Game of Vampire   作:のみみず@白月

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西の門出、東の暗雲

 

 

「おー、快晴じゃんか。門出としては上々の天気だぜ。」

 

九月一日の午前中。今年も生徒や保護者たちで賑わっているプラットフォームを見回しながら、霧雨魔理沙はトランクを片手に笑みを浮かべていた。今頃ジニーは見事入社した予言者新聞社での初日を頑張っていて、ルーナは『ザ・クィブラー』の今月号の売り上げを気にしているのだろう。私も頑張らなければ。

 

つまるところ、今年もホグワーツへと旅立つ日がやってきたわけだ。私と咲夜にとっては最後の学年としての出発の日が。煙突飛行で暖炉から出てきた私に、先に到着していた咲夜が声を返してくる。

 

「クィブラーがどこかで売ってないかしら? 今月号からルーナの記事が載ってるのよね?」

 

「売ってるんじゃないか? リーゼとアリスが来たら探してみようぜ。」

 

やっぱり咲夜もそこが気になるのか。さすがにジニーはまだまだ記事を書かせてもらえないだろうが、ルーナの方は昔から編集長である父親の手伝いをしていただけあって、今月号に一ページだけの記事を担当させてもらったらしいのだ。この前送られてきた手紙に書いてあった報告を思い出しつつ、だったら売り上げに少しでも貢献しないとと考えていると、今度はアリスが緑の炎と共に暖炉に出現した。

 

「二人とも、暖炉の前を塞いじゃダメよ。リーゼ様も今来るわ。……見送りは今回で最後になりそうね。」

 

「まだクリスマス休暇の時があるだろ。」

 

「そうだけど、『見送り』っていうと九月一日のイメージがあるのよ。フランが七年生の時にも同じことを思ったんだけどね。リーゼ様や貴女たちがホグワーツに通うことになったから、また見送れるようになったってわけ。」

 

「あー、そっか。フランドールが学生の頃はまだ咲夜が生まれてなかったもんな。まさかリーゼがホグワーツ生になるだなんて想像できなかっただろうし、見送りはそこで終了だと思ってたわけだ。」

 

当時のアリスの気持ちを想像しながら相槌を打った私に、そこそこ長く生きている人形の魔女どのは最後に暖炉に出現したリーゼを横目に応答してくる。

 

「そういうことね。昔はこんな状況なんて考えもしなかったわ。……リーゼ様はどうですか? これが『最後の見送り』になるわけですけど。」

 

「ん? ……ああ、そういう話をしていたのか。そうだね、中々感慨深いよ。私はパチェ、アリス、フラン、キミたちと色々な世代を見送ってきたからね。」

 

「妹様の時も見送りに来てたんですか?」

 

「姿を消して、だけどね。毎年じゃなかったが、たまにアリスと一緒に見送っていたよ。……まあ、私の場合はハリーたちの子供を見送る機会があるかもしれないから、上手いこといけば『見送り卒業』はまだ先になりそうかな。」

 

うーん、ちょっと羨ましいな。私もハリーたちやジニーやルーナの子供なんかを見送ってみたいぞ。咲夜の質問に答えたリーゼを羨みつつ、四人で暖炉がある場所を離れて歩いていると……おっ、あったあった。新聞や雑誌を売っている移動式のニューススタンドが視界に映る。あそこならクィブラーも売っているはずだ。

 

「よう、クィブラーを三部くれ。」

 

近付いて店員に代金を払った後、『ザ・クィブラー』と書かれた雑誌を三部取って三人の方に戻った。今朝は準備で忙しかった所為で予言者新聞を読み損ねたが、そっちは車内販売でも手に入るから必要ないだろう。ここで買うより車内の方が安いのだ。

 

「買ってきたぜ。」

 

「キミ、何故三冊も買ったんだい?」

 

「私の分と、咲夜の分と、お前らの分だよ。……『保存用』も買うべきだったか?」

 

「文字が書かれた冊子である以上、パチェの図書館にもこの雑誌は存在しているはずだ。『保存用』はそれで充分だと思うよ。」

 

そういやそうだな。知識の『蒐集家』たるノーレッジにとっては、書いてある内容など二の次だろう。間違いなく大図書館の蔵書になっているはずだ。納得しながら咲夜とアリスに一部ずつ渡したところで、リーゼが続けて発言を寄越してくる。

 

「まあ、列車の中でゆっくり読みたまえよ。……何にせよ、今年こそは平穏な年になるはずだ。もはや何度この台詞を言ったか忘れたが、そろそろ実現してもらわないと機会が無くなるからね。穏やかな最終学年にしたまえ。旅立つキミたちに私から言えるのはそれだけさ。」

 

「切実な台詞だな。私だってそうありたいと思ってるけどよ、いつもトラブルの方からやってくるんじゃんか。こっちから近付いてるわけじゃないぜ。」

 

「もう死喰い人は居ないし、誰も指名手配されていないし、夏休み中はどこの魔女もちょっかいをかけてこなかった。珍しく『好スタート』を切ったんだから、何とか平凡な一年に持っていくんだ。私たちの世代の無念を晴らしてくれたまえよ。」

 

「……努力はしてみるぜ。」

 

正直言って、自信はないけどな。やれやれと首を振りながら私が応じると、咲夜もリーゼへと返事を放った。

 

「お嬢様がそう言うのであれば、何とか『普通の学生生活』を目指してみます。」

 

「随分と控え目な願い事だけどな。」

 

私が突っ込んだところで、今度はアリスが声をかけてくる。苦笑しながらだ。

 

「私もまあ、貴女たちが穏やかな生活を送れるように祈っておくわ。咲夜は受けるのであればイモリ試験を頑張りなさい。来年の夏に貴女がホグワーツで学んだ成果を見られる日を楽しみにしておくから。……そして魔理沙は魔女としての技術を磨いておくこと。幻想郷に帰った時、魅魔さんにこの七年間の収穫を誇れるようにね。」

 

「うん、頑張る。楽しみにしておいて。」

 

「おうよ、ついでに学内リーグの優勝も引っ提げて帰ってくるぜ。咲夜と二人で一片の悔いもなく卒業してみせるさ。」

 

「その意気よ、二人とも。……それじゃ、行ってきなさい。」

 

アリスが送り出してくれるのに咲夜と二人で頷いてから、ひらひらと手を振ってくれているリーゼを背に深紅の車両へと足を踏み入れた。……いやはや、一年生の頃にこの列車に初めて乗った時のことを思い出すな。成長したので目線が当時より高くなっているし、六年前ほどにはドキドキしていないが、代わりにこうして懐かしさを感じられるようになったわけだ。

 

来年の今頃はもう、私たちは『ホグワーツの生徒』ではなくなってしまっているのか。……よしよし、最後の学年を余さず楽しんでみせよう。これだけ色々なことを学ばせてもらったんだから、それがホグワーツに対する生徒としての礼儀ってもんだぜ。

 

あの頃とは少し違った形の『期待』を胸に抱きながら、霧雨魔理沙は親友と一緒に車両の通路を歩くのだった。

 

 

─────

 

 

「──ですから、当時の日本魔法界は欧米列強の力をよく知っていたんです。この頃既にマホウトコロとイルヴァーモーニーの交流は始まっていましたし、ホグワーツやボーバトンとも共同研究を行っていましたから。そんな魔法界側の認識が明治維新に大きな影響を及ぼすことになるわけですね。……次のページに進みますよ、夏野君。頑張ってあと少しだけ目を開けておいてください。クィディッチの練習で疲れているのは分かりますけど、ここは間違いなく期末テストに出ますから。」

 

細川先生の冗談めかした注意に教室中の生徒たちがクスクス笑うのを聞き流しつつ、東風谷早苗は秋の陽気が誘う欠伸を噛み殺していた。あー、眠い。昨日夜更かしし過ぎちゃったな。

 

たっぷり楽しんだ夏休みが終了し、また授業の日々が戻ってきた九月の上旬。まだまだ過ごし易い気温のマホウトコロの領内で、私は眠気との激闘を繰り広げているのだ。ちなみに新たな学期に入ってからの戦績は全敗かつ、今日は午前中にも一度敗北している。そろそろ勝たないと成績がマズいことになっちゃうぞ。

 

まあうん、別に大丈夫といえば大丈夫かな。今の私は期生になる方向で気持ちを固めつつあるけど、その期生では日本史学を取らない予定なのだ。だったら期末の成績がボロボロでも特に問題ないだろう。重要なのは期生で専攻する予定の符学と植物学と天文学だし、何なら符学だけでも構わない。だから万が一負けちゃっても大きくは響かないはず。

 

心の中で言い訳をしながらうとうとしていると、細川先生の呪文のような声が耳に入ってきた。催眠術みたいだ。どんどん眠くなってくるぞ。

 

「ということで、ここから明治維新に関わる内容に入っていきます。大前提として魔法界側の騒動は開国するか否かではなく、開国を前提とした幕政改革や王政復古の是非、諸外国に対する姿勢を問うものであったと覚えておいてください。当時の日本魔法界は開国が確実に訪れる出来事だと認識していたわけです。」

 

細川先生の声と、チョークが黒板を叩くカツカツという音。ダメだ、眠気が更に加速したぞ。これはもう負けだな。諦めて白旗を上げよう。そう思って目蓋を閉じるのに任せようとしたところで──

 

「えー……それでは、ここからは明治維新に関係する部分に入っていきますね。詳細に入る前に大前提を覚えておいてください。魔法界側は欧米諸国の実情をある程度把握していたので、基本的に開国するという路線は決定していました。よって魔法界で問題になったのは幕政改革や王政復古の是非、他国への姿勢などの国内における改革の内容となります。」

 

んん? 同じ内容を喋っていないか? 違和感の所為で眠気が遠ざかるのを自覚しつつ、ふと顔を上げて周囲を確認してみれば……他の生徒たちも少し騒ついているな。私が寝ぼけているわけではないらしい。

 

そんな生徒たちのことを気にすることなく、細川先生は朗らかな表情で授業を続ける。私が知るものと何一つ変わらない、彼らしい柔和な笑顔だ。

 

「では、ここからは明治維新の出来事に入っていきましょうか。細かな部分を説明する前に前提を話しておきますね。先程言ったように魔法界側は欧米諸国の事情を非魔法界側よりも詳しく把握していたので、遠からず開国するであろうことは分かっていたんです。なので開国をするかしないかではなく、当時それに関係していた幕政改革や王政復古の是非を──」

 

「あの、細川先生? そこはさっき話しましたけど……。」

 

何か、変だぞ。壊れたラジオのように同じことを何度も説明する細川先生に、女生徒の一人がおずおずと指摘を送った。どう見てもふざけている感じではないし、口調そのものはハキハキしている。一体どうしちゃったんだ?

 

「……っと、そうでしたか? すみません、少しぼんやりしていたようです。今日は暖かいので油断していたのかもしれませんね。」

 

「頼むよ、先生。びっくりしたじゃんか。」

 

「いや、本当にすみません。授業を再開します。これで皆さんのテストの成績が悪くなったら教頭先生から怒られちゃいますね。」

 

むう、生徒への反応は普通だな。さっき自分が注意した男子生徒に茶々を入れられた細川先生は、申し訳なさそうに苦笑しながら黒板に向き直った。『正常』な反応に教室中の生徒たちがホッとしたところで、細川先生はようやく次の内容に──

 

「では、えー……そうですね、ここからは開国の明治維新に入っていきます。前提を話す前に詳細を説明させてください。当時の欧米諸国は日本魔法界の実情を改革していました。ですので、問題の焦点になったのは王政復古に関係していた開国の是非ではありません。非魔法界側は──」

 

これは、絶対におかしいぞ。言葉をぐちゃぐちゃに入れ替えたような説明を語り出した細川先生を見て生徒たちが凍り付き、突っ込みを入れた男子生徒から笑みが掻き消えたのを他所に、四度目の『説明』をし終えた先生は手に持っている教科書をちらりと確認した後……再び同じ内容を支離滅裂な言い方で口にする。既に『明治維新』と書いてある黒板に同じ文字を二重に書きつつ、どこまでも普通の笑顔でだ。

 

「それでは、ここから欧米諸国に関する認識に入っていきますね。先ずは開国を説明しておきます。魔法界側は幕政改革と違って──」

 

もはや誰も口を挟まないし、眠そうにしている生徒など一人も居ない。ただただ不気味な空気が教室を包む中、私にだけ聞こえる声で諏訪子様が話しかけてきた。

 

『ちょっとちょっと、どうしちゃったのさ。何これ? 細川のやつ、何してんの?』

 

『校医を呼ぶべきじゃないか? 明らかに様子がおかしいぞ。……ほら、六度目に入った。』

 

神奈子様が怪訝そうに応じたのと同時に、女子生徒の一人がかなり言い辛そうに言葉を飛ばす。さっきも注意していた子だ。確か桐寮生の、責任感が強そうなタイプの子。

 

「えっと、細川先生? そこは何度も説明してもらいました。だからその、今ので六度目です。内容もちょっと、何て言うか……おかしいですし、黒板の文字も重なりすぎて読めなくなってます。」

 

「そうでしたか? いや、少しぼんやりしていたようですね。今日は暖かいので油断していたのかもしれません。」

 

「……はい。」

 

「それでは、ここからは前提の日本魔法界になります。先に王政復古を話しておきますね。開国は──」

 

多分、教室の全員がゾッとしているんだろうな。もう違和感どころじゃなく、単純に怖くなってきたぞ。チョークで何度も何度も同じことを同じ場所に書きながら、『支離滅裂な繰り返し』を一向にやめようとしない細川先生を目にして、あまりの不気味さに遂に誰も注意できなくなったところで……二度の指摘を送った女子生徒が周囲の生徒と小声で相談し始める。他の先生を呼ぼうかと話しているらしい。

 

絶対に呼ぶべきだ。校内における『地位』が低い私は話に参加できないけど、このまま誰も行動しないなら動くべきかもしれない。だって、テレビの医療番組でああいうのをやっていた覚えがあるぞ。全然知識がない私には何とも言えないものの、急性の脳の病気とかって可能性もあるだろう。

 

不安げな面持ちで相談している生徒たちを背に、八度目の無茶苦茶な説明を始めた細川先生を見てもう我慢できないと立ち上がろうとした瞬間──

 

「わっ。」

 

今度は何だ? 急に地面がガタガタと揺れたかと思えば、窓ガラスの一つが外れて『上に』落ちていく。ここは反転している教室だから、今の揺れの所為で屋外に落ちちゃったんだろう。

 

だけど、何の揺れなんだろうか? マホウトコロは土台が地面に接していないので、地震ということは基本的に有り得ないはず。揺れの影響で転がって机から落ちかけたシャーペンを咄嗟にキャッチしつつ、非魔法界の学校での経験から机の下に避難すべきかと迷っていると……おお、収まったな。『ガタガタ』がピタリと停止した。徐々に大きくなったり小さくなったりじゃなくて、いきなり揺れ始めていきなり収まった感じだ。

 

「……何でしょうね?」

 

今の『事件』についてざわざわと話し合っている生徒たちを尻目に、お二方にこっそり囁き声で問いかけてみれば、諏訪子様と神奈子様も疑問げな声色で応答してくる。

 

『マホウトコロが揺れるってのは初めてだね。どっかの研究室で爆発があったとか?』

 

『何故真っ先に爆発を疑うんだ、お前は。……短いながらも継続的に揺れていたし、一度の衝撃でどうこうではないのだろう。校舎全体に影響する何かがあったんじゃないか?』

 

『敷地にかかってる魔法のトラブルとか?』

 

『そういうことなんだと思うぞ。それ以外には原因が思い浮かばん。』

 

お二方の問答を耳にしながら、海燕たちがびっくりしていないだろうかと心配になってきたところで……細川先生がパンパンと手を叩いて生徒たちに声をかけた。

 

「皆さん、落ち着いてください。……何があったのかを調べてきますから、ここで静かに待機しているように。すぐ戻ります。」

 

うーん、この対処は至極まともだ。さっきの『異常』なんて微塵も感じられないぞ。言うや否や教室から出て行った細川先生を見送りつつ、かっくり首を傾げて疑問を呟く。謎の揺れも当然気になるけど、私としては細川先生の『繰り返し』の方が問題に思えるな。

 

「細川先生、大丈夫なんでしょうか?」

 

『どう考えても大丈夫ではないでしょ。あっちの女の子たちが他の教師に相談に行くつもりらしいよ。……まあ、ちょーっとマズい感じではあったよね。さすがの私も薄気味悪かったかな。』

 

『強引にでも病院で検査させるべきだと思うぞ、私は。自覚が無いのが一番危ないんだ。それは長年人間を見てきた経験からよく知っている。』

 

神奈子様の意見に尤もだと首肯してから、窓の外の逆さまの景色を見つつ考える。細川先生はともかくとして、ここから見える領地には何の異常も見当たらないな。『濯ぎ橋』はいつも通りに鎮座しているし、湖面にも特におかしなところは見受けられない。ちょっと波がある程度だ。やっぱり魔法の誤作動なのか?

 

明らかな異常を見せた細川先生と、マホウトコロを襲った謎の揺れ。何だか良くない予感を覚えつつ、東風谷早苗は騒めく教室の中で小さく息を吐くのだった。

 


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