Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ちいさな善行

 

 

「それでさ、リリーに似合うと思って買ったんだが……どう思う? ピックトゥース。」

 

フランドール・スカーレットは、友人のノロケ話をイライラした気分で聞いていた。何度同じ話をすれば気が済むんだ、こいつは!

 

「だから、似合うって言ってるでしょ! 次に同じ質問をしたらぶっ飛ばすよ、プロングス。」

 

ホグワーツの空き部屋には、他にもコゼット、シリウス、リーマス、ピーターといういつものメンバーが居るが、誰一人としてジェームズに関わろうとはしない。彼の『病気』は今に始まったことではないのだ。

 

七年生が始まった頃に付き合い始めたジェームズとリリーだったが、微笑ましかったのは最初のうちだけだった。いもり試験も近付いた今となっては、もはや勉強の邪魔者でしかなくなっている。

 

試験を受けないフランが対応しているわけだが……フランの我慢にだって限界があるのだ。次にふざけた質問をしたら、本当に殴ってやるからな。

 

「なんだよ、ちょっと聞いただけだろ? しかし……うーん、リリーは赤毛だからな。どうだろう? ちょっと派手すぎたか? どう思、ぐぅっ……。」

 

脇腹を殴ってやった。当然フランを責める者などいない。シリウスはよくやったとばかりに親指を立てているし、リーマスも拍手をしている。ピーターでさえコクコク頷いているのだ。

 

「なっ、なにするんだよ!」

 

「『リリー病』を治してあげたんだよ。いいからプロングスも勉強するの! 成績が悪かったら、騎士団には入れてもらえないんだよ!」

 

一応はそういう約束になっている。あまりにしつこいジェームズたちに、ヴェイユ先生やマクゴナガル先生もとうとう折れたらしい。いもり試験で実力を証明すれば騎士団の見習いとして活動できるようだ。

 

「それは……そうだな。分かったよ、勉強するから手を下ろしてくれ。」

 

「ふんっ。」

 

脅しのためのファイティングポーズを解いて、コゼットのほうに歩いていく。ジェームズに構うのは時間の無駄なのだ。どうせ十分もすればまた病気が再発するのだから。

 

コゼットの隣に座って見ている本を覗き込んでみれば……魔法史の勉強をしているらしい。うんうん唸っている彼女だったが、フランが近くにいると気付いて声をかけてくる。

 

「ねぇ、フラン? ヌルメンガードの建設時期っていつだっけ? 教科書に載ってないのよ。」

 

「二十世紀初頭だよ。詳しい時期は不明だって、ユーレイ先生が言ってたもん。」

 

本当は正確な時期を知っているが、あのゲームのことは内緒だとリーゼお姉様と約束している。懐かしいなぁ……グリンデルバルドは今もそこで繋がれているのだろうか?

 

「あー、だから正確な日にちが書いてなかったんだ……ねえ、フランもいもり試験を受けてみれば? 成績のいい教科も多いじゃない。」

 

「フランはいいや。めんどくさいし。」

 

「羨ましいなぁ、もう。」

 

疲れたように微笑むコゼットは、あまりジェームズに文句を言わない。なんたって自分もボーイフレンドが出来たからだ。本人は隠している様子だったが、レイブンクローの監督生をしているアレックスに違いない。アイツにだけヴェイユ先生の当たりが強いのだ。

 

ふくろう試験じゃ、十二科目合格とかいう意味不明な成績を収めた秀才だ。どうやってそんなに授業を受けているのだろうか? どう計算しても時間が足りないと思うのだが……。

 

「アレックスと一緒に勉強しなくていいの?」

 

「なっ、彼は関係ないよ! その……あんまり二人でいると、お母さんが、ね?」

 

どうやらヴェイユ先生は娘に集る悪い虫を許せないらしい。いいぞ。フランも応援している。

 

そんなピンク色の七年生だが、フランには未だにそういう関係が理解しきれない。なんというか……複雑すぎるのだ。コゼットとリリーの二人がかりの解説も、残念ながら効果がなかった。

 

「と、とにかく! 今は勉強するの!」

 

ちょっと赤くなったコゼットが慌てて本に向き直る。……なんだかモヤモヤするな。今度アレックスを見たら泥団子をぶん投げてやろう。

 

しかし……ヒマだ。勉強なんて好んでやりたくはないし、邪魔するのも心苦しい。またピーブスでもからかって遊んでこようかな?

 

フランが遊びに行こうかと考えていると、ドアが開いてリリーがひょっこり顔を出した。……ジェームズが途端に髪型をクシャクシャにし出す。あれがカッコいい髪型だと信じて疑わないのだ。控えめに言ってバカみたいだが、本人に何を言っても効果はない。

 

リリーはジェームズを引きつった目で見た後、彼を見てオエッとしているシリウスを無視して全員に話しかけてきた。

 

「こんにちは、みんな。えーっと……ちょっとスラグホーン先生に手伝いを頼まれちゃって、応援を要請しに来たんだけど……勉強中みたいね、他を当たるわ。」

 

「リリー、僕に任せて、ぐっ……。ピックトゥース、僕の脛に何か恨みでもあるのか?」

 

元気よく立ち上がったジェームズの脛を蹴っ飛ばして、腰に手を当てて睨みつける。

 

「あんたは勉強するんでしょうが! お手伝いはフランが行くよ。どうせヒマだったんだもん。」

 

なおも食い下がろうとするジェームズをリーマスとシリウスが押さえつけているのを尻目に、リリーの手を取って部屋を出る。

 

「ほら、行こう、リリー。」

 

「うん。じゃあね、みんな。」

 

リリーですらジェームズを気にも留めていない。どうやら病気にかかっているのは片方だけらしい。

 

地下の薬品庫に向かって歩いていると、リリーが苦笑しながら話しかけてきた。

 

「ありがとね、フラン。それと……ごめんね? ジェームズが色々うるさいでしょ?」

 

「リリーのせいじゃないよ。まあ……確かに、プレゼントの相談を百回はされてるけど。あれはちょっと鬱陶しいかなぁ。」

 

「あはは……今度ジェームズにキツく言っておくから。」

 

お陰でフランはホグズミードに売っているアクセサリーに関して、めちゃくちゃ詳しくなってしまったのだ。行ったこともない店に詳しくなって一体何の役に立つのやら。

 

リリーは苦笑を納めた後、指を唇に当てて何かを考え始めた。

 

「うーん……私もジェームズに何かプレゼントした方がいいのかな? 貰ってばっかりだよ。」

 

「ほっぺにチューでもしてあげれば? プロングスなら、きっとガリオン金貨の山より喜ぶよ。」

 

「フランはおませさんだなぁ。」

 

むむ。コゼットといい、リリーといい、同学年の女の子はやたらとフランを子供扱いしてくる。低学年の頃はそんなことなかったのに、なんだってこんなことになったんだろう?

 

「フランはリリーよりもお姉さんだよ?」

 

「えへへ、そうだねぇ。」

 

リリーは言葉とは裏腹にフランの頭を撫でてきた。むうぅ、全然分かってないな。更に訂正を加えようと口を開いたところで、前からスネイプが歩いてくるのが見えてきた。

 

「おー、スネイプだ。」

 

「へ? わっ、フラン、違う道を行こう。」

 

慌てて道を変えようとするリリーだったが、その前にスネイプがこちらに気付いてしまった。向こうも気まずそうな顔をしている。二人は仲が良かったと思ったのだが、喧嘩でもしたのだろうか?

 

とはいえ反転して歩き出すのは不自然に過ぎると思ったのだろう。スネイプは気まずそうな顔のまま、すれ違う時に声をかけてきた。

 

「やあ、スカーレット。それと……リリーも。」

 

「やっほー、スネイプ。」

 

「……久し振りね、セブ。」

 

微妙な沈黙だ。フランを挟んでお互いに目を合わさないようにしている。ぬぅ……どういう状況なんだ、これは。打開のためにフランから口を開いた。

 

「えっと、喧嘩?」

 

途端に二人が居心地悪そうにモジモジしだした。ええい、煮え切らない二人だ。

 

「むー、仲直りしないの?」

 

「私からはしないわ。セブが私のことを……その、あの言葉で呼んだのが悪いのよ。」

 

「あの言葉?」

 

「だから……穢れた血って。」

 

何だって? スネイプを睨みつけてやると、慌てて目を逸らされた。友達に向かってなんてことを言うんだ、こいつは。

 

「スネイプ? ごめんなさいしないとダメだよ! それってとっても酷い言葉なんだから!」

 

「いや、スカーレット、色々と訳があるんだよ。」

 

「スネイプ?」

 

フランのグーが出るぞ。握った手を振り上げて威嚇してやると、スネイプは顔を引きつらせた後、一度俯いてから本気で後悔している様子でリリーに声をかけた。

 

「リリー、その……すまなかった。もちろん本気じゃなかったんだ。ただ、色々と思うことがあって、それで……本当にすまなかった。」

 

リリーにも本気で後悔しているのが伝わったのか、それとも彼女も早く仲直りしたかったのかもしれない。彼女はちょっとだけ笑顔になって口を開く。

 

「うん……許してあげる。もうあんな言葉使っちゃダメだよ?」

 

「ああ、約束する。」

 

二人は微笑んで頷き合った。おお、フランは仲直りを成功させることが出来たらしい。嬉しくなって翼をパタパタさせてると、ちょっと明るくなったスネイプがこちらに声をかけてきた。

 

「スカーレットも、その、ありがとう。君にはいつも助けられてばかりだね。」

 

「ふふん、いつか返してよね、スネイプ。」

 

「分かった、いつか返すよ。……それじゃあね、リリー、スカーレット。」

 

先程よりも軽い足取りで、スネイプの姿が遠ざかって行く。リリーも笑顔になっているし、よかったよかった。

 

リリーと共にホグワーツの廊下を歩きながら、フランドール・スカーレットはまた良いことをしてしまったと、心の中で自分を褒めるのだった。

 

 

─────

 

 

「ああああ、もう! 本、本、本! このままだと紅魔館が埋まっちゃうわ!」

 

紅魔館にくっついた自分の図書館で本を読みながら、パチュリー・ノーレッジは館の主人の上げる悲鳴を聞いていた。

 

ふむ、無視しよう。大体、館が本で埋まったとしたら、それは幸せなことのはずだ。私の図書館魔法に感謝して欲しいくらいである。

 

「あの、いいんですか? レミリアさんが激怒してますけど。」

 

「こあ、覚えておきなさい。問題というのは常に後回しにすべきなのよ。」

 

「えぇ……。」

 

意味が分からないという様子の小悪魔を無視して、再び自分の世界に……入れなさそうだ。レミィの足音が図書館に近づいてくる。

 

図書館のドアを勢いよく開け放ったレミィは、そのままの勢いで私に怒鳴りつけてきた。

 

「おいこら、紫なめこ! 私のカッコいい館が本まみれになっちゃってるじゃないの! どういうことよ!」

 

「仕方がないでしょう? 図書館の体積は有限なの。余った本は外に置くしかないのよ。」

 

「捨てなさいよ! あんたみたいのがゴミ屋敷を作り出すのね。まさか身を以て理解するとは思わなかったわ。」

 

「ムーンホールドじゃあ空き部屋に置けてたんだけど……ひょっとして、紅魔館って狭いのかしら?」

 

私がそう言うと、レミィの顔色が真っ赤に染まる。彼女はたとえ建物一つでもリーゼに劣るのは嫌なのだ。……もちろんリーゼの方も同様である。

 

「そんなわけないでしょ! 紅魔館は広すぎて困っちゃうくらいなのよ? あんな古臭い屋敷なんて小屋みたいなもんよ! 小屋!」

 

「じゃあ問題ないわけね。」

 

「そっ、そういう問題じゃないのよ。あー……そう、品格の問題なの! そこら中に本が散らばっている館なんて、格好がつかないでしょう?」

 

「最高の館だと思うわ。死ぬにはいい場所ね。」

 

願わくば死ぬ時は本に囲まれて死にたいものだ。……地獄にはちゃんと本があるのだろうか? むむ、心配になってきた。今度調べておく必要がありそうだ。

 

「そんなのあんただけでしょうが! ……埒があかないわ。小悪魔、貴女はどう思うかしら? 私に賛成よね? 賛成だと言いなさい?」

 

「ひっ……その、えっと、黙秘! 黙秘します!」

 

レミィに猫撫で声で脅しをかけられた小悪魔は、私と彼女を見比べた後、言いながら本棚の陰に隠れてしまった。相変わらずのダメダメっぷりだ。

 

「ええい、それなら美鈴! めーりん! めーりーん!」

 

今度は大声で美鈴召喚の術を使い出す。無視して本を読んでいると、やがて慌ただしい足音と共に土まみれの美鈴が図書館に入ってきた。おいおい、なんて格好をしてるんだ。慌てて注意をするために声を投げかける。

 

「ちょっと、本に土でもつけてみなさい、足先から腐っていく呪いをかけるわよ?」

 

「ちょ、呼ばれて来たんですけど。酷くないですか? この扱い。」

 

「こあ、あれを近寄らせないように。」

 

「いやぁ、私もちょっと酷いと思いますけど……。」

 

抗議してくる二人だが、本は命よりも重いのだ。それが私の図書館の法である。破れば死刑だと決めているのだ。

 

「また庭いじりをしてたの? ……そんなことより、貴女はどう思うかしら? 本だらけの紅魔館なんて嫌でしょう?」

 

ビシりと指差して問いかけるレミィだったが、美鈴はよく状況を理解していないようだ。首を傾げながら適当そうに返事を返す。

 

「あー、よくわかんないですけど、どうでもいいです。……それじゃ、庭に戻ってもいいですかね?」

 

「……貴女に図書館の増設作業を命じてもいいのだけど?」

 

「お嬢様に同意します! 要らないものはきちんと捨てる! これは大事なことですよ、パチュリーさん!」

 

レミィの言葉を聞いた美鈴は、途端に元気よく彼女の味方をし始めた。そんなに増設作業が嫌なのか。しかし、マズいな。小悪魔が棄権票を投じた以上、このままでは二対一だ。

 

状況をなんとか打開すべく、ゆっくりと口を開く。困った時は強硬手段に限る。

 

「本を捨てたら呪うわよ? ほら、これなんかどうかしら? 足の裏が痒くて堪らなくなる呪い。」

 

「おっ、脅しには屈しないわ! 大体、そういう陰湿なことを言ってるから、いつまでもジメジメした雰囲気が治らないのよ!」

 

「あら、こっちの方がお好み? 額から指が生えてくるんですって。興味深いわね……試してみようかしら?」

 

「なんて恐ろしい女なの! 行きなさい、美鈴! あの紫もやしに分からせてやるのよ!」

 

「嫌です、怖いです。」

 

賢い美鈴は撤退を選択したようで、ジリジリと出口の方へと下がっていく。それに怒り出すレミィを眺めながら、脳内では確かにそろそろ解決策を考えるべきだと結論を出した。

 

紅魔館の品格とやらはどうでもいいが、本は本棚にしまうのが一番美しいのだ。

 

頭の中でいくつかの魔法を候補に出しながら、パチュリー・ノーレッジはとりあえず友人をからかうために、ニヤリと笑いながら再び口を開くのだった。

 


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