Game of Vampire   作:のみみず@白月

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家族会議

 

 

「そこに座りなさい、早苗。」

 

あっ、これは怒られるやつだ。寮の自室のドアを開けた途端に指示してきた神奈子様を見て、東風谷早苗は咄嗟に脳内から『失敗リスト』を引き出していた。間違えてセーブデータを上書きした件かな? それとも神奈子様が楽しみにしていた期間限定のお菓子を勝手に食べちゃった件? あるいは今日の呪学の宿題を忘れた件かもしれない。

 

十月下旬の火曜日の夜、私は夕食とお風呂を終えて自室に戻ってきたところだ。今日の夕食には美味しい秋刀魚が出たし、寮のお風呂が混まないうちにゆっくり湯船に浸かれたから、さっきまでは凄く良い気分だったんだけど……むうう、マズい雰囲気だな。神奈子様は厳しい表情で床に正座していて、諏訪子様は音量を下げた状態でチラチラとこっちを見ながらゲームをしている。絶対に怒られる時の空気じゃないか。

 

「あの、はい。」

 

とりあえず指示通りに神奈子様の目の前に正座してから、先手を取って謝ってみるべきかと頭を働かせていると、守矢の軍神様が三つ折りになっている一枚の紙を差し出してきた。

 

「これを見なさい。」

 

「えーっと、分かりました。」

 

ふむ、予想外の物が出てきたな。私が思っていたような理由で怒られるわけではないらしい。墓穴を掘ることになりかねなかったし、先に謝らなくて良かったぞ。神奈子様の真面目な声色に少しビクビクしつつ、受け取った紙を広げてみれば──

 

「これは……はい、成績表ですね。今月やった秋季テストの。」

 

「その通りだ。部屋に届いていたから、悪いが保護者として先に目を通させてもらった。……それを見てどう思う?」

 

「……ちょーっとだけ悪いかもしれません。つまりその、予想よりは。」

 

『暗澹たる』って表現はこういう時に使えばいいわけか。要するに私の成績表に並んでいるのは、『暗澹たる成績』だ。テストの時はそこそこの手応えを感じたのに、まさかここまでひどいとは思っていなかったぞ。

 

マホウトコロでは呪学、祓魔学、符学、薬学、飛行学、天文学、史学、非魔法学が必修の基礎八科目で、生物学、植物学、古史、癒学が五年生から一科目以上を選ぶ専門四科目となっている。そしてそこに英語、第二外国語、倫理、数学、芸術、工学、地理といった年間学科を自由に加えられる形だ。

 

ちなみに『年間学科』というのは履修を希望した全学年の生徒を一年区切りで纏めて教える学科で、隔年で細かい内容が異なっていたりする特殊な科目なのだが、私は五年生の時に英語を取ったっきりなので今は関係ない。今問題になっているのは基礎八科目と私が選択した植物学だ。

 

私は薬学と史学と非魔法学の二次選択をそれぞれ癒療薬学ではなく基礎薬学、世界史学ではなく日本史学、技術非魔法学ではなく社会非魔法学にしたので、九年生で取っている科目は呪学、祓魔学、符学、基礎薬学、飛行学、天文学、日本史学、社会非魔法学、植物学の九つとなっている。それが一つ一つ五段階で評価されているのだが──

 

「飛行学が一、祓魔学と呪学が二。ここはまあいいだろう。実技がどうにもならないのだから、ある程度低い評価になるのは仕方のない話だ。しかし基礎薬学と日本史学、天文学、植物学が軒並み二なのはどういうことなんだ?」

 

「でもあの、符学と社会非魔法学は四です。五段階評価なんだから、上位、えっと……二十? じゃない、四十パーセントってことですよ。平均より上じゃないですか。」

 

まあまあ凄いはずだ。まあまあだけど。申し訳程度の反論をしてみると、ゲーム中の諏訪子様がポツリと呟いてくる。

 

「マホウトコロの成績は絶対評価だけどね。他人の順位はあんまり関係ないよ。」

 

「ぜ、絶対評価? ……よく分かんないですけど、でも悪くはないはずです。四なんですから。四!」

 

四だぞ。五段階中の四。指で『よん!』を示しながら主張した私に、神奈子様は厳しい面持ちのままで口を開いた。四なのに。

 

「お前は非魔法界での生活が人より長かったんだから、社会非魔法学の成績が良いのは当然のことだ。むしろ五であるべきだぞ、ここは。……早苗、よく聞きなさい。七年生までのお前はもう少し成績が良かったはずだ。実技はともかく、筆記でそこそこの点数を確保できていたからな。それが八年生で徐々に落ち始めて、九年生にはこんなことになってしまっている。その理由が分かるか?」

 

「……分かりません。」

 

「では教えよう。……バートリだ。これはバートリに甘えまくって娯楽を手に入れたが故の堕落なんだ。」

 

「でも、でも、リーゼさんは何も悪くありませんよ。親切にしてくれてるだけです。」

 

薄々は感じていた指摘にしゅんとしながらリーゼさんを擁護してみれば、神奈子様は呆れ果てた表情で『お説教』を再開してくる。マズいぞ、どうやら発言の選択を間違えてしまったらしい。

 

「そんなことは分かっている。バートリは私たちの要求に応えているだけで、悪いのは『バブル』に溺れた私たちだ。」

 

「おっ、上手いこと言うじゃん。『守矢バブル』だね。リーゼちゃんが局所的に景気を良くしてくれたんだよ。」

 

「茶化すな。お前は黙っていろ、諏訪子。……これまで一時的にゲームを禁止してみたり、勉強を促したりしてみたが、この成績を見れば何一つ効果がなかったのは明白だ。私たちの対応も甘かったと言わざるを得ない。よって今日からは情を捨てて厳しい対応を取らせてもらう。」

 

あああ、良くない。良くないぞ。神奈子様がどんな宣言をしてくるのかと身構えていると、偉大な守矢神社の神様は先ず……うわぁ、凄いことをするな。もう一柱の偉大な神様がやっているゲームの線を引っこ抜いた。映像出力ではなく、電源の方をだ。

 

「は? 何してんのさ、神奈子。セーブしてないんだけど? ……え、何? びっくりしたわ。気でも狂ったの?」

 

「狂っていない。もうゲームは禁止だ。早苗はもちろんのこと、私もお前もな。」

 

いきなりの『蛮行』に怒るよりも驚いている様子の諏訪子様を前に、神奈子様は重々しい顔付きで話を進める。

 

「最大の問題だったのは早苗のゲームを禁止したのにも拘らず、禁止した張本人である私たちが普通にゲームをしていたという点だ。それでは気が散るのは当たり前だし、説得力にも真剣味にも欠ける。だから禁止。全員禁止だ。テレビも、漫画もな。」

 

「やっぱ狂ってるじゃん。マジで言ってんの? ……うわ、本気の顔してる。マジなんだ。やる気なんだ。」

 

「言っておくが、神社の方に顕現してやるのも無しだぞ。早苗のためを思うなら出来るはずだ。全員で禁止して、この子の成績が良くなった時の解禁を目指そう。目的を一致させれば団結して頑張れるだろう?」

 

反対してくれ、諏訪子様。いつもなら絶対に反対するはずだ。諏訪大戦の始まりだぞ。呆然としている諏訪子様に対して祈ってみるが……ええ? 嘘だろう? 了承しちゃうのか? 諏訪子様はバツが悪そうな顔で渋々頷いてしまった。

 

「……まあ、うん。早苗にだけ制限をかけようってのは虫のいい話だったかもね。真剣さが足りてなかったって点には同意するよ。」

 

「では、お前も禁止を呑めるな? 諏訪子。」

 

「あーあ、仕方ないか。おバカちゃんな早苗は面白くて可愛いけど、本物の馬鹿にはなって欲しくないもん。勉強はしっかりさせておかないとね。そろそろ『目標に向かって我慢して励む』ってことを学ばせとかないと、幻想郷に行った後じゃ余裕があるか分かんないし。」

 

「そういうことだな。加えて期生のこともある。マホウトコロは『エスカレーター式』だから進学自体はどうにでもなるだろうが、楽をした先に待っているものなど何もない。もう十六歳なんだから、いい加減厳しくやるべきだ。……早苗もそれでいいな?」

 

よくない。よくないぞ。味方を失っておろおろしている私に、諏訪子様がため息を吐きながら声をかけてくる。

 

「諦めな、早苗。今回は珍しいことに神奈子が正しいよ。幾ら何でも成績が一気に落ち過ぎたね。私たちも責任を取って一緒に我慢するから、あんたも我慢して勉強に励むように。」

 

「でも、だけど……いつまでですか? 具体的にいつまでゲームもテレビも禁止になるんでしょう?」

 

「飛行学を除いた全教科の最低の評価が三かつ、平均が四かつ、符学と社会非魔法学は五が欲しいな。どこかのテストでそうなったら解禁してやろう。ダメだったら期生になった後もこの体制を継続する。」

 

神奈子様が条件を提示してくるが……そんなの、そんなの絶対無理じゃないか。泣きそうな顔でふるふると首を振ってみるものの、お二方は一切の譲歩はしないという表情で言葉を重ねてきた。

 

「それでいいんじゃない? リーゼちゃんに甘えるようになる前までは、そのくらいの成績だったわけだしね。」

 

「それでは、早速始めよう。無論私たちも手伝えるように勉強するぞ。今日からは夜更かしも無しだ。授業中に眠くなってしまうからな。」

 

「んじゃ、史学はあんたが担当ね。私は植物学と、んー……天文学とか? 符学はどっちも教えられるっしょ。」

 

断固たる態度で勉強机に私を引っ張っていく神奈子様と、面倒くさそうな様子ながらも素直に教科書を手に取った諏訪子様。寮の自室は私の唯一の『安全地帯』だったのに、ここも危険な場所になってしまったようだ。うああ、勉強なんてやりたくない。ゲームがしたいぞ。

 

それでもお二方には逆らえないとのろのろした動作で席に座りつつ、東風谷早苗は今度の外出日にリーゼさんとアリスさんに助けを求めようと決意するのだった。

 

 

─────

 

 

「……あらまあ。」

 

花だらけじゃないか。ヴェイユ家の並んだ墓を色取り取りの花が包んでいるのを眺めつつ、アリス・マーガトロイドは柔らかい苦笑を浮かべていた。十八年。あれから十八年も経っているというのに、未だ命日には来訪者が絶えないらしい。我が友人ながら大したもんだな。

 

空が赤く染まっている十月三十一日の夕刻。テッサたちの命日であり、同時に咲夜の誕生日でもある今日、私は毎年恒例のお墓参りに来ているのだ。持ってきた花をそれぞれの墓前に供えている私に、珍しく同行を希望したリーゼ様が話しかけてくる。

 

「おいおい、この区画だけが花畑になっているじゃないか。こんなに誰が来たんだ?」

 

「私もこれだけの花があるのは予想外です。いつもはもう少し早い時間に来てたので気付きませんでしたけど、毎年この時間はこうなってたんでしょうか?」

 

「だと思うよ。節目の年ってわけでもないし、これが平均的な花の数なんだろうさ。……毎年同じ人物が来ているんじゃなくて、元生徒とかが別々の年に入れ替わりで来ているのかもね。」

 

「あー、そうかもしれませんね。テッサはホグワーツに長く勤めてましたから。」

 

『花畑』が表しているのがテッサの人柄であるならば、これ以上の人間はそうそう見つからないだろう。親友が今なお私を驚かせることに微笑みつつ、白い墓石をそっと撫でた。掃除も誰かがしてくれたらしい。今年は役目を取られちゃったな。

 

幻想郷に旅立つので、来年からはもう来られないかもしれない。墓石に触れたままでそのことを残念に思っていると、リーゼ様が墓地を見回しながら声をかけてきた。

 

「ま、場所はしっかりと覚えたよ。別にこれまでだって知らなかったわけじゃないが、次からは私が来ることになりそうだからね。改めて正確に把握しておきたかったんだ。」

 

「……代わりにお墓参りをしてくれるってことですか?」

 

「そりゃあそうさ。キミの大事な友人や、咲夜の親族の墓なんだぞ。……吸血鬼社会における『墓』と魔法界のそれは少し意味合いが違うが、キミたちにとって大切なものは私にとっても大切だ。それくらいのことはするよ。キミの両親の墓なんかも任せておきたまえ。」

 

言いながら肩を竦めたリーゼ様は、目をパチクリさせている私を見て照れ臭そうにそっぽを向くと、いつもより小さな声で『言い訳』を重ねてくる。

 

「まあ、パチェの両親の墓も毎年見に行っているしね。だったらキミたちの分もやらないと不公平だろう? 行って花を供えて、軽く杖魔法で掃除するくらいだったら何でもないさ。大したことじゃないよ。」

 

「パチュリーの両親のお墓に行ってたのは知りませんでした。」

 

「一応パチェをこっちの道に『引き込んだ』のは私なんだから、多少の責任はあるんだろうさ。義理を果たしているだけだよ。私は余計な借りを作るのが嫌いなんだ。」

 

「そうですか。……私が来られなくなっても、リーゼ様が来てくれるなら安心ですね。ありがとうございます。」

 

うーん、昔のリーゼ様なら『代わりに墓参りをする』なんて考えもしなかっただろう。やるやらない以前に、思い付きすらしなかったはず。これもまた彼女が人間と接して変わった部分の一つかと不思議な気持ちになりながら、私がお礼を口にしたところで……花を持った誰かがこちらに近付いてきた。スーツ姿でカウボーイハットを被っている男がだ。分かり易い恰好だな。

 

「あら、オグデン。貴方もお墓参りに来てくれたの?」

 

「やあ、監獄長君。」

 

言わずもがな、アズカバンの監獄長であるアルフレッド・オグデンだ。挨拶する私たちを目にしてちょっと嫌そうな表情になったオグデンは、やれやれと首を振りながら返事を返してくる。どうしてそんな顔になるんだ?

 

「どうも、お二人とも。……夕食時なら誰にも会わずに済むと思ったんですけどね。僕はつくづく運がないようです。」

 

「キミね、何故人が居ない時間を狙う必要があるんだい? 墓を暴こうとでもしていたのか?」

 

「ムーディ局長と一緒にしないでください。常識的な僕は墓を暴いたりはしませんよ。ただでさえ恨みを買いまくっているんですから、この上死者にまで恨まれたら目も当てられないじゃないですか。……大体、墓参りというのはみんなでわいわい楽しむようなものではないでしょう? 一人寂しくやるものです。だからそうしようと思っただけですよ。」

 

「墓参りの流儀に関してはともかくとして、ムーディが墓荒らしだったのは意外だね。ゴーストの犯罪者でも捕まえようとしたのかい? 霊体は捕まえられないから、死体の方をアズカバンにぶち込もうとしたとか?」

 

どういう会話なんだ、これは。呆れて見守っている私を他所に、ヴェイユ家のそれぞれの墓に別々の花を供えたオグデンが応答した。

 

「大昔の犯罪捜査で、棺の中の証拠を回収するために墓を掘り起こしたんですよ。まだ局長のパーツが全部揃っていた頃の話です。今は五歳児が組み立てた模型みたいになっちゃってますけどね。」

 

「五歳児をバカにしすぎだぞ、キミ。三歳児だってもっと上手く組み立てられるさ。」

 

リーゼ様から無茶苦茶な突っ込みが入ったところで、私もオグデンに質問を飛ばす。『常識的』な質問をだ。

 

「毎年来てくれてたの?」

 

「いいえ、ここに来たのはかなり久々です。……去年のアズカバンでの会話で決心が付きましてね。今年は来てみたわけですよ。」

 

「なるほどね、そういうこと。」

 

咲夜とのあの会話か。コゼットとアレックスの墓の前でそう答えたオグデンは、踵を返して別れの言葉を投げてきた。もう帰っちゃうのか? まだ来たばかりなのに。

 

「では、僕はこれで失礼します。」

 

「もう行くの?」

 

「……何をすればいいのかが分からないんですよ。僕は墓石に語りかけるってタイプじゃありませんし、『あの世』ってやつも信じちゃいませんから。」

 

「ふぅん? なのにここには来たわけだ。訳が分からんね。」

 

心底疑問だという声色のリーゼ様の問いに、オグデンはカウボーイハットを片手で押さえながら応じる。その顔に浮かんでいるのは苦い笑みだ。

 

「やっている自分でも訳が分かりませんが、来た意味はあったんだと思います。これでいいんですよ、僕は。何より花が多くて安心しました。……それでは、今度こそ失礼しますね。」

 

言うと、オグデンは杖を振って姿くらましで消えてしまうが……難しいな。私にはオグデンの内心が読み取れなかったぞ。発言も心の内も複雑なヤツだなとため息を吐いた私に、一度小さく鼻を鳴らしたリーゼ様が声を寄越してきた。

 

「相変わらず変なヤツだね。闇祓い局の連中はこれだからいけない。ハリーとロンが悪影響を受けなきゃいいんだが。」

 

「優秀な分、癖も強いってことなんですよ。……それじゃあ、私たちも行きましょうか。エマさんが夕食を作って待ってるでしょうし。」

 

「ん、もういいのかい?」

 

「移住前に咲夜と一緒に来るでしょうから、きちんとしたお別れはその時にします。掃除もされてるみたいですし、今日はもう大丈夫です。」

 

オグデンの細かい内心までは読み取れなかったけど、『花が多くて安心した』という部分だけは少し分かるぞ。これなら寂しくはないだろう。それを確認できただけで今日は満足だ。

 

私の返答を受けて、リーゼ様は杖を手にしながらこっくり首肯してくる。

 

「なら、帰ろうか。先に行くよ。」

 

「はい、了解です。……またね、テッサ。」

 

もう返事なんて返ってこないはずの白い墓石。それでも呼びかけるとテッサの声が聞こえてくるような気がするな。……まだ私は親友の声をきちんと覚えているわけか。陽だまりのようなあの元気な声を。

 

そのことに心の底から安心しつつ、アリス・マーガトロイドはゆっくりとイトスギの杖を振るのだった。

 


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