Game of Vampire   作:のみみず@白月

531 / 566
ミレニアムイヤー

 

 

「魔理沙、こっち! こっちよ! ……貴女ね、離れないようにってアリスから言われたでしょうが。無謀な行動はやめて頂戴。」

 

信じられないほどの人混みの中、サクヤ・ヴェイユは人の合間を縫って近付いてきた親友に注意を飛ばしていた。前後左右のどこを見ても人だらけだし、騒がしすぎて何がなんだか分からない。ここではぐれたら二度と再会できなくなるぞ。

 

1999年の終わりとミレニアムイヤーの始まりが目前に迫った、十二月三十一日の二十三時五十分。現在の私たちは人形店での夕食を終えて、ウェストミンスター橋の上で新年を迎えようとしているところだ。先程東風谷さんたちとは何とか合流できたし、今回は珍しくエマさんも外に出てきているので、総勢八名で時計塔の針が重なる瞬間を待っているのである。

 

しかし、物凄い人だな。自動車用の道なんてとっくの昔に通行止めになっているので、橋全体を人が使える状態なのだが……大袈裟でも何でもなく、本当に『ぎゅうぎゅう詰め』になっちゃっているぞ。一体全体どれだけの人数が橋の上に居るんだろう?

 

まさかこれ、落ちたりしないよな? 記念すべきミレニアムイヤーを祝おうとした所為で、童謡さながらに『ウェストミンスター橋落ちた』になるなんて冗談にもならないぞ。何だか不安になってきた私へと、魔理沙が笑顔で返事を寄越してきた。私は人混みにうんざりして帰りたくなっているけど、イベント好きの彼女はハイテンションを保っているようだ。

 

「悪い悪い、これを貰ってたんだよ。あっちにタダで配ってるヤツが居てな。」

 

「何それ? スプレー缶?」

 

「よく分からんけど、ここを押すと音が鳴るんだよ。ほらな? ……んで、リーゼたちはどこだ?」

 

さっきから『プァーッ!』って煩く鳴っていたのはこれか。スプレー缶に赤いラッパが付いたような謎装置の音の大きさに顔を顰めつつ、魔理沙の手を取ってリーゼお嬢様たちの方へと移動する。そこまで離れてはいないものの、この場所ではちょっとした移動すら困難だな。遠慮なく人混みを掻き分けないと一歩も動けないぞ。

 

「あっちよ。絶対に手を離さないでね。」

 

「分かってるって。……おっ、リーゼ! 見ろよこれ、面白いぞ! 音が鳴るんだ!」

 

どうにかこうにかみんなが居る橋の欄干の方まで歩いた後、見えてきたリーゼお嬢様に魔理沙が『スプレーラッパ』を鳴らしながら呼びかけているが……うわぁ、お嬢様も帰りたいみたいだ。苦笑しているエマさんに寄り掛かっているリーゼお嬢様は、かなり気が滅入っている様子で気のない応答を投げてきた。

 

「喧しいぞ、魔女っ子。ただでさえ煩いんだから静かにしたまえよ。」

 

「お前な、こういう時は騒ぐもんだろうが。もっと楽しめよ。歴史的な瞬間なんだから。」

 

「私は今、やはり人形店で大人しくしておけば良かったと後悔しているんだ。騒ぎたいなら一人で騒ぎたまえ。……咲夜、おいで。エマとアリスとキミとで私を囲んでくれ。訳の分からんむさ苦しいマグルどもに囲まれるのは御免だよ。私には『聖域』が必要なのさ。」

 

まあうん、リーゼお嬢様はこの状況を楽しめるタイプの性格じゃないな。指示に従って私が歩み寄ると、今度は近くに居た諏訪子さん……正真正銘の神様相手だからちょっと気後れするけど、名前の方で呼んで欲しいと言われたのだ。がニコニコしながら声を上げる。東風谷さんも神奈子さんも楽しんでいるようだし、守矢神社の三人組は『魔理沙側』の人間らしい。

 

「ほら、見て見て。スポットライトだよ、スポットライト。あっちの橋に行けば良かったかもね。アリスちゃん、あっちは何橋?」

 

「ランベス橋です。……何をライトアップしてるんでしょうね? 無茶苦茶に動かしてるみたいですけど。」

 

「何かをライトアップしたいんじゃなくて、単なる賑やかしなんじゃない? あっちのもそうだしさ。」

 

言いながら諏訪子さんが指差しているのは、ランベス橋とは正反対……つまり、ロンドン・アイがある方向だ。確かにそっちでも無数の光の柱が縦横無尽に動いているな。観覧車の更に向こうにスポットライトがあるらしい。名前は忘れたけど公園があったはずだし、そこに設置されているのか?

 

周囲の騒めきの所為で多少大きな声になっている二人の会話を耳にしながら、イルミネーションで青や紫に光っている大観覧車を眺めていると、続いて東風谷さんが興奮している感じの表情で口を開く。

 

「どこも光ってて凄いです! 時計塔の隣のあれって宮殿なんですよね? 中に王様が居るんですか?」

 

「今のイギリスに居るのは『王様』じゃなくて『女王様』だし、グリニッジの方の式典に出ているんだと思うわよ。名前は宮殿だけど実際は議事堂だしね。……グリニッジならもっと空いてたのかしら?」

 

「この有様を見るに、どこも同じような状況だろうさ。……五分前だぞ、諸君。」

 

おっと、もう五分前か。アリスの呟きに応じたリーゼお嬢様が指差す方向に目をやってみれば、こちらもライトアップされている時計塔の針が十一時五十五分を示しているのが見えてきた。ちなみに東風谷さんが言っていたウェストミンスター宮殿もきちんとライトアップされている。今夜は全てが光っているな。ロンドン全体がピカピカしているぞ。

 

「ねえ魔理沙、花火ってあそこから上がるのかしら?」

 

イギリスの国旗を羽織ってビールを飲んでいる男性たちを横目に、テムズ川に浮かんでいる船を指しながら尋ねてみると、魔理沙は肩を竦めて首肯してきた。

 

「だと思うぜ。暗くてよく見えんが、何か準備してるっぽいしな。あとは川沿いからも上げるんじゃないか?」

 

「こっちに飛んできたりしないわよね?」

 

「いやいや、しないだろ。双子の店のやつじゃないんだから。マグル界の花火ってのは空に打ち上げるもんだぜ。」

 

「ならいいんだけど。」

 

不安だな。もし飛んできたら時間を止めてリーゼお嬢様を守らなければ。決意を固めながら薄暗い川を見つめている私を他所に、瓶ビールを飲んでいる神奈子さんがリーゼお嬢様に話しかける。

 

「そういえば、有名なタワーブリッジはどこにあるんだ? 向こうか?」

 

「逆だよ。あっちのロンドン塔のすぐ側だ。ロンドン橋の一つ下流さ。」

 

「ふむ、橋が多くて複雑だな。」

 

まあ、気持ちはちょっと分かるぞ。イギリス人でもたまに橋の位置がピンと来ないことはあるし、外国の人からすれば尚更だろう。然もありなんと胸中で頷いていると、マフラーを巻き直しているエマさんが問いかけてきた。

 

「咲夜ちゃん、寒くないですか?」

 

「私は平気ですけど、エマさんこそ大丈夫ですか? 人混みは苦手なんじゃ?」

 

「得意じゃありませんけど、苦手ってほどでもないですよ。新鮮で面白いです。さすがに今日は一人で家に居るのは寂しいですしね。」

 

「折角の記念日ですもんね。」

 

私がエマさんに相槌を打ったところで、魔理沙が時計塔を見上げながら報告を口にする。

 

「そろそろだぞ。」

 

遂に一分前か。周囲の喧騒が大きくなってきて、指笛の音がそこかしこで響き、一つ上流のランベス橋にあるスポットライトが一斉に時計塔へと光を送った。気の早い誰かが長いカウントダウンを始めたのを聞きながら、私も時計塔をジッと見つめていると──

 

「鳴った? 鳴ったよね?」

 

「まだだよ、あれは予鈴だ。」

 

周りが煩すぎて私には全然分からなかったが、予鈴であるウェストミンスターの鐘の音が小さな神様には聞こえたらしい。吸血鬼と同じように、神様も人間より耳が良いんだろうか? 諏訪子さんの質問にリーゼお嬢様が答えたすぐ後、拍手と歓声が場を包み始めたところで──

 

「わっ……びっくりしたわ。」

 

派手な音と共に物凄い量の赤や黄色の花火が一斉に上がり、大歓声が沸き起こるのと同時に針が重なった時計塔の鐘が鳴り響いた。花火の音でいまいち分かり難いけど、今度は私でもギリギリ聞き取れたぞ。ミレニアムイヤーの始まりだ。

 

「ハッピー・ニューイヤー!」

 

誰もが同じ言葉を叫び、拍手をして、テムズ川に停泊していた船の汽笛が響き渡る。間断なく打ち上がり続けている花火の轟音に目をパチクリさせつつ、私もみんなにお祝いの台詞を伝えたところで、『スプレーラッパ』を鳴らしまくっていた魔理沙が夜空を見上げながら疑問を放った。苦笑いでだ。

 

「なあ、あれって魔法の花火じゃないか?」

 

「どれ? ……あー、そうかも。アリス、どう?」

 

「間違いなく魔法界の花火だわ。他にもこれだけ打ち上がっているし、ドラゴン花火ってほど派手じゃないからマグルには気付かれないと思うけど……どうやら執行部の新年初出動はあれの対処になりそうね。記憶修正とまではいかなさそうなのがせめてもの救いかしら。」

 

うーむ、お祭り好きの魔法使いたちが我慢できずに打ち上げたわけか。他の花火よりちょびっとだけ派手な『流星花火』を眺めつつ、確かに記憶修正が必要なほどではないなと納得する。あれだけが上がっていたら危なかったかもしれないけど、他の無数の花火に紛れているから平気だろう。

 

というか、この花火はいつまで上がり続けるんだ? 既にテムズ川沿いの広い範囲で結構な量が上がっているというのに、まだまだ終わる気配がないぞ。今夜ばかりは魔法界よりもマグル界の方が派手かもしれない。ライトと、花火と、そして止まない歓声。歴史的な年に相応しい始まり方だな。

 

まあ、人混みに我慢した甲斐はあったみたいだ。私たちにとっては旅立ちの年であり、世界にとっては新たな時代が始まる年。その最初の瞬間を『ド派手』に迎えられたことに満足しつつ、サクヤ・ヴェイユは頭上の花火を目に焼き付けるのだった。

 

 

─────

 

 

「んじゃ早苗、私たちは先に戻って準備しとくからね。荷物を絶対に忘れないようにするんだよ? チェックリストを作っといたから、それにチェックして確認するように。」

 

私、そんなにおバカじゃないぞ。わざわざ作ってくれたらしい『忘れ物チェックリスト』を諏訪子様から受け取りながら、東風谷早苗は微妙な気分で頷いていた。こんなの無くても忘れ物なんてしないんだけどな。

 

「分かりました、荷物は私に任せてください。」

 

「毎度のことながら返事だけは良いね。……もう一回言うけど、チェックを怠らないように。家を出る時に四回も戻る羽目になったことを思い出しな。ポートキーでの移動のチャンスは一回だけなんだから、忘れ物したら終わりだよ。」

 

「……でも、私の忘れ物で戻ったのは三回だけです。一回は神奈子様がカメラを忘れたからでした。」

 

「早苗、そういうことじゃないんだ。出発の時は車で戻れば済んだが、今回はそうもいかないからな。特に折角準備した御守りや破魔矢を忘れたら絶望だぞ。少なくとも三度は確認しておきなさい。」

 

でもでも、私はそんなに『忘れん坊』じゃないもん。諏訪子様に続いて注意してきた神奈子様に不承不承首肯すると、それを見たお二方はパッと姿を消す。行き先が守矢神社であればどこからでも一瞬で移動できるのは、改めて便利な『機能』だな。

 

一月一日の深夜、私はロンドンの魔法族の町……横丁? にあるリーゼさんたちの家の前で、お二方の見送りを終えたところだ。私はポートキーの時間が決まっているから、一時間後の午前一時四十分に出発することになっている。ポートキーを作ること自体の許可は取れたけど、それでも好き勝手な時間に使うわけにはいかないらしい。

 

よく分からない法律の決まりに首を傾げつつ、リーゼさんたちが居るリビングに戻るために玄関を抜けて……あああ、やっぱり怖いぞ。人形だらけの店舗スペースを小走りで突破した。外に出る時はお二方が一緒だったからまだマシだったけど、一人になると本当に怖いな。薄暗い人形だらけの店内だなんて、完全にホラー映画の世界観じゃないか。

 

というか、そもそも外に出る必要はあったんだろうか? 別に二階でみんなに見送られながら顕現を解くのでも良かったはずだぞ。そりゃあこうやった方が気分は出るかもだけど……うう、ポートキーはリビングで使わせてもらおう。ここを通るのはもう嫌だ。

 

棚の人形たちをなるべく見ないようにしながら階段へと移動して、ギシギシと音が鳴るそこを上って明るいリビングルームに──

 

「ひぅっ……。」

 

たどり着く直前、階段の最後の段に小さな人形がポツンと立っているのが視界に映る。人間というのは本気で驚いた時、悲鳴すら出せないものらしい。恐怖から腰を抜かして階段にへたり込んでいると、背後の明かりで不気味に照らされている人形がゆっくりと私の方に近付いてきた。

 

「わっ、あっ……ぐぇ。」

 

ああう、痛いぞ! 怖くて本能的に後退りしようとした結果、階段の一番下まで転げ落ちてしまう。派手にぶつけた後頭部の痛みと恐怖で混乱しつつ、わたわたと立ち上がろうとしていると……慌てた様子で階段を下りてくるアリスさんの姿が目に入ってくる。どうやら私は助かったようだ。

 

「早苗ちゃん? どうしたの? 踏み外しちゃった?」

 

「あの、あの……人形が。」

 

「へ?」

 

「えと、その……それです。その人形にびっくりしちゃって。怖くて。だから階段から落ちちゃって。」

 

アリスさんが抱えている人形。多分下りてくる時に回収したのであろうそれを指して主張してみれば、金髪の魔女さんはとても複雑そうな顔付きで謝罪を述べてきた。

 

「えーっと……それはその、ごめんなさいね。神奈子さんに聞きたいことがあったから、この子を使って呼ぼうとしただけなの。もう行っちゃった?」

 

「はい、お二方は神社に戻りました。……あのですね、アリスさんの人形が怖いってことじゃないんですよ? 単に『状況』が怖かったんです。暗くて、来る時は居なかった人形がいきなり立ってたから。それだけなんです。」

 

「無理にフォローしなくてもいいのよ、早苗ちゃん。ほら、リビングに行きましょう。ぶつけたところを治すから。」

 

だけど、凄く落ち込んでいるじゃないか。傍目にも沈んでいるアリスさんを見て、どうしたら良いのかと必死に頭を回転させる。要するに私が怖がりなのが悪いのだ。アリスさんが人形を使う魔女だというのはもちろん知っていたし、その彼女のお店に人形が並んでいるのは普通のことだし、立っていた人形だって明るい場所なら怖くも何ともない。私が勝手にびっくりして階段から転げ落ちただけだぞ。

 

アリスさんの先導でリビングに入室しながらどうしようかと焦っていると、ソファに座っているリーゼさんが問いかけを飛ばしてきた。ちなみに霧雨さんとヴェイユさんは既に寝室に移動済みで、さっきまで居た『やけに色っぽいメイドさん』……これは諏訪子様の評価であって私の評価じゃない。もどこかに行ってしまったようだ。

 

「何の音だったんだい?」

 

「ええっと、私が階段から落ちたんです。ころころって。」

 

「……ここの階段は比較的上りやすい階段だと思うんだがね。」

 

「早苗ちゃんは私の人形にびっくりしちゃったんですよ。……後頭部を打ったの? エピスキー(癒えよ)。」

 

椅子に私を座らせて治療してくれているアリスさんの返答を受けて、リーゼさんは一度きょとんとした後、手に持ったワインを揺らしながらくつくつと笑い始める。ああもう、恥ずかしいぞ。改めて思うとバカみたいだな。

 

「それはそれは、愉快な状況だね。そりゃあ明かりのない場所で人形が独りでに動いていたら、普通の人間は怖がるだろうさ。」

 

「……小さい頃の咲夜は怖がりませんでしたよ。」

 

「あの子の場合は赤ん坊の時からキミの人形とずっと一緒だったからだろう? 幼い頃は妖精メイドと人形の違いを認識できていなかったじゃないか。魔力切れで停止した人形を抱いて、『妖精さんが死んじゃった』って大泣きしていたこともあったね。咲夜にとってはどっちも纏めて『身近な友達』だったけど、普通は怖いものなのさ。早苗の反応は真っ当だよ。」

 

リーゼさんの指摘に苦い顔になってしまったアリスさんは、ダイニングテーブルの上に置いた先程の人形を見ながら私に質問してきた。

 

「早苗ちゃん、どのくらい怖かった? 『普通の反応』を教えて頂戴。今後の人形作りの参考にしたいから。」

 

「えーっとですね、私がちょっと怖がりなだけだと思いますよ? 明るいところでこうして見ると全然可愛いですもん。」

 

「つまり、暗いところだとそうじゃなかったのね。」

 

「あぅ……。」

 

失敗だ。また失敗したぞ。言葉に詰まっている私を前に、アリスさんは悲しそうな表情で人形を手に取ったかと思えば、真剣な声色で『反省点』をポツリと呟く。

 

「……いっそ光らせてみましょうか。暗い場所ではぼんやり光るようにすれば怖くないわ。明かりの代わりにもなって便利だし。」

 

それ、更に怖いと思うけどな。暗所でぼんやりと光っている人形を想像して、止めるべきかと迷っている私を他所に、リーゼさんが別の話題を投げかけてきた。

 

「それで、神奈子には聞けなかったのかい?」

 

「ええ、もう行っちゃってました。マズいですかね?」

 

「まあ、私が困るわけじゃないからね。正直どうでも良いさ。」

 

「……あのあの、何の話なんでしょうか? 伝言だったら私が出来ますよ?」

 

二人の会話に割り込んで疑問を口にしてみると、リーゼさんが肩を竦めて答えを寄越してくる。何か問題でもあったのかな?

 

「自動車だよ。キミたちは東京まで自動車で移動して、日本魔法省からポートキーでこっちに来たわけだろう? つまり自動車は現在東京に存在しているわけだ。それをどう回収するつもりなのかと神奈子に聞きたかったのさ。」

 

「……あっ。」

 

そうだ、『大蛇号』のことをすっかり忘れていたぞ。本来ならもう少し前の日にポートキーで帰国して、日本魔法省からまた車で神社に帰るという旅程だったので、東京の駐車場に停めっぱなしじゃないか。神奈子様ったら、あんなに大事にしていたのにどうして忘れちゃったんだ。いよいよ大蛇号が可哀想になってくるな。

 

東京までの道中で後部に傷を負った挙句、忘れられて駐車場に置き去りにされた大蛇号に同情の思念を送っている私に、アリスさんが一つの案を提示してきた。

 

「マホウトコロに戻った後、次の外出日にでも回収すればいいんじゃないかしら?」

 

「それもそうですね。次の外出日にマホウトコロから東京に移動して、そこからドライブがてら神社に……あああ! ダメです、ダメ! 駐車場の料金! 料金がとんでもないことになっちゃいます!」

 

急に大声を出した私にアリスさんが驚いちゃっているが、そんなことを気にしている場合じゃない。こうなると人形よりも駐車料金の方がずっと怖いぞ。……本当にどうしよう。次の外出日まで停めていたら物凄い金額になるだろうし、そもそも停めておけるのかが謎だ。放置車としてレッカー移動されちゃわないかな? 仮にそうなった場合、警察署とかに行かないといけないのか? 神奈子様の免許、『偽造』なのに。

 

えっと、次の外出日は建国記念日の時の三連休だから……最短で学校を出て東京に行けるのは二月十一日の午前中だ。十二月十九日の午後に駐車場に停めたので、ほぼ二ヶ月分の駐車料金を払うことになる。いくら長期駐車用の駐車場だとしても二ヶ月間というのは明らかに異常だし、長く停めるほどに料金が高くなっていくはずだぞ。

 

これは本当にマズいな。残る冬休みの期間中に新幹線で移動して回収すべきか? でも、新幹線の片道料金と放置した場合の料金ってどっちが高いんだろう? イメージ的には駐車料金の方が高そうだけど、ひょっとしてお正月は新幹線の料金も高くなったりするのかな? 長野から殆ど出たことがない私は、新幹線代とか東京の駐車料金の相場とかが具体的にどのくらいかなんて全然分からないぞ。停めた時にもっとちゃんと確認しておけば良かったかもしれない。

 

頭の中で必死に思考を回していると、リーゼさんが無慈悲な宣告を放ってきた。

 

「駐車場の料金とやらが幾らなのかは知らんが、私は払わないぞ。だから早く帰っておけば良かったんだよ。『それ見たことか』という台詞がぴったりな状況じゃないか。」

 

「……何とか車を回収できないでしょうか?」

 

「無理だね。神奈子単独では移動できないんだから、運転が可能なあいつが東京に行くためにはキミも東京に行く必要がある。しかしキミは姿あらわしを使えないし、今日の朝の時点で長野の神社に居なければならない。諦めたまえ。」

 

「リーゼさんがポートキーで私と一緒に日本に行って、どこかの段階で姿あらわしで私を連れて東京の駐車場に移動して、神奈子様と私と車で神社に帰るっていうのは……無理ですよね、やっぱり。うちに泊まってもいいんですけど。」

 

私の『妙案』を聞いている途中でかなり嫌そうな顔付きになってしまったリーゼさんは、予想通りの返事を返してくる。さすがにダメか。

 

「絶対に嫌だよ。とんでもなく面倒だし私が付き合わされる意味が分からんから、絶対に絶対にやりたくないね。名に誓ってそれだけはやらないぞ。新年早々キミたちの尻拭いなんてのは御免だ。」

 

「……じゃあ、諦めます。」

 

放置される大蛇号には悪いけど、これはもう仕方がない。いきなり余計な出費が発生しちゃったな。……もしかしてこれ、私の所為になっちゃうんだろうか? ドライブでの東京への移動を最初に提案したのも、今日までイギリスに残りたいと言い出したのも私だ。お二方に怒られちゃうかもしれないぞ。

 

だけどドライブは神奈子様も乗り気になっていたし、諏訪子様は最終的にロンドンで年を越すことを楽しんでいたから……うん、誰の所為でもないな。不幸な事故だ。そういうことにしておこう。

 

とにかく近いうちに駐車場の人に電話で事情を説明して、何とかならないかを交渉してみないと。一月一日はさすがに営業していないかな? 神社に戻ったらお二方にも相談してみよう。気が重いぞ。

 

新しい年に入ってから僅か一時間弱で『初問題』が訪れたことに眉根を寄せつつ、東風谷早苗はお二方にどう切り出そうかと小さくため息を吐くのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。