Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ウミツバメ

 

 

「ちょっ、ダメだってば。もうお兄ちゃんになったんだからこれは食べられないでしょ? めだよ。めっ!」

 

鳥舎の中から嘴を出して私の服を引っ張ってくる海燕たちを叱りつつ、東風谷早苗は液体状の餌が入っているバケツを死守していた。これは奥の方に居る雛たちのための餌なのだ。成鳥に取られるわけにはいかないぞ。

 

楽しかったゴールデンウィークが終わってしまい、また退屈なマホウトコロでの生活が戻ってきた五月の中旬。現在の私は今年もなし崩し的に任命された『海燕係』の任を果たすべく、昼休みの時間を使って海燕たちへの餌やりを行っているのである。

 

日本魔法界の誰もが知っている通り、海燕はマホウトコロ呪術学院を象徴する美しい鳥だ。だからこの鳥自体は非常に人気がある魔法生物ではあるものの、マホウトコロにおける『海燕係』は……まあ、往々にして一番最後に余る係という位置付けだな。誰も立候補しないしやりたくないから、私みたいな『はみ出し者』にお鉢が回ってくるような係。

 

第一の問題点として、海燕たちの鳥舎が遠いことが挙げられるだろう。マホウトコロの七階の東の端に位置しているこの場所に来るのがそもそも面倒くさいし、誰もが貴重な昼休みをそんなことに使いたくはない。海燕係はみんなが中庭でクィディッチをしたり、図書館で勉強をしたり、空き教室でお喋りを楽しんでいるのを他所に、午前の授業が終わった直後に急いで大広間に行って昼食を掻き込んで、二階の生物学準備室から七階までせっせと重い餌入りのバケツを運んでこなければならないのだ。

 

この時点で既に立候補者はゼロになりそうだけど、まだまだ問題点は多い。海燕は巨大な魔法生物なので鳥舎の掃除は大変だし、力も相応に強いから餌やりだって一苦労だ。おまけに凄く賢いから油断すると悪戯で酷い目に遭ったりとか、『おねだり』の時に鋭い嘴で制服を噛まれてボロボロにされたりとか、甘えて頭を擦り付けてくる時に勢いがあり過ぎて吹っ飛ばされたりとか、とにかく大変なのである。

 

だから私は海燕係が選択肢に入ってくる七年生の頃から、ずっとこの仕事を押し付けられているわけだ。係に選出されるのは各寮の七、八、九年生から男子三名、女子三名ずつの計十八名。つまり全寮全学年だと五十四人が海燕係になっている計算になるので、仕事が回ってくる頻度こそ月に一、二回のペースではあるものの……同寮同学年の子が手伝ってくれたことは一度もないな。

 

基本的には毎日ある世話を三寮で分担して、それを更に学年ごとに分担し、最終的には男女でも分担しているので普通なら同学年の女子二人が一緒に世話をするのだが……まあうん、そうすると当然『面倒だし、蛇舌にやらせとけばいいじゃん』となるわけで、私は七年生の頃から一貫して一人で作業を行っている。もう慣れたさ。むしろ一緒にやって気まずくなるよりずっとマシだぞ。

 

「はーい、ご飯ですよー。」

 

今日も制服の肩の部分が噛まれてほつれてしまったことに落ち込みつつ、奥にある雛用の鳥舎に足を踏み入れた。海燕は普通の鳥より遥かに長生きなので、産卵の機会が少ないし雛の期間もそれなりに長いらしい。この子たちは去年の秋に生まれたグループだけど、まだヒヨコに近い見た目だな。真っ黒でふわふわの体毛に身体を包まれていて、バケツを持った私が鳥舎に入った途端にピヨピヨ鳴きながら──

 

「ぐぇ。」

 

『……早苗? 大丈夫か?』

 

「……だ、大丈夫です。」

 

勢いよく突っ込んできた雛たちを支え切れずに転倒した後、神奈子様に応じながら何とか立ち上がって餌やりを始める。雛といってもさすがは海燕の雛だけあって体長は一メートルほどだし、それに見合ったパワーもあるのだ。物凄い必死さで鳴きまくって餌を要求してくる雛たちに、なるべく均一に行き渡るように調整しつつ餌をあげていく。四羽だから、四分の一ずつだな。

 

「君はもう食べたでしょ? こっちの……ああ、出ちゃダメ! どこでそんなこと覚えたの? めっ! めだからね!」

 

恐ろしいな。鳥舎のドアを器用に開けようとしていたぞ。脚を使ってロックを外そうとしていた子を叱っている間にも……わああ、これだから油断できないんだ。一際食いしん坊な子がバケツに首を突っ込み始めた。

 

「何してるの! 離し……こら、離しなさい! 何でそんなに食いしん坊なの! ダメでしょ? ダメっ。」

 

『こいつらを見てるとつくづく思うけどさ、賢いペットってのはやっぱダメだね。多少バカな方が扱い易くていいんだよ。犬とか猫程度の賢さが一番なんじゃないかな。』

 

諏訪子様の呆れたような声を背に何とか餌やりを終わらせてから、今度は鳥舎の掃除に入る。纏わり付いてくる雛をあしらいながら床に敷かれている藁を交換して、水場の水を補給して、遊び用の砂場と小さな海水のプールを整えて、温度と湿度をチェックして『お世話ノート』に書き込み、四羽の雛たちに何か異常はないかと観察してやれば……よし、異常なしだな。これでこっちは終わり。次は成鳥たちの世話だ。

 

『丁寧に確認しときなよ? ドアのロック。この前雛を脱走させて桐寮の当番が絞られてたっしょ? 教頭からめちゃくちゃ怒られたらしいし、そうなるのが嫌なら入念にチェックしときな。』

 

「さっきのを見ると不安になってきます。魔法でロックがかけられればいいんですけど、私はあれが苦手ですから。……まあ、多分大丈夫じゃないでしょうか?」

 

諏訪子様の注意に頷きつつ、雛用の鳥舎のロックを再度確認した。このドアは鍵ではなく、鉄の棒をつっかえさせるような感じのロックの仕方なのだ。普通の鳥だったら絶対に出られないだろうけど、やんちゃで賢い海燕の雛たちが相手となると心配だぞ。

 

とはいえ、現状ではどうにもならない。お世話ノートに『鍵を開けようとしていました』って書いておいたし、担当の先生が対処してくれることを祈っておこう。ため息を吐きながら一度鳥舎の外の廊下に出て、二階から運んできた台車の上にある成鳥の餌が入っているバケツを手に取る。人数が居れば分けて持ってこられるし、一人でも魔法が上手ければ浮遊魔法で纏めて運べるわけだが、私はどちらでもないので台車を使って運んでいるのだ。

 

海燕係を一人でやることにはもう慣れたけど、この台車を使う恥ずかしさは未だに消えないな。これに大量のバケツを載せて七階まで運んでいる姿を他の生徒に見られた際、『あれが例の蛇舌か』という反応をされるとどうにも虚しい気分になってしまうぞ。台車を使うということはつまり手伝ってくれる友達が居なくて、かつ浮遊魔法すら満足に使えないという証明に他ならない。そんな上級生はマホウトコロで私だけだ。

 

特にこの時期は本当に嫌になるぞ。すれ違う在校生が新入生たちに、『関わるべきではない人物』として紹介しているのが聞こえてしまうのだ。ここまでの道中を思って憂鬱になりながら、海燕たちの口の中に次々と魚を放り込んでいく。成鳥はある程度力加減を学習しているし、餌やりが始まりさえすれば待っているだけでも餌を貰えることを知っているので、この段階まで来ると雛よりも遥かに楽だな。始める前の『おねだり』も我慢できるようになれば完璧なのに。

 

ちなみに餌やりの順番は明確に決まっている。海燕は群れを作る生き物だから、序列が上の個体から順番にあげていかないと後でトラブルが起きるらしい。群れにおける序列は飛ぶスピードや身体の大きさ、嘴の長さなんかで決まるんだそうだ。

 

私が海燕だったら餌を貰えるのは一番最後だろうなと考えつつ、空になったバケツを台車の上に戻して掃除に移った。雛よりもずっと数は多いけど、掃除も基本的には成鳥の方が楽かな。ちょっと退いてと声をかければ理解して退いてくれるし、半数ほどは自分で汚れた藁を『提出』してくるほどのお利口さんっぷりなのだ。特別悪戯っ子な個体の鳥舎以外はスムーズに作業できるだろう。

 

「はい、ありがとう。」

 

汚れた藁を一羽一羽個別になっている鳥舎の中からこっちに押し出して、新しい藁を嘴で受け取って勝手に敷いてくれる子の頭を優しく撫でていると、神奈子様が警告を寄越してくる。

 

『早苗、またあのバカ鳥が藁を撒き散らしているぞ。』

 

「へ? ……こら! ダメって言ったのに!」

 

『構うから図に乗るんだよ。無視して餌抜きにしてやればいいのに。』

 

「それはさすがに可哀想ですし、勝手に餌を抜くわけにはいきませんよ。……どうしてこんなことするの! ダメでしょ!」

 

諏訪子様に応答してから、群れで一番の悪戯っ子を叱りつけた。序列で言うと七番目の子で、誰かが世話に来ると構ってもらいたくて鳥舎の中の藁を咥えて通路に撒き散らすのだ。こっちが怒っているのにクルクルと甘えた声を出す悪戯っ子にどうしたもんかと困っていると、隣の鳥舎の海燕が頭を出して悪戯っ子を睨みながら鋭い鳴き声を上げる。

 

すると途端に奥へと引っ込んでいった悪戯っ子を見てきょとんとしている私に、神奈子様が疑問げな声を送ってきた。

 

『……急に大人しくなったな。どうなっているんだ?』

 

『格上に注意されてビビってるんでしょ。そっちの海燕は序列二位だもん。やっぱ早苗は舐められてるんだよ。』

 

「ええ? そんなこと言われても、仕方ないじゃないですか。……助けてくれたの? ありがとうね。」

 

二位の子の嘴の付け根をカリカリと掻いてやれば、気持ち良さそうに目を細めながらクルクルと鳴いてくる。うーん、可愛いな。こういうところが日本魔法界の魔法使いたちに愛される所以なのかもしれない。

 

海燕は巨大な鳥だし鋭い嘴があるから昔はちょっと怖かったけど、今はそういう感情は全く湧いてこないぞ。この子たちは服をボロボロにしたり悪戯で困らせたりはするが、意図的に人を傷付けるようなことは絶対にやってこないのだ。生物学の先生は犬が非魔法族の友であるように、魔法族の友は鳥なんだって言っていたっけ。大昔の日本の陰陽師たちは海燕のような賢い鳥を何種類も飼い慣らしていたらしい。

 

「諏訪子様と神奈子様は大鴉や袂雀を見たことがありますか?」

 

嘗て海燕と同じように日本の魔法使いたちに飼われていた大鴉と袂雀。鳥舎の掃除を進めながら、今はもう保護区に数羽ずつしか残っていないというその魔法生物の名前を口にしてみると、お二方は懐かしそうな口調で返事を返してきた。

 

『あー、昔は飛んでたねぇ。でっかいカラスとちょっと大きめの白い雀でしょ? 特に袂雀は術師が使ってるのをよく見たよ。袂に入れといて、手紙とかを運ばせるんだよね。』

 

『いつの間にか見なくなってしまったな。最近では普通の雀すら少なくなってきたように思えるぞ。まあ、カラスは依然嫌というほどに見かけるが。』

 

『私はどっちも好きじゃなかったけどね。神性的に鳥とは相性が良くないんだよ。神奈子は風神だから多少縁があるけど、私としては稲を荒らしたりする連中ってイメージかなぁ。』

 

「でも、可愛いと思いませんか? ほら。」

 

手を伸ばすとすりすりと頭を擦り付けてくる海燕を示して言ってやれば、諏訪子様は苦笑している感じの声色で相槌を打ってくる。

 

『こいつらは魚を食べる海鳥だから、嫌いってほどじゃないよ。諏訪では見たことないしね。……飼いたいの?』

 

「いやいや、そこまでではありませんよ。個人で飼えるような鳥じゃないですし。」

 

『アンネリーゼちゃんに頼んでみればいいじゃん。……ああでも、鳥は嫌いなんだっけか? 何でなんだろ?』

 

『羽毛はセンスが無いからと言っていたぞ。皮膜こそが格式高い翼であって、羽毛派はダメなんだそうだ。』

 

なんだそりゃ。結構リーゼさんと会話している神奈子様の説明に、諏訪子様がアホらしいという声で返答した。

 

『私たち神もそうだけどさ、妖怪も変なところに拘るヤツが多いよね。狐と狸の喧嘩みたいなもんなのかな? 傍から見ればどっちもどっちってパターンのやつ。』

 

『だろうな。他者との差別化を図ろうとするのは妖怪の本能だ。アイデンティティの確立がそのまま存在としての強さに繋がるのだから、そういったよく分からない拘りを持つのは当然のことだろう。似ている種族とは得てして仲が悪くなりがちなのさ。』

 

『吸血鬼は鳥妖怪と相性が悪いってことなのかもね。……例えば鴉天狗とか? 夜雀もダメかな。』

 

「鳥の妖怪も沢山居るんですね。」

 

天狗はさすがに知っているけど、夜雀というのは初耳だな。ちょっとカッコいい名前だなと思っていると、神奈子様が一つ鼻を鳴らしてから言葉を放つ。

 

『普通の鳥はともかくとして、鳥妖怪は私も好かん。特に鴆が嫌いだ。蛇を狙うわ毒はあるわで百害あって一利ないぞ、あの鳥は。』

 

『まーた始まった。噂で聞いてるだけで、鴆とは会ったことないじゃんか。……聞いてよ、早苗。こいつったら大昔にサイの角を怪しい南蛮妖怪から買ったんだよ。鴆の毒に効くとかって騙されて、高い金出して買っちゃったの。バッカみたい。』

 

『お前、備えあれば憂いなしという言葉を知らないのか? 鴆毒は凄まじい猛毒なんだぞ。解毒剤はサイの角を削った粉だけなんだ。あの緑髪の南蛮妖怪はそう言っていた。薬師だと名乗っていたし、効能もきちんと説明してくれただろう?』

 

『このバカ蛇ったら、何百年間騙され続けんのさ。あんなもん嘘に決まってるでしょうが。早苗が昔動物図鑑を読んでた時に私も後ろから見てたんだけど、あれって毛なんだってよ。毛! あんたはアホみたいな金額でサイの毛を買ったの! 毛をね!』

 

あ、マズいな。お二方がいつもの言い争いモードの『助走』に入っているぞ。ここで神奈子様が引いてくれれば収まるんだけど……ぬう、今回は引く気がないようだ。反論が耳に届いてきた。

 

『老眼で読めなかったんじゃないのか? あんな硬い物が毛のはずがないだろうが。大体、あの程度の金額で何百年間もぐちぐちと……狭量蛙め。そもそも私が自分で払ったんだから関係ないだろう?』

 

『はあぁぁ? あれは私が頑張って畑仕事の手伝いとかをして貯めてたお金なんですけど? それをあんたが勝手に使ったんじゃん! 記憶の捏造はやめてもらえる? この痴呆蛇!』

 

『ふざけるなよ、耄碌蛙。あれは私が貯めたへそくりだ。私の物を都合良く自分の物にするのはやめろと言っているだろうが。……早苗、こいつの言うことを信じるなよ? 普段の行いを見れば一目瞭然だろう? 悪いのはこいつの方だ。』

 

『おいこら、早苗に嘘を吹き込むのはやめな。サイの毛を買ったバカの話なんて信じるんじゃないよ、早苗。こいつが昔からバカなことばっかりやってるから、いっつもいっつも私が帳尻合わせをさせられてたもんさ。……そうだ、思い出した。そういえばあんた、大昔に田んぼの水路を作ろうとした時に訳の分かんないやり方をして全部ダメにしたね。その時も私の所為にしたでしょ。』

 

話の内容がサイの角から一気に飛んだな。怒っている時の諏訪子様がよく繰り出す話題展開に、神奈子様が買い言葉で応じようとした寸前、私が大声で無理やり発言を挟む。

 

「えーっと、終わりました! お掃除終了です! じゃあ、行きましょうか!」

 

『待ちな、早苗。こいつの罪をきちんと暴いて糾弾しないと──』

 

『少し待て、早苗。今日という今日はいい加減に分からせてやる必要が──』

 

「わー、急がないと! 急がないと次の授業に間に合いません! バケツを生物学準備室に返して、置いてきたバッグを回収して、それから宿題をやってない言い訳を考えないと!」

 

とにかく会話をさせまいと強引に声を被せながら廊下に出て、空のバケツが載った台車に手を添えたところで……細川先生? かなり気まずげな表情の細川先生が目の前に立っているのが視界に映った。

 

「……こんにちは、東風谷さん。一応私も教師なので、宿題はしっかりやっておくことを勧めておきます。」

 

「あぅ……あの、はい。」

 

「誰かまだ鳥舎の中に居るんですか? お喋りしていたようですが。」

 

「いや、えと……海燕。そう、海燕と話してました。だからその、動物に話しかけちゃうタイプなんです、私。」

 

これはめちゃくちゃ恥ずかしいな。この辺は普段誰も通らないから、最後の方は油断して結構な声量で喋っていたぞ。まさか『神々と対話していました』と言うわけにはいかないし、あのレベルの声で独り言を喋っていたというのは異常すぎる。それにしたって恥ずかしいのには変わりないけど、海燕と会話していたことにするしかないだろう。

 

顔が赤くなっていることを自覚しながら言い訳した私へと、細川先生は視線を逸らして首肯してくる。気を使ってくれているらしい。ああもう、更に恥ずかしくなってきたぞ。

 

「なるほど、そうだったんですか。まあ、私もたまに猫に話しかけたりしますし、別段おかしなことではありませんね。……時に東風谷さん、バートリ女史にはもう伝えてくれましたか? 私が手伝えるということを。」

 

「はい、伝えました。」

 

「反応はどうでした? 乗り気でしたか?」

 

「えっと、私はただ伝えただけなので……すみません、そこまではちょっと分からないです。手紙で聞いてみましょうか?」

 

ひょっとして、それを聞くためにここまで来たんだろうか? 随分と熱心だな。恥ずかしさに縮こまりながら応答した私に、細川先生は大きく頷いて肯定してきた。

 

「お願いできますか? お役に立つために色々と準備しているので、是非一度話だけでもさせて欲しいと伝えてください。」

 

「分かりました、今日にでも手紙を送っておきます。……ええっと、そのために私を探してたんですか?」

 

「まあその、どんな状況なのかが気になってしまいまして。他の生徒から東風谷さんが海燕の世話をしに行くところを見たと聞いたので、七階での用事を終わらせるついでに寄ってみたんですよ。……それでは、私は失礼しますね。どうせ二階に行くからこれも運んでいきましょう。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

杖魔法で動き出した台車と共に去っていく細川先生にお礼を投げてから、彼の姿が遠ざかったところでお二方に対してポツリと文句を呟く。

 

「……恥ずかしかったです。」

 

『ごめんごめん、悪かったよ。』

 

『すまない、早苗。少々騒ぎすぎたようだ。』

 

細川先生の中では、蛇どころか鳥にまで話しかける変わり者の生徒になっているんだろうな。それもあんな大声でだ。私だったらちょっと引くぞ。ああ、恥ずかしい。

 

鳥舎の戸締りを確認してからとぼとぼと七階の廊下を歩きつつ、東風谷早苗は自分の中に追加された『失敗譚』に小さくため息を吐くのだった。

 


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