Game of Vampire   作:のみみず@白月

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不器用な男

 

 

「卒業おめでとう、ジニー、ルーナ。マリサとサクヤもお帰り。」

 

おおう、ヒゲの違和感が凄いな。真紅の列車を降りた私たちを迎えてくれたハリーの顔にちょっと驚きつつ、霧雨魔理沙は挨拶を返していた。ハリーの隣にはリーゼやアリス、ハーマイオニーやシリウスやモリーなんかも居る。みんなで迎えに来てくれたらしい。

 

「よう、みんな。久し振りだな。」

 

「やっほ、みんな。」

 

「お久し振りです、皆さん。……ただいま戻りました、リーゼお嬢様。」

 

「ただいま、みんな。」

 

つまるところ、今年もホグワーツでの生活を無事に終えることが出来た私たちは、ホグワーツ特急に乗ってキングズクロス駅に到着したところなのだ。私、ジニー、咲夜、ルーナの順でホームに降り立った『帰還組』に対して、出迎えの面々が声をかけてくれるが……ハーマイオニーは大丈夫なんだろうか? 今日って平日だよな?

 

「よっ、ハーマイオニー。仕事は大丈夫なのか?」

 

久々に会ったハーマイオニーに歩み寄って気になったことを問いかけてみると、彼女は笑顔で頷きながら応答してくる。もう学生じゃないって先入観の所為かもしれないが、前よりもどこか大人っぽく見えるぞ。『ヒゲ有り』のハリーよりもよっぽどだ。

 

「ええ、平気よ。魔法省にはホグワーツ生の親が沢山居るから、この日はお休みの部署が多いの。さっきまでリーゼと一緒にハリーの勉強を手伝ってたんだけど、リーゼもハリーも迎えに行くって言うから私も来てみたわけ。」

 

「そっかそっか、ハリーは八月に試験だもんな。ロンは休めなかったのか?」

 

「闇祓い局は忙しいみたいね。残念ながら来られなかったわ。」

 

うーむ、大変そうだな。リーゼとハリーとモリーとアリスから卒業を祝福されているジニーとルーナを横目に、ここに居ない見習い闇祓いどのへと同情の念を送っていると、近付いてきたシリウスが話しかけてきた。

 

「マリサ、今年も色々と大変だったらしいな。マーガトロイドさんから大体の経緯を聞いたよ。」

 

「あー……そうだな、『例年通り』の学生生活だったぜ。」

 

「兎にも角にも無事で何よりだ。リーマスと私も一枚噛んでいたわけだし、話を聞いた時は肝が冷えたよ。……そのお詫びってわけじゃないが、姿あらわしの練習には是非我が家を使ってくれ。すぐに魔法省で試験を受けるつもりなんだろう? 無駄に広い部屋が大量にあるから、練習にはうってつけだと思うぞ。」

 

「おお、それは助かるぜ。そういえばハリーもシリウスの家で練習したんだったな。」

 

人形店だと広さに不安があるし、練習場所についてはアリスと相談しようと思っていたんだが、シリウスの家が使えるなら問題なくなったな。笑顔で首肯しつつ相槌を打っている私に、今度はアリスが寄ってきて質問を投げてくる。

 

「魔理沙、貴女はどうする? 夜に隠れ穴でモリーが夕食をご馳走してくれるらしいの。私はそっちの手伝いに行くけど、咲夜は一旦人形店に戻るみたい。そしてリーゼ様たちは夕食までブラックの家で勉強会よ。」

 

「あーっと、複雑だな。隠れ穴での夕食には全員が行くのか?」

 

「ん、そういうことね。それまでどこに居るかって話よ。ルーナも夕食には多分参加するって言ってたわ。もし一度人形店に戻らずに隠れ穴かブラック邸に行くなら、咲夜が荷物を持っていってくれるんですって。」

 

「んー、私も一回人形店に戻るぜ。エマにただいまを言っとかないとな。」

 

肩を竦めて返答してみれば、アリスはこっくり頷いて了承してきた。

 

「分かったわ、だったら時間になったら咲夜と二人で煙突飛行で移動して頂戴。夕食は……モリー、夕食会はいつからになりそう?」

 

「予想より参加人数が多くなりそうですし、料理する時間を考えると……そうですね、十九時にしておきましょうか。」

 

「了解よ。……じゃあ、十九時頃に咲夜と二人で隠れ穴に来てね。私はずっとあっちに居ることになりそうだから。」

 

「おう、オッケーだ。行こうぜ、咲夜。みんなもまた後でな。」

 

何だか慌ただしいやり取りを終えた後、みんなに一声かけてから咲夜と二人でホームの隅の暖炉に向かう。まあ、夕食会は私としても嬉しいイベントだな。ジニーとルーナは昨日ホグワーツを卒業したわけなんだし、二人の卒業記念パーティーって感じになるのかもしれない。

 

「卒業祝いを買っときゃよかったな。」

 

「そうね、今夜食事会があるならその時に渡すのが正解だったのかも。」

 

「ま、平気か。ジニーの就職が決まったらまたモリーがパーティーをするだろ。そうすりゃルーナも来るだろうし、その時就職祝いも兼ねてってことで渡そうぜ。」

 

「イモリ試験の結果次第だけどね。……先に行くわよ? マーガトロイド人形店!」

 

試験直後にジニーは『思ったほど悪くなかった』と言っていたんだから、きっと大丈夫なはずだ。咲夜が緑の炎と共に暖炉の中から姿を消したのを見送って、一拍置いた後で私もフルーパウダーを投げ込んだ暖炉に入る。

 

「マーガトロイド人形店!」

 

緑の炎に包まれながら行き先を言い終わった直後、一瞬の急上昇や急降下の感覚があったかと思えば……ふう、帰ってきたな。人形店のリビングの光景が目の前に広がっていた。

 

「お帰りなさい、魔理沙ちゃん。」

 

「ただいま、エマ。」

 

キッチンカウンターの整理をしていたらしいエマに挨拶してから、どさりとソファに腰を下ろす。いやー、やっぱいいな。『我が家』は落ち着くぞ。

 

「ちょっと魔理沙、寛ぐ前に荷物を片付けなさいよ。」

 

「お前な、こういう時は少しのんびりするもんだろ。」

 

「今回は魔理沙ちゃんが正解ですね。紅茶を淹れますからゆっくりしておいてください。焼きたてのクッキーもありますよ?」

 

クスクス微笑みながらお湯を沸かしているエマを見て、咲夜が慌てて手伝いを始めるが……来年の今日は既に卒業しているのだと考えると、学生としては最後の夏休みに突入したわけだ。何だかうずうずしてくるな。時間を無駄にするのがとんでもなく惜しく感じられてしまうぞ。

 

よし、予定の再確認をしておこう。背凭れに預けていた身を起こしてトランクの中から予定表を引っ張り出している私に、淀みなくお茶の準備を進めているエマが疑問を寄越してくる。

 

「そういえば魔理沙ちゃん、幻想郷に持っていった方がいい物って何か思い付きますか? もう残り一年ですし、そろそろ移住の準備を進めておこうかと思ってるんですけど。」

 

「あー、中々難しい質問だな。マグル製品全般は向こうじゃ手に入らないだろうから、もし使うなら持ち込んだ方がいいかもだぞ。」

 

「でも、私が持っていきたい物はみんな消耗品なんですよね。洗剤とか、フローリングワックスとか、お菓子の材料とか。悩ましいところです。」

 

「足りなくなってきたらその都度リーゼに買いに行かせりゃいいじゃんか。あいつは行き来できるんだろ?」

 

パッと思い付いたことを口に出してみると……何だ? その反応は。エマと咲夜が揃って微妙な表情で応じてきた。

 

「メイドがお嬢様に『お使い』を頼むのは……ダメですよね? 咲夜ちゃん。」

 

「ダメなんでしょうね、やっぱり。」

 

「いやいや、それくらい別にいいだろ。リーゼも嫌とは言わんと思うぞ。」

 

リーゼに気を使っているというよりも、使用人としてのプライドがそれを許さないようだ。私に対して肯定も否定もせずに唸っている二人に苦笑しつつ、手書きの予定表を眺めて一つ息を吐く。

 

ずっと前から決まっていたこととはいえ、タイムリミットが目前に迫ってくるとやはり焦るな。エマと同じように、アリスやリーゼも徐々に移住に向けての準備を始めるつもりなんだろう。だったら私もそれを踏まえた上で予定を組み立てなければ。

 

うーん、持っていきたい物か。確かにそういうのも考える必要がありそうだな。……私はいつの日か、こっちの世界に戻って来られるようになるんだろうか? 本物の魔女になって、魅魔様のように結界をすり抜けたりとか? あるとしてもかなり先の話になりそうだ。

 

だけど、いつかはイギリスに帰ってきたいな。咲夜と一緒なら尚良いぞ。二人で様変わりしたロンドンやダイアゴン横丁を歩いて、懐かしいなと笑い合う。結構面白そうな未来じゃないか。

 

目の前の予定表には書き込めない、ずっとずっと先の予定。それを心の中にそっとメモしつつ、霧雨魔理沙は小さな笑みを浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「迷ってるんだよ。父さんはチャンスだから行った方が良いって言うんだけど、マグル製品取締局がどうなるかが心配なんだ。折角新入局員が二人も入ってくる予定なのに。」

 

魚のフライを頬張りつつ悩ましい声で相談しているパーシー先輩を横目に、サクヤ・ヴェイユはリーゼお嬢様のグラスにワインを注いでいた。こっちのテーブルは静かに『大人の話』をしているけど、向こうのテーブルはわいわいと盛り上がっているな。何かテーブルゲームをしているらしい。

 

ホグワーツからロンドンに帰還した日の夜、私は隠れ穴で開催された食事会に参加しているところだ。参加者はウィーズリー家の面々とポッター先輩とハーマイオニー先輩、ブラックさんやルーナとその父であるラブグッドさん、そして私と魔理沙とリーゼお嬢様とアリスなのだが……むう、爆発音が頻繁に響いてくるな。間違いなく向こうのテーブルで行われているのは双子先輩が持ち込んだゲームなのだろう。

 

ちなみにこちらのテーブルで非魔法界問題についてを話し合っているのは、リーゼお嬢様とハーマイオニー先輩、パーシー先輩の三人だ。新たに発足する非魔法界対策の専門部署に『スカウト』されたらしいパーシー先輩へと、ハーマイオニー先輩が問いを放つ。

 

「そもそも新部署はどこの傘下になるの? やっぱり大臣室の下に置かれるのかしら?」

 

「まだ本決まりじゃないけど、現状ではそうなる可能性が濃厚かな。調査チームが大臣室の下にあったから、部署に昇格した後も同じ位置に置かれると思う。」

 

「兎にも角にも出世なんだろう? 私は行った方がいいと思うがね。そっちの部署でマグル製品取締局の有用性を唱えれば、アーサーの地位向上にも繋がるだろうさ。」

 

「出世かどうかは難しいところかな。設立が決まった直後だから、何もかもがあやふやなんだ。大臣室傘下の小さな部署になる可能性もあれば、新たなフロアを造ってそこの『顔』にしようって意見もあるからね。」

 

リーゼお嬢様の言葉に応じたパーシー先輩は、一度自家製のアイスレモンティーに口を付けてから話を再開する。執行部、惨事部、規制管理部、国際協力部、運輸部、ゲーム・スポーツ部、神秘部に続く八番目の部署になるかもしれないわけか。

 

「ボーンズ大臣は後者の意見を取り入れるつもりらしくて、その所為で議論が白熱してるみたいだよ。フォーリー評議長が性急すぎるって理由で反対に回ったから、久々にウィゼンガモットと大臣室で割れてる感じかな。」

 

「ん? レミィはフォーリーが『グリンデルバルド派』の人間だと言っていたんだがね。そのフォーリーが反対するのは少し妙だな。……スクリムジョールはどうなんだい? 次の魔法大臣として最も有力なのはあの男だろう? 省内ではそれなり以上の発言力があるはずだぞ。」

 

「スクリムジョール部長は静観してるみたいだね。多分どちらかに付くとバランスが崩れると思ったんじゃないかな。……正直なところ、僕も性急だとは考えているんだ。非魔法界対策には賛成だけど、いきなりフロアを増設するってのは周りがついて来られないと思うよ。まだまだ広まり切っていない問題だから。」

 

「んー、難しいな。問題の周知には結構な時間をかけているはずなんだが、どうにも広まっていないからね。民間と指導者層で問題に対する認識の乖離が発生しているわけか。」

 

ワインを呷りながら唸るリーゼお嬢様に、ハーマイオニー先輩がピンと指を立てて発言を投げた。

 

「ひょっとしたらボーンズ大臣は強引な姿勢をあえて見せることで、問題の重要性を示そうとしてるんじゃない? 新フロア増設は私からしても時期尚早に思えるし、ボーンズ大臣がそれに気付かないはずがないわ。傍目にも無理な案を提示することによって、それだけ危急の問題なんだと間接的に伝えているんじゃないかしら?」

 

「……だとしたら大した度胸だね。支持率を落としかねん行為だぞ。」

 

「ボーンズ大臣は地位に拘泥するタイプの人じゃないし、可能性はあると思うわよ。ウィゼンガモットもそれを理解した上で反対していて、スクリムジョール部長もだからこそ静観しているとか? それならグリンデルバルド派のフォーリー評議長が反対している理由にもなるじゃない。」

 

ぬう、ボーンズ大臣は自身の地位よりも問題の周知を優先したということか。ハーマイオニー先輩の仮説を私が脳内で咀嚼している間にも、パーシー先輩が眉間に皺を寄せながら口を開く。

 

「なるほどね、ある意味過激な考え方だけど……僕もそれは有り得ると思う。ボーンズ大臣は元々長期政権には否定的だったし、自分の退任を恐れるような人じゃないはずだ。次期大臣としてスクリムジョール部長を想定しているから、今回彼には蚊帳の外でいてもらうように頼んだのかもしれないよ。」

 

「ウィゼンガモットも分かった上でやっているんだとすれば、何とも壮大な『お芝居』ってことになりそうだね。……うーん、ボーンズにはまだ魔法大臣でいてもらいたいってのは我儘かな?」

 

困ったような苦笑でリーゼお嬢様が言うのに、ハーマイオニー先輩も同じ表情で応答する。

 

「それは分かるけどね。非魔法界問題の理解度を上げたいのであれば、どこかで民意に訴えかけるような強い手を打つ必要があるわ。今回の一件はその助走ってところじゃないかしら。ボーンズ大臣は非魔法界問題を自分の最後の仕事にするつもりなのかも。」

 

「一種の憎まれ役を買って出るってわけだね。ボーンズ大臣なら出来るし、やれる人だと思うよ。非魔法界対策はスカーレット女史が残していった仕事でもあるから、その解決を区切りと捉えていてもおかしくはないかな。」

 

「レミィが権威を以って提起し、ボーンズが熱意を以って強引に推し進め、スクリムジョールが冷静さを以って纏めるって筋書きか。確かに有り得そうだね。……まあ、今日明日そうなるって類の話じゃないし、今のところは単なる予想だ。まだまだボーンズの支持率は『高値』を維持しているさ。」

 

「そうね、あったとしても暫く先の話になるでしょうね。大体執行部の次期部長候補が居ないわ。ロバーズ局長は部長ってタイプじゃないわよね?」

 

うーむ、あの人が執行部部長ってのはイメージできないな。そしてリーゼお嬢様やパーシー先輩もそれは同様だったようで、二人揃って頷きながら肯定した。

 

「絶対にないね。ムーディとは別ベクトルで『現場の人間』なんだと思うよ、ロバーズは。スクリムジョールもそのことは重々承知しているだろうさ。」

 

「優秀さ云々というか、適材適所ってやつだね。闇祓い局内ならむしろシャックルボルト副局長の方が部長向きなんじゃないかな。」

 

「あー、シャックルボルト副局長ね。私も向いてると思うわ。もしかしたら指名されるかも。」

 

シャックルボルト副局長か。どんな人だったっけ? そもそも会ったことがあったかと記憶を掘り起こしている私を他所に、リーゼお嬢様が会話の内容を非魔法界問題に戻す。

 

「ま、スクリムジョールならぴったりのヤツを卒なく選ぶだろうさ。……しかしまあ、イギリスが対策委員会の要請を八割方受け入れた以上、フランスも受け入れる方向に転ぶだろうね。そっちの話は耳に入っていないのかい?」

 

「協力部にはちらほらと入ってきてるわよ。フランス魔法省としては、イギリス魔法省がもっと時間をかけると思っていたらしいわ。最終的には大半を受け入れるにしても、ポーズとしての交渉はするものだと考えていたみたい。」

 

「すんなり過ぎてびっくりしちゃったわけか。どう受け取っていいか迷うね。」

 

「フランスの民意を簡単に言うと、『グリンデルバルド議長に協力するのは嫌だけど、紅のマドモアゼルの意志は受け継がなければならない』ってところじゃないかしら? イギリスよりも時間はかかるでしょうし、受け入れる部分も若干少なくなるかもだけど、骨子となる要請は最終的に承認すると思うわよ。」

 

フランスもいずれ『陥落』するということか。ハーマイオニー先輩の予想を聞いて、パーシー先輩がポツリと呟きを漏らした。

 

「怖いね。グリンデルバルド議長の意のままだ。」

 

「……キミはそれが危険だと思うかい?」

 

「思うかな。……グリンデルバルド議長の行動が間違っているとは言わないよ。非魔法界対策は僕たち魔法族全体が向き合うべき課題で、それを進めようとするのは正しい行いだと思う。もしグリンデルバルド議長の立ち位置にスカーレット女史やダンブルドア先生が居たなら、僕はきっと『怖い』とは考えなかっただろうね。」

 

「しかし、ゲラート・グリンデルバルドがそこに居るのは怖いわけだ。」

 

グラスの中のワインを揺らしながら問いかけたリーゼお嬢様に、パーシー先輩は難しい顔付きでこっくり首肯する。

 

「自分でも理不尽なことを言っているのは分かってるけど、それでもそう感じてしまうんだ。こんな風にグリンデルバルド議長が国際的な権力を持ち始めた時、どうしてもヨーロッパ大戦のことが頭をよぎっちゃうんだよ。」

 

「……まあ、理解は出来るよ。『もしも』が怖いんだろう?」

 

「そういうことだね。グリンデルバルド議長が非魔法界対策の旗頭である限り、この懸念は常に付き纏うと思うよ。魔法界の誰もが僕と同じ恐れを抱くはずだ。……だけど、現状グリンデルバルド議長以外に問題を牽引できそうな人物が居ないのも確かだからね。中々難しい問題なんじゃないかな。」

 

「それがゲラート・グリンデルバルドなんだよ。敵でさえ認めざるを得ず、反面味方にも恐れられる。どこまでも正しい男であり、故に認め難い悪人でもあるんだ。レミィのように器用じゃないのさ、あの男は。だから政治家としては敗北したのかもね。」

 

くつくつと皮肉げな笑みを浮かべつつワインを飲んだリーゼお嬢様は、大きなため息を吐いて私に空いたグラスを差し出してきた。それに慌ててワインを注ぐと、お嬢様は私の頬をするりと撫でながらやれやれと首を振る。

 

「いやはや、本当に不器用なヤツだね。度し難いよ。」

 

むう、ちょびっとだけ寂しそうな声に聞こえるのは気のせいなんだろうか? そのままハーマイオニー先輩が話題を変えるのを耳にしながら、皿に残っていたチーズが載っているクラッカーをぱくりと食べた。ゲラート・グリンデルバルドか。見る者によって姿を変える男。実に複雑な人物だな。

 

開いている窓から漂ってくる初夏の夜の匂いを感じながら、サクヤ・ヴェイユはもう一つクラッカーを口に運ぶのだった。

 


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