Game of Vampire   作:のみみず@白月

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外道の人外

 

 

「さ、しるぶぷれ。さ、さ、しるぶぷれ。」

 

おお、どうにか通じているぞ。私の拙いフランス語を聞き取ってケーキをガラスケースから出してくれる店員さんを前に、東風谷早苗は続けてお礼を口にしていた。付け焼き刃でも何とかなりそうだ。凄いじゃないか、私。

 

「めるすぃ、ぼくー。」

 

『どういたしまして。このケーキを買うと他のケーキを割り引けるんだけど、一つでいいのかしら?』

 

「……あっ、え?」

 

うあ、どうしよう。何か話しかけられちゃったけど、『どういたしまして』の部分しか分からないぞ。途端に頭の中を真っ白にして口をパクパクさせている私に、三十代くらいの女性店員さんが困ったように言葉を繋げてくる。

 

『ああ、分からないのね。どうしましょう。英語なら通じるかしら? ネリー! ちょっと来てくれない? 貴女って英語が喋れたわよね?』

 

「えっ、えっ?」

 

店員さんがフランス語で店の奥に呼びかけているけど……ひょっとして、私が何かやっちゃったんだろうか? うああ、パニックだぞ。パニック! わたわたと両手を動かしながら焦っていると、私の背後から店員さんに流暢なフランス語が投げかけられた。アリスさんだ。助けに来てくれたらしい。

 

『この子の連れだけど、どうかしたのかしら?』

 

『あら、良かった。この可愛いお客さんに二つ目のケーキが割引になるって伝えたかったの。』

 

『そういうことなら、んー……これも一緒に貰うわ。』

 

何だか分からないけど、アリスさんのお陰でどうにかなったようだ。私が頼んだイチゴのケーキと、白いモンブランみたいなケーキを紙箱に入れた店員さんは、フランス語で何かを言いながらアリスさんにそれを渡す。そしてアリスさんもフランス語で応答して支払いを済ませた後、私を目線で促してテーブルが沢山並んでいる方へと歩き始めた。……まあうん、付け焼き刃は所詮付け焼き刃だったってことか。早口すぎてさっぱり分からなかったぞ。

 

要するに、私は今フランスのパリに居るのだ。ポートキーで一人で入国して、いつものお札を使ってお二方に実体化してもらった後、アリスさんと合流してホテルに荷物を置きに行ってから、こうしてパリの中心街にあるショッピングモールで買い物を楽しんでいるのである。ちなみにリーゼさんは今日はお仕事で来られないらしい。残念だな。

 

「白いケーキはアリスさんが頼んだってことですよね? あの店員さんは何て言ってたんですか?」

 

ショッピングモールの一階にあるフードコートのようなスペースを歩きつつ、アリスさんに日本語で問いかけてみれば、彼女は微笑みながら返答を返してきた。現在は買い物の途中で一度休憩しているところで、さっき買ったジェラートを早めに食べ終えたから追加のケーキを買いに行っていたのだ。お二方はまだ席で食べているはず。

 

「一つ買うと二つ目が割引になるって言ってくれてたのよ。」

 

「なるほど、そういうことだったんですか。……何かダメなことをやっちゃったのかと思いました。」

 

「そんなに神経質にならなくても大丈夫よ。どうしようもなくなったら、最悪英語を使えばいいわ。パリなら店に一人くらいは聞き取れる人が居るはずだから。」

 

「次からは困ったらそうしてみます。」

 

英語ならそれなりに話せるし、理解も出来るぞ。アリスさんの助言に首肯して、お二方が居る席に近付いて腰を下ろす。諏訪子様はまだ食べているけど、神奈子様はジェラートを食べ終えたようだ。悲しそうに空っぽのプラスチックの容器を見つめている。

 

「戻りました。……あの、神奈子様? ケーキを半分食べますか?」

 

「いや、それよりジェラートをもう一つ買ってくる。別の味も試したいんだ。やはり本場だけあって美味いな。」

 

「イタリアですけどね、ジェラートの『本場』は。」

 

そうだったのか。アリスさんに冷静に突っ込まれて苦い顔になった神奈子様は、私から財布を受け取って返事と共に確認を飛ばす。

 

「フランスもイタリアも同じようなものだ。大して変わらん。……『さ、しるぶぷれ』だったな? そう言えば通じるんだろう?」

 

「一応注意しておくと、『これをください』って意味ですからね? さっきの諏訪子さんみたいにめったやたらに連呼すると意味不明になりますよ? メニューか商品を指差して言ってください。……ついて行きましょうか?」

 

「私を諏訪子と一緒にしないでくれ。一人でやれるさ。」

 

「神奈子、ついでに私のおかわりも買ってきてよ。今度はオレンジとレモンね。……ちょっと、聞いてる? おいこら、神奈子! 蛇女! 買ってこなかったらぶっ飛ばすからね!」

 

無言で聞こえないフリをしながら遠ざかっていく神奈子様に、諏訪子様が透明なプラスチックのスプーンを振って文句を放ったところで、アリスさんが箱から出した謎の『白モンブラン』を食べつつ話しかけてきた。あれって何なんだろう? 気になるな。

 

「明日から本格的な観光をするのよね? 今日は買い物だけ?」

 

「えと、その予定です。ガイドブックで色々調べてきたので、ルートは大体決まってます。……それって何のケーキなんですか?」

 

「ん? モンブランよ。」

 

モンブランではあるのか。でも、白いぞ。フランスのモンブランが基本的に白いのか、あるいはあの店独自のモンブランなのかを考えている私を他所に、諏訪子様がアリスさんに質問を送る。

 

「リーゼちゃんは明日合流するんでしょ? 失敗したなぁ。それなら買い物を明日に回せばよかったよ。」

 

「たかる気満々じゃないですか。」

 

「人聞きの悪い表現はやめてよね。借りてるだけじゃんか。……大体、仕事って何なの? また日本魔法省に関すること?」

 

「今日はロシアに行ってるんですよ。ゲラート・グリンデルバルドに会いに。」

 

うー、カッコいいな。日本に来たり、アメリカの知り合いが居たり、イギリスで偉かったり、ロシアに行ったり。そんな凄い吸血鬼に好かれてしまう自分の魅力を再認識していると、諏訪子様が呆れたように別の部分に食い付いた。

 

「グリンデルバルド? めちゃくちゃ大物の名前が飛び出てくるじゃんか。そういえばリーゼちゃんが日本魔法省に働きかけてるのも、本を正せばグリンデルバルドのためなんだっけか? あの男、吸血鬼を『使い』にしてんの?」

 

「そういうわけじゃありませんよ。グリンデルバルドは……つまり、昔からのリーゼ様の『契約者』なんです。」

 

「へぇ、私たちと同じような関係ってこと?」

 

「極限まで噛み砕けばそんな感じです。……まあ、諏訪子さんたちよりは信用してるみたいですけどね。一種の『悪友』ってところじゃないでしょうか? リーゼ様は素直に認めないと思いますけど。」

 

ゲラート・グリンデルバルド。マホウトコロの教科書では『改革者』たるレミリア・スカーレットさんと並んで、『革命家』と称されている見た目が怖いお爺さんだ。ヨーロッパ魔法大戦を引き起こした張本人であり、今はロシアの魔法省……魔法議会? の議長だか大臣だかを務めている人のはず。五年生と六年生と七年生の時に三年連続で期末テストに出たぞ。九年生のテストは総合的な内容だから、今学期の学期末テストにも出てくるかもしれない。

 

ぼんやりした記憶を掘り起こしている私を尻目に、諏訪子様はちょっと興味深そうな面持ちで相槌を打つ。

 

「人間なんだよね? グリンデルバルドって。百年以上も生きてるみたいだけど。」

 

「驚くべきことに、あれでも純然たる人間らしいですよ。私たち魔女みたいな『裏技』は何一つ使っていないんだそうです。」

 

「たまに居るんだよね、そういう常識外れの人間って。時代の境目にひょっこり出てくるの。古いものをぶっ壊して、新しいものの土台を作れるような人間が。……そういうヤツらは得てして人外と深く関わるもんだから、リーゼちゃんがグリンデルバルドの『悪友』なのは至極当然のことなのかもね。」

 

「日本にもそういう人物が居たんですか?」

 

今度は逆にアリスさんが興味深そうに尋ねると、諏訪子様は苦笑しながら答えを返す。

 

「日本にも居たし、歴史を見返せば案外有り触れた話だと思うよ。私たちは結局のところ人間の『心』から生まれた存在だからね。数多の人間の心を揺り動かせる『偉人』ってのに本能的に惹かれちゃうんだ。敵対したり、味方したり、ちょっかいをかけたり操ろうとしてみたり。神やら妖怪やらが『英雄』と関わる逸話は世界各地に散らばってるっしょ? あれだよ、あれ。」

 

「……言われてみればそうかもしれませんね。『主人公』に人外が協力したり、立ち塞がったりするのは物語のお約束です。」

 

「英雄譚や神話の正体なんて大体そんな感じなんだよ。だからリーゼちゃんはある意味人外として真っ当なことをしてるんじゃないかな。レミリア・スカーレットみたいなのがむしろ『外道』な人外なわけ。……悪い意味の外道じゃないよ? 常道から外れてるってことね。自分が矢面に立って人間の変革を促すってのは、普通の人外じゃ滅多にやれないことだから。」

 

「……諏訪子さんはレミリアさんのことを評価しているんですね。」

 

モンブランをぱくりと頬張りながら呟いたアリスさんに、諏訪子様は珍しく素直な態度で褒め言葉を口にした。

 

「大したもんだよ。言い方は悪いかもだけど、スカーレットがやったのは寄生虫が宿主を支配したようなもんなの。本来人間が主で人外が従にある関係なのに、あの吸血鬼はそれをひっくり返しちゃったんだ。後ろからこっそり囁いて誘導するのは珍しくもないけど、スカーレットの場合は自分が先頭に立ってたわけだからね。その辺の人外じゃ絶対に踏み越えられない線を、『紅のマドモアゼル』は悠々と越えちゃったわけ。……どんな事情があったのかは知らないけどさ、スカーレットのやったことだけは素直に尊敬するよ。人外としても、神としても、洩矢諏訪子としてもね。」

 

「……んー、ちょっとだけ腑に落ちない話ですね。人外が先頭に立つケースもあって然るべきじゃないですか? 身体的にも寿命的にも人間より上の存在が多いわけですし、諏訪子さんたちは昔実際にそうしていたんですよね?」

 

「本能的な部分だから言葉で伝えるのは難しいんだけど、生まれながらの人外ってのは基本的に『変化』に弱いんだよ。私たちが大昔に人間たちを導けたのは、その頃の人間たちにまだ知らないことが多すぎただけなの。現に今はもう変化に追いつけなくなってるっしょ? あの頃は単に『ハンデ』があっただけで、人間が成熟し始めた現代じゃどうにもならないかな。……要するに、大抵の人外は自分で率先して変化を起こそうとはしないんだよ。そもそも過去に礎がある私たちは何をどう変化させればいいのかが分かんないし、変化ってのは大多数の人外にとって忌避すべきものだから。」

 

そこで一拍置いた諏訪子様は、肩を竦めて続きを語る。感心しているような、それでいて皮肉げな笑みを浮かべながらだ。

 

「でも、スカーレットはそれをやった。吸血鬼という過去に栄えた人外を、現代の人間たちに承認させるほどの変化を引き起こしたんだよ。変化が得意な人間を操るだけじゃなく、自分がスポットライトの当たる場所に堂々と立つことによってね。……これってかなーり特殊なケースだと思うよ。まだしぶとく残ってる人外たちは妬んだんじゃないかなぁ。廃れ行くはずだった『運命』を握り潰して、存在としての再興を勝ち取ったんだから。スカーレットはここ五百年じゃ唯一の『成功した人外』ってわけ。並み居る他の人外たちが忘れ去られた後も、吸血鬼って種族だけは人間たちの歴史に残るだろうね。『確かに存在しているもの』として刻み込まれちゃったんだもん。」

 

「……ここ五百年で唯一、ですか。」

 

「っていうか、千年以上遡っても同じようなケースはそうそう見つからないかもね。何か凄い災害とか凶事とかを引き起こして、人間たちの恐怖を煽って存在を強化するってのはたまに聞くけど……人間たちに『直接望まれる』って形で承認された妖怪はそう居ないよ。特に私たち神からすればこんなに羨ましい話は他に無いって。だってほら、信仰がじゃんじゃん集まってきそうじゃん? ……まあ、羨ましいと思うだけで実際にやろうとは思わないけどね。普通ならやらないし出来ないことなんだよ。それはもう人外の枠組みの外側にある行為なんだから、やろうとするのは常道を見限れるような稀有な人外だけなの。」

 

諏訪子様がやれやれと首を振ったところで、ジェラートを手に持った神奈子様が席に戻ってきた。……私はよく分からなかったけど、アリスさんは真剣な顔付きで何かを黙考しているな。彼女にとっては『ためになる話』になったらしい。

 

「……神奈子? 私のは? 私のおかわりは?」

 

「知らん。自分で買ってこい。」

 

「うわ、さいてー。何でそんなにケチなのさ。ケチ蛇! 気遣いが出来ないヤツは嫌われるよ! あんたのを寄越しな!」

 

「やめ……おい、やめろ! このジェラートは絶対に渡さんからな。お前はその辺のハエでも食べていればいいだろうが!」

 

ジェラートを守ろうとする神奈子様と、奪おうとする諏訪子様。いつもの『微笑ましい』やり取りを眺めつつ、さっきの話を脳内で咀嚼する。皮肉屋の諏訪子様が素直に褒めるほどスカーレットさんが凄いということは、その従姉妹のリーゼさんもやはり凄いということであって、つまりはリーゼさんに見初められた私もまあまあ凄いということだ。うん、我ながら簡潔かつ正確に纏まったな。

 

良い気分でケーキの最後の欠片を口に運びながら、東風谷早苗は次は何を食べるかに思考を移すのだった。

 

 

─────

 

 

「で、次はどうするんだい? キミの要請は見事八ヶ国に通った……と言うか、『通した』わけだが。」

 

ロシア中央魔法議会の議長室。そこの執務机に安っぽい蛍光色のゴムボールを投げつけながら、アンネリーゼ・バートリは部屋の主に問いかけていた。全然元気そうじゃないか。死の雰囲気なんて一切感じられないぞ。やっぱり寿命云々は勘違いなんじゃないのか?

 

八月の中旬、私はモスクワに居るゲラートに日本魔法界の動きを報告しに来たのだ。ソファに座ったままで机に当たって跳ね返ってきたボールをキャッチしている私に、執務中の白い老人は淡々と返答を寄越してくる。

 

「あとは構築した流れを堅固にし、加速させていくだけだ。……フランスの魔法大臣が近々後任に席を譲るらしい。お前はその動きを知っているか?」

 

「初耳だよ。誰になるんだい?」

 

「現在は闇祓い隊の隊長を務めている、ルネ・デュヴァルだ。俺は何度か顔を合わせたことがあるし、お前とも面識があったはずだぞ。スカーレットに近かった人物だからな。」

 

「ああ、あの男か。デュヴァル家が再びフランス魔法大臣の椅子を確保することになるわけだ。戦後だと二度目か? 何れにせよ、順当と言えば順当な人選だね。」

 

あまり政治に関心があるタイプには見えなかったが、家の役割からは逃れられなかったってところかな。あるいはレミリアが引退したから、自分も現場を退いて大臣に上がる決意をしたのかもしれない。経歴は充分だし、年齢的にもちょうど良い頃合いだろう。

 

ま、意外な人事ってほどではないさ。然もありなんと首肯した私へと、ゲラートは……何だよ、別にいいじゃないか。再度投げたゴムボールを杖なし魔法で『没収』してから口を開く。折角赤の広場で拾ったのに。

 

「よってフランスの動きを注視する必要が出てきた。恐らくデュヴァルはスカーレットの意志を継ぐだろうが、用心しておくに越したことはない。あの男が正式に大臣になったらフランス魔法省を訪問する予定だ。」

 

「……随分と対策委員会の仕事に夢中なようだが、ロシア議会の方は大丈夫なのかい?」

 

「既に中央議会議長の後任は決定している。俺が死んだ後、しっかりとこの国の魔法界を治められる人物を決めておいた。民衆に傾倒はしないが、重んじることは出来る人物だ。加えて非魔法界側の次期指導者との相性も悪くない。あの男なら問題ないだろう。」

 

「キミね、本当に死ぬかどうかは決まっていないだろう? 何度か考えてみたが、そのぽんこつ腕時計に死期を予測する機能があるとはやはり思えんね。まだ私は納得していないぞ。」

 

ジジイどもめ、死ぬ死ぬ言うのはやめろよな。『老人自虐』はダンブルドアの時で聞き飽きたぞ。イライラしながら指摘してやれば、ゲラートは今日も着けている件の腕時計を示して応答してきた。

 

「言ったはずだぞ、吸血鬼。この腕時計は俺そのものなんだ。これが止まった以上、俺もまた終わる定めにある。それだけの話に過ぎん。」

 

「おいおい、いつから『時計教』に入信したんだ? 世界を揺るがしたゲラート・グリンデルバルドともあろう者が、時計なんぞに死を決定されて悔しくないのかい?」

 

「時計が決定したわけではない。この腕時計はそれを俺に知らせただけだ。決めたのはむしろ俺の方だと言えるだろう。……そんなことより、各地で非魔法界問題に関するカンファレンスを開くことを計画している。各々の主義主張を周囲に知らしめるためのものをな。北アメリカではニューヨーク、南米ではリオデジャネイロ、オセアニアではシドニー、アフリカと西アジアを纏めてカイロ、中央アジアと南アジアを纏めてニューデリーを会場にする予定だが、ヨーロッパと東アジアの開催地が未定だ。ヨーロッパはロンドンでの開催を想定していたが、フランスで動きがあるならパリも捨て難い。何か意見はあるか?」

 

何が『そんなことより』だ。非魔法界問題よりも腕時計問題の方がよっぽど重要だろうが。大きく鼻を鳴らして話題転換への不満を知らせた後、手を叩いてしもべ妖精を呼びつけながら返事を放つ。

 

「イギリスにしたまえ。世界の中心は常にあそこなんだから。……やあ、しもべ。何か菓子を頼むよ。果物のやつがいいな。」

 

「かしこまりました。」

 

質問に答えつつ現れたしもべ妖精に命じた私へと、ゲラートは呆れたような声色で反応してくる。

 

「俺はもう少しまともな意見が返ってくることを期待していたんだが?」

 

「キミね、イギリスが非魔法界問題におけるヨーロッパの先進機関なのは事実だろう? 別にロンドンでいいじゃないか。香水臭いパリなんかダメだよ。」

 

「偏見に満ち溢れた意見だが、一応参考にさせてもらおう。……そうだな、ヨーロッパのカンファレンスはパリで開くことにする。俺が『仇敵』たるフランスを会場に選べば、誰もがカンファレンスに注目するはずだ。インパクトは絶大だろう。……加えて言えば、イギリスは問題の周知が比較的進んでいる。今回のカンファレンスの目的は非魔法界問題の理解の促進だ。ならば未だ充分な周知が叶っていないパリを優先すべきだな。」

 

「全然参考にしていないじゃないか。……暗殺されても知らんからな。フランスにはキミを殺したがっている魔法使いが山ほど居るぞ。」

 

一度消えて再び現れたしもべ妖精が、フルーツタルトのような物が載った皿をテーブルに置くのを眺めながら言ってやると……ゲラートは皮肉げに口を歪めて頷いてきた。

 

「フランスの民意については重々承知している。だからこそ今までフランスに直接赴くのを避けていたんだ。……だが、そろそろ一度行っておくのも悪くないだろう。フランスの魔法族は俺に言いたいことがあるはずだ。俺は死ぬ前にそれを聞かねばならん。」

 

「次に『死ぬ』と言ったらこのタルトをぶつけてやるぞ。本気だからな。」

 

「……東アジアの会場は暫定的に香港自治区を予定しているが、場合によっては日本に変更することも検討している。香港自治区と日本魔法界に探りを入れてくれ。受け入れる意思があるかと、そしてどちらが適しているのかを知っておきたい。」

 

私の脅しを無視して話を進めてきたゲラートに、翼をバシバシとソファの背凭れに当てながら言葉を送る。日本でのカンファレンスはもうやっただろうが。その時襲われたのを忘れたのか?

 

「探りを入れるのは別に構わんが、何を探ればいいのかがぼんやりし過ぎているね。指示は明確に伝えたまえよ。」

 

「委細任せる。前回のカンファレンスは問題提起のそれだったが、今回は既に基礎が整った問題を広め、理解や議論を促進させるためのものだ。その会場として適している東アジア圏の国と場所を決定してくれ。……俺が望んでいるのは前回のように各国代表だけが参加する話し合いではなく、多くの見識ある魔法族が参加できる意見交換会だ。参加のハードルを下げるために地域別に開催するのだから、会場の責任者にもそのことを把握してもらう必要がある。そういった事情を踏まえた上で会場を選出して欲しい。」

 

「……分かったよ、どうにかしよう。」

 

ゲラートにしてはざっくりとした説明だが、要するに『東アジア担当』の私に全てを任せるということか。短期間で大きく動いているから、他者に委任できる部分は委任しちゃおうと考えているのだろう。全部自分でやろうとすると、さすがのゲラートでも処理し切れないわけだ。

 

渋々首肯した私を見たゲラートは、席を立って部屋のドアへと歩き始めた。もう行くのか? 本当に忙しいらしいな。

 

「では、また会おう。俺は上階でやることがあるから失礼する。……吸血鬼、この腕時計の終わりがゲラート・グリンデルバルドの終わりだということは理解したか?」

 

「しつこいぞ。理解も納得もしていないと言っているだろうが。別れ際にまた蒸し返すのかい?」

 

「今は理解も納得もする必要はない。遠からず意味が分かるはずだ。俺が死んだ後にな。」

 

訳の分からないことを言い放ってから部屋を出たゲラートを見送った後、閉まったドアにタルトをぶん投げる。次にふざけたことを言ったらぶつけるって宣言しただろうが。……ええい、実に気に食わん。なーにが腕時計だよ。ダンブルドアの方がまだ説得力があったぞ。

 

一度ドアに貼り付いてからべちゃりと床に落ちたタルトを横目にしつつ、アンネリーゼ・バートリはこれ以上ないってほどに大きく鼻を鳴らすのだった。

 


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