Game of Vampire 作:のみみず@白月
「さすがはミレニアムイヤーってだけあって、装飾にも気合が入っているね。……ふぅん? あの観覧車もほぼ完成しているじゃないか。もう乗れるのかい?」
ロンドン・アイか。ロンドンの中心街を横断するテムズ川。陽光を反射しているその川沿いを歩きながら問いかけてきたリーゼ様に、アリス・マーガトロイドは肩を竦めて応答していた。対岸に見えている観覧車は見事な大きさだ。天辺からの景色はさぞ素晴らしいものなんだろうな。
「完成自体はしてるみたいですけど、まだ乗れはしないそうです。本当は三十一日から開業する予定だったらしいんですけどね。マグル側の新聞に延びそうだって書いてありました。」
「つくづくこの国の人間たちは詰めが甘いね。いつもそんな感じじゃないか。」
まあうん、そう言われればそうだな。黒いコート姿で白い吐息を漏らすリーゼ様に苦笑しつつ、白いマフラーを巻き直してから先へと進む。十二月の中旬に入ったばかりの今日、私たちはマグル界のロンドンに出て買い物を楽しんでいるのだ。
移住に備えて幻想郷では手に入らない物を買っておいたり、リーゼ様の『別荘計画』のための家具なんかを見てみたり。明確に買う品を決めての買い物ではなく、ふらふらと気の向くままに店を巡っているわけだが……これってもしかして、デートなのかな? デートかもしれない。というか、ほぼデートだろう。百あったら九十二くらいはデートのはずだ。じゃあもう圧倒的にデートじゃないか。
リーゼ様は当然そんなことを思っちゃいないだろうけど、この世は主観で構成されているわけなんだから、観測者たる私がデートと判断しているならこれはデートだということだ。頭の中でケチの付けようもない完璧な思考を展開させつつ、テムズ川が続いている方向を指差して口を開いた。
「グリニッジの方にも大きなドームが出来たじゃないですか。あれもミレニアムプロジェクトの一環で、そこで三十一日から一日にかけて式典をやるみたいですよ。」
「式典ね。派手なのになりそうじゃないか。」
「行ってみますか? 咲夜と魔理沙もクリスマス休暇で帰ってきますし、夜だからエマさんも平気だと思いますよ。」
「マグルの式典にはそんなに興味を惹かれないが……ふむ、いっそ新年の瞬間に時計塔の鐘楼にでも忍び込んでみるかい?」
背後を振り返ってロンドンのシンボルを指しながら言ったリーゼ様に、苦笑いで返事を返す。
「魔法省からそういうことをするなって警告文が届いたじゃないですか。マグルの報道カメラとかに映っちゃう可能性があるから、『あまり羽目を外さないように』って。……かなり警戒してますよ、アメリアたち。全家庭に警告文を送るだけじゃなく、『要注意人物』の家を個別に訪問して注意したりもしてるみたいです。記憶修正にも限度がありますしね。」
「言っても聞かないのが魔法族だろうに。酔っ払った魔法使いたちが何かやらかすのが目に浮かぶようだよ。」
「記念すべき年ですもんね。……まあ、どっちにしろ鐘楼はやめておいた方がいいと思います。一日の零時には思いっきり鐘を鳴らしまくるでしょうから、鐘楼に居たら煩くて見物どころじゃありませんよ。」
「あー、それもそうか。新年早々鼓膜がイカれるのは楽しくなさそうだね。」
そこまで話したところで、リーゼ様は徐に……おー、凄いな。真冬に営業するとは気合が入っているじゃないか。川沿いの遊歩道に停車しているアイスクリームの販売車に近付いていく。こんな時期に売れるのかな? あるいは売れなさすぎて自棄になっているのかもしれない。
「買うんですか?」
「捻くれ者の私としては、見つけてしまったからには買わざるを得んね。真冬にアイスを売るとは気に入ったよ。マグルにも中々ぶっ飛んだヤツが居るじゃないか。」
「クレープもあるみたいですね。私はそっちを食べます。」
本物の魔女はまあ、真冬にアイスを食べても体調を崩すことはないものの……出来るからってやりたいとは限らないぞ。キッチンカーの上部にあるメニュー表を二人で眺めた後、買う物を決めてからカウンターに近寄る。チョコとバナナのクレープにしよう。
「やあ、フランボワーズとヨーグルトのアイスをカップで一つ頼むよ。」
「あと、チョコバナナクレープも一つ。」
「はいよ、5ポンドね。」
んー、微妙な値段設定だな。メニュー表の写真を見る限りではクレープもアイスも結構豪華な物なので、観光客向けとしては安い部類かもしれない。時期が時期だから値下げしているのかなと考えつつ、先に商品を受け取ったリーゼ様へと話しかけた。アイスは盛るだけだが、クレープは注文を受けてから焼くようだ。そりゃそうか。
「どうですか?」
「ん、まあまあ美味いよ。食べるかい? ほら。」
「……美味しいです。」
リーゼ様が自然な動作で差し出してきたスプーンにぱくりと食い付いてから、思わぬ幸運に内心で喜ぶ。今のはカップルみたいなやり取りだったんじゃないか? ヨーグルトの味を楽しみながら心中でガッツポーズをしていると、完成したクレープを渡してきた男性店主が一声かけてきた。
「はい、クレープも完成だ。仲が良いね。姉妹かい?」
「親子だよ。私が親だ。」
「へ?」
まあ、そういう反応になるだろうな。マグルだの魔法族だのは関係無しに、事情を知らない人からすればそうは見えないはずだ。リーゼ様が歩き出しながら放った答えにきょとんとしている店主へと、小さな声で訂正を加えてから私もその場を離れる。
「本当はカップルよ。」
更に意味が分からないという顔付きになってしまった店主を尻目にして、追いついたリーゼ様にクレープを頬張りながら声を投げた。むう、美味しいな。真冬でもめげずに営業しているだけあって、中々やるじゃないか。
「話を戻しますけど、どうします? ロンドンで年越しをしてみますか?」
「折角の記念の年なんだし、たまにはいいかもね。エマの夕食を食べた後、姿あらわしでロンドンに移動して一番派手で盛り上がるところだけを見物して、また姿あらわしで人形店に戻ってゆっくりしよう。……ハリーとロンは三十一日も仕事があると思うかい?」
「あると思います。執行部と惨事部は『羽目を外しすぎた』魔法使いたちの対処で大忙しでしょうから、きっと新人だろうと構わず駆り出されますよ。」
「残念だね。クリスマスは休めるといいんだが。」
テムズ川を通行中の船を横目に呟いたリーゼ様へと、口の端に付いてしまったチョコソースを舐め取りつつ返答を飛ばす。美味しいクレープなんだけど、具沢山すぎてソースが口に付いちゃうな。
「幾ら何でもクリスマスは休めますよ。今年も隠れ穴でパーティーですかね。」
「明後日ハリーたちと会うから、クリスマスパーティーについてはその時にでも話してみるさ。多分やるだろうけどね。キミたちにとってはイギリスで過ごす最後のクリスマスなんだし、あった方が嬉しいだろう?」
「ですね、思い出は残しておきたいです。……そういえば、早苗ちゃんたちはどうなんですか? 夏は結局イギリスには来ませんでしたけど。」
「冬休みに入ったら来るそうだ。二柱からちょっと気になる手紙が届いてね。そのことも話し合いたいと言うから、今回は旅行を許可したのさ。無論長居させるつもりはないが。」
イギリスで過ごす最後のクリスマスか。その事実に少しだけ寂しくなっているのを自覚しながら、甘いクレープをもう一口食べてリーゼ様へと疑問を送った。
「気になる手紙っていうのは?」
「内容も書き方もぼんやりしていて分かり難かったから、そこは早苗たちが来た後で詳しい事情を聞いてから話すよ。……ほら、チョコが付いているぞ。キミは基本的にはしっかり者なのに、相変わらず変なところで抜けているね。」
おおっと、またしてもラッキーだ。私の口の横に付いたチョコソースを背伸びして指で拭ったリーゼ様は、それをぺろりと舐めてから再び歩き始めるが……今のは良かったぞ。非常にグッドだ。よし、もう一回付けよう。あくまで自然な感じにしなければ。
何食わぬ顔で意図的にクリームを口の端に付けつつ、アリス・マーガトロイドはリーゼ様が気付いてくれるのをひたすら待つのだった。
─────
「どうする? 高速に入る前にコンビニに寄るか? 早く決めてくれ。私はサービスエリアでもいいぞ。」
神奈子様って、運転している時はやたらと気が急くタイプみたいだな。サングラスをかけている運転席の神様へと、助手席に座っている東風谷早苗はカーナビを弄りながら返事を返していた。操作方法が全然分かんないぞ。どうしてこんなに項目が多いんだろう?
「私、飲み物が欲しいです。おやつも。」
「寄りな、神奈子。私たちの可愛い祝子がおやつを御所望だよ。」
「寄るのはいいが、いちいち座席を蹴るのはやめろ。お前は何故そんなに暴力的なんだ。運転手への気遣いはどうした。何より『大蛇号』が可哀想じゃないか。」
「そのクソダサい名前を次に口にしたら怒るからね。だっさいステッカーをベタベタ貼って、喧しいマフラーとか無駄に高いハンドルに付け替えて、調子こいた内装にした挙句、見栄張って小難しいカーナビを買ったとこまでは許してやってもいいけど、ネーミングセンスだけは我慢ならないから。本気でキレるよ?」
後部座席からガシガシと運転席の背凭れを蹴りつつ主張する諏訪子様に、神奈子様が不服そうな声色で反論する。……まあ、私も『大蛇号』は嫌かな。車は素直に車種で呼ぶべきだと思うぞ。
「全部カッコいいだろうが。センスの無いヤツはこれだから困る。大蛇号は私が一からカスタムしているんだぞ。我が子のようなものだ。幻想郷にもしっかりと連れて行くからな。」
「『我が子』だって。気持ちわる。」
「おい、今何と言った? 降ろすぞ。お前だけ降ろしてやるからな。他人の趣味を否定するとは何事だ。……大体、いい歳して子供の見た目を使っているお前の方が余程に気持ちが悪いだろうが。一度病院に行っておけ、薄気味悪い若作り蛙め。」
「あ、言ったね? あんた、こんなに可愛い私に文句を言ったね? 美的センスがどうかしてるんじゃない? そんなんだから車もダサいんだよ。ダサ女!」
あーあ、また諏訪大戦か。第何万回目なんだろう? お二方の言い争いを聞き流しながら、諦めてカーナビの操作を切り上げた。さっぱり分かんないし、コンビニに着いたら神奈子様に任せるしかなさそうだ。余計な機能が多すぎるぞ。
冬休みに突入して二日目の今日、私たちは守矢神社から東京の日本魔法省に向かうために、神奈子様が運転する車で高速に乗ろうとしているところだ。冬休みは去年に引き続きイギリスに行けるということで、先ずはポートキーで出国するために魔法省を目指しているのである。
うーん、楽しみだな。テレビに映る芸能人たちが『年末は毎年海外に行きます』みたいなことを喋っているのを、昔の私は羨みながら見ていたわけだが……ふふん、今や私も『海外組』の仲間入りだ。お正月はさすがに神社でお仕事をしないとだけど、今年もギリギリまではイギリスで過ごせるかもしれないぞ。
何だかカッコいいライフスタイルを送っていることに笑みを浮かべていると、私たちが乗っている車が高速の入り口の手前にあるコンビニを通過してしまう。あれ? ここに行くんじゃなかったのかな? コンビニってこの先にもあったっけ?
「次に大蛇号の座席を蹴ったら、お前を紐で括り付けて引き摺り回してやるからな! 東京までずっとだ! ……私は本気だぞ。絶対にやってやる。前からやりたかったんだ。」
「だから『大蛇号』はやめろって言ってんでしょうが! ……ほれ、蹴ったよ? どうしたのさ、ダサ蛇女。次にダサダサ女が乗ってる安物運転席を蹴ったら、クソダサ中古車で可愛い私のことを引き摺り回すんじゃなかったの? やれるもんならやってみな。祟り神が安い脅しに屈するかっての。」
「よーし、分かった。いい度胸だ。大蛇号もお前の蛮行に激怒しているぞ。喜んで引き摺ってくれるだろう。トランクに牽引用の紐があるから、コンビニでお前を縛ってお望み通り東京まで引き摺り回し──」
「あのあの、そのコンビニを通り過ぎてませんか?」
お二方の罵り合いに割り込んで指摘してみれば、神奈子様はピタリと口を閉じた後で……唐突に計画の変更を宣言してきた。
「……やはり買い物はサービスエリアでしよう。折角高速に乗るんだからその方がいいはずだ。」
「あんた、忘れてたね? バカだから通り過ぎちゃったんでしょ? あー、やだやだ。脳みそが空っぽだからそういうことになるんだよ。」
「お前が余計なことばかりを言うからだ! 私は今運転をしているんだぞ。お前は知らんだろうが、運転には集中力が必要なんだよ。分かったら黙って乗っていろ。二度と喋るな。」
「神なんだから運転くらい片手間にやれっつの。」
大袈裟なため息と共に諏訪子様が毒づくのに、神奈子様は無視することで対応する。これは『停戦』したっぽいな。車内の雰囲気は未だギスギスしているから、『次』がある時の停戦の仕方だけど。
まあ、私はもう慣れちゃったぞ。飽きずに喧嘩を繰り広げるあたり、ある意味では仲が良いということなんだろう。高速の入り口でチケットを取った神奈子様を横目に考えつつ、カーナビを指差して声を上げた。
「神奈子様、道案内の設定の仕方が分かんないです。」
「ん? ……まあ、高速に乗っている間は大丈夫だろう。案内板に従えばどうにでもなる。サービスエリアで設定すれば問題ないはずだ。」
「そうなんですか? ならいいんですけど……ちなみに、テレビは観られないんですよね?」
「観られる機種のはずなんだがな。設定方法がよく分からないんだ。とりあえず取り付けるので精一杯だった。」
むう、残念だな。返答を受けて景色を眺め始めた私を他所に、諏訪子様が小さく鼻を鳴らして『意見』を飛ばす。
「意固地にならずにプロにやってもらえばよかったんだよ。自分でやろうとするからおかしなことになるんでしょ。」
「自分でやってこそ愛着が湧くものだ。構造への理解も進むし、工賃の節約にもなる。良いこと尽くめじゃないか。」
「無駄なもんばっか買ってるのに節約って言われてもね。ステッカーをやめれば取り付け費用なんて楽々払えたんじゃない? こんなシールに何であんな値段が付くのさ。」
「物の価値はそれぞれだ。私にとってはそれだけの価値がある物だったんだよ。何も知らずに浅い知識で口を出すのはやめてもらおうか。」
あー、マズいな。早くも停戦期間が終わっちゃいそうだぞ。車内に漂うキナ臭い空気を感じ取って、慌てて間に入っていく。風祝の役目は神々を鎮めることなのだ。
「それよりそれより、神奈子様は運転が上手くなりましたね。もう全然危なくないです。凄いです。カッコいいです。」
「慣れたからな。私は神だから慣れるのが早いんだ。神格に『運転』という権能を追加してもいいぞ。」
「運転の神様ですか。……あっ、御守り! 交通安全の御守りを神社で売りましょうよ! 神奈子様が運転の神様なら追加してもいいですよね? 絶対売れます。需要があるはずですもん。」
「……御守りか。まあ、いいと思うぞ。信仰になるからな。」
ありゃ? 表情的にあんまり乗り気じゃなさそうだな。どうしてなのかと首を傾げていると、諏訪子様が答えを教えてくれた。
「あんた、御守りを作るのが面倒くさいんでしょ? 顔に出てるよ。」
「……そう言うお前だって最近はサボっているじゃないか。やっと早苗の仕事を直接手伝えるようになったんだから、もう少し頑張ったらどうなんだ。私はきちんと『ノルマ』を達成しているぞ。」
「だってだって、『御守り作り』は本来私たちの仕事じゃないじゃん。御守りは小さい『分社』みたいなもんなんだからさ、それを神が手ずから作るってのは変だよ。人間の仕事っしょ。」
「……すみません、私が不甲斐ないばっかりに。」
うう、その通りだな。御守りの袋を作ったり、内符に一筆したためるのは守矢神社では風祝の役目であって、当然ながら神々が直接やる仕事じゃない。神々の仕事は御守りを買ってくれた人たちに然るべき御利益を与えることだ。しゅんとしながら謝った私に、神奈子様が慰めをかけてくれる。
「待て待て、早苗の所為じゃないぞ。仕方がないじゃないか。学業で忙しいんだから、御守りを作る時間なんて無いはずだ。……おい、諏訪子。早苗に謝れ。この子は頑張っているんだからな。御守り作りだけはゲームよりも漫画よりも優先していたほどなんだぞ。」
「まあそうだけどさぁ、袋はもう業者から買っちゃおうよ。最近じゃどこもやってることじゃん。今日日手縫いで作ってる神社なんて他にある?」
「でも、お父さんとお母さんはきちんと作ってました。自分たちが祭ってる神様の御守りなんだから、一から責任を持って自分たちで作らないとダメだって。だから私もそれはやめたくないです。」
「諏訪子、お前が悪いぞ。早苗の言っていることは完全に正しい。お前も昔は手縫いを続けていることに感心していたじゃないか。いつからそんな悪い神になってしまったんだ。」
神奈子様が運転しながら注意すると、諏訪子様はバツの悪そうな声色で謝罪を送ってきた。感心していたのか。お父さんとお母さんの頑張りは神に届いていたようだ。
「あー……まあ、悪かったよ。別に手縫いが悪いって意味じゃないんだって。そりゃあそっちの方が良いに決まってるけど、無理してやるほどではないってこと。むしろ力を入れるべきは内符っしょ? 紙じゃなくて木札にしない? そっちの方がイケてるじゃん。」
「そんな金は無い。一個の原価が上がってしまうだろうが。」
「その分値段を上げればいいでしょ。」
「中身は基本的に取り出さない物なんだから、それを変えて値上げしたところで誰が納得する? 何も変わっていないのに高くなったと判断されるのがオチだ。そもそも売れていないのに、値段なんか上げたら目も当てられないだろうが。」
……何か、論点がズレてきたな。いきなり世俗的な話になって困惑している私を尻目に、諏訪子様が神奈子様へと抗弁を放つ。
「看板か何かに書けばいいじゃん。『内符を紙から木札に変えたので、御利益が二倍になりました』って。」
「どういう神社だ。『御利益が二倍』のところは完全に嘘じゃないか。紙でも木札でもあまり変わらんぞ。」
「そこはほら、私たちが二倍祈ればいいっしょ。……でもさ、実際御守りの力って上がってるはずだよね? 今はリーゼちゃんから札を『支給』してもらってて、神力が前よりマシになってるわけなんだから、そしたら御守りの効果も増してるはずじゃんか。」
「それは……ふむ、そうだな。そのはずだ。」
そうなんだ。知らなかったぞ。意外な事実に私が驚いている間にも、お二方の『神社経営会議』は進行していく。
「そうなるとだよ? 値段が前のままってのはおかしくない? 効果が増してるんだから値上げして当たり前じゃん。……うわ、そうじゃんか。よく考えたら変だよ、今の状況。」
「……一理あるな。正当な値上げに思えるぞ。」
「ほらね? そうでしょ? ……値段、上げてみる?」
いやいや、それは無理なんじゃないか? 真剣に値上げを検討し始めたお二方へと、おずおずと『人間側』の見解を口にする。
「あのですね、私が思うに内符の件と一緒で変化が分からないんじゃないでしょうか? 御守り自体は何にも変わってないわけですし。」
「しかしだな、早苗。力は増しているんだぞ。パワーアップバージョンだ。」
「御守りの『パワーアップ』なんて聞いたことないですよ。『神様の神力が増したので、御守りのパワーが上がりました。だから値上げします。』って看板を置いてみますか?」
「……まあ、そうだな。それは無理そうだ。やめておくか。」
神奈子様が渋々諦めたところで、サービスエリアの入り口が見えてきた。ここは確かちょっと大きめのサービスエリアだったはずだ。神様の運転で車がそこに入っていく中、諏訪子様が疲れたように結論を述べる。
「ま、何にせよ交通安全の御守りを追加するのは悪くないかな。種類が増えれば売り場の見た目も華やかになるっしょ。年明けに間に合うようにみんなで作ろっか。」
「そうしましょう。何色がいいですかね?」
「んー、まだ使ってない色だと……紫とか? それっぽくない?」
「紫ですか。いいですね、デザインを考えておきま──」
私が笑顔で応答した瞬間、『ガンッ』という音と衝撃が車内に響く。……わあ、後ろを壁にぶつけちゃったようだ。神奈子様が久々に『駐車ミス』をしたらしい。
「……間隔が掴み難かったんだ。何も壊していないよな?」
「ぽんこつな主人を持った哀れな大蛇号以外はね。……やっぱやめとこうか、御守り。『交通安全』にすると嘘になっちゃうみたいだし。」
リアガラスから外を覗き込んでいる諏訪子様の冷めた声での決断に、微妙な表情で曖昧に首肯する。まあうん、そうした方がいいかもしれない。神奈子様の権能に『運転』を追加するのはまだ早かったようだ。『粗悪品』を売っちゃうところだったな。
額を押さえてため息を吐く神奈子様を横目にしつつ、東風谷早苗は大蛇号の傷が浅いことを願うのだった。