Game of Vampire   作:のみみず@白月

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長男の報告

 

 

「これは当然の結果さ。むしろ去年がおかしかったんだよ。こうなって然るべきなんだ。」

 

ご満悦の表情でワインを呷るリーゼ様のグラスに追加を注ぎつつ、アリス・マーガトロイドはこっくり頷いていた。うーむ、上機嫌だな。ハリーの試験突破がかなり嬉しかったらしい。

 

八月十六日の夕刻、私たちは隠れ穴で開かれているちょっとした夕食会に参加しているのだ。そして何故モリーが夕食会を開いたのかといえば、就職が決まったハリーとジニーをお祝いするためである。

 

要するにハリーは見事闇祓いの入局試験を突破し、ジニーは予言者新聞社への入社が決定したわけだ。ジニーの入社は先月イモリ試験の結果が届いた段階でほぼ確定していたのだが、折角だからということでハリーと一緒にお祝いすることになったらしい。

 

ちなみに咲夜と魔理沙は北アメリカへの旅行中なので、残念ながら今回は不参加だ。預かっておいた就職祝いを後で二人とルーナに渡さないとなと考えていると、リーゼ様の対面の席でウィスキーを飲んでいるブラックが口を開いた。

 

「全くもってその通りですね。去年素直に入局させておけば良かったんですよ。ハリーほどの候補者を落としたロバーズの気が知れません。意味不明です。」

 

「珍しくまともなことを言うじゃないか。とりあえず入局させちゃって、後から魔法法をちょこっと勉強させればそれで済んだんだよ。去年はクィディッチが邪魔しただけで、ハリーは本来『出来る子』なんだから。」

 

「ロバーズの所為で、ジェームズとリリーへの報告が一年遅れてしまいましたよ。……ジェームズは喜んでいるでしょうね。息子が闇祓いってのは誇るべきことですから。リリーは危険な職業だと心配しているかもしれませんが。」

 

あー、そうだな。リリーは少し心配するかもしれない。だけどまあ、やっぱり喜んではくれるだろう。一人息子が目指す職業に就けたんだから、あの二人は笑顔で祝ってくれるはずだ。

 

この場にジェームズとリリーが居ればなとしんみりしていると、向こうのテーブルでハリーと話していたアーサーがこっちに移動してくる。モリーの料理を食べているハリー、ロン、ハーマイオニーの三人組や、ジニーとルーナを眺めながらだ。

 

「どうも、皆さん。つまみは足りてますか?」

 

「足りているよ。キミも飲みたまえ、アーサー。ジニーの就職が決まって肩の荷が下りた気分だろう?」

 

「ええ、本当に気が楽になりました。一人残らず立派な職業に就いてくれて嬉しい限りです。私が薄給な所為で制限が多かったものですから、色々と不安になることもあったんですが……頑張ってやりくりしてくれたモリーのお陰ですね。このまま行けば全員が私よりも高給取りになってくれそうですよ。」

 

「今や貴方もそこそこの高給取りでしょうに。」

 

リーゼ様に応じたアーサーに突っ込んでやれば、彼はブラックからウィスキーの瓶を受け取りつつ苦笑いで首を振ってきた。

 

「ビルとチャーリーとフレッドとジョージにはもう追い越されていますよ。残る三人もそう遠くないうちに私を超えてくれるでしょうし、親としては万々歳というところです。」

 

「出藍の誉ね。貴方は立派に父親という仕事をやり遂げたんだと思うわよ。」

 

「もう少しの間目標で居てやりたかったんですが、どうやら私の子供たちは私が思っていたよりも優秀だったようですね。あっという間に抜かれてしまいました。」

 

言うアーサーの顔には悔しそうな感情など欠片も無く、ただただ嬉しさが溢れている。六男一女を立派に育て上げたんだもんな。そりゃあ達成感があるだろう。子育てという面では素直に尊敬しているぞ。

 

私が感心している間にも、ブラックがアーサーに対して言葉を放つ。

 

「となると、これからは趣味に没頭できそうですね。今まで頑張ってきた分、大いに楽しまないと。」

 

「それはそうなんだが、先ずモリーを労わないといけないかな。随分と我慢させてしまったからね。多少生活にも余裕が出てくるだろうし、二人でどこか旅行にでも行こうかと考えているんだ。」

 

「あら、いいじゃない。新しい自動車を買うのはその後ね。」

 

「そういうことになりそうですね。」

 

本当に買うつもりではあるのか。まあうん、それでもモリーを優先するのはさすがおしどり夫婦といったところだぞ。苦笑しながら私も自分のワイングラスに口を付けた瞬間……おっと、誰かが来たようだ。暖炉に緑色の炎が燃え上がった。

 

チャーリーは異国の地で仕事中らしいし、フレッドとジョージは先程到着して向こうのテーブルで食事をしており、パーシーはその二人と話している。となると残るは……やっぱりビルか。久々に見るウィーズリー家の長男どのが、暖炉から部屋に入ってきた。

 

「やあ、みんな。」

 

「まあ、ビル? よく来られたわね。お仕事は大丈夫なの?」

 

「ジニーのお祝いだからね。それに、ハリーにもおめでとうと言っておきたかったんだよ。……二人とも、就職決定おめでとう。こっちは僕とフラーからの就職祝いだ。受け取ってくれ。」

 

すぐさま寄ってきたモリーに応答した後、お祝いの台詞と共にラッピングされたプレゼントを差し出したビルに、ハリーとジニーが受け取りながらお礼を口にする。きちんとプレゼントまで用意してあるのか。相変わらず社交性抜群だな。こういう気配りをさせたらビルがウィーズリー家で一番だと思うぞ。

 

「ありがとう、ビル。嬉しいよ。」

 

「ちゃんと来た上にプレゼントだなんて百点満点よ。ありがと、ビル。……ジョージとフレッドは見習ってよね。」

 

「おいおい、俺たちもプレゼントを渡しただろ?」

 

「その通り、最新型の『誤ジョーク修正羽ペン』をな。記者を目指すんなら諧謔を理解しておくべきだぞ、妹よ。」

 

ジニーの注意に双子が戯けたところで、モリーがいそいそとビルを食卓に案内し始めた。愛息に手料理を食べさせたくて仕方がないのだろう。

 

「さあさあ、こっちよ。折角来たんだから久々にご飯を食べていきなさい。今追加を作りますからね。」

 

「あーっと、母さん。その前に一つだけ報告があるんだ。結構……その、大事なやつが。ちょうどみんなが集まってるからさ、今日話そうと思って来たっていうのもあるんだよ。」

 

「……悪い知らせじゃないわよね?」

 

急に改まったビルを見て不安そうに尋ねたモリーへと、ウィーズリー家の長男どのは大慌てで否定を送る。やけに神妙な表情で切り出したから、私もちょびっとだけ不安になったぞ。

 

「いやいや、大丈夫。良い知らせだから。ただちょっと……何て言うか、びっくりはするかもしれないかな。」

 

「おい兄貴、良い知らせなら勿体付けないで早く言ってくれよ。妙に真剣な顔をするからビビったぜ。」

 

「そうだぞ、言ってくれ。気になって食事に集中できないじゃんか。」

 

「茶化すなよ、フレッド、ジョージ。本当に大事な話ではあるんだから。」

 

催促してくる双子に返事をしたビルは、部屋の全員が注目しているのに少し苦笑した後、両手を広げながら『報告』の内容を言い放った。

 

「だから、つまり……フラーが妊娠したんだ。僕に子供が出来たんだよ。フラーも一緒に報告に来たいって言ったんだけど、とりあえず今日は僕だけで知らせに行くって──」

 

「まあ、ビル!」

 

話の途中でモリーが勢いよくビルを抱き締めたのと同時に、アーサーがガタリと席を立つ。呆然とした顔付きだ。……いや、私もびっくりしたぞ。想像していたよりも遥かに重大な報告じゃないか。

 

「母さん、落ち着いて。……一昨日病院で検査したばかりだから、詳しいことはまだ全然分からないんだ。近いうちに向こうのご両親にも報告に行くよ。」

 

「やってくれるじゃんか、兄貴。よくも俺たちを『叔父さん』にしやがったな。でかしたぞ!」

 

「マジでぶったまげたぜ。最高の知らせだ。だよな? パース。」

 

「そうだね、掛け値なしに最高の知らせだ。……おめでとう、兄さん。家族が増えるのは僕も嬉しいよ。」

 

上の兄三人が満面の笑みでビルを囲んで祝福するのに、ロンとジニーも続く。ちなみにアーサーは大口を開けて停止したままで、モリーはビルを窒息させんばかりにハグしっぱなしだ。

 

「ビル、おめでとう。男の子か女の子かはまだ分かんないんだよな? だってほら、おもちゃとかを準備しとかないとだろ?」

 

「気が早すぎるわよ、ロン。まだ分かるわけないでしょ。……おめでとう、ビル。フレッドは『叔父さん』でいいけど、私のことは『お姉さん』って呼ばせてよね。」

 

「ありがとう、みんな。……父さん、どうかな? 良い報告になった?」

 

「そりゃあ、勿論だとも。良い報告だ。間違いなく良い報告だよ。……そうか、孫か。予想外だったな。こんなに早く孫が出来るとは、嬉しい誤算だ。」

 

徐々に笑みの形に表情を変えていくアーサーは、父親になる息子に歩み寄ってその肩をポンポンと叩いた。その後私たちもビルにお祝いを伝えた後、モリーがようやく落ち着いてきたところで、リーゼ様が肩を竦めて話しかけてくる。料理が並んでいる向こうのテーブルでやっと食事が出来ているビルと、彼を囲むウィーズリー家の面々を眺めながらだ。

 

「いやはや、ウィーズリー家の繁栄はまだまだ続きそうだね。大したもんだよ。」

 

「今妊娠が分かったってことは、私たちも移住前に顔を見られそうですね。『子育てちゃん』を贈ることも出来そうです。」

 

「産まれるのは来年の春くらいか? アーサーたちは暢気に旅行をするわけにはいかなくなったらしいね。」

 

「まあ、産まれるまでは気になってそれどころじゃないでしょうね。初孫ってのは嬉しいものみたいですから。」

 

テッサもコゼットの妊娠を知った時は喜んでいたっけ。私は直に体験できなさそうなその喜びを思って、ちょっとだけ羨ましい気持ちになっていると……リーゼ様が大きく伸びをしながら相槌を打ってきた。

 

「中々良い食事会になったんじゃないかな。ハリーとジニーの就職もめでたいし、ビルが追加の『デザート』を持ってきたわけだからね。今日はもう満腹だよ。」

 

「いつもの皮肉は無しですか?」

 

「今日くらいは口を閉じておいてやるさ。吸血鬼にだってそういう日はあるんだよ。……明後日からは山ほど使うことになるだろうしね。」

 

「あー、早苗ちゃんたちのフランス旅行ですか。慌ただしくなりそうですね。」

 

苦笑いで首肯してみれば、リーゼ様は思い出したように初耳の予定を寄越してくる。

 

「そういえば、初日はキミに『監督役』を任せることになりそうなんだ。そろそろゲラートに日本魔法界のことを報告しないといけないから。」

 

「……私一人であの三人を制御するんですか?」

 

「別に勝手に遊ばせてもいいんだが、放っておくとホテルにたどり着けるかすら怪しいからね。悪いが案内を任せるよ。」

 

「まさかとは思いますけど、早苗ちゃんたちに付き合うのが嫌だからその日に予定を入れたわけじゃないですよね?」

 

ジト目で見つめながら問いかけてみると、リーゼ様は……絶対そうじゃないか。悪戯げな笑みで否定してきた。

 

「先日日本魔法省の決議の結果が出たから、たまたまその日になっただけさ。他意は無いよ。」

 

「フランス行きの日程が決まったのが先月末で、決議の結果が出たのは先週でしょう? 間違いなくありましたよね、他のタイミング。無理やり早苗ちゃんたちの到着の日に捻じ込んだようにしか思えないんですけど。」

 

「ゲラートは忙しいし、私も忙しいし、ハリーの試験の結果も重要だったからね。明後日しかなかったんだよ。……ま、案内してやってくれたまえ。キミもパリは好きだろう?」

 

パリは嫌いではないけど、早苗ちゃんたちが予定をぎゅうぎゅう詰めにしているのは目に見えているじゃないか。そっちに付き合うのが精一杯で、馴染みの人形店を巡る余裕なんて絶対にないはずだ。どうせパリに行くならリーゼ様を『囮』にして、そっと抜け出して買い物をしちゃおうと密かに計画していたのに。

 

うーん、今回はリーゼ様に上を行かれたな。まさか『来ない』という荒技を使われるとは思っていなかったぞ。……よし、『囮作戦』は二日目以降に使うことにしよう。リーゼ様に三人を任せるのはちょっと悪いなと考えていたけど、初日を私が担当するならそれでイーブンというものだ。

 

幸せが供給過多になっている隠れ穴のリビングを目にしつつ、アリス・マーガトロイドは久々に『悪い子』になろうと決意するのだった。

 


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