Game of Vampire 作:のみみず@白月
「大丈夫かなぁ?」
フランドール・スカーレットはムーンホールドのエントランスで、やきもきしながら友人たちの到着を待っていた。暖炉からは未だに彼らが帰ってくる気配は感じられないのだ。
「心配いりませんよ、フランドール。ジェームズたちは優秀なのですから。」
隣に立つエメリーン・バンスはそう言うが、彼女の顔は余裕のある表情ではない。まるで自分に言い聞かせているような感じだ。……無理もないだろう。本当は二十分前には到着している予定なのだから。
「やっぱり応援を……リリー!」
エメリーンに提案しようとした瞬間、暖炉からリリーが飛び出してきた。怪我してる! 彼女は血の流れる右手を押さえながら、慌てた様子で口を開く。
「すぐにジェームズたちが来るわ!」
急いで暖炉から離れたリリーをエメリーンが治療するのを手伝っていると、ジェームズとフランクが同時に暖炉から飛び出てきた。こちらも怪我をしているらしい。
「ジェームズ! 荷物は?」
「無事だよ、リリー。あー……僕より荷物が心配なのかい?」
苦笑しながら言うジェームズの片手には、きちんと荷物が収まっている。彼らの任務は、騎士団の協力者からこれを受け取ることだったのだ。
エメリーンが治療を切り上げ、その荷物を持って暖炉へと入っていく。
「後は私が責任を持って届けます。……魔法省!」
言うとエメリーンは緑色の炎と共に消えていった。それを横目で見送りながら、三人の治療を手伝う。まあ……フランはちょっとだけ呪文が苦手なので、包帯を巻いたりする程度だが。
フランクが自分の足の火傷を治療しながら、吐き捨てるように呟いた。
「死喰い人どもが待ち伏せてたんだ。エバン・ロジエールの姿もあったよ。……くそっ、全然治らないな。」
「私がやるわ。
フランクが匙を投げた足の傷を、リリーが見事に治していく。相変わらず見事な癒しの腕だ。その上からフランがパチュリー特製の傷薬を塗っていくと……ううむ、治りすぎじゃないか? 赤ちゃんの肌みたいになってきた。
どうやらフランクも同感だったらしく、引きつった笑みで口を開く。
「ノーレッジさんの傷薬は……まあ、ちょっと使うのを控えたほうがいいかもね。効き目が強すぎるみたいだ。」
「あはは、そうね。でも、肌荒れにはよさそうかも。使ってみようかしら?」
リリーのちょっとズレた感想を横目に、自分の治療を終えたジェームズが、疲れたように息を吐きながら床に仰向けに横たわった。
「まったく、厄介な相手だったな。さすがはムーディと何度もやり合ってるだけのことはある。」
「でも、無事でよかったよ。とっても心配だったんだから。……フランも一緒に戦いたいのに。」
憮然として言うフランを、リリーが優しく撫でてくれる。このところ騎士団からも何人かの死者が出ているのだ。ジェームズたちがそうなったらと思うと、フランはどうしようもなく不安になってくる。
「フランはここを守ってくれてるんじゃない。だから私たちが安心して帰ってこれるのよ?」
「そうだぞ、ピックトゥース。お前は僕たちの中で一番頼りになるんだから、一番重要な任務を任されてるのさ。」
慰めてくれるリリーとジェームズに頷いておく。もちろん納得はしていない。絶対にみんな子供扱いしているのだ。フランを前線に出すべきだと主張してくれたのは、ムーディだけだった。結構いいやつなのかもしれない。
「それに他の騎士団のみんなも、フランドールがここにいると安心するのさ。君は見ていて和むからね。」
フランクの言葉に舌を出してやると、三人は揃って笑い出した。むう、失礼なやつらだ、まったく!
卒業から一年以上が経過したが、今なお戦争は続いている。そして幸運なことに、フランの友人たちは未だ五体満足で生きているのだ。
ジェームズとリリーは数度の危機を迎えつつも、その度にそれを打ち破ってきたし、シリウスも数人の死喰い人を捕らえている。
リーマスは職を探しながら各地を転々と連絡役として回っており、ピーターは偵察任務をよく任されているようだ。多分変身して任務をこなしているのだろう。あの姿のピーターはそうそう見つからない。
そしてアレックスと結婚したコゼットは、夫婦で闇祓いとなった。結構な激務らしく、ムーディの愚痴をよく聞かされる。先週末には飲み物を携帯するようにと通達が出たそうだ。出される物には毒が入っていると思い込んでいるらしい。
フランだけが全然活躍できてないのだ。モリーやアリス……ロングボトム夫人の方だ。彼女たちの料理を手伝ったり、プルウェット兄弟と書類の整理をしたりしている。騎士団っぽくない仕事ばっかりだ。
フランの内心の不満を読み取ったのか、リリーが苦笑しながら話しかけてきた。
「フランはほら、秘密兵器なのよ。いざって時に備えて秘匿してるの。どう? カッコいいでしょ?」
「んぅ……秘密兵器?」
秘密兵器か。ふむ、それは確かにカッコいいかもしれない。バーンと登場して、ヴォルデモートをドッカーンしてやるのだ。ふふん、そうなったらみんなフランを見直すに違いない。
「うん、それなら我慢するよ! 今バレたら警戒されちゃうもんね!」
「うんうん、細かいことは私たちに任せておけばいいのよ。」
笑顔で同意すると、それを見ていたジェームズとフランクが微妙な顔になっている。苦笑しながら頰を掻いていたフランクが、思い出したように口を開いた。
「やばい、家に連絡しないと。終わったら連絡しろって言われてたんだ。」
慌てて守護霊に伝言を伝えるフランクを見ながら、ジェームズに向かって話しかける。そういえばダンブルドア先生への報告はいいのだろか?
「ねぇねぇ、ダンブルドア先生に報告しなくていいの? 心配してるんじゃない?」
「へ? ……やばい、リリー! 急いで行こう!」
「安心して忘れちゃってたわ。それじゃ、フラン、ちょっと行ってくるね。」
慌てて暖炉にフルーパウダーを投げ入れているジェームズを見ながら、やっぱりフランがいないとダメだなぁ、とフランドール・スカーレットは重々しく頷くのだった。
─────
「ああもう! 頭がどうにかなっちゃいそうだよ。」
目の前で頭を抱えるフランを見ながら、アリス・マーガトロイドは苦笑していた。
事の発端は、リリーとロングボトム夫人の妊娠にある。アーサーからしつこく話を聞いていた両夫妻は、私に『子育てちゃん』の製作を依頼してきたのだ。
それを聞きつけたフランが、『リリーの分はフランが作るよ!』と胸を張って主張したのがひと月前。そして現在、彼女はその言葉を後悔しつつあるらしい。
「ほら、そこを縫っちゃうと、腕が動かなくなるわよ?」
「あれ、ほんとだ。……アリスはいつもこんなに複雑なことをしてたの?」
「そりゃあそうよ。人形っていうのは手間がかかるものなの。でも、手間をかければ人形はそれに応えてくれるのよ? 例えばこの上海人形なんかは、内部のギミックを作るのは一年以上時間がかかったんだけど、その甲斐あって……ほら? 凄いでしょう? こんな風に各部が連動して動作するから、少ない魔力で長時間動作できるのよ。それに、蓬莱人形だって──」
「分かったよ、アリス。お願いだからその話をするのはもうやめて。フラン、ノイローゼになっちゃうよ。」
失敬な。まだまだ話すべきことはあるのにも関わらず、毎回フランは話を打ち切ってくるのだ。パチュリーが本のことを話している相手と似たような反応だが、人形の話は本と違って面白いはずなのに……実に不思議だ。
憮然とした顔をしていると、人形に目を落としながらフランがポツリと呟いた。
「これ、間に合うのかなぁ?」
「余裕で間に合うわよ。予定日は来年の七月か八月なのよ?」
「なっがいよねぇ。赤ちゃんが産まれるのにそんなに時間がかかるだなんて、フランは全然知らなかったよ。」
そういえば、吸血鬼は違うのだろうか? というかそもそも、吸血鬼というのは親から産まれてくるものなのか? だとすると凄まじく長いスパンで世代交代をしていることになるが……。
リーゼ様やレミリアさんなんて、五百年近く生きているのにまだ少女なのだ。となれば……子供なんて千年以上先の話になるだろう。
ダメだ。あまりに壮大な生態で理解が追いつかない。……フランに一応聞いてみようか?
「ねえ、フラン? フランは両親のことを覚えてる?」
フランは人形作りに集中しているらしく、手元の人形に針を走らせながら口を開いた。
「んー、お母様は私を産んだときに死んじゃったらしいから、全然覚えてないけど……お父様は覚えてるよ。」
「見た目はどんな感じだったの?」
「そうだなぁ……今のジェームズよりちょっと若いくらいで、顔はレミリア……お姉様によく似てたよ。」
やはりかなりの若さだったらしい。いやまあ、吸血鬼目線での話だが。実年齢は千五百を超えていたのだろう。
しかし……レミリアさんに似ていた? かなりの美形だったようだ。リーゼ様、レミリアさん、フラン。私の知る吸血鬼ってのは美形ばっかりだが、そもそも美形の種族なのかもしれない。魅了とかもするし。
「その、フランのお父様のお父様については知ってる? つまり……フランのお祖父様。」
「会ったことはないけど、紅魔館に肖像画があるよ。ほら、一階の廊下にある大っきなやつ。あれがお祖父様なんだってさ。」
記憶を辿ってみると……あれか。ギラついた目つきの若い男性で、よく妖精メイドたちにイタズラ書きをされていた。偉大な吸血鬼だったのだろうに、なんとも哀れなもんだ。
待てよ? そうなると、スカーレット家は余裕で紀元前から存在しているというわけだ。つまり……うん、やめよう。美鈴さんだって二千年以上生きてるらしいし、考え始めたらキリがない。私は魔女であって、歴史学者ではないのだから。
「へえ。……まあ、スカーレット家が物凄いってことは分かったわ。レミリアさんが自慢するわけね。」
「フランはあんまり興味ないけどね。」
どうでもよさそうなフランに苦笑しつつ、気を取り直して人形に向かい直す。私のほうは八割方完成しているが、この子には機能を追加するつもりなのだ。その名も『自動昔話機能』である。これまでの乳幼児向けとは一線を画すべく、新たに挑む幼児向けの新境地だ。
「しかし……昔話はどんなのにすべきかしらね? なるべく子供受けするのを選ばないといけないわ。パチュリーにでも相談してみようかしら?」
「フランは、アリスが変な方向に進んでるのが心配だよ。」
呆れたように言うフランをジト目で睨みつけてやる。仕方がないではないか。私は人形師なのだから、人形を改良するのは当然のことなのだ。
二人の縫い物の音が響くムーンホールドの一室で、アリス・マーガトロイドの午後は静かに更けていくのだった。