Game of Vampire   作:のみみず@白月

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アリ、キリギリス、テントウムシ

 

 

「いらっしゃい、リーゼちゃん。さあさあ、上がって上がって。スイカが冷えてるよ。リーゼちゃんたちと食べようと思って冷やして待ってたんだ。」

 

こいつ、今度は何を企んでいるんだ? 東風谷家の中へと私の手を引いてくる諏訪子を前に、アンネリーゼ・バートリは不気味な気分で顔を引きつらせていた。何か物凄く高額な物を買わせるつもりなのかもしれない。そうはいかんからな。

 

七月三十一日の土曜日。今日の午前中でマホウトコロにおける夏学期が終了したということで、守矢神社の測量のついでに帰ってきた早苗たちとの予定をすり合わせるため、アリスと二人で日本を訪れているのだが……諏訪子の様子が明らかにおかしいぞ。わざわざ外で私たちの到着を待っていたのも変だし、無邪気な笑みで手を握ってくるのも奇態に過ぎる。一体全体何を企んでいるんだ?

 

姿あらわしで到着した直後に私を東風谷家へと誘ってきた諏訪子に、玄関で靴を脱ぎながら話しかけた。

 

「キミ、何のつもりなんだい? 『リーゼちゃん』? そんな呼び方は使っていなかっただろうが。」

 

「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。そろそろ私たちも親密になるべきかと思ってさ。……さなえー! リーゼちゃんとアリスちゃんが来たよー!」

 

「はーい!」

 

二階の自室に居るらしい早苗の返事を受けた後、諏訪子は半ば抱き着くようにベタベタしながら私をリビングへと誘導してくるが……恐ろしく気味が悪いな。鳥肌が立ってきたぞ。

 

「こっちこっち、早く来なって。」

 

「何度も来ているんだから案内の必要はないぞ。……ええい、何故くっ付いてくるんだ。気持ちが悪いからやめたまえよ。」

 

「ひどいよ、リーゼちゃん。ボディタッチで愛情を表現してるのに。」

 

「『愛情』? ……おい、神奈子。この邪神は何を考えているんだい?」

 

リビングで缶ビールを飲みながらテレビを観ていた神奈子へと、強引に引き剥がした諏訪子を指差して問いかけてみれば、彼女は画面から目を離さないままで気もそぞろに応答してくる。マグルのスポーツを中継しているらしい。箒を使っていないし、地面でやっているし、選手を殺そうとする球も飛び回っていない『常識的』なスポーツをだ。

 

「よく来たな、バートリ。それにマーガトロイドも。……諏訪子のことは気にするな。そいつはお前と親しくなることで、借金の減殺を狙っているだけだ。幼稚な打算から来る愚かな行動だよ。」

 

「はあああ? 何で言うのさ、バカ蛇! 折角上手く行ってたのに!」

 

「どう見ても上手く行ってなどいないだろうが。バートリとマーガトロイドの顔を見てみろ。ひどく不気味なものを目にした時の顔付きだぞ。……この機会に自らの行いを客観視すべきじゃないか? バートリたちの反応がこうなのは、お前の普段の行いが悪いから──」

 

「えい。」

 

神奈子が説教じみたことを語っている途中で、諏訪子がリモートコントローラーのボタンを押してチャンネルを変えてしまう。すると途端に始まった神々の言い争いを尻目に、アリスと二人で縁側へと移動した。なるほどな、そういうことだったのか。幾ら何でも私をバカにし過ぎだぞ。あんな違和感がある芝居で騙されるかよ。

 

「おい、蛙女。五時まで『チャンネル権』は私にあるはずだろうが。リモコンを返せ。」

 

「やだよ、バーカ。余計なことする蛇女は境内の掃除でもしてな。」

 

「子供か、お前は! さっさと返せ! いいところだったんだぞ!」

 

リモートコントローラーを持って部屋の中を逃げ回る諏訪子のことを、体格で勝る神奈子が捕獲したところで……おや、もう一人のおバカちゃんの登場だ。早苗がリビングに入ってくる。

 

「二人ともいらっしゃいま……何してるんですか? 神奈子様、諏訪子様。」

 

「助けて、早苗! 神奈子がイジめるんだよ! 私の邪魔をしてくるの!」

 

「邪魔をしているのはお前だろうが! 早くリモコンを返せ!」

 

「いーやーだー!」

 

アホしか居ないのか、この家には。リモートコントローラーを抱え込んで蹲った諏訪子から、神奈子が強引に『チャンネル権』を奪い返そうとしているのを眺めつつ、ぽかんと突っ立っている早苗に声をかけた。二柱の争いは無視すべきだな。あんなもん関わるだけ時間の無駄だ。

 

「やあ、早苗。何か飲み物を用意してくれたまえ。」

 

「久し振りね、早苗ちゃん。」

 

「お久し振りです、リーゼさん、アリスさん。今冷たいお茶を持ってきますね。」

 

こっくり頷いてキッチンへと向かう早苗を見送ってから、諏訪子を持ち上げてぶんぶん振っている神奈子に声を放つ。

 

「神奈子、測量はどうするんだい? すぐやるのか?」

 

「待て、私はこの試合を楽しみにしていたんだ。こいつに同行させるから……いい加減リモコンを離せ、バカ蛙! マーガトロイドの測量の手伝いはお前の役目だと決まっただろうが!」

 

「やだやだやだ! クソ暑いのにずっと外でリーゼちゃんたちを待ってたんだよ? その苦労を台無しにされた挙句、また外で働けっての? 絶対やだ! あんたが行けばいいじゃん!」

 

「いいから先ずリモコンを……離せ!」

 

片手一本でぽんこつ祟り神を持ち上げて、彼女が持っているリモートコントローラーを勢いよく神奈子が引っ張ると……おー、面白いな。リモートコントローラーを取り上げた時の反動で諏訪子が吹っ飛んでしまった。さすがは軍神だけあって力があるらしい。

 

縁側に座っている私とアリスの頭上を通過して庭に墜落した諏訪子は、そのまま数秒間静止していたかと思えば……両手を地面に突いてがばりと起き上がった後、怒りを秘めた無表情でポツリと呟く。

 

「ちょっと待ってな、蛇女。あんたの大事な大事な車をぶっ壊してくるから。」

 

「キミね、そんな物理的な『祟り』はやめたまえよ。それに神奈子の車は私が買ってやった物なんだが?」

 

「貴様、それをやったら私もお前の大切なテレビを叩き壊すぞ。」

 

「そっちも私が買った物だね。壊すにしても私が買っていない物にしたらどうなんだい? 気分が悪いぞ。」

 

縁側の私たちを挟んで睨み合う二柱に文句を言ったところで、抜いた杖を軽く振ったアリスが口を開いた。呼び寄せ呪文で玄関の靴を呼び寄せたらしい。

 

アクシオ(来い)。……じゃあ、行きましょうか諏訪子さん。早く終わらせたいので湖に案内してください。」

 

「待ちな、アリスちゃん。今日という今日はあの暴力蛇に分からせてやらないといけないんだから。」

 

「はいはい、私とリーゼ様が帰った後で好きなだけやってください。行きますよ。」

 

「ちょっ、え? 何これ? 何この人形たち。」

 

何だか知らんが、アリスも諏訪子に対しては遠慮がないな。スタスタと湖の方に歩き去るアリスと、数体の人形たちに引き摺られる形で『連行』されていく諏訪子。その姿を見てやれやれと首を振った後、チャンネルを元に戻した神奈子に問いを投げる。言及するのも面倒だし、今の騒動は無かったことにしてしまおう。

 

「それで? 夏の予定はどうするんだい? どうせ行きたいところがあるんだろう?」

 

「……今年はまあ、家でゆっくりするのも悪くないと考えている。特に行きたい場所は無いな。」

 

「ふぅん? 意外な答えだね。てっきりまたイギリスに来たいだの、フランスに行きたいだのと言ってくると思っていたよ。」

 

さっきの諏訪子の態度よりはマシだが、この返答も中々に不気味だな。殊勝すぎるぞ。予想外だというのを声色に表しながら返事をしたところで、飲み物を持って部屋に再入室した早苗が話に首を突っ込んできた。いつも通りの百点満点の笑顔でだ。

 

「フランス? 私たち、フランスに行けるんですか?」

 

「早苗、違うぞ。私は今、バートリに今年はどこにも行く気がないと伝えて──」

 

「私、凱旋門が見たいです! あと、あの塔。東京タワーみたいなやつ! 何て言うんでしたっけ? ピザの斜塔?」

 

「斜塔は『ピサ』だし、それがあるのはイタリアだし、キミが言っているのは多分エッフェル塔だよ。何もかもが間違っているぞ。」

 

慌てた様子の神奈子の台詞を遮った早苗へと、呆れた気分で訂正してやれば……おやまあ、もうこの子の中ではフランスに行くことが確定してしまったようだ。我儘娘は嬉しさを全身で表現しながら凄い勢いで首肯してくる。

 

「そう、それです! エッフェル塔! テレビでやってました! ……あれを直に見られるんですね。とっても楽しみです。」

 

「早苗、違うんだ。私の話を聞いてくれ。今年は家でゆっくり過ごさないか? 諏訪子もそう言っていたぞ。」

 

「えっ。……でも、ハワイはどうするんですか?」

 

ハワイ? 太平洋にあるあのハワイか? 何故急にフランスとは微塵も関係のない地名が出てきたんだ? 脈絡がなさ過ぎるぞ。不安そうな面持ちで神奈子に謎の質問を送った早苗へと、守矢の軍神どのは若干押され気味の表情で応答した。相変わらず早苗の会話は難解だな。何一つ予測できないあたり、『びっくり箱』を相手にしているみたいだ。

 

「ハワイは行かないと言っただろう? 何度も何度も説明したじゃないか。」

 

「だけど、でも……代わりにフランスに行くってことなんですか? 私、それならハワイの方がいいです。」

 

「そうじゃなくてだな、どこにも行かないという話をしているんだ。今年はフランスにも、ハワイにも、イギリスにも行かないんだよ。車で行ける範囲で軽く遊ぶ程度にしよう。みんなで行けばどこだって楽しいはずだろう?」

 

早苗の肩に手を置いて神奈子が諭しているが……うーむ、いまいち理解していないようだな。守矢神社の一人娘どのは訳が分からないという雰囲気で首を傾げている。そんなに難しい話じゃないだろうに。多分この子は一度思い込んでしまったが最後、中々それを払拭できないタイプなのだろう。ソクラテスとは仲良くできなさそうだな。

 

「えっと……えぇ? 行かないんですか? どこにも? そんなの、そんなのつまんないです。」

 

「虫取りをするのはどうだ? 子供の頃は好きだっただろう? 今度は私たちも一緒に出来るから、私がセミの取り方を教えてやろう。カブトムシやクワガタでもいいぞ。」

 

「虫取りなんか嫌です。ハワイの方がいいです。」

 

バッサリだな。そりゃあ虫取りか旅行かなら私だって旅行を選ぶぞ。『愛娘』に即答で拒否された神奈子が落ち込む中、早苗が私の方に近付いてきた。

 

「リーゼさん、ダメなんですか? ハワイ、行けないんですか? ずっと楽しみにしてたんです。」

 

「そもそも私は、ハワイという選択肢がどこから出てきたのか分かっていないんだが。」

 

「海があるんです。綺麗な海が。それにココナッツとか、ショッピングモールとかもあるんですよ? 行きたいですよね? ちなみに海亀も居ます。」

 

「行きたくないかな。海は大嫌いだし、ココナッツなんぞ食べたくないし、ショッピングも趣味じゃないからね。そして海亀は私たち吸血鬼の生において何一つ関わりのない生き物だ。一生見られなくても構わないよ。」

 

ペンギンとか、キリンとか、ヒッポグリフの方がまだ近いぞ。素気無く切り捨ててやれば、早苗はずずいと身を寄せながら尚も説得を続けてくる。

 

「でもでも、釣りも出来ますよ? よくは分かりませんけど、海があるんだから出来るはずです。」

 

「海はイギリスにもあるんだけどね。日本にもあるだろう? ハワイもイギリスも日本も全部島なんだから同じようなもんさ。どこでだって出来るよ。」

 

「……じゃあじゃあ、フランスでいいです。フランスに行ってエッフェル塔を見ましょうよ。そうしましょう。」

 

さも要求を引き下げたかのような口調で言ってくる早苗に、神奈子の方を顎で示して返答を返す。こうなると諦めさせるのは至難の業だぞ。お前がやれ、神奈子。保護者としての責任を果たすんだ。

 

「先ず神奈子に聞きたまえよ。私がどうするのかはそれからだ。」

 

「……神奈子様、お願いします。私、みんなで遊んだ思い出を残したいんです。」

 

「しかしだな、早苗。そろそろバートリに遠慮しないと──」

 

「神奈子様っ! 神奈子様とも遊びたいんです! ずっとずっと会えなかったから、その分沢山一緒に楽しみたいんです!」

 

おねだりしながらギューッと抱き着いてくる早苗に対して、神奈子は困ったように葛藤した後……何なんだよ、こいつらは。無駄に凛々しい顔付きで私に要求を伝えてきた。

 

「バートリ、フランスに行こう。早苗の思い出のためだ。もうこれは仕方がない。」

 

「キミ、ちょっとは抵抗したらどうなんだい? どの辺が『仕方がない』のかをきちんと説明してみたまえよ。」

 

「こうなったらいくら抵抗しても無駄なんだ。私は負けを知った上で無意味な抵抗をするような神ではない。潔く敗北を受け入れるさ。」

 

「何故そんなにカッコいい感じで喋っているんだ。私から見れば情けないことこの上ないぞ。」

 

やり切った雰囲気の神奈子に突っ込みを入れていると、おねだりの時の悲しそうな顔からくるりと笑顔になっている早苗が、再び私に近付いてもじもじした後で……私の頬にキスをしてくる。今日一番の意味不明な行動だな。暑さで頭がやられてしまったのかもしれない。これ以上バカになったら救いようがないぞ。

 

「と、特別ですよ? 今回だけです。これでいいですよね?」

 

「全てが分からん。何の話かも分からんし、何を意図しているのかも分からんし、何が『いい』のかも分からんぞ。さっぱりだ。」

 

「……照れてるんですか?」

 

何が原因で、誰に照れるんだよ。早苗のやつ、本当に何かの病気なんじゃないだろうな? あまりにも意味が分からなさすぎて段々不安になってきた私へと、完全に説得側に回っている神奈子が話しかけてきた。早苗の奇行は無視するつもりらしい。……ここは本当に恐ろしい場所だな。私がホグワーツで得た常識が、本物の『常識』なんじゃないかと思えるくらいに意味不明だぞ。

 

「後で払う。だから何とかならないか?」

 

「いやまあ、フランスに何日か滞在させる程度なら別にいいんだけどね。キミ、自分たちがどれだけ借りているのかを把握しているかい? 諏訪子もよく使っているが、『後で返す』は魔法の言葉じゃないんだぞ。私はあくまで『貸している』だけであって、何一つ『奢ってやる』気はないんだからな。テレビの代金も、車を買った金も、旅費も、洋服代も、『たんさんでんち』一本分ですらも、契約後にかかった金額は全部後でキミたちが払うんだ。私が奢ってやるのはプレゼントすると明言した物と、契約以前のイギリスでの早苗の豪遊費だけさ。」

 

「しっかりと把握しているぞ。借りているだけだということは分かっているし、総額もこの前計算したからな。……だから今年は日本で過ごそうと言ったんだ。」

 

「結局失敗しているけどね。意味ないじゃないか。……言っておくが、絶対に取り立てるからな。万が一私が死んだら『債権』が別の吸血鬼に移譲されるようになっているから、何をどうしようと負債からは逃れられないぞ。クヌート銅貨一枚分だって妥協しないと覚えておきたまえ。」

 

徐々にとんでもない額になってきたから、先日私が死んだらレミリアに債権が移るように書類を作っておいたのだ。私の『死んでも取りっぱぐれない宣言』を聞いて、神奈子は顔を引きつらせながら頷いてくる。ここまで来た以上、意地でも回収してやるぞ。……ふむ? 債権そのものの利用か。改めて考えると上手い手だな。イギリスに戻った後で何かに使えないか思案してみよう。

 

「分かっている、元より返すつもりだから問題ない。……それでだな、ちょっと相談があるんだ。早苗、テレビを観ていていいぞ。私はバートリと話があるから。」

 

「はい!」

 

元気いっぱいの様子でチャンネルを変えている早苗を背に、神奈子は小さな声で私に『大人の相談』を送ってきた。

 

「負債を二等分できないか? 返済を私と諏訪子で別々にしたいんだ。諏訪子の方にも了承は取ってある。」

 

「二等分? ……別に構わんが、返す苦労は大して変わらないと思うよ。」

 

「私は真面目にコツコツ返していくつもりなんだが、あいつは少々『ギャンブル癖』があるからな。巻き込まれたくないんだよ。自分の分と早苗の分は意地でも私が返すさ。しかし、諏訪子のことまで面倒を見る気は一切ない。この機に明確に分けておきたいんだ。」

 

「ま、分かったよ。後できっちり二等分しておこう。」

 

私からすればどっちでも変わらんし、その辺はどうでも良いさ。肩を竦めて首肯してやると、神奈子は安心したようにホッと息を吐く。確かにこいつの方が早く返済を終わらせそうではあるな。そこは何となく理解できるぞ。

 

肩の荷が下りたような表情で缶ビールを呷る神奈子と、ご機嫌の笑顔でテレビを観ている早苗。この我儘娘が居る限り、まだまだ二柱の負債は膨らんでいくんだろうなと鼻を鳴らしつつ、アンネリーゼ・バートリは冷たい緑茶が入っているコップに手を伸ばすのだった。

 

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