Game of Vampire 作:のみみず@白月
「──なリリーはとっても優しいし、ジェームズは凄く勇敢です。だからフランはこんなにお似合いな夫婦はいないと思います。だから、ええっと……結婚おめでとう!」
ムーンホールドの中庭で、フランドール・スカーレットは新たなる夫婦に向けての祝辞を送っていた。最後はちょっとど忘れしちゃったけど……まあ、概ね成功だ!
聞いていたみんなは拍手をしてくれているし、きっと問題ないだろう。ぺこりとお辞儀して、壇上から降りる。
「我々が忘れてしまった純粋さというものを思い出させてくれる、素晴らしいスピーチだった。それじゃあ次は──」
礼服が信じられないほど似合わないシリウスが司会として式を進行させるのを聞きながら、コゼットの隣の席にひょいっと座った。
それを見たコゼットが、顔を寄せて小声で話しかけてくる。
「とっても良かったよ、フラン。私のときもお願いね。」
「まっかせてよ、コゼット。」
ホグワーツを卒業して半年とちょっと。コゼットもアレックスとの仲が順調なようだ。彼女はジェームズのプロポーズをロマンチックだと思っているらしいが、フランはジェームズがムーディの無くなった片足を見て結婚を決意したことを知っている。両足が残っている間にと思ったらしい。
周りを見渡すと、今日ばかりは騎士団の面々も笑顔を浮かべている。最近は色々な事件があったから、こんなに和やかなのは久しぶりだ。
安全面からこの場所での式となってしまったが、みんなで準備した会場は美しく飾りつけられている。ドージお爺ちゃんは季節はずれの花畑を作り出したし、ディーダラスの用意した真っ白な天幕はキラキラ光ってとっても綺麗だ。
「それでは、誓いの言葉を。」
何人かの祝辞が終わった後、シリウスの言葉でダンブルドア先生が壇上に上がった。慈愛に満ちた瞳で二人を交互に見つつ、柔らかな声で語り出す。
「新郎、ジェームズ・ポッター。汝は彼女を妻として、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、愛し、慈しみ、貞節を守ることを杖に誓うかね?」
「誓います。」
ダンブルドア先生は真っ直ぐな瞳で言い放ったジェームズに嬉しそうに頷いて、今度はリリーに問いかける。
「新婦、リリー・エバンズ。汝は彼を夫として、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、愛し、慈しみ、貞節を守ることを杖に誓うかね?」
「誓います。」
満面の笑みで言ったリリーにダンブルドア先生はニッコリと頷き、差し出された二人の重なった左手にそっと杖先を置いた。
「それでは、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアの名において、今この二人に愛の誓いが成されたことを証明しよう。」
そう言った瞬間、二人の手を優しい光が包み込み……それが収まった時にはそれぞれの薬指に美しい指輪が嵌っていた。
ジェームズは誇らしげに、リリーはちょっと恥ずかしそうにその手を上げてこちらに見せてくる。途端、中庭に大量の拍手の音が響き渡った。フランも頑張って拍手する。手が千切れたって構うもんか!
二人がキスをすると、更に拍手の音が大きくなった。ムーディでさえ顰めっ面で拍手している。
「あー、素晴らしい誓いだった。我が悪友が自由を失って……悪かった! 呪文を撃つのをやめてくれ、お嬢さん方。えー、素晴らしい新婦を得たところで、早速ご馳走に移るとしよう。モリーたちが腕を振るって作ってくれた料理だ。それじゃ、盛大にやろう!」
シリウスの言葉と共に、テーブルの上に色とりどりの料理が出現する。口々にお祝いを言いながらグラスを掲げているみんなに続いて、フランも食べようと皿を取った。
「ホグワーツのよりも美味しそうだねぇ。」
「うん! イチゴのプティングがあるよ。コゼットの分も取ってあげる!」
「えへへ、ありがとう、フラン。」
コゼットと一緒に食事を楽しんでいると、参列者に挨拶して回っている新郎新婦が近づいてきた。うんうん、ジェームズはちゃんとエスコートできているらしい。みんなで練習した甲斐があるというものだ。
「やあ、ピックトゥース。スピーチありがとうな。最高だったよ。」
「とっても嬉しかったわ、フラン。コゼットもお祝いしてくれてありがとう。」
幸せいっぱいの二人にコゼットと一緒におめでとうを言うと、ジェームズが料理を見ながら声をかけてくる。
「ピックトゥース、そのローストビーフを取ってくれないか? 新郎ってのはメシも食わせてもらえないみたいなんだ。」
「服が汚れたらどうするのさ。我慢しなよ、プロングス。」
「清めの呪文を使えばいいだろ? 頼むよ、お腹がペコペコなんだ。」
コゼットと話しているリリーが苦笑しながらも頷いたので、仕方なくローストビーフを取ってやる。それを美味そうに食べるジェームズを見ながら、気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、プロングス。」
「美味いなこれ……なんだ?」
「赤ちゃんはもうできたの?」
「んぐっ、げほっ……な、何を聞いてくるんだよ、ピックトゥース!」
あーあ、やっぱり服が汚れちゃった。しかし、何を驚いているんだ、こいつは。さっきチューしてたじゃないか。
「チューしたらできるんでしょ? それなら、もうすぐ出来るんじゃないの?」
「いや、その……リリー、笑ってないで助けてくれよ。」
ジェームズの視線を辿れば、リリーが何故か爆笑している。隣のコゼットを見れば、こちらもお腹を押さえて俯いていた。なんだ? 何かおかしなことがあったのだろうか?
首を傾げていると、近づいてきたシリウスがニヤニヤ顔でジェームズに話しかけた。
「ピックトゥースに教えてやれよ。知らないままじゃ可哀相だろ?」
「お前が教えるべきだな、女たらし。経験豊富なんだろう?」
「おお、なんたる罵詈雑言。清いこの身には、少々難解すぎる質問なのさ。」
シリウスを睨みつけていたジェームズだったが、やがてニヤリと笑ってフランに声をかけてきた。
「……そうだ! ピックトゥース、ムーディに聞いてみろよ。あいつなら詳しく話してくれるぞ。」
その提案を聞いたシリウスも、笑いを噛み殺しながら同意してくる。
「そいつは最高の提案だ。……カメラを借りておくべきだな。聞かれてるムーディの顔を収めて、ここのエントランスに貼り出そう。」
なんだかよく分からないが、ムーディなら教えてくれるらしい。ふむ、聞いてみよう。
「わかった! フラン、聞いてくるよ!」
ムーディは……いた! 毒が入ってないかを慎重に確かめながら料理を食べている彼に、駆け寄って質問を飛ばしてみる。
ムーディの顔が見たこともない引きつりかたをするのを見ながら、フランドール・スカーレットは友人に一杯食わされたことにようやく気がつくのだった。
─────
「つまりなんだ? 他人が予言するのを、キミが予言するわけか?」
紅魔館のリビングで、アンネリーゼ・バートリは呆れ果てた口調で友人に言葉をかけていた。迂遠にすぎるだろう、それは。
「仕方がないでしょ! 1980年の春、誰かからダンブルドアが予言を聞くの。それでようやく運命が確定するのよ。」
怒ったように言うレミリアを眺めながら、その予言された予言が別の予言を予言するものではないことを祈る。……ややこしいな。
「つまり、来年か。ムーディのパーツがまだ残ってればいいがね。」
「どうせ無くなるならクラウチを殺してから無くなって欲しいわね。忌々しいったらありゃしないんだから。」
魔法省でのパワーゲームは未だ続いているらしい。とはいえ、最近ではさすがに手を組むことも増えてきた。幾ら何でも味方同士でいがみ合っている状況ではないのだ。
もはやリドルの勢力は『とりあえず反体制』みたいなのを巻き込みまくって、訳の分からない集団になりつつある。指揮を取れているのかは甚だ怪しいもんだが、厄介なことに変わりはない。
「なんとも上手くいかないもんだ。待ちの一手じゃないか。」
「そうだけど……最近は久々の優勢に立ちつつあるわよ。向こうの陣営でも若干のバラつきが出てきたの。」
「バラつき?」
「組織が急激に大きくなりすぎたんでしょう、内部で意思の統一がされていないのよ。」
レミリアは、右手の人差し指をピンと立てながら続きを話す。
「一つは、リドルに『忠実』な死喰い人と少数の人狼を中心とした集団よ。最後にリドルが姿を現した時から、戦争の開始まで……空白の十四年で集めた精鋭たちね。リドルの慎重な計画に従っている連中。」
恐らくレストレンジ、ドロホフ、ロウル、ロジエールあたりのことだろう。要するに死喰い人の中でも特にクソッたれな連中のことだ。次に、レミリアは左手の指を立てる。
「もう一つは、ホグワーツ特急を襲ったような『急進派』の集団。ダンブルドアを警戒するリドルに面従腹背の連中よ。巨人や亡者なんかもこっちに多いらしいわ。」
最後に、レミリアは両手を広げながら肩を竦めた。
「それでもって、最後は恐怖によって服従している集団よ。秘密を握られていたり、家同士の付き合いなんかで従わざるを得なかったようなバカども。……この三派閥がそれぞれ歩調をズラしているのよ。」
「基本的には無法者の集団だしね。そうなるのも宜なるかなってとこさ。」
「何にせよ、ようやく私たちにも幸運が微笑み始めたわ。あとは運命が確定するまで、このまま凌ぎきればいいだけよ。」
そりゃあそうだが……お互いに内部闘争をしていると思うと、なんともアホらしくなってくる。
ため息を吐きながらなんとはなしに部屋を見回すと、一枚の写真が目に入ってきた。あれは……騎士団の写真か? 気になって近付いてみると、どうやら集合写真を撮ったようだ。ムーンホールドの一室で、騎士団のメンバーが並んで微笑んでいる。
こちらに気付いたレミリアが、薄く笑いながら説明してくれた。
「ああ、それ? 騎士団のメンバーで写真を撮ったのよ。なるべく人が多い時に撮ったんだけど……任務に出てる人は写ってないのよね。」
端っこにはパチュリーとアリスもいる。レミリアはど真ん中で踏ん反り返っているし、フランはヴェイユの娘と手を繋いでいるようだ。
「そういえば、フランの境界はそのままにしておくのかい? 危ないんじゃないか?」
「私もそう言ったんだけどね……あの子が強く主張したのよ。もう少しだけこのままでいさせて、って。友人たちと離れるのが嫌なんでしょう。」
「今のフランなら大丈夫だと思うがね。」
「日光の問題もあるでしょ? 戦争が終わるまでは、なるべく一緒に居たいんですって。八雲紫にも話は通してあるわ。」
本当に成長したもんだ。自分の力を抑えてまで、友人との付き合いを優先するとは。フランを変えてくれた写真に写る彼女の友人たちを眺めつつ、思わずポツリと呟いた。
「何人残るだろうね。」
何故か大きく響いた気がする言葉に、レミリアが小さくため息を吐く。
「どうかしらね。まあ……多少情も湧いたし、なるべく生き残らせてみせるわよ。」
「是非とも頑張ってもらいたいもんだ。私もアリスやフランが悲しむ姿は見たくないしね。」
「貴女も頑張るのよ。」
「結構頑張ってはいるんだけどね。」
実際よく働いている。特に巨人相手にはかなりの戦果を挙げているはずだ。魔法族では相手をし難いだろうということで、美鈴と二人して優先的に潰しているのだ。
反面、死喰い人とはいよいよ出会えもしなくなってきた。あの胸糞悪い仮面どもに会いたくなる日が来るとは……現実とは中々に奇妙なものらしい。
ため息を一つ吐いていると、窓からフクロウが入ってきた。そのままレミリアの下に手紙を落とすと、休みもせずにパタパタと飛んでいく。
怪訝そうに手紙の封を切るレミリアだったが……読み進めていくうちに、口が笑みの形へと変わる。良い知らせだったようだ。
「朗報ね。ノッティンガムで小鬼の一家が殺されたそうよ。」
「それのどこが朗報なんだい? キミは小鬼に何か恨みでもあったのか?」
「重要なのはそこじゃないわ。この事件が切っ掛けで、立場の不鮮明だった小鬼たちが完全に味方についたのよ。これは大きいわよ、リーゼ。」
小鬼、ねえ。グリンゴッツで見る限りでは、戦闘に向いている種族には見えなかったが……いや、そういえばかなり前に人間に対して反乱を起こしたんだったか。
「そんなに大事なのかい?」
「魔法省の連中は小鬼の動向には敏感なのよ。小鬼連絡室ってあるでしょ? あそこって、結構なエリート揃いなのよ? でも……これで背後を気にせずに戦えるようになったわ。」
「ふぅん?」
正直さっぱり分らんが、こちらがまた一つ優位に立てたのならなによりだ。ガッツポーズをしているレミリアを見ながら紅茶を口に含んでいると、妖精メイドたちの遊び声が聞こえてくる。
何かと思って窓から庭を見てみれば、美鈴の植えた花を抜きまくっているのが見えてきた。きゃーきゃーと狂喜乱舞しながら夢中で引き抜いているその姿からは、脳みその存在を感じられない。
「いやはや、紅魔館は平和だね。」
呆れたように呟くと、レミリアも近付いてきて顔を引きつらせる。
「最近思うんだけど、妖精って世界で一番幸せな種族よね。」
「全くもってその通りだ。この世の真理の一つだね。」
リドルも騎士団も魔法省も、彼女たちにはどうでもいい話なのだろう。世界の始まりから終わりまで、ああして遊んで過ごすに違いない。
スコップをぶんぶん振り回して妖精メイドたちを追いかける美鈴を見ながら、アンネリーゼ・バートリは初めて彼女たちを羨ましく思うのだった。