Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ステイルメイト

 

 

「またやるみたいですね、カンファレンス。……あの、カンファレンスって何なんですか? だからつまり、具体的に。」

 

葵寮の自室に入ってお二方に語りかけつつ、東風谷早苗はかっくり首を傾げていた。英単語としての意味はもちろん知っているけど、実際に何をするのかがいまいち掴めないぞ。『発表会』的な感じなんだろうか?

 

二月に入ってから初めての土曜日の昼、葵寮の一階で『寮集会』が行われたのだ。何でも来月の中旬か下旬頃にまたマホウトコロでカンファレンスが開かれるため、五年生以上の生徒も準備に協力することになるらしい。ちょっと面倒くさいな。

 

前回と同じく外国からの参加者も居るので、英語や中国語に自信がある者は積極的に案内役に立候補するようにって寮長が言っていたわけだが……うー、やりたくないぞ。前のカンファレンスの時や、クィディッチトーナメントの際は英語の成績が良かったから勝手にメンバーに入れられたのだ。今回もそうならなきゃいいんだけど。

 

まあうん、前回のカンファレンスではリーゼさんやアリスさんと出会えたわけだし、クィディッチトーナメントでは霧雨さんと会えたんだから、案内役というのは私にとってラッキーな仕事なのかもしれない。英語を勉強しておいて正解だったなと今更ながらに思っていると、ベッドの上に出現した諏訪子様が返事を寄越してくる。

 

「寮長が『非魔法界対策の意見交換会』って言ってたじゃん。要するに話し合いとか、会議的なやつなんでしょ。……リーゼちゃんも来るのかな?」

 

「かもしれませんね。次の外出日に聞いてみましょうか。」

 

「来週かぁ。……相柳のことも聞かないとだし、さすがに遊ぶのは無理そうかな。」

 

「……遊べないんですか?」

 

ゲームを禁止されてしまった今、それだけを楽しみに頑張っていたのに。勉強机の前の椅子に腰掛けながら絶望的な気分で問いかけると、ベッドに座っている諏訪子様は肩を竦めて応じてきた。

 

「だってなんか、シリアスな雰囲気になりそうじゃん? そのまま遊びに行こうとはならないと思うけど。」

 

「でも、でも、息抜きは必要ですよ。……というかですね、あの蛇さんがそこまで大した問題だとは思えません。その辺が未だによく分かんないです。」

 

曰く、警戒すべき大妖怪とのことなのだが……あんなおバカな蛇が『大妖怪』? 全然そうは見えなかったぞ。悪名高き『最悪の陰陽師』を操って、六百年前の事件を起こしたって点も私からすれば半信半疑だ。半信半疑というか、二信八疑くらい。『蛇違い』なんじゃないだろうか?

 

疑わしいという気持ちを顔に表してみれば、今度は神奈子様が顕現して答えてくる。

 

「油断は禁物だぞ、早苗。少なくともバートリは私たち以上の情報を持っていて、そのバートリがあの蛇は相柳であると判断しているんだから、警戒するに越したことはないはずだ。」

 

「情報の中継点がリーゼちゃんってあたりがやり難いよねぇ。リーゼちゃんは『幻想郷の管理者代行』から聞いた情報とか、『馴染みの情報屋』からの調査報告とか、ついでに言えば私たちからの報告も受けてるわけじゃん? だからある程度はっきりと状況を認識できてるのかもだけどさ、私たちからじゃぼんやりとしか見えてこないよ。相柳と物理的に一番近い位置に居るのは多分私たちなのに。」

 

「バートリは恐らく、相柳の目的と私たちが然程関係していないと踏んでいるんだろう。故に『後回し』にされているわけだな。……お前は何だと思う? 諏訪子。」

 

「相柳の目的が何かって聞いてんの? そんなの情報が足りなくて分かんないって。……正直さ、早苗に累が及ばないならどうでも良いんだけどね。私は『マホウトコロの神』じゃないんだから、妖怪がこの土地で何をしようが知ったこっちゃないよ。」

 

そこまで言った後で、諏訪子様はベッドにごろりと寝転がりながら続きを口にした。非常に面倒くさそうにだ。

 

「とはいえそのマホウトコロに自分たちの祝子が居る以上、私たちも無関係じゃ居られないわけ。『巻き込まれた感』が半端ないよ。妖怪ってのはいつの世も迷惑だなぁ。」

 

「愚痴を言っていても何も解決しないぞ。……何れにせよ、来週バートリから詳しいことを聞いてからだな。それまではとにかく警戒を続ける他ないだろう。」

 

警戒か。そこも私的にはちょびっとだけ迷惑な部分だな。何せお二方の指示で、今の私の部屋は札だらけになってしまっているのだから。壁とか天井とかに札がペタペタ貼ってある部屋というのは……うーむ、今回ばかりは招き入れる友人が居なくて良かったかもしれない。見たらドン引きされるだろうし。

 

ちなみに冷蔵庫の上には急遽作った小さな神棚も置いてある。お二方によれば、あれを基礎にした簡易的な神力の結界を張っているらしい。この前リーゼさんが『易々と』侵入してきたのを受けて、お二方が急いで作ってくれたのだ。

 

あれを置いておくと、この部屋は『厳密に言えば守矢神社の敷地』になるとのことだったが……勝手に寮の一室でそんなことをしちゃって大丈夫なのかな? そこが若干不安になりつつも、お二方に対しておずおずと発言を送った。

 

「あのですね、蛇さんを私たちで探すっていうのはダメなんでしょうか? 捕まえて、リーゼさんに突き出すんです。そしたら褒めてくれるでしょうし、もしかしたらご褒美をくれるかもしれませんよ?」

 

「早苗? 相手は大妖怪なんだぞ。」

 

「弱そうな蛇さんでしたから、楽勝だと思いますけど。エサとかで誘き出して捕まえちゃいましょうよ。」

 

そしたらきっと、リーゼさんは私のことを見直してくれるはずだ。ハワイにだって連れて行ってくれるかもしれない。万が一ハワイがダメでもグアムくらいならオーケーしてくれるだろう。グアムが具体的に何処なのかはちょっとよく分からないけど、多分ハワイよりも近いはず。

 

南の島でのバカンスを想像しながら提案してみれば……むう、予想していた反応と違うな。お二方は至極微妙な顔付きで応答してくる。

 

「あのね、早苗。あんたは全然理解してないみたいだけど、相柳は日本を大混乱させたような妖怪なんだよ? 何で積極的に捕まえようとしてんのさ。相変わらず凄まじい子だね。」

 

「でもあの、棒とかで叩けば倒せると思いますよ? こうやって、えいって。」

 

「早苗、もし相柳を見つけても絶対に棒で叩きにいかないように。相手はバートリと同じ大妖怪なんだぞ。お前はバートリを倒す時、棒で叩こうとはしないだろう? たとえ原始人でももう少し工夫するはずだ。」

 

「でもでも、リーゼさんも『相柳はバカ』って言ってました。たん……たんりょ? なバカって。それに『ひどく矮小』とも言ってたじゃないですか。それなら私でも勝てますよ、多分。」

 

私だってしっかり話を聞いていたのだ。ふんすと鼻を鳴らしながら主張してやると、神奈子様が額を押さえて声をかけてきた。

 

「……早苗、よく聞きなさい。細川が変になっていただろう? あれはもしかしたら、相柳が何かしたからかもしれないんだ。妖怪というのはそういうことが出来る存在なんだよ。相柳についてはっきりしたことが分かっていない以上、不用意に近付くべきじゃない。最低でもバートリから詳しいことを聞ける次の外出日までは大人しくしておくように。重ねて言うが、棒で叩くなんてのは論外だぞ。」

 

「だけど、相柳を捕まえればハワイに行けるかもしれないんですよ?」

 

「……諏訪子、意味が分かるか? 何故この子は急にハワイの話をし始めたんだ?」

 

「今回は私にも分かんないかな。相柳を捕まえればハワイに行けるとは知らなかったよ。予想外にも程がある新情報だね。っていうかあんた、まだハワイを諦めてなかったんだ。」

 

一番現実的なハワイの行き方はそれなのに。私の賢い計画をお二方に説明しようと口を開きかけたところで、諏訪子様がびしりと手のひらを突き出して注意を重ねてくる。

 

「いい? 相柳のことを『棒で叩く』のは無しだし、積極的に探そうともしないし、ハワイには多分行けないの。いいね? 早苗。分かったね?」

 

「でも──」

 

「早苗?」

 

「……うう、分かりました。」

 

諏訪子様にジト目で睨まれて渋々頷いてから、心の中でため息を吐く。ハワイ、行きたかったな。こうなったらまた別の方法を考えるしかないか。今まで思い付いた中で一番良いやり方だと思ったのに。

 

札だらけのミニ冷蔵庫から飲み物を取り出しつつ、東風谷早苗は南国の景色の遠さを嘆くのだった。

 

 

─────

 

 

「仮に相柳の狙いがグリンデルバルドだとすれば、行動を起こすのはカンファレンスの時なんじゃないですか?」

 

グリンデルバルド当人がマホウトコロを訪れるんだから、それ以上の機会は他にないだろう。人形を作るための人形を人形に手伝ってもらいながら作っているアリス・マーガトロイドは、人形とチェスをしているリーゼ様へとそう声をかけていた。

 

曇り日和の二月の上旬、私は人形店の作業スペースでリーゼ様と相柳の計画についてを話しているところだ。私は会話しながら人形作りの助手となる人形を作っており、リーゼ様は最近バージョンアップした『チェスちゃん』と熾烈な戦いを繰り広げているのだが……むう、今回はチェスちゃんが勝ちそうだな。となると互いに二勝二敗。私が作った人形なのに、もはや私よりもずっとチェスが強くなっているじゃないか。

 

明らかに黒が優勢な盤面をちらりと確認している私へと、白の駒を操るリーゼ様が唸りながら応答してくる。ちなみに『魔法使いのチェス』ではなく、駒が勝手に動かない普通のチェスだ。私はどちらかといえば『駒への交渉』が可能な魔法使いのチェスの方が得意なのだが、リーゼ様は普通のチェスを得手としているらしい。

 

「私もそう思うよ。最後に細川京介と話した時も、彼はマホウトコロでカンファレンスが開かれると聞いた途端に帰って行ったからね。」

 

「細川京介経由でグリンデルバルドと接触するつもりなんでしょうか?」

 

「それなら防ぎ易くて大助かりなんだが……まあ、細かい方法までは予想し切れないかな。何にせよ一番確実かつ安全な対策は、ゲラートがカンファレンスに出席しないことさ。そもそも『標的』が現れなければどうしようもないからね。」

 

「……グリンデルバルドは納得してくれますかね?」

 

リーゼ様が言うように、グリンデルバルドがカンファレンスに参加しないというのが現状における最適解だろう。そしてそれはグリンデルバルドさえ了承すれば簡単に実現できるわけだが……私の質問を受けて、リーゼ様は悩ましそうな顔付きで曖昧な返答を寄越してきた。微妙なところらしい。

 

「さて、どうかな。今は別の場所でのカンファレンスの真っ最中だから、来週か再来週のどこかで会いに行って提案してみる予定だよ。……ゲラートは変なところで頑固だからね。どうなるかは分からんさ。」

 

「『命を狙われる』のには慣れてるでしょうしね。何度も何度も暗殺を仕掛けられて、何度も何度も生き延びてるわけですから。」

 

「正直言って、そも成功しない計画なんだけどね。仮に無力化するにしたって細川じゃ二十対一でもゲラートに勝てないだろうし、何より相柳があの男を操るのは絶対に無理だよ。私にだって出来ないんだから、相柳じゃ不可能なはずだ。とはいえ当然ながら放置も出来ない。困ったもんさ。……ええい、リザインだ。次にいくぞ。先手はもらうからな。」

 

雑な感じに白のキングを倒して降参を宣言したリーゼ様は、そのまま駒を初期位置に並べ始める。どちらも先手の時のみ勝っているということは、チェスちゃんとリーゼ様の実力は伯仲しているらしい。順当に行けば次はリーゼ様が勝ちそうだな。

 

自分の人形の敗北がちょっと悔しいような、リーゼ様が勝ってくれそうでホッとするような、何とも微妙な気分になりつつ話を先に進めた。

 

「えっと、グリンデルバルドを『餌』にするっていうのはダメなんですか? 相柳を捕まえようとする場合、それが一番効果的なやり方だと思いますけど。」

 

「……そうだね、相柳の捕縛に焦点を当てるならそれが最善手なんだろうさ。接触されても本当に操られる可能性は限りなく低いんだから、餌としては百点満点だ。ほぼノーリスクの賭けだし、藍も恐らくその作戦を狙っているんじゃないかな。この前の二度目の話し合いでそういう結論に持っていきたがっていたからね。ゲラートの安全は保証するとか何とかって言っていたよ。」

 

「だけど、リーゼ様としてはそのやり方は嫌なんですか?」

 

おずおずと問いかけてみれば、リーゼ様はムスッとした表情で肯定でも否定でもない返事を返してくる。嫌なんだな。顔を見れば一目瞭然だぞ。

 

「先ずはゲラートに相談してみるよ。『キミを操ろうとしているヤツが居るから、そいつを捕まえるための餌にしていいか?』とね。」

 

「了承しそうにない頼み方ですね。グリンデルバルドからすれば詳細が全然掴めないでしょうし、普通は断ると思いますけど。」

 

「了承すると思うけどね、私は。ダンブルドアなら簡単に認めるだろう? ゲラートもそういうタイプなんだよ。」

 

あー、確かにダンブルドア先生なら了承してしまうかもしれないな。もちろん相談を持ち掛ける者次第なんだろうけど、仮に私が頼んだら深くを聞く前に先ず頷いてくれる気がするぞ。……ただ、ダンブルドア先生のそれは他者への信頼が先行しているからであって、グリンデルバルドに『信頼』という言葉は似合わない。結果が同じでも理由は全然違うんじゃないだろうか?

 

その点についてを黙考していると、リーゼ様は苦笑しながら私の内心を読んだような発言を繋げてきた。

 

「キミが考えていることと私が言っていることは微妙に違うと思うよ。私が言いたいのは、ゲラートもダンブルドアも『自分の価値』をきちんと理解していないということさ。他人を餌にする時は熟考する癖に、自分を使う時は大して悩まない。そこがあの二人における共通点の一つなんだ。」

 

「……なるほど、思い当たる節があります。」

 

「あるいは、自信があるからこそ迷わず決断できるのかもね。杖捌きであの二人の上を行く者はこの世に居ないだろうし、どちらも長い人生の中で危機を何度も潜り抜けている。『餌になるのが自分なら、失敗したところでどうにでも出来る』とでも思っているんだろうさ。」

 

そして、実際それでどうにかしてきたんだろう。経験を積み重ねた、強者故の選択か。言われてみれば美鈴さんあたりも自身を餌にすることを躊躇わなさそうだ。『いざとなれば自分で対処できる』と断言できる者だけに許された選択肢。私がそれを選べるようになるのはまだまだ先の話だな。

 

自らの経験不足を実感しつつ、リーゼ様へと疑問を送る。

 

「グリンデルバルドが了承しそうっていうのは分かりましたけど、どこまで説明するつもりなんですか? 今回はさすがに相手が普通の魔法使いじゃなく、妖怪だってことを伝える必要がありますよね?」

 

「ぼんやりと話すさ。ゲラートは『こちら側』のことを薄っすらと認識しているはずだから、それで勝手に理解してくれるんじゃないかな。」

 

「……人外たちのことを、ですか?」

 

「こんなに長く私と関わっていて、全く気付かないほどバカじゃないってことだね。そこもダンブルドアと一緒だよ。こちらがあえて話さないから、それを察して聞いてこないだけさ。」

 

確信がある様子で語ってきたリーゼ様は、白のポーンを動かしてから肩を竦めて話題を締めてきた。

 

「何れにせよ、ゲラートの決断次第で展開が決まると思うよ。そもそもカンファレンスに行かないのが上策、出向きはすれど万全を期して防備を固めるのが中策、ゲラートを積極的に餌にして相柳を誘き出すのが下策だ。……余計なことを考えさせないために、下策は口に出さない方がいいかもね。」

 

「中策が結果的に下策を内包してるっていうのは分かりますけど……グリンデルバルドがカンファレンスに出席しなかった場合、相柳の問題の解決を引き延ばすってことですよね? それって『上策』でしょうか?」

 

「引き延ばすこと自体が解決に繋がるんだよ。春になれば紫が起きるだろう? それで終いさ。一番楽な必勝法じゃないか。」

 

「あー……なるほど、それはそうですね。すっかり忘れてました。」

 

そっか、春まで待てば八雲紫さんが全てを片付けてくれるってことか。今回は珍しいことに、時間が私たちの味方になっているわけだ。たった二ヶ月耐えれば確定勝利。そう思うと何だか気が楽になるな。

 

意外なところにあった『簡単な勝ち筋』に拍子抜けしている私へと、リーゼ様はチェスを続けながら更に明るい情報を投げてくる。

 

「ついでに言えば、マホウトコロでのカンファレンス以前に紫が目を覚ます可能性もあるよ。幸いにも日本でのカンファレンスは一番最後の開催だ。三月の後半。藍によると、ギリギリ起きるか起きないかって時期らしいね。」

 

「……強引に起こしちゃうのはダメなんですか? ちょっとくらい『早起き』する程度なら問題なさそうに思えますけど。」

 

「私もぶん殴って起こすべきだと思うし、実行できるならそうしたいんだが、藍がぐちぐちと煩いんだよ。そも今年は私が冬の初め頃に起こしたのが悪いとかって認めようとしないんだ。まあ、次会った時にでも強めに要求してみるさ。……ちなみに十一日に東京に行くが、キミはどうする?」

 

急に話が飛んだな。つまり、早苗ちゃんの外出日なのか。脳内のカレンダーを確認しつつ、リーゼ様へと返答を放った。

 

「日曜日までの二泊ですか?」

 

「んー、十二日に細川派との打ち合わせがあるんだ。カンファレンスについてのね。だから一泊は確定だが、十三日まで残るかは微妙なところかな。」

 

「……じゃあ、行きます。」

 

正直言って頻繁に行っている日本に大した用事など無いし、早苗ちゃんたちの『お目付け役』として苦労するのは目に見えているのだが、それでも私の中の天秤はリーゼ様とのお泊りに傾いてしまうのだ。我ながら欲望に忠実だな。ちょびっとだけ情けないぞ。

 

果たして『今回はやめておきます』と口にする日は来るのだろうかと考えながら、それでもやっぱり同行を申し出た私へと、リーゼ様は苦い表情で駒を動かしつつ首肯してくる。私ではもう盤面を読み切れないけど、どうやらかなり難しい状況になっているらしい。チェスちゃんが後手で粘っているようだ。

 

「そうかい? 毎回付き合わせて悪いね。……最近は早苗たちの世話ばかりだし、十三日まで残って二人でどこかに行こうか? キミの行きたいところに。」

 

「……どこでもいいんですか?」

 

「ん、いいよ。前にそんな約束をしたしね。たまには私がキミに付き合うさ。……くそ、指し方が嫌らしすぎるぞ。ステイルメイトに持ち込んだね? しかしこれは私の勝ちだ。実質勝ち。2対2.5で私の『圧勝』だよ。」

 

やった、僥倖。二人っきりで好きな場所に行けるようだ。まんまとステイルメイトに持ち込まれたらしいリーゼ様がえへんと勝ち誇るのに、チェスちゃんが仕草で引き分けを主張しているが……そんなことよりどこに行くかを考えなければ。一気に日曜日が楽しみになってきたぞ。

 

「いーや、私の勝ちだね。要するにこれは投了だろうが。私は次を指せるが、キミは指せない。リザインと同義だよ。……何だ? 私が悪いと言いたいのかい? 私には回避する選択肢があったと? 小生意気な人形め、大人しく吸血鬼流のルールに従いたまえ。吸血鬼界ではステイルメイトになった方が負けなんだ。どれだけ主張しても無駄だぞ。私の勝ちは揺るがないんだからな。」

 

私が作った覚えのない人形サイズの公式ルールブックの、『ステイルメイトは引き分け』と書かれてある部分をバシバシ叩いているチェスちゃんへと、リーゼ様が反論しているのを横目に思考を回す。ああ、どこに行こう? リーゼ様がどこにでもついて来てくれるというのが魅力的すぎて決められないぞ。

 

「いいかい? 論理的に説明してあげよう。キミの手番で、キミは反則をしなければ駒を動かせなくて、かつ前の手番でも次の手番でも私は反則せずに駒を動かせる。だったらどう考えても私の勝ち……おい、やめたまえよ。駄々っ子みたいにルールブックを叩くのをやめたまえ。それは人間のルールで、今チェスをしているのは吸血鬼と人形だろうが。アリス、キミからも言ってやってくれ。アリス? アリス!」

 

悩ましい問題に没頭しつつ、アリス・マーガトロイドは幸せな気分で身体を揺らすのだった。

 


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