Game of Vampire 作:のみみず@白月
「だから、今のうちから今年の夏休みの計画を立てておこうってことだよ。来年は移住の準備でどうなるか分かんないだろ?」
夕食後の獅子寮談話室の中で、霧雨魔理沙は向かいのソファに座っている咲夜にそう提案していた。何せ私は行きたいところが山ほどあるのだ。とはいえ同行者の希望を蔑ろにするわけにはいかないから、先ず銀髪ちゃんの要望を聞いてから計画を立てようというわけである。
六年生の学生生活も終わりが近付いてきた現在、私は楽しい楽しい夏休みに向けての計画作りに勤しんでいるのだ。しかし……むう、あんまり乗り気じゃなさそうだな。咲夜は教科書から目を上げて億劫そうな様子で応じてきた。
「魔理沙、夏休みの前には試験があるの。それを忘れてない? ……ほら、あっちに居るジニーを見てみなさいよ。狂ったように勉強してるわ。あれが模範的な『学期末の生徒』の姿なんだと思うけど。」
咲夜が指差す方向に目をやってみれば、鬼気迫る表情で魔法史の教科書と向き合っているジニーが見えてくる。記者を目指しているジニーにとっては兎にも角にも魔法史の成績が重要らしい。私には絶対になれない職業だな。
「……忙しないな。ついこの前学内リーグで優勝したばっかりだってのに、息つく間も無くイモリの勉強か。グリフィンドールチームの怨念から解放されたのは良かったけど、代わりにハーマイオニーの生霊に取り憑かれたんじゃ救いがないぜ。」
「取り憑かれるべきなのよ。予言者新聞社に入るにはイモリの成績が重要なんだから、今はあれでいいの。……貴女も旅行のことなんかを考えてないで勉強しなさい。」
「あのな、私にとっては六年生の試験よりも夏休みの旅行の方が遥かに大事なんだよ。本物の魔女に必要なのは学期末試験の点数じゃなくて、多彩な人生経験だろ? 先ずお前の行きたいところを把握しないと予定が立てられないんだ。勉強しながらでいいからリストアップしてくれ。」
「そもそも、私も行くっていつの間に決まったの?」
おいおい、行かない気か? 羊皮紙にペンを走らせながら言ってきた咲夜に、まさかという顔で問いを返す。
「行くだろ? 行くよな?」
「旅行に行くのはいいけど、夏休み全部を使うのは無理よ? 私はバートリ家の正式な従者になったんだから、何よりもリーゼお嬢様を優先しないといけないの。エマさんから習いたいことだって沢山あるし、そのためには毎日顔を合わせられる夏休みを有効活用しなきゃでしょ?」
「……それは幻想郷に行ってからでもいいじゃんか。こっちで旅行できるのは今だけなんだぞ。」
「ダメ。幻想郷に行ったら館の管理の仕方とか、レミリアお嬢様のお世話も覚えないとなんだから、時間を無駄にするわけにはいかないわ。……それ以前に資金問題はどうなったの? 私は貯金があるけど、貴女は『キノコ次第』なんでしょう?」
勉強の手を止めて疑問を放ってきた咲夜へと、ふふんと胸を張って応答する。抜かりはないぜ。私のことはキノコ長者と呼んでくれ。
「アホほど儲けたから大丈夫だ。双子もビビってたぜ。まさかこれほど上手くいくとは思ってなかったんだとよ。旅行資金については一切気にしないでくれ。」
「……胡散臭いわね。本当に大丈夫なの?」
「三、四回ダメになりかけたけど、ネビルとスプラウトとハグリッドのお陰でギリギリ持ち直せたんだ。……まあ、あそこでハグリッドがボウトラックルを貸してくれなかったらカビ問題でヤバかっただろうな。来年もまたやろうとは思わんぜ。かなり運が良かったって自覚はあるからよ。」
基礎知識があるネビルが熱心に世話を手伝ってくれた上、スプラウトもちょくちょく様子を見にきてくれたし、ハグリッドはカビでダメになりかけた丸太を助けるために貴重なボウトラックルを貸してくれたのだ。魔法キノコの栽培はだからこそギリギリで成功したわけであって、とてもじゃないが何度もやろうとは思えない。味を占めれば待っているのは破滅だし、今回限りで手を引くべきだろう。そういえば捌くのを任せた双子もそう忠告してくれたっけ。分の悪い勝負なんだから、『勝ち逃げ』をしておけって。
でも、キノコを育てるのは案外面白かったな。普通の植物とは違う独特な手順があって楽しかったぞ。幻想郷の魔法の森にはうじゃうじゃ生えていたし、魅魔様も工房の地下室で調合素材用に何種類か育てていたことを思い出して、私も故郷に帰ったらチャレンジしてみようかなと考えていると……未だ疑わしそうな目付きでこちらを見ている咲夜が話を再開する。
「意外だわ。素人がやっても絶対失敗すると思ってたのに。ロングボトム先輩にはちゃんとお礼を言ったの?」
「当然言ったし、分け前もきちんと渡したぜ。ネビルは良いデータが取れたからそれで充分だって言ってたんだけどな。さすがに申し訳ないから強引に押し付けたんだ。」
「良い人よね、ロングボトム先輩って。だからこういう悪い魔女見習いに利用されちゃうのかしら?」
「何も悪くないだろ。私は旅行資金を稼げてハッピー、ネビルはデータが手に入ってハッピー、双子は売り捌く手間賃で潤ってハッピー、そして供給が少ない魔法キノコが市場に出てみんなもハッピーってわけだ。我ながら良い『金儲け』のやり方だったと思うぞ。」
したり顔で主張してやれば、咲夜は適当に頷きながら話を進めてきた。ギャンブルではあったかもしれんが、結果として私は勝ったのだ。『ご褒美』の旅行を楽しみにするのは当たり前の権利だろう。
「だったら去年みたいにずーっと一箇所に留まる感じじゃなくて、行って戻ってを繰り返す旅行にしましょうよ。つまり、小旅行を何度かするわけ。それなら人形店に居られる時間が増えるし、貴女も色んな場所に行けて満足でしょ?」
「おー、いいな。それでいこう。お前の希望はどこなんだ? ちなみに北アメリカには絶対に行くぞ。魅魔様の縄張りだった土地だからな。」
「んー……これといって思い付かないわね。だけどまたフランスには行きたいかも。一昨年は中途半端な終わり方になっちゃったし。」
「おっし、北アメリカとフランスな。全然違う場所だし、ここは二回に分けるとして……そうだ、リーゼと一緒に日本に行くのはどうだ? 頻繁に東風谷に会いに行ってるみたいだから、夏休み中もどうせ行くだろ。ついて行こうぜ。リーゼが一緒ならお前も文句ないだろ?」
日本はワールドカップの時に可能な限り観光したが、見落としている部分も結構あるのだ。まだ赴いたことのない他の国よりは優先度が下がるものの、リーゼにくっ付いて行けば資金も時間もかからないはず。言葉が通じる国は旅行のし甲斐もあるし、合間に日本旅行を挟むのは悪くない考えだろう。
良い考えだと思って口にした私の案を受けて、咲夜はかっくり首を傾げながら問題点を指摘してくる。
「夏休みは東風谷さんがこっちに来ることになるんじゃない? 私はよく知らないから何とも言えないけど、去年はそうだったじゃないの。」
「っと、その可能性もあるか。……いやでも、マホウトコロの夏休みは八月からだ。七月中にリーゼが向こうに行くってのは大いに有り得ると思うぜ。」
「まあ、何でもいいわ。リーゼお嬢様が一緒なら南極だって構わないわよ。……ちなみに、夏休みに入ったら姿あらわしの試験も受けないといけないんだからね。」
「あーっと、そうだな。そうだった。」
そうだ、姿あらわしの試験もあったんだっけ。私が『誕生日不定』だから魔法省でテストを受けることにしたのだ。……うーん、難しいな。脳内で二ヶ月分の予定を整理しつつ、咲夜から羊皮紙とペンを借りて計画を文字にしていく。
「だからつまり、夏休みに入った直後に魔法省で試験を受けるわけだろ? じゃないと旅行先で使えないもんな。となると七月の序盤に姿あらわしの練習と試験で、七月中のどこかで日本旅行。そんでもって……うん、七月にフランス周辺にも行こう。マグル界の自転車レースは七月だし、革命記念日もそうだ。イベントの数的に七月に行った方がいいはず。東風谷がイギリスに来なかった場合、日本は八月に回せるかもだしさ。」
北アメリカのイベント事情なんてさっぱり分からんし、ここは一昨年の旅行計画を流用することにしよう。七月の予定を箇条書きにしつつ、少し離れた場所でオリバンダーと話しているアレシアに質問を投げた。毎年家族で観に行っているらしいから、彼女は自転車のレースの日程を知っているはずだ。
「よう、アレシア! 今年の自転車のレースがいつからいつまでか分かるか?」
「自転車? えっと、ツールのことですか? それなら七月の三日から二十五日までですけど。」
「じゃあよ、都市部でやるのはどの日だ?」
「さすがにそこまでは覚えてませんけど、最終日は確実にパリです。……あの、山の方が見応えがあると思いますよ。観に行くんですか?」
オリバンダーに勉強を教えていたのか? 二年生の教科書を片手に小首を傾げているアレシアへと、彼女たちの方に歩み寄りつつ返事を返す。
「今年はフランスに行くから、予定が合えば観に行こうと思ってな。案内のパンフレットとか持ってないか?」
「んっと、部屋にあるかもしれません。ちょっと探してきますね。」
「悪いな、頼むぜ。」
席を立って女子寮の方に小走りで消えていくアレシアを見送ってから、残ったオリバンダーに声をかける。うちのキーパーどのはよく喋るってタイプの後輩じゃないが、一年も同じチームで練習していれば自然と打ち解けてしまう。今ではさほど躊躇いなく話しかけられるぞ。
「おう、オリバンダー。お前は夏休み中にどっか行ったりしないのか?」
「ひいお爺ちゃんにドイツとアルバニアに連れて行ってもらう予定です。有名な杖作りが工房の見学をさせてくれるらしいので。」
「へえ、杖作りの見学か。面白そうだな。」
「足腰が弱って動けなくなる前に、可能な限り他国の杖作りの様子を見ておきたいんだそうです。私も興味があるので一緒に行くことにしました。……楽しいと思いますよ、工房の見学。マリサ先輩なら杖作りよりも箒作りの方が気になるかもしれませんけど。」
何? 箒作り? 俄然興味が出てきた話題に、身を乗り出して食い付いた。それは見たいぞ。かなり見たい。
「ひょっとして、箒の工房でも見学ってやってるのか?」
「箒作りは企業秘密が多いので全部じゃないですけど、観光客向けに一部を公開してるところもありますよ。スペインとか、ロシアとか、ドイツとかで。杖と箒は全然違うようで似ている部分も多いので、ひいお爺ちゃんは何度か箒作りも見に行ったことがあるそうです。私がクィディッチに興味を持ち始めたのも、杖作りに利用できるかもと思ったからですし。今は単純にハマっちゃいましたけどね。」
「うおお、マジか。行ってみたいな。資料とかってどこで手に入るんだ?」
「魔法省のゲーム・スポーツ部にあるんじゃないでしょうか? もしそこで見つからないなら、夏休みに入った後でうちに来てくれれば教えられますよ。」
うーむ、これも予定に組み込むべきかもしれんな。私の理想とする『魔女像』において箒は重要なピースだ。である以上、作り方を知っておくのは魔女見習いとして必要なことだろう。何で今までこんな大事なことに気付かなかったんだ?
幻想郷には当然ながら『魔法の箒作り』なんて職業は存在していないので、もしブレイジングボルトが壊れたら自分で修理しないといけないのだ。それに長いこと箒を使っていくのであれば、一から作る機会もあるかもしれない。
アリスやノーレッジはあまり箒が好きではないみたいだし、乗っているイメージもあんまりないから本物の魔女にとって箒が必要かどうかは断言できないものの……ええい、構うもんか。私にとっては重要な要素なんだ。だったら魔法界に居る間に学んでおかねば。
決意と共に『箒作りの見学』を予定に組み込んだところで、アレシアが女子寮から帰ってきた。
「ありました。父が同じのを持ってるので、こっちはマリサが使ってください。」
「あんがとよ、助かったぜ。……オリバンダー、もしかしたら夏休みの序盤で聞きに行くかもしれん。そうなった時は頼む。」
「分かりました、家族にも伝えておきます。」
オリバンダーの返答を聞いてから咲夜の対面のソファに戻って、羊皮紙に書いてある予定に新たな項目を付け加えてみれば、それをちらりと確認した銀髪ちゃんが反応を寄越してくる。
「『箒作りの見学』? ……ああ、なるほど。それは確かに貴女にとって必須かもしれないわ。盲点だったわね。」
「だろ? オリバンダーから見学できる工房もあるって教えてもらったんだ。行ってみようぜ。」
「でも、そこは魅魔さんから習うべき部分じゃないの?」
「あー……どうなんだろ。何とも言えないぜ。少なくとも魅魔様が箒に乗ってるところは見たことないかな。だけどよ、魔女っていえば箒だろ?」
魔女ってのは箒に乗っていて、三角帽子を被っていて、黒猫とかを連れているもんだ。自分の中にあるイメージを語ってみると、咲夜は微妙な顔付きで曖昧な応答を飛ばしてきた。
「私にとっての魔女のイメージは、本か人形とセットの存在だけど……まあ、貴女の場合は箒ってことなんじゃない? 形そのものじゃなくて、拘るってことが大切なのよ。多分ね。」
「拘ることがか。……お前ってさ、たまーに魔女って生き物の本質を突く感じのことを言うよな。」
「そりゃあそうでしょ。お嬢様方と同じように、パチュリー様やアリスにも育ててもらったんだから。魔女って生き物のことを結構知ってるのよ、私は。」
言われてみればそうだな。『これこそ種族としての魔女』って印象のノーレッジや、人間に近い位置に留まり続けているアリスをずっと見てきたのだから、本物の魔女について詳しくなるのは当然なのかもしれない。
いつの日かそこに、『大魔女マリサの友人』って要素も追加されるといいんだが……まあうん、無理な高望みはやめておこう。地道にコツコツが一番だ。旅行でこっちの世界を知って、工房の見学で箒作りを知って、また一歩魔女に近付く。とりあえずはそれを目標にしておくか。
長い長いこの階段が『大魔女』に続いていることを祈りながら、霧雨魔理沙は予定表に向き直るのだった。