Game of Vampire   作:のみみず@白月

490 / 566
ファーストワード

 

 

「ほら、この前約束した肉と菓子だ。それとこっちは上物の茶葉だよ。また神札が必要になったからこれと交換してくれ。」

 

拡大魔法がかかった袋に入れてきた荷物を博麗神社の縁側に広げつつ、アンネリーゼ・バートリは満面の笑みになっている紅白巫女に説明を投げかけていた。大量の手土産にご満悦らしい。いつもは捉え所がないのに、こういう時だけは分かり易いヤツだな。

 

四月上旬の今日、私は桜が半開になっている博麗神社を訪れているのだ。当然ながら暢気に花見をするために訪問したわけではなく、主たる目的は約束の履行と神札の補充である。前に茶が好きだと言っていたので紅茶の茶葉を持ってきてみたわけだが……うーむ、予想以上に喜んでいるな。別に日本の茶じゃなくてもいいわけか。

 

私が持ってきた荷物を次々と開封している巫女は、缶の中の茶葉の匂いを嗅ぎながら大満足の様子で首肯を返してきた。

 

「んー、いい香りね。神前にお供えしてから飲むことにするわ。……いいでしょう、札と交換してあげる。持ってくるからそこで待ってなさい。」

 

「はいはい、待たせてもらうよ。」

 

奥に引っ込んでいった巫女を見送った後、庭の隅に居る黒猫に小石を投げつけて暇を潰していると、哀れな黒猫が鳴き声を上げながら逃走を図ったところで神札の束を持った巫女が戻ってくる。その顔に浮かんでいるのは呆れ果てた表情だ。

 

「何してんのよ。あんた、猫が嫌いなの?」

 

「猫は嫌いでも好きでもないよ。キミはあれが何なのかに気付いていないのかい?」

 

「猫又か何かでしょ? それは分かってるけど、苛めるのはやめなさいよね。あの猫はネズミとかを追っ払ってくれるんだから。」

 

「ま、単に暇を潰していただけさ。そもそも当てるつもりはなかったよ。……札はこの中に入れてくれ。」

 

神力を抑えるための封印がかかっている布袋を差し出してやれば、巫女はそこに札の束を仕舞いながら意味が分からんという顔付きで質問を寄越してきた。

 

「対価を貰ってるから私は一向に構わないんだけど、あんたは一体何にお札を使ってるの? 合計すると結構な枚数を渡してるわよね?」

 

「ちょっとした取り引きに使っているんだよ。」

 

「渡してる枚数からして、全然ちょっとしてないと思うんだけど。」

 

「……こっちとしても、まさかここまで大量に使うことになるとは思っていなかったんだ。忌々しい限りだよ。絶対に無駄遣いしているぞ、あいつら。」

 

守矢神社の三バカめ。何度も何度も注意を重ねているのにも拘らず、むしろ消費枚数が増加している気がするぞ。そこまで頻繁に実体化する必要があるとは到底思えんし、どうせ無駄な遊びにでも使っているのだろう。今度会った時にガツンと言ってやらねばなるまい。

 

……というか、このままで大丈夫なんだろうか? いつの間にか利用する割合より、利用される割合の方が大きくなっていないか? 何かこういう寓話があったな。成果を望んで財産を注ぎ込んだ挙句、全てを失って後悔するやつだ。あの話の主人公も私と同じように、『今やめたらこれまでの投資が無駄になる』的なことを考えていた覚えがあるぞ。

 

いやいや、問題ないはずだ。私は寓話の主人公と違ってまだまだ余裕があるし、取り立てを怠るつもりもない。賢い私はあんな愚かな失敗とは無縁のはず。……大丈夫だぞ、私。『貸付額』が予想よりもちょびっとだけ大きくなっているだけだ。いずれ返ってくる利子を勘定に入れればむしろ得をしているんだから、これは喜ぶべき展開だろう。

 

内心の不安から目を逸らしつつ愚痴を漏らした私に、巫女は適当な相槌を打って手土産の品定めを再開した。早くも興味を失くしたらしい。だったら聞くなよな。

 

「ふーん、何だか大変そうね。……見た目は和菓子に軍配が上がるけど、洋菓子は代わりに匂いが良いわ。これは何? こっちのは?」

 

「マドレーヌとフィナンシェだよ。」

 

「何が違うの? この二種類。」

 

「よくは知らんが、名前と味と食感が違うから違う菓子なんだろうさ。外側がサクサクしていてインゴットの形なのがフィナンシェで、柔らかい貝殻の形をしているのがマドレーヌだ。」

 

言われてみれば何が違うんだろうか? さすがに味や食感の違い自体は認識できるが、差異がどこで発生しているのかは分からんな。今度エマに尋ねてみようと思いつつ、マドレーヌを食べている巫女に問いを送る。巫女はフィナンシェよりもマドレーヌが気に入ったらしい。センスの無いヤツめ。私はフィナンシェの方が好きだぞ。

 

「この前は聞きそびれたが、幻想郷の騒動はどうなっているんだい? 前に言っていただろう? 『新参者の大妖怪』が騒ぎを起こしているって。」

 

「ああ、それならとっくに収まってるわよ。紫がどうにかしたみたい。新参者がボコボコにやられちゃって勢力は離散したわ。新勢力に参加してたのはお祭り好きのバカどもと、『力こそ全て』みたいな能無し中級妖怪ばっかりだったわけだし、宜なるかなって結末ね。」

 

「何とまあ、哀れなもんだね。敗北した新参者の現状は?」

 

「今は霧の湖の近くで大人しくしてるみたい。騒動を収めた紫が『制裁権』を得たから、他の妖怪たちも手を出せないんでしょ。……有象無象を短期間で組織化して、曲がりなりにも天狗たちに勝ったのは大したもんだったんだけどね。上には上があるわけよ。要するに、新参者たちは幻想郷の層の厚さを舐めすぎたわけ。この土地は『正攻法』じゃどうにもならないの。」

 

レミリアたちは敗北したのか。……うーん、そも本気で勝つ気があったんだろうか? 用心深いスカーレット家の当主どのにしては動きが性急すぎるし、本来は『小手調べ』のつもりだったのかもしれないな。

 

ところが序盤があまりにも上手く進みすぎた結果、勢いが出すぎて引っ込みがつかなくなったってところか? 有り得そうだな。レミリアは逆境となると粘り強くて慎重になるのに、一度優勢になってしまうと調子に乗って盛大にコケるタイプだ。守り上手の攻め下手。それが我が幼馴染みなのだから。

 

まあうん、何れにせよ紅魔館の面々が無事なのであればどうでも良い。結局は紫の計画通りかと桜を眺めつつ苦笑していると、巫女が私の顔を覗き込んで声をかけてきた。

 

「ちなみにだけど、その新参者は『吸血鬼』って種族なんですってよ? 聞き覚えがある種族名だわ。」

 

「おや、私も聞いた覚えがあるね。どこで聞いたんだったかな?」

 

「あんたね、下らない誤魔化しはやめなさい。……新参者たちの関係者なの?」

 

「イエスだが、幻想郷での騒動には一切関わっていないよ。紫から接触を禁じられていてね。私が出歩くのを許されているのはこの神社の敷地内だけなんだ。」

 

ジーッと私の瞳を見つめながら訊いてくる巫女に答えてやれば、非常に不満げな面持ちになった調停者どのは顔を離して大きく鼻を鳴らしてくる。何かが気に食わなかったようだ。

 

「ふん、忌々しいわ。つまり紫がまた何か企んでるってことでしょ? いつも通りに、コソコソと。」

 

「実に的確な要約じゃないか。そうだよ、それが全ての真実さ。」

 

「時々思うわ。あいつこそが幻想郷における最も大きな『歪み』なんじゃないかって。……っていうか、そもそもあんたは何なの? 今まであんまり興味なかったけど、よく考えたら変じゃない?」

 

「急に無礼なことを言うね。私は変じゃないぞ。善良な吸血鬼だよ。」

 

心外だという表情で主張してやると、巫女は欠片も信じていない顔付きで疑問の詳細を述べてきた。

 

「だって、あんたは外界と幻想郷を行き来できるんでしょ? 別にあんただけがそうだってわけじゃないけど、基本的に紫が結界の通行許可を出すのは幻想郷の維持に必要な時だけよ。自力で不正に抜けてるんならともかくとして、スキマを使って行き来してるんだから紫から許可を貰ってるわけよね? どうしてあんたにだけ許可が出てるの?」

 

「質問に答える前に私からも聞きたいんだが、何故今更になって尋ねてきたんだい?」

 

「……そうね、何でなのかしら?」

 

私の問いかけを受けてきょとんとした顔になった紅白巫女は、暫く宙空をぼんやり見ていたかと思えば……目をパチクリさせながら私に言葉を投げてくる。心底不思議そうな表情だ。

 

「私、もしかしたらあんたに興味を持ってるのかも。」

 

「……私はそれにどう反応すればいいんだい? 喜ぶべきなのか? 嫌がるべきなのか?」

 

「そんなもん私にだって分かんないわよ。こんなの魔理沙以来だもん。……んんん? 変な感じね。これってどういうことなの?」

 

「どういうことなのかと言われてもね。私には質問の意図すらよく分からんぞ。……まあ、先にさっきの問いに答えようか。そっちの回答も同じだよ。『よく分からない』さ。」

 

紫との契約の内容を噛み砕くと、幻想郷と外界を行き来できる権利を得る代わりに、私が目の前の紅白巫女と『仲良くする』というものだが……うーむ、改めて考えると意味不明な取り引きだな。私はそこまで頻繁にここに通っているわけではないし、巫女の心を開かせようと熱心になっているわけでもない。それなのに紫は一度も文句を言ってきていないぞ。それはつまり、現状で私はきちんと対価を支払っているということだ。

 

当初は紫にとって『外界との行き来』という条件がそこまで重くないものだから、私が払う対価もそれ相応のレベルに収まっているんだと判断していたんだが……今の巫女の言い方からするに、博麗大結界を抜けられるというのは中々特別なことらしい。

 

紫が巫女を特別視しているのは明白なので、彼女にとって『巫女の考え方を変えられるかもしれない』というメリットが想像以上に重い可能性もあるし、あるいは巫女の認識が間違っていて結界の通行がそんなに厳重ではない可能性だってあるものの……むう、やっぱりよく分からんな。そもそも紫は私に何を期待しているんだろうか?

 

これまでの話を思い返しながら悩んでいると、同じように何かを黙考していた巫女が新たな質問を寄越してきた。

 

「ねえ、あんたの名前ってなんだっけ?」

 

「……キミ、私の名前を覚えていなかったのか?」

 

「『アン何とか』でしょ? アンニーズだかアンネーゼだかそんな感じの。」

 

「アンネリーゼだ。アンネリーゼ・バートリ。どこまでも無礼なヤツだね。」

 

ジト目で睨みながら歴史上最も偉大な吸血鬼になるであろう淑女の名前を口にしてやれば、巫女はムッとした表情で反論を飛ばしてくる。

 

「でも、あんただって私の名前を忘れてるでしょ?」

 

「博麗霊夢だろう? 私はキミよりも礼儀を弁えているんだよ。」

 

「……あら、ちゃんと覚えてたの。意外だわ。一度も名前で呼ばないから忘れてるんだと思ってた。」

 

ん? ……そういえば、きちんと名前で呼んだことは無かったかもしれないな。大抵の場合私は『キミ』と呼んでいたし、巫女は『あんた』と呼んでいた気がするぞ。どうしてそうなったのかと首を傾げつつ、ド忘れ巫女に対して注意を送った。

 

「何にせよ、反省したまえ。私の高貴な名前を忘れるとは何事だ。凄まじく無礼な行いだぞ。」

 

「長いのが悪いのよ。アンネリーゼだなんて長すぎるわ。短くならないの?」

 

「リーゼでいいよ。だが、アンネリーやアンネはダメだ。響きが平凡すぎて気に食わないからね。」

 

「何がどう平凡なのかはさっぱりだけど、とにかく短くするとリーゼになるのね。……いいわ、今度こそ覚えてあげる。呼ぶかは分かんないけど。」

 

最初の一回で覚えておけよな。尊大に言い放った巫女は、続いて縁側に座っている私を色々な角度から観察しながら問いを重ねてくるが……一体全体どうしたんだ? どうやら巫女にとっての私の評価が『無関心』から『観察対象』にランクアップしたらしい。先程の言からするに、魔理沙も同じランクに位置しているようだ。

 

「その羽、触ってもいい?」

 

「ダメだし、これは羽じゃなくて翼だ。私は虫や鳥じゃないんだぞ。敬意を込めて翼と呼びたまえ。」

 

「……じゃあ、翼って呼ぶからちょっとだけ触らせてよ。触りたいわ。」

 

「ええい、何なんだキミは。私には前から翼があったし、キミは今まで一度も触ろうとしなかったじゃないか。何故急に触りたがるんだい?」

 

翼は敏感な部位なんだぞ。そう易々と余人に触らせるわけがないだろうが。縁側から立ち上がって警戒しつつ問い詰めてみると、巫女は唇を尖らせて抗議してきた。

 

「だって、気になるんだもん。優しく触るから触らせてよ。」

 

「嫌だと言っているだろうが。……おい、何だその顔は。キミ、無理やり触ろうとしているね? そうはいかんからな。『光あれ』するぞ。いいのかい? それ以上近付くと『光あれ』しちゃうからな。」

 

庭の奥の方へとジリジリと後退しながら、開いた手のひらを顔の高さで掲げて脅してやれば、近付いてくる巫女は意味不明だという表情で小首を傾げて口を開く。

 

「何よ、『光あれ』って。」

 

「弾幕ごっこの時に使ったあれだよ。無理に触ろうとするならあれをお見舞いしてやるぞ。」

 

「あれはダメ。絶対ダメ。翼は諦めるから『光あれ』のポーズを先ずやめなさい。……宣言しておくけど、あれを使ったら本気で退治するからね。」

 

よしよし、分かればいいんだ。途端に顔を引きつらせて家の中に逃げ込んだ巫女が言ってくるのに、こくりと頷いて『光あれ』のポーズを解く。ちなみにこの脅し文句は子供の頃によく使っていたものだ。レミリアなんかと喧嘩した時、最終手段として陽光を浴びせかける際に『光あれするぞ!』と脅していたのである。ガキ同士の吸血鬼の喧嘩では最強の技だったな。

 

べそをかきながら母上に私の行動を密告する『幼レミリア』と、それを察知するや否や姿を消して逃げていた幼い頃の私。遠い昔の思い出を頭に浮かべつつ縁側に戻ったところで、紅白巫女が未だ警戒している様子で話しかけてきた。

 

「吸血鬼って何なの? みんな『光あれ』が出来るの?」

 

「安心したまえ、『光あれ』が出来るのは世界の創造主と私だけさ。私は特別なんだ。」

 

世界を世界たらしめるものを操る力。それが私に宿った能力なのだ。偉大なバートリ家の当主に相応しい力じゃないか。自分の能力に満足してふんすと鼻を鳴らしつつ、アンネリーゼ・バートリはしたり顔で肩を竦めるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。