Game of Vampire   作:のみみず@白月

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巧遅も拙速も運には勝てぬ

 

 

「キミたちね、私は赤ん坊じゃないんだぞ。着替えの手伝いなんて不要だよ。」

 

うーん、ちょっと可愛いな。黒いキャミソールとショーツ姿でえへんと胸を張っているリーゼお嬢様を前に、サクヤ・ヴェイユはどうしたら良いのかと視線を彷徨わせていた。可愛いポーズの主人からノーを出されちゃったぞ。この場合メイドとしてはどうすべきなんだろう?

 

六年生と七年生の間の夏休みに入って数日が経過した今日、私はエマさんから『朝の身支度のお手伝い方法』の指導を受けているのだ。だから『実演』のために先程トランクの中の寝室でリーゼお嬢様を起こしたところなのだが、この通りお嬢様が手伝いは不要だと主張してきたのである。

 

ベッドの上で仁王立ちになって注意してきたリーゼお嬢様に、エマさんがニコニコと微笑みながら意見を放った。ぬう、髪が寝癖でクシャッとなっているのが物凄く気になるな。梳かしちゃダメだろうか?

 

「それだと咲夜ちゃんの練習にならないじゃないですか。大人しく座っていてください。」

 

「キミね、私を自力で身支度も出来ないような間抜けどもと一緒にするなと何度も言っているだろう? 自立しているんだよ、私は。咲夜には他のことを教えたまえ。」

 

「はいはーい、先ずは顔を拭きましょうねー。」

 

「おい、私の話を……むぐ、話を聞きたまえよ。いつもこんなことはやっていないだろうが。」

 

何か、普段見る二人よりも気安いやり取りだな。強引にリーゼお嬢様を抱き寄せて蒸しタオルで顔を拭き始めたエマさんと、文句を言いつつもそこまで強くは抵抗していないお嬢様。これが他人には当然として、アリスたちのような『身内』にすら見せない影と主人だけのやり取りなのかと不思議な気分になっている私に、エマさんが指示を出してくる。

 

「咲夜ちゃんは髪をお願いします。最初にその黒いブラシで梳かしてから、次にそっちの茶色いブラシで仕上げる感じで。」

 

「はい、分かりました。……失礼しますね、リーゼお嬢様。」

 

「……いつもは一人でやっているんだからな。それはしっかりと覚えておくように。」

 

ムスッとしながらエマさんに顔を拭いてもらっているリーゼお嬢様の背後に回って、黒いブラシで慎重に髪を梳かし始めた。下着姿だと実感するけど、本当に華奢な身体だな。人間よりも遥かに力持ちだというのが信じられなくなってくるぞ。

 

これ、具体的に何が違うんだろう? 筋肉の質とか? それとも違いが具体的じゃないからこそ『妖怪』なのかな? パチュリー様なら答えを出せるんだろうかと考えつつ、茶色いブラシに持ち替えて仕上げをしていると……諦めて大人しくなったお嬢様の顔を拭き終えたエマさんが、部屋に四つあるうちの一つのドアを開けて中に入っていく。クローゼットに続くドアだ。

 

「リーゼお嬢様が着る服って、いつもエマさんが選んでいるんですか?」

 

「半々かな。エマは私を『着せ替え人形』にするのがお好きなようでね。二回に一回は選びたがるんだ。日によって服の選択に違いを感じないか?」

 

「あー、何となく分かります。『可愛い系』と『ボーイッシュ系』で違ってますね。そうなると昨日のはお嬢様が選んだ服ですか?」

 

「正解だよ。私は昨日みたいな動き易い機能的な服装を好んでいるんだが、エマの場合は得てしてやけに少女然とした服を……ほら、あれだ。ああいうのを選んでくるのさ。戻してきたまえ、エマ。そんなもんをいつどこで買ったんだい?」

 

額を押さえながらのリーゼお嬢様の視線の先には……まあうん、悪くはないと思うけどな。チェック柄のプリーツスカートと白いブラウス、黒いストッキングを持ったエマさんの姿があった。

 

「別にいいじゃないですか。ホグワーツの制服だってこれとほぼ同じでしょう?」

 

「全然違うぞ。ホグワーツのスカートはそんなに短くないし、そもそもスカートが嫌いな私はあまり着ていなかった。大体ね、そんなもんちょっと動くだけで下着が見えちゃうだろうが。」

 

「今の流行りはこの長さなんですよ。どうせ今日は出掛けないんだからこれを着てください。絶対に似合いますって。」

 

「嫌だよ。諦めてハーフパンツを持ってきたまえ。この前日本で沢山買ってきたじゃないか。」

 

ストッキングを履かせようとする従者に足をバタバタさせることで抵抗しているリーゼお嬢様へと、エマさんは意にも介さずするりと履かせながら応答を返す。今のってどうやったんだ? マジシャンみたいな手付きだったな。

 

「あんな男の子みたいな服は奥の方に仕舞っちゃいました。お嬢様には可愛らしいスカートが似合うんです。」

 

「……母上がドレスを好んで着ていたからだろう? だからキミは私にも『ヒラヒラ』を着せようとするんだ。違うかい? 長さがやけに短いのが腑に落ちないがね。」

 

「はーい、次はブラウスを着ましょうね。」

 

「また無視か。図星だと聞こえないフリをするのはキミの悪い癖だぞ。この距離で聞こえないはずがないだろうが。……咲夜、エマのこの姿を反面教師にするように。これは『悪い見本』なんだからな。優秀な従者は主人の要望を最優先にするものさ。自分の趣味で無理やりスカートを穿かせるのは『ダメな例』だ。」

 

苦い諦観の表情でブラウスを着ているリーゼお嬢様は、エマさんの淀みない動作に忌々しげな目線を送っているが……ううむ、やっぱり気安いな。エマさんが押しきっているところも、お嬢様が渋々受け入れているところもいつもと違うぞ。いつもならお嬢様は自分の意見を曲げないだろうし、エマさんも拘らずに引くはずだ。

 

より親密というか何というか、姉と妹ってやり取りにも見えるな。何だか凄く羨ましいし、私も交ざりたいけど……自分の立ち位置がいまいち分からないぞ。末妹? それとも娘? まだこの関係に立ち入るのは早いということなのかもしれない。

 

「ほらほら、似合うじゃないですか。ね? 咲夜ちゃん。」

 

「はい、あの……そうですね、似合ってます。」

 

「そうでしょう、そうでしょう。じゃあ今日はそれで決まりですね。」

 

「……外には出ないぞ。明日日本に行く時の服は自分で選ぶからな。」

 

また日本に行くのか。至極満足げな様子で次の準備に取り掛かったエマさんを横目に、二本のヘアブラシを片付けつつリーゼお嬢様に質問を飛ばす。

 

「東風谷さんに会いに行くんですか?」

 

「いいや、今回の目的は細川派……私と協力体制にある派閥とのちょっとした打ち合わせだよ。そういえば、魔理沙との旅行の出発は結局いつになるんだい?」

 

「魔理沙の姿あらわしが完璧になってからですね。まだ不安があるってことで、アリスがオーケーを出してくれないんです。現状で既に予定をオーバーしてます。」

 

「魔女っ子は何だかんだで上手くやるタイプだし、姿あらわしが苦手ってのは意外な落とし穴だったね。……まあ、今年の夏休みは大いに楽しみたまえ。来年は予定が入ってくるかもしれないから、丸々遊べるのは今年で最後だぞ。」

 

ベッド脇に立ってスカートの長さを気にしながらアドバイスしてきたリーゼお嬢様へと、こっくり頷いて返事を投げる。

 

「来年にはもう引っ越しですもんね。……ちょっと気が急いてきます。何か準備すべきことってありますか?」

 

「基本的にはこっちで進めるから心配しなくていいよ。お別れを言うのなんかも来年の夏で間に合うだろうさ。」

 

『お別れ』か。リーゼお嬢様はまた戻ってこられるから然程気に掛けていないようだけど、私の場合はそうもいかないな。今のうちからきちんと考えておいた方が良さそうだ。

 

いよいよ現実味を帯びてきたイギリス魔法界との別れ。そのことを思ってもやもやした気分になりつつ、サクヤ・ヴェイユはベッドを整える作業を続けるのだった。

 

 

─────

 

 

「へ? 行きますよね? だって、だって……ずっと楽しみにしてたんですよ? だから水族館も我慢したんです。リーゼさんが絶対に嫌だって言うから。」

 

まさか、行かないのか? ゲーム機に繋がっているコントローラーを片手にしつつ、東風谷早苗は不安な気分で神奈子様に問いかけていた。そんなの嫌だぞ。

 

ようやく夏休みが見えてきた七月二回目の日曜日。寮の自室でお二方とお喋りをしながらゲームを楽しんでいたところ、夏休みの予定についての話題が出てきたのだ。だから『イギリスに行ってリーゼさんやアリスさんと遊びますよね?』と当然のことを口に出してみたら、何故か神奈子様が難色を示してきたのである。

 

ひょっとして、イギリスは去年行ったからもういいってことなのかな? もっと別の場所……そう、例えばハワイに行きたいとか? なるほど、それなら納得だぞ。名案じゃないか。自分の推理にうんうん頷いている私へと、神奈子様はかなり言い辛そうに返事を寄越してきた。

 

「私はな、幾ら何でもバートリに甘え過ぎていると思うんだ。去年泊まったようなホテルに一ヶ月間も宿泊したら、物凄い料金になってしまうんだぞ? そろそろ遠慮すべきじゃないか?」

 

「……ハワイに行きたいんじゃなくてですか?」

 

「ハワイ? 何を言っているんだ、早苗。急にどうした。どこからハワイが飛び出してきたんだ。」

 

意味不明だという顔付きでぽかんと口を開けている神奈子様を他所に、諏訪子様がパチリと指を鳴らして話に乗ってくる。カッコいいな。私も指を鳴らしてみたいぞ。どうやるんだろう?

 

「いいじゃん、ハワイ。ワイハーでルービーを飲もっか。……それよりあんたのターンだよ、神奈子。」

 

「待て待て、何故急にハワイの話になったんだ。そういう要求をバートリにし過ぎだから、自制すべきだと私は言っているんだぞ。会話の流れがさっぱり分からん。」

 

「今更すぎない? その注意。あんたはワイハーに行きたくないの?」

 

「先ずお前は『ワイハー』と言うのをやめろ。聞いていると物凄くイライラするから。……この前神社で計算してみたんだよ。バートリから借りている金額をな。それを目にした時、私は一瞬気を失いそうになったぞ。あんなに恐ろしいものを見たのは初めてだ。」

 

ゲームを進行させながら語る神奈子様に対して、諏訪子様が首を傾げて続きを促す。次は私のターンだ。いつの間にかビリになっているし、何とか逆転したいな。

 

「勿体ぶってないで言いなよ。幾らだったのさ。」

 

「耳を貸せ。……早苗は気にしないでゲームを進めていていいぞ。」

 

むう、こそこそ話だ。私を蚊帳の外に神奈子様が囁くと、それを聞いた諏訪子様は……ひくりと顔を引きつらせた後、両耳を塞いだ状態で座っていたベッドの中に潜り込んだ。

 

「知らない知らない! 聞こえなかったもんね! 私は知らないもん!」

 

「現実を見ろ、諏訪子。幻想郷に行ったら返すんだぞ。たった三年半後から返済スタートだ。」

 

「やだやだ、知らない! 知りたくなかった! ……このバカ、なんで計算しちゃったの? 信じらんない。見ないフリをしとけばいいでしょうが! 後のことは後に考えりゃいいのよ!」

 

「それで事態が好転するか? 目を背けずにきちんと向き合え。しかも今言ったのは、神札等々の値段を付けられない品抜きでの金額なんだぞ。全てを合計すればどうなると思う? ……どうだ、諏訪子。まだ『ワイハー』に行きたいか?」

 

私は行きたいけどな。リーゼさんなら許してくれると思うぞ。お金持ちだし、優しいし、私のことが好きなんだから。やけに神妙な表情で質問を放った神奈子様へと、諏訪子様はがばりとベッドの中から出て応じる。

 

「……もうここまで来たら何しても一緒だと思わない? ワイハーに行こうよ。そして幻想郷に引っ越したら仲良くアンネリーゼちゃんの『借金奴隷』になろう?」

 

「アホなのか、お前は。開き直ってどうにかなる問題じゃないんだぞ。」

 

「へーきだって。ほらほら、アンネリーゼちゃんってあれじゃん? 外部の存在には冷たい癖に、相手が身内となるとめちゃくちゃ甘やかしてくれるタイプじゃん? ……そうだよ、それだ! 身内になろう! アンネリーゼちゃんに甘やかしてもらおうよ! うっわ、私って天才かも?」

 

ベッドの上に立って満面の笑みで宣言した諏訪子様に、神奈子様が大きなため息を吐いてから応答した。

 

「無理だと思うぞ。バートリは既にお前の『本性』を知っているからな。チビ蛙の小狡い企みなど通用しないはずだ。幼稚園児ですら看破できるような適当な計画を立てるのはやめろ。」

 

「はん、デカ蛇は黙ってな。あんたはアリンコみたいにあくせく働いて、クソ真面目にちょっとずつ返していけばいいじゃん。私はもっと賢い方法を選ばせてもらうよ。」

 

「好きにしろ。お前のようなヤツは得てして最後に後悔するものだ。……今度会った時にバートリに借りを『二等分』するように頼んでおくからな。私の分は私が地道にコツコツ返していく。お前は勝手に後悔するがいい。」

 

「ふーん? 後で泣き付いてきても知らないからね。……ねね、早苗。アンネリーゼちゃんって何が好きかな? 何かプレゼントしようと思うんだけど。」

 

ご機嫌な声色で尋ねてくる諏訪子様へと、むむむと悩んでから答えを飛ばす。リーゼさんが好きな物か。難しいな。

 

「んー、そうですね……私、じゃないでしょうか?」

 

「そういうのはいいから。一緒にショッピングに行った時、何かに興味を持ってたりしなかった?」

 

「ええ? 一番は私だと思うんですけど……そういえば、釣りが好きだって言ってた気がします。それより諏訪子様のターンですよ?」

 

「はいはい、オッケー。……釣りね。ってことは、竿とかルアーとかかな。なるべく安上がりで、かつアンネリーゼちゃんの心に響くような物を選ばないと。」

 

じゃあやっぱり私じゃないか。……もしかすると、ほっぺにちゅーとかしてあげればハワイに連れて行ってくれるかもしれない。ふむ、良い考えに思えてきたぞ。お二方が困っているようだし、ここは私が一肌脱ごうかな?

 

ゲームをしながら考えている私を尻目に、諏訪子様をジト目で睨んでいる神奈子様がやれやれと首を振って小さく呟いた。

 

「愚かな神だ。急がば回れという言葉を知らんのか? 取り繕ったような危険な近道よりも、安全確実な遠回りを行くべきなんだよ。最終的にどちらが先に返済を終わらせるか見ものだな。」

 

「あんたこそ軍神の癖に巧遅は拙速に如かずって言葉を知らないの? バンバン行動できるヤツだけが数少ない『当たり』を掴めるんだよ。アンネリーゼちゃんが身内に甘いタイプってのは確実なんだから、『身内入り』さえすりゃこっちのもんなの。私が先に返し終わった後、早苗の分だけは引き受けてやってもいいよ? 甲斐性無しのダメ蛇女は自分の分だけをノロノロ返せば?」

 

「ふん、精々吠えておけ。私はこの会話を絶対に忘れんからな。未来のお前がどれだけ哀れにゲコゲコ鳴こうが無駄だぞ。自分の分は自分で返させてやる。」

 

なんか、このゲームのプレースタイルみたいだな。神奈子様はギャンブルをせずに地道にゴールを目指していて、諏訪子様は賭けに勝ったり負けたりで浮き沈みが激しい感じ。だけど結局はほぼ同じ位置に居るのが何とも皮肉だ。

 

お二方の言い争いを聞き流しつつ、コントローラーを操作して自分のターンを進めていると……ありゃ、ゴールしちゃったぞ。様々な偶然が重なった結果、私のキャラクターがワンターンでお二方を追い抜いてゴールしてしまう。ラッキーだな。これで三連勝だ。

 

「また私の勝ちですね。じゃあ、えっと……賞品はこれにします。」

 

ゲームの勝者が買っておいたお菓子の中から一つを選んで独占できるというルールなので、さっき二択で迷ったキャラメルポップコーンの袋を取ると……うう、欲しかったのかな? お二方が何とも言えないような顔付きで私のことを見つめてきた。

 

「あの、欲しかったですか? やっぱり普通に分けます?」

 

「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだが……何でもない、気にしないでくれ。」

 

「ルールだからね。その一番高くて、一番美味しそうで、一番目を引くポップコーンは運だけで逆転したあんたの物だよ。」

 

「そ、そうですか。……それじゃあ、もう一回やりましょう。まだまだお菓子はありますし。」

 

ジト目の諏訪子様に見られながらポップコーンの袋を開けて、タイトルメニューに戻ったゲームを再びスタートさせる。……おお、美味しいぞ。さすがは外出日の時にリーゼさんから買ってもらった高いお菓子だけのことはあるな。

 

幸せな気分でポップコーンを次々と頬張りつつ、東風谷早苗は楽しい休日だなと身体を揺らすのだった。

 

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