Game of Vampire   作:のみみず@白月

533 / 566
囁く者

 

 

「じゃあその、リーゼ様は疑ってるわけですか。大妖怪相柳と早苗ちゃんにちょっかいをかけてきた蛇が同一人物……『同一妖怪』じゃないかって。」

 

うーん、どうなんだろう。有り得ないとまではいかないけど、そんな偶然があるのかな? 人形店のリビングルームで人形を作りつつ、アリス・マーガトロイドはかっくり首を傾げていた。

 

2000年に入ったばかりの一月二日の午前中、私はクリスマスパーティーの時にビルから頼まれた『子育てちゃん』の新作を作っているところだ。向こうのソファでは明日ホグワーツに出発する咲夜と魔理沙が早めの荷造りを進めており、エマさんはキッチンで料理の下拵えをしている。

 

そんな中、ダイニングテーブルの対面に座っているリーゼ様から相柳についての詳細を聞いていたわけだが……ちょっと悲しい話だったぞ。かなり『人間寄り』の人外である私でも同情してしまうような内容だったな。廃れ行く妖怪たちのために立ち上がった妖怪。そういう存在が昔の日本には居たのか。

 

幻想郷に行ったらパチュリーにも話してあげようと思っている私に、リーゼ様は悩んでいる時の顔付きで応答を寄越してきた。

 

「偶然、偶々、計らずも、思いがけず。そんな出来事がここ数年で何度あったか忘れたよ。全くもって合理的な思考ではないが、もはや私はその言葉を信じちゃいないのさ。アピスから聞いた紫と相柳の物語が、『偶然』私たちを取り巻く騒動と関わっている。キミは考え過ぎだと思うかい?」

 

「……まあ、『前例』を出されると弱いところはありますね。じゃあ、ここはパチュリーのやり方に倣ってみましょう。こういう時は前提から詰めてみるべきです。大前提として相柳は現在『細川派に封印されている』んですよね? そこはどう考えているんですか?」

 

「仮に相柳が早苗と接触したのであれば、何らかの方法で封印から抜け出したんだろうさ。……前に細川派で『トラブル』があったことを覚えているかい? キミにも話した記憶があるんだが。」

 

トラブル? ……あー、あれか。中城霞さんから聞き取ったという、細川本家での『盗っ人騒動』。記憶の片隅にあったそのことを思い出しつつ、リーゼ様へと首肯を返す。

 

「覚えてます。細川本家から『大事な何か』が盗まれたって話ですよね?」

 

「そうそう、それだよ。その際細川派の中核を担う、細川七家の当主である中城の祖父が呼び出されたわけだ。おまけに呼び出した西内家は私との打ち合わせを早々に切り上げた。……もし封印してあったはずの相柳が『盗まれた』ことが発覚したのであれば、私は騒動に値する出来事だと思うがね。」

 

「んー、相柳という存在に囚われすぎじゃありませんか? 『相柳が関わっている』ってことを前提にした、若干飛躍した考えにも思えますけど……。」

 

「自覚はあるよ。だから悩んでいるんだ。」

 

むう、間違いなく突飛ではある。だけどリーゼ様が悩んでいるなら真剣に考えるべきだ。パチュリーには及ばないまでも私だって魔女なんだから、不在の『頭脳』の代役くらいは果たさなければ。

 

頭の中で思考を回しつつ、話を進めるために他の事例についてを口に出した。

 

「なら、仮に盗まれたのが相柳だとしましょう。誰かが封印を解いて相柳を救い出し、マホウトコロに連れ込んだってことですよね? 誰がそんなことを──」

 

「細川京介。……どうかな? ぴったり当て嵌まりそうな人物だと思わないかい?」

 

「……分かりません。私は細川京介と実際に会ったことがないですから。リーゼ様は有り得ると考えているんですか?」

 

「細川の様子は明らかにおかしかったんだ。それは私が実際に確認しているし、早苗の話からも読み取れた。藍によれば、相柳は『人間を唆す程度』の力は持っていたそうだからね。日本魔法界における大罪人である相良柳厳……元々の名前は違ったそうだが、相柳が自身の名に因んでそう名乗らせたらしい。を背後から唆して操ったのと同じように、細川京介のことも操っているんじゃないか? 恐らく私たち吸血鬼の魅了と似て非なる力なんだと思うよ。」

 

魅了か。吸血鬼という種族が持つ特別な力のことを考えながら、リーゼ様に相柳の能力に関する疑問を送る。私の役目は多分これだな。無理にでも疑問点や問題点を指摘して会話を進めることだ。

 

「細川京介はともかくとして、相良柳厳は並々ならぬ魔法使いだったんですよね? つまり、相柳の『唆し』は物凄い力を持った魔法使いをも操れるほどの能力なんですか?」

 

「いや、そうではないらしいね。相良柳厳の場合は幼少期から目を付けて干渉していたから、彼が一流と呼ばれるほどの陰陽師になる頃には単なる操り人形になっていたんだそうだ。相柳は長い時間をかけて相良柳厳を完全な支配下に置いたってことさ。藍は『本当に大したことのない力』と言っていたよ。強い精神力を持っていない一般的な人間を操るのにも、それなりの時間をかける必要があるらしい。」

 

「リーゼ様の魅了よりは全然弱い力ってことですか。だけど、それだと細川京介を操るのは難しいですよね?」

 

「そこはまあ、謎だね。しかし、そもそも相柳を封印から解き放つ動機は細川京介の方にあったはずだ。封印されている相柳からは外に働きかけられないんだから。となれば細川は相柳を何らかの形で利用したかったわけで、そうなると相柳にもチャンスはあったんじゃないか? 細川に協力する意思を見せつつ、徐々に支配していけばいいんだよ。」

 

ううむ、無くもなさそうだ。とはいえそれは『細川本家から盗み出されたのが相柳』であるということと、『盗み出したのは細川京介』という二つの前提を基にした話になるから……やっぱり結論を出せる類の会話じゃないな。判断の材料が少なすぎるぞ。何もかもに確証が無いじゃないか。

 

「何れにせよ、正解の道標となる情報が少なすぎますね。例の蛇が相柳であるという仮説に筋を通すことも出来ますし、逆もまた然りです。点と点を結ぶ材料が無いままだと、『多分こうだろう』を積み上げていくことになっちゃいます。八雲藍さんは何か言っていなかったんですか?」

 

「あまり私の発言を信じていなかったようだが、一応相柳がきちんと封印されているかを確認するとは約束してくれたよ。……紫が起きていれば一瞬だったんだけどね。冬眠が深くなるこの時期はどうにもならないんだそうだ。」

 

「報告待ちってことですか。……仮に相柳が細川京介を操っているんだとすれば、彼女は何を企んでいるんでしょう?」

 

「そりゃあキミ、最終的な目標は妖怪の復権だろうさ。」

 

肩を竦めて答えてきたリーゼ様に、テーブルの上の紅茶を一口飲んでから返事を放つ。

 

「だけど絶対に無理ですよね、そんなこと。六百年前の日本ではまだ僅かなチャンスがあったのかもしれませんけど、現代でやるのは不可能ですよ。」

 

「それは私も理解しているさ。断言してもいいレベルで不可能だろうね。今や妖怪に再起の目は残されていないよ。世界はとっくの昔に人間のものになっちゃったんだから。……とはいえ、相柳がはいそうですかと諦めるかどうかは別の話だ。藍の発言から見えてくる相柳の性格を鑑みるに、諦めずに挑むって可能性は大いにあると思うよ。」

 

「グリンデルバルドが決して諦めなかったように、ですか。」

 

「そういうことさ。」

 

呆れるように、それでいて羨むように鼻を鳴らしたリーゼ様を見て、心の中で小さくため息を吐く。諦めずに理念を貫き、足掻ける者か。彼女にとってグリンデルバルドや相柳は眩しい存在なのだろう。

 

本質的に器用なリーゼ様は、無理だと感じたら拘泥せずに別の道を選択できる吸血鬼だ。しかし『不器用』なグリンデルバルドや相柳は違う。どれだけ無様だろうが自分の道を貫くことをやめないはず。リーゼ様はそんな不器用さに呆れつつも、心の片隅では『見事である』と感服してしまっているわけか。

 

自分に無いものを羨むという点は、人外も人間も変わらないのかもしれないな。リーゼ様に羨まれるグリンデルバルドを羨ましく思いつつ、仮定の会話を再開した。

 

「具体的な『方法』は思い付きますか?」

 

「相柳が選択すべき方法ってことかい? ……パッとは浮かんでこないね。先ず、現代まで生き残っている大妖怪たちを利用するのは難しいはずだ。しぶとく生き延びているということは、即ちある程度現代に適応しているわけなんだから、いきなり『妖怪を復権させよう』だなんて話を持ち込まれても一笑に付して終わりだよ。少なくとも私のところに相柳が来たら丁重に追い返すだろうさ。彼女の理念には妖怪として感心するかもしれないが、実際に手伝おうとまでは思わない。そんな感じかな。」

 

「でも、相柳は日本の大妖怪たちと親しかったんですよね? 六百年前の事件の時と同じく、『相柳が言うなら』ってことで動く存在も居そうじゃないですか?」

 

「もしかしたら居るかもしれないが、何れにせよ相柳が現代の日本で有力な大妖怪と接触したという可能性は低そうだよ。藍がそういう話を耳にしていないらしいからね。幻想郷に引っ込んでいるとはいえ、紫は『外界の裏側』との繋がりを切ってはいないから、そんなことがあればさすがに知らせが舞い込んでくるんだそうだ。」

 

うーむ、単独で動いているということか。大した力を持っていない妖怪が、独力で妖怪という存在そのものを復権させる。いよいよ無理っぽく思えてきたぞ。ティーカップを弄りながら悩んでいると、リーゼ様が続けて一つの案を提示してきた。

 

「……私が相柳の立場に居たならば、人間を利用することを考えるだろうね。」

 

「『相良柳厳』のようにですか?」

 

「自分が無力な妖蛇で、頼れそうな協力者も居らず、人間を唆す程度の力しかなかった場合、それしか方法が思い浮かばないよ。……人間社会を失墜させ得るのは人間だけさ。人間という種族そのものをどうこうするのは神々にも、堕天使どもにも、妖怪にも、悪魔にも終ぞ出来なかったことだが、多分人間になら出来るんじゃないかな。世界で一番人間を殺したのは他ならぬ人間なんだから。」

 

「……怖くなってくる話ですね。人間の最大の敵は人間ですか。」

 

自分たちが知っている限りの世界を最大の勢力として支配してしまった今、人間たちにとっては同種こそが唯一の天敵なわけか。あのマグル界での大戦を経た現在では、その考え方に異を唱える者など居ないだろう。成熟し切った文明の末路は自壊。それは古来語られてきた予想だ。

 

人間の恐怖から生まれた者たちにすら出来なかったことを、人間たちだけがやれる。皮肉な予想に首を振っている私に、リーゼ様は相柳が『選択すべき行動』を口にした。

 

「理想的なのは文明を一度崩壊させることだ。薄暗い場所に潜む者への恐怖を再び蔓延させるには、進歩によって照らされた明るい場所を減らす必要がある。……『三度目』を起こすのが一番手っ取り早いかもね。火蓋さえ切れば、マグルどもは勝手に殺し合って壊し尽くしてくれるだろうさ。」

 

「壮大な話になってきましたね。」

 

「逆に言うと、そこまでやらないと『妖怪の復権』なんてのは無理なんだよ。我々が隠れ潜むための未知が無くなっちゃっているからね。未知を既知にするのは難しくないが、既知を未知に戻すのは非常に困難なんだ。……そも不可逆に挑んでいるんだから、それなりのことをしないといけないのは当然さ。人間どもが世代を重ね、発見や探求によって築き上げてきた文明は、伊達や酔狂で壊せるほど脆くはないってことだね。」

 

「……相柳はやろうとするでしょうか?」

 

妖怪の復権は困難極まる道のり。脳内でそれを再確認しながら送った問いに対して、リーゼ様は小首を傾げて応じてくる。

 

「第一に、相柳がそこまで考えられるかどうかが疑問だよ。藍によれば相柳は『短慮なバカ』だったらしいからね。おまけに六百年ものブランクがあるんだ。『妖怪想いの素直なおバカちゃん』が、変わり果てた世界を見て何を思うかなんて想像できないさ。……正直言って、絶望して全てを諦めるのも無きにしも非ずと考えているよ。現状を見てなお足掻こうとしたのであれば、相柳は『本物』の革命家だ。大したもんだと拍手を送ってやってもいいんじゃないかな。私だったら絶対に諦めるだろうね。」

 

「まあ、八雲さんたちの思惑通りに封印されていた方が遥かにマシでしょうね。相柳にとってはひどく辛い世界のはずです。」

 

「……あるいは待つべきかもね。相柳には当人も自覚しているであろう最大にして最悪の後天的な特性がある。『死なない』、あるいは『死ねない』という特性が。だったら人間の文明の崩壊をひたすら待つのも選択肢の一つなんじゃないかな。その気になればいくらでも待てるんだから、勝手に人間社会が半壊するのを待ってそこで行動を起こせばいいのさ。エデンの園で最初の人間を唆したかの赤い蛇の如く、生き残った人間たちにそっと囁きかければいいんだ。『あの闇の中に何かが居るぞ』と。そうすればまた妖怪の世が始まるだろうね。」

 

文明の光を失った人間たちは、また闇の中に潜む『何か』を想像し始めるというわけだ。それはずっと先の出来事なのか、それともすぐ未来の人間たちの姿なのか。叶うなら遥か先の出来事であって欲しいと願っていると、エマさんが寄ってきて私たちに声をかけてきた。

 

「お嬢様とアリスちゃん、何か食べますか? 料理の下拵えが終わったので、軽いおやつを作ろうかと思うんですけど。パンケーキとかどうです?」

 

「いいね、作ってくれたまえ。吸血鬼用のソースで食べるよ。」

 

「じゃあ私も一枚食べます。プレーンで。」

 

「はーい、了解です。……咲夜ちゃん、魔理沙ちゃん、パンケーキを焼きますよ。二人も食べますか?」

 

私たちの返答を受けた後でソファの二人にも聞きに行ったエマさんを見送ってから、リーゼ様が苦笑して口を開く。何だか暗い話題になっちゃっていたし、熟練メイドさんのお陰で救われた感じだな。

 

「何にせよ、藍の報告如何で私も動くよ。もし相柳が細川本家に居なかった場合、マホウトコロに忍び込んで細川京介の部屋を探ってみる予定だ。」

 

「相柳を止めるってことですか?」

 

「んー、どうだろうね。人間を知った今の私は相柳の主義主張に必ずしも賛成しちゃいないが、反面昔からある妖怪としての部分は『あっぱれ』と思っているし、そもそも現状敵対するほどではないんだ。相柳を止めるべきはむしろ紫や藍の役目であって、無関係な立場で無粋にしゃしゃり出る気はないよ。勝手にやってくれというのが本音さ。……だが、早苗にちょっかいを出されるのは困る。二柱との契約がある以上、そこだけは私がどうにかすべき部分だからね。」

 

「なるほど、早苗ちゃんの安全のためですか。……仮に蛇が相柳だとしたら、どうして早苗ちゃんに関わってくるんでしょう?」

 

「そこはさっぱりだよ。おバカちゃんがおバカちゃんを操ったところで何が出来るとも思えんしね。……まあうん、交渉で済むなら交渉でやめさせるし、それがダメなら実力行使で排除するさ。相柳のことは妖怪として嫌いじゃないが、それはそれ、これはこれだ。」

 

まあ、そりゃそうだ。納得の頷きと共に、魔力で人形を呼びながら応答を飛ばす。エマさんはパンケーキを作り始めているし、人形に紅茶を淹れ直させよう。

 

「相柳なんて全然関係なくて、例の蛇はただの蛇だってことを祈っておきます。話してたら段々と薄い可能性に思えてきましたけど。」

 

「私も同じことを祈っているよ。そういう祈りは一度も届いたことがないけどね。運命の女神は妖怪の願いなんて聞いちゃくれないんだろうさ。」

 

疲れたように言うリーゼ様へと、何とも言えない気分で苦笑いを返した。悪い方向の『もしかしたら』だけが異様な確率で的中しちゃうのは、ここ数年の私たちの伝統だ。とはいえ今年のホグワーツは平穏そのものらしいし、私やリーゼ様の生活も比較的順調に進んでいる。今回ばかりはトラブルから逃れられるかもしれないぞ。

 

どうか最後の年くらいは穏やかなままで終わりますようにと祈りつつ、アリス・マーガトロイドはティーポットを運んでくる人形を眺めるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。