Game of Vampire   作:のみみず@白月

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対等な関係

 

 

「キミにしては珍しいところに呼び出すじゃないか。こういう賑やかな場所は嫌いだと思っていたんだがね。」

 

ロシア中央魔法議会の直上にある、グム百貨店の中のカフェ。百貨店の吹き抜けを利用したバルコニー席に腰掛けつつ、アンネリーゼ・バートリは目の前の白い老人に声をかけていた。

 

忌々しい三バカのお守りを終え、イギリスに帰って来たところでゲラートからの呼び出しがかかったのだ。だからこうして待ち合わせ場所であるカフェに足を運んだわけだが……うーむ、随分と賑わっているな。さすがは赤の広場に長年居座っているショッピングモールだけあって、観光客なんかでごちゃごちゃしているぞ。

 

忙しなく一階を行き交う人間たちを見下ろして小さく鼻を鳴らした私へと、ゲラートはエスプレッソを一口飲んでから口を開く。

 

「騒がしい場所は確かに好かんが、だからといって目を逸らすのは愚か者のやることだ。慣れたことばかりをしていては、新たな発見をすることが出来ない。たまにはこういった場所に足を運ぶのも重要だろう。」

 

「おいおい、自己啓発セミナーにでも行ったのか? 『新たな発見』をしたいのであれば、せめてもっと面白い場所を選びたまえよ。ゲームセンターとかをね。……私は紅茶をもらおうかな。」

 

早苗の『おねだり』で行ってみたが、中々面白い施設だったぞ。寄ってきた店員に注文を伝えながらアドバイスしてみれば、ゲラートは……ふむ? 今日は突っ込んでくれる気分じゃないらしいな。無表情で聞き流してから腕を見せてきた。スーツに包まれている、杖腕とは反対側の腕をだ。

 

「これを見ろ、吸血鬼。」

 

「左腕だね。それがどうしたんだい? カフリンクスを褒めて欲しいのか?」

 

「そうではない、こっちだ。」

 

呆れたような顔付きのゲラートが見せたかったのは、どうやら腕に着けている古臭い腕時計の方らしい。新しく買ったから感想を聞きたいとか? にしてはやけに古くて安っぽいデザインだし、そもそもゲラートは早苗や諏訪子と違って『これどう?』をしてくるタイプではない。何を言わんとしているんだよ。

 

色褪せた革のベルトが付いた腕時計を目にして小首を傾げている私に、ゲラートは謎の行動の意味を伝えてくる。一階を歩いているマグルたちを眺めながらだ。

 

「これは俺が十六の頃から使っている腕時計だ。二束三文で売っていた安物だが、これまでずっと時を刻み続けてきた。ヨーロッパ大戦時も、アルバスとの決闘の日も、ヌルメンガードに収監されていた頃も、ロシア議長としての日々も。百年以上もの長い時間をな。……しかし、先日遂に動かなくなった。ぜんまいを巻いてもピクリとも反応せず、長針も短針も動くことをやめたんだ。」

 

「あー……なるほど、言われてみれば見覚えがあるよ。残念だったね。修理には出さないのかい?」

 

「時計屋には持って行ったが、単純に寿命なんだそうだ。直したいのであれば中の構造を全交換しなければならないらしい。……だが、それをしてしまえば外側が同じなだけの別の時計になってしまう。だから断って帰ってきた。」

 

「……意図がいまいち伝わってこないぞ。何を言いたいんだ? キミは。」

 

ゲラートがこういう曖昧な話を振ってくるのには違和感があるな。よく分からんという表情で疑問を呈してみれば、白い皇帝は皮肉げに口元を歪めながら真意を語ってきた。

 

「この腕時計は高価ではなく、華美でもなく、道端で投げ売りされているような有り触れた品だが、百年もの間己の仕事をやり続けた。ただひたすらに俺の腕で時を刻み続けたんだ。忠実に、愚直に、勤勉にな。……分かるだろう? 吸血鬼。その時計が遂に止まった。それが意味するところは一つしかあるまい。」

 

「……まさかとは思うが、だから自分の『終わり』も近いと言いたいんじゃないだろうね? 根拠が曖昧な上に感傷的すぎるぞ。」

 

「アルバスが自身の終わりに気付いたように、俺もまた気付いたということだ。この時計が最後の仕事としてそれを俺に教えてくれた。……故に急がねばならん。今の俺は緩やかに終わりへと近付いている。今更それを恐れはしないが、すべきことを残したままで死ぬのは御免だ。」

 

「非常に気に食わないね。キミらしからぬ弱気な発言じゃないか。時計如きが語る死なんぞ覆してしまいたまえよ。」

 

死ぬだと? ゲラート・グリンデルバルドが? 何だか分からんが、兎にも角にも気に食わんぞ。何よりイラつくのは、自身の死を語るゲラートの雰囲気がダンブルドアのそれと似通っているところだ。まるで本当に死ぬみたいじゃないか。縁起が悪いからやめろよな。

 

組んだ足を小刻みに揺する私へと、ゲラートは何でもないような面持ちで小さく呟く。

 

「人は死ぬものだ。そうでなければ報われん。死があるからこそ足掻き、終わりがあるからこそ進むことが出来る。俺は死から目を逸らすつもりも、否定するつもりもないぞ。これまでずっと俺として生きてきたのだから、最期も俺として死んでみせよう。……アルバスはそれを為した。ならば俺も為さねばならん。死に様であの男に負けるのだけは認められんからな。」

 

「……対策委員会はどうするんだい? 途中で投げ出すのか? せめて非魔法界問題がどうにかなるまでは生きておきたまえよ。何なら私がそのための『手段』を調達してきてあげよう。別に不死を目指せとまでは言わないさ。ちょっとした延命程度なら誰も気にしないはずだ。」

 

「延命はしない。俺以外の力に頼って生き存えたところで、それは老醜を晒すことに他ならん。……そして対策委員会を中途半端な状態で投げ出すつもりもないぞ。委員会が八ヶ国に要請を出したことは知っているだろう? あれは事態を加速させるための最初の一手だ。次々とああいった手を打ち続けていけば、俺が死んだところで誰も止められないほどのスピードをつけることが出来る。俺が死ぬまでにすべきなのは、非魔法界問題を最大限に『加速』させることだ。」

 

死か。魅魔から学んだ教訓を思い出すな。死ぬ権利だけは侵害されてはならないという教訓を。……頭では理解しているさ。ダンブルドアが自らの終わりを受け容れたように、ゲラートもそうしようとしているわけだ。そこに横から介入するのはあまりに無礼な行いであって、私が選択すべき行動は認めて見送ることなのだろう。

 

つまり、パチュリーがダンブルドアに対して行ったことこそが正解なのだ。今になってようやくあの時のパチュリーの感情が理解できた私へと、ゲラートは淡々と説明を続けてきた。

 

「俺が手を回せるロシアとドイツは問題なく受け入れるし、非魔法界への理解度が高いアメリカもさほど抵抗なく要請を呑むはずだ。そうなればカナダもそれに続くだろう。……よって問題になるのはイギリス、フランス、ブラジル、日本の四ヶ国となる。」

 

「……私からイギリス魔法省に働きかけろってことかい?」

 

認め難い話題のことを考えたくなくて対策委員会の話に思考を逸らした私に、ゲラートは首を横に振って応答してくる。

 

「以前のイギリス魔法省は俺に対する反感が強かったが、今の魔法大臣は理性的に物事を判断できる女だ。非魔法界の事情をそれなりに理解しているようだし、魔法族全体が危機に陥りかけていることもよく把握している。感情からの無意味な反対をしてこないのであれば、俺が説き伏せるのも不可能ではないだろう。」

 

「では、フランスは? そっちは『感情からの反対』をしてくると思うぞ。」

 

「隣国で長年同じ陣営だったイギリスを先に落とせば、フランスの民意も揺らぐはずだ。そうなった時、スカーレットの名を前面に出して交渉する。非魔法界対策は俺の望みでもあるが、同時にスカーレットが賛意を示していた物事でもあるからな。……あの国は今なお骨の髄まで『紅のマドモアゼル』に忠実だ。非魔法界問題の解決がそのスカーレットの意思であったことを思い出させてやればいい。」

 

「自分の派閥に取り込めないなら、スカーレット派であることを利用するってわけだ。残りの二国はどうするんだい?」

 

イギリスが要請を認めるという前提であれば、ゲラートがフランスを動かすのも絶対に無理ってほどではないわけか。思考を回しながら問いを投げてみると、議長閣下は少し難しい顔で返事を寄越してきた。

 

「そこが問題点だ。ワガドゥがあるアフリカは非魔法界の捉え方に差異がありすぎるため今回は削ったが、未来の魔法族の教育機関である七大魔法学校と関係の深い国は是が非でも巻き込みたい。日本とブラジルを外すわけにはいかん。……だがしかし、その二国とはあまりにも繋がりが薄すぎる。俺が両方に対処しようとすれば余計な時間がかかってしまうだろう。」

 

「そこまで言われれば私にだって分かるさ。日本を私が、ブラジルをキミが落とすってわけだ。」

 

「そういうことだ。ブラジル魔法省に対しては、俺がマクーザや連盟経由で手を伸ばしているが……お前の方はどうなっている? 日本魔法界への繋がりは構築できたのか?」

 

「日本魔法界を支配する三派閥のうち、二つには既にパイプを繋いであるよ。残る一つに関しては弱みを握ろうとしているところだ。」

 

進捗を報告してやれば、ゲラートは一瞬だけ黙考した後で自身の視点を口にする。

 

「三つの派閥が存在することはこちらも把握しているが、やはり外側から内部事情を探るのは難しいようだ。他国の公人相手に内側の争いを見せるほど間抜けではないらしい。私人として自由に動けるお前の方が深くまで調べられるだろう。……交渉相手として相応しい派閥は特定できたか?」

 

「現状の判断だと藤原派か細川派のどちらかを『窓口』にして、松平派は弱みを握って利用するってのが最適解に思えるかな。要するに二対一に持ち込めばいいんだから、そう考えた時に『味方』として頼りになりそうなのは藤原派か細川派だ。図体がデカいだけに動きが鈍そうなんだよ、松平派は。」

 

外交力が頭一つ抜けている藤原派と、闇祓いや魔法技研を傘下に収めている細川派からは集団としての纏まりを感じたものの、松平派はどうにも意思の統一がなされていないように思えるのだ。派閥としての人数は最多らしいが、故に内側でのゴタゴタが他の二派よりも目立っているという印象を受けたぞ。長期的に利用するならともかくとして、短期的な窓口としては魅力を感じないな。

 

運ばれてきた紅茶を一口飲んでから答えた私に、ゲラートは詳細を詰めるための質問を放ってきた。

 

「フジワラとホソカワか。強いて言えば有力なのはどちらだ?」

 

「それは相手に何を望むかによるね。キミが出した要請を通すための手伝いだったり、あるいは非魔法界問題に対する国際的な動きの促進を期待するのであれば藤原派かな。他国との外交に関しては藤原派が実権を握っているようなんだ。……反面、日本国内への直接的な影響力や非魔法界問題を正しく理解できそうなのは細川派の方だよ。闇祓いという武力を握っているのも重要だが、それ以上に傘下の『魔法技研』という組織が絶大な力を持っているようでね。非魔法界の技術と魔法を組み合わせる実験なんかも行っているんだそうだ。」

 

「……マツダイラ派を仮想敵にすることで両方を引き込むのは無理なのか?」

 

「無理かな。日本魔法界の三派閥ってのは根っこの部分で争うように出来ているみたいだから、手を結ぶのは一派だけにしないと後々『内ゲバ』が起きるぞ。加えて言えば、それが表面上だけだとしても二派の協力体制を構築するのには時間がかかりすぎる。その忌々しい腕時計の『予言』が万が一本当だった場合、キミには時間がないんだろう?」

 

ぶん殴ったらまた動き出さないかな。ぽんこつ腕時計め。ゲラートの腕に着いている時計を指して言ってやれば、ロシアの議長どのはガラス張りの屋根を見上げつつ応じてくる。その顔に浮かんでいるのは『面倒くさいな』の表情だ。日本魔法界の複雑さはきちんと伝わったらしい。

 

「一派を味方に、一派を敵に、そして一派を弱みで操るのが最も現実的な『多数』の握り方だということか。……お前の話を聞いた限りでは外交強者のフジワラ派が魅力的に思えるが、魔法技研という存在も無視できんな。難しいところだ。」

 

「非魔法界問題を加速させようと思った時、外交屋が欲しいか技術屋が欲しいかで決めればいいじゃないか。言葉で民衆を納得させるか、非魔法界の技術を見せることでそれをするか。どっちが良いんだい?」

 

「……言葉を操る人材は足りているが、非魔法界の技術に詳しい魔法使いは未だ貴重だ。ホソカワ派との繋がりを強化してくれ。フジワラ派とは完全に関係を切って構わん。」

 

「はいはい、了解だ。相変わらず思い切りがいいね。」

 

中々どうして釣り合いが取れている二択だし、さすがのゲラートももうちょっと悩むと思ったんだけどな。肩を竦めて頷いた私に、ゲラートは当たり前のことを聞くなという顔で返答を飛ばしてきた。

 

「決断することこそが指導者の役目だ。それが出来ない人間はこの国の議長にも委員会の議長にも相応しくあるまい。」

 

「キミが思う以上にそれが出来る人間ってのは少ないんだよ。普通は迷うし、失敗した時の責任の重さに怯んで動けなくなるもんさ。……松平派については現状の対処で問題ないんだね?」

 

「真に無能なのは失敗する指導者ではなく、決断できない指導者だ。誰しもにそれを望むつもりはないが、少なくとも俺は歴史からそのことを学んでいる。……マツダイラ派に関してはお前に一任しよう。スカーレットしかり、お前しかり。悪巧みで吸血鬼に勝る存在が居るとは思えないからな。」

 

「そんなに褒めないでくれたまえ。……何にせよ、日本魔法界の『窓口』は細川派ってことで進めていくよ? キミと繋げばいいのかい?」

 

藤原派とは紐を結んだばっかりだったんだけどな。どうも無駄になっちゃったらしい。ちょびっとだけ残念に思いながら問いかけてみると、ゲラートは一つ首肯して補足を述べてくる。

 

「ああ、繋いでくれ。それと可能ならば対策委員会の要請を通すための工作も頼みたい。出来るか?」

 

「誰にものを言っているんだい? 出来ないわけがないだろうが。日本魔法省にあの長ったらしい要請を呑ませればいいんだね? そんなもんちょちょいのちょいだよ。」

 

正直なところ確実に出来るという自信はないが、この男からこう聞かれて『出来ないかも』だなんて言えるはずがない。自信満々の態度で請け負った私に、ゲラートは真面目くさった顔付きで更なる要望を出してきた。欲張りなヤツだな。

 

「もう一つ、魔法技研とやらの詳細な情報が欲しい。日本の非魔法界調査チームの報告を受けに行った際は名前が出なかったから、これまでは気にも留めていなかったが……お前の話からするに非魔法界対策において有用な組織だと言えるだろう。」

 

「さっきも言ったように他国との外交の窓口が藤原派になっているから、細川派である魔法技研をチームに参加させなかったのかもしれないね。調査するだけでいいのかい?」

 

「巻き込めるなら巻き込んでくれ。非魔法界対策の部署の設立が叶うのであれば、その組織を是非とも組み込みたい。」

 

「やってみるよ。細川派を窓口にするんだから、向こうから接触してくるかもしれないしね。」

 

細川派ね。西内家から話を通すついでに細川京介の方にも働きかけてみるか? 期待しているわけではないが、弾数が多いに越したことはあるまい。『標的』を細川派に絞るならルートは相応に少なくなるんだし、ダメ元でやってみても損は無いはず。

 

今後どう動くかを考えていると、ゲラートはソーサーの下にルーブル紙幣を挟んで席を立つ。

 

「では、俺は地下に戻る。当面はイギリスとブラジルへの政治工作に集中するから、日本はお前に任せたぞ。」

 

「……置いていくのはエスプレッソの代金だけかい?」

 

黙って見送るのが何となく嫌で適当な皮肉を投げてみれば、ゲラートは薄く笑いながら応答してきた。

 

「当たり前だろう? もはや俺が食事の代金を支払わずに済む相手はお前だけだからな。自分で払え、吸血鬼。それが対等な関係というものだ。」

 

「ケチなヤツだね。……最低限、私が仕事を達成するまでは勝手に死ぬなよ? 死者のために働くなんてのは冗談にもならないぞ。」

 

「安心しろ、まだその時ではない。無様に生き存えるのは御免だが、定められた時より前に死ぬつもりもないからな。死ぬべき時に死ねるように、生きるべき時までは生きてみせよう。」

 

「別に不安になっちゃいないよ。仕事が無駄になることを心配しただけさ。」

 

去り行くゲラートに声をかけてから、紅茶を飲んで顔を顰める。不味いな。苦すぎるぞ。これだからロシアの紅茶はダメなんだ。

 

「……ふん。」

 

自分が何故イラついているのかを考えないようにしつつ、アンネリーゼ・バートリは大きく鼻を鳴らして深々と席に背を預けるのだった。

 


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