Game of Vampire 作:のみみず@白月
「しかしよ、まだそんなに目立たないんだな。もっとお腹が大きくなるもんだと思ってたぜ。」
向こうでビルと並んで食事をしているフラーを見つつ、霧雨魔理沙は興味深い気分でジニーに話しかけていた。大体八月の初め頃に妊娠したわけだから、今は妊娠五ヶ月弱ってことになるな。十月十日で産まれるのだとすれば、もう半分近くが経過しているのか。
十二月二十五日の正午、私たちは隠れ穴でのクリスマスパーティーに参加しているのだ。ウィーズリー家は全員集合しているし、ハリーたちやルーナやシリウス、ルーピン夫妻や元不死鳥の騎士団の面々、それに加えて私が知らない大人も何人か参加しているため、隠れ穴のリビングは中々の賑わいっぷりとなっている。こうやってお祝い事の時に人が集まってくるのは、ウィーズリー家の魔法使いたちの人柄故なんだろうな。
来年はもう参加できないことを少し寂しく思っている私に、ジニーが相槌を打ってきた。ちなみにこのテーブルは私、咲夜、ジニー、ルーナの四人で使っている。さっきまではチャーリーも一緒だったのだが、現在はリーゼやハリーたちが居るテーブルに移って何かを話しているようだ。ビルも今まさにそっちに移動していったな。ちょっとした議論が巻き起こっているらしい。
「服で目立たないけど、大きくはなってるらしいわよ。……楽しみだわ。『甥か姪』の存在なんて想像もしてなかったんだけどね。いざ会えると思うとうずうずしてくるの。」
「案外可愛がりそうね、ジニーは。ロン先輩あたりも甘やかしそうだわ。」
「兄妹全員が甘やかしちゃうでしょうね。……まあでも、ママよりはマシじゃない? 見てよ、あれ。こっちに到着した直後からずっとフラーを『壊れ物』扱いしてるの。今にスポンジか何かで包み出すわよ。賭けてもいいわ。」
うーむ、確かにモリーの態度は過剰にも思えるな。それだけ孫が大事だということなのだろう。フラーが片付けようとした皿を凄い勢いで強奪した挙句、強引に席に戻しているモリーを横目にしていると、ルーナが微笑みながら会話を続けてきた。
「でも、羨ましいよ。赤ちゃんは可愛いもん。私は親戚が少ないから、自分で産むしかなさそうかな。」
「そういえば、ロルフさんとはどうなってるの? 付き合い始めたんでしょ?」
あー、そうらしいな。何でも数ヶ月前に向こうから告白してきて、ルーナがそれを受けたんだそうだ。ペンフレンドからボーイフレンドに『昇格』した人物のことを聞くジニーに、ルーナは肩を竦めて応答を返す。
「どうにもなってないよ。パパに付き合い始めたって話したら、急に怒っちゃったんだ。ロルフはそれをすっごく気にしてて、今は私よりパパの方に構ってるような状態なの。毎週家に来て追い返されてるんだよ?」
「何とまあ、可哀想な状況だな。スキャマンダー家の方はどうなんだ? 歓迎してくれてるのか?」
「ん、みんな優しいよ。今度スキャマンダーさんがアフリカの魔法生物保護区に連れて行ってくれるんだ。だからロルフはどうにかしてパパも誘おうとしてるみたい。『魔法生物を間に挟めば仲良くなれるかも』って言ってた。」
「涙ぐましい努力じゃんか。協力してやれよな。」
ボーイフレンドと父親の攻防戦か。ロルフ・スキャマンダーに同情の念を送りながら私がアドバイスしたところで、咲夜が更に話題を変えてきた。
「仕事はどうなの? ルーナの記事は毎回出てるけど、ジニーの記事はまだ読めてないわね。」
「あのね、サクヤ。一年目の新人が書いた記事なんて普通は載らないのよ。私がダメダメなんじゃなくて、ルーナの状況が特殊なの。」
「『ダメダメ』とは言ってないじゃない。……具体的に何をしてるの? 予言者新聞社の見習い記者って。」
「誤字脱字のチェックとか、カメラマンのアシスタントとか、クィディッチの実況の書き起こしとか、細々とした雑用とか、細々としてない雑用とかをやってるのよ。一応記事を編集長に提出する『権利』はあるんだけどね。今のところは全部ボツを食らってるの。私が何時間もかけて苦労して書いた記事を、一分でサラッと読んでボツにされるのよ? 時々ぶん殴ってやりたくなるわ。」
テーブルをバシンと叩きながら愚痴るジニーに、苦笑いで意見を投げる。新人の苦悩だな。
「やっぱりよ、内容云々とは別のところに判断条件があるんじゃないか? 注目を集めたり、興味を持たせるための書き方ってのがあるんだろ。それを先輩記者から盗み取るまでの辛抱だぜ。」
「悔しいけど、それは確かにあるみたい。スキーターなんかはそういう書き方がとんでもなく上手いのよ。記者の立場で読むと何となく分かっちゃうわ。」
リータ・スキーターか。やはり『記者としては』一流の存在なんだなと唸っていると、ジニーは続けて明るい発言を口にした。
「でも、良かったこともあるわよ。スポーツ担当の先輩のアシスタントとしてついて行くと、クィディッチの試合をタダで観られるの。しかも最前列の記者席でね。こっそりサインを書いてもらったりも出来るし。」
「うへぇ、それは魅力的だな。」
「でしょ? ……悩ましいわ。新聞社の花形は当然ながら政治部なんだけど、スポーツ部も捨て難いのよ。フォックス編集長からそろそろ専門分野を決めろって言われてるんだけどね。まだ迷ってるの。」
「希望すればなれるもんなのか? 勝手に振り分けられるんだと思ってたぜ。」
予言者新聞社にも色々な部署があるんだなと実感しながら問いかけた私に、ジニーはかぼちゃジュースを一口飲んでから返事をしてくる。
「人数に空きがあれば希望が通り易くなって、今年はラッキーなことに両方空きがあるのよ。……ま、どっちにしても最初は雑用係でしょうけどね。記者の基礎を学ぶ会社全体の雑用から、専門分野の基礎を学ぶ部署の雑用にランクアップするってわけ。」
「もしかして、政治部に行ったらスキーターが上司になったりするの? 何か嫌ね、それ。」
「スキーターは独断で動いて広い分野の記事を書く記者だから、政治部に行ったからって上司になるとは限らないわ。それに『スキーターの雑用』になるにはまだまだ経験が足りないわよ。アシスタントにも格ってものがあるの。どっちの部署に行ったとしても、私は一番下っ端からのスタートだからね。」
うーん、茨の道だな。咲夜の疑問にジニーが答えたところで、話を耳にしながらずっとアップルパイを食べていたルーナが声を上げた。気に入ったらしい。モリーのは美味いもんな。エマのアップルパイとはタイプが違って甲乙付け難いぜ。
「私とジニーはそんな感じだけど、マリサとサクヤはどうなるの?」
「どうなるって? 卒業後ってことか?」
「うん、そう。……サクヤはメイドさんになって、マリサは日本に帰るんでしょ? あんまり会えなくなっちゃうのかな?」
ちょびっとだけ寂しそうな声色で尋ねてきたルーナに、咲夜と顔を見合わせてから返答を飛ばす。実際は『あんまり』じゃなくて、ほぼほぼ会えなくなってしまうだろう。移住前に二人には説明する必要があるな。
「んー、そうだな。会うのは難しくなるかもしれないぜ。私の故郷はちょっと複雑な土地なんだよ。」
「私もそうね。……これは一応内緒のことなんだけど、レミリアお嬢様は魔理沙の故郷に引っ越したの。だから私も卒業したらそこに行かないといけないのよ。」
「あら、そうだったの? スカーレットさんの『隠遁先』はフランス説が主流だったのに、全然違ったわけね。スキーターが知ったら小躍りして喜ぶわよ。」
「内緒なんだってば。ジニーとルーナだから話したのよ?」
慌てて注意した咲夜に対して、ジニーは苦笑しながら応答を放った。
「分かってるわよ、誰にも言わないわ。……でも要するに、日本ってことよね? 遠いけど行けないことはないんじゃない?」
「あー……どうだろうな、難しいかもしれんぜ。物凄く特殊な土地なんだよ。卒業してから暫くは会えなくなりそうかな。」
「そうなの? ……だけどほら、二度と会えないってわけじゃないのよね? それはさすがに嫌よ? そんなの意味不明だし。」
「幾ら何でもそれはない……と思う。すぐには無理かもしれんが、ちゃんと咲夜を連れてイギリスに戻ってくるぜ。それが出来るくらいの存在になる予定だからな。」
今はまだ無理だろう。だけどいつかは結界を自力で抜けられるような魔女になって、またイギリス魔法界を訪れてみせる。ジニーやルーナの子供に悪戯グッズをプレゼントしてやるのだ。その『野望』は絶対に叶えてみせるぞ。
内心で決意しながら応じると、ルーナが若干不満げに小首を傾げてきた。
「変な土地だね。二人とも絶対にそこに行かなきゃダメなの?」
「残念ながら、夢を叶えるためには帰らなきゃいけないんだ。返すべき恩義とか義理もあるしな。」
「私もお嬢様方から離れるわけにはいかないわ。お嬢様方の従者が私の生き方で、夢で、目標なんだもの。それ以外じゃ我慢できないし、納得できないのよ。」
「……じゃあ、仕方ないのかな。友達なら応援しないとだもんね。」
しゅんとしてしまったルーナを見て、ジニーが明るい声で纏めてくる。ちょっとだけ無理している時の声色だ。
「まあ、きっと『修行期間』ってことなのよ。私たちは会うのを我慢してイギリスから応援してるから、修行が終わったら成果を見せに戻ってきて頂戴。大体、直接会えないにしても手紙のやり取りくらいは出来るんでしょ? まさかそれすら無理ってことはないわよね?」
「ああ、手紙は大丈夫だぜ。リーゼがこっちと行き来できるからな。あいつを通じて受け渡せるはずだ。」
「んじゃ、私の『初記事』も手紙で送ることになりそうね。……それだと味気ないし、そういうことならもう少し頑張ってみようかしら? まだ二人の卒業までは半年以上あるんだから、諦めないで提出しまくってみるわ。」
「私も何か面白い記事を書くよ。すっごいのを書いて、二人から直接感想を聞きたいもん。スキャマンダーさんにも相談してみる。」
柔らかい表情で『決意表明』をした二人へと、咲夜と一緒に微笑みを返す。私たちとしても直接お祝いしたいし、期待させてもらおうかな。……ふむ、手紙か。幻想郷だとカメラは貴重品だから、こっちに居る間に最新式のを買っておくべきかもしれない。写真付きの方が良い手紙になるだろうし。
休暇中に買っておこうと心に決めつつ、霧雨魔理沙は残り少ないアップルパイに手を伸ばすのだった。
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「キミね、もっと拘るべきだぞ。絶対にここより安くて広いアパートメントはあるはずだ。これだと狭すぎるだろうが。」
ハリーが提示した『引越し先候補』に文句を付けまくっているリーゼ様を横目に、アリス・マーガトロイドはローストベジタブルを頬張っていた。私は良い物件だと思うんだけどな。どこがダメなんだろう?
隠れ穴でのクリスマスパーティーも後半に差し掛かった今、このテーブルではハリーの『引越し論争』が行われているのである。参加者はハリーとリーゼ様とハーマイオニーとロン、そしてビルとチャーリーとブラックで、それを私とテディが『傍聴』している形だ。
現在ルーピン夫妻が向こうのテーブルでモリーやフラーと一緒に『子育て議論』をしているので、その間二歳半の息子を預かっているわけだが……ぬう、大人しいな。テディは私の隣の席にちょこんと座って、ジッと議論を観察しているぞ。よく知らない大人たちに囲まれて緊張しているのか?
ウィーズリー家の子供たちが二歳の頃は忙しなく動き回っていたし、咲夜が二歳の頃は時間を止めてやんちゃをしていた。それに比べてこの落ち着きっぷりは何なんだろう? 性格云々というか、家庭の違いが出ているのかもしれない。
車のオモチャを握り締めた状態でジーッとしているテディを私が観察している間にも、ビルがリーゼ様へと反論を放つ。アパートメントの間取りが書かれたチラシを指差しながらだ。
「バートリさん、妥当ですよ。ロンドンの中心街で、この広さでこの家賃なら安いくらいです。……良い物件だと思うよ、ハリー。闇祓いの給料ならどうにか払えるだろうしね。」
「これが妥当? 本気で言っているのかい? グリンゴッツ勤めで金銭感覚がおかしくなっているんじゃないか?」
「残念ながら妥当よ、リーゼ。ロンドンは尋常じゃないくらいに家賃が高いの。だからルームシェアとかが流行ってるのよ。」
「……狂っているね。マグルたちはこんなに高い金を毎月払って『物置』を借りているのかい? 異常だよ。だったら郊外に住んで煙突飛行なり姿あらわしなりで通勤すればいいじゃないか。」
まあうん、ビルやハーマイオニーの言う通りロンドン基準だと妥当な家賃だろう。しかし、『物置』か。中々の言い草だな。『紅魔館基準』の評価と共に妙案を口にしたリーゼ様に、ハリーが困ったような顔で応答した。
「だけど僕、ロンドンの街中に住みたいんだ。何て言うかほら、カッコいいと思わない?」
「分かるぞ、ハリー。『ロンドン在住』はカッコいい。僕も出張が多いドラゴン使いじゃなきゃそうしてたよ。女の子にもモテるしな。大通りでナンパすればそのまま連れ込めるぞ。」
「チャーリー、やめとけ。ハリーにはジニーが居るんだぞ。ハリーは苦笑いで頷いてくれるかもしれないが、ジニーは今の『オススメ理由』を聞いたら絶対に笑っちゃくれないはずだ。」
「おっと、失礼。全員聞かなかったことにしてくれ。」
チャーリーが長兄の忠告を素直に聞き入れたところで、ブラックが間取りを忌々しそうに見つめながら発言を場に投げる。
「これなら私の家の方が良いはずだ。もっとずっと広いし、家賃はタダだし、煙突飛行なら距離は関係ない。」
「私もブラック邸は良い物件だと思うよ。雰囲気が暗いし、家具が呪われていそうだし、犬に変身する怪しい中年男性が備え付けになっているがね。それをどうにかすれば完璧さ。」
「バートリ女史、私の家に何か文句が?」
「うじうじ抵抗するのはやめたまえ、肉球男。ハリーは引っ越すんだよ。それを前提に話しているんだから、ブラック邸の話なんぞするだけ無駄なのさ。」
ふふんと勝ち誇りながら言うリーゼ様に、ブラックは悔しそうな顔付きでせめてもの抵抗を飛ばす。ブラックは何となく分かるが、リーゼ様はどの立場から話しているんだろうか? 謎だな。
「ではせめて、もう少し広い部屋にすべきです。ハリー、ドビーも一緒なんだぞ。彼の『巣』はどうするんだ?」
「巣じゃなくて、部屋です。そうよね? ハリー。まさか『しもべ妖精の部屋は無い』だなんて良識が欠落した意見は持ってないわよね? 貴方は『S.P.E.W.』の一員なんだから、そんなことは決して言わないはずよ。」
「やめろよ、ハーマイオニー。普通のしもべ妖精は屋根裏とか、クローゼットの中とかに住むんだよ。『自分の部屋』なんかを用意したらドビーの方が困るだろ?」
「お言葉ですけどね、ロン。ドビーは『先進的』なしもべ妖精なの。偏見に満ち溢れた貴方とは違う意見を持っているはずよ。絶対に個室を用意すべきだわ。絶対に。」
どうも今年いっぱいでホグワーツを『退職』する予定らしいドビーも、新たな主人であるハリーが引っ越す際はついて行くつもりのようなのだが……部屋か。ハーマイオニーの主張は理解できなくもないけど、恐らくロンが予想した展開になるだろうな。しもべ妖精の方が困っちゃうはずだ。
「……テディ、スコーン食べる?」
「うん、たべる。」
「じゃあはい、こぼさないようにね。」
考えながらもテディにスコーンを食べさせていると、ハリーがしもべ妖精に関する曖昧な結論を言い放った。
「ドビーが個室を希望したらもちろん叶えるよ。希望したらね。」
「素晴らしいわ、ハリー。希望するはずよ。」
「だからまあ、それはとりあえず置いておくとして……もう一つの候補がこっちなんだ。ウィンブルドンのアパートメント。中心街からはちょっとあるけど、駅が近いからこっちでもいいかなと思ってて。」
ウィンブルドンか。こちらも『高い』と言える家賃だけど、さっきの物件と比較すればまだマシだな。全然『ロンドン在住』とは主張できるだろうし、悪くないと思うぞ。テディの食べこぼしを人形に回収させながら私が一人頷いたところで、チャーリーが反対意見を口にする。この議論、果たして全員の意見が一致することはあるのだろうか?
「いや、ウィンブルドンはやめておいた方がいいな。『気取り屋』が多いから。」
「そうなの?」
「ハリー、チャーリーの意見は無視していいぞ。ただの偏見だよ。こいつは昔、ウィンブルドンに住んでたガールフレンドにこっ酷く振られたんだ。クィディッチよりテニスの方が面白いって言われたらしくてな。そのことを根に持ってるのさ。」
「兄貴は直接聞いてないからそんな風に言えるんだよ。……最悪の話さ。テニスなんかがクィディッチより面白いはずないだろ? フィールドは狭いし、球の種類も人数も少ないし、何よりボールが襲ってこない。そう主張したら何故か振られたんだよ。だからウィンブルドンはやめておくべきだ。箒より『網付き棒』の方が上等だと思ってる連中ばっかりなんだから。」
うーん、スポーツは仲を引き裂く原因にもなるわけか。リーゼ様があまり興味がないタイプで助かったぞ。チャーリーの個人的すぎる主張を皮切りに、二つの物件を巡って言い争い始めた面々をぼんやり眺めていると……スコーンを完食したらしいテディがポツリと呟いた。私の服をくいくい引きながらだ。
「ママのとこに行く。」
「ん? そうね、そうしましょうか。自分で歩く?」
「うん。」
まあ、平和な議論ではあったぞ。テディを椅子から降ろしてやりつつ傍聴人としての感想を纏めた後、小さな手を取ってトンクスが居る方へと歩き出す。少なくとも戦争のことを話すよりは遥かに良いさ。穏やかな日常が戻ってきたのだから、クリスマスの会話もこうあるべきなのだ。
今回のクリスマスパーティーが平凡かつ穏やかなもので終わりそうなことに、アリス・マーガトロイドは小さく微笑むのだった。