Game of Vampire   作:のみみず@白月

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コメンテーター

 

 

「……アリスさんって、凄く肌が綺麗ですよね。どうやってるんですか?」

 

リーゼさんのはどこか美術品じみた白さだけど、アリスさんのは健康的な白さって感じだ。これっぽっちも荒れていないし、ほっぺたは程良く柔らかそうだし、『天然の美肌』という印象を受けるぞ。隣を歩く魔女さんに問いかけながら、東風谷早苗は自分の頬をむにむにと触っていた。むう、負けているな。五十歳以上も年上のはずなのに。

 

九月最後の土曜日のお昼過ぎ、私はアリスさんと諏訪子様と秋葉原の書店で買い物を楽しんでいるところだ。アリスさんが『人形作りのセンスを磨くために色々な文化を知りたい』と言うので、私も買いたい漫画があるからちょうど良いと思って来てみたのである。ちなみに本にあまり興味がない神奈子様は神社の方に顕現して愛車を弄っており、リーゼさんは毎度お馴染みのお仕事中。二人とは夕食の時に合流できるはず。

 

そんなわけで三人でビルを丸ごと使っているらしい書店のフロアを巡っている途中、ふとアリスさんの横顔を見て気になってしまったのだ。じっくり観察してみると肌が綺麗すぎるぞ。スタイルも良いし、ファッション雑誌のモデルさんみたいだな。

 

私の思わず出てしまった呟きに対して、アリスさんは苦笑しながら応じてきた。

 

「あら、ありがとう。だけど肌が綺麗なのは魔女だからであって、特別な何かをしてるわけじゃないの。」

 

「へ? 魔女だと肌が綺麗になるんですか?」

 

魔女と肌とにどんな関係があるのだろうか? きょとんとしながら尋ねてみれば、アリスさんではなく諏訪子様が答えを教えてくれる。よく分からない答えをだ。

 

「捨食捨虫の法でしょ? 便利だよねぇ、あれ。捨虫の法の習得者は滅多に見ないけど、捨食の法はたまーに使ってる修験者が居たよ。大昔の話だけどさ。」

 

「まあ、そういうことですね。」

 

「……ええと、それって何なんですか?」

 

「捨食の法ってのは食事とか睡眠とかを必要としなくなる魔法……っていうか、体質の恒久的な変化? 仕組みはいまいち分かんないけど、人間をやめるための条件みたいなもんだよ。西欧でも東方でも、それを一人前の術師の指標にしてることが多いの。」

 

むむ、便利そうだ。眠くならなくなったり、お腹が空かなくなるってことか。諏訪子様の説明に感心していると、アリスさんが平積みの漫画本を眺めつつ補足を寄越してきた。

 

「厳密に言えば、肉体を内側だけで完結させるための魔法ですね。睡眠が不要になったり、栄養摂取の必要がなくなるのはむしろ副次的な要素ですよ。自己を外界から完全に独立させることによって、『主題』に集中できるようにしているわけです。……早苗ちゃん、今ので分かる?」

 

「あの、えーっと……分かんないです。」

 

ちんぷんかんぷんだぞ。頭の中でクエスチョンマークを量産している私に、アリスさんは腕を組んで更に噛み砕いた解説をしてくれる。漫画を手に取った諏訪子様に注意をしながらだ。

 

「諏訪子さん、買うのは下りる時ですよ。先に一度上まで見るって決めたじゃないですか。……要するに、『外』との接触を断ち切るための魔法なの。身一つで全てを賄えるようになるわけ。不足することがないから摂取する必要がないし、疲労しないから休息の必要もない。半永久的に身体を十全な状態で動かせるようになるってことね。だから本物の魔女には寿命もないのよ? まあ、そっちはどちらかと言えば捨虫の法の領分だけど。」

 

「つまり、『永久機関』ってことですか。」

 

「ああ、そうね。それに近いわ。魔女は自身の主題を追うために生きているから、あんまり余計なことに気を取られたくないのよ。それで大昔の魔女が自分を『独立した永久機関』にしようって考えたの。外部との関わりを必要としない、内部だけで完結した存在を目指したってわけ。」

 

なるほど、そうして生まれたのが『捨食の法』なわけか。半分くらいは理解できたぞ。でも、肌の綺麗さがどう関わってくるのかが未だに分からない。次のフロアへの階段を上るアリスさんへと、首を傾げながら疑問を投げた。

 

「でもその、それでどうして肌が綺麗になるんでしょう?」

 

「肉体があらゆる点において常に過不足ない状態にあるわけだから、魔女は基本的に『健康体』なの。余程のこと……例えば意図的な暴飲暴食を長い期間継続したり、強い日光に当たり続けたり、直接ナイフで傷付けたりすればその限りじゃないけど、私たちは肉体的な『劣化』とは無縁の存在なのよ。放っておけば魔法の効果で勝手にベストコンディションになってくれるってわけね。」

 

「……そんなのズルいです。」

 

めちゃくちゃ便利じゃないか。階段を上りながらむむむと唸っている私に、アリスさんは苦笑いで肩を竦めて話を締めてくる。

 

「まあうん、ちょっとした『ズル』ではあるわね。……とはいえ、その点を気にする魔女は少ないと思うわよ。『まとも』な魔女は主題を何よりも優先するから、単に研究の時間を手に入れるためにこの魔法を使うってケースが殆どなの。主目的は『独立した一個体としての完成』であって、お肌のためじゃないわ。」

 

「『まとも』じゃないアリスちゃんは違う目的も持ってそうだけどね。例えばほら、物凄く長生きな誰かさんの側に居たかったとか? 人間やめる理由としてはロマンチックな部類じゃんか。」

 

「……余計なことを言うと何も買ってあげませんよ。」

 

「わー、うそうそ! 今のは嘘だよ。お茶目なジョークじゃん。やだなぁ、主題のためだって分かってるって。よっ、魔女の中の魔女! 主題優先女! 人形偏愛者!」

 

何か、最後の方は罵倒になっている気がするぞ。慌てて放たれた諏訪子様の『訂正』を受けて、階段を上り切ったアリスさんは冷たい目付きで応答した。神奈子様には結構丁寧なのに、諏訪子様にはたまにこういう目を向けるな。仲が良いってことなんだろうか?

 

「はい、今決めました。諏訪子さんには何も買ってあげません。」

 

「ちょちょ、何でさ。褒めたじゃん。すっごい褒めまくったじゃんか。……ひょっとして、『人形フェチ女』の方が良かった?」

 

「分かっててやってますよね? 絶対に許しませんから。」

 

「ちょっとちょっと、冗談じゃん。余裕ないなぁ。笑って流してよね。私はアリスちゃんにもっときっついイメージを持ってるんだから、こんなの超控え目な表現じゃんか。」

 

ええ? アリスさんは優しくて、美人で、知的な人だぞ。何故諏訪子様は『きっついイメージ』を持っているんだ? 訳が分からない発言に目をパチクリさせたところで、私も新しいフロアに足を踏み入れる。おー、カラフルなポスターが沢山飾られているな。これまでのフロアは書店らしい落ち着いた雰囲気だったけど、ここの内装は随分と派手だ。

 

「何を言っているのかさっぱり分かりませんね。私は『ノーマルな魔女』ですけど?」

 

「うわぁ、恐ろしい子だね。よくもまあ大真面目な顔でそんなこと言えるもんだよ。」

 

フロアの入り口の方で話している二人を置いて、この階にはどんなジャンルの本が売られているのかと本棚に近付いてみれば……わぁ。表紙に抱き合っている裸の女性が描かれたペラペラの本が目に入ってきた。恐らくここは、十六歳の私がまだ入っちゃいけないフロアだな。

 

どうしよう。見なかったことにして踵を返すべきか、それとも『社会勉強』として中身を確かめてみるべきか。『サンプル本』というシールが貼ってあるそれを前に思考停止状態に陥っていると、背後から諏訪子様の呆れたような声が聞こえてくる。

 

「おー、人間の欲を感じる本ばっかりだね。素直で宜しい。これが噂に聞くあれかな、個人制作のマンガかな。面白いじゃん。」

 

「……いやいや、これはダメじゃないですか。早苗ちゃん、戻るわよ。貴女にはまだ早いわ。」

 

「いいじゃんか、別に。子供は純粋で穢れを知らないなんてのはさ、拗らせた大人の妄言だよ。人間ってのは若い頃が一番煩悩塗れなんだから、そこでしっかり学ばせとくべきだね。色々と知っておかないと本番で苦労するって。」

 

「何でこのタイミングでいきなり神っぽいことを言い出すんですか。とにかく行きますよ。元教育者として早苗ちゃんをここに居させるわけにはいきません。」

 

アリスさんに手を引かれて階段に連れ戻されながら、凄かったなと顔を赤くしている私を他所に、件の『サンプル本』をパラパラと捲った諏訪子様がポツリと呟く。

 

「アリスちゃん的にはこれは『不健全』なんだ。ふーん。女の子同士だからってこと?」

 

「そうじゃありませんけど。論点を訳の分からない方向にずらさないでください。私はマイノリティを否定するような狭量な魔女じゃありませんし、愛の形は人それぞれだと思ってます。それは宗教と同じく尊重されるべきものであって、他者が軽々に否定していいものではないでしょう? 私は未成年の早苗ちゃんをこのフロアから連れ出すべきだと判断しただけですよ。その本の嗜好にケチを付けるつもりは一切ありません。少数派だからといって蔑ろにするのは多様性を認められない愚か者だけですから。たとえ特殊な趣味嗜好であっても、他者に迷惑をかけないなら重んじて然るべきです。そもそもこれを見て『不健全』なんて言葉が出てくるあたりが、自覚なき差別をしている証左ですね。反省してください、諏訪子さん。神として恥ずべき発言ですよ。」

 

「……半端じゃない早口と密度で自己弁護してきたね。おー、こわ。前のより凄いじゃんか。」

 

わざとらしく身を抱いてぷるりと震えた諏訪子様は、ジト目になっているアリスさんを追い越して階段を下っていくが……やっぱりアリスさんは凄いな。早口すぎて理解が追いつかなかったけど、何だか良いことを言っていた気がするぞ。というか、どの辺が『自己弁護』だったんだろう? ニュース番組のコメンテーターみたいな立派な意見だったのに。

 

「……じゃあ、行きましょうか。早苗ちゃんにはコミックを買ってあげるわ。欲しいのがあったんでしょう? 遠慮しないで言って頂戴。」

 

「ありがとうございます!」

 

「早苗『には』? 私は? 私の分は? ……あれ、無視じゃん。アリスちゃんったら、神の言葉を無視してくるじゃん。ねーってば、私にも買ってよ。アリスちゃん? おーい、アリスちゃん!」

 

神様の呼びかけを完全に無視している魔女さんの背を追いながら、東風谷早苗は買うべき漫画のリストを頭に浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「貴女って、本当に無駄なところで器用よね。」

 

星見台の中央で胡坐をかいている私の手元を覗き込んできた咲夜に、霧雨魔理沙は肩を竦めて応じていた。これは無駄じゃなくて有意義な方の『器用』だろうが。実際役に立っているぞ。

 

十月に入ったばかりの雨が降る月曜日の午前中、私と咲夜は静かな星見台でそれぞれの作業を進めているところだ。二人とも午前中の二コマ目が空きコマだったので、咲夜は自習を、私は箒作りをやっているわけだが……ミニ八卦炉を使って柄の部分を加工している私を見て、銀髪ちゃんが突っ込んできたのである。

 

「こっちの方が早いんだよ。金具を付けるための小さな穴をいくつか空けなきゃいけないんだが、工具でやろうとすると時間がかかるんだ。でも、ミニ八卦炉だと……ほらな? 一瞬だぜ。」

 

極細の光線で穴を空ける工程を実演してやれば、咲夜は呆れたような顔で指摘を寄越してきた。

 

「貴女、たった半年前にそれで死にかけたのを忘れたの?」

 

「あれは予想外に反射したからだろ? 今回は気を付けてやってるから心配ないぜ。」

 

「だといいけど。……指にまで穴を空けないようにね。」

 

空けるわけないし、万が一空いたとしても指だったらポンフリーがどうにか出来るだろ。言うとスタスタとソファの方に戻っていった咲夜を見送りつつ、座る位置を変えて頭上に映っている星空をアフリカのそれにする。そろそろゾーイの手紙が届く頃だな。最近は私が月の半ばに送り、ゾーイが月初めに返信を送ってくるというパターンに落ち着いているのだ。

 

オルオチと仲良くやっているらしいアフリカの友人のことを考えていると、ソファの上で教科書を開いた咲夜が声をかけてきた。勉強に没頭している時の彼女は静かになるので、今日はいまいち集中し切れていないようだ。

 

「お腹が空いたわ。今日はベタにフィッシュ&チップスの気分よ。あると思う?」

 

「昨日あったし、今日は無いんじゃないか? 私はさっき食っちまったからな。サンドイッチとかで充分だぜ。」

 

「……また厨房に忍び込んだの?」

 

「お前がマグル学をやってる間にな。練習があって朝食をまともに食べられなかったから、昼まで我慢できなかったんだよ。キャプテンが朝練に遅れるわけにはいかないだろ?」

 

キャプテンたる者、チームメイトに範を示さなければならないのだ。ウッドもアンジェリーナも、ケイティもドラコも、そしてジニーもそれだけは怠らなかったんだから、私だってそうすべきだろう。最初に行って準備をして、最後に片付けてから帰るのがキャプテンってもんだぞ。

 

先達のキャプテンたちから得た教訓を噛み締めている私に、咲夜は恨めしそうな目付きで文句を投げてくる。

 

「ズルいわ。私はいつもお昼まで我慢してるのに。」

 

「お前も行ってくりゃいいじゃんか。仕事が増えればしもべ妖精たちのためにもなるだろ。あの連中は働きたくて仕方ないんだから。……そういえばよ、ドビーって知ってるか?」

 

「ドビー? ……ああ、ポッター先輩を殺そうとしたしもべ妖精でしょ? リーゼお嬢様から聞いたことがあるわ。」

 

「厳密に言えば、ハリーを『助けようとした』しもべ妖精だけどな。」

 

私もリーゼやハリーから話を聞いたことがあるし、厨房に忍び込んだ際に何度か顔を合わせているのだ。一応の訂正を口にした後で、柄の穴の大きさをチェックしながら続きを話す。

 

「とにかくよ、さっき飯を食いに行った時にドビーから頼まれたんだよ。ハリーの家で働きたいから、連絡してくれないかって。」

 

「ポッター先輩の家で?」

 

「ん、前々からそのつもりではあったらしいぜ。自分を自由にしてくれたハリーの家の使用人になりたかったんだとさ。だけど給金付きで雇ってくれたダンブルドアへの恩もあるから、今年まではホグワーツに残ってたんだそうだ。」

 

明確に契約を交わしたわけではないらしいが、ドビー的には今年……つまり1999年の終わりを区切りにしたいようだ。先程の厨房での会話を思い出しながら説明してやれば、咲夜はうんうんと頷いて相槌を打ってきた。

 

「出来たしもべ妖精じゃない。見境のない忠義なんて邪道よ。主人を選んで、主人からも選ばれてこそ価値があるの。他のしもべ妖精より真っ当な『志望動機』だわ。」

 

「その評価はよく分からんが、何にせよさっき伝言を頼まれちまったわけだ。……だけどさ、ハリーって一人暮らしをしたがってるじゃんか。シリウスの家にいつまでも居候するのは悪いって。」

 

「そうなの? 知らなかったわ。ブラックさんは別に気にしてないと思うけど。……というか、家に居てくれた方が良いとすら考えてそうじゃない?」

 

相変わらずハリーのことには興味ゼロだな。夏休みの終わり間際、ジニーに直接就職祝いを告げるために二人で隠れ穴に遊びに行ったのだ。その時偶然ハリーも居て、四人で一人暮らしの話をしただろうが。どうやらハリーの相談は咲夜の耳を素通りしていたらしい。

 

咲夜の無関心っぷりにやれやれと首を振ってから、小さなナイフで柄を削りつつ返事を飛ばす。左右のバランスが微妙におかしいな。少し調整しなければ。

 

「それは私も言ったが、ハリーは一人暮らしに憧れがあるみたいなんだよ。闇祓いになったから自分で家賃も払えるしな。……まあ、そこで問題が出てくるわけだ。実際に一人暮らしすることになった時、ハリーはドビーを連れて行けると思うか?」

 

「行けるでしょ。一人暮らしならむしろ必要になりそうじゃないの。」

 

「ハリーが住もうとしてるのが、マグル界のアパートメントだとしても?」

 

私たち魔法使いはしもべ妖精を見ても全然驚かないが、マグルの場合は話は別だろう。幻想郷生まれホグワーツ育ちの私は、正直『マグル界のアパートメント』というのがどういう構造になっているのかをよく知らないものの、他の住人とばったり出会う機会が皆無ということはない……はず。

 

要するにホテルのような造りなんだよなと想像している私に、咲夜は得心が行ったような表情で返答してきた。

 

「あー、そういうことね。……どうなのかしら? しもべ妖精だったら何とかなりそうじゃない? そもそも『家主が見ていない間に仕事を終わらせる』ってことを目指してる種族だし、魔法も使えるんだからどうにでも出来ると思うけど。」

 

「そうか? だったらいいんだけどよ、ゴミ出しの時とかに見られちゃいそうじゃんか。」

 

「それこそ魔法で何とかするでしょ。ポッター先輩がオーケーするかだけが唯一の問題よ。マグル界のアパートメントは特に問題にならないわ。」

 

ふむ、マグル学を最終学年まで続けている咲夜がそう言うのであればそうなのだろう。余計な心配だったかと安心してから、もう一つ穴を空けるためにミニ八卦炉を構える。

 

「んじゃ、気負わずに知らせても大丈夫そうだな。昼飯を食ったら手紙を送っとくか。」

 

「そうしてあげなさい。」

 

ハリーならまあ、了承するだろ。ドビーの願いは叶うはずだ。咲夜の応答を尻目に慎重に照準を合わせて、手紙の内容を考えながら細い光線を照射すると……あ、マズいぞ。柄に火がついてしまう。照射時間が長すぎたらしい。

 

「っと、あれ? 咲夜、杖! そっちにある私の杖を取ってくれ! 早く!」

 

「杖? ……ちょっと貴女、何してるのよ。アグアメンティ(水よ)。」

 

「待て待て、水は……あーあ、やっちまったな。」

 

慌てて杖魔法で水をぶっかけてくる咲夜を止める間も無く、作りかけの柄は杖から出た水で見事びしょ濡れになって鎮火してしまった。この工程は柄が乾き切った状態で終わらせる必要があったのだ。だからこそ簡単に火がついちゃったのかもしれないな。

 

水を吸って変色してしまった柄を見て落ち込んでいる私に、咲夜が恐る恐る質問を放ってくる。

 

「……ひょっとして、濡らしちゃダメだったの?」

 

「その通りだが、今のは仕方ないさ。普通の魔法使いなら火を消す時、咄嗟に水の呪文を使うもんだ。……八卦炉で突風を出して吹き消せば良かったな。あの瞬間には思い付かなかったぜ。」

 

「ごめん、魔理沙。」

 

「いいって、根本の原因は私のミスなんだから。照射はほんの一瞬だけで充分だったのに、一秒近くやっちまったんだ。……いやはや、参ったぜ。工具で地道にやるべきだったかもな。」

 

頭をポリポリと掻きつつも、ミニ八卦炉を横目にため息を吐いた。こいつが手元にあったのに、いざという時に杖魔法を頼ろうとしたのが失敗だったな。私もやっぱり魔法界の住人だったということか。『緊急時は杖を使う』という考えが染み付いているらしい。

 

うーん、幻想郷に戻ったら改善すべき点かもしれないな。こっちじゃ大っぴらには使えないが、向こうで自衛の手段として役に立つのはどちらかと言えばミニ八卦炉の方だ。咄嗟に構えられるようにしておかなければ。

 

色々と反省しながら濡れてしまった柄を手に取った私に、未だ申し訳なさそうな雰囲気の咲夜が問いを寄越してくる。

 

「乾かしてもダメなの?」

 

「残念ながら、一度濡れるとアウトっぽいんだよ。かなり繊細な木材らしくてな。この工程を終わらせてから薬剤でコーティングする予定だったんだが……ま、諦めるさ。またすぐに作り直すぜ。」

 

「……ごめんね、結構時間をかけてたのに。」

 

「あーもう、気にすんなって。火をつけたのは私なんだから、そんなに気にされるとこっちが申し訳なくなってくるぜ。……じゃあよ、新しい柄を作るのを手伝ってくれ。どうせこっからも何回か失敗するだろうし、何本あっても足りないくらいなんだ。形を整えるのにはナイフを使うから、多分お前の方が得意だと思うぞ。」

 

木材はふくろう通販で安く手に入るし、何本か纏めて買っておこう。ハリーへの手紙を出すついでに申し込むかと考えていると、銀髪ちゃんはこっくり首肯して了承してきた。

 

「分かった、手伝う。」

 

「おう、頼む。そんじゃまあ、飯を食いに行くか。昼休みにはまだちょっと早いが、そろそろ準備が始まる頃だろ。」

 

工具を片付けて立ち上がりつつ、停止させたミニ八卦炉をポケットに仕舞う。ツールケースはここに置いておいて大丈夫なはず。午後にも空きコマがあるから、どうせここで作業するだろ。……何にせよ、次からはきちんと専用の工具で穴を空けるべきだな。急がば回れだ。今回はそのことわざの重要性を実感したぞ。何事にも安全な近道なんて無いわけか。

 

また一つ新たな教訓を獲得しながら、霧雨魔理沙は星見台の出入り口へと足を踏み出すのだった。

 

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