Game of Vampire   作:のみみず@白月

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死亡記事

 

 

「……ふぅん?」

 

魔法経済庁の長官が急死? イギリス魔法省の国際魔法協力部で日本魔法界の新聞を読んでいたアンネリーゼ・バートリは、聞き覚えのある人物の死亡記事に小首を傾げていた。確か対策委員会の要請を受けるか否かの決議の際、いきなり細川派側に味方してきたヤツだよな? おいおい、キナ臭いじゃないか。

 

咲夜と魔理沙が七年生としてホグワーツに旅立ってから二週間が経過した今日、私は日本魔法界の情報を仕入れるために協力部を訪れているのだ。イギリス国内の事情は予言者新聞を読めば大体把握できるが、遠く離れた日本の新聞は人形店に居ては手に入らない。しかしそのためだけにいちいち日本に出向くのはさすがに面倒だということで、各国の新聞が集まるイギリス魔法省の外交機関に読みに来ているわけである。

 

うーむ、記事では一応『病死』となっているようだが……気になるな。口止めか制裁で殺されたと考えてしまうのは、私の思考が物騒だからか? ちなみに前者なら犯人は細川派だろうし、後者なら藤原派だろう。この長官は藤原派の重鎮という立場で細川派に利を齎したのだから。

 

とはいえ、細川派がそこまで危険な橋を渡るとは思えない。こんなもんリスクとリターンが見合っていないし、この前西内邸で話を聞いた時の西内陽司の怪訝そうな態度は本心からのものに感じられたぞ。

 

対策委員会の要請を通すために他派閥の重鎮を脅し、その後口止めとして殺したとか? いやいや、幾ら何でも有り得ないな。細川政重はそれなりに重視していたようだが、細川派全体としてはそんな危険を冒してまで非魔法界対策の実権を握りたいとは考えていないだろう。『手に入れるためにちょっとは頑張ってみるか』くらいの認識のはずだ。どう控え目に見積もっても長官クラスを殺すのは『ちょっと』の範疇ではあるまい。

 

そうなってくると残るのは藤原派の『裏切りへの制裁』という可能性だが……んー、そっちもピンと来ないな。細川派がそうであるように、藤原派にとっても非魔法界対策の利権は身内の重鎮を殺すほど重要ではないはず。派閥への裏切り行為と見て叱責や降格くらいはギリギリ有り得るものの、まさか殺しはしないだろう。戦時じゃあるまいし、そこまで物騒な対処なんてそうそうしないはずだ。

 

じゃあ、やっぱり単なる病死か? 記事を読む限りでは急性の脳の病気で死亡したらしいが、死の数日前から少しおかしな発言が目立っていたようだ。周囲の促しで一度病院で検査を受けたが異常が見つからず、そのまま自宅療養に入った翌々日に書斎で倒れているところを家族が発見したんだとか。僅か三十分前には普通に話していたとも書いてあるな。

 

まあ、そこまで妙な経緯ではない……のか? 吸血鬼は大抵の病気とは無縁だからよく分からんな。協力部の隅のデスクを借りて新聞を読みながら考えていると、カタリと私の目の前にマグカップが置かれた。紅茶が入っているようだ。

 

「はい、リーゼ。手が空いたから淹れてきたわ。インスタントだからサクヤが淹れるやつとは大違いでしょうけど。」

 

「おや、ありがたいね。書類の整理は終わったのかい?」

 

「ええ、終わりよ。ブリックスさんにチェックしてもらって、問題がなかったらお昼休みに入っていいそうだから、ロンやハリーと一緒にご飯を食べに行きましょ。」

 

「向こうがすんなり昼休みに入れるかどうかが問題だね。」

 

当然ながら、紅茶を持ってきてくれたのはハーマイオニーだ。さすがの彼女でも去年の今頃は業務に慣れるのに忙しかったようだが、一年経った今はもう落ち着いているな。協力部での職務は見事ハーマイオニーの『日常』に組み込まれたらしい。

 

スーツ姿に違和感がなくなってきたことを喜んでいると、ハーマイオニーが自分のマグカップから紅茶を飲みつつ問いを寄越してくる。

 

「日本で事件でもあったの? 何か考えてたみたいだけど。」

 

「魔法経済庁の長官が急死したらしくてね。覚えのある人物だから少し気になったんだ。」

 

「魔法経済庁の長官っていうと、日本魔法界の金融担当のトップよね? 知り合いなの?」

 

「いや、知り合いってほどではないよ。日本魔法界には三派閥があるって前に話しただろう? この長官は私が協力している派閥と敵対している派閥の重鎮なんだが、ゲラートの要請を受けるか否かの決議では何故かこっちに味方してきてね。だから吸血鬼らしく、何か裏があるんじゃないかと勘繰っていたわけさ。」

 

噛み砕いた説明を送ってやれば、ハーマイオニーは腕を組んで悩みながら相槌を打ってきた。

 

「立場としては敵なのに味方してきたってこと? ……単純に派閥に囚われないで非魔法界対策を進めたかったとかじゃなくて?」

 

「現状だと細川派……私が協力している派閥だよ。の方が非魔法界対策を上手く進められると断定までは出来ないし、何より『派閥に囚われない』ってのが日本魔法界じゃ有り得ないことだからね。この長官は結構奇妙な動きをしたんだ。それが急死したとなれば邪推もしちゃうさ。」

 

「まさかとは思うけど、殺されたってわけじゃないわよね? 日本魔法界はそんなに物騒じゃないイメージだったんだけど。」

 

「実際そこまで苛烈な手を打てるようなお国柄じゃないし、無いとは思うんだけどね。タイミングがちょっと引っかかるんだ。……まあ、多分私の考えすぎかな。偶然時期が重なっただけって可能性の方が遥かに高いだろうさ。」

 

十中八九細川派は関係ないと私も思っているし、藤原派でもない気がするぞ。そもこの長官を『ひっくり返した』のが細川派であるということすら怪しいのだ。その二つの線はとりあえず無視しちゃっていいだろう。

 

まさか、細川京介が関わっちゃいないよな? 長官を翻意させたのが細川派ではないのであれば、もしかしたら細川京介がやったのかもと考えていたわけだが……一介の教師だぞ、あの男は。動機も希薄だし、やっていることが大規模すぎる。転ばせたことはともかくとして、長官を殺すなんてのはやるやらない以前に出来なさそうだ。

 

まあうん、細川京介とは今度会う予定だから、その時にでも鎌をかけてみるか。思考を回しつつ新聞の薄いページを捲ると、見知った人物の写真が目に入ってきた。マホウトコロの校長のシラキだ。

 

「あら、サクラ・シラキ校長ね。マホウトコロの記事? 何て書いてあるの?」

 

紙面を覗き込んでくるハーマイオニーに、写真の隣の日本語の記事を読みながら返事を投げる。

 

「先日マホウトコロの領地の魔法に不具合が生じたんだそうだ。シラキがその説明を報道陣の前でしたらしいね。」

 

「不具合?」

 

「領地を反転させている魔法が一部分だけ停止しちゃったみたいだよ。他の部分が健在だったから大事には至らなかったものの、もし複数箇所で同じことが起きていたら校舎が『沈んでいた』かもしれないと書いてあるね。」

 

「そこそこ大事件じゃないの。そりゃあ長官の死も大事件なんでしょうけど、どうして二面なのかしら?」

 

そういえばそうだな。怪訝に思って読み進めてみると、その理由が書かれてある部分が見えてきた。

 

「ああ、これが一回目の報道ではないらしいね。不具合が起きたの自体は数日前で、既に書面での説明はされていたみたいだよ。今回は改めての記者会見だったから二面なんじゃないかな。」

 

「なるほどね、そういうこと。……生徒の保護者たちは不安でしょうね。『沈む』っていう表現がいまいち分からないけど、安全じゃないことはひしひしと伝わってくるわ。」

 

「つまりだね、マホウトコロはこう……そこそこの厚さの湖面を境に逆さまになっているんだよ。反対側から重石を沈めることでその荷重を基礎にしているから、仮に魔法が解けちゃうと──」

 

ん? どうなるんだろうか? 横にした手のひらを湖面に見立てて解説している途中で、段々分からなくなってきた私を見て、ハーマイオニーが言葉を引き継いでくる。

 

「えっと、先ず校舎は真っ逆さまに落下するわよね? だからその、湖の底に。」

 

「あー、そうだね。おまけに大量の水がその上から降ってくることになるわけか。……ん、記事にも書いてあるよ。万が一反転魔法が完全に停止してしまった場合、湖の水位が低くなるから海の水まで流れ込んできて校舎は水底に沈むことになるそうだ。ちなみにそれ以前に校舎が湖の底面に叩き付けられた時の衝撃で、生徒の大部分は死亡するだろうとも書かれているね。結構広い空洞だったし、然もありなんってところかな。」

 

「……改めて考えると物凄く危険な立地じゃない? 素直に孤島の地面の上に建てるんじゃダメだったのかしら?」

 

「マホウトコロの建設者たちは、ホグワーツの創始者たちほど賢くなかったってことだろうさ。変にカッコつけようとするからこういうことになるんだよ。」

 

これは吸血鬼でも死ぬかもしれんな。落下はどうにでもなるが、その後に膨大な量の水が流れ込んでくるのが問題だ。下手をすると泡頭呪文とかを使える魔法使いよりもリスクが高いかもしれない。……まあ、姿あらわしなり何なりで逃げる程度の猶予はあるか。にしたって考えていたら訪問するのが嫌になってきたぞ。カンファレンスの件を話すために出向かなきゃいけないのに。

 

シラキは会見で『既に反転魔法の修復は済んでおり、更なる安全のために改良していく予定だ』というようなことを語ったらしいが、一度植え付けられた疑念はそうそう晴れまい。マホウトコロには試練の時が訪れたようだ。

 

何にせよ今回は軽傷者すら出なかったようだし、となれば早苗も無事だろう。今度会った時にでも話を聞いてみるかとページを捲ったところで、ハーマイオニーの上司であるロビン・ブリックスがおずおずと話しかけてきた。

 

「これはどうも、バートリ女史。……グレンジャーさん、書類はいつも通り何の問題もありませんでした。お昼休みに入ってください。」

 

「了解です、ブリックスさん。」

 

「やあ、ブリックス君。仕事は順調かい?」

 

「はい、お陰様で順調です。グレンジャーさんがどんどん処理してくれるので、机が書類に占領されることがなくなりました。」

 

それは『順調』ではなく普通の状態だろうし、ハーマイオニーが優秀なだけじゃないのか? ……まあいいさ。ハーマイオニーの発言からするに悪い上司ではないようだから、私としては特に文句はないぞ。自分がキビキビと率先するって人物ではなく、『部下を上手く使える』ってタイプなのかもしれない。現闇祓い局長のガウェイン・ロバーズと似通ったものを感じるな。強いリーダーシップで牽引するスクリムジョールやクラウチ・シニアなんかとはまた違う『上司』の在り方だ。

 

「それじゃ、私たちは失礼するよ。また読みに来るから、日本の新聞はきちんと取っておいてくれたまえ。」

 

「分かりました、極東の担当者に伝えておきます。」

 

気弱そうな笑みで何度も頷いてくるブリックスを背に、地下五階の廊下に出てハーマイオニーと二人で歩き出す。とりあえずは二階の闇祓い局に行ってみるか。ロンは大丈夫だろうから、新人のハリーが纏まった昼休みを確保できるかどうかだな。

 

「そういえば、非魔法界対策の新設部署は結局どうなったんだい? もう少ししたらパーシーがそっちに移るんだろう?」

 

昼時ということで平時よりも通行者が多い廊下を進みつつ尋ねてみると、ハーマイオニーは窓を清掃中のしもべ妖精に一声かけてから応じてきた。あまり話題には出さなくなったが、『スピュー』の活動を完全に諦めたわけではないようだ。

 

「いつも掃除してくれてありがとうね。……紆余曲折あった末、最終的には大臣室の下に置かれることになったわ。順当な結果ってわけよ。」

 

「『新フロア』はさすがに無理だったか。」

 

「まあ、最後はボーンズ大臣が譲るって感じで終わったらしいわ。だけど新フロア云々が目立ったからそう見えてるだけで、それ以外の部分はほぼボーンズ大臣の構想のままよ。新設部署にしては予算が潤沢だし、オフィスも良い部屋を確保したみたい。」

 

「……それもボーンズの作戦の内ってことかい?」

 

エレベーターを目指しながら聞いてみれば、ハーマイオニーは苦笑いで軽く首肯してくる。なんとまあ、大したもんだな。

 

「私の予想では、だけどね。新フロア増設の件を強引に推すことで非魔法界問題への注目度を上げて、かつそれに注目させることで他の条件を通し易くしたってことじゃない? ……よくよく考えてみると、ボーンズ大臣って政治家としてはスカーレットさんの『弟子』なのよね。もし私の予想通りなんだとすれば、非常にスカーレットさんらしい搦め手だと言えるのかも。」

 

「レミィの弟子ね。ま、一つの物事を骨の髄まで活用しようとするのは確かにレミィっぽいかな。……となるとスクリムジョールは弟弟子ってところか? イギリス魔法省がレミィの門弟たちに支配されちゃってるじゃないか。」

 

「それは今更よ。今のイギリス魔法省は親スカーレット派が超多数派なんだから。……というかまあ、ヨーロッパ規模でそうなんじゃない? 全然勢いが衰えないわよね。」

 

「ゲラート風に言うと、レミィが築いた『城』は未だ健在だってことなんだろうさ。あの吸血鬼のしぶとさだけは私も認めているし、政治にもその色が出たんじゃないかな。」

 

ヨーロッパはまだまだ『紅のマドモアゼル』の手中らしい。いつになったら変わるのやら。……一世紀もの期間『現役』の政治的指導者であり続けた前例が存在しない以上、予想するのは難しそうだな。しかもレミリアの場合は死亡や老いによる退任ではなく、自らの意思による『電撃引退』だ。他所から見ればいつ戻ってくるか分かったものじゃないだろう。こんなもん特殊なケースすぎて予測が出来ないぞ。

 

いやはや、レミリアも中々面白い『前例』を残していったじゃないか。エレベーターに乗り込みつつ口の端を吊り上げていると、ハーマイオニーが二階のボタンを押して問いを放ってきた。

 

「非魔法界対策部署のことが気になるなら、パーシーやアーサーさんも誘ってみる? 私より知ってると思うわよ。」

 

「そうしてみようか。となるとここの食堂じゃ味気無いね。ロンドンに出てみるかい?」

 

「いいわね、それでいきましょう。」

 

兎にも角にも、今はランチを楽しむことにするか。気を張り続けていても良いことはあるまい。エレベーターが上昇する感覚に身を委ねながら、アンネリーゼ・バートリは何を食べるかに思考を移すのだった。

 


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