって言うんですって。幻想郷でも通用するように日本風にしたみたいですよ。我ながら良いセンスしてますよね? ね?」

 

なんとまあ、どこまでも自分勝手な連中だな。数え間違いを認めようとせずに自分の前の皿にクッキーを追加するリーゼと、紅茶を注ぐ合間につまみ食いを繰り返している小悪魔と、名付けについてを延々と話し続けている美鈴。その三者を目にして苛々している表情になったノーレッジは、トントンと指でテーブルを叩きながら質問を重ねた。

 

「聞きなさい、ぽんこつ妖怪ども。私の話を聞きなさい。……大事な部分だからもう一度確認するけど、リーゼの『影』を持っているということは、この子は未来の貴女の従者であると判断して構わないのね?」

 

「私が死ねと命じたら死のうとしたから、多分そうなんじゃないか? 現状私の影の形を知る者はこの世でエマだけだ。そしてエマが余人にそれを教えるはずはないし、渡すはずもない。だからこそ影を預けているわけなんだから。その小娘が持っていたのが私の妖力で作られた印章であり、そこに私とエマしか知らないはずの紋章が刻まれていた以上、未来の従者だってのは本当なのかもしれないね。……それと、金髪の方は魅魔の弟子らしいぞ。」

 

「魅魔の? ……どんどん話が面倒になってくるじゃないの。」

 

リーゼたち側の状況を把握し終えると、ノーレッジは私の顔をちらりと確認しながらやれやれと首を振った後、今度はこちらに問いを寄越してくる。

 

「それで、貴女たちは私の質問に答える気があるの?」

 

「あります。……その、パチュリー様に何とかして欲しいんです。元の時間に帰る方法はないんでしょうか?」

 

「恐らく無いわ。私が把握している限りでは、未来に移行する魔法は現時点で存在していないもの。……先ずはいつこの時間に来たのか、誰と来たのか、そしてこれまでに誰と接触したのかを教えて頂戴。」

 

端的に望みをぶった切ったノーレッジを呆然と見つめている咲夜を横目に、苦い気分で質問の回答を口にした。やはり無理なのか。最悪の事態だな。

 

「一緒に来たのはチェストボーンって死喰い人だけで、この時間に来たのはリーゼたちが騒ぎを始める少し前くらいだ。ずっと隠れて覗き見てたから廃教会のマグルや死喰い人たちには姿を見られてないし、チェストボーンは美鈴に殺されちまったから……うん、私たちのことを知ってるのはここに居る面子だけだぜ。」

 

「死喰い人と一緒に時間を遡行したということ? ……貴女たちは死喰い人なの?」

 

「もちろん違う。チェストボーンがホグワーツにある逆転時計を悪用しようとしてたっぽくて、それに私たちが巻き込まれた形だ。咲夜が紅魔館の『所属』なのに死喰い人のはずないだろ。」

 

「死喰い人であることよりも、『吸血鬼の手先』って方が余程にタチが悪いと思うけどね。……何にせよ、接触が最小限で済んでいるのは悪くないことだわ。」

 

人数としては最小限かもしれないが、相手が悪いんだと思うぞ。ノーレッジの呟きに微妙な表情を浮かべていると、続いて彼女は逆転時計に関する疑問を投げかけてくる。

 

「しかし、『ホグワーツにある逆転時計』ね。……未来の死喰い人が逆転時計を使おうとする理由は簡単に推察できるけど、貴女たちがそれに巻き込まれた理由は? 加えてもう一つ。銀髪の子がコゼット・ヴェイユの娘なのであれば、貴女たちはそれなりに先の未来からこの時点に遡行しているはずよ。少なくとも現在のコゼット・ヴェイユには子供なんて居ないし、見たところ銀髪の子は成人しているくらいの歳なんだから、最低でも二十年近く先の未来から来たことになるわ。私の認識が確かなら既存の逆転時計にそこまでの性能はないはずだけど? 魔法技術が進歩して新たに作られた逆転時計を使ったか、もしくは何らかの『特殊な逆転時計』を使用したということ?」

 

「私たちがこの時間に来たそもそもの原因は、魅魔様が作ったらしい強力な逆転時計なんだよ。ホグワーツ城に大昔からずっと隠されてて、チェストボーンはそれを見つけて悪用しようとしてたんだ。そんでもって私が師匠たる魅魔様から逆転時計を破壊しろって課題を提示されたから、咲夜に手伝ってもらって探してた途中で……まあ、チェストボーンとかち合っちまってな。その時のゴタゴタで偶然逆転時計が起動した結果、三人纏めて過去に遡行しちゃったわけさ。」

 

「なるほど、魅魔が作った逆転時計ね。それなら長時間を一気に遡行できたという点には納得できるわ。……そう、ホグワーツにはそんな物まで隠されていたの。大魔女が作った可能性がある逆転時計を、その大魔女が自分の弟子に課題と称して探させて、それが『偶然』起動して意図せずこの時間に飛ばされたわけね? そして飛ばされた先で貴女たちがよく知るリーゼとすぐに出会い、幸運にも殺されることなく説得できて、未来を知っているもう一人の遡行者である死喰い人はあっさりと美鈴に殺され、今まさに私が貴女たちの話を聞いて思考していると。中々どうして都合の良い状況じゃない。」

 

何で急に不機嫌そうな顔になるんだよ。言うと自分の指を見ながら黙考し始めたノーレッジへと、こちらからも問いを飛ばす。逆転時計に興味を持つのは分かるが、今はもっと危急の問題があるのだ。

 

「あーっとだな、話を戻すぞ? もう分かってると思うけどよ、私たちは未来におけるお前らの知り合いなんだ。だからつまり、歴史に歪みが発生しちまうわけだが……どうするんだ? その辺。」

 

「どうもしないし、『歪み』なんて発生しないわよ。私が支持している時間に関する仮説が正しいのであればね。」

 

「……どういう意味だ? 本来存在すべきじゃない私たちがこの時間で何かをすれば、それは未来に影響しちゃうはずだろ?」

 

それが時間遡行における最も大きな問題点であるはずだぞ。私の指摘を受けて、ノーレッジは一度紅茶に口を付けてから自説を語り始めた。聞く者を引き込むような、静かな一定のテンポでの話し方だ。

 

「逆転時計の研究は神秘部で長年に渡って行われているし、私は複数回の逆転時計を使った遡行実験によって導き出された一つの仮説を支持しているわ。『時間は初めから確定している』という仮説を。恐らく全ての時間遡行による変化を踏まえた上で、既に時間の流れというのは確定しているものなのよ。……意味が分かる? 過去も未来も最初から決定されているの。過去への遡行によって何かを変えているわけではなく、何かが変わったという事実を踏まえた未来が最初からそこにあるだけ。未来は不変であり、故に時間も不変ってことね。平たく言えば決定論よ。」

 

「ふぅん? 興味深いね。キミはレミィの言う『運命』をある意味で認めているわけか。」

 

「それはまた別の話でしょう? レミィが認識している運命はどちらかと言えば流れの『過程』であり、私が今話しているのは流れの『結果』が確定しているという内容よ。運命と時間とには天と地ほどの差があるわ。……つまり貴女たちがこの時間に遡行したことも、私たちと出会ったことも、起こるべくして起こったことに過ぎないという考え方ね。私が支持している仮説が正しいのだとするのなら、貴女たちは貴女たちが変化させることを前提にした未来から来ているはずよ。今から変化を起こすのではなく、変化はもう起こった後なの。」

 

ノーレッジのリーゼに応答しながらの説明を聞いて、脳みそをフル稼働させて思考を回す。ノーレッジは時間は決して変化しない一本の絶対的な線だと考えているわけか。

 

「だから、ええと……遡行による変化は遡行した時点で既に発生しているってことだろ? 例えば私が遡行した結果、私が遡行しなくなるのは有り得ないと考えてるわけだ。」

 

「ええ、そういうことね。過去に遡行した結果として『未来が変わる』ということは有り得ないわ。原因が未来にあり、結果が過去にあるだなんてあべこべでしょう? 時間が一定の方向に進み続けているのであれば、原因は常に過去にあり、未来に残るのは結果だけのはずよ。貴女たちの『遡行元』がどの時点なのかは知らないけど、それ以前の過去はその時点で既に確定したものであるわけ。だから貴女たちがこの時間で何をしようと、貴女たちが知る未来は微塵も変化しないわ。だって貴女たちは貴女たちの行動を踏まえた上で確定した未来から来ているんだもの。『現在』を生きている私たちの視点では変化があるかもしれないけどね。」

 

「待て待て、おかしいだろ。私たちは未来のお前らとそこそこ以上に親しいんだぞ。ここで出会った結果として、私たちが知る未来があるってのは納得できないぜ。絶対に何かしらの変化はあるはずだ。」

 

「いいえ、変わらないはずよ。でなければ貴女たちが今なお私たちと会話していること自体に筋が通らないでしょう? 貴女たちがこうしてここに存在しているということは、貴女たちを知った私たちは未来の貴女たちの遡行に一切の影響を与えなかったことになるわ。どうかしら? そんなことが有り得ると思う? 例えば今私はそこの銀髪の子が辿った人生について一定の予想を立てているわよ?」

 

……そうだ、有り得ない。逆転時計を探すことになるかどうかってレベルの話じゃないぞ。このまま行けば、そもそも咲夜がリーゼの従者になるかどうかだって怪しいじゃないか。リーゼたちはヴェイユ家の人間である咲夜が何故従者になったのか、何故美鈴が名付けたのか、何故紅魔館で育ったのかを疑問に思うはずだ。そうなればすぐに両親や祖母の死に考えが行き着くだろう。というかノーレッジの言い草からするに、聡明な彼女はもう答えにたどり着いているのかもしれない。

 

テッサ・ヴェイユやコゼット・ヴェイユが死ぬ可能性を知った時、アリスやフランドールは何も行動しないか? ……そんなわけがない。少なくとも二人は意地でも助けようとするはずだし、二人から頼まれればリーゼやレミリアも協力するだろう。となると咲夜が紅魔館に引き取られるという未来は変わってしまうことになる。

 

そして咲夜が紅魔館に引き取られなければ、この場にこうして存在しているはずなどないのだ。万が一、億が一の偶然が重なって私と行動を共にしていたとしても、『アンネリーゼ・バートリの従者であるサクヤ・ヴェイユ』ではなくなっているはず。別の名前で、別の家族が居て、別の人生を辿った銀髪ちゃんになっているだろう。もちろん能力も持っていないことになるため、オリジナルの逆転時計がそもそも起動せず、過去に遡行する手段すらなくなるわけか。ここで私がこんなことを思考している時点で、どこまでも『有り得ない』話だな。

 

「……分かった、一応の理解は出来たぜ。それは確かに有り得ないな。私たちの存在自体が未来が変わっていない証明なわけだ。」

 

「あら、中々賢いじゃないの。さすがは魅魔の弟子ね。」

 

「だけどよ、時間が分岐してるって可能性もあるだろ? つまり、私たちが遡行してきた時点で線が枝分かれしてるって可能性が。パラレルワールドだよ。それはどうなんだ?」

 

「認めましょう、その可能性は存在しているわ。神秘部には『分岐説』を唱えている魔法学者だって少なからず居るしね。だけど私はその説を支持していないの。……私たちに『時間』という概念をはっきりと知覚する術が無い以上、正しい答えを導き出すことは不可能よ。もしかしたら時間は無数に分岐して複数の流れを生み出し続けているのかもしれないし、あるいは変化の度に別のルートへと『主流』を変えているのかもしれない。何一つ正確なことが分からないのであれば、縋るべきは己の仮説だわ。他の可能性を考慮はすれど、主たる道標にするのは自身の仮説。それが私のやり方よ。」

 

あっけらかんと言い切ったノーレッジへと、頭を掻きながら質問を送る。こいつは怖くならないのだろうか? ひょっとすると自分の考えが根底から間違っているかもしれないことが。

 

「もし間違ってたら?」

 

「その時は手のひらを返すわよ。一切悪びれずにね。自説にいつまでも拘泥するのは愚か者だけど、確たる主張を打ち出せない者もまた愚かだわ。……貴女が本当に魅魔の弟子であるなら理解できるはずよ。これは学者ではなく、魔女の流儀なの。魔女とは自身の考えを徹底的に貫くものでしょう? 時に世界の法則を捻じ曲げてでも、自らの正しさを押し通す。自説を信じられない魔女に存在している価値なんて無いでしょうに。」

 

「まあ、分かるけどよ。……いいぜ、お前の仮説に乗ってやる。私が知る限り、お前は世界で二番目に賢い魔女だからな。」

 

「二番目ね。魅魔の次ってこと? 随分と高い評価じゃないの。」

 

拍子抜けしたように呟いたノーレッジに、仮説を前提とした疑問を提示した。ちなみにリーゼと小悪魔はずっと話を聞いており、咲夜は美鈴にクッキーを勧められている。美鈴のやつ、余程に『名付け子かもしれない』ことを気に入っているようだ。

 

「じゃあよ、お前の仮説に沿って話を進めるとどうなるんだ? 私たちがここにこうして継続して存在している理由は? 遡行して出会ったものの、未来のお前らの行動には何の影響も与えなかった。そんなのおかしいだろ? だったら何かしらの原因があるはずだ。結果的に筋が通ることになった原因が。」

 

「結果から原因を考察するわけね? ……先ず、私たちはどこかの段階で貴女たちと出会ったという記憶を消すのでしょう。この仮説に関してはそれなり以上の自信があるわ。私が使用者かつ対象が呪文を受け入れようとしているのであれば、リーゼや美鈴のような強力な人外の記憶を消すことだって不可能じゃないもの。貴女たちが語る未来の状況からするに、唯一有り得そうなのはその展開よ。」

 

「ええ? 嫌ですよ、そんなの。勿体無いじゃないですか。この子たちからトカゲちゃんの居場所を聞いて、パパッと戦争を終わらせるんじゃダメなんですか?」

 

「貴女ね、今までの話をちゃんと聞いてた? それだとリーゼはこの子に影を渡さないし、貴女は名付け親になれないのよ?」

 

割り込んできた美鈴は、ノーレッジの注意を受けてむむむと悩み始めた。そんなになりたいのかよ、名付け親。それを尻目に今度はリーゼが声を上げる。

 

「しかしだね、私たちにデメリットは無いんだろう? この小娘たちから情報を抜き出した方が現在の私たちにとっては好都合であるはずだ。」

 

「だけど、未来の貴女にとっては不都合よ。影を渡すほどの従者が失われるのは痛手でしょう? ……大体ね、こんな議論には何の意味もないの。この子たちがここに居るってことは、私たちは結局記憶を消したってことなのよ。結果をもう知っているんだから、ごちゃごちゃ言わずに大人しく消した方が早いわ。結論ありきの議論なんて時間の無駄でしかないでしょうが。」

 

「そんなもん無茶苦茶じゃないか。」

 

「貴女、ようやく気付いたの? 無茶苦茶なのよ、この状況は。」

 

ジト目のリーゼに素っ気なく応じると、ノーレッジは次に私たちへと質問を寄越してきた。ちょびっとだけ疑問げな顔付きでだ。

 

「でも、それにしたって奇妙ね。貴女たちは今後元の時間に戻るまで何もせずに暮らしていける? 恐らくそうなるはずなんだけど。」

 

「……いけるかどうかって言うか、そうするしかないんだろ?」

 

「そうするしかないわけではなく、結果を見るとそうなっているのよ。同情すべき生活になるでしょうし、私やリーゼなら対策くらいは打つと思うんだけどね。おまけに貴女は魅魔の弟子なんでしょう? 貴女たちを易々と遡行させたという部分は少し腑に落ちないわ。」

 

ノーレッジがそこまで言ったところで、咲夜が思い出したように懐から何かを……歯車だ。学期の初めに送られてきた謎の歯車を取り出してテーブルに置く。

 

「あのっ、これ! リーゼお嬢様から……未来のリーゼお嬢様から肌身離さず持っておけって言われてた物です。もしかしたら、もしかしたら何かに使うんじゃないでしょうか?」

 

「私から? ……私は賢い吸血鬼だからね。未来の私はもっと賢いはずだ。これ以上賢くなるだなんて我ながら恐ろしい話だよ。どうだい? パチェ。未来の物凄く賢い私からのヒントだぞ。」

 

「黙ってなさい、うぬぼれ吸血鬼。……見たことがある素材ね。『賢い』貴女は気付かないの?」

 

「ん? ……んん?」

 

ノーレッジから渡された歯車をじっくり調べて唸っているリーゼに、知識の魔女どのは呆れ果てた様子で答えを口にした。

 

「貴女ね、自分の家にある物でしょうが。ムーンホールドの中庭の月時計と同じ素材じゃない。」

 

「……言われてみればそうだが、この歯車はかなり新しい物のようだぞ。普通は気付かないだろうが。」

 

「長年雨晒しにされていないからでしょ。要するに、この歯車だけが非常に長い期間別の場所に保管されていたってことよ。どこで手に入れた物なの? 現時点でのリーゼが知らないのだから、リーゼから受け取ったわけではないんでしょう? それともこれから見つける物ってこと?」

 

月時計? 私は知らないが、咲夜には思い当たる節があったようだ。ハッとしながらもノーレッジへと返答を返す。

 

「ホグワーツの新学期に入った直後、差出人不明の手紙で送られてきたんです。それでリーゼお嬢様とアリスにも見せてみたら、常に持っておけって言われまして。」

 

「私は登場しないのね。」

 

「えっとですね、私たちが居た未来ではパチュリー様やレミリアお嬢様たちはもう幻想郷に行ってます。こっちに残ってるのはリーゼお嬢様とアリスとエマさんだけなんです。」

 

「そういうこと。……貴女たちが居た時点で、ムーンホールドはどうなっているの?」

 

リーゼから取り上げた歯車をジッと観察しながらのノーレッジの問いに、咲夜がスラスラと『未来の状況』を伝える。言っちゃっていいのかな? まあ、記憶を消すんだったらどこまで喋っても同じか。今更だろう。

 

「レミリアお嬢様たちと一緒に幻想郷に移動済みです。ムーンホールドと紅魔館がくっ付いちゃってるので。」

 

「ちょっと待て、どういうことだい? ムーンホールドの本体まで『くっ付いた』のか? イギリスに残っている私とアリスとエマはどこで生活しているんだ?」

 

「それはどうでも良いでしょうが。……リーゼやアリスが何の理由もなく『常に持っておけ』とは言わないはずよ。貴女たちの遡行に気付いていたのかしら? ムーンホールドが幻想郷にあるのだとすれば、貴女に肌身離さず持たせておく意味は何? 月時計があるムーンホールドが『こっち』に存在している過去で使わせるためじゃない? だけど、それを使って一体何を──」

 

ムスッとしているリーゼを無視してブツブツと呟いていたノーレッジは……いきなりパッと顔を上げたかと思えば、杖を抜いて口を開いた。

 

「ここで考えているよりも、実際に現地で調べてみるべきだわ。こあ、呪文を受け入れなさい。貴女の記憶を消すから。ちなみに貴女の場合は受け入れなくても消せるから、仮に抵抗しても無意味よ。」

 

「えぇ……? 私は何でいきなり記憶を消されるんですか? ドン引きの展開なんですけど。」

 

「リーゼと美鈴は同行させるけど、貴女はここに残すからよ。後でやるのは面倒だし、先に貴女のこの子たちに関する記憶を消しておくわ。確定している行動なんだから諦めなさい。」

 

「普通に嫌なんですけど。単に黙ってればいいじゃないですか。どうせ主人が根暗だから殆ど誰とも会わな……わぁぁ、誰か助けてください! 邪悪な魔女がか弱い悪魔の記憶を抹消しようとしてますよ! この機に都合の悪い記憶も一緒に消すつもりでしょう? 分かるんですからね!」

 

ジリジリと後退りしていた小悪魔を魔法で拘束したノーレッジは、容赦なく短い真っ黒な杖を自分が使役している悪魔のこめかみに当てる。

 

「初めから空っぽの頭なんだから、多少記憶を消した程度じゃ何も変わらないわよ。ゼロから何を引いてもゼロにしかならないわ。マイナスなんてのは机上の概念なの。」

 

「うわぁ、そういうこと言います? じゃあ私だって言っちゃいますけど、パチュリーさまったらたまに図書館の奥の官能小説の棚の前でこっそり──」

 

オブリビエイト(忘れよ)。……オブリビエイト。」

 

おおう、恐ろしい。何かを暴露しようとした小悪魔だったが、その前にノーレッジが忘却呪文をかけてしまう。何故か二回もだ。短時間に忘却を繰り返すのはリスクがある行為だって習ったんだけどな。

 

ぽやんとしている状態でへたり込んだ小悪魔を見て、ノーレッジは満足そうに頷いてから私たちを促してきた。ちょっとだけ頬を染めながらだ。

 

「これでいいわ。ムーンホールドに行きましょう。今は妨害術で直接内部に姿あらわしが出来ないようになっているから、先ずは正門前に移動よ。」

 

「……キミ、官能小説の棚の前で何をしていたんだい? 『こっそり』何かをしていたってことだろう?」

 

「貴女たち、姿あらわしは出来る? ……そう、出来ないの。だったら私が使うわ。手に掴まりなさい。美鈴はリーゼと一緒に来るように。」

 

「答えたまえよ、ムッツリ魔女。私があの棚を見つけた時は、『義務として収集しているだけだ』と言っていたじゃないか。おいこら、何故無視を──」

 

リーゼの発言を黙殺して素早く私たちの手を取ったノーレッジが、付添い姿あらわしで移動する。……何にせよ、進展だ。あの歯車がどんな役目を持っていて、月時計とやらがどんな物なのかはさっぱり分からんが、ノーレッジが言っていた通り未来のリーゼやアリスが持たせたことには意味があるはず。

 

どうにか現状を打開してくれる物であることを祈りつつ、霧雨魔理沙は姿あらわしの感覚に身を委ねるのだった。

 


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