Game of Vampire 作:のみみず@白月
「あー、神性ね。そっちの可能性もあったか。同族となんてもう百年以上会ってないから、すっかり頭から抜け落ちてたよ。」
目の前の和紙に筆を滑らせながらの諏訪子の相槌を受けて、アンネリーゼ・バートリは一つ頷いていた。『厄除けグッズ』の中に入れるらしい小さな紙に、次々と『守矢大明神』と書いているわけだが……偽名の方を書いてどうするんだよ。そこは『洩矢神』と書くべきじゃないのか? 相変わらず複雑な神社だな。
雪ではなく冷たいみぞれが降っている、十二月二十四日の午前中。現在の私は早苗たちが泊まっているホテルの部屋で、二柱と蛇についての話し合いを行っているところだ。ちなみにアリスと咲夜は人形店に残っており、唯一ついて来た魔理沙は三バカの作業を手伝わされている。
三バカ曰く、今年は一月一日の朝に帰国することになったので、イギリスに居る間に『商売』の準備をしておかなければならないんだそうだ。早苗は向こうのソファで小さな布袋のような物をせっせと縫っており、魔理沙はその隣で布の裁断をやっていて、諏訪子はテーブルの私の対面で『偽サイン』を量産中、そして斜向かいの神奈子は……こいつが一番意味不明だな。祟り神の隣で何をしているのかと思ったら、矢を作っていたらしい。
どうしてこの時世に矢を作っているのかと疑問に思っていると、その神奈子が相方に続いて意見を述べてきた。手を忙しなく動かしながらだ。
「確かに神性であれば札の力など痛くも痒くもないだろうが、それにしたって腑に落ちないな。とてもじゃないが『同業者』には見えなかったぞ。大体、神性なら普通に挨拶してくるはずだ。」
「まあ、可能性の一つとして提示しただけさ。調査の依頼中に蛇の人外の話題になって、情報屋から神性にも蛇は居ると言われたんだよ。……それよりキミ、何だって矢を作っているんだい? 時代遅れにも程があるぞ。」
「これは破魔矢だ。神社で売るんだよ。……おみくじの中身や絵馬はさすがに業者から買っているが、作れる物は自分たちで作るべきだからな。破魔矢はそんなに多く売れる物じゃないし、値段もそれなりに高い。だったら利益のためにも信者のためにも、軍神たる私が直接作るべきだろう?」
「ふぅん? 『破魔矢』ね。退魔の矢ということか? ……にしては全然神力を感じないんだが。ピリッともしないぞ。」
丸っこい矢尻をちょんちょんと触りながら突っ込んでやれば、神奈子は仏頂面で言い訳を寄越してくる。実際の矢としては使えなさそうだな。あくまで飾り物ってことなのかもしれない。
「矢尻だけは作れないから買った物だし、そもそもこれはまだ完成していない。完成したら『ピリッと』はするはずだ。」
「悲しい話だね。幻想郷の神社ではあれほどの札が手に入るというのに、守矢神社では神が手ずから作って『ピリッと』する程度なのか。」
「言っておくが、現代基準では物凄く質が良い方なんだからな。幻想郷の神社とやらが異常なだけだ。少なくとも業者から買った物を祈祷した後で売るよりは、神がその手で作った矢を売った方が購入者だって嬉しいはずだぞ。……ふむ、『軍神お手製の破魔矢』というのを売り文句にしてみるか? どう思う? 諏訪子。」
「やめときな、変な新興宗教感が出ちゃうから。……あーもう、腕が疲れるなぁ。一枚書いて印刷するんじゃダメなの? 何百年前のやり方なのさ、これ。」
筆を硯に置いて腕をぷらぷらさせながら言う諏訪子に、神奈子が呆れた口調で否定を放った。
「ダメに決まっているだろうが。……きちんと一枚一枚心を込めて書いているか? 神として内符で妥協するわけにはいかないぞ。」
「それはちゃんとやってるけどさぁ、折角ロンドンで遊べると思ってたのにこれじゃあね。やる気も出ないってもんだよ。」
「キミね、わざわざ私が道具一式を取りに行ってやったことを忘れるなよ? どうしても必要だと言うから行ってやったんじゃないか。無駄にしたら許さんからな。」
ギリギリまで滞在することが急遽決定したので、裁縫道具や布や筆なんかは私が守矢神社に取りに行く羽目になったのだ。単独で日本に移動した後、姿あらわしで長野に向かい、神社側で顕現した二柱から道具を受け取って、そのままイギリスにとんぼ返りしたのである。遠く離れた神社に顕現は出来ても、さすがに物までは持って来られないらしい。
余計な仕事を増やされて苛々している私へと、諏訪子がため息を吐いてからやる気のなさそうな声で応答してきた。何だよその態度は。
「へいへい、頑張りますよっと。少しでも稼いで借金返済に充てないとね。……嫌になるよ。稼いでも稼いでも楽にならず。こういうのを『借金苦』って言うのかな。」
「そんな台詞を吐けるほど頑張っていないし、キミたちの場合は百パーセント自業自得だろうが。そもそもだ、あんな寂れた神社で売れるものなのかい? 誰が買っていくんだ?」
「あ、バカにしたね? ちょっと神奈子、私たちの神社がバカにされてるよ。言ってやりな。」
「正月だけは『比較的』参拝客が多いから、一応は売れるんだ。……より厳密に言えば正月しか売れない。正月以外は無人販売所で売っているんだが、泥棒を警戒する必要すらない程度の売れ行きだからな。故にこの機を逃すわけにはいかないんだよ。」
うーむ、世知辛いな。やたらと現実的なことを語る軍神に、肩を竦めて口を開く。経営難の神か。妖怪からしても物悲しくなってくるぞ。
「そんなんで幻想郷でやっていけるのかい? 仮に私が破魔矢とやらを欲していた場合、守矢神社では買わないと思うぞ。いつも利用している方の神社で買うよ。あれだけの札を作れるんだから、矢にしたって余程に強力な物が手に入るだろうさ。」
「いやいや、リーゼちゃんはうちの信者なんだからうちで買いなよ。何で他所の神社で買うのさ。浮気者にはバチが当たるよ? っていうか、当てるよ?」
「キミたちの『信者』になった覚えはないぞ。それを言うなら『金主』だろうが。奴隷のようにあくせく働いて貸した分を返したまえ。」
「うわぁ、わっるい台詞。神を奴隷扱いするのはこの世でリーゼちゃんだけだよ。私たちは『同盟者』じゃん、友達じゃん、仲間じゃん。はい、仲直りの握手しよ? 身内の握手。」
違うぞ、お前たちは債務者だ。それ以上でもそれ以下でもない。笑顔で手を差し出してきた諏訪子を冷めた視線で無視していると、神奈子が小さく鼻を鳴らして話しかけてくる。
「まあ、心配するな。幻想郷の神社がどれほどのものかは知らんが、私たちが移住した暁には『シェア』を根こそぎ奪ってやるさ。そのうち向こうの矢が『ピリッと』になって、私たちの矢が強力な物になっているはずだ。幻想郷中の信仰を独占してやろう。」
「毎回思うんだがね、キミの自信はどこから出てくるんだい? 実に不思議だよ。」
「バカってのは大概自信家なの。早苗を見てれば分かるっしょ? つまりこいつもバカってこと。守矢神社で賢いのは私だけだよ。」
「余計なことを言っていないで手を動かせ、諏訪子。最初から諦めている者に成功は掴めないはずだ。私と早苗は成功者で、お前は失敗者ということだな。」
私からすれば三人とも同じレベルだぞ。睨み合う二柱にやれやれと首を振った後、ズレにズレた話題を当初のものに戻す。
「とにかく、細川京介と蛇に関しては情報屋に調査を依頼したからね。まあまあ優秀なヤツだから、結果を見れば何かしらの進展は得られるはずだ。今は大人しく調査結果を待とう。」
「ん、おっけー。……ちなみにさ、その情報屋って誰なの? 妖怪なんでしょ? 有名なヤツ?」
「アピスと名乗っている大妖怪だよ。兎にも角にも謎が多いヤツでね、詳しいことはさっぱり分からん。種族も、出身地も、思想も、調査方法も年齢も曖昧なのさ。本当に妖怪なのかすら微妙なところだ。」
「ふーん、『アピス』ね。私は聞いたことないかな。神奈子は?」
実際の名前……というか、『妖怪としての元々の名前』は違うのかもしれんな。とはいえ情報屋としてあれだけの実力を持っているのだから、探ろうとしたって容易に探り出せるものではないだろう。おまけに知ったところで現状では何のメリットもない。精々好奇心が満たされる程度だ。もうすぐ幻想郷に行くんだし、古馴染みらしい美鈴にでも詳しく聞いてみるか。
アピスについての謎を内心で完結させた私を他所に、神奈子はさほど興味がなさそうな顔付きで首を横に振った。
「私も知らん。単純に日本を縄張りにしていなかった妖怪なんじゃないか?」
「そういえば、『日本は苦手な土地』とか何とかって言っていたね。それにしては日本での調査を渋らないし、結果も出してきているが。……ああ、そうだ。そのアピスからもう一つ面白い話を聞いたよ。『相柳』に関する話を。」
「どちらの『相柳』のことだ? 魔法界の人物か、それとも大妖怪か。」
おや、二柱は相柳の正体を知っていたのか。反応を見せてきた神奈子へと、墨を乾かした和紙に朱印を捺し始めた諏訪子を横目に返事を返す。文句を言いながらも結構丁寧にやっているな、こいつ。
「妖怪の方だ。私は話を聞くまで日本魔法史上の人物としてしか知らなかったけどね。日本の神性たちと一戦交えたんだって?」
「らしいな。私たちは参戦していないから実際に見たわけではないが、出雲で大きな戦いを繰り広げたと聞いている。神々が直接表に出た戦いとしては最後のものだと言えるだろう。」
「ふぅん? 参加はしていないのか。呼ばれなかったのかい?」
「いや、召集を無視した。私たちだけではなく、大多数の地域神がそうしたはずだ。その頃の私たちはもう完全に諏訪の神になっていたし、優先すべき諏訪の地は騒動と関係がなかったからな。余程のことでなければ他所の争いに首を突っ込んだりはしないさ。中央の神だった昔とは違う。」
そういうものなのか。自分たちの縄張りが最優先ってことか? そこは妖怪も神性も大して変わらないらしい。案外ドライなんだなという感想を抱きつつ、二柱への質問を重ねた。
「私は全然知らないから、参加していないとしてもキミたちの方が詳しいはずだ。経緯を教えてくれたまえよ。興味があってね。」
「『経緯』って言われてもさ、ごくごく有り触れた話らしいよ。相柳が人間を操って人間を殺しまくろうとして、それにキレちゃった中央の神々が人間を動かして相柳を殺そうとしたの。んでもって序盤は人間同士で戦わせてたんだけど、徐々に相柳が大妖怪を勢力に引き入れて表立って戦わせ始めたから、神々も直接出ざるを得なくなった結果……まあ、最後の方は人妖神が入り乱れた大乱闘になったんだってさ。可哀想だよねぇ、人間。利用されて巻き込まれただけじゃんか。」
「それは毎度のことだろう? 神性たちの側に付いた妖怪も居たと聞いたが、それはどうなんだい?」
「うん、ちょびっとだけ居たらしいね。そもそもさ、人間を必要以上に殺しまくったら信仰と同じように恐怖も得られなくなるじゃん。それを危惧した妖怪が相柳を止めようとしたとかじゃない?」
「おいおい、そこまでの騒ぎだったのか? 多少人間の数が減る程度では『危惧』とまではいかないはずだぞ。」
恐怖が得られなくなるほどとなると、文明が崩壊するとかってレベルの話になってしまうぞ。怪訝な気分で諏訪子の答えに問いを返してやれば、今度は神奈子が応じてくる。
「相柳は日本を『妖怪の国』にすることを企てていたらしいな。実に馬鹿馬鹿しい話だが、神々が直接出張ったということは無視できない段階にまで事が進んだのだろう。」
「『妖怪の国』? 出来るわけがないだろうが、そんなもん。恐怖云々以前に、妖怪が国家を形成できるほどの纏まりなんて持てないはずだ。基本的に自己中心的な存在なんだから。」
「私もそう思うし、神々たちもそう思って当初は無視していたらしいが、事実として相柳は人間の陰陽師を通じて京を支配するところまでやってのけたからな。妖怪による傀儡政治のようなことを目論んでいたんじゃないか? ……方向性こそ全く違うものの、レミリア・スカーレットは同じようなことを成した。だとすれば不可能とは言えないのかもしれないぞ。」
「傀儡政治か。……それでも無理だと思うけどね、私は。レミィがヨーロッパの人間たちに認められたのは、終ぞ『支配者』の地位に就こうとしなかったからさ。実質的な力は持っていたかもしれないが、魔法大臣にも連盟議長にもなろうとはしなかった。あいつは一度頂点に立ったが最後、あとは落ちるだけだということを知っていたんだよ。だから上から直接支配するのではなく、少し離れた位置から操ることを選択したんだ。」
故に『紅のマドモアゼル』は民衆から承認され続けていた……というか、今なお承認され続けているのだろう。その点に限ってはレミリアのセンスに舌を巻くばかりだな。彼女は意図的に『遠い英雄』であり続けたのだ。欠点や不都合な部分までは見えないが、声や功績は届く程度の距離に立ち続けた。その絶妙な調整が出来る者を私はレミリア以外に知らないぞ。ダンブルドアは必要以上に近付き、ゲラートは遠ざかり過ぎてしまったのだから。
つまりレミリアは非難の矢面に立つ議長の席には決して座らなかったものの、議会内で最も声が通る存在ではあり続けたわけだ。誰も議長にならないことを無責任だと糾弾しなかったし、それでいて彼女の声が他の存在に掻き消されることも結局なかったのは……間違いなくレミリアが『微調整』を続けていたからなんだろうな。指導者ではなく、支配者でもなく、あくまで政治家。それがレミリア・スカーレットってことか。
まあいいさ、それは私の役目じゃない。私にしか出来ないことがあるように、レミリアにしか出来ないこともある。吸血鬼という種族全体の評価を上げるために認めてやろうじゃないか。今代のスカーレット家の当主どのは、こと政治においては最優の人外だということを。
心の中で幼馴染に気のない拍手を送りつつ鼻を鳴らしていると、諏訪子が首を傾げて疑問を寄越してきた。
「レミリア・スカーレットが大した妖怪なのは認めるけどさ、相柳に出来ないって理由にはならなくない? 『傀儡政治』ってのは人間を傀儡にして、後ろから支配者を操るってことでしょ? それなら相柳は『頂点』に立たなくて済むじゃん。」
「私が言いたいのは、システムは何れ崩壊するってことだよ。レミィはシステム自体の外側に立っていたが、相柳は内側から操ろうとしたわけだろう? ……まあ、短期的に機能する可能性は認めてもいいがね。それにしたって『妖怪の国』ってのは中々の夢物語だと思うぞ。」
「ま、『夢物語』なのには同意するよ。絶対無理じゃんね、そんなの。私たち神も大昔にやろうとして失敗してるわけだしさ、信仰じゃなくて恐怖を土台にしてる妖怪なら尚更無理だって。何考えてたのかなぁ、相柳。」
「アピスによれば、相柳は八雲紫と浅からぬ何かがあったらしいよ。紫は戦いが起きた時、神々の側に味方したんだそうだ。」
……ひょっとすると人間と共存するか、それとも支配するかで揉めたのかもしれんな。妖怪の国と幻想郷。相柳は妖怪を上位に置いて人間を支配下に置くことを望み、紫はあくまで『共生』を目指したということか?
そういえば、アピスはゲラートとダンブルドアの物語に似ていると言っていたっけ。二つの物語について思考を回している私に、神奈子が興味深そうな顔で相槌を打ってくる。
「かの隙間妖怪も参戦していたのか? ……それは全く知らなかったな。少し気になるぞ。」
「今度幻想郷に行った時にでも聞いてみるよ。時期が時期だし、紫と直に話せるかは分からんがね。」
「時期?」
「色々あるんだ。そこは気にしないでくれたまえ。……ちなみにだが、相柳は妖蛇らしいぞ。それは知っていたかい?」
周囲に隠していることなのかは不明だが、紫が冬眠するという情報は不用意に漏らさない方がいいだろう。二柱も同盟者だが、紫の方だって同じようなものなんだから、私だけが知っていればそれでいい。後で文句を言われるのも嫌だし。
内心の考えを隠しつつ放った問いかけに、二柱は間を置かずに頷いてきた。
「無論、知っている。そこは広く伝わっている部分だからな。魔法界側の歴史にすら『相良柳厳を唆した老蛇』は登場するぞ。」
「もしかしてさ、だから相柳の話になったの? あの蛇が相柳かもしれないってこと? マジでそう思ってるわけじゃないよね?」
「単に話に上っただけで私は微塵も『マジ』であるとは思っていないが、キミたちは有り得ると判断しているのかい?」
「いやいやいや、有り得ないって。相柳って言ったら超大物の大妖怪じゃんか。そんなのがあんなにバカなはずないし、人化もしないで弱っちい蛇の姿でいるわけないもん。端から候補にないよ。蛇の人外なんてわんさか居るんだから、いきなり相柳に繋げるのは飛躍しすぎっしょ。」
まあうん、そりゃそうだ。それに比べれば何処ぞの凋落した神獣だという方が余程に有り得そうな話だぞ。アホらしいという表情の諏訪子に首肯した私へと、神奈子もまた同意の意見を送ってくる。
「さすがに有り得ないだろうな。何にせよ、その情報屋の調査結果を待つことにしよう。現時点で意味不明な可能性を追う必要はない。」
神奈子が尤もなことを口にしたところで、大量の小さな布袋を持った早苗がソファの方から歩み寄ってきた。ちなみに魔理沙は黙々と謎の作業を続けている。よく働くヤツだな。神道に対する信仰心を持っているからなのかもしれない。私はこれっぽっちも手伝う気になれないぞ。
「諏訪子様、内符は出来ましたか? 一応こっちは最低限の袋を作り終えました。」
「ん、出来てるよ。紐は足りた?」
「全部使ってこの数です。これ以上作るなら紐だけどこかで買わないとダメですね。……紐くらいならロンドンでも手に入るかもしれませんけど、どうします?」
紐なんぞいくらでも売っているに決まっているだろうが。どんな田舎だと思っているんだよ。大都市ロンドンの名誉のために口を出そうとするが、その前に神奈子が質問を場に投げた。早苗がテーブルに置いた袋を順繰りにチェックしながらだ。
「早苗、交通安全の御守りはどうしたんだ? 見当たらないぞ。」
「へ? ……だって、交通安全のは売らないんじゃなかったんですか?」
「運転の神なんだから売らないと勿体無いだろう? 作ってくれ。内符はきちんと私が書くから。」
「やめな、早苗。聞かなくていいよ。『交通事故』の御守りを作るんならともかくとして、『交通安全』を出したら詐欺だからね。……まあ、こんなもんで足りるんじゃない? 作り過ぎても売れないっしょ。これでいこっか。」
『交通事故の御守り』? 意味が成立しているような、激しく矛盾しているような、何とも微妙な名称だな。日本語の不思議を感じている私を尻目に、神奈子が諏訪子へと反論を飛ばす。
「詐欺でもなんでもないだろうが。恐らく自動車の免許を取得している神はごく少数で、私がその中の一柱である以上、私は日本有数の『運転の神』だと言えるはずだ。ならば守矢神社こそが交通安全の御守りを売るに相応しい神社じゃないか。……先に言っておくが、儲けは私個人の返済に回すからな。どうせお前はそれを妬んでいるんだろう。」
「は? 何その邪推。偽造免許の分際で『取得している』とか言って恥ずかしくないの? ……はいはい、じゃあ売れば? 何の効果もない御守りを売る悪い神になればいいじゃん。その代わり厄除けの御守りの儲けはびた一文渡さないからね。厄に関してはあんたじゃなくて私の権能なんだから、当たり前の話でしょ?」
「好きにしろ、チビ蛙。世間のニーズというものを理解していない時代遅れな神は、厄除けの御守りを必死に売っていればいい。私は交通安全でひと財産築くぞ。あれだけ車が走っているんだから、売れまくって然るべきなはずだ。」
「ほざいてな、バカ蛇。厄除けの御守りは何百年も前からのうちの『主力商品』なんだよ。あんたが雨だの戦いだの相撲だのって訳の分かんない権能しか持ってないから、私がずっと支えてやってたんでしょうが。恩知らずの穀潰し蛇はバカみたいな『新商品』でコケちゃいな。私は実績と信頼のある厄除けの御守りでいくから。」
火がついたように言い争い始めた二柱のことを、早苗が慌てた様子で交互に見ているが……うん、放っておこう。私は神奈子の交通安全も、諏訪子の厄除けも信用できないのだから。片や対物事故の常習犯で、片や筋金入りの疫病神。どっちもどっちだぞ。
分かり易くあわあわしている早苗を眺めつつ、アンネリーゼ・バートリは欠伸を噛み殺すのだった。