Game of Vampire   作:のみみず@白月

492 / 566
どっちもどっち

 

 

「んー……思ったほど育ってないな。夏休みまでに収穫できるのか? これ。」

 

ホグワーツの薬草園の片隅にある薄暗い栽培小屋の中で、霧雨魔理沙は壁に立てかけられている丸太をチェックしながら問いかけていた。小さめの古い木造の小屋には数十本の皮が付いたままの丸太が並んでおり、その丸太の所々に小さなキノコが生えている。つまり、ここは『魔法キノコ』の栽培小屋なわけだ。

 

私の質問に対して、隣でキノコの生育状況を羊皮紙に書き込んでいるネビルが返事を寄越してきた。

 

「かなり順調な立ち上がりだと思うよ。きちんと丸太に定着してるみたいだし、もう少しすれば一気に大きくなってくるんじゃないかな。」

 

「ほーん、そういうもんか。……丸太の種類によっても成長速度が違うみたいだな。こっちのデカい丸太の方が育ってる気がするぜ。」

 

「それはアカマツだね。こっちがヤマナラシで、これがトネリコ。スプラウト先生がブナノキも数本だけ用意してくれたんだけど……うん、やっぱりダメみたいだ。定着すらしてないよ。」

 

「木との相性が重要っぽいな。奥の方のも見てくるぜ。手前と奥とで微妙に湿度が違ってるんだろ? そっちでも何か差があるかもしれんぞ。」

 

熱心にキノコの状態をメモしているネビルに断ってから、丸太を横目に栽培小屋の奥へと進む。頼むから元気に育ってくれよ、キノコちゃんたち。なけなしの全財産を注ぎ込んだんだからな。

 

要するに、私が何故薬草学の見習い教師であるネビルと共にこんなことをしているのかと言えば、魔法キノコを大量に育てて売っ払おうと考えているからなのだ。薬草学の授業で高価な魔法キノコの存在を知った私は、それで『一発当てる』ことを考え付いたのである。

 

六年生の春先までを逆転時計の捜索に使ってしまった所為で、今年の夏に行く予定だった旅行の資金は一切貯まっていない。だけどこっちの世界を満喫せずに幻想郷に帰るなんてのは有り得ないし、来年の夏は帰還の直前ということで余裕があるか分からないため、夏休みまでの三ヶ月間で金を稼ぐ手段をどうにか考える必要があったわけだ。

 

そこで私は成長が早くて価格が高い魔法キノコという存在に目を付け、その中から三ヶ月以内に収穫できるようになる種類を調べ上げ、『素人が一人でいきなりやっても上手くいくはずがない』という咲夜の忠告を踏まえてネビルを計画に巻き込んだ後、双子に売り捌くためのルートの確保を依頼し、『魔法キノコの研究をしたい』という理由でスプラウトから栽培小屋の使用許可を取り、そして今まさにそのキノコの世話をしているのだが……うーむ、ネビルに手伝いを頼んだのはつくづく正解だったな。私一人だと菌株を全部無駄にしていた可能性すらあるぞ。

 

ちなみにネビルは私と違って金儲けを目的としているわけではなく、魔法キノコの栽培における比較実験のようなことをしているらしい。何でもスプラウトから若いうちに論文を何本か出しておくべきだと忠告されたので、最近はそのテーマを探しているところなんだそうだ。だからまあ、この栽培小屋を使うための名目である『魔法キノコの研究』というのも強ち嘘ではないということになるな。

 

魔法薬の材料になる『飛び跳ね毒キノコ』や『スノーテイルマッシュルーム』、魔法生物の餌に使われるという『綿茸』や『紫帽子』、そして双子から新製品の素材にしたいと頼まれた『シックルタケ』。それぞれの丸太に生えているそれぞれのキノコを順繰りに確認しつつ、大半がきちんと定着していることに笑みを浮かべた。よしよし、良い感じじゃないか。

 

ネビルの説明によれば定着させるのが一番難しい過程だそうなので、あとは湿度や温度にさえ気を付ければ六月の中頃には立派なキノコに成長してくれるだろう。ボロ儲けじゃないか、こんなもん。計算通りなら元手の数倍で売れるはずだぞ。旅行先で遊びまくったってまだ余るくらいだ。

 

計画が順調に進んでいることに満足しながら、ネビルの近くに戻って報告を投げる。くそ、もっと早くに気付けばよかったな。そしたらクィディッチ用品を好きなだけ買えたのに。

 

「戻ったぜ。奥の方のキノコもこっちと殆ど変わらなかったが、ブナノキに綿茸が定着してたぞ。」

 

「ブナノキに? ……湿度の違いが影響してるのかな? ちょっと意外な結果だよ。基本的には定着しないはずなのに。」

 

「新発見ってことか? 良かったじゃんか。」

 

「さすがにそこまでではないだろうけど……とにかく、僕も奥を見てくるね。マリサは害虫が居ないかをチェックしてくれる? 小さいキノコは狙われやすいから。」

 

害虫? 入れ替わりで奥へと行ってしまったネビルを見送りつつ、不穏な発言に顔を引きつらせた後……大慌てで丸太に近付いてチェックを始めた。害虫だと? 私のキノコをダメにしたら許さんぞ。これを失ったら全てが終わりなのだ。

 

ルーモス(光よ)。……居るなら出てこい、虫ども。隠れたって無駄だぞ。私の大事なキノコに指一本でも触れたら後悔することになるからな。」

 

杖明かりを灯して小声で呟きながら、丸太を一本一本丁寧にチェックしていく。そうか、湿度や温度以外にも害虫問題があるのか。ひょっとしたらそれが原因で誰も魔法キノコ栽培に手を出さないのかもしれない。後で調べておかなければ。

 

ダニ一匹でも見逃すまいと丹念な確認を進めていると、やおら小屋のドアが開いて誰かが顔を覗かせた。

 

「……おお、マリサか? こんなところで何をやっとるんだ?」

 

「ハグリッド? ……とりあえず入ってドアを閉めてくれ。魔法キノコを育ててるから強い日光はダメなんだよ。」

 

「おっと、すまんすまん。森の見回りをしちょったらこの小屋の様子が変わってるのを見かけてな。……こりゃあ大したもんだ。魔法キノコの原木栽培か。」

 

「おう、そういうこった。ネビルも奥に居るぜ。」

 

古屋が小さい所為で、ハグリッドだと頭が天井にぶつかっちゃいそうだな。感心したように丸太を眺めていたハグリッドは、懐かしそうな表情で小さな綿茸を見つめながら応答してくる。

 

「おー、綿茸か。俺も大昔に育てたことがあるぞ。魔法生物の餌として必要になってな。小屋の裏に布を被せた丸太を置いて、そこそこ大きくするところまでは順調だったんだが……まあ、結局はダメだった。綿茸は収穫時期を見誤ると弾けて飛散しちまうんだ。気付いた時には全部なくなっとって、泣く泣く普通に買う羽目になったのを覚えとる。」

 

「あー、ネビルも言ってたぜ。見極めが難しいらしいな。そこはまあ、スプラウトにも見てもらおうと思ってるんだ。私はともかく、スプラウトが見誤るってことは有り得ないだろ。」

 

「それがいい。魔法キノコの栽培は難しいからな。素人が手を出すとロクなことにならん。大昔に育てて売って金を稼ごうとした生徒が居たんだが、最終的には全部ダメにしてひどく落ち込んどった。……そういえば、マリサは何だって魔法キノコを育てとるんだ?」

 

「……当然、研究のためだ。」

 

私と同じことをやろうとした生徒が居たのか。そしてその生徒は盛大に失敗したと。ハグリッドの思い出話を聞いて内心の不安を増しつつ、バツの悪い気分で『名目』の方を口に出した。その失敗談の直後に『売って金を稼ごうとしてる』とはさすがに言えんぞ。

 

これ、大丈夫なんだろうか? 今更になって計画の危うさを認識しながらも、もはや後戻りは出来ないぞと自分を叱咤する。このギャンブルの賽は投げられたのだ。あとは出る目を少しでも良くするために努力するしかない。万が一悪い目が出れば待っているのは質素な夏休みなのだから。

 

弱々しい姿で懸命に成長しているキノコを見ながら、霧雨魔理沙は何をしてでもこいつらを守ってみせようと決意するのだった。

 

 

─────

 

 

「信じられないわ。キノコ? キノコなんてどうでも良くない? マリサはクィディッチの決勝戦よりもキノコが大事ってこと?」

 

うーん、私からすればどっちもどっちかな。休日の獅子寮談話室で怒りに震えているジニーへと、サクヤ・ヴェイユは肩を竦めて応じていた。

 

「とにかく、魔理沙は今キノコの様子を見に行ってるわ。心配しなくてもそれが終わった後に競技場に向かうと思──」

 

「キノコよりクィディッチが優先でしょうが! 順序が逆でしょ? クィディッチの練習が終わった後、時間が余ったらキノコでも何でも見に行けばいいじゃない。それなら文句なんてないわよ。だけどもう練習は始まってるの。つまり今のマリサはクィディッチの練習時間を削ってキノコの様子を見てるってことなの! ……大体キノコって何? 何で急にキノコなんか育て始めるの? 意味が分からないわ。」

 

「そこは確かに意味不明だけど、貴女の発言も中々に意味不明よ。ここは談話室なんだから、練習はまだ始まって──」

 

「それが始まってるのよ、サクヤ。今はもう練習中なの。分かる? 精神的に私は箒に乗ってるわけ。それなのにマリサはキノコのことを気にしてるだなんて信じられないわ。意味不明すぎて頭がおかしくなりそうよ。」

 

なりそうじゃなくて、なってるぞ。もうおかしいじゃないか、頭。いちいち台詞を遮られてイライラしつつ、精神的には箒に乗っている状態らしいジニーへと指摘を飛ばす。

 

「思うに、ここで私と喋っている暇があるなら早く競技場に行くべきじゃない? 貴女が使用の予約をしたのは精神的な競技場じゃなくて、物質的な競技場であるはずよ。だったら今日は物質的な練習を優先すべきでしょう? 談話室で精神的に飛行しているのは時間の無駄だわ。」

 

「……そうだわ、そうよ! 折角レイブンクローから競技場の使用権をもぎ取ったんだから、時間いっぱい使わないと勿体ないわ。よく気付いたわね、サクヤ。」

 

「お褒めに与り光栄よ。」

 

友人がイカれているのは普通に悲しいが、決勝戦が終われば元に戻ることは歴代キャプテンが証明済みだ。ならば今の私がすべきなのは友を救おうと努力することではなく、面倒くさい会話に付き合わされないように上手く矛先を逸らすことだろう。

 

「アレシア、オリバンダー、ニール、パスカル、ユーイン、行くわよ!」

 

「『練習』に夢中で気付かなかったのかもしれないけど、貴女が精神世界を飛び回ってる間に他のメンバーはもう移動済みよ。」

 

「あら、素晴らしいわ。キノコにお熱なうちのエースどのと違って、他のメンバーはやる気があって何よりよ。それじゃあ私も行ってくるわね。」

 

「行ってらっしゃい、ジニー。この前みたいにソーンヒルを箒から突き落として殺そうとしないようにね。」

 

通常では有り得ない内容の注意を送った後、談話室を出て行く狂気のキャプテンどのを横目にテーブルの上の教科書へと向き直った。ようやく落ち着いて勉強が出来そうだな。六年生の大半を魔理沙の課題の手伝いに使ってしまったから、残りの三ヶ月間は勉強を頑張らないといけないのだ。

 

魔理沙は『キノコギャンブル』で儲けたお金で夏休みに旅行をするつもりのようだし、そうなれば私も一緒に行くことになるだろう。私の場合は『お手伝い貯金』が貯まっているのでお金の心配は特にないものの、代わりにイモリ試験の心配がある。七年生になったら七年生の内容をやらなきゃなんだから、夏休みを旅行に使うのであれば今のうちから『勉強貯金』をしておく必要があるわけだ。

 

あのハーマイオニー先輩でさえもが『六年生でもっと勉強を頑張っておけば良かった』と言っていた以上、いくら勉強したところで無駄にはならないはず。試験の結果はリーゼお嬢様だけではなくレミリアお嬢様にも見せることになるだろうし、イモリの成績は私がホグワーツでどれだけ頑張ったかの証明に他ならない。『指令』抜きにしたって全力で取り組まなければならないのだ。

 

幻想郷でレミリアお嬢様や妹様たちと再会した時、仮に私の成績が低くても彼女たちは叱ったりしないだろう。久々に顔を合わせるのだから、よく頑張ったねと褒めてくれるはずだ。……だからこそ、だからこそ私はお嬢様たちに情けない成績を見せるわけにはいかない。お嬢様たちが気持ち良く褒められるように、褒めるに値する成績を収める。それこそが私に出来る最良の気の使い方なのだから。

 

ふんすと鼻を鳴らして気持ちを引き締めながら、サクヤ・ヴェイユは羽ペンを片手に教科書に集中するのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。