Game of Vampire   作:のみみず@白月

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蛇と蝙蝠

 

 

「待たせたな、バートリ。」

 

ロンドンの中心街からは少し外れた位置にある、ハーマイオニーと一緒に見つけた紅茶が美味いカフェ。その店内で対面の席に腰掛けたスーツ姿の藍を目にしつつ、アンネリーゼ・バートリは軽い文句を放っていた。私は翼を能力で隠しているが、こいつは巨大な尻尾をどうやって隠しているんだろうか? 見えなくなっているというよりも、『無くなっている』といった感じだな。高度な人化を使っているのかもしれない。

 

「遅いぞ。スキマを使えば一瞬だろうが。」

 

「場所が分かり難かったんだよ。お前は説明が雑すぎるぞ。下手なのではなく雑なあたりが尚悪い。要するに説明に手を抜いているわけだからな。」

 

「的確な考察をどうも。……それでも紫なら多分時間ぴったりに現れたぞ。」

 

「紫様なら可能だろうが、私には無理だ。僅か十分遅れで済んだことを評価してくれ。」

 

一月最後の日が明後日に迫った土曜日の午後。藍と互いの情報をすり合わせるべく、こうして話し合いの席を設けたのだ。当然ながら話す内容は相柳についてで、先日私の留守中にアリスが受け取ったアピスの調査報告書も持ってきている。蛇に関しては殆ど掴めなかったようだが、細川京介の情報はいくつか追加のものが得られたな。

 

藍が店員に注文を済ませるのを眺めた後、先ずはその報告書をテーブルの上に置いた。

 

「先に例の情報屋の調査報告書を見せておくよ。相柳が操っている可能性のある、細川京介という男に関してが纏められてある報告書だ。一読したまえ。」

 

「……読ませてもらおう。」

 

報告書によれば、大前提として細川京介が細川本家に出入りすることは大いに可能だったようだ。加えて、彼は日本魔法界では有名なテーマである『竹取問答』の研究者らしい。竹取物語に関する矛盾点を紐解く研究のことを、日本魔法界では竹取問答と呼んでいるんだとか。

 

竹取物語。竹から生まれた月の姫が、常世を惜しみながら月へと帰って行くおとぎ話。妖怪視点で見ても多少おかしな点があるものの、粗筋としてはまあ納得できたぞ。要するに、『月の民』とやらが日本魔法界と接触した時の出来事を『物語風』に纏めているわけだ。

 

藍もその部分に着目したようで、報告書を読みながら言葉を寄越してくる。

 

「日本魔法史の専門家で、竹取問答の研究者か。おまけに細川本家に連なる人間となれば、『蓬莱の丸薬』から相柳の存在に行き着いたとしてもおかしくはないな。」

 

「月の姫が地上に残した三つの丸薬。一つは霊峰の火口に捨てられて、一つは相柳が呑み、一つは今なお行方不明か。……月の民のことはよく知らないが、とんでもなく迷惑な女だったらしいね。そんな『毒薬』を迂闊に残していかないで欲しかったよ。」

 

「甚だ同意だが、月の民は地上の人間とは違った考え方をしている連中だ。何を思って丸薬を置いていったのかは考えるだけ無駄だぞ。悪意から渡したと推理するのが普通ではあるものの、本当に『お礼』として渡したという可能性すら有り得るだろう。」

 

「生き続けるのがどれほどの苦痛かなんて、ちょっと考えれば分かるだろうに。度し難い連中だね。仲良くはなれなさそうだ。」

 

この世に存在する数多の毒薬の中でも、最も忌み嫌うべき薬だろうな。そもそもそんなもんを作るなよと呆れ果てている私に、藍は苦笑いで話を進めてきた。店員が運んできたアイスティーを受け取りながらだ。

 

「どうも。……向こうから見れば『穢れ』を肯定する我々の方が度し難いんだろう。あそこは古き賢者である夜と月の王が創り出した浄土だからな。命と変化を否定する場所だよ。とはいえ紫様から得た私の知識が正しいのであれば、蓬莱の丸薬の服用は月の都でも禁忌だったはずだ。」

 

「なのに『かぐや姫』は三つも置いていったのかい? ひょっとして、地上に捨てたってことか?」

 

「さて、そこまでは分からん。連中は地上を『穢れ切ったゴミ捨て場』と見ている節があるから、その可能性も無きにしも非ずだが、確たる真実は当事者たちのみぞ知るところだ。」

 

「『反則級』なら探れそうだけどね。……紫はまだ暢気に寝ているのかい?」

 

時間を操れる魅魔なら実際に『見に行ける』だろうし、境界を操れる紫も恐らく覗き見ることが出来るはず。無茶苦茶な連中のことを思い浮かべながらついでに聞いてやれば、藍は困ったような顔で首肯してくる。

 

「ああ、紫様はずっと眠っている。冬眠期間中に無理に起きようとすると幻想郷そのものに不具合が生じかねないからな。こちらの事情は夢の中で認識しているはずだが、直接介入するのは難しいんだろう。……正直なところ、私としても少し意外なんだ。さすがに相柳のこととなれば無理にでも起きてくると予想していたんだがな。もしかすると例年よりも眠りが深いのかもしれない。」

 

「肝心な時に頼りにならないヤツだね。……相柳が紫の冬眠の時期を狙ったという可能性はないか?」

 

「大いにある。相柳は紫様が冬眠することを知っているはずだ。あの子でもそのくらいのことは考え付くかもしれない。……いや、微妙なところか? あの子のことだからすっかり忘れているかもしれんぞ。自分が隠した菓子の場所を忘れて、悲しそうに私に捜索の手伝いを頼んでくるような子だからな。」

 

「おいおい、リスと同レベルの知能ということかい? そんなにバカなのか、相柳は。」

 

エマが子供の頃の咲夜に読んであげていた、『わすれんぼうのリスさん』という絵本の内容を思い出しながら問いかけてみると、藍は渋い顔付きで曖昧に頷いてきた。

 

「幾ら何でもリスよりは賢いが、その辺の人間の少女よりは間違いなく頭の弱い子だった。……だからこそ油断できないぞ。あの子は昔から突拍子もない行動ばかりしていたからな。紫様ですらもが『相柳の行動だけは予測できない』と言っていたほどだ。持ち前の強運も相俟って、勝者を出さないのだけは非常に得意だったんだよ。」

 

「『勝者を出さない』? 不思議な言い方だね。……まあいい、とにかく今はそれを踏まえて考えよう。細川京介に関してはある程度把握できたかい?」

 

「マホウトコロ呪術学院の日本史学担当の若い教師であり、派閥主義には否定的。所属は細川派で、本家に立ち入れる程度の位置には属している。社交性はあるが友人は少なく、家庭環境は劣悪。母は長い入院の末に病死し、闇祓いの父親は放蕩三昧。九月の上旬頃から『精神的な病気』の所為で部屋に籠りがちとなり、現在もなおマホウトコロ領内の自室で療養中。授業には一月時点でまだ復帰していない。……合っているか?」

 

「付け加えれば、九月の下旬に私と接触しているよ。非魔法界で杖魔法を堂々と使ったり、店員を不自然に無視したりと中々おかしな様子だったね。そしてその報告書にも書かれているが、ゲラートに対する強い興味を持っているようだ。そこは部屋に潜入した時にも確認済みさ。私の日本魔法界への干渉に協力する対価としても、ゲラートとの直接の接触を要求してきたしね。」

 

補足を伝えてやれば、藍は一拍置いてから疑問を提示してくる。……果たしてどこまでが『細川京介』で、どこからが『相柳の人形』だったんだろうか? 初対面の時と二度目の会話はそれなりにまともなものだったし、早苗の発言も含めて考えると去年の夏頃が境目なのかもしれないな。だとすればゲラートに興味を持っているのはどっちなんだ? 片方なのか、両方なのか。まだまだ曖昧な部分は残っているようだ。

 

「お前は細川京介が相柳に操られていると考えているわけか?」

 

「自室での様子を見るに、彼が何らかの『異常』に陥っているのは間違いないよ。魂が抜け落ちているかのようだったからね。……キミこそどう思うんだい? 相柳が細川本家から逃げ出したと発覚した今、キミの考えは変わっているはずだろう?」

 

「……相柳がマホウトコロに居た蛇かもしれないという部分には同意しよう。お前の話を聞く限り、引っかかる点が多々あるからな。しかし細川京介が相柳を封印から解放したとして、それは何のためだったんだ?」

 

「そこは今更論ずるべき部分じゃないと思うけどね。今の細川が相柳の完全な支配下にあるのであれば、もはやその目的は何の意味も持っていないはずだ。……まあ、キミが気になるなら考えてみよう。報告書の情報からすると、細川派は『相良柳厳を唆した妖蛇』として相柳を封印していたらしいじゃないか。ならば当然細川京介もそういった存在だという認識で相柳を解き放ったことになる。」

 

そこまで言ってから一度紅茶を飲んだ後、肩を竦めて続きを口にした。

 

「そして細川京介は派閥主義の日本魔法界を変えたいと願っていたわけだ。そこは一昨年の五月時点での、私との会話の中でも出てきたしね。……相柳を利用して日本魔法界を変えようとしたとか?」

 

「あまりにも短絡的すぎないか? 相柳が危険な存在だということは理解していたわけだろう?」

 

「んー、難しいね。細川京介は狂言回しという役割に拘っていたんだ。相柳を通じて『主役』を操ろうとしたんじゃないか? 例えば白木桜あたりを。……更に言えば、細川が『短絡的』だと考えるのはそこまで行き過ぎたことじゃないよ。相柳が細川を操ることが出来たのであれば、つまるところ細川はその程度の精神力しか持っていない人間だということだ。精神的に未熟である場合、多少バカバカしいことを目論んだりもするだろうさ。」

 

「何にせよ、相柳が『何を出来るか』を事前にどこまで知っていたかだな。細川本家が実際に相柳のことをどう認識していたのかも重要な点となるぞ。この報告書には載っていないが、秘密裏に相柳の詳細を後世に伝えていた可能性もあるはずだ。」

 

『相柳の詳細』ね。腕を組んで悩んでいる藍に、首を傾げながら質問を送る。

 

「そも、六百年前の細川派はどう認識していたんだい? 神々と共に妖怪と一戦交えたわけだろう? 人外という存在についてをしっかりと把握していたってことか?」

 

「していたぞ。その頃の妖怪はまだギリギリ『存在しているもの』だったからな。『妖怪と戦いました』と言っても今ほど小馬鹿にされることはなかったはずだ。」

 

「『相良柳厳』に関してはどうだったんだい? あくまで騒動の主体は相良柳厳という認識だったのか、それともキミたちと同じく相柳が首謀者だと理解していたのか。それを教えてくれたまえよ。」

 

「……細川派の土台となった中心人物たちはもしかしたら知っていたかもしれないな。無論、全体的な認識としては『相良柳厳という陰陽師の暴挙』だったはずだ。しかしながら神々と直接対話した一部の人間たちは、事態を正しく把握していたのかもしれない。共存を目指す私や紫様にとっては好都合とは言えないが、神々としては『妖怪の所為』だと暴露するのは別に不都合ではないだろう。妖怪は敵で、神々は味方。その構図は信仰を得たい神々にとって望ましいものであるはずだからな。」

 

実際は神々が教えなかったという可能性も残っているものの、現代では史実として『相良柳厳』が主犯だと伝わっている以上、細川派の中心人物たちは仮に教えられていたとしても秘匿したことになるな。だが、細川派内でどう伝えられたのかはまた別の話だ。日本魔法界で脈々と続いている派閥なのだから、口伝か何かで『真実』が後世に伝わっているのも有り得なくはないだろう。

 

頭の中でそこまで考えた後、首を振りながら話を先に進めた。

 

「何れにせよ、この段階では予想でしかないよ。その点については今度細川派と会った時にでも探りを入れてみよう。正直そんなに重要な部分ではないと思うけどね。実際問題として相柳はもう細川本家には居ないんだから。」

 

「まあ、そうだな。……では、封印から解き放たれた相柳の目的は? 細川京介を操っていた場合、あの子は何を企んでいるんだ? 長期的な目的は当然ながら妖怪の復権だろうが、そこにたどり着くための短期的な目的があるはずだ。」

 

「私はゲラート・グリンデルバルドだと予想しているよ。細川京介はゲラートと接触するための『踏み台』さ。彼を操ることが叶えば、人間社会を簡単に無茶苦茶に出来るからね。目の付け所は及第点といったところかな。」

 

「……グリンデルバルドか。確かにあの男であれば魔法界のみならず、非魔法界を混乱させることも可能だろう。火種としては充分すぎるほどの存在だ。」

 

ゲラートを自由に操れた場合……まあ、あの男の精神力を思うにそんなことは不可能だろうが。仮にそうであった場合、世界を混乱に導くのなんぞ容易いことだろう。魔法界を焚き付けて非魔法界との溝を深めるも良し、逆に非魔法界に魔法界の存在をいきなり知らしめるも良し。ゲラートの影響力を使えるなら方法はいくらでも思い付くぞ。自由に動かせる一定の戦力は今なお保持しているのだから。

 

非常に単純で分かり易いやり方だが、故に効果的でもあるわけか。紅茶を口に含んで思考してから、それを飲み込んで口を開く。

 

「とにかく、急いで相柳を見つける必要がある。ゲラートの邪魔をさせたくない私にとっても、相柳を止めたいキミにとっても彼女の捕縛は歓迎すべき事態だ。そこは間違いないね?」

 

「そうだな、捕らえさえすればどうにでも出来るはずだ。……一応確認するが、細川京介の部屋には居なかったのか?」

 

「居たら捕まえたに決まっているだろうが。姿は見えなかったし、気配も感じなかったよ。」

 

「……忠告しておくが、相柳は隠れるのが上手いぞ。大した妖力を持たない上に小さな蛇の姿だからな。おまけに今は不死になっているから、その気になればどんな場所だろうと隠れ続けられる。あの子が隠れようとしていた場合、見つけ出すのはかなり難しい作業になるだろう。」

 

厳しい表情で忠告してきた藍に、小さく鼻を鳴らして返事を返す。

 

「つまり、『隠れようとさせない』ことが重要だと?」

 

「そうだ、こちらが探していることを相柳に気取られないようにしなければならない。そこにさえ気を付ければ捕縛はそこまで難しくないはずだ。また守矢神社の巫女の前にひょっこり姿を現すかもしれないぞ。基本的には頭の弱い子だからな。」

 

「相柳は私が盤上に居ることを既に認識しているはずだ。去年の六月と九月に細川と接触しているわけだし、彼は私と早苗の繋がりも把握していたようだからね。……とはいえ私が『相柳』という存在に気付き、彼女を捕まえようとしていることにまではたどり着いていないだろう。そこが狙い目だよ。」

 

「……バートリ、本当に細川京介の部屋には居なかったんだな? 隅々まで確認したか? 戸棚の隙間とか、ベッドの下とか、そういう場所まで。」

 

しつこく尋ねてくる藍へと、足を組み直しながら返答を放った。そこまで細かくは調べていないが、自身の隠密に関しては最大限気を使ったぞ。危ない点はドアの開閉のみだ。

 

「戸棚の隙間までは確認しなかったが、ざっとはチェックしたよ。気配もそれなりに集中して探ったしね。……それにまあ、万が一あの部屋に相柳が潜んでいて、私がそれを見落としていたとしても問題はないはずだ。少なくとも隠密は完璧だった。気配も妖力も足音も姿も消したし、心音すら極限まで抑えていたんだぞ。仮に侵入者そのものに気付けた場合でも、それが私だとは分からないだろうさ。」

 

「お前には翼が付いているだろうが。背中に翼があって、このタイミングで侵入してきたとなれば、さすがの相柳でもお前だと予想するはずだ。」

 

「キミ、話を聞いていたかい? 能力で姿を消していたと言っているだろうが。私の背中を見たまえよ。見事に翼が見えなくなっているだろう? これだよ、これ。」

 

何を言っているんだよ、こいつは。まさか私の能力のことを知らんのか? 前に軽く説明したような覚えがあるし、そうじゃなくても紫から聞かされていて然るべきだろうに。呆れた気分で再度説明してやれば、藍もまた呆れたような面持ちで問いを寄越してくる。

 

「お前こそしっかり話を聞いていたのか? 相柳は妖蛇なんだぞ。」

 

「だからどうしたんだい?」

 

「……これはまあ、私の説明不足だったかもしれないな。お前にマホウトコロ内の捜索を頼んだ段階では、件の蛇が相柳であるという可能性を本気で考慮していなかったんだよ。だから伝えるのを怠ったんだが……相柳はな、視覚の他に蛇としての感覚器官も持っているんだ。彼女は『体温が見える』のさ。どうだ? バートリ。お前は体温も隠せていたか?」

 

「それは……ああくそ、失念していたよ。そうか、蛇か。そういえば蛇ってのはそんな器官を持っていたね。」

 

ピット器官だったか? 吸血鬼のように完成されていない半獣半妖が故のメリットだな。パチュリーか誰かから教えてもらった蛇の知識。それを頭に浮かべつつ、苦い思いで言葉を繋げた。

 

「……体温までは隠せていなかったかもしれないね。今までそんなものを気にしたことは無かったんだよ。」

 

「ならば、お前の姿ははっきりと相柳に認識されていたはずだ。無論その部屋にあの子が居た場合の話だがな。」

 

「あー……イラつくね。隠密はバートリの吸血鬼にとっての『誇り』だ。こんな形でボロが出るとは思わなかったよ。他の失敗ならそこまで気にしないが、隠密行動を看破されるのだけは我慢ならん。相柳を殺してやりたくなってきたぞ。」

 

紫や魅魔のような『反則級』が相手だったり、細川の部屋におけるドアのような不可避の障害が原因ならまだ認められるが、今回のこれは完全なる私のミスだ。蛇の器官のことは知っていたんだから、体温にまで考えが及んで然るべしだったぞ。アリスに相談しておけば何かしらの解決方法が手に入ったかもしれないのに。

 

バートリ家の吸血鬼が『本気で』隠れている時、相手に見つかるなどあってはならないのだ。自身のプライドに背く行為に苛ついている私へと、藍が困ったような顔付きで発言を飛ばしてくる。

 

「誰にでも相性の悪い相手は居るものだ。隠密を得手とするお前にとっては、相柳のような存在がそうだということなんだろう。……まあ、そこまで気にするな。相柳が部屋に居なかったという可能性も大いに残っている。」

 

「……何にせよ、現状相柳に対して私の隠密は通用しないということか。存在している限り、体温は消しようがない。そこばかりは私の能力や吸血鬼としての力ではどうにもならん。細川の部屋で待ち伏せしたり、マホウトコロに忍び込んで捜索するのはやめておいた方が良さそうだね。」

 

いきなり厄介なことになってきたな。最大の特技が封じられた形だぞ。イライラと足を揺すりながら言った私に、藍はアイスティーを飲み干してから首肯してきた。

 

「他のやり方を考える必要があるだろうな。私としてもマホウトコロに大々的に干渉するのは避けたいところだ。あの場所は日本魔法界に古くから存在していて、故に人外の社会とも何度か関わっている。大昔の様々な契約で雁字搦めになっているんだよ。イギリスの妖怪であるお前は比較的自由に干渉できるのかもしれないが、紫様の部下である私の場合は話が別なのさ。」

 

「早苗に接触してきてくれれば一番手っ取り早いんだがね。私の行動がバレていたらさすがに望み薄かな。」

 

「まあ、こちらでも捕縛の方法を考えておく。兎にも角にも情報のすり合わせは出来た。近いうちにまた会おう。」

 

「何も解決していないわけだが、もう行くのかい?」

 

今後の動きを話し合うべきだろうが。席を立った藍に文句を投げてやれば、彼女は肩を竦めて懐から出した紙幣をテーブルに置く。

 

「忙しいんだよ、私は。相柳のことは放っておけないが、幻想郷の管理業務もあるんだ。何とか次の話し合いの時間は捻出するから、その時までにお前も作戦を考えておいてくれ。」

 

「作戦ね。……とりあえず細川京介でも殺してみるかい? 忍び込んだ時もやろうか迷ったんだが、相柳への手掛かりを失いかねないからやめたんだ。現状の相柳の駒が細川京介一つなのであれば、そいつを落とせば少なくとも足止めにはなるはずだろう?」

 

「無意味なことはするな。若い魔法使い一人を動かしたところで出来ることなど高が知れているし、駒のままにしておいても大したリスクにはならん。まだお前の侵入がバレたと決まったわけではないんだから、次の話し合いまではなるべく動かないでくれ。……私は出来るだけ穏便にあの子を捕縛したいんだよ。お前の利益に反しない限り、相柳のことはこちらに任せてくれないか? 私が何とかしてみせるから。」

 

「余計なことはするなということかい? ……ま、別にいいけどね。そこまで言うならきちんと片付けたまえよ?」

 

私の返事を聞いて頷いてから店を出ていった藍の背中を眺めつつ、残った紅茶を飲んで一息つく。うーん、難しいな。マホウトコロという閉鎖された環境と相柳の特性や能力が相俟って、非常にやり難くなっている感じだ。天は相柳に味方せり、か。六百年前の事件といい、今回の状況といい、相柳は運や環境を味方に付ける力を持っているらしい。

 

『天運』を持った敵か。第一次魔法戦争の時を思い出すな。藍が置いていった金額に私の紅茶の分が含まれていることに鼻を鳴らしながら、アンネリーゼ・バートリは椅子の背凭れに身を預けて店の天井を見上げるのだった。

 


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