Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……んじゃ、壊すぞ?」
再びサインを巡礼し直した後に訪れた、地下通路にあるマーリンの隠し部屋の中。背後の面々に一応の確認を飛ばした霧雨魔理沙は、巨大な砂時計に向けてミニ八卦炉を構えていた。お師匠様が作り出した過去に遡行するための強力な魔道具。それを破壊しようとしているところなのだ。
「いつでもいいわよ。やって頂戴。」
同室しているアリスの許可と咲夜の頷きを受けて、微かに唸っている八卦炉から光線を撃ち出す。私と砂時計の中間地点でちょうど良い具合に拡散したそれが、『オリジナルの逆転時計』の各所へと激突したかと思えば……呆気ないな。砂時計のガラス面が割れ、入っていたキラキラした星形の砂が散らばり、最後には穴だらけになった銀色の支柱も崩れてしまった。
全壊した砂時計を一瞥した後、ミニ八卦炉を停止させてからアリスと咲夜の方に振り返って肩を竦める。ここまで壊せばもう使用するのは不可能だろう。魅魔様の課題はこれにて達成というわけだ。
「おっし、任務完了だ。こんだけ壊れれば大丈夫だよな?」
「まあ、さすがに大丈夫でしょう。……咲夜、何か感じる?」
「んー……ちょっとスッキリしたかも。曖昧な感覚だから上手く説明できないけど。」
ふむ? アリスの推論も強ち間違っていないのかもしれないな。……昨日ずっと医務室で咲夜と話していたアリスは、一つの仮説を打ち立てたのだ。チェストボーンの『実験』やこの逆転時計が、咲夜の能力に長期的な影響を与えていたのではないかという仮説を。
咲夜曰く、四年生になった少し後くらいから睡眠時に勝手に時間が止まるようになっており、今年度に入ってからはその現象の頻度が減る代わりに首筋に悪寒が走るようになったらしい。ノーレッジには彼女が幻想郷に行く前に相談済みで、図書館の魔女は能力や身体の成長の所為ではないかと予想していたようだ。
しかし、話を聞いたアリスは別の説を主張した。睡眠時に勝手に時間が止まるようになったのはチェストボーンによる『不完全』な逆転時計の使用の悪影響で、悪寒については彼が砂時計を使おうとしたのを感知していたのではないか、という説を。
まあ、それなりに納得できる主張ではあるだろう。能力が勝手に発動し始めた時期はチェストボーンが研究を開始した時期と一致するし、彼が実験を重ねていたのはホグワーツから程近いホグズミードの自宅だ。徐々に頻度が減ってきたのは魅魔様の逆転時計に目を付けたからで、悪寒が走るのが増えたのはそれを起動しようと操作を繰り返していたからだと考えれば……うーむ、一応筋は通りそうだな。
脳内で思考を巡らせている私を他所に、咲夜がアリスに対して声をかける。ちょびっとだけ不安そうな表情でだ。
「……これで勝手に止まったりしなくなるかな?」
「とりあえずは経過を確認してみましょう。貴女の能力は謎が多いから、何に影響を受けるのかはさっぱり分からないわ。だけど貴女の誕生に逆転時計が深く関わっている以上、その逆転時計の影響を受けていたというのはそれなりに納得がいく話でしょう? 私の予想通りなら安定する……はずよ。多分ね。」
咲夜の肩をポンと叩いて元気付けたアリスは、操っている人形に床に落ちている砂を採取させながら続きを語った。
「チェストボーンの逆転時計が不安定な物だったから、変に時間が歪んで悪影響が出ていたんじゃないかしら? そしてこっちの砂時計は完全な物だったけど、今度は逆に強力すぎる所為で彼が起動させようとする度に感知していたのかもしれないわ。……とはいえ、全ては予想よ。パチュリーだったらもっと仮説を突き詰められるんでしょうけどね。時間という概念に詳しくない私には、根拠が希薄な予想を立てるのが精一杯なの。これで症状が治まることを祈るしかないわ。」
「でもよ、今回に関してはノーレッジよりもそれっぽい予想にたどり着けたじゃんか。大したもんだぜ。」
「それは思考の材料がパチュリーよりも多かったからよ。チェストボーンの実験や砂時計の存在を知らないパチュリーが、『咲夜の成長によるもの』という結論にたどり着くのは妥当だわ。仮に彼女が私と同じ判断材料を持っていたら、私よりもずっと早く、もっと深い部分までたどり着けていたでしょうね。」
「高評価だな。」
ミニ八卦炉をポケットに仕舞いながら言ってやれば、アリスはクスリと微笑んで首肯してくる。
「貴女の師が魅魔さんであるように、私の師はパチュリーなのよ。図書館の魔女は私の目標なんだから、『偉大な魔女』であってもらわなくちゃ困るの。……さあ、行きましょうか。昨日リーゼ様から『答え』を聞いたし、パチュリーへのお土産は採取したし、砂時計の破壊も終わった。これにて今回の事件は終了よ。」
ううむ、気持ちは分かるな。私は魅魔様に追いつきたいが、同時にずっと背を追える目標であって欲しいとも思っているのだ。アリスもノーレッジに対して同じ気持ちを抱いているということか。私たちを促してきたアリスに従って、マーリンの隠し部屋を後にすると……おや、マクゴナガルだ。地下通路で校長閣下が待っていた。
「終わりましたか。」
「ええ、逆転時計は破壊したわ。……良かったのよね?」
「勿論ですとも。チェストボーンがやろうとしていたことを知った今、時間遡行の危険性を改めて実感しました。いくらマーリンの願いだとしても、現校長としてあんな物をホグワーツに残しておくわけにはいきません。これで良かったんです。」
「そうね、私もそれが正解だと思うわ。」
アリスと会話していたマクゴナガルは、次に私たちに視線を送りながら口を開く。
「ご苦労様でした、マリサ、サクヤ。私は全てを把握できているわけではありませんが、貴女たちが大きな仕事を成し遂げたことは理解しています。……しかし残念なことに、執行部は今回の一件を公表しないことに決定しました。チェストボーンの野望を止めた貴女たちにマーリン勲章が贈られることはなさそうです。」
「公表しない? どうしてなんだ?」
「チェストボーンの計画を広く知らしめてしまえば、彼の後に続こうとする者が現れないとも限りません。ヴォルデモートの支持者が世間に隠れ潜んでいる可能性はまだまだありますからね。そういったリスクを鑑みて、スクリムジョール部長は報道規制を敷くことを決めたようです。」
「なるほどな、模倣犯が現れるのを防ぐためか。」
納得っちゃ納得の理由だな。広めたところで別段メリットが無いのであれば、念には念を入れるべきだろう。申し訳なさそうに伝えてくるマクゴナガルへと、一度咲夜と顔を見合わせた後に了承を返す。
「まあなんだ、マーリン勲章は別にいらんぜ。そもそもマーリンの行動が巡り巡って今回の件に繋がったわけなんだから、そのマーリンの名前が使われてる勲章を貰っても──」
「正直、そんなに嬉しくないですから。スクリムジョール部長がそう決めたのであれば、私たちも黙っておきます。……それより変身術の授業はどうなるんですか? つまりその、教師が居なくなっちゃったわけですけど。」
リーゼを通じてマーリンがどんなヤツだったのかを知っちゃったから、今となってはあの勲章にそこまでの魅力は感じないぞ。魅魔様を出し抜いたのは大したもんだと思うが、そうなると相応の性格をしていたんだろうし。私の台詞の後半を引き継いだ咲夜の問いに、マクゴナガルは苦笑しながら応答してきた。
「残りの三ヶ月間は私が受け持つことになります。校長職にも大分慣れてきましたし、それくらいの期間であれば可能でしょう。」
「安心しました。やっと『まとも』な変身術の授業が受けられます。マクゴナガル先生の授業が一番の『報酬』ってことになりそうですね。」
疲れたような微笑で放たれた咲夜の言葉を受けて、マクゴナガルは優しげな笑みで応じてくる。
「では、その期待に応えられるような授業にしなければいけませんね。……先程も言ったように公表することは出来ませんが、貴女たちの活躍を知る者は少数ながら存在しています。私もまたその中の一人です。よく頑張りましたね、二人とも。グリフィンドールにそれぞれ百五十点を加点しておきましょう。」
私たちにそう言うと、マクゴナガルはアリスに向き直って報告を口にした。
「それと、マーガトロイドさんが懸念していたチェストボーンの末路についても闇祓い局が洗い出しましたよ。……闇祓い局は、過去に遡行したチェストボーンの死体は『身元不明の死喰い人』として処理されたものの一体であると結論付けたようです。そしてどうやら、その報告書を作成したのは当時リセット部隊に所属していたチェストボーン本人だったようですね。」
「なんとまあ、皮肉な話ね。チェストボーンは気付かぬうちに未来の自分の死体を処理してたってこと?」
「元リセット部隊の隊員らの証言も合わせて再確認したところ、身元の特定作業が随分と甘かったようでして。恐らく死喰い人の情報を制限するために、スパイであった過去のチェストボーンが意図的にそうしたのでしょう。……業が深い話ですね。その所為で自身の遡行は闇に葬られたわけですから。遺体の魔力反応なんかをきちんと精査しておけば、違和感に気付けたかもしれません。サクヤが杖を奪って持ち帰ってきたというのも良い方向に働いたようです。」
「現役時代のチェストボーンは一つだけ大きな仕事をしたようね。遡行してきた未来の自分の死体を身元不明として雑に処理することで、遡行の影響を最小限に留めたってわけよ。敵ながら哀れに思えてくるわ。」
これもまた時間遡行が生んだ一つの悲劇か。因果は巡るってわけだ。チェストボーンの末路を聞いて何とも言えない顔になっていると、マクゴナガルが弱々しい笑顔で話を先に進める。
「とにかく、チェストボーンを教員として採用したのは間違いなく失敗でしたね。……こうなってくると、採用システムそのものを見直す必要があるのかもしれません。今後は魔法省の調査を通すようにすべきでしょうか?」
「んー、難しいわね。例えば今回の一件は魔法省だって事前に察知するのは難しかったはずだし、教員を校長が独断で採用できるというのはホグワーツにおける一つの大きなメリットでもあるわけでしょう? トレローニーを保護したり、狼人間であるルーピンを雇ったり、急にパチュリーを代理の校長に任命できたのはホグワーツに確固たる自治権があったからよ。それらの行動が失敗だったとは思えないわ。……今回はまあ、理事会に意見を押し通されちゃったのが失敗だったのかもね。あくまで結果論だけど。」
「しかしホグワーツが自治権を保つために自力で運営するには、理事会の協力が不可欠です。魔法省からの金銭的な援助や政治的な助力を受け入れてしまえば、実質的に魔法省の一機関になってしまいますから。……そういった部分も改めて考えなければいけませんね。私にはアルバスほどの名声も権威も実力もありません。この学校の独立自治を守るために、新たなやり方を考案しなければならないようです。今回の件を通してそのことを痛感しました。」
むう、校長職ってのも大変だな。言わばマクゴナガルはホグワーツという小さな国の君主なのか。今の魔法省は信頼に値するかもしれないが、未来の魔法省がどうなるかは誰にも分からない。いざという時にホグワーツを守れるように、自治権を保持し続ける必要があるのだろう。ここは政治に左右されてはいけない、小さな魔法使いたちの学び舎なのだから。
力なく笑うマクゴナガルに対して、アリスが穏やかな口調で語りかけた。『先達』としての顔付きだ。
「大丈夫よ、マクゴナガル。きっと貴女の教えを受けた卒業生たちが手助けしてくれるわ。一人で立ち向かおうとせずに、周囲を頼ってみなさい。それがホグワーツの強さの秘訣なんだから。」
「……そうですね、その通りです。アルバスから学んだ最も重要な教えを失念していました。もっと周囲を頼ってみることにします。」
ホグワーツの強さの秘訣か。……うん、正しくその通りだな。築き上げた絆こそがこの城の最大の強さなのだ。どんな闇の魔法使いたちも、ヴォルデモートも、そしてリーゼから聞いた話によれば『過去の魅魔様』でさえも、それだけは打ち崩すことが出来なかったのだから。
頷き合うアリスとマクゴナガルを見ながら、霧雨魔理沙はホグワーツが目指す強さの形をしっかりと認識するのだった。
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「なら、大丈夫なのね? 練習が出来なくなるとか、試合に出られないとか、そういうのは無いって思っていいのね?」
魔理沙へと勢い込んで問い質しているジニーを横目に、サクヤ・ヴェイユは変身術の教科書をパラパラと捲っていた。グリフィンドールチームの司令官どのとしては、何よりも先ず魔理沙が最終戦に出場できるのかを知りたいらしい。狂気を感じるな。他に聞くべきことが沢山あるだろうに。
逆転時計に関する事件が終了し、心配性のマダム・ポンフリーから日常への帰還を許可された後、地下の隠し部屋で砂時計を破壊した私たちは夕刻の談話室に戻ってきたのだ。ホグワーツにしては珍しいことに、今回の騒動は生徒の間で噂として広まっていないようなのだが……さすがにジニーは私たちが医務室に運び込まれたことを知っていたようで、こうして魔理沙を質問攻めにしているわけである。まあ、チェストボーンの『退職』が知れ渡れば即座に噂が広がり始めるだろうけど。
「だから大丈夫だって。練習にも試合にも出られるぜ。ピンピンしてるからな。」
「そう? それなら問題ないわ。……本当に心配したわよ。貴女が死んだら六人で試合をする羽目になるんだもの。クィディッチのルール上、ゴーストは試合に参加できないしね。」
「私が死んだ場合、もっと他に考えることがあって欲しかったんだけどな。」
無茶苦茶な会話だな。ゴーストにしてでも参加させる気だったところが先ずイカれているし、そんなルールをきちんと定めているクィディッチ協会だっておかしいぞ。クィディッチプレーヤーってのはどういう思考回路をしているんだ?
本格的に歴代キャプテンの『妄執』が取り憑き始めたらしいジニーは、呆れたような顔付きの魔理沙の尤もすぎる抗議を受けて、ふんすと鼻を鳴らしてから応答を繰り出した。
「多少頭がおかしくなってる自覚はあるわよ。だけどね、もうそんなことを気にしていられないの。イモリ試験と学内リーグで『勝利』を収める。そのためだったら何だってやってやるわ。……私は優勝チームのキャプテンとして予言者新聞社に入社するのよ。悪魔と取り引きしてでもね。」
「分かった分かった、お前がリーゼと取り引きしないで済むように頑張るぜ。とにかく私は大丈夫だ。明日の練習にも普通に参加できるから。」
「なら結構よ。……パスカルはどこ? 今日中にあのバカにフォーメーションを叩き込まないといけないわ。それが終わってからじゃないと私は魔法史の勉強に入れないのよ。」
自覚があるというのが一番危険なのかもしれないな。鬼気迫る表情でソーンヒルを探しに行ったジニーを見送って、魔理沙と顔を見合わせて苦笑する。
「早くも日常に帰還したって感じね。」
「だな、まだまだ忙しいってのを実感するぜ。……しかしよ、複雑な事件だったな。未だに半分も理解できてない気がするぞ。」
「私だってそうよ。あんなの理解し切れないわ。……そういえば、パチュリー様の仮説って結局正しかったんだと思う? 全部の変化を最初から内包してるから、結果的に時間は変化しないって説。」
「どうだろうな。リーゼによれば魅魔様は『過去の自分』を殺したらしいし、その辺がノーレッジの仮説と致命的に反してるように思えるぜ。思考がごちゃごちゃしてて上手く説明は出来ないけどよ。」
うーん? 確かに矛盾しちゃうな。魅魔さんは過去に戻って過去の自分を殺した後、その時点からまた一人の魅魔さんとして存在しているってことだ。その場合、遡行する前の魅魔さんが居た未来はどうなっちゃうんだろう?
少しだけ考えてから、同じように頭を悩ませているらしい魔理沙と視線を合わせて……同時に肩を竦めて思考をぶん投げた。未熟な今の私たちに分かるのはただ一つ。『分からない』ということだけだ。
「深く考えるのはやめましょう。今回の件は貴女が立派な魔女になった後、もっと知識を蓄えてから解明して頂戴。私は答えを聞くのを楽しみに待っておくから。」
「今はまだ無理だって点には同意するけどよ、長い楽しみになると思うぜ。その時までちゃんと生きてろよな。」
「最悪、未来から戻ってきて伝えてくれればいいわよ。その程度だったら変な歪みは生じないでしょうし、それが出来るくらいの魔女になれることを期待しておくわ。」
「まあ、ノーレッジあたりが先に解明しちゃいそうだけどな。……『時間』か。面白いテーマだぜ。」
真紅のソファに背を預けながら呟いた魔理沙に、かっくり首を傾げて疑問を放つ。
「『主題』にする?」
「そこまでじゃないんだけどよ、研究してみたいとは思うかな。……あー、難しいぜ。興味があちこちにありすぎて主題なんぞ定められん。そろそろ決めないとってずっと思ってるんだが、どうにも一つに絞れないんだよ。」
「生を懸けて追うほどの望みなんだから、簡単に定まらないのは当たり前のことでしょ。……そもそも無いとダメなの? 主題って。」
「そりゃお前、目的は必要だろ。魔女ってのはそういう生き物なんだから。」
至極当然とばかりに言ってくる魔理沙へと、むむむと悩みながら反論を返す。よく分からないのだ、そこが。
「でも、例えばアリスが自律人形を完成させたとして、目標を達成しちゃった彼女がいきなり魔女じゃなくなるわけじゃないでしょ? マーリンみたいに満足して人間に戻るのも一つの道だけど、そうじゃないケースもあるはずよ。また別の主題を定めるってことなの?」
「それは……んん? 分からんな。どうなんだろ。」
「形式に囚われすぎてるんじゃない? 知りたいことを是が非でも知ろうとしたり、作りたい物を意地でも作ろうとするのが魔女であって、主題があるから魔女ってわけではないんだと思うわよ。そりゃあ本物の魔女にとって主題が大切って部分は確かなんでしょうけど、在り方と目標は違うんじゃないかしら。」
「……主題無しでもいいって言いたいのか?」
納得がいかないような顔付きで問いかけてきた魔理沙に、首を横に振りながら返答を投げた。そういうわけじゃないぞ。
「そうじゃなくて、『主題は魔女の生において絶対に一つだけ』ってわけじゃないのかもって話よ。……パチュリー様なんて正にそうじゃないの。彼女の場合、要するに『知識』が主題なわけでしょ? 『何もかもを既知にしたい』っていう目標を、『本』という手段で追求してるわけね。パチュリー様は特定の一つを追ってるんじゃなくて、この世の全てを追ってるの。それがオーケーなら何だってありだと思うけど。」
「んー……まあ、言わんとすることは分かったぜ。でもよ、気紛れに主題を変えまくるってのもカッコ悪い気がしないか? 一貫性が無くて情けないし、『研究者』っぽくないぞ。」
「魅魔さんの弟子なら、『気紛れな魔女』ってのも似合いそうな気がするけどね。……貴女は結局魔女になって何をしたいのよ。」
「何をしたいっていうか、魔女になりたいんだよ。それが私の今の目標なんだ。魔女になって何をするかを考えたことは……まあその、正直言ってあんまりないぜ。」
困ったように苦笑する魔理沙へと、肩を竦めて結論を送る。だったらもう決まっているじゃないか。
「じゃあ、少なくとも今の貴女は『魔女の魔女』よ。魔女が主題ってことなんでしょ。」
「おいおい、滅茶苦茶じゃんか。語呂も悪いし、何か間抜けだぞ。」
「仕方がないでしょう? 実際のところ貴女の目標は魔女で、叶えたい願いも『魔女になること』なんだから。……ベアトリスとは正反対になったわね。魔女として生まれて人間を目指した魔女と、人間として生まれて魔女を目指す人間。皮肉な話だわ。」
「……んんん、腑に落ちないぜ。『魔女の魔女』なんておかしいだろ。ベアトリスと対極の位置にあるってのも何か嫌だぞ。」
私が見た限りでは、魔理沙は非常に『人間らしい人間』だ。その彼女が『魔女』を主題にするというのは皮肉を感じて面白いし、人間とはかけ離れた価値観を持つベアトリスの対極に位置するって点にも……うん、そこまで大きな違和感はないぞ。
不服そうな表情の魔理沙に対して、適当な相槌を打ってから教科書に向き直った。
「嫌なら頑張って他の主題を決めなさい。私から見た貴女は『魔女の魔女』……っていうか、『魔女を目指す魔女見習い』よ。」
「そのまんまじゃんか。」
「いいじゃない、分かり易くて。分かり易い性格と、分かり易い目標と、分かり易い呼び名。何とも貴女らしいと思うけど?」
「……ちょっとバカにしてないか? お前。」
ジト目の魔理沙にクスクス微笑みつつ、変身術の教科書に目を落とす。褒めているんだぞ、私は。分かり易いのが魔理沙の良いところなのだ。どこまでも複雑で分かり難い魔女を、どこまでも一途に分かり易く追い求める。諧謔があってぴったりの主題じゃないか。
さて、お喋りの後は勉強の時間だ。マクゴナガル先生の授業になれば一気に進みが早くなるだろうし、今のうちから予習しておかなければ。六年生にだって期末試験はあるんだから、正式なバートリ家の従者になった以上は頑張らないといけないぞ。
未だに懊悩している魔理沙を横目にしながら、サクヤ・ヴェイユは教科書に集中し始めるのだった。