Game of Vampire   作:のみみず@白月

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パチュリー・ノーレッジと賢者の石
トランクの中の小部屋


 

 

「それで、あー……どうなんだい? 君の研究の進捗は。」

 

落葉樹が葉を落とし、微かに冬の匂いがしてきたホグワーツの中庭で、パチュリー・ノーレッジは困った表情を浮かべていた。

 

目の前に立っているのはアルバス・ダンブルドア。ホグワーツきっての秀才で、誰にでも分け隔てなく接する『人気者』。そんなグリフィンドール寮の有名人が、人当たりの良さそうな笑みで急に話しかけてきたのだ。

 

しかし、研究の進捗? 何のことだかさっぱり分からないぞ。一瞬だけ脳裏に黒い革表紙の本のことがよぎるが、まさかそのことではないだろう。あの本のことは誰にも話していないわけだし。……『人間』には、だが。

 

「えっと、何のことかしら?」

 

微妙に目を合わせないようにしながら疑問を言葉に変えると、ダンブルドアはバツが悪そうな顔で説明してくる。

 

「いやまあ、大した意味はないんだけどね。僕が懇意にしている魔法省の友人に論文を送ってみたら、手紙で感想が返ってきたんだ。『ホグワーツの四年生は豊作だな。君といい、パチュリー・ノーレッジといい。』ってなことが書かれた手紙が。だから気になって声をかけてみたんだよ。……君も論文を送ってみたりしてるんだろう?」

 

何だそれは。魔法省に知り合いなど居ないし、当然論文なんて送ったことがない。私はそんなアクティブな人間ではないのだ。

 

「あの、私は論文なんて書いたことも送ったこともないわ。だからその、もしかしたら成績のことなんじゃないかしら? ……ほら、私は学年首席だったし。」

 

自分から口にするのは自慢しているようで嫌だが、事実なのだから仕方がない。それに、本当にそのくらいしか覚えがないのだ。仮にあの本の件であれば『ホグワーツは豊作だ』とは言わないだろう。『アズカバンが豊作だ』とは言うかもしれないが。

 

ダンブルドアを見ながらか細い声で弁明すると、彼は首席云々の辺りで苦々しそうな表情に変わってしまった。ああ、これは自慢と取られたかもしれないな。これだから嫌なんだ。会話ってのは私に向いていないぞ。

 

「そうだね、そうかもしれない。……ただ、手紙の送り主は僕の論文を随分と評価してくれてた人だったんだ。だから並んで書かれてる君のことが気になっただけなんだよ。急にすまなかったね。」

 

「いえ、別に気にしてないから。」

 

ひょっとして、嫉妬? あのダンブルドアが、いつも集団の中心にいるホグワーツの人気者が、『根暗のノーレッジ』に? ……まあ、あり得ないか。バカバカしい考えを振り払いながら、去って行くダンブルドアの背中を眺める。だけど、万が一そうなんだったら面倒くさいことになりそうだな。取り巻き連中に陰で罵られる未来が見えるぞ。

 

 

 

そして午後最後の薬草学の授業も終わり、大広間で手早く夕食を済ませた私は自室へと戻るために歩いていた。通り慣れた西塔への階段を上り、談話などしたこともない談話室の入り口にたどり着く。

 

そのまま鷲の形をしたドアノッカーからの謎かけに答えてドアを抜けてみれば、一瞬だけ視線がこちらに集中した後、すぐさま興味を失って離れていった。……私はこの瞬間が大っ嫌いだ。はいはい、入ってきたのがあなたたちの友人じゃなくてすみませんでしたね。内心で悪態を吐きつつも、なるべく急いで自分の部屋へと向かう。

 

女子寮の廊下を進み、自分の部屋のドアを開けてみると……よかった、ルームメイトはまだ帰っていないようだ。そそくさとベッドの周りを備え付けの青いカーテンで仕切り、中が見えないようにする。これで明日の朝まで私を気にする者は居ない。

 

次にナイトテーブルに立て掛けてあったトランクを持ち上げ、ベッドの上に置いてそっと開いてみれば……トランクの中には下に降りるための梯子と、薄暗い石造りの通路が広がっていた。よしよし、今日はちょっと早めに行けそうだな。

 

中に入って蓋を閉めて、梯子を降り切ってから杖を抜いて明かりを灯す。

 

ルーモス(光よ)。」

 

呪文で生み出した青白い杖明かりを頼りに、静かな通路をひたすら奥へと進んで行くと、もはや見慣れた鉄製のドアが現れる。表面に本を掴む蝙蝠が描かれたそのドアの、正確な場所を正確な順番で叩いてやると……招き入れるかのように独りでにドアが開き、カーペットに暖炉、ソファにティーテーブル、そして隅には様々な小物が置かれた居心地の良さそうな小部屋が見えてきた。

 

「おはよう、パチュリー。」

 

「ひぅっ。」

 

ああもう、またか! 小部屋に入った瞬間、不意に背後から声をかけられた所為で、びっくりして床にへたり込んでしまう。どうしてこの吸血鬼はいつもいつも人を驚かせてくるのだろうか? 今回はわざわざドアの陰になる場所に立って待っていたらしい。

 

「……驚かせないでよ、リーゼ。もう来てたの?」

 

「んふふ、実はさっき起きたところなんだよ。慌てて来ようとしたら、逆に早めになっちゃったのさ。」

 

「でも、もう夜よ?」

 

「キミね、私は吸血鬼なんだぞ? ようやく一日が始まるところじゃないか。」

 

あの日から始まった奇妙な関係。手紙を送ったその日の深夜、いきなり私の家を訪ねてきたリーゼと一つの契約を交わしたのだ。どうしても魔導書が読みたかった私は、この幼い吸血鬼の出した条件に頷いてしまった。

 

結んだ契約の内容は単純明快。私が杖を使った呪文を教える代わりに、リーゼから魔導書の読み方を習うという内容である。九月以降にホグワーツでの生活が始まった後は、この不思議なトランクの中の小部屋で『授業』を行うようになった。二、三日おきという高頻度で行なっている所為で、今や愛称で呼ぶことを許されているほどだ。

 

しかし、このトランクは凄い。使われているのは間違いなく単純な拡大呪文ではないだろう。リーゼが煙突飛行で来れるように『煙突ネットワーク』が繋がっていることといい、呪文で爆発しても即座に修復される壁といい、かなり高度な呪文がいくつも使われているようだ。

 

ただまあ、リーゼが作ったというわけでもないらしい。入り口のドアを作るときも私にやらせていたし、ちょっと前までは単純な浮遊呪文すら使えなかったのだから。

 

とはいえ、目の前の少女を侮るつもりは毛頭ない。強大な吸血鬼であることは身を以て学習済みだ。……理由は思い出したくも無いが。

 

「それじゃあ、早速始めようか。今日こそは『月の章』を突破したいもんだね。」

 

リーゼが笑いながら言ってくるのに、情けない表情で頷きを返す。月の章というのは魔導書を構成する七つの章のうち、一番最初にある章のことだ。つまり、私は未だ一つ目の章すらまともに読めていないのである。

 

言い訳をさせてもらえば、この魔導書はそこらの本と違って簡単に読めるような代物ではない。読み手によって変わる複雑な暗号文で構成されており、おまけに所々に罠が潜んでいる。水中でしか見えない文字や、特殊な蝋燭の火にしか反応しないページ、挙げ句の果てには破かなければいけないページなんてのも存在する始末だ。酷すぎるぞ。

 

しかもそれを間違えるたびに、本から毒のトゲトゲが生えてきたり、聞くと錯乱状態になる金切り声を上げたりするのだ。悔しい事実だが、リーゼが居なければもう五十回は死んでいるだろう。

 

「……今日こそは突破してみせるわ。」

 

覚悟を決めて言い放ってから、椅子に座って魔導書を睨み付ける。……そういえば、前よりもスムーズに喋れている気がするな。リーゼが相手だと特にだ。吸血鬼との秘密のレッスンは、私のコミュニケーション能力をも向上させているらしい。

 

その奇妙な効果に気付いて内心で苦笑しつつ、対面に座ったリーゼへと口を開く。

 

「じゃあ、今日は警戒呪文を教えるわ。簡単な目くらましにもなるし、敵が近付けば術者に警報が聞こえる呪文よ。拠点防衛なんかに使われることが多いわね。」

 

最初に一つ呪文を教える。それが授業を繰り返すうちに出来た約束事だ。杖を取り出してから、標的は……よし、隅っこの木箱でいいか。真っ暗じゃないと読めないページの時に、私が押し込まれたやつ。

 

カーベ・イニミカム(警戒せよ)。」

 

私が呪文を唱えた途端に杖先から飛んだ青い閃光は、木箱に吸い込まれるようにして消えていった。当然ながら何も起こらない。ここには私にとっての『敵』が居ないからだ。……意地悪な吸血鬼は居るが。

 

「杖の振り方はこうやって……こうよ。呪文のアクセントにも注意してね。ちょっと特殊だから。」

 

「『カーベ・イニミカム』だね? よしよし、やってみようじゃないか。」

 

目を細めてこちらの動きを観察していたリーゼが、暖炉に向かって警戒呪文を放とうとするが……残念、失敗だ。杖先からは何も出てこなかった。ただまあ、リーゼは一回あたり一つの呪文を確実にマスターしているし、今日もそのうち成功させるだろう。ホグワーツの他の生徒に比べれば雲泥の差だな。

 

「発音は正しいけど、最初の振り方が少し違うわね。……こうじゃなくて、こうよ。」

 

「なるほど……こうだね? こっちはこっちで練習しておくから、魔導書に殺されそうになったら声をかけてくれたまえ。」

 

そう言ったリーゼは立ち上がって、本格的に呪文の練習をし始めた。……さてと、それなら私も魔導書に向き合わねばなるまい。頰を叩いて気を引き締めてから、テーブルの上の魔導書へと手を伸ばす。とにかく即死だけは避けないとな。そればっかりはいくらリーゼでもどうにも出来ないだろうし。

 

 

 

数時間後。新たなページに突入した途端に魔導書が燃え上がり、私のローブが焦げてボロボロになったところで、休憩がてらふと思い出したことをリーゼに向かって問いかけてみる。

 

「……そういえば、アルバス・ダンブルドアって知ってる? 知らないわよね?」

 

もちろん期待せずに聞いてみたわけだが、受けたリーゼは悪戯げな笑みで頷いてきた。

 

「もちろん知っているとも。ようやく接触があったみたいだね。」

 

「ちょっと待って、どういうこと?」

 

……どうやら何か心当たりがあるらしい。ダンブルドアは魔法省の友人が云々とか言ってたが、もしかしてリーゼが関係しているのだろうか? もはや完璧となった警戒呪文を放ちつつ、リーゼが私の疑問に答えを寄越してくる。

 

「カーベ・イニミカム。……なぁに、ちょっとしたゲームだよ。無視してくれても一向に構わないが、適当に煽ってくれればこっちとしては助かるかな。」

 

「いやいや、冗談じゃないわよ。もしダンブルドアに目の敵にでもされたら、あいつの取り巻き連中が黙ってないわ。今でさえ灰色の学生生活なのに、ドブ色になりかねないでしょうが。」

 

「そこまで人気があるヤツなのかい? ……まあ、私としてはどうでもいいさ。そっちの担当じゃないし、ダンブルドア本人にもあんまり興味がないんだ。キミの好きなように対処してくれたまえ。」

 

『担当』? どうやらこの性悪吸血鬼の他にも、何か悪巧みをしているヤツがいるらしい。というか、その台詞からするとリーゼは私の担当というわけだ。

 

「あのね、ダンブルドアがどうなろうと知ったこっちゃないけど、私には迷惑かけないでよ?」

 

「そこまで心配しなくても大したことにはならないさ。精々嫉妬されるくらいだよ。……今はね。」

 

その嫉妬されるってのが問題なんだろうに。それに、『今は』っていうのはどういう意味なんだ? まさか将来的にはもっと状況が悪化するんじゃ……やめよう。吸血鬼の言葉をまともに受け止めてはならないのだ。そのことはこの数ヶ月で嫌ってほど学んだぞ。

 

うん、先ずは魔導書に集中すべきだな。問題を沢山抱えるのは良くないし、地道に一つずつ片付けていこう。焼け焦げたローブのことも、ダンブルドアのことも見て見ぬ振りをしながら、パチュリー・ノーレッジは焦げ跡一つない魔導書に向き直るのだった。

 

 

─────

 

 

「意味ないなー、これ。」

 

夕暮れ時の紅魔館の雪掻きを切り上げて、紅美鈴はうんざりした気分で呟いていた。こんなもんやるだけ無駄なのだ。この館に歩いてくるヤツなど居ないし、どうせ明日にはまた雪が降る。春になれば勝手に溶けるさ。

 

内心で言い訳をしながら、シャベルをぶん投げて館に戻るために歩き出す。こんなことをしてるくらいなら、妖精メイドたちの教育でもしてた方がまだマシだ。冬の間は趣味の庭いじりも出来ないし、つくづく嫌な季節だな。

 

忌々しい冬に怨嗟の念を送りながら、身体に付いた雪を払って玄関を抜けてみると……エントランスの暖炉に使われた形跡があるのが見えてきた。どうやら従姉妹様が来ているようだ。

 

アンネリーゼ・バートリ。お嬢様と同じくらい傲慢で、同じくらい悪戯好きで、同じくらいぺったんこな吸血鬼。お嬢様は何だかんだで信頼しているようだし、妹様は言うまでもない。かくいう私も結構好きなタイプの人……じゃない、吸血鬼だ。

 

それに、この前なんかはお菓子を分けてくれた。噛むと悲鳴を上げるガムや、口の中で爆発する飴なんかは例外として、他は概ね満足できる味だったのだ。また買ってきてくれないかな。

 

今日もお土産があることを期待しつつ、とりあえず二階への階段を上ってみる。従姉妹様の目的地として有り得そうなのは、二階のお嬢様の執務室と妹様が居る地下室の二つだ。先ずは執務室に向かいがてらその辺の妖精メイドに聞いてみるとしよう。

 

階段を上りきり、二階の廊下を進んでいると……おお、ロワーさんだ。妖精メイドと遊んでいるしもべ妖精の姿が目に入ってきた。『遊んでいる』というよりかは、『遊ばれている』の方が正しいかもしれない。同じような名前なのに、なんとも対照的な存在だな。

 

「やー、どーもどーもロワーさん。ご苦労様です。」

 

「これは美鈴様、お邪魔しております。」

 

きゃーきゃーはしゃぐ妖精メイドたちに纏わり付かれながらも律儀に一礼してくるロワーさんは、ひょっとしたら私を様付けで呼ぶ世界で唯一の存在なんじゃないだろうか? 慣れない所為でムズムズしてくるぞ。

 

「お嬢様たちは執務室ですかね?」

 

「その通りでございます。」

 

「ふむ、了解です。……それじゃ、頑張ってくださいねー。」

 

やっぱり執務室か。別れ際のロワーさんはなんだか助けを求めているようにも見えたが、妖精メイドたちにとってこのしもべ妖精と遊ぶのは今一番熱いブームなのだ。邪魔をするのは悪かろう。

 

そのままたどり着いた執務室のドアをリズミカルにノックしてみれば、お嬢様から入室の許可が飛んでくる。それに従ってドアを開けてみると、応接用のテーブルの上のチェス盤を挟んでお嬢様と従姉妹様が向かい合っている光景が見えてきた。駒が勝手に動いているのを見るに、魔法使い用のチェスで遊んでいるらしい。盤面は……僅かにお嬢様が優勢っぽいな。多分だが。

 

「やあ、美鈴。今日もキミは美しいね。」

 

「どもども、従姉妹様。美の女神みたいな従姉妹様から言われると照れちゃいますねぇ。」

 

いつものように軽口を叩き合ってから、これまたいつものようにお嬢様の後ろへと移動する。紅茶は既に用意されているようだ。ロワーさんがやってくれたのかな?

 

「何しに来たのよ、美鈴。庭の雪掻きはどうなったの?」

 

「いやー、例の計画の進捗が気になったもんですから。……っていうか、雪掻きはもう諦めましょうよ。なんかの刑罰をやってる気分になってくるんです、あれ。ひたすら土を掘って、埋めるみたいな。意味ないですって。」

 

「景観の問題よ。雪が積もっちゃうと紅さが薄れるでしょう? それじゃあ紅魔館じゃなくて白魔館よ。」

 

お嬢様の返答を受けて、思わず呆れた表情が顔に浮かぶ。そんなアホな理由でやらされてたとは思わなかったぞ。労働者の権利を守るため、ストライキも視野に入れる必要があるかもしれない。妖精メイドたちは簡単に味方に出来るだろう。何せ年がら年中ストライキをやっているような連中なのだから。

 

私が『紅魔館労働組合』の成立を目指し始めたところで、文句を喚くポーンを動かした従姉妹様が口を開いた。黒の歩兵どのは犠牲にされるのが気に食わないらしい。

 

「まあ、壁には雪が積もらないからね。最悪でもピンク魔館ってところだよ。」

 

「嫌に決まってるでしょうが、そんなの! ここはスカーレット家の格式高い館なんだから、そんないかがわしい名前なんて以ての外よ!」

 

「可愛らしいと思うけどね、ピンク魔館。桃魔館でもいいんじゃないか? ついでにサキュバスの求人でも出せば完璧さ。」

 

「淫魔なんか雇うわけないでしょうが! フランの教育に悪すぎるわ。もしあの子がそんな風に育っちゃったら……ちょっと待って、目眩がしてきたかも。」

 

うーむ、見事な盤外戦術だ。お嬢様の悪手に付け込んで、従姉妹様のビショップがルークを殴りつけて粉砕する。……しかしまあ、勝手に駒が動いたり、たまに返り討ちにあったりするのはボードゲームとしてどうなんだろうか? 魔法使いは変なものを創り出すもんだな。

 

「ぐぬぬ……それで? ノーレッジの様子はどうなのよ。昨日も会ってきたんでしょう?」

 

盤面が優勢からイーブンに戻ったのを見て、お嬢様が新たな話題を切り出した。ノーレッジの話に気を取らせようという魂胆らしい。あまりに露骨な話題転換だったが、従姉妹様はさして気にした様子もなく答えを返す。

 

「ああ、思った以上に頑張ってるよ。もう三章を突破したところだ。かなりペースが上がってきてるし、今のところ順調だと言えるだろうね。」

 

どうやらノーレッジは頑張っているらしいが……そういえば、その魔導書とやらを読んだら何だというんだろうか? まさか読み終わった瞬間に真なる魔法使いに変身するわけではあるまい。

 

「えーっと、その魔導書を読むとどうなるんでしたっけ? 本物の方の魔法使いにするのが目的なんですよね?」

 

生じた疑問を口に出してみれば、従姉妹様が返答を放つと同時にお嬢様がジト目を寄越してきた。むむ、その目は知ってるぞ。バカを見る目だ。仕方ないじゃないか、私は術師じゃなくて武術家なんだから。

 

「読んで、理解して、実践できれば魔法使いに至れるだろうね。あの本には賢者の石の製造方法も書いてあったはずだし、少なくとも不老を手に入れることは出来るさ。そしたらじっくり人間やめればいいんだよ。」

 

「じゃあじゃあ、ノーレッジの方は順調として、他の……ダンブルブル? とグリンデルバールはどうなんですか?」

 

私の質問に対して、お嬢様がバカにする目線を強めながら訂正してくる。あれ、違ったっけ? もっと短くて覚えやすい名前にすべきだと思うぞ。

 

「ダンブルドアとグリンデルバルドよ。ダンブルドアのほうは人を通してニコラス・フラメルと接触させたわ。今頃熱心に手紙を送りまくってるでしょうね。フラメルは高名な錬金術師だから。それとグリンデルバルドの方は……まあ、元気にやってるでしょ。恐らくだけど。」

 

「キミね、放任主義もいい加減にしておきたまえよ? ……しかし、ニコラス・フラメルか。不完全なものとはいえ、人間のクセに賢者の石を作り上げたヤツだろう?」

 

フラメルとやらに従姉妹様が興味を持ったようだが……賢者の石? さっきも聞いた単語だな。不老になれるんだったか? 私の疑問を汲み取ってくれたのだろう、従姉妹様が詳しく説明をしてくれた。

 

「フラメルの賢者の石にはちょっとした欠陥があるみたいでね。老化を完全に止められるわけじゃないし、一定期間毎に使い続けなきゃいけないらしいんだ。とはいえ、私やレミィよりも歳上だったはずだよ、あの老人は。」

 

「もう殆ど人外じゃないですか。そいつを魔法使いにするんじゃダメなんですか?」

 

「錬金術師ってのは既存のものを組み合わせるだけだからね。魔法使いのようにゼロから創り出す存在じゃあないのさ。」

 

よく分からんが、ダメらしい。まあ、お嬢様が運命を読んで決めたようだし、結局のところあの三人に期待する他ないのだろう。私が曖昧な頷きを返したのを見て、従姉妹様は大きく伸びをしながら話を締めた。

 

「さてさて、パチュリーは既に深淵に片足を突っ込んでいるわけだが、ダンブルドアはここから巻き返せるのかね。楽しみじゃないか。」

 

「ま、精々頑張ってもらわないとね。フランのためだもの。」

 

吸血鬼たちのチェスも、魔法使い育成計画も、白熱の様相を呈してきたようだ。そんな『計画』のことを今夜の食事のメニューと同じくらいには気にしつつ、紅美鈴はお嬢様の茶菓子をこっそり口に放り込むのだった。

 


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