Game of Vampire   作:のみみず@白月

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最後のクリスマス休暇

 

 

「おっす、ただいま。」

 

いやはや、やっと着いたぞ。人形店の暖炉からリビングルームに足を踏み入れつつ、霧雨魔理沙は荷物を床に置いて伸びをしていた。今回の列車の旅では咲夜が途中で寝てしまったため、後半は一人で黙々と箒作りをしていたのだ。ホグワーツ特急での移動が長いと感じたのは初めてだぞ。

 

十二月二十二日の午後。クリスマス休暇に入った私と咲夜は、いつものように深紅の列車でホグワーツ城からダイアゴン横丁に帰ってきたわけだ。銀髪ちゃんに続いて煙突飛行で帰宅した私に、部屋の面々が声をかけてくる。

 

「お帰り、魔理沙。」

 

「お帰りなさい、魔理沙ちゃん。テーブルにおやつがありますよ。」

 

「やあ、魔女っ子。キミにしては珍しく疲れているようじゃないか。」

 

全員揃っているのか。一人掛けのソファに座って本を読んでいるアリス、キッチンで作業中のエマ、三人掛けのソファに寝転がっているリーゼの順での返答を受けて、ダイニングテーブルに歩み寄りつつ応答を放った。既に荷物の片付けを始めている咲夜の方を指差しながらだ。

 

「咲夜が途中で寝ちゃったんだよ。だから暇になって、ずっと箒を作ってたんだ。」

 

「二人だけで乗ったのかい?」

 

「お前らもジニーとルーナも全員卒業しちまったからな。一人よりはマシだが、やっぱり寂しいものがあるぜ。……おー、アップルクランブルだ。美味そうじゃんか。」

 

「バニラアイスもありますよ? 一緒に食べますか?」

 

至れり尽くせりだな。絶対に合うじゃないか、そんなもん。問いかけてきたエマに大きく首肯してから、椅子に座ってアップルクランブルを皿に盛ろうとしたところで、ジト目の咲夜が注意を寄越してくる。

 

「魔理沙、手。」

 

「へいへい、スコージファイ(清めよ)。これで文句ないだろ?」

 

「それと、寝ちゃったのは謝ったでしょ。しつこいわよ。そっちだってコンパートメントを木屑だらけにした癖に。」

 

「出るときにちゃんと片付けたじゃんか。……ま、ホグワーツに戻る時はアレシアあたりを誘ってみるさ。長旅に話し相手は必要だぜ。」

 

杖魔法で手を綺麗にしてから言った私に、いつの間にか本を閉じていたアリスがクスクス微笑みながら応じてきた。今度は小さな布を切ったり縫ったりしているようだ。人形の服でも作っているのかな? 裁縫の本を参考にして作業しているのかもしれない。

 

「本来生徒同士の仲を深めるためにある列車だからね。二人だけだと暇なのは当たり前のことよ。」

 

「そうなのか?」

 

「ヨーロッパ特急なんかと比べて距離に対する移動時間が遥かに長いでしょう? あえて乗車時間を長くしているんだと思うわ。ホグワーツ特急が使われ始めたばかりの頃ならともかくとして、今はもっと短時間で移動できるはずだもの。」

 

うーむ、分からなくもない措置だな。新入生は大抵ホグワーツ特急で友達と出会い、列車の旅の時間を利用して仲良くなるものだ。四寮のことを話し合ったり、ホグワーツ城での暮らしを想像したり。不思議がたっぷり詰まった『魔法の学校』に向かっている道中なんだから、話題に困ることなど絶対に無いだろう。

 

アリスの説明に納得している私を他所に、三人掛けのソファを占領しているリーゼが指摘を飛ばす。咲夜を手招きしながらだ。

 

「咲夜、こっちにおいで。……九月一日に学校に向かう時はまあ分かるが、クリスマス休暇の時は早く着いた方が嬉しいんじゃないか?」

 

「新入生の出会いの場だったり、卒業生が別れを惜しみ合う場であるのと同時に、在校生同士の交流の場でもあるってことなんじゃないでしょうか? ……私は結構好きでしたけどね、ホグワーツ特急での移動時間。城に居ると寮ごとでの行動が多いですけど、あの時ばかりは他寮の友人と長く一緒に居られましたから。」

 

「あー、なるほど。他寮との関わりか。確かにホグワーツ特急には『縄張り』が無いね。四寮がごちゃごちゃに利用している感じだ。」

 

近付いてきた咲夜を毎度のごとく『抱き枕』にしながら同意しているリーゼだが……むう、私も何となく分かるぞ。例えば大広間では長時間他寮のテーブルに居座るのが『あまり良くないこと』とされている雰囲気があるし、合同授業は二寮ずつのケースが多いので頻繁に一緒に受けられるわけではない。他寮に仲の良い友達が居たアリスやフランドールは苦労したのかもしれないな。

 

エマがバニラアイスを載せてくれたアップルクランブルを頬張りながら考えていると、リーゼが咲夜に質問するのが耳に届く。サクサクしていてめちゃくちゃ美味いな。料理の技術はホグワーツの厨房を担うしもべ妖精たちもかなりのものだが、ことお菓子に関しては迷わずエマに軍配が上がるほどだ。さすがだぞ。

 

「そんなことより、ホグワーツで何かトラブルは起きていないのかい? そろそろ発生しないとおかしいわけだが。」

 

「えっとですね、今のところ順調で平穏な学生生活を送れてます。私は勉強を頑張れてますし、グリフィンドールチームは初戦で勝ちを収めましたし、事件らしい事件は何も起きてません。問題ゼロです。」

 

「……妙だね。不気味に過ぎるぞ。そんなことが有り得るか?」

 

ソファから起き上がって真剣な表情で熟考し始めたリーゼに、肩を竦めて意見を送った。私たちからすれば妙だが、本来これが普通なんだと思うぞ。

 

「不気味なのには同意するけどよ、兎にも角にも今学期はトラブルが起きそうにないんだ。新任教師無し、イベント無し、魔女からの手紙も無し、おまけに死喰い人の『し』の字も出てきてない。喜んでくれ、リーゼ。どうやら私たちはお前らの世代の無念を晴らせそうだぜ。」

 

「……まあ、まだ十二月だ。ここからでも巻き返せるさ。」

 

「お前な、トラブルがあって欲しいのかよ。素直に平穏な年だって認めたらどうなんだ?」

 

「私たちの世代は七年中七年トラブルがあったんだぞ。キミたちだって七年中六年は巻き込まれたわけだろう? これで油断するのはバカだけだね。私は騙されないからな。」

 

油断大敵ってか? ムーディじゃないんだから、被害妄想はやめろよな。全然信じていないリーゼを見てやれやれと首を振りつつ、エマから紅茶を受け取って話題を変える。

 

「あんがとよ、エマ。……んで、クリスマスの予定はどうなるんだ? 隠れ穴に行くんだろ? ジニーからの手紙にルーナも来るって書いてあったぜ。」

 

「クリスマスの昼間は隠れ穴で恒例のパーティーで、夜はこれまた例年通り人形店で過ごすことになりそうだが……年末の年越しの瞬間だけロンドンに行こうって話が出ていてね。キミたちはどうしたい?」

 

「年越しの瞬間だけ? ……そっか、ミレニアムイヤーだもんな。何かイベントがあるってことだろ?」

 

「そういうことさ。グリニッジのドームでマグルたちの式典があって、テムズ川沿いに派手な花火が上がりまくって、時計塔の鐘が鳴り響くらしいよ。鐘は毎年のことだがね。」

 

派手でいいじゃんか。俄然興味が湧いてきたことを自覚しながら、即座にリーゼへと返事を返す。

 

「そんなもん行きたいに決まってるだろ。こういう時は周りと一緒にアホみたいに騒ぐのが正解だぜ。」

 

「ま、キミはそう言うだろうね。咲夜はどうだい?」

 

「私はリーゼお嬢様が行きたいなら行きたいですし、行きたくないなら行きたくないです。」

 

「うんうん、従者として百点満点の答えだ。花マルをあげよう。」

 

何だそりゃ。咲夜を『よしよし』するリーゼと、幸せそうにそれを受ける銀髪ちゃん。ぽんこつ主従コンビの気が抜けるやり取りを眺めた後で、空になった皿を流しに運びながら話を進めた。もうちょっと食べたい気もするが、食べ過ぎると夕食が腹に入らんだろうし……うん、潔く諦めるとしよう。また作ってもらえばいいさ。

 

「結局行くってことでいいんだよな? 私たちだけで行くのか?」

 

「早苗も来るよ。ちなみに哀れな新人闇祓いコンビは仕事をしていて、ハーマイオニーは家で両親とテレビ中継を観るらしいね。」

 

「東風谷が? ……いやいや、大丈夫なのか? 実家が神社なんだろ? 日本に帰るべきだと思うんだが。」

 

「二柱を含めた早苗以外の全員がそう思っているよ。」

 

心底呆れたように呟いたリーゼに続いて、苦笑いのアリスが詳細を教えてくれる。一月一日は神社にとって物凄く重要な『稼ぎ時』じゃないのか?

 

「こっちで年を越した後、すぐにポートキーで守矢神社に帰るのよ。リーゼ様が魔法省に申請してくれたから、私が『ロンドン発守矢神社行き』のポートキーを作れるってわけ。」

 

「そりゃまた、強引なやり方だな。何だってそこまでするんだ?」

 

「早苗ちゃんがどうしてもロンドンで年を越したいって主張したのよ。それにリーゼ様が折れた感じね。……『折れた』と言うか、『折られた』って表現すべきかもしれないけど。」

 

「東風谷のやつ、また『成長』してるのか? ……にしたって帰るべきだろ。二年参りをする参拝客とかが困ると思うぞ。」

 

私は神道の仕来りにそれほど詳しくないが、大晦日や元日の神社を留守にするのは問題に感じられてしまうぞ。そこまで信心深くない私ですらそうなんだから、神道を重んじている人からすれば尚更だろう。席に戻って唸っている私へと、リーゼが大きくため息を吐いて応答してきた。

 

「早苗の主張によれば、神社の祭神が直接オーケーを出しているんだから問題ないんだそうだ。大した巫女だよ、あの子は。神に振り回されるんじゃなくて、神を振り回すタイプの神職だね。厳密に言えば『巫女』じゃなくて『祝子』だというのが本当にしっくり来るよ。」

 

「神の許可か。……そうなると特殊なケースすぎて何とも言えんな。神がいいって言うならそりゃ問題ないのかもしれんけどよ、そんなの参拝客には説明できないだろ。」

 

曲がりなりにも筋が通っているあたりが恐ろしいぞ。神に『直談判』できることの強みを再認識している私に、リーゼから頬をむにむにされている咲夜がワンテンポ遅れた疑問を寄越してくる。

 

「魔理沙、『二年参り』って何?」

 

「あーっと、年越しの時に神社にお参りすることだよ。だからつまり、三十一日から一日にかけての深夜に参拝するってわけだ。私も詳しく知ってるわけじゃないが、普通にお参りするよりそっちの方が良いらしいぜ。何が『良い』のかは分からんけどな。」

 

「……でも、洩矢さんも八坂さんもその時間に神社には居ないのよね? イギリスに居るわけなんだから。それで大丈夫なの?」

 

「『大丈夫』じゃないだろ。私だったらわざわざ大晦日の真夜中にお参りに行って、神が外国のニューイヤーイベントで留守だったら悲しくなるぜ。どんな状況だよ。」

 

アホらしい気分で応じてみれば、鼻を鳴らしたリーゼが曖昧なフォローを投げてきた。

 

「その点に関してだけは『大丈夫』なんじゃないか? 叶うかどうかはともかくとして、別に祈りは届くだろうさ。神社や教会ってのは神に信仰を送るための施設だからね。実際に近くに居るかどうかは問題じゃないはずだ。」

 

「そうなのか? ……ああでも、そう言われりゃそうか。外界だと同じ神を祭ってる神社は沢山あるもんな。不在だからって祈りが届かないことはないわけだ。」

 

「それに、三十一日の昼に神奈子と諏訪子が一度神社に戻って明かりとかを準備するらしいよ。二柱は札さえあれば向こうで顕現できるからね。東風谷家のリビングに何枚か『緊急用』の札が置いてあるんだそうだ。」

 

「神が自分で準備をするのかよ。そこまで行くとある意味参拝のし甲斐があるのかもな。」

 

豪華なのか抜けているのか分からんような話だな。今年の守矢神社は多分、神が手ずから迎える準備をしてくれる世界で唯一の神社になるだろう。不思議な話に呆れようか感心しようかを迷っていると、アリスが私と咲夜に声を放ってくる。

 

「明日早苗ちゃんと会うけど、貴女たちも来る?」

 

「ああ、もうイギリスには来てるのか。行こうかな。久々に会いたいし。」

 

「リーゼお嬢様は行くんですか?」

 

「私は明日スイスに行くんだ。アピスに頼まなくちゃいけないことがあってね。」

 

首肯した私の後でリーゼに問いかけた咲夜は、主人の返答を聞いて自分の選択を口にした。

 

「じゃあ、そっちについて行くのはダメなんでしょうか?」

 

「ん、いいよ。一緒に行こうか。……アリス、睨まないでくれ。アピスの方から明日を指定されたんだから仕方がないだろう? 今回は本当に狙って予定を重ねたわけじゃないよ。」

 

「『今回は』ですか。……埋め合わせはしてもらいますからね。」

 

「分かっているよ。今度キミの行きたい場所に連れて行くから、それで許してくれたまえ。」

 

アリスがリーゼを責めるという珍しい光景が繰り広げられた後、満足そうに一つ頷いた先輩魔女どのが口を開く。

 

「まあ、それならいいです。……明日は私と魔理沙が早苗ちゃんたちと買い物をして、リーゼ様と咲夜がアピスさんとの話し合いってことですね。」

 

「そうなるね。他にも結構予定が詰まっているし、例年よりも忙しい年末になりそうかな。……そうだ、魔理沙。キミは『蛇の妖怪』と聞いて何を思い浮かべる?」

 

蛇の妖怪? 急な質問に困惑しつつ、とりあえずリーゼへと答えを返した。

 

「何だよ、藪から棒に。蛇、蛇な。……沢山居るイメージはあるんだが、いざ考えるとパッとは思い浮かばないぜ。」

 

「ふぅん? 幻想郷に蛇の妖怪は居なかったのかい?」

 

「蛇の姿の低級妖怪くらいなら、遠巻きに見たことがある……はずだ。でもまあ、低級妖怪は名前らしい名前を持ってないからな。っていうか、何で急にそんなことを聞くんだ?」

 

「いやなに、早苗にちょっかいをかけてきた蛇が居てね。普通の蛇なのか妖蛇なのかが判断し切れなくて困っているのさ。明日アピスのところに行く理由の一つはそれなんだよ。」

 

アピスに調査を依頼するってことか。しかし、『妖蛇』? 何だか物騒だな。軽い感じに肩を竦めたリーゼに対して、腕を組みながら声を飛ばす。

 

「東風谷は無事なんだよな?」

 

「あの子は全然無事だよ。吸血鬼と関わっているのに、あまりにも無事すぎて困っているくらいだ。明日会って確かめたまえ。……ま、十中八九普通の蛇だろうがね。他の用件のついでに一応調べてもらおうってだけさ。」

 

「ちゃんと気にかけてやれよな。東風谷はお前が『こっち側』に引き込んだんだから。」

 

リーゼに注意を送った後、トランクを開けて作りかけの柄を取り出しながら思考を回す。毎年ホグワーツを襲っていたトラブルが、リーゼを通して東風谷に『感染』したんじゃないよな? マホウトコロがどうにかならなきゃいいんだが。ホグワーツが『非常識な学校』だからあれで済んでいたのであって、常識的な学校には荷が重いと思うぞ。

 

どうかそうじゃありませんようにと願いつつ、霧雨魔理沙は自作の箒の柄のバランスを調整し始めるのだった。

 


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