Game of Vampire   作:のみみず@白月

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相柳

 

 

「久し振りね、詐欺妖怪。私の神社に初詣に来たことに免じて痛みなく始末してあげるわ。『えあこん詐欺』を後悔しながら死んでいきなさい。」

 

こいつ、まだしっかり覚えていたのか。腕を組んで社の前に仁王立ちしている紅白巫女を見ながら、アンネリーゼ・バートリは困った気分で苦笑していた。どうやら悪い方の予感が当たってしまったようだ。幻想郷が誇る調停者である博麗の巫女どのは、『えあこん事件』を簡単に忘れてくれるほど単純な人間ではなかったらしい。意外と執念深いヤツだな。

 

一月一日の午後、私は雪に覆われた博麗神社を訪れているのだ。アピスが言っていた話を紫に確認したくて、呪符を使って移動してみたわけだが……むう、今回は普通に神社に繋がってしまったな。これだとどう接触すればいいか分からんぞ。

 

きちんと雪掻きがされてある参道を歩きつつ、とりあえず巫女へと返事を投げる。紫なら冬眠中だろうがアピスとの会話も覗いていると思ったんだけどな。黒猫の方を探してみるか。

 

「やあ、巫女。落ち着きたまえよ。私はえあこんに関して何一つ嘘は吐いていないぞ。」

 

「んなことは分かってるわ。大妖怪が名に誓ったんだから確かに嘘は無いんでしょう。そこは承知の上よ。」

 

「じゃあいいじゃないか。」

 

「いいわけないでしょうが! 嘘を吐いてなかろうが何だろうが、あんたは私を騙くらかしたのよ! その報いは受けてもらうわ!」

 

うーむ、怒っているな。ダシダシと足を踏み鳴らして怒鳴ってくる巫女に、さも申し訳なさそうな表情で応答を放つ。こっちだって一応この展開は予想していたんだ。『ご機嫌取り』の技術は早苗のお陰で磨けているんだぞ。それはそれでちょっと虚しい話だが。

 

「まあまあ、そんなに怒らないでくれたまえ。あの時は予定が詰まっていたから、外界に出るためにああせざるを得なかったんだ。だから今日はお詫びも兼ねてこの神社に来たんだよ。……『初詣』は神道において重要なイベントなんだろう? 他の神社からも来ないかと誘われたんだがね、世話になっているからこっちを参ろうと思って足を運んだわけさ。」

 

「つまり、他よりも私の神社を優先したってこと? ……妖怪にしては殊勝な考え方じゃない。そこに関しては正しい選択よ。そこに関してはね。」

 

「私はここの神札を大量に使わせてもらっているからね。……ほら、受け取ってくれたまえ。外界の金貨で悪いが、心ばかりの寄進さ。今度『幻想入り』する予定の私の身内の分も含んでいるから、その辺もよろしくお願いしたいんだよ。幻想郷に移住したら一緒に参拝に来る予定だ。だってほら、幻想郷一の神社はここなわけだろう?」

 

「き、金貨? ……結構入ってるわね。神前に供えた後、神社の運営に活用させてもらうわ。『幻想郷一』ってところも大正解よ。よく分かってるみたいじゃない。」

 

私からガリオン金貨が入った布袋を受け取った巫女は、ちらりと中を覗いた途端に敵意を引っ込めたかと思えば、隠し切れていないほどににやけながら続けて口を開く。間違いなく余計な出費ではあるのだが、こんなバカバカしい理由で札の『供給源』を失うわけにはいかない。えあこんの時に札を大量に手に入れたわけだし、ここで金貨を出してもそこまで損をしている計算にはならんだろう。ガリオン金貨は非魔法界から見れば『安い』のだ。ひっくるめれば全然プラスさ。

 

「まあ、そうね。私を騙した罪は重いけど、赦しを与えることもまた巫女の役目よ。ちゃんとこの神社の素晴らしさを広めてるみたいだし、参拝者を増やそうとする敬虔な態度は評価に値するわ。初詣一番乗りってところも褒めるべき点だから、今回は特別に水に流してあげようかしら。これからも励みなさい。」

 

金貨も当然嬉しいのだろうが、それ以上に参拝者が増えることを喜んでいるようだな。そういった部分も案外きちんと考えているわけか。この巫女にとっての一番の幸福は金ではなく、質素な食生活の改善でもなく、博麗神社の繁栄らしい。こういうのが『本物の巫女』であって、早苗はかなり特殊なケースなのだろう。己の神社に対して真摯であるが故に、こいつはあそこまで強力な札を作れるのかもしれない。

 

だったら『商売敵』を幻想郷に誘致したことは絶対に喋るべきではないと再確認したところで、巫女はパタパタと賽銭箱の方に走っていったかと思えば、そこに立て掛けてあった板を持って戻ってくる。何だそれは。何か文字が書いてあるようだ。

 

「じゃあはい、どれにする?」

 

「何だい? それは。」

 

「御守りとかの『お品書き』よ。買うでしょ? だってあんたはこの神社の信仰者なんだから。」

 

「……『妖怪除け』と書いてあるが? 妖怪が妖怪除けの御守りを買うと思うかい? 虫が防虫剤を買うようなものじゃないか。」

 

守矢神社ほど品揃えは豊富ではなく、その殆どが退魔の品物であるらしい。『博麗神社産』の札の神力を鑑みるに、どれも値段に比べて遥かに強力な一品ではあるのだろうが、間違いなく妖怪向けではないと思うぞ。

 

私の心からの疑問に対して、巫女は唸りながら応じてきた。さすがの守銭奴巫女としても納得の疑問だったようだ。

 

「……まあ、妖怪じゃ触れないから持ち帰れないかもしれないわね。いいでしょう、今日は寄進だけで勘弁してあげる。今度から妖怪用の御守りとかも作ることにするわ。」

 

「『妖怪用の御守り』ってのが既に矛盾していないか?」

 

「やってやれないことはないでしょ。妖怪だって妖怪と喧嘩するわけだし、持ち主にとって安全でさえあれば使い道はあるわ。どうにかするわよ。」

 

難しいと思うけどな。言うと『お品書き』を戻しに行った巫女を尻目に、寒空の下の境内をぐるりと見回す。私と巫女以外にはだーれも居ないじゃないか。境内の景観や売っている品の質は守矢神社より上だが、参拝客の数ではあの神社にすら負けているらしい。こっちの神社の方が頑張って活動している分、何だか哀れに感じられてしまうぞ。そういえばさっき『初詣一番乗り』と口にしていたっけ。私以外にはまだ誰も来ていないようだ。

 

どう考えても立地が悪いと首を振っていると、視界の隅に黒猫の姿が映った。向こうの木の陰でこちらを覗き見ているな。当人は隠れているつもりのようだが、周りが白い雪だから物凄く目立っているぞ。

 

「……それじゃあ巫女、キミは神社の経営に励みたまえ。私は猫と遊んでから帰るよ。」

 

「ん、帰るの? お茶くらいなら出してあげるけど?」

 

「この日は忙しいんだろう? 私のことは気にしなくて結構だよ。」

 

この様子を見るに絶対に忙しくはならないだろうが、そこは口に出さずに応答してやれば、巫女はこっくり頷いて石階段の方へと歩き出す。

 

「んじゃ、私はどんどん来るであろう参拝客を出迎えに行ってくるわ。猫を苛めないようにね。」

 

「ちょっとエサをやるだけだよ。それが終わったらすぐに帰るさ。」

 

寒い外で来るはずもない参拝客を待ち続けるとは、神職の鑑じゃないか。遠ざかっていく巫女を微妙な気分で眺めつつ、雪に足を取られないように少し浮いて猫に近寄ってみると……おお、逃げたな。黒猫はビクッとした後に大慌てで桜の木に登り始めた。マホウトコロの桜と違って、冬らしく枯れている桜の木にだ。

 

「おい、猫。紫か藍を呼びたまえ。話があるんだ。」

 

私は飛べるんだから、高所に逃げても無意味だろうに。むしろ逃げ場が無くなるだけだぞ。黒猫の浅はかな行動に呆れながら要求を言い放つと、バカ猫はフシャーと威嚇した拍子に足を滑らせて枝から落っこちてしまう。かなりのバカだな、こいつ。

 

「何をしているんだい? ほらほら、どうした。早く呼びたまえよ。」

 

木の下の雪に埋もれてジタバタしている猫の首根っこを掴んで、ぷらりと持ち上げつつ催促してみれば……まさかこいつ、猫の姿だと話せないのか? 黒猫は暴れながらふぎゃふぎゃ鳴き始める。奇妙だな。前は人型にまでなっていたのに。どんなカラクリがあるんだ?

 

「人化できないのか? ……そら、抵抗しないと酷い目に遭うぞ。とっとと変化したまえ。」

 

謎を解明すべく猫をぶんぶん振り回していると……おや、保護者の登場か。境内の脇の茂みからがさりと藍が現れた。獣や盗っ人じゃあるまいし、何でそんなところから出てくるんだよ。

 

「やめろ、バートリ。橙を離せ。一体全体何をやっているんだ。」

 

「キミこそ何をやっているんだ。雪の下のネズミでも探していたのかい?」

 

「バカバカしいことを言うんじゃない。私はまだ巫女とは接触できないんだよ。前にも言ったはずだぞ。……とにかく入れ。博麗の巫女の鋭さは尋常ではないからな。妖術を使っているが、それでも境内では長く隠れていられん。」

 

ちらりと巫女が居る鳥居の方を確認しながら警告してきた藍は、自分の足元に開いたスキマを指して促してくる。それに従って黒猫を持ったままでスキマに飛び込んでみると、この前と同じ茶の間の光景が目に入ってきた。隙間妖怪のねぐらに繋がっていたらしい。

 

私に続いて落ちてきた……天井と地面を繋げたのか。スキマから落ちてきた藍を横目に黒猫を離してやれば、小生意気な小動物は一目散にどこかへと逃げていく。完全に猫の動きだな。妖怪っぽさは皆無だ。

 

「あの猫は何故変化できなかったんだい?」

 

藍の目線での注意に応じて靴を脱いでから尋ねてみると、金髪九尾は座卓の上にあった空の湯呑みに茶を注ぎつつ答えてきた。

 

「今は私が式を憑けていないからだ。ずっと式に頼りっぱなしだったからな。単なる化け猫の状態での変化は練習させているところなんだよ。もう少し修行を重ねれば式無しでも変化できるようになるだろう。」

 

「なるほどね、この前は式神の『補正』があったのか。……化けられない化け猫なんて冗談にもならないぞ。」

 

「冗談にもならないから練習させているんだろうが。心配しなくてもあの子は賢いからすぐに習得できるはずだ。……で、何の用だ? 用があるから橙にちょっかいをかけたんだろう?」

 

湯気が立つ湯呑みの片方をこちらに押し出しながら聞いてきた藍に、テーブルに直接腰掛けて返答を飛ばす。賢そうには見えなかったけどな。『猫基準』でもバカな方だと思うぞ。

 

「紫に聞きたいことがあるんだよ。てっきりいつものように事態を察知していて、勝手に呪符をここに繋げてくれると思っていたんだけどね。」

 

「冬本番のこの時期は、紫様が一段と深く眠る期間だからな。眠りながら世界を観察しているとはいえ、さすがに見逃すこともある。……よって用件は管理者代行たる私が処理しよう。何を聞きたいんだ?」

 

「相柳についてだよ。」

 

私が『相柳』という名を出した途端、藍はピリッとした雰囲気を醸し出してくる。中々の反応じゃないか。こいつにとっても相柳は無視できない存在らしい。その頃既に紫の式になっていて、主人を通じて関係を持ったのか?

 

九尾狐の反応から色々と想像している私に、藍は鋭い表情で問いを寄越してきた。

 

「相柳と何かあったのか?」

 

「そういうわけじゃないんだけどね。前提として聞かせて欲しいんだが、キミはアピスのことを知っているかい?」

 

「情報屋を営んでいる古参の大妖怪だろう? 会ったことはないが、知ってはいるぞ。紫様は『決して相容れない存在』だと言っていた。『私は彼女のことが好きだし、彼女も私を嫌ってはいないだろうけど、見ているものと望むものがあまりにも違い過ぎるから』と。……どんなヤツなんだ?」

 

「現代に適応した大妖怪だよ。そういえばアピスの方も似たようなことを言っていたね。互いに認め合いつつも、別々の方向を目指しているってことなんじゃないか?」

 

認められないが故に相容れないのではなく、認めているが故に関わろうとしないわけか。共存を選んだ紫と、同化を選んだアピス。道は違えど相手の選択も理解できるから、互いに邪魔をしたくないのかもしれないな。

 

『正反対よりもずっと違う方向』を目指している対照的な大妖怪。その違いについてを考えている私に、藍は眉根を寄せながら相槌を打ってくる。

 

「適応か。確かに紫様とは違うやり方だな。相反しているとは言えないが、同時に決定的に違うものでもある。難しいところだ。……それで、その大妖怪が相柳とどう関係してくるんだ?」

 

「直接関係しているわけじゃなくて、アピスが紫と相柳のことを話してくれたんだよ。蛇の人外の話題になった時、ふとした拍子に出てきただけだけどね。しかし深くまでは教えてくれなかったから、当人に聞くことにしたのさ。……戦ったんだろう? 相柳と紫は。」

 

「ああ、戦った。相柳と紫様は古き友であり、そして決別した敵同士でもあるからな。憎み合ってはいないが、『味方である』とは絶対に言えないような関係にあるんだ。」

 

『古き友』か。私が知る紫の『友』は魅魔だけだ。友と言っていい関係なのかは微妙なところだが、二人の発言からするに昔から交流があった知り合いではあるはず。相柳もそういう存在だったということか?

 

永き時を生きる大妖怪たちの関係を思いつつ、藍にこちらが持っている情報を伝えた。

 

「アピスは『ゲラート・グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアのような関係』と表現していたよ。そして相柳が『妖怪の国』を作ろうとして六百年前の日本で騒ぎを起こし、神々に打ち破られたことは守矢の二柱から聞いている。そこは間違いないかい?」

 

「……何とも上手い例を出す情報屋だな。どちらも正しい。紫様と相柳の関係はヨーロッパ魔法大戦のそれと似ているし、あの子が妖怪の国を作ろうと目論んだのも事実だ。」

 

「であれば、やはり興味深いね。詳細を教えてくれたまえ。」

 

『あの子』ね。不思議な呼び方だな。熱い緑茶を一口飲んでから聞く姿勢を示した私に、藍は一つため息を吐いた後で昔話を語り始める。紫の古い友の話を。

 

「いいだろう、話してやる。別に隠すほどのことではないからな。……相柳と紫様は私が式になる前からの古い知り合いだった。強大な力を持っている紫様に対して、相柳は矮小な蛇妖怪に過ぎなかったが。」

 

「『矮小な蛇妖怪』なのに紫の古い知り合いなのかい? この場合の『古い』というのは相当昔のはずだぞ。」

 

「『死に難い』というのは蛇の人外の特性の一つなんだよ。大した力を持っていなくても、寿命だけは凄まじく長いんだ。しかも相柳には妖怪の知り合いが多かったから、彼らから手厚く『保護』されていたのさ。大昔から各地を渡り歩き、多くの大妖怪との親交を築いていたらしい。紫様を含め、強力な妖怪たちから目をかけられていたわけだな。」

 

「ふぅん? 大妖怪の威を借りて生き抜いていたわけか。」

 

珍しい生存術だな。妖怪というのは自分勝手な存在ばかりなので、そういう話は滅多に聞かないぞ。噛み砕けば『ご近所付き合い』が得意だったってことか。意外な思いで応じた私へと、藍は追加の情報を投げてきた。

 

「相柳は何と言うか……そう、素直だったんだよ。憎めないヤツ、と言った方が伝わりやすいかもしれないな。頭が悪くて、弱くて、子供っぽくて、悪戯好きだったが、同時に裏表が無くて信義を重んじる妖怪でもあったんだ。『愛すべきバカ』というやつさ。」

 

「妖怪っぽくないね。」

 

「そうだ、妖怪らしからぬ妖怪だった。紫様はそこを気に入っていたし、他の大妖怪たちも恐らくそうなんだろう。いちいち疑わずに話せる相手として好かれていたんだよ。純妖怪なのに一部の神々との付き合いもあったほどだ。……私もまあ、嫌いではなかったぞ。奔放な童女のようなヤツだった。紫様に会いに来る度に私が菓子をやっていたのを覚えている。毎回毎回全力で喜んでくれるから、次来た時は何をやろうかと楽しみにしていたものだ。ずっと年上の『妹』のような存在だったな。」

 

懐かしそうに語っている藍の顔には、僅かな寂寥が浮かんでいる。悪い関係ではなかったわけか。妖怪から愛される妖怪。私たちにとっての昔のフランみたいな存在だったのかもしれないな。手はかかるし我儘だが、素直に喜んでくれるからどうにも甘やかしてしまう『妹』。しっくり来るぞ。

 

私が金髪の従妹を思い出している間にも、藍の話は進行していく。

 

「そんな相柳だが、彼女はどれだけ生きても大して成長しなかったんだ。私より遥かに永く生きているのにも拘らず、人に変化することすら至難の業という有様でな。見た目も性格も妖力もずっと『子供』のままだった。……まあ、相柳はそのことを一切気にしていなかったが。妖怪らしい活動をあまりしていなかったから、単純に人間たちからの恐怖を得られなかったのかもしれないな。」

 

「『大妖怪』ではなかったということかい?」

 

「何を以って『大妖怪』とするかだ。妖力は低級妖怪程度だったが、生きてきた時間は世界でも有数の長さだったし、相柳当人は『人間を唆す程度』の弱い力しか持っていなかったものの、その気になれば複数の強大な大妖怪を動かせた。私も未だにどう呼べばいいのか分からんが、少なくとも紫様は『相柳は立派な大妖怪よ』と言っていたぞ。」

 

「んー、難しいね。大きな影響力を持った小さな存在か。確かに大妖怪であると言えなくもないかもね。」

 

間接的に力を行使できるのであれば、それは相柳の力として評価すべき……かな? やっぱり特殊なケースすぎて判断できんな。何にせよ相柳は弱い妖怪だったが、強い妖怪の友が沢山居たということか。

 

私の返事を受けて、藍は一度頷いてから話を先に進めた。少し苦い顔付きでだ。

 

「そんなわけで、相柳は多くの妖怪たちと親しくしていたんだが……反面人間や神性のことは激しく嫌っていたんだよ。妖怪から好かれ、妖怪たちを好いていたからこそ嫌いだったのかもしれないな。神性の方は普通の妖怪と同程度の嫌悪の仕方だったし、さっきも言ったように一部の神々とは和解していたものの、人間たちが力を増すほどに相柳の『人間嫌い』は悪化していったんだ。卑怯なやり方で妖怪が退治されていたのが余程に気に食わなかったんだろう。悔しそうに大泣きしながら怒っていたよ。」

 

「『卑怯なやり方』ね。別に人間の肩を持つつもりはないが、仕方がないことなんじゃないか? 自分たちの恐怖から生まれた存在に真っ向勝負で勝てるわけがないんだから、退治の仕方を工夫するのは当たり前の話だよ。人間が知恵を絞って人外を退治するのは世界中での『伝統』じゃないか。」

 

「私も紫様もそう諭したんだがな、相柳は全然納得してくれなかったんだ。友と慕っていた妖怪たちが次々と退治されていくのが辛かったんだろう。……特に鬼退治が『流行った』頃は荒れに荒れていたよ。鬼とは随分と仲が良かったようだからな。そうと分かった上で人間の挑戦を受けようとする鬼たちを、必死になって止めようとしていた。」

 

「『そうと分かった上で』? 無謀にも程があるだろうが。策に嵌められると分かっていて戦いに出向いたってことかい?」

 

意味が分からんという心境で質問してみれば、藍は苦笑しながら詳細を教えてくれる。日本語だと同じ鬼の名を冠していても、計算高い吸血鬼とは全然違う種族らしい。

 

「日本の鬼というのは挑まれれば応えてしまう種族なんだよ。もしかしたら人間たちが狡賢くなる前の、人と鬼との名誉ある力比べを懐かしんでいたのかもしれないな。何れにせよ鬼たちは人間が正々堂々戦うという期待を捨てずに戦いに赴き、その度に裏切られて数を減らしていったんだ。泣き喚いて止めようとする相柳に必ず帰ると言い残して、そして殆どの鬼が帰ってはこなかった。……素直で単純な種族が故に、人間の策略にはとことん弱かったのさ。相柳の人間への憎しみが固まったのはあの時期だろうな。」

 

「それが『妖怪の国』に繋がったというわけか。」

 

「そうだ、相柳は廃れ行く妖怪たちを放っておけなかったんだ。室町時代に入ったばかりの日本は、ちょうど人外と人間の力関係が逆転しかけていた頃だった。幻想が終わり、人の世の始まりが到来した時期なんだよ。だから相柳は行動を起こしたのさ。人間の発展によって妖怪たちが廃れて消えてしまう前に、『妖怪の妖怪による妖怪のための国家』を作ろうとしたわけだな。」

 

「無茶苦茶な計画だね。人間を支配下に置き、恐怖を搾取するということかい?」

 

私たちの世界のリンカーンか。嘆くべきは妖怪は所詮妖怪でしかないという点だな。人間ほどの社会性を持っていない私たちに国家の運営など不可能だ。妖怪の場合、多民族国家などというレベルの話ではないのだから。

 

呆れた気分で飛ばした発言に対して、藍は難しい表情で応答を寄越してきた。

 

「残念ながら、相柳はそこまで考えていなかった。とにかく妖怪たちを救わねばと思い立って、各地の大妖怪たちに意見を聞きに行き、それを継ぎ接ぎした急拵えの主張を打ち出しただけなんだ。本当にバカで素直なヤツだったんだよ。……しかし、相柳はまさかの成功を収めてしまったわけさ。数名の大妖怪の協力を得たとはいえ、人間を操って京を支配するところまでやってのけたんだ。操った相手がとんでもない才能を持った陰陽師だったらしくてな。私と紫様にとっても、そして神々や妖怪たちにとっても予想外だった。あんなに弱い妖怪がそこまでのことをやるとは誰も思っていなかったんだよ。」

 

「偶然が重なり、相柳の『クーデター』が成功してしまったわけか。」

 

「相柳が類を見ないほどの強運の持ち主だったという点や、あの子に協力した妖怪が大物ばかりだったという点も影響しているだろう。鵺や覚といった普通の妖怪からは距離を置かれていた大妖怪たちも、相柳とだけは親しくしていたからな。皆あの子の笑顔が好きだったんだ。相柳を哀れんだ大妖怪たちの小さな施しが積み重なった結果、いつの間にか凄まじい規模の大事件に発展してしまったんだよ。……誰もが妖力の弱さに気を取られて、相柳の『妖怪のリーダー』としての資質を見誤っていたわけだ。」

 

『妖怪のリーダー』ね。レミリアとはまた違うカリスマの形だな。周囲から担がれる御輿としての才覚というわけだ。……ここまで聞いた今、相柳を大妖怪と呼ぶことに躊躇いはなくなったぞ。これもまた一つの力の在り方だろう。

 

妖怪たちの偶像。面白い事例だなと感心している私へと、藍は日本魔法史にも刻まれている事件についての続きを述べてくる。

 

「そして誰もが放ってはおけなくなった。神々は当時まだ無名だった『細川派』に肩入れをして間接的な相柳の討伐を企み、相柳のことを見捨てられなかった大妖怪たちはあの子を守るために次々と『相良柳厳』の陣営に協力し始め、その頃既に人妖の融和のために『幻想郷』というシステムを目指していた私と紫様は……まあ、相柳を止めようとしたのさ。取り返しがつかなくなる前に。」

 

「歴史に残る結果を見ると、キミと紫は失敗したらしいね。」

 

「ああ、相柳と紫様は論戦の末に物別れに終わったんだ。あの子は紫様のことを『人間に惑わされた裏切り者』と非難したよ。私も紫様もそれに言い返せなかった。仕方がないからと、もはや道はそれしかないからと言い訳するのは容易いが、真に妖怪のことを想っているのは相柳の方だと認めざるを得なかったからな。」

 

「アピスは人を、紫は融和を、そして相柳は妖怪を選んだわけか。人妖の関係において三者三様の道を選び、故に相容れなかったというわけだね。」

 

アピスがゲラートとダンブルドアの関係に似ていると言ったのはそういう意味か。確かに酷似しているな。廃れ行く妖怪を、魔法族を見捨てられなかった相柳とゲラート。二つの世界の融和を信じ、それを曲げなかった紫とダンブルドア。どちらが間違っているわけでもなく、ただ貫こうとした対極の二人組。

 

未熟な『脚本家』が関わっていないだけ紫たちの方がマシかなと自嘲していると、藍が相柳の物語の結末を語ってきた。

 

「そういうことだな。相柳は一片の曇りなく妖怪を想い、どっち付かずの私たちは彼女を説得し切れなかった。今思い出しても口惜しい限りだよ。……そして結末は日本魔法史にも残っている通りだ。神々と人間の連合軍と相柳率いる妖怪たちが出雲で激突し、双方に多大な犠牲を出した末に相柳は敗れた。相柳の『妖怪の国』という幻想が、人間たちの『変化』という現実に敗北したのさ。日本の支配権が完全に人間側に傾いた瞬間だな。あの事件以降妖怪の衰退が急速に進んだことからするに、あれこそが妖怪たちによる最後の抵抗だったんだろう。」

 

「幻想の反乱か。物悲しい話だね。……キミたちはその戦いで神々の側に付いたわけだ。」

 

「紫様は妖怪や神々に対して示さねばならなかったからな。本気で人妖の融和を実行するつもりだということを。それを阻むのであれば、たとえ相柳だろうと敵に回すということを。……とはいえ、全力で戦えもしなかった。私もそうだし、紫様は明らかに加減をしていたよ。それが最後にして最悪の失敗に繋がったんだ。」

 

「失敗?」

 

紫ほどの大妖怪でも、情にだけは勝てなかったわけか。紫が出張ったのに一瞬で戦いが決さなかったのはそういう理由があったかららしい。然もありなんと鼻を鳴らした私に、藍は情けなさそうな顔で『最後にして最悪の失敗』の内容を口にする。

 

「蓬莱の丸薬だよ。それを細川派がエサにしたのは日本魔法史にも書かれているだろう? 相柳は短慮な性格だったが、同時に自分が短慮であることを自覚する程度の賢さは持っていた。だから計画が失敗した時の保険としてあの丸薬を求めたんだ。妖怪のために何度でもやり直せるようにとな。」

 

「……日本魔法史では『老蛇に盗まれた』とされているね。」

 

「そうだ、そういうことだよ。相柳は戦いの混乱に乗じて愚かな月の民が作り出してしまった最悪の丸薬を盗み、呑んでしまったんだ。永遠の生という地獄をその身に宿す丸薬をな。……紫様は今でもそのことを悔やんでいる。もし本気で戦っていれば、呑む前に相柳を殺すか捕らえるか出来ただろう。永久に生き続けるくらいなら死んだ方が遥かにマシだ。あの子はそこまで考えずに『永遠』を呑んでしまったのかもしれない。そう思うと私も悔やんでも悔やみ切れん。」

 

「……なるほどね、永遠の命か。それは地獄だ。」

 

死ねない。それほどの悪夢など他には存在しないだろう。神々も、妖怪も、そして思慮ある人間も恐れるであろう最悪の恐怖。それを得てしまったが最後、全てが無に帰した後も孤独に存在し続けなくてはならないのだから。ぞわりと背筋を震わせている私へと、藍は額を押さえて口を開く。

 

「そして最終的に相柳は細川派の陰陽師たちに捕らえられた。相柳当人は大した力を持っていなかったから、勢力を失えば無防備なただの低級妖怪と変わらんからな。今は彼らの本拠地に固く封印されている。」

 

「助けなかったのかい? 紫なら出来ただろう?」

 

「助けてどうする? 相柳は決して考えを翻さないだろうし、紫様とは既に決別しているんだぞ。……私たちはな、『完成した幻想郷』を相柳に見せるつもりなんだよ。もしかしたら、もしかしたらその景色を見て考えを変えてくれるかもしれないと思ったのさ。だからその日まで相柳を眠らせておくことにしたんだ。細川派が構築した未熟な封印に細工をして、安らかに眠っていられるようにしたわけだな。衰退していく妖怪のことを嘆き続けるくらいなら、微睡の中で長い時を過ごした方がずっといいだろう?」

 

「……そうかもしれないね。今の世は人外たちにとって生き辛すぎる。相柳はきっと嘆いただろうさ。」

 

妖怪を想う妖怪か。今までそういうヤツとは関わってこなかったな。しかし……むう、相柳ね。早苗が接触したという例の蛇は、彼女の言によれば『すっごくおバカ』だったはず。そいつが相柳だと考えるのは行き過ぎか?

 

まあ、行き過ぎだな。たったその程度の共通点で繋げて考えるのはあまりにも短絡的だ。自身の思考の突飛さに苦笑しつつ、それでも藍へと一応の確認を投げる。『有り得ないような偶然のトラブル』はもはやお馴染みの出来事なのだから、念には念を入れておこうじゃないか。

 

「一つ聞かせて欲しいんだが、相柳はどんな姿だったんだい?」

 

「小さな黒蛇だ。腹と目が真っ白で、残りは真っ黒な美しい蛇だった。滅多にしなかったが、人化した時は黒い長髪の少女だったぞ。お前と同程度の年頃の見た目だったな。……それがどうしたんだ?」

 

腹と目が白く、残りが真っ黒な蛇。早苗から聞いた見た目と完全に一致している答えを受けて、アンネリーゼ・バートリは眉根を寄せるのだった。

 


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