Game of Vampire   作:のみみず@白月

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五月要請

 

 

「……むう。」

 

朝食のポリッジをスプーンで掬いながら、サクヤ・ヴェイユはテーブルに置いた予言者新聞の二面を見て唸っていた。随分と思い切ったことをするな、グリンデルバルドは。『ザ・コフィン』の分裂騒動よりもこっちを一面に持ってくるべきだろうに。誰がゴーストのロックバンドの『音楽性の違い』なんかを気にするんだ?

 

五月に入り、魔理沙たちグリフィンドール代表チームの最終戦が迫ってきた今日、私はいつものようにホグワーツの大広間で朝食を取っているのだ。ふくろうたちが運んできた朝刊をキャッチして、広げたそれを横目に行儀悪くポリッジを食べているわけだが……うーむ、『グリンデルバルドの五月要請』か。キャッチーなのかそうでないのか微妙な見出しだな。

 

記事曰く、非魔法界対策委員会のトップであるゲラート・グリンデルバルドが世界八ヶ国に対して要請を出したらしい。対象となる国はイギリス、アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、日本、ブラジル、そして自らが議長を務めているロシアで、内容は非魔法界と魔法界をかなり『接近』させるものであるようだ。

 

非魔法界側の政治的指導者に魔法界が非魔法界との融和を望んでいることを告げたり、融和問題に理解がありそうな『純非魔法族』を対策委員会の一員として招いたり、非魔法界に対する魔法族の理解を深めるための各国魔法界報道紙への干渉……予言者新聞はここを一番大きく扱っている。をしたりと要約しても盛り沢山な内容だが、各国の魔法界統治機関に融和に関する専門部署の設立を求めるというのも重要な部分っぽいな。

 

イギリス魔法省には既に非魔法界の調査チームがあるわけだが、それを一時的なものから長期的な活動が出来る専門部署にまで引き上げさせるということらしい。今回要請を出した八ヶ国はどこもイギリスのように調査チームという土壌を形成済みで、かつ非魔法界側の政治的指導者が魔法界の存在を認識しており、おまけに非魔法界への理解度が他国よりも『比較的』高いからテストケースとして選ばれたんだそうだ。

 

紙面にも書いてあるけど、物凄く強気な要請だな。これをグリンデルバルドの頼もしいリーダーシップと取るか、あるいは過度な実行力による『独裁』への一歩目と取るか。記事を書いた記者は世界の反応が真っ二つに割れると予想しているようだ。

 

判断が難しいぞ、これは。ポリッジを食べながら考えていると、隣に腰掛けてきた……ベイン? 同級生のロミルダ・ベインが話しかけてきた。

 

「あーら、ヴェイユ。一人寂しくご飯を食べてるの? 遂にマリサに愛想を尽かされちゃった?」

 

「逆よ。私があのねぼすけに愛想を尽かしたの。最近起こしてあげてばっかりだったし、自分で起きる癖を付けさせないとね。」

 

「……ママみたいなことをしてるわね、貴女。」

 

出端を挫かれて微妙な表情になったベインは、ベーコンや卵やトーストに手を伸ばしつつ話題を変えてくる。ここで食べる気か。相変わらずよく分からないヤツだな。

 

「それで? 何の記事を読んでたの?」

 

「貴女には理解できないであろう類の記事よ。貴女の場合はこっちの方が楽しめるんじゃないかしら? 『ザ・コフィン』のボーカルとベースが喧嘩して、グループが分裂しかけてるらしいわ。二世紀以上もずっと隣同士だった墓の位置を別々にするんですって。」

 

「失礼ね、ゴーストのバンドになんて興味ないわよ。私は『生』の胸板が好きなの。……こっちの記事は何?」

 

「グリンデルバルドが各国に要請を出したって政治の記事よ。」

 

半透明の胸板よりも更に興味がないだろうと思って応じてみれば……おお? 意外にもベインは食事を中断して食い付いてきた。

 

「あら、ひょっとして非魔法界対策委員会の記事? パパの名前が載ってるかも。」

 

「……貴女の父親は対策委員会に何か関係があるの?」

 

「パパは魔法省の調査チームのメンバーなのよ。上から三番目の地位のね。凄いでしょう? 凄いって言いなさい。」

 

「はいはい、凄いわね。そして残念だけど、イギリスの調査チームのことはあんまり書いてないわよ。……でも、もし部署に昇格したら出世になるんじゃない?」

 

そもそもこの要請をイギリス魔法省が受け入れるのかも、昇格した時に調査チームの人事がそのまま適用されるのかも不明なわけだが、仮に異動になった場合まさか降格させられるってことはないはずだ。スプーンを動かしながら送った指摘を受けて、記事を読んでいるベインは嬉しそうに首肯してくる。

 

「そうかも。……イギリス魔法省は受け入れるの? この要請。」

 

「まだ不明よ。昨日付けでグリンデルバルドが国際魔法使い連盟経由で要請したんですって。各国の魔法議会やら魔法省やらが答えを出すのはもう少し先でしょ。」

 

「カッコいいわよね、グリンデルバルド。出来る男って感じで。カリスマがあるわ。」

 

早くも話の焦点がズレてきたぞ。記事にあったグリンデルバルドの写真を見ながらほうと息を吐いたベインに、呆れた気分で相槌を打つ。

 

「あのね、私たちとは百歳以上も離れてるのよ? カッコいいも何もないでしょ。」

 

「別に恋愛対象とかじゃないわよ。単にカッコいいからカッコいいって言ってるだけ。貴女って本当にこういう話に乗ってこないわよね。つまんないわ。」

 

「だって、実際『カッコいい』とは思わないんだもの。仕方がないでしょ。……それより『炭水化物制限』はどうしたのよ。もう諦めたの?」

 

「ケヴィンったら、ガリガリな女は嫌いらしいのよね。だから気にしなくて良くなったの。」

 

また『標的』が変わったのか。どっちのケヴィンだ? グリフィンドールの七年生にも居るが、レイブンクローの五年生にも同じ名前が居たはずだぞ。頭をよぎった疑問を一瞬でどうでも良いかと切り捨てて、ベインから朝刊を取り返して再び目を通す。どうせ来学期には標的が変わっているさ。

 

「やってること自体には反対しないけど、他国の政治機関にまで干渉しちゃうのは問題よね。グリンデルバルドはロシア魔法議会の議長でもあるわけなんだし。」

 

「何の話? ああ、退屈な政治の話に戻ったのね。……だから『要請』なんじゃないの? 平たく言えば頼んでるだけなわけでしょう?」

 

「でも、各国が認めちゃうと『前例』になるわ。この記事もそれを問題視してるみたいよ。対策委員会にどの程度の実行力を持たせるのかと、その議長にグリンデルバルドが選ばれていることの是非を一度きちんと話し合うべきだって。」

 

結構まともなことが書いてあるから、スキーターの記事ではなさそうだな。多分スキーターの記事はゴーストのロックバンドの方なのだろう。そっちは正にゴシップだし、新聞社のエースどのが書いたので一面になっているのかもしれない。

 

文末の名前がやはりスキーターではなかったことに納得していると、ベインとは反対側の席に魔理沙が勢いよく座り込んできた。息を切らしながらだ。寮から走ってきたらしい。

 

「お前な、何で起こしてくれないんだよ。今日は一コマ目から授業だし、朝練もあるし、キノコの様子も見に行かなきゃなんだぞ。」

 

「私は授業も朝練もキノコの世話も無いんだもの。知らないわよ。いい加減自分で起きられるようになりなさいよね。」

 

「キノコ? キノコって何よ。何の話?」

 

「『早起き訓練』をするにしたって、わざわざクソ忙しい今日じゃなくてもよかっただろ? 起こしてくれないなら起こしてくれないって昨日の夜に言っといてくれよ。」

 

きょとんとしているベインの質問を聞き過ごして反論してきた魔理沙に、小さく鼻を鳴らしながら応答する。

 

「言ったわよ。聞いてなかっただけでしょ。」

 

「ねえ、キノコって何なの? キノコがどうしたの?」

 

「いーや、言ってないね。絶対に言ってない。」

 

「ちょっと、そんなのどうでも良いからキノコの話を先に教えてよ。意味が分からないわ。何で急にキノコって言葉が出てきたの?」

 

喧しくキノコを気にするベインを尻目に言い争っていると……おっと、『練習オバケ』が現れたぞ。大広間の入り口の方からユニフォーム姿のジニーがずんずん大股で歩み寄ってきた。寮で着替えを済ませたらしい。

 

「マリサ、行くわよ! 練習をしないといけないわ。練習を!」

 

「待てって、ジニー。先に行っといてくれ。私は飯を食ってキノコの様子を見てから──」

 

「キノコ? この期に及んでキノコなんかを気にしてる場合? それに食事を終わらせてないってのはどういう了見よ。何より優先すべきは練習でしょうが。貴女が朝ご飯を抜いたところで誰も死なないけど、グリフィンドールが負けたら私が憤死するの。だからご飯は無し! キノコも無し! あるのは練習だけよ! 次に忌々しいキノコのことを口に出したらぶっ飛ばすからね!」

 

「……本当に何なの? キノコって。何でこんなにみんなが気にしてるの?」

 

ジニーのあまりの剣幕にちょっと怖くなってきたらしいベインが小声で聞いてくるのに、連行されていく魔理沙を横目に返事を返す。

 

「魔理沙が育ててるのよ、魔法キノコを。それだけの話。」

 

「待ってくれってば、ジニー。……咲夜、ネビルにキノコを頼むって伝えてくれ! アクシオ(来い)、トースト。今日は湿度が低いから霧吹きの量を調節しないとダメだって! アクシオ。それと『紫帽子』にはそろそろ日光が必要になるから移動させてくれって! アクシオ。」

 

ジニーに引き摺られている状態で私に叫びつつ、呼び寄せ呪文でパンやらソーセージやら目玉焼きやらを次々と手に入れている魔理沙。器用なんだか間抜けなんだか分からないその姿をグリフィンドールの生徒たちが見送った後、至極微妙な顔付きでそれを眺めていたベインが口を開く。

 

「キノコが好きなの? マリサは。」

 

「キノコが好きなんじゃなくて、お金が好きなの。……下級生たちが『お手本』にしないといいんだけど。昔双子先輩も呼び寄せ呪文で料理を取ってたわよね?」

 

「技術は受け継がれるってことでしょ。私はあんな器用に呼び寄せ呪文を使えないわ。パンでソーセージとかをキャッチして、最終的にはサンドイッチにしてたわよ?」

 

「呆れてものも言えないわ。本当に無駄な技術だけは持ってるんだから。」

 

下級生は魔理沙の杖捌きに感心したような顔になっていたし、真似する子が絶対に出てくるぞ。そして真似すれば確実に料理を床に落として先生方に怒られる羽目になるだろう。あれは簡単そうに見えて難しいのだ。双子先輩や魔理沙なんかの歴代の『実行犯』が言っていたんだから間違いないはず。

 

監督生集会で『グリフィンドール発祥』の問題として提起されるのは恥ずかしすぎるし、後で注意用のポスターでも作っておくべきか? だけど、それもそれで中々恥ずかしいな。額を押さえながらため息を吐いた私に、食事を再開したベインが非魔法界問題の話題を振ってきた。

 

「でも、この問題が盛り上がってきたらパパのところにも取材が来るかもしれないわね。おめかしするようにって言っておかなくちゃ。」

 

「来ないと思うけどね。取材を受けるのなんて大抵トップの人でしょ。」

 

「そういえば貴女の保護者はどうなの? 隠居してるにしたって何かコメントくらい出せばいいのに。……イギリスには居るのよね?」

 

「内緒よ。コメントも出さないと思うわ。すっぱり政治の場からは引退したんだから。」

 

レミリアお嬢様の発言を求めている者は未だ世界各地に数多く存在しているが、残念ながらお嬢様が『隠居』の場所として選んだのは幻想郷だ。肩を竦めて言い放つと、ベインは然程気にしていない様子で頷いてくる。そこまで関心があるわけではないらしい。

 

「あらそう、今回もコメント無しなの。政治家たちは残念がるでしょうね。……サラダも食べようかしら?」

 

「そうしておきなさい、ベイン。食事ってのはバランスが重要なの。それさえ心に留めておけば、貴女の標的が『ガリガリ派』に心変わりしても何とかなるわよ。」

 

適当な相槌を打った後、食べ終わったポリッジの皿を退けて新聞を読み直す。レミリアお嬢様はともかくとして、リーゼお嬢様はどう思っているのだろうか? 『お気に入り』のグリンデルバルドが大きな動きを見せたのだから、お嬢様もひょっとすると動いているのかもしれない。

 

うーん、グリンデルバルドか。ポッター先輩がお気に入りなのにはムッとするし、東風谷さんに構いっぱなしなのも気に食わないが、さすがに相手がグリンデルバルドともなるとそういう感情は湧いてこないな。あの人は私の脳内のジャンル分けでは『偉人』なのだ。要するに、ダンブルドア先生とかと一緒のジャンル。

 

だからまあ、遠い存在すぎて嫉妬する気にもなれない。そんなわけでリーゼお嬢様がグリンデルバルドを手伝っているとしても、私は一向に構わないわけだが……んー、実際どうなんだろう? 夏休みに入ったら聞いてみようかな。非魔法界問題はレミリアお嬢様も取り組んでいたことなんだから、従者として手伝えることがあるなら手伝わなければ。

 

よしよし、もしリーゼお嬢様から何かを求められた際は応じられるように、今のうちからきちんと勉強しておこう。出来るメイドというのは主人の動きを予測して備えておくものなのだ。ついでに魔法史の時事問題対策にもなるわけだし。

 

予言者新聞の二面記事をじっくりと読み返しながら、サクヤ・ヴェイユはかぼちゃジュースをコップに注ぐのだった。

 


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