Game of Vampire   作:のみみず@白月

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東風吹かば

 

 

「ここが守矢神社ですか。……さすがは神域だけあって、独特な雰囲気がありますね。」

 

周囲を高い木々に囲まれた神社の中でほうと息を吐きながら、アリス・マーガトロイドは隣を歩くリーゼ様に話しかけていた。奥に立ち並ぶ木々の隙間から池……というか、小さな湖と呼ぶべきか? らしきものも見えるな。『自然と一体化している場所』といった印象を受けるぞ。

 

四月最後の日である三十日の午後、私はリーゼ様と共に日本を訪れているのだ。どうもマホウトコロでは昨日から五月九日にかけての十一日間が長い連休になっているそうで、その間この神社に帰ってきている早苗ちゃんたちに会いに行くついでに、ちょっとした小旅行をしないかとリーゼ様が誘ってくれたのである。

 

リーゼ様と二人っきりでの小旅行。何とも心躍る響きじゃないか。めくるめく展開を想像して笑顔になっている私へと、前方の建物に歩み寄っていくリーゼ様が返事を返してきた。恐らくあれが社で、参道の左手に見えている民家が早苗ちゃんの実家なのだろう。

 

「祭っている神のぽんこつっぷりを知っている私からすれば、『雰囲気』なんてものは一切感じないけどね。……ふん、相変わらずボロボロだな。哀れなもんだよ。」

 

経年劣化で色褪せすぎて、灰色に近い状態になっている木造の小さな建築物。簡単に崩れてしまいそうな頼りない社の前で呟いたリーゼ様に……おお、いきなりだな。パッと姿を現した諏訪子さんが仏頂面で文句を飛ばす。板が組まれただけのたった三段の階段を上った先にある、賽銭箱の隣に胡坐をかきながらだ。

 

「余計なお世話だよ。祭られてる私たちが気に入ってるんだからこれでいいの。風情があるっしょ?」

 

「おや? 『風情』というのは『劣化している』という意味だったのかい? 私としたことが、日本語の意味を取り違えていたようだ。」

 

全く驚かずに英語から日本語に切り替えて応答したリーゼ様へと、諏訪子さんは大きくため息を吐きながらやれやれと首を振って立ち上がった。床がギシギシ鳴っているぞ。大丈夫なのか?

 

「派手好きのアンネリーゼちゃんには分かんないかもね。この国の人間や人外はさ、儚いものや過ぎ行くものの中に美を感じることが出来るの。形とか色とかの目に映るものじゃなくて、心で感じ取ってごらんよ。」

 

「残念ながら、さっぱり伝わってこないね。詩人じゃあるまいし、もっと分かり易く説明したまえよ。」

 

「度し難い台詞だなぁ。分かり難いから美しいんだってば。この社は大昔に近くの村の人間たちが作ってくれたんだ。それからずーっとここに在って、ずーっと人々の暮らしを見守ってきたんだよ? ……この子が辿ってきた長い歴史を想ってごらん。そうすると心の奥底から湧き上がってくる微かな感情があるっしょ? 少し悲しくて、それでいて焦がれるような、懐かしいような、頼りない気持ち。それが『風情』なの。」

 

愛おしそうに社の柱をぽんぽんと叩きながら説明した諏訪子さんは、そのまま地面にぴょんと降りて民家の方へと歩き出す。風情か。英語では何と表現すればいいんだろうか? あるいは既知の言葉に変換しようとするのは無粋で、感じるままに受け入れるべきなのかもしれないな。

 

「ま、分かんなきゃ分かんないでいいとは思うけどさ。何にせよその社は大切な社で、私たちは自分を祭る場所として満足してるの。幻想郷にも絶対に連れて行くからね。って言うか、放っておいてもついて来るんじゃないかな。」

 

「滅茶苦茶なことを言うね、キミ。建物が勝手について来るわけがないだろうが。」

 

「あれ、知らないの? 『東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな』ってね。梅の木が菅公を慕って追っていったみたいに、社も寂しくなって私たちを追いかけてくると思うよ。……いやまあ、私たちは別に追放されるわけじゃないけどさ。」

 

んん? 詩か何かか? リーゼ様に応じて謎めいたことを独特なリズムで口にした後、自分の発言に苦笑を浮かべている諏訪子さんに質問を送った。今日の彼女はちょびっとだけ大人っぽい雰囲気だな。

 

「よく分かりませんけど、『東風吹かば』っていうのは早苗ちゃんの苗字と関係しているんですか?」

 

「あー、東風谷の『こち』と同じ字だよ。菅公とは全然関係ないけどね。東風っていうのは春に吹く風のことなの。春の季語……季節を表す言葉の一つでもあるし、雅語でもあるんだ。大昔の考え方だと『春』ってのは東にあるものだったから、春に吹く風を『東風』って呼んだわけ。」

 

「なるほど、春の風ですか。良い意味ですね。」

 

「でしょ? さっすがアリスちゃんは分かってるね。冬を払い、春を告げる、雨を纏う風なの。私たちの祝子にぴったりの苗字だよ。」

 

『はふりこ』? 巫女の別称か何かだろうか? まだまだ知らない日本語が大量にあることを感じつつ、諏訪子さんの背を追って民家の玄関を抜けると……ううむ、狭いな。不思議な構造の屋内が目に入ってくる。正に異国の民家って光景だ。

 

「早苗、アンネリーゼちゃんたちが来たよ!」

 

呼びかけながら履いていたサンダルのような物をぽぽいと脱ぎ捨てた諏訪子さんに続いて、私もブーツを脱いで靴下になるが……スリッパとかは無いんだろうか? 何かこう、靴下の状態でうろうろするのは不安になるな。楽といえば楽だけど、慣れていないとそわそわしてしまうぞ。

 

「へ? もう来たんですか? ちょっと待ってください、今行き──」

 

早苗ちゃんは二階に居るのか。頭上から響いていた声が『ガンッ』という音と同時に途絶えたことに首を傾げていると、ドタドタと足音が聞こえた後……わお、どうしたんだ? 涙目で額を押さえている早苗ちゃんが廊下にひょっこり顔を出した。

 

「どうも、リーゼさんとアリスさん。お待たせしました。お久し振りです。」

 

「……ひょっとして、どこかに頭をぶつけたのかい? 凄い音が聞こえたが。」

 

「えっと、平気です。階段を下りる時に勢いがつき過ぎて、曲がり角で止まれなかっただけですから。よくあることなので気にしないでください。うちの階段は急だし、狭いので。」

 

「キミの頭が十全な機能を発揮するにおいて、よくあっちゃいけないレベルの音だったけどね。エピスキー(癒えよ)。」

 

何とも言えない表情でとりあえずとばかりに癒しの呪文を使ったリーゼ様に、早苗ちゃんは恥ずかしそうな顔で感謝を述べる。よくあるのか。リーゼ様が言うように結構な音だったし、呆れを通り越して心配になってくるな。

 

「ありがとうございます。……私も魔法を使えれば色々と楽なんですけどね。」

 

私たち二人を案内しつつ……案内というか、到着したのは玄関の目と鼻の先にある部屋だったが。案内しつつ愚痴を漏らした早苗ちゃんへと、リーゼ様が怪訝そうな声色で疑問を投げた。

 

「マホウトコロでは学校外の魔法使用が禁じられているのかい?」

 

「機密保持法に触れない程度の使用は許可されてますけど、私は単純に魔法力がなくて上手く使えないんです。……リーゼさんは今日も縁側に座りますか?」

 

「ん、そうするよ。」

 

「おっと、アリスちゃんはこっちね。ここ。ここに座って。」

 

むう、リーゼ様の近くが良かったんだけどな。笑顔でぐいぐい手を引っ張ってくる諏訪子さんに従って、背の低いテーブルを囲む座布団の一つに腰を下ろしてみると……何だこの状況は。諏訪子さんが私の膝の上に無理やり座ってくる。

 

「よっこいしょっと。……んー、いいね。ちょうど良い感じ。」

 

「あの、諏訪子さん? 何してるんですか?」

 

「何ってそりゃ、アリスちゃんの座り心地を確かめてるんだよ。」

 

私の胸に頭を預けている諏訪子さんは、もぞもぞとお尻の位置を調整しているが……リーゼ様だったら嬉しいものの、諏訪子さんだと嬉しくも何ともないぞ。縁側に腰掛けて早苗ちゃんと喋っているリーゼ様の方に目をやったところで、いつの間にかこっちを向いて下からジッと覗き込んでいた諏訪子さんが話しかけてきた。ニヤニヤ顔でだ。

 

「あ、今私じゃなくてアンネリーゼちゃんだったら良かったのにって思ったね? アンネリーゼちゃんのお尻が膝の上でもぞもぞしてるのを想像したでしょ? ほら、言ってみ? 正直に言ってみ?」

 

「……思ってません。」

 

「うっそだぁ。絶対思ったね。煩悩の塊だなぁ、アリスちゃんは。」

 

「思ってませんって。」

 

クスクス微笑んで再び私の胸に後頭部を預ける姿勢に戻った諏訪子さんは、頭を大きく反らせて私と目を合わせながら誘惑の台詞を寄越してくる。またこれか。諏訪子さんと会うといつもこの話をされるな。

 

「私が手伝ってあげるってば。アンネリーゼちゃんとの仲を取り持って、アリスちゃんがいつも妄想してるあんなことやこんなことを現実にしてあげる。つまり、アリスちゃんの願いを叶えるんだよ。神っぽい行動でしょ?」

 

「妄想なんてしてませんし、余計なお世話です。必要ありません。」

 

「そうかなぁ? アリスちゃんだって切っ掛けがないと進展しないって分かってるはずだよ。私なら切っ掛けを作れるし、頷きさえすればやってあげるのに。」

 

「リーゼ様が早苗ちゃんを引っ張り込んだから、バランスを取るために私を引き込もうとしているんでしょう? 思惑が透けて見えてますよ。」

 

私はこれでも魔女なんだぞ。そんな手に簡単に引っかかってたまるか。ジト目で指摘した私へと、諏訪子さんはにんまり笑って返答してきた。

 

「透けてても問題ないんだなぁ、これが。アリスちゃんからすれば『安い』取り引きなんだから、払う金額が見えてたって関係ないんだよ。……ちなみにだけどさ、ゴールデンウィーク中はこっちに滞在する予定なの? アンネリーゼちゃんが手紙にそんな感じのことを書いてたけど。」

 

「……その予定です。東京のホテルをもう予約してあります。」

 

「ふーん。じゃあ、『実演販売』でもやってみよっか。ちょっとしたお試し期間ってことでさ。」

 

「実演販売?」

 

私が聞き返した瞬間、諏訪子さんはスッと立ち上がったかと思えば……一体全体何をする気なんだ? 縁側で早苗ちゃんと話しているリーゼ様に勢いよく突っ込んでいく。

 

「アンネリーゼちゃん! 私たちも東京に行きたい! 連れてって連れてって連れてって!」

 

「おい、キミ……ええい、いきなり何のつもりだ! 離したまえ! 気味が悪いぞ。」

 

「やだやだやだ! 一緒に連れて行ってくれるって言うまで離さない! ……何してんのさ、早苗。あんたも早くやるの。ゴールデンウィーク中はアンネリーゼちゃんたちと東京で遊びまくりたいっしょ?」

 

子供のような声色で『おねだり』した直後、物凄く冷静な声になって早苗ちゃんに指示を出した諏訪子さんは、また子供モードに戻って駄々をこね始めた。凄まじいな。老獪な洩矢神にとっては、実利のためならプライドなど取るに足りないものらしい。

 

「アンネリーゼちゃん、お願い! 一生のお願い! 東京で遊ぼう? 一緒に遊ぼうよ。お願いお願い! おーねーがーいー!」

 

「何て不気味なヤツなんだ、キミは。私より遥かに歳上のはずだぞ。やめたまえよ。」

 

「やめないやめない! 約束してくれるまでやめないもん! みんなで遊んだり、買い物に行ったりしようよ。ね? 行こう? お願い!」

 

「キミは願いを叶える側だろうが。神が吸血鬼に願ってどうする。いいから離……おい、神奈子! 神奈子はどこだ! キミの相方の邪神を止めたまえ! 幼児退行にだって限度ってものがあるんだぞ!」

 

必死に胸元にしがみ付いてくる諏訪子さんをぐいぐい押し退けながら、至極迷惑そうな表情で放ったリーゼ様の大声を受けて……実体化していないわけではなく、別の部屋に居ただけなのか。人数分のお茶が載ったお盆を持っている神奈子さんが部屋に入ってくる。

 

「何だ、バートリ。私は茶の準備を……諏訪子? どうしたんだお前は。いよいよ頭がおかしくなったのか?」

 

「うっさい! 今大事なとこだから黙ってて! ……アンネリーゼちゃん、ダメ? どうしてもダメ? 返すから! 幻想郷に行ったら絶対返すから! 東京のシャレオツなカフェでパフェとかを食べたいの。お願いだから私たちも東京に連れて行って。お願いお願い!」

 

「ああもう、分かった。キミたちも連れて行くからいい加減に離し──」

 

「やったー! 好き! アンネリーゼちゃん大好き! 好き好き好き! ……いやぁ、最高だね。わざわざ諏訪から東京に旅行するってのが何とも豪華だよ。早苗と一緒に遊べる久し振りのゴールデンウィークなんだから、旅行の一つくらいはしないとでしょ。」

 

リーゼ様の白旗宣言を聞いて嬉しそうに好きを連発した諏訪子さんは、すっかり『大人』な態度に戻って私の膝の上に帰ってきた。部屋に居る全員の白い目など全く気にならないらしい。これが神か。恐ろしい存在だな。

 

「ぽかんとしてる暇なんてないよ、早苗。あんたは早く準備をするの。アンネリーゼちゃんたちとは後でいくらでも話せるんだから、細川の件の報告なんて後回しでいいんだよ。移動中にでも話せばいいじゃんか。それより旅行の準備! ……ほらほら、神奈子も突っ立ってないでテキパキ動きな。私は一仕事終えたからここでゆっくりさせてもらうよ。」

 

ふてぶてしさもここに極まれりだな。私の膝の上で寛ぎ始めた諏訪子さんを見つつ、嫌な予感に眉根を寄せる。『実演販売』とやらが何のことだかはさっぱり分からないが、この調子だと面倒なことになるのは間違いないだろう。早くもリーゼ様と二人っきりの旅行じゃなくなっちゃったし、非常に憂鬱な気分だぞ。

 

呆れ果てて怒る言葉も出てこないという様子のリーゼ様と、巨大なため息を吐いて疲れた表情になっている神奈子さん。気まずげな面持ちでフォローの台詞を必死に探している早苗ちゃんと、ご満悦の顔で伸びをしている諏訪子さん。部屋の面々を見回しつつ、アリス・マーガトロイドは迫るトラブルの気配に眉間を押さえるのだった。

 


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