Game of Vampire   作:のみみず@白月

500 / 566
次はどうなる?

 

 

「ああ、これはふぐだね?」

 

食べたことがあるんだぞ、私は。目の前に運ばれてきたふぐ刺しを見て、アンネリーゼ・バートリはしたり顔でうんうん頷いていた。結構な広さの和洋折衷の室内には黒い長テーブルがあり、椅子に座ってそれを囲んでいる私たちのことを照明が控え目に照らしている。何処となく怪しげな雰囲気があるな。『高級な密談部屋』ってところか?

 

五月も下旬に差し掛かった春の日の夕刻、私は都内の料亭で細川派の魔法使いたちとの会食を行っているのだ。ホストは細川派側で、参加者は西内家の当主とその息子である西内陽輔と西内陽司、細川派の重鎮らしい細川政重とかいう老人、そして私と中城霞の五名なのだが……中城め、まだ私のことを睨んでいるな。

 

細川派との関係を深めたい私がここに居るのも、その窓口となっている西内親子がホスト役をやっているのも、派内の重要人物っぽい細川政重が参加しているのもおかしなことではないのだが、学校を卒業したばかりのプロクィディッチプレーヤーが隣に座っているのはかなり奇妙なことだろう。どうも中城は私の『友人枠』として呼ばれたらしい。こいつとは会ったのも話したのも数回程度なのに、何がどうなってそういう認識になったんだよ。

 

私もこの料亭に来るまで小娘の参加を知らなかったわけだが、中城の方も訳の分からん理由で急にこんな面子の中に放り込まれたらしく、顔を合わせてから今に至るまでずっと『よくも巻き込んだな』というジト目を向けてくるのだ。

 

今なお私に怨嗟の念を送ってきている中城を涼しい顔で無視する私に、西内の息子の方が世辞を寄越してきた。見事な外交用の笑みを浮かべながらだ。

 

「これは、ご存知でしたか。さすがですね。ふぐを食べる文化は非常に珍しいはずなのですが。」

 

「こっちで食べたことがあるのさ。他国の文化を知るのは重要なことだからね。相手に歩み寄ろうという気持ちは大切だろう?」

 

「いや、おっしゃる通りです。勉強になります。……霞さんもどうぞ召し上がってください。お好きでしょう? ふぐ。」

 

「あー……まあ、はい。」

 

西内陽司。見た目は二十代の若造だが、相手に警戒されないための術を心得ている男という印象だ。気弱そうな顔付きと細身の身体、淡いグレーのスリーピース、高くも低くもない穏やかな声と当たり障りのない口調、常に浮かべている和やかな笑み。計算で雰囲気を作っているんだとしたら大したもんだな。油断すると私ですら気を緩めそうになるぞ。

 

そしてその父親である西内陽輔も似たような空気を纏っている。黒縁眼鏡の下の柔和な表情、派手でも地味でもないダークグレーのスーツ、退屈はさせないが差し出がましくはない程度の適度な発言量。この親にしてこの子ありってところか。確かにこれは『外交上手なクッション役』だな。どこに挟んでも上手く調整してきそうな感じだ。

 

中城の気の無い応答を耳にしながら西内親子を改めて観察した後、対面に座っている老人へと視線を移した。私にとっての今日の問題はこいつだな。細川政重。八十は絶対に超えているであろう枯れ木のような風体だが、グレーの着物と黒の羽織に身を包んだその姿からは重厚な印象を受ける。中城は最初に部屋に入った際にこの爺さんが居るのを見て顔を引きつらせていたし、年齢から考えても細川派の上層に位置する人物と判断して間違いないだろう。

 

しかしまあ、全然喋らん爺さんだな。ここまではウォーミングアップのような話題ばかりだったので仕方ないっちゃ仕方ないが、普通なら多少は場を盛り上げようとするはずだ。それをする気配すら見せないということは、普段する必要のない立場にあるということだが……んー、分からん。来る前に細川派の組織図をもう少し詳しく調べておけばよかったかもしれない。『偉いヤツ』というのが判明したところで、どこがどう偉いのかが分からないと突きようがないぞ。

 

ふぐを食べながら面倒だなと内心でため息を吐いていると、今度は西内の父親の方が中城へと口を開く。会話の停滞を見て取って、話題作りをしようというつもりらしい。

 

「そういえば霞さん、デビュー戦を見事勝利で飾ったそうですね。おめでとうございます。」

 

「えっと、ありがとうございます。」

 

「プロ公式戦初出場にして八十得点とは、将来が恐ろしくなるほどの才能ですね。新人王も目指せるのでは?」

 

「いやー、気が早いですよ。得点の方もチームのみんなが花を持たせてくれたからですし、まだまだプロの環境に慣れるので精一杯です。」

 

やっぱり話題を振るとなるとクィディッチなのか。そこはどの国の魔法界も変わらんなと思っていると……何だこいつ、いきなりだな。それまで沈黙を貫いていた爺さんが、カッと目を開いて会話に参加してきた。

 

「わしが思うに、国内リーグでの新人王は充分に狙える位置でしょうな。今季の豊橋天狗は非常に強い。トレードでキーパーの山橋を獲得した上、唯一競り合える相手だった桜島袂雀が勢いを落としている。環境が味方しているのであれば、貴女の実力なら容易く手が届く範囲だと言えるでしょう。……むしろ目指すべきは国外リーグでの活躍なのでは? 国内リーグ同様、来季のアジアリーグにも穴は多い。付け入る隙があるのだから、狙わなければ損ですよ。」

 

めちゃくちゃ喋るじゃないか。理知的な口調でスラスラと語り始めた爺さんへと、中城が慌てて首肯して返事を返す。ふむ、話し慣れている感じの言葉の運び方だな。そういう仕事をしているか、あるいはしていたのかもしれない。

 

「そ、そうですね。はい、国外リーグ。細川教授の言う通りです。」

 

「中城さん、貴女の活躍は細川閥の地位向上にも繋がります。細川閥を背負っているという自覚を持って励んでいただきたい。……無論我々も援助を惜しむつもりはありませんよ。何か細川閥への要望はありますかな? 新たな箒、チームへの寄付金、練習施設や器具の充実。必要なものがあればわしから上に通しておきましょう。」

 

「いえいえ、今は特に無いです。だからその、大丈夫です。」

 

「そうですか。」

 

恐縮したように中城が両手と首をぶんぶん振って答えたのに、細川翁は端的に応じて再び黙り込むが……『細川教授』? 教授ね。話し方も何となくそれっぽいし、ひょっとして研究職か教職の人物なのか?

 

私が疑問を覚えたところで、西内陽輔がこちらに意識させる程度に居住まいを正して話しかけてきた。それとない仕草だが、要するに本題に入りますよという合図なのだろう。

 

「バートリ女史、改めまして本日はお呼び立てして申し訳ございません。本来ならば私共が足を運ぶべきなのですが、細川教授は国外に出られないものでして。」

 

「国外に出られない? どういう意味だい?」

 

「細川教授は日本魔法技研の設立者の一員ですので、まあ……何と言いますか、国外への情報の流出を防ぐために魔法省から出国を禁じられているんです。」

 

「それはまた、随分と厳重な制約を課されているね。」

 

凄まじいな。情報の秘匿のためということか。戦時みたいなシステムにちょっと引いていると、件の細川翁が説明を引き継いでくる。本題に入って話す気になったらしい。

 

「現在の日本魔法技研は嘗て『大日本魔法技術研究所』と呼ばれていた組織でしてな。その頃は非魔法界での大戦が起きておりましたので、我々魔法使いたちも有事に備えておかねばならなかったのです。結局各国魔法界は世界大戦への介入を最小限に留め、故に我々日本の魔法使いも深くまでは干渉しませんでしたが、魔法技研にはその頃研究されていた『負の遺産』が数多く残っております。闘争に駆られた嘗てのわしらが生み出してしまった、愚かしさの残り滓が。……それを知る者を外に出すわけにはいきますまい。わしらは口外せぬまま死んでいくべきなのですよ。魔法省の出国制限は当然の判断と言えるでしょう。」

 

「ふぅん? 魔法技研の源流は非魔法界の大戦にあるのか。想像していたよりも若い組織なんだね。」

 

「技研が正式に発足したのは七十年ほど前です。それまで日本における魔法研究の場は魔法処だけで事足りていましたから。……しかしながら、第一次世界大戦が日本魔法界に及ぼした衝撃は大きかった。スカーレット女史の身内でありイギリスの魔法界に属する貴女にとっては、ヨーロッパ魔法大戦の方が重要な出来事として記憶に残っているのかもしれませんが、当時の日本魔法界にとって第一次世界大戦は危機を感ずるに足るほどの戦争だったのですよ。」

 

「一度目の非魔法界の大戦か。……まあ、そうだね。キミが言うように私たちにとっての『大戦』はヨーロッパ魔法大戦の方かな。『向こう』の大戦も全く覚えていないというほどではないが、そこまで強い印象を受けたという記憶もないよ。」

 

二度目の大戦は規模が規模だったのでその限りではないが、一度目に関してはイギリスの魔法使いたちもほぼ同じイメージを持っているだろう。ゲラート・グリンデルバルドの頭角。ヨーロッパ魔法史においてはそういう時期だな。

 

肩を竦めて返答した私に、細川翁は重苦しい声色で続きを口にした。

 

「あの時期の日本は大きく動きましてな。戦争による特需に沸き、都市部の工業化が一気に進み、戦勝によって様々なものを手に入れました。……しかし反面、戦後に残った負の変化もまた多かったのです。有力な同盟国を失い、経済はパンクし、格差は広がった。それを見た我々はこう考えたのですよ。『たった数年の戦争でこれほどの変化が起こるなら、次はどうなる?』と。」

 

「キミたちは『次』があると予想したわけだ。」

 

「ええ、実に簡単な予想でした。多数の帝国の崩壊による政治形態の急激な変化、社会主義や民主主義、共産主義の台頭、敗戦国にしては余力を残しすぎていたドイツや、短期間での兵器の進化、根深く残っていた人種問題、性急な講和によって各地に生まれた不和の種。これだけの材料があるのにも拘らず、『次』が無いと予想するのは愚か者だけでしょうな。……そう遠くないうちに起こるであろう凄惨な非魔法界の大戦を恐れた我々は、同志を募って非魔法界の技術と魔法界の魔法を融合させるための組織を立ち上げました。それが今日の日本魔法技研の前身である、大日本魔法技術研究所なのですよ。」

 

「……つまり、魔法技研は元来戦争技術を開発するための組織なのか。」

 

物騒といえば物騒だが、分からないほどの話ではないな。戦争は常に進歩を促すものだ。私が提示した纏めを受けて、細川翁は補足を述べてくる。

 

「厳密には、兵器に繋がる魔法技術を研究する組織で『あった』と言うべきでしょうな。……今では表に見せている通りの単なる研究機関です。剣呑な研究はしておりませんよ。」

 

「なるほどね、技研に関しては理解したよ。……で、それが今日の本題とどう繋がってくるんだい?」

 

どうだかな。今でも戦争技術の研究を続けているんじゃないか? あまり信用せずに話を進めた私に、西内の息子の方がスッと言葉を挟んできた。

 

「バートリ女史からのお手紙を拝見しましたところ、随分と魔法技研に興味をお持ちのようでしたので、僭越ながらこうして細川教授との会見の席を設けさせていただきました。……幸いなことに魔法技研は細川閥の色が濃い組織です。もしご要望がございましたら、こちらとしても最大限の協力を──」

 

「バートリ女史が望んでいるのは非魔法界対策の進行でしょう? 違いますかな?」

 

「……如何にも、その通りだよ。わざわざこの場にキミが足を運んだということは、こちらの要望を受け入れる気があるということかな?」

 

若い外交屋の台詞に発言を被せてきた爺さんへと、ちょびっとだけ気に食わない気分で質問を返す。小僧の前置きを無視するのは別に構わんが、こちらの考えが透けているのは問題だな。私はまだ細川派とゲラートを繋いでいない。それなのに私経由で非魔法界問題に話が飛ぶということは、こいつらが何らかの情報を掴んでいるという意味に他ならないだろう。

 

ゲラートと私はクィディッチトーナメントの開催パーティーで同席したし、レミリアもまた幻想郷に旅立つ直前は大っぴらに連携を取っていた。私とゲラートの関係に気付いて非魔法界問題に話を繋げたのか、あるいはレミリア側から推測したのか……いや、待てよ? 香港自治区の線から漏れたのかもしれんな。

 

三年前に私が直接話を通した自治区の顔役たち。あの中に日本魔法界とのパイプを持っている人物が居り、私が非魔法界問題に積極的に関わっていることをそいつから教えてもらい、非魔法界の技術も研究している魔法技研に目を付けたことからこちらの目的を推察したのか? うむ、そっちの方が自然かな。ある程度の納得は出来るぞ。

 

まあ、こちらの目的が透けたところで特に問題はない……はずだ。どうせすぐにでもゲラートと繋げる予定なのだから、その時点で私と彼が連携を取っていることには気付くわけだし、私たちの目的が非魔法界問題の進展であることもバレてしまうだろう。ちょっと早めに内情を知られたところで大して困りはしないか。

 

とはいえ、少し迂闊ではあったな。香港自治区がアジアのバランサーなのであれば、日本魔法界と密に繋がっている者が顔役の中に紛れていることは予想して然るべきだったぞ。やはりレミリアほど上手くはやれないなと苦い感情を胸中に隠している私に、細川翁は深々と首肯して応じてきた。

 

「わしは昨今勢いを見せ始めた非魔法界対策に対して、大いに賛成の立場を取っております。バートリ女史がそのために魔法技研を頼ってくださるのであれば、協力を惜しむつもりはございません。……わしは政治家ではなく研究者ですので、回りくどい面倒な交渉が苦手です。失礼かもしれませんが、簡略化しても宜しいですかな?」

 

「構わないよ。」

 

「ではお聞きします。他派閥にもこの話を持っていくおつもりですか?」

 

「いいや、協力体制を築くのは細川派とだけだ。藤原派とは関係を切って、松平派はあくまでも利用という形に留めさせてもらう。どうしても技研の協力が欲しいんだよ。そのためなら他派との関係を断ち切るのも惜しくはないさ。」

 

私もレミリアと違って『政治家』ではない。話が早いのは望むところだぞ。開けっ広げに尋ねてきた細川翁へと、こちらも飾らない答えを示してやれば……老人は一つ頷いてから会話を進めてくる。

 

「そういうことでしたら、こちらとしては否はございません。技研は藤原閥に非魔法界問題の主導権を奪われて臍を噛んでおりましたからな。本家の上層部は他種族が云々と騒ぐでしょうが、そこはわしが何とかします。これでも細川閥ではそれなりの発言力を持っていると自負しておりますので、わしが声をかければ喜んで協力してくれるでしょう。……非魔法界対策委員会との接触に関してはバートリ女史にお任せしても?」

 

「ああ、すぐにでも話を通そう。」

 

「重畳ですな。……陽輔君、細川本家には君から伝えなさい。非魔法界問題を『独占』できるのは細川閥にとって大きな利益になるでしょう。君がバートリ女史との関係構築に尽力したのですから、これは西内家の功績にすべきです。その上で本家が反対してきたら私の名を使うように。」

 

「お心遣いありがとうございます、細川教授。本家には私共から報告させていただきます。」

 

恐らく細川翁の方が本家に顔が利くのだろうが、途中から参加してきた爺さんが報告するのは『功績』の横取りになるということか。とんとん拍子に進行していく話に小さく鼻を鳴らしつつ、細川翁へと声を放った。

 

「しかしまあ、随分と非魔法界問題に熱心みたいだね。興味を持ってくれるだろうとは思っていたが、ここまですんなり通るのは予想外だったよ。」

 

「否が応でも大きくなるであろう問題ですからな。それを独占できれば、次の魔法大臣の座は細川閥が手に入れることになるでしょう。わしとて細川閥の一員なのです。目の前に輝かしい派閥の未来があれば、欲に負けて手を伸ばしてしまいますよ。何も『大義』のためだけというわけではありません。」

 

「……ふぅん? 他国の魔法界はそこまで重要な問題ではないと考えているみたいだよ?」

 

「知らぬだけです。自らの隣に居る生き物が何であるのかを知れば、誰もが非魔法界対策という蜘蛛の糸に縋り始めるでしょう。その時必死に縋る側になるか、その様を見下ろしながら引き上げる者を選択できる側になるか。それだけの話ですな。」

 

冷徹に言った細川翁へと、部屋に和服のサーブ役が入ってくるのを横目に疑問を重ねる。新たな料理を運んできたらしい。

 

「非魔法界問題がこのまま無関心の中に消えてしまうリスクは考えないのかい?」

 

「有り得ませんな。……バートリ女史、先程わしが言ったことを覚えておりますか? 一度目の大戦があった時、我々は『次』を予想したと。その予想は見事に的中し、またある意味では大きく外れました。二度目の大戦は確かに起こったものの、我々の予想を遥かに凌ぐほどの規模だったのです。」

 

「……分からないね。何が言いたいんだい?」

 

「細川閥は西日本に土台を持っている派閥ですので、わしは『あれ』が投下された直後に調査のために広島や長崎を訪れました。そして一面の焼け野原を目にした瞬間、震えながらこう思ったのです。『二度目でこれなら、次はどうなる?』と。」

 

そう語る細川翁の落ち窪んだ目の中にあるのは、見る者を引き摺り込むような真っ黒な瞳だ。空虚さだけを感じるそれを見返す私に、枯れ木のような老人は薄い笑みで話を締めてきた。

 

「『次』は必ずあります。無いはずがない。二度目の大戦が齎した夥しい数の変化を思う度、私は恐怖に震えるのですよ。人間という種族が持つ、底知れぬ先への渇望に怯えるのです。『次』が起こった時、もはや魔法界の秘匿は叶わないでしょうな。それどころか魔法界も非魔法界も原形を留めないかもしれません。……わしは次の大戦を見ずに死ねるであろうことに心から安堵しております。しかし、だからといって座して見ているわけにもいきますまい。老いぼれにも老いぼれなりの仕事があるのです。今でさえ遅すぎるのですから、一刻も早く非魔法界対策を進行させなければ。」

 

「非魔法界対策によって魔法界と非魔法界の融和が叶えば、『次』が遠ざかると思っているのかい?」

 

「十のうち六で遠ざかり、四はむしろ早まるでしょうな。分の良い賭けとは言えませんが、何もしないよりはまだ望みがあります。……破滅を齎すのが人ならば、それに抗うのもまた人なのですよ。わしは人間という生き物を欠片も信用しておりませんが、同時に『もしかしたら』という望みも持ち続けております。老いさらばえたわしに出来るのは、もはや賽を振ることのみ。誰もが振るのを躊躇う賽を無責任に振ってやることだけです。出るのが血塗られた破滅の目になるか、それとも苦労に見合わぬ僅かな猶予の目になるか。誰にも分からぬからこそわしが振りましょう。それが先に地獄から抜け出せる者のせめてもの役目なのですよ。」

 

地獄か。細川翁はこの世界こそが地獄であると思っているわけだ。この老人が言う『次』は果たしてあるんだろうか? ……まあ、無いと予想するのは確かに愚か者だけかもしれんな。人が人である限り、必ず『次』は起こるだろう。

 

ゲラートのように魔法族の利益を求める者や、ダンブルドアのように人間という種族全体の幸福を求める者が居たかと思えば、細川翁のように非魔法界対策を単なる猶予作りと捉えている者も居るわけだ。魔法界の露見そのものよりも、非魔法界の三度目の大戦を恐れている者が。

 

いやはや、つくづく難しいな。隣の中城が『こんな面倒な話を聞かせるな』という表情で睨んでくるのを尻目に、アンネリーゼ・バートリは問題の複雑さを改めて実感するのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。