Game of Vampire   作:のみみず@白月

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小さな策略

 

 

「あの、どうも。今日は誘ってくれてありがとうございます。」

 

あれ? どことなく警戒している感じだな。ホテルのロビーでリーゼお嬢様に挨拶している中城さんを見ながら、サクヤ・ヴェイユは内心で首を傾げていた。お嬢様は中城さんと何度か顔を合わせているらしいけど、ひょっとすると相性が良くないのかもしれない。

 

八月も下旬に突入し、いよいよ最終学年としてのホグワーツへの帰還が迫ってきた今、私たち人形店の面々は小旅行のために日本を訪れているのである。リーゼお嬢様が日本と香港自治区に用があるということで、アリスと私と魔理沙がそれに同行する形になったわけだが……やっぱりお嬢様と一緒だと良いホテルに泊まれるな。魔理沙との二人旅の時はもっと下のランクのホテルにしか泊まれなかったぞ。

 

とはいえ、旅費をやりくりしつつの二人旅も中々に楽しかった。今年はフランスやドイツを主目的としたヨーロッパ旅行と、ニューヨークやワシントンD.C.なんかを観光した北アメリカ旅行の二つに行くことが出来たし、日帰りでのイギリス国内旅行にも何度か行けたのだ。そこそこ充実した夏休みを送れたんじゃないだろうか? 最後にこうしてリーゼお嬢様やアリスとの小旅行まで出来ているんだから、私は学生最後の夏休みを有意義に過ごせたと言えるのかもしれない。

 

兎にも角にも昨日の夕方に日本に到着した私たちは、先ずホテルに一泊して今日の午前中から東風谷さんたちと遊ぶ予定だったのだが、リーゼお嬢様が中城さんも呼んだらどうかと提案してくれたのだ。魔理沙は賛成していたし私もアリスも特に否はないということで、昨日の夜にダメ元でお嬢様が手紙を送った結果……まあ、この通り中城さんが姿を現したというわけである。昨日の今日でよく来られたな。プロのクィディッチプレーヤーというのはそこまで忙しくない職業なんだろうか? 今はシーズン中のはずなのに。

 

あるいは、日本だとシーズンのスケジュールが違うとか? リーゼお嬢様の背後に立って考えている私を他所に、ロビーの椅子に座っているお嬢様は対面の席を指差しながら返事を飛ばした。

 

「やあ、中城。とりあえず座りたまえよ。」

 

「……えーっと、早苗はどこですか? あの子と一緒に遊ぶんですよね? それに、霧雨ちゃんも居ないじゃないですか。」

 

「そう警戒しなくても早苗とは後で合流するよ。ちなみに魔理沙は上の部屋でぐーすか寝ていて、もう一人の同行者は朝食を取っているところだ。そして私の背後に居るのが……ん? 咲夜とも知り合いだったか?」

 

「はい、知ってます。去年会いましたから。……じゃあその、私は早苗が合流するまで外で時間を潰してますね。」

 

私に軽く目礼してから踵を返そうとした中城さんの進路に、ササッと回り込んで席を手で示す。私はリーゼお嬢様から事前に指示を受け取っているのだ。中城さんが逃げようとしたら阻めという指示を。事情はさっぱり分からないけど、お嬢様がやれと言うならやるだけだぞ。

 

「ちょっ、ヴェイユちゃん?」

 

「中城さん、座ってください。」

 

「いやいや、ヴェイユちゃんが座りなよ。そもそも何で立ってたのさ。私は外のカフェとかで待つから平気だって。」

 

「メイドは主人の背後に立っているものなんです。……さあさあ、どうぞどうぞ。」

 

ぐいぐいと手を引いて席に座らせてやると、中城さんは凄く嫌そうな表情でリーゼお嬢様に問いを放った。私の行動がお嬢様の指示によるものだと気付いたらしい。

 

「……バートリさん、何が望みなんですか? 私、こういうのが嫌だったから時間ギリギリに来たんですけど。」

 

「だろうね。そうすると思ったからこそ早めの待ち合わせ時間を指定したんだよ。……悲しいな。私と世間話をするのがそんなに嫌なのかい?」

 

「世間話ならいいですけど、絶対にもっとややこしい話をするつもりじゃないですか。バートリさんって大抵面倒事を運んできますもん。」

 

「おおっと、正解だ。今から私たちがするのは『ややこしい話』だよ。賢いじゃないか、中城。ご褒美に話題の選択権をあげよう。細川派の話題と、マホウトコロの話題。好きな方を選びたまえ。」

 

クスクス微笑みながらどうぞと手のひらを差し出したリーゼお嬢様に、中城さんは渋い顔でポツリと返す。

 

「どっちも嫌なんですけど。」

 

「ちなみに選ばなかった方も後で話すから、どちらが先かというだけのことだよ。気楽に選びたまえ。」

 

「それ、『選んでる』って言えますかね? どっちも話すなら意味ないじゃないですか。……じゃあ、マホウトコロの方で。」

 

深々とため息を吐いてから諦めたように選択した中城さんへと、リーゼお嬢様はピンと人差し指を立てて一つの名前を口にした。……『ややこしい話』か。私、聞いちゃってていいのかな? お嬢様が何も言わないってことは大丈夫なんだろうけど。

 

「細川京介。キミもご存知の通り、マホウトコロで日本史学の教師をやっている男だよ。……彼について知っていることを教えて欲しいんだ。早苗曰く、学生の頃はそこそこ親しくしていたようじゃないか。」

 

「細川先生ですか? まあ、はい。同じ細川派ですし、遠い親戚でもあるので会えば世間話くらいはしましたけど……『親しい』ってほどじゃないですよ?」

 

「それでも知っていることはあるだろう? 政界に太いパイプを持っていたり、他派閥と密に関わっているような人物なのかい?」

 

「政界? いやぁ、そういうタイプの人じゃないと思いますけどね。……正直なところ、『よく分からない人』って印象しかありませんよ。マホウトコロの教職って実は結構狭き門なんです。だから各派閥からマホウトコロ内の派閥の地位向上のために送り込まれたガチガチの派閥主義者か、派閥なんかよりも自分の研究の方が大切だっていう生粋の研究者ってパターンに二極化するんですけど……んー、細川先生はどっちでもありませんね。派閥抗争にあんまり興味がなくて、日本史学の研究に対してもそこまで熱心じゃなかった気がします。一応『竹取問答』の研究では有名な論文を出してますけど、研究者として目立った功績はそのくらいのはずです。」

 

思い出すように腕を組んで放たれた中城さんの言葉を受けて、リーゼお嬢様は小首を傾げながら相槌を打つ。竹取問答か。去年聞いた『竹取物語』に関する研究だな。月のお姫様のやつ。

 

「ふぅん? 何のためにマホウトコロの教師になったのかがいまいち分からんということか。」

 

「普通に『教師』を目指したってケースなのかもしれませんけどね。マホウトコロじゃそっちの方が珍しいんです。……あと、生徒からの人気はありました。若いし顔が良いので女子からの人気はもちろんとして、偉ぶったりしないから男子からもまあまあ好かれてましたよ。贔屓とかも全くしませんでしたし。」

 

「私とした去年の五月時点での会話では、派閥主義の日本魔法界に対する批判めいたことを口にしていたんだが……キミとはそういう話はしなかったのかい?」

 

「あー、愚痴レベルのことをちょこっと口走った程度なら記憶にあります。白木校長に日本魔法界の未来を相談したら、素気無くあしらわれちゃったみたいです。期待外れだった的なことを言ってました。……いやまあ、そこまで直接的な言葉は使いませんでしたけどね。『出来るのにやろうとしないのは残念だ』みたいな感じで。何かこう、割り切れてない感じがあってそこは好きじゃなかったです。自分でやろうとせず、かといって潔く諦めもせず、ただうじうじしてるタイプの人って苦手なんですよ。」

 

うーん、辛辣。細川先生に派閥社会を変えようとする意思はあったわけか。そこはクィディッチトーナメントの時の会話から伝わってきた人物像と一致するな。リーゼお嬢様の背後で話を耳にしながら思考していると、中城さんが最初の質問に会話の焦点を戻した。

 

「何にせよ、『政界との繋がり』みたいなのは無いんじゃないでしょうか? そういう話は聞いたことないですし、イメージ的にも合いませんから。他派閥と特別親しくしていたって印象もありませんね。……っていうか、何で細川先生のことを気にするんですか?」

 

「知りたいのかい?」

 

「……やっぱ言わなくていいです。聞いちゃうと面倒くさいことになりそうですし。」

 

「またしても賢い選択だね。今日は調子が良いじゃないか。……白木に『決起』を促すために、マホウトコロの教員になったというのはどうだ? 考え過ぎだと思うかい?」

 

リーゼお嬢様が送った仮説に、中城さんは微妙な表情で曖昧な返答を返す。信が一で疑が九くらいの顔だ。

 

「有り得なくはないでしょうけど、そのためだけにわざわざ教師になりますかね? そもそもそういう『運動』をしてた記憶はありませんよ?」

 

「ま、ちょっと行き過ぎた推理かもね。……ちなみに細川が教員になったのはいつなんだい? あの若さからするに、そう昔のことではないんだろう?」

 

「えーっと、正式な赴任は五年前くらいですね。早苗が転入してくる前の年に赴任してきました。一応その前から実習生……教師の見習いみたいなものです。としてはマホウトコロに出入りしてたはずです。私が七年生の頃、若くてカッコいい実習生が居るって噂になってましたから。学年が違いすぎるので全然関わりませんでしたけど、私が低学年の段階では学生をやってたんだと思いますよ。91年か92年、あるいは93年卒とかじゃないでしょうか?」

 

年の数え方が『東風谷さん基準』なのはどうかと思うぞ。分かり難いじゃないか。呆れをポーカーフェイスの内側に隠していると、リーゼお嬢様が細川先生に関する話を締めた。

 

「つまり、マホウトコロを期生として卒業した後にほぼストレートで教師になったわけか。パイプを作るために魔法省かどこかに勤めていたわけではないらしいね。……結構、細川京介の話はここまでにしよう。次は細川派についての話だ。」

 

「言っておきますけど、話せないことは話せませんからね?」

 

「この前会った時に話題になった『トラブル』の正体を知りたいんだ。教えてくれたまえ、中城。友達だろう?」

 

「うわ、出た。やっぱり厄介な話題じゃないですか。……私からは何も言えません。諦めてください。」

 

トラブル? 何の話だろう? ぷいと目を逸らして拒絶した中城さんに対して、リーゼお嬢様はご機嫌な笑みで指摘を飛ばす。

 

「『知らない』じゃなくて、『言えない』なのか。要するにキミはトラブルの内容を知ってはいるわけだ。」

 

「……だ、だとしても答えは変わりませんよ? 言えないもんは言えないんです。」

 

「隠されると知りたくなるのが吸血鬼という生き物なんだよ。西内から強引に聞き出すのは角が立つし、ちょうど良い機会だからキミから教えてもらおうと思ってね。……ほらほら、言いたまえ。キミから聞いたって部分は秘密にしておくから。」

 

ちょうど良い機会というか、中城さんを呼ぼうと最初に提案したのはリーゼお嬢様なんだけどな。ニヤニヤと楽しそうに語りかけるお嬢様に、中城さんは苦々しい表情で予防線を張り始めた。

 

「大体、私だってあんまり知らないんです。あの日の帰りにお爺ちゃんからちょこっと聞いた程度なんですから。」

 

「『ちょこっと』でいいよ。別に是が非でも知りたいわけじゃなくて、何か手伝えることがあるなら手伝おうと思っただけさ。細川派は私の大事な窓口だからね。この時期に大きなトラブルを起こされると困るんだ。殊勝な理由だろう?」

 

「絶対嘘じゃないですか、そんなの。何かに利用するつもりなんでしょう?」

 

「どうしてそんなひどいことを言うんだい? 根も葉もない邪推をされるとは思わなかったぞ。……早苗に言い付けてやるからな。中城が私のことをイジめるって。」

 

リーゼお嬢様ったら絶好調だな。中城さんは内心が顔に出やすい人だから楽しいのかもしれない。私でも読み取れるほどだぞ。お嬢様の『脅し』を受けた途端に弱気な面持ちになった中城さんは、葛藤するように目を泳がせながら沈黙した後で……喋っちゃうのか。声を潜めて『トラブル』とやらの内容を口にする。

 

「私から聞いたって絶対に言わないでくださいよ? ……お爺ちゃんによれば、京都の本家に保管してあった『大事なもの』が失くなっちゃったらしくて、誰かに盗まれたんじゃないかって騒ぎになってるんだそうです。」

 

「『大事なもの』?」

 

「あんまり知らないってのは本当なんですよ。だから私も実際に何が失くなったのかは分かりませんし、誰が盗んだのかも見当すら付きませんけど、とにかく大事なものではあるみたいです。じゃなきゃここまでの騒ぎにはなりませんから。」

 

「ふぅん? 『泥棒騒ぎ』ってわけだ。予告状でも送られてきたのかい?」

 

リーゼお嬢様としてはもっと違う方向の『トラブル』を期待していたようで、やや拍子抜けしている顔付きだが……ふむ、何が盗まれたんだろう? 私はちょっと気になるぞ。大きな宝石とか?

 

我ながら貧困な想像力だなと心の中で苦笑していると、中城さんが小さくため息を吐いてからリーゼお嬢様に返事を投げた。

 

「アニメじゃあるまいし、そんなのあるわけないじゃないですか。本当に盗まれたのかどうかも疑わしいところですしね。本家は広いから、どっかに移したのを忘れてるだけかもしれませんよ。最後にその『何か』を確認したのも一年以上前らしいので、盗まれたにしたって実際いつ盗まれたのかは分かんない始末ですし。……まあ、私としては正直大したことない事件だと思ってます。細川派にとっての『お宝』なんてバカ高い掛け軸とか、大昔の錆だらけの名刀とか、どうせそういうのですから。貴重な箒が失くなったなら分かりますけど、派閥全体で『犯人探し』を始めるほどのことだとは思えません。本家の人たちが騒ぎすぎてるだけですって。」

 

「……まあうん、私としても興味のない内容だったよ。期待外れにも程があるね。全然利用できなさそうじゃないか。」

 

「あっ、ほら! やっぱり利用する気だったんじゃないですか!」

 

中城さんがガタリと席を立って糾弾したところで、こちらの方に見慣れた人影が近付いてくる。魔理沙だ。

 

「よう、中城! もう来てたのか。……リーゼ、腹が減ったんだが。起きたらアリスも咲夜もお前も居ないし、ちょっとびっくりしたぞ。部屋に書き置きくらい残しといてくれよ。」

 

「霧雨ちゃん!」

 

魔理沙に呼びかけられてすぐさま駆け寄った中城さんは、彼女を盾にするようなポーズでリーゼお嬢様と自分の間に無理やり移動させた。そんなプロのクィディッチプレーヤーさんの行動に困惑している様子の魔理沙が、お嬢様へと疑わしげな声色で質問を放つ。

 

「……何かしたのか? お前。」

 

「中城が時間を間違えて早く来すぎたから、優しい私が世間話に付き合ってやっていただけだよ。いやはや、世話の焼ける小娘だね。」

 

「霧雨ちゃん、嘘だよ。全部嘘。信じないでね。……もう行っていいですか? バートリさん。」

 

「ああ、もういいよ。魔女っ子、中城を連れて朝食を食べに行きたまえ。アリスも居るはずだから。場所は十七階だそうだ。」

 

ひらひらと手を振りながらのリーゼお嬢様の発言を聞いて、中城さんは魔理沙の手を引いてロビーから離れていった。これ以上余計なことを聞いたり話したりしないように、一刻も早くお嬢様から遠ざかるべきだと判断したようだ。その行動だけは正解だぞ。

 

状況がいまいち呑み込めていない雰囲気の魔理沙と、その手を引っ張っている中城さんの背を眺めつつ、リーゼお嬢様が今度は私に声をかけてくる。

 

「んー、期待していたほどの成果はなかったね。細川京介にしたって大したことは分からなかったし、細川派の『トラブル』の方も期待外れだ。てっきり政治的なものかと思っていたよ。利用できなさそうでちょっと残念かな。」

 

「えっと、今の話をするために中城さんを呼んだんですか?」

 

「いいや、中城が真に役に立つのはこれからだよ。中城が同行する限り、二柱は実体化できないからね。まさか『顕現した神です』と説明するわけにはいかないだろう? 早苗の身の上をよく知っている中城には親戚だの何だのって言い訳も通用しないし、あの小娘を巻き込めば私は邪神どもを相手にしなくて済むわけさ。……この前のフランス旅行であれだけはしゃいだんだから、今回は大人しくしていてもらうよ。」

 

あー、そういうことか。私は神様たちに一度しか会っていないからよく知らないけど、リーゼお嬢様やアリスの話を聞く限りでは随分と厄介な二人組らしいし、可能なら『対策』をするのは当然のことなのだろう。さっきの会話はあくまで『おまけ』であって、中城さんを呼んだ主たる目的はそっちなわけだ。

 

「さすがです、お嬢様。」

 

「うんうん、その通りだ。おまけに早苗の興味も久々に会う中城に向くだろうから、私は更に楽をできるってわけさ。」

 

確かに見事な計画ではあるけど……でも、ちょっとスケールが小さいような気がしないでもないぞ。東風谷さんたちの『我儘』を防ぐために、わざわざ中城さんを呼び出したということか。グリンデルバルドと物凄く大きな計画を進めていたかと思えば、もう片手ではこんなこともしているわけだ。やはりお嬢様は奥が深いな。

 

従者として余計な結論に行き着かないようにあえてプラスに考えつつも、サクヤ・ヴェイユは満足げな主人を見てこれでいいのだと無理やり納得するのだった。

 


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