Game of Vampire   作:のみみず@白月

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異なる忠心

 

 

「……目が覚めた? お帰りなさい、魔理沙。」

 

ここは……どこだ? 私を覗き込んでいるアリスの顔を見返しながら、霧雨魔理沙は覚醒したばかりの頭を動かしていた。自分が寝ているベッドを囲むように白いカーテンがあり、その隙間からは柔らかな陽光が差し込んでいる。アリスの姿があることも相まって、何だか安心する雰囲気だな。

 

「……おう、アリス。今は何月何日だ?」

 

「良い質問ね。状況にマッチした内容だわ。……今は1999年の三月十一日のお昼前よ。」

 

「つまり、私の居るべき時間か。」

 

「そうよ、貴女は居るべき時間に戻ってきたの。」

 

となると、私たちが遡行した時点から一夜明けた午前中ってことか。優しげな微笑みで応答するアリスを見てホッとしてから……そうだ、咲夜は? 慌てて身を起こして質問を重ねた。

 

「咲夜は? あいつも一緒だよな?」

 

「大丈夫よ、隣のベッドで寝ているわ。朝方に一度起きて私たちに事情の説明をした後、また眠っちゃったの。ちなみに咲夜の杖も無事に回収済みよ。」

 

「そうか、良かった。……ここはホグワーツの医務室か。」

 

「ええ、その通り。昨日の深夜に私たちがマーリンの隠し部屋を調べていた時、急に虚空から貴女たちが出現したのよ。だから急いでここに運んでポピーに診てもらったの。貴女はほぼ怪我なしの健康体で、咲夜は軽い打撲があったから軽症ってところね。もうポピーがすっかり治してくれたわ。」

 

アリスの報告を耳にしながら、再び枕に頭を預ける。疲れたぜ。身体がじゃなくて、頭が疲れたって感じだ。

 

「……知ってたのか? 私たちが遡行することを。」

 

「いつ遡行するのかも、どこに遡行するのかも知らなかったけど、遡行すること自体は高い可能性として予測していたわ。あの手紙が過去の咲夜から送られてきたことに気付いていたのよ。……黙っててごめんなさいね。」

 

「いや、怒ってはいないぜ。理由は大体分かるからな。魅魔様から何か言われたんだろ? 手を出すなとか、このままやらせておけとか、そういうことを。」

 

「正解よ。魅魔さんや八雲さんたちからの助言を受けた結果、私とリーゼ様は『何もしない』のが正解の流れだと判断したから、下手に介入して流れを変えないようにしていたの。」

 

『流れを変えないため』ね。アリスは過去のノーレッジとはまた違った考え方を持っているみたいだな。ノーレッジの仮説通りなら、私と咲夜が遡行するのは確定している出来事であるはずだ。だからアリスたちが何をしようが、何もしなかろうが……ん? 違うな。そうじゃないか。

 

手紙を受け取ったことで私たちが遡行することは確定していたかもしれないが、遡行した後にどうなるかは誰にも分からないことだ。いくらノーレッジの仮説通りだとしても、観測できる者が居なければそれは未知のはず。よくリーゼとアリスは介入を我慢したな。私のことはともかくとして、咲夜が過去に残されたままになる可能性は捨て置けなかっただろうに。

 

いやいや、待て。魅魔様という『観測者』が居るか。過去の月時計に手紙を残せたということは、魅魔様はあの時点で私たちが未来に帰還することを知っていたことに……んんん? そんなことが有り得るか? 改めて考えたら妙だぞ。何だって魅魔様はあの時間のあの場所にあんな手紙を残せたんだ?

 

過去で見聞きしたことから推察するに、私たちが遡行したのは第一次魔法戦争の前期から中期にかけてのどこかだ。つまり1970年代ということになる。魅魔様は今から二十年以上も前に私が弟子になり、その弟子が咲夜と友人になり、昨日の夜に遡行することを知っていた? 幾ら何でも有り得んだろ。70年代には私はまだ生まれてすらいないんだぞ。

 

そうなると、あの手紙を置いた魅魔様もまた時間遡行をしていたと考えるのが自然だが……じゃあ魅魔様はどうやって『こっち』に帰ってくるんだ? 魅魔様も月時計を使って帰ったってことか? だったら手紙での指示なんかじゃなくて、姿を見せて私たちと一緒に帰ればよかったのに。というかそもそも、魅魔様はどの時点でどこからどこまでを把握していたんだろうか?

 

あああ、さっぱり分からん。時間って概念が先ず複雑なのに、そこに魅魔様の計画が追加されると意味不明だぞ。横になりながら頭を悩ませている私へと、アリスがクスクス微笑んで声をかけてきた。

 

「色々と気になることがあるんでしょうけど、今は少し休みなさい。リーゼ様が幻想郷に行ってるから、その報告を聞いた後で整理した方が楽だと思うわよ?」

 

「魅魔様に会いに行ったってことか?」

 

「そういうことね。咲夜の報告を全部聞いてから、彼女がもう一度寝付くまで側に居た後、呪符で会いに行ったの。かなり怒ってたわ。」

 

「……まあ、そりゃ怒るだろ。結局のところ、今回の騒動は魅魔様の所為だったわけなんだから。去年のベアトリスの一件は間接的な原因の一つだったけど、今年のこれは少なく見積もっても九十パーセントくらいの割合で魅魔様が悪いぜ。」

 

私は魅魔様を尊敬しているし、いざとなれば擁護もするが……今回ばかりは厳しそうだな。ため息を吐きながら苦笑している私に、アリスもまた苦い笑みを浮かべて首肯してくる。

 

「何れにせよ、詳しい事情についてを考えるのはリーゼ様が帰還してからよ。今はまだ材料が少なすぎるわ。」

 

「んじゃ、とりあえず『時間旅行』に関する疑問は横に置いとくが……チェストボーンは? あいつは結局何だったんだ?」

 

「バイロン・チェストボーンね。今も執行部が捜査を続けてるけど、大まかな正体は明らかになっているわ。貴女もご存知の通り、死喰い人よ。」

 

「それは分かるけどよ、どうやって『オリジナルの逆転時計』を見つけたんだろうな?」

 

私たちには魅魔様の課題という『切っ掛け』があったが、チェストボーンにはそれすら無かったはずだ。怪訝に思っている私へと、アリスはベッド横の台に置いてあったリンゴを手に取って返答を寄越してきた。剥いてくれるらしい。

 

「先ず前提を話すわ。闇祓いが家宅捜索で押収した書類からするに、チェストボーンはリドルが死ぬ以前から逆転時計に関する研究をしていたようなの。具体的に言えば、指示を受けて研究を始めたのはホグワーツでの戦いが終わった少し後だったみたい。」

 

「……大分不利な状況だったもんな、死喰い人たちは。過去に戻って状況を改善することを目論んだわけか。」

 

「でしょうね。しかし魔法省やレミリアさんだってそんなことは予想していたから、あの頃は逆転時計を厳重に守っていたのよ。だからリドルは新たな逆転時計の製作をチェストボーンに命じたわけ。」

 

「でも、何でチェストボーンだったんだ?」

 

アリスがリンゴを……おいおい、こんな時まで人形を使うのか。リンゴを人形に剥かせているのを眺めながら尋ねてみれば、彼女はスラスラと答えを返してくる。闇祓いたちから詳細な報告を聞き取り済みらしい。

 

「チェストボーンが数少ない正体がバレていないスパイの一人であり、かつリドルに対して非常に忠実だったからよ。それは自宅に残されていた数々の証拠から窺い知ることが出来たわ。どうもチェストボーンと繋がっていたのはリドル本人とその腹心たるロジエール、そして幹部のマルシベール親子だけだったみたい。マルシベール親子は二度の戦争で戦死し、リドルとロジエールもヌルメンガードの戦いで死亡した結果、チェストボーンが死喰い人であることを知っている人物は誰も居なくなったわけね。」

 

「死喰い人の方もスパイ対策をしてたってことか。」

 

「そういうことよ。……多分、第一次戦争の頃は魔法省側の情報を流すのが仕事だったんでしょう。当時のチェストボーンはリセット部隊の隊長だったから、死喰い人に繋がる証拠の揉み消しなんかもしてたのかもね。情けない話だけど、あの頃の魔法省は本当にスパイだらけだったのよ。特に驚くようなことじゃないわ。」

 

「ん、それは授業で習ったぜ。んでもって第一次戦争が終結してもバレずに生き延びて、ヴォルデモートが復活してからまた接触し始めたってわけか。」

 

綺麗に切り分けられたリンゴを人形から受け取りつつ放った言葉に、アリスは同意してから説明を続けてきた。

 

「その辺は推測になるから断言できないけど、恐らくそんな流れだと思うわ。再びリドルと連絡を取り合えるようになったのはホグワーツの戦いの少し前だったみたいだから、第二次戦争では大した働きをしていなかったんでしょう。……だけど、故にチェストボーンは最後まで『主人に忠実な隠れ死喰い人』でいられたわけよ。だからこそリドルはチェストボーンに逆転時計についてを任せたんじゃないかしら?」

 

「……ひょっとして、ヴォルデモートは自分が死ぬ可能性も予測してたのか? だから自分の死後も疑いを持たれずに研究を続けられるチェストボーンを選んだとか?」

 

「分からないわ。だけどリドルがヌルメンガードの戦いの時点で、自分が一度『死ぬ』ことを計算に入れていたのは確かよ。結局その計画はダンブルドア先生とスネイプによって崩されちゃったわけだけど、リドルなら他にも策を打つくらいのことはしていたかもしれないわね。」

 

「芽吹くことを本気で期待していたのかはともかくとして、一応種を撒いておいたわけか。逆転時計って再起の種を。」

 

分霊箱のシステムといい、ヌルメンガードでの企みといい、つくづく周到なヤツだな。……しかし、そうなるとヴォルデモートもまたノーレッジとは違う考え方をしていたことになる。闇の帝王は『歴史は変化させられるものだ』と考えていたわけか。

 

あるいは、深く考えずにチェストボーンに命じたのかもしれんな。ヴォルデモートにとってのチェストボーンは使い捨てられる『駒』の一つに過ぎないから、とりあえずやらせるだけやらせてみたとか? 様々な可能性を頭に描いている私へと、アリスが続きを語ってきた。

 

「チェストボーンは主人の命令を遂行しようと必死に努力したみたいね。リドルが死んだという知らせを聞いた後も、逆転時計さえ完成すれば『やり直し』が可能だと考えていたんでしょう。自宅の隠し部屋からは膨大な量の逆転時計に関する資料が発見されたわ。」

 

「恐ろしい話だな。何だってヴォルデモートなんかにそこまで入れ込めるのかね。私にはちっとも分からんぜ。」

 

「私にも理解は出来ないけど、そういう死喰い人は少なくないわ。エバン・ロジエール、アントニン・ドロホフ、ベラトリックス・レストレンジ、バーテミウス・クラウチ・ジュニア、そしてバイロン・チェストボーン。違う考え方をして、違う忠義を貫こうとする人も居るのよ。私がリーゼ様を決して裏切らないように、貴女が魅魔さんを裏切らないように、リドルを裏切らない人間も確かに存在しているの。……自分と『違う』からといって思考を投げ出しちゃダメよ? レミリアさんは認めた上でそれを利用したし、ダンブルドア先生は理解しようとすることをやめなかった。きっとそれが賢いやり方なのよ。」

 

「……おう、覚えとく。」

 

アリスが必要とあらば人殺しを躊躇わないリーゼを慕うように、私が決して善良とは言えない性格の魅魔様を慕うように、ヴォルデモートを慕っていた人間も確かに存在しているわけだ。人間という生き物の複雑さを実感していると、アリスがチェストボーンの件へと話を戻してくる。

 

「とにかく、チェストボーンは逆転時計を自作しようと頑張っていたみたいなんだけど……まあ、専門家ではない彼には土台無理だったわけね。逆転時計は長年時間の研究をしている専門家が、『完成品』を参考にしてようやく作れるような魔道具よ。チェストボーンも研究を進めていくにつれてそれに気付いたんでしょう。おまけに彼は高齢だから、時計の完成よりも自分が老衰で死ぬ方が早いと判断したのかもしれないわ。」

 

「んで、完成品の逆転時計を使う方向にやり方を切り替えたわけか。」

 

「でも、それにしたって困難であることには変わりないわ。魔法省の逆転時計は今なお厳重に守られているし、その殆どが短時間しか遡行できない代物なの。……そこでチェストボーンは『これ』を探すことにしたのよ。恐らく逆転時計を研究する過程でこの本を見つけたんでしょうね。」

 

言いながらアリスが差し出してきたのは、ハードカバーの古ぼけた本だ。経年劣化で変色してボロボロになっている本を受け取って、彼女が開いたページを確認してみれば……むう、古英語か? 全く読めなくはないが、完璧に読むことも出来ないぞ。

 

「あーっと……うん、分からん。何て書いてあるんだ?」

 

「それは著者不明の時間遡行に関する学術本で、そのページではマーリンから直接聞いたらしい時間に関する話を考察しているわ。著者は魔術師マーリンの弟子か、あるいは彼が一時期ホグワーツで教鞭を執っていた頃に教えを受けた生徒なのかもね。……重要なのはこの部分よ。『バッカスの導きで酔い潰れる直前の老マーリンは私に教えてくれた。ホグワーツに時間を遡るための道具が隠されていることを。いつか訪れるかもしれない危機に備えて、邪悪な大魔女が使っていた始まりの逆転時計を偉大なる魔法の牙城に隠したことを。』と書いてあるわ。」

 

「……『酔い潰れる直前の老マーリン』?」

 

「まあその、この本を読む限りではお酒が入ると口が軽くなる人だったみたいね。マーリンが偉人であることは間違いないけど、同時に沢山の欠点や奇行も伝わっているから、これもその一つってことなんじゃないかしら?」

 

うーむ、どこか人間臭い『英雄』だな。完全無欠であるよりは親しみを持てるが、こういう形で迷惑を被った後だと何とも言えない気分になるぞ。微妙な表情になっている私へと、アリスは苦笑いで推理を口にした。

 

「これは闇祓いがチェストボーンの自宅の隠し部屋から押収した本の一冊で、さっきまで私も読んでいたんだけど、『マーリンから直接聞いた』って部分は中々真実味を感じる内容だったわ。チェストボーンはこの本を基に調査を始めたんじゃないかしら? 理事会に働きかけて教師としてホグワーツに潜入して、マーリンが隠した逆転時計を探し始めたってことね。」

 

「んー、先学期に赴任してきた段階で調査はスタートしてたのか。気が気じゃなかっただろうな。その時点ではまだリーゼが生徒だったわけだし。」

 

「リーゼ様もベアトリスの一件で怪しんではいたんだけどね。チェストボーンは人形じゃなくて、死喰い人だったわけよ。」

 

「そんでもって私たちよりも先に隠し部屋と砂時計を探し当てたはいいものの、起動できなくて四苦八苦してる間に私と咲夜がサインを追い始めたから、それに対処しようとしてああなったってことか。……チェストボーンもチェストボーンで大したヤツなのかもしれんな。あいつが見取り図に残したヒントがなけりゃ、私たちはサインに気付けなかったかもしれないぞ。」

 

あの見取り図に印を残すってところは間抜けだが、チェストボーンとしてもまさか他の誰かが逆転時計を探し始めるとは思っていなかったのだろう。最後のリンゴを頬張りながら言った私に、アリスは先程の本を示して返事をしてくる。

 

「『巡礼』についてはこの本にぼんやりと書かれていたわ。明確に書いてあるわけじゃないから簡単ではなかったはずだけど、一応チェストボーンの方にもヒントはあったわけよ。……創始者たちの四つのサインを巡ることで、一度だけ扉を見つけられる資格が得られるみたい。ペティグリューは惜しかったわね。彼はマーリンも予期していなかった方法で毎回資格を得ていたけど、毎回最後にそれを使っていたわけよ。仮に四つのサインの近くを通過した状態で扉に近付かずに引き返していれば、彼は人間の状態で地下通路の扉を見つけられていたはずだわ。」

 

「あー、やっぱそういうことなのか。一回巡れば何度も入れるわけじゃないんだな。……何にせよ、迷惑な話だぜ。千年前にマーリンが口を滑らせたのが原因じゃんか。」

 

「要するに、この状況はマーリンと魅魔さんの『合わせ技』ってことね。」

 

「……なあ、アリス。やっぱり魅魔様が『モルガナ』だったのかな? そこに関してはどう思う?」

 

マーリンが『邪悪な大魔女が使っていた逆転時計』と言って、魅魔様が『自分の逆転時計』だと主張しているのであれば……まあうん、そうである可能性が高いだろう。複雑な気持ちで送った問いかけに、アリスは悩みながら回答してきた。

 

「可能性は高いかもしれないけど、断定は出来ないわ。そこはリーゼ様が追及してくれることを期待しておきましょ。」

 

「……ま、今はとにかくリーゼが帰ってくるのを待つとするか。」

 

予想の部分が大きすぎてどうにもならんぜ。私が疲れた口調で問題を後回しにしたところで、カーテンの向こう側から足音が響いてくる。

 

「ポピーが帰ってきたみたいね。……それじゃ、私はもう一度闇祓い局に行ってくるわ。この本を返さないとだし、新しい報告が上がってるかもしれないから。」

 

「そういえば、あの砂時計はどうなったんだ? 破壊したのか?」

 

「まだよ。破壊すること自体はマクゴナガルも同意してくれたけど、壊すのは貴女の役目だから取っておいてあるわ。回復したら一緒に壊しに行きましょう。闇祓い局で話を聞いたらすぐに戻ってくるから、一度寝ておきなさい。」

 

「……そっか、分かった。休んでおく。」

 

白いカーテンの向こうに姿を消したアリスを見送ってから、彼女とポンフリーの微かな話し声を耳にしつつベッドの中で丸くなった。……未だ分からんことは多いが、今の会話でまた頭が疲れてしまったぞ。アリスの言う通り、一度休んで全快してから考えよう。

 

独特な匂いがする医務室のベッドの上で、霧雨魔理沙はそっと目を瞑るのだった。

 


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