Game of Vampire 作:のみみず@白月
「はぁ……コゼットも卒業かぁ。」
ムーンホールドのリビングで、アリス・マーガトロイドは何度目かになる親友のため息を聞いていた。
「おめでたいことじゃない。あんなに小さかったコゼットが、今や立派な成人よ? 私も名付け親として鼻が高いわ。」
「そりゃあ、卒業は素直に嬉しいよ? でも、騎士団に入るだなんて……。」
いもり試験の成績次第と話してはいるが、ダンブルドア先生はコゼットたちを騎士団に入れるつもりでいるらしい。目の届かない場所で無茶をされるよりは、騎士団に入れた方がよっぽどマシだと考えたようだ。まあ、私もそう思う。
テッサもかなり渋ってはいたが、自宅よりもムーンホールドのほうが安全であることを認めざるを得なかったようで、最後にはちょっと嫌そうにしながらも同意していた。していたのだが……。
「危ないよ。やっぱりあの子にはまだ早いんじゃないかな? どう思う?」
この有様だ。コゼットたちはもう卒業式も終えて、今まさにホグワーツ特急で帰途に着いているというのに、未だにうじうじしているのだ。苦笑を顔に浮かべながら、心配性の友人に柔らかく声をかけた。
「もう、今更悩んだって仕方がないでしょう? 私たちできちんと守ればいいだけじゃないの。」
「……うん、そうだよね。」
『私たち』の部分が嬉しかったらしい。現金なヤツめ。妙に機嫌が良くなったテッサがようやく吹っ切れたところで、ドアからムーディが入ってくる。
「む、ヴェイユ、マーガトロイド。お前たちだけか。」
「アラスター、あんたに礼儀を教えられなかったのは、私の教師としての失敗の一つね。」
傍若無人な挨拶に、テッサが首を振りながら答えた。とはいえ、呪文学の教師としては最高の生徒だったことだろう。杖捌きでいえばダンブルドア先生に次ぐほどの実力者なのだ。
死喰い人の収監スコアでもトップを独走している。ただし、その対価として顔には傷跡のない箇所が見当たらないし、先日は片目を失ってしまった。今はその代わりとして……実に薄気味悪い義眼をはめ込んでいる。
呆れているテッサの肩越しに、青い義眼をぐるんぐるんさせているムーディに声を投げかけた。
「ごきげんよう、ムーディ。義眼の調子はどうかしら?」
「ああ、見事なもんだ。元あった目よりも数段調子がいい。ノーレッジには感謝すべきだな。」
パチュリー特製の義眼は調子がいいようだ。ちなみに、あれにはかなり複雑な透視の魔法がかかっているらしい。お陰で騎士団の女性団員の中では透視を防ぐ魔道具が大流行りだ。ムーディ本人は憮然としてたが。
行儀悪く逆向きに座り直したテッサが、背もたれに寄りかかってため息まじりに口を開いた。
「私ならそんな気持ち悪い義眼はゴメンだけどね。それで? 今日はどんな陰謀の報告に来たの?」
「油断大敵! 疑うことこそが最大の防御だ。魔法省のシュレッダーに読みとり魔法が仕掛けられている疑いがある。情報が筒抜けじゃあ困るだろうが?」
「それで? この前みたいに、いきなり爆破したりはしてないでしょうね?」
「無論既に破壊した。ここのシュレッダーも調べに来たんだ。」
どうやらムーディはシュレッダーを破壊して回っているらしい。些か以上にイカれた趣味だが、彼に残念な知らせを伝えねばなるまい。
「ムーディ、ここにはシュレッダーはないわ。書類は燃やして廃棄しているの。」
「む、そうか。さすがに魔法省とは出来が違うな。燃やすのが一番安全だ。」
満足そうに頷くムーディにとっては、シュレッダーの有無が組織の価値を測る基準の一つのようだ。騎士団は及第点をもらえたらしい。燃やしてるなら暖炉を破壊すると言われなくてよかった。
「そういえば、魔法省はどうなのさ? クラウチはまだ功績探しに必死なの?」
テッサの質問に、ムーディが唸るような声で答える。
「ふん、あの能無しは他人を蹴落とす方向に舵を切ったぞ。今は騎士団の粗探しに必死のようだ。」
なんとも迷惑なことだ。本質的には敵じゃないのだから、大人しくしててくれればそれでいいのに。
「消極的なお荷物から能動的なお荷物になったわけね。不愉快な話だわ。」
「スカーレットの件でよほど腹が立っているらしいな。吸血鬼憎けりゃ騎士団まで憎し、だ。」
「自業自得という言葉を学ぶべきね、クラウチは。」
呆れた口調で言うと、二人も同意するように頷く。吸血鬼に舌戦を挑むほうがバカなのだ。リーゼ様もレミリアさんも正攻法で戦うような相手じゃない。卑怯なやり方で相手取るべきであって、まともな方法で挑んだ時点で負けなのだ。
「まあ、シュレッダーがないなら構わん。他を回るとしよう。」
ムーディが憎っくきシュレッダー殺しの旅に出ようとしたところで、再びリビングのドアが開いた。今度はフランクだ。まさか彼もシュレッダーを探しに来たのではあるまいな?
走ってきたらしき彼は、荒い息を整える間もなく私たちに言葉を放った。
「ホグワーツ特急が襲われている! すぐに来てくれ!」
聞いた瞬間、杖を抜いて走り出す。他の二人も同様だ。エントランスまで走り抜け、先行するフランクが暖炉飛行で飛んで行ったのを確認して、私も暖炉へと飛び込んだ。
「9と3/4番線!」
この時間ならもうロンドンに近付いているだろう。つまり、一番近いのは駅の暖炉だ。正確な位置が分からない以上、そこから飛翔術で飛んでいくことになる。
ダンブルドア先生を恐れているらしいリドルが、ホグワーツ関係の場所を襲うのは予想外だった。堅牢な守りを有するホグワーツ城はともかく、あの列車には防御手段が多くはない。
暖炉飛行のグルグルと回るような感覚に耐えながら、アリス・マーガトロイドは久方ぶりの焦りを感じていた。
─────
「なんか……遅くなってない?」
卒業式を終えたフランドール・スカーレットは、ホグワーツ特急のコンパートメントで友人たちとのお喋りを楽しんでいた。
片側にはジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターがぎゅうぎゅう詰めになり、もう片方にはフラン、コゼット、リリーが座っている。
ジェームズとリリーのことをみんなでからかっていたところ、窓を見るコゼットが急に声を上げたのだ。釣られて窓を見てみると……ふむ、確かに景色の流れが遅くなっている気がする。つまり、列車の速度が落ちているということだ。
「おいおい、事故じゃないだろうな?」
「ホグワーツ特急がかい? 有り得ないよ。」
自分のスペースを得ようと両脇を押し始めたシリウスの声に、絶対に譲るまいとするリーマスが答える。確かに有り得ない。魔法の列車は事故とは無縁のはずだ。
「ちょっと外を見てくるよ。」
ジェームズがコンパートメントから出ようと立ち上がった瞬間、轟音と共に車内が大きく揺れた。一緒にぐらんぐらんするフランを、コゼットとリリーが両脇から支えてくれる。
「何が──」
「死喰い人だ!」
ピーターが何が起こったのかと呟いたのを、窓を見たシリウスの声が遮る。慌ててみんなで窓を見ると……なんだこれは? 無数の黒い影のようなものが、ビュンビュンと列車の周りを飛び回っている。死喰い人? あれが全部?
窓を見ていたリーマスが呆然と呟く。
「多すぎるぞ、これは……。」
その通りだ。去年は三人相手であんなに苦戦したのに、あんなにいっぱいだなんて……どうすればいい? どうすれば……。
「下級生を守るんだ!」
真っ先に杖を抜いて言い放ったジェームズに、その場の全員がハッとなって杖を抜き放った。そうだ! フランたちは七年生なのだ。下級生を守らなくちゃいけない!
コンパートメントを出てみると、他にも上級生たちが出てくるのが見える。グリフィンドール生たちは杖を持って列車の入り口へと向かい、レイブンクロー生たちは車体に保護呪文をかけまくっている。ハッフルパフの知り合いたちは下級生を誘導しているようだ。驚いたことに、数人のスリザリン生たちも戦う姿勢を示している。
通路を進んでいくと、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「下級生を列車の中央に集めるんだ! 上級生たちは前後を固めろ! ヤツらを車内に入れさせるな!」
「アレックス!」
一際大きな声で誘導しているレイブンクロー生に、コゼットが慌てて駆け寄っていく。アレックス。コゼットのボーイフレンドだ。
「コゼット? 危険だよ。コンパートメントの中にいるんだ。」
「私だって戦うよ! ホグワーツのみんなを守らなきゃ!」
「それは……分かった。君たちは列車の後方に向かってくれ。まだそっちは人が少ないんだ。」
「わかった! ……怪我しないでね、アレックス。」
「こっちのセリフだよ、コゼット。」
イチャイチャしちゃって。フランたちがジト目で見ていると、赤くなったコゼットはみんなを後方車両へと追い立ててきた。
「ほら、そんなことしてる場合じゃないでしょ!」
「まあ……そうだな。よし、出入り口を潰しながらいくぞ! 守っていれば校長がきっと来てくれる!」
シリウスの号令で列車後方へと走り出す。道すがら上級生には協力を要請し、下級生には中央へ走れと声をかける。
いくつかの車両を駆け抜けたところで、窓の外から閃光が飛び込んできた。
「窓からだ! プロテゴ!」
先頭を走るジェームズに続いて、全員で車体に隠れながら盾の呪文を唱える。フランはどうせ当たってもなんともないのだ。無視して窓から外を見てみると……飛び交う影から呪文が発射されているのが見えてきた。
「こらっ、フラン! 隠れないとダメ!」
と思ったらコゼットに押さえ付けられてしまった。フランは頑丈だって知ってるくせに。心配症は卒業しても治らなかったらしい。
押さえられながら前を見ると、ジェームズとシリウスは隠れながらも隙を見て攻撃を加えているようだ。
「
「軌道を狙うんだ! ステューピファイ! ……ほらな?」
シリウスの攻撃で影が一つ墜落していくが、途端に十倍くらいの閃光が降ってくる。ニヤリと笑っていたシリウスの笑みが引きつった。
「おっと、怒ったらしいな。」
「言ってる場合か! エクスペリアームス! これじゃあ動けないぞ。」
ジェームズの言う通りだ。列車後方からは激しい戦いの音が聞こえてくるのに、そこに向かうにはこの閃光の雨をどうにかする必要がある。
全員で閃光を防いでいると、耐えかねたようにリリーが強行策を提案してきた。この子もなかなか物騒な性格をしているらしい。
「盾の呪文を唱えながら、一気に走り抜けましょう! 早く行かないと侵入されちゃうわよ!」
全員で頷き合い、先頭のジェームズが号令をかけた。
「一、二、三、今だ! プロテゴ!」
全員で固まって前へと全力疾走する。フランも走りながらコゼットとリリーに飛んできた呪文はペチペチして弾く。ついでにコンパートメントのドアをもぎ取ってぶん投げてやれば……快音とともに影が一つ吹っ飛んでいった。ざまあみろ!
そのまま後方車両に突入してみると、そこでは既に激しい戦いの真っ最中のようだ。近くにいたグリフィンドール生が、ジェームズの姿を認めて声をかけてきた。
「ジェームズか? 気をつけろ! もう中に入られてるぞ!」
コンパートメントの椅子を運び出し、それに隠れながら戦っているらしい。倒れた数人の死喰い人と、その倍ほどの生徒の姿が見える。気絶しているだけならいいのだが……。
「おのれ!」
倒れた生徒を見て激昂したシリウスが最前線に突っ込んでいくのを皮切りに、ジェームズとリーマスもそれに続く。少し迷っていたピーターも覚悟を決めた顔でそれに続き、リリーとコゼットは負傷者を守りながらこちら側のコンパートメントに運び出すことにしたようだ。
フランは……同じ轍は踏まないぞ。もう迷わずに、能力を使うため集中する。まずは先頭のヤツだ。
「きゅっとしてー……ドッカーン!」
「マグル生まれは殺せ! 顔は頭に入っているな? それなあ゛っ……。」
ムカつく台詞を吐いていた先頭の死喰い人が吹っ飛んだ。動揺が広がるその周辺から、次の標的を選び出す。
「いいぞ、ピックトゥース! ステューピファイ! そのままやっつけてやれ! エクスペリアームス!」
先頭で獰猛に笑うシリウスが、呪文を放つ間に声をかけてくる。もちろんそのつもりだ。『目』を移動させて、手のひらへと──
「貴様がやったのか、ガキ!
別の死喰い人が放った緑の閃光が、フランの右手に当たってしまう。ふん、こんなもん……あれ? 痛い……かも? 右手を見れば、当たった場所が黒ずんでいるのが見えた。むむ、あの呪文はフランにちょっとだけ効くらしい。
再生すれば済む話なのだが、それを見たシリウスが激昂してしまう。
「ピックトゥース! おのれ、許さんぞ!
「パッドフット、出過ぎるな! くそっ、エクスペリアームス!」
シリウスを助けに前に出たジェームズに続き、他の生徒たちも攻勢に出始めてしまった。ヤバい、早くやっつけないと。急いで右手を再生していると、今度は死喰い人の背後から……なんだありゃ? 突然車内に突っ込んできたヤバい顔の人が、猛烈な勢いで死喰い人たちを攻撃している。
「ガキを相手に苦戦してるのか? ぇえ? 何とか言ったらどうだ、クズどもが!」
巨大な杖を振り回し、青くてでっかい左目がグルグルと辺りを見回している。どう見ても悪人なのだが……死喰い人を攻撃してるってことは、味方?
戦うのも忘れてポカンと見ていると、彼に続いて複数の白い影が車内に突入してきた。……ヴェイユ先生の姿もある! 先生たちが来てくれたんだ!
「私の生徒に手を出すな!」
普段からは考えられないほどの杖捌きで、ヴェイユ先生は次々と死喰い人たちをノックアウトしていく。音に気付いてふと窓の外を見れば……凄い。白い影と黒い影が空中で呪文を撃ち合っている。物凄い空中戦だ。
慌てて外に逃げていく死喰い人たちに追撃を加えつつ、ヴェイユ先生が顔の怖い人に声をかけている。
「アラスター、ここは任せるから! 私は前方に……コゼット!」
「お母さん!」
こちらを見たヴェイユ先生が、コンパートメントから顔を出したコゼットに気付いた。二人が抱き合うのを見てホッとしていると、顔の怖いおじさんが急に大声を出す。
「油断大敵! まだ敵はうろうろしとるだろうが! 安心してる場合か? 吸血鬼!」
こちらには背中を向けてるのに、何で分かったんだろう? 何にせようるさいおっさんだ。文句を言うために口を開く。
「うっさいなぁ。フランは油断なんかしてないもん! ……ほらね?」
窓から飛び込んできた閃光を握り潰してやると、おじさんはこちらに振り向いて傷だらけの顔でニヤリと笑った。
「ふん、さすがはスカーレットの妹だな。吸血鬼というのは伊達ではないらしい。」
「フランのほうが強いけどね。」
「その言葉が嘘でなければいいがな。……行くぞ! クズどもに好き放題させるわけにはいかん!」
「フランはもう終わりだと思うけど。ほら、外を見てみなよ。」
空中戦を繰り広げる影たちの下に、一組の人影が現れたのだ。老人と紫の少女。ダンブルドア先生とパチュリーだ。
パチュリーが面倒くさそうな顔でゆったりと手を振り上げた瞬間、凄まじい暴風が列車の周囲に吹き荒れた。何故か列車自体や白い影はその影響を受けていないようだが、黒い影は抵抗しきれずに四方八方へと吹き飛んでいく。
それを見た隣に立つダンブルドア先生が、杖から閃光を撃ち出して翻弄されている影たちを的確に撃ち落としていく。どう考えても終わりだ。フランと同じことを思ったのだろう。戦意を無くしたらしい黒い影たちは、フラフラとした軌道で四方に別れて逃げていった。
「馬鹿馬鹿しい力だな、まったく。死に損ないを拘束するぞ! そら、ばらけろ!」
鼻を鳴らしながら言った怖いおじさんが、号令を下しながら列車の外に出ていった。残った人たちも死喰い人を拘束するために動き出す。
「ピックトゥース! 大丈夫なのか? 死の呪文を……。」
立ち直ったらしいシリウスがこちらに走ってくるが……マズいな。それを聞いたコゼットが、ヴェイユ先生の元を離れて小走りでフランに近付いてくる。顔が真っ青だ。
「フラン? し、死の呪文? 死の呪文だなんて! 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、コゼット。ちょっと黒ずんじゃったけど……ほら、もう治ったもん。」
「黒ずんだ? 黒ずんだですって? 見せて! ああもう、何て無茶を!」
物凄い勢いでフランの手を掴み、癒しの呪文を唱え出す。必要ないのだが……うん、話を聞いてくれそうな表情じゃない。
なんか昔のレミリアに似ている反応だ。もしかしたら……アイツもフランのことを心配してたのかもしれない。
心配顔のコゼットに身体中を弄られながら、帰ったらちょっとだけ優しくしてあげようかな? と、フランドール・スカーレットは姉の顔を思い浮かべるのだった。