Game of Vampire 作:のみみず@白月
「『一方が他方の手にかかって死なねばならぬ』ね。大した予言じゃない、まったく。」
ホグワーツの校長室で、レミリア・スカーレットは部屋の主人へと静かに語りかけていた。なんともイラつく内容だ。予想通り、リドルを殺せるのは私たちではなかったということか。
頭を押さえる私を見て、目の前に座るダンブルドアは重々しく頷いた。
「さよう。本来なら会う気もありませんでしたが、貴女の言葉もあったので面接に応じてみたのです。すると──」
「実際に予言をやってのけた、と。」
「その通りですな。いやはや、驚きました。」
私が運命で見た通り、ダンブルドアは予言者と出会えたらしい。シビル・トレ……トレローニー? とかいうアル中だ。そんな人間に得意分野で先を越されたと思うと、なんとも悲しくなってくる。
今日はその内容を聞くためにホグワーツの校長室を訪れたというわけだ。
「内容を整理しましょう。一つ、その子はリドルに三度抗った両親から産まれる。二つ、産まれる時期は……『七つ目の月が死ぬとき』、つまり七月の末という意味かしら?」
「恐らくそうでしょう。その子はトムに無い力を持ち、そしてトムはその子に自らに比肩する者としての印を残す……ふむ、ここだけは難解ですのう。」
「そう? 私にはなんとなく理解できるわ。つまり……誰が予言の子になるかは、リドル自身が決めることになるのよ。『印』とやらを残すことでね。」
ここが一番イラつく点だ。主導権がリドルにあるというのがなんとももどかしい。指で膝を叩きながら、話を進めるために口を開く。
「何にせよ、先ずは絞り込みましょう。リドルに三度抗った人間というのは、残念なことに多くはないわ。……騎士団にも候補がいるわね。」
現在妊娠中で、七月末に産まれそうなのは二人だ。そして、その二人ともが条件に当てはまる。ダンブルドアにもそれは分かっているのだろう。彼はその名前をゆっくりと口にした。
「ロングボトム家、そして……ポッター家ですな。」
「どちらにせよ、リドルは狙ってくるでしょうね。」
私が睨みつけると、ダンブルドアは申し訳なさそうに俯いた。この男はどうやら予言のことを死喰い人に聞かれたらしい。ホッグズ・ヘッドなんかで面談するからそうなるのだ。
「いや、まったくもって申し訳ない。……ただ、前半部分しか聞かれていないはずです。アバーフォースが途中で追い出したので、『印を残す』から先は聞かれておりません。」
「一番重要なとこを聞かれてるじゃないの! ……とにかく、狙ってくることは間違いないわ。彼らの安全を確保すべきよ。」
赤ん坊の状態で殺されるのは論外だ。妊娠中の妻二人は既に任務からは外れているが、こうなったら夫二人も家に籠らせる必要があるだろう。その上で……。
「忠誠の術ですな。」
「その通りよ。」
忠誠の術。秘密を人間に閉じ込める呪文で、閉じ込められた人間……『守人』しか秘密を伝えることが出来なくなるのだ。よく建物を守るために使われる呪文で、ムーンホールドもこれによって守られている。
勿論ながら欠点も存在する。まず、秘密の対象となる人間は守人にはなれない。例えばムーンホールドを利用する騎士団員は、ムーンホールドの守人にはなれない。
つまり、守人本人は忠誠の術で守ることは出来ないのだ。更に、一人が複数の秘密の守人になることも出来ない。それができれば誰もがダンブルドアに頼むだろう。
私と同じく黙考していたダンブルドアが口を開く。
「ムーンホールドは……残念ですが、危険すぎますな。」
「術が破られることは有り得ないけれど……そうね、人が多すぎるわ。」
ムーンホールドの守人はリーゼだ。秘密が漏れることは絶対にないと保証できるが、団員が服従の呪文をかけられないとも限らない。死喰い人を招き入れることはできなくとも、操られる本人は入ることができるのだ。暗殺の危険性がある以上、ムーンホールドに置いておくのは危険だろう。
「守人は本人たちに選ばせるべきでしょうな。そしてわしらも知るべきではない。」
「それが一番ね。例外を作るのは危険だわ。」
忠誠の術を使うにあたって、もっとも気をつけることは守人の秘匿だ。秘密自体は守人しか伝えられないが、守人が誰であるかは簡単に伝えられるのだ。
そのため、慣例として守られる本人が選ぶことになっている。今回もそうするべきだろう。信頼ではなく、沈黙こそが最大の防御なのだから。
話が一段落ついたところで、ダンブルドアが紅茶で喉を潤してから口を開く。なんとも疲れた表情だ。
「しかし、情けないことですな。これから産まれてくる赤子に頼らねばならんとは……。」
「はぁ……その通りね。なんとも厄介なことになったもんだわ。今後十年くらいは子供を巡っての攻防戦? 冗談にもならないわよ、まったく。」
大魔法使いと吸血鬼が子守の相談か。思えばバカバカしい状況になったもんだ。グリンデルバルドの時がいかに『まとも』な戦いだったかがよく分かる。
「とにかく、ジェームズとリリー、フランクとアリスにはこの事を伝えなければなりませんな。その上で隠れさせ、時期を待ちましょう。」
「そうね……そうと決まれば早速行きましょうか。ほら、シャンとなさい。貴方が不安そうにしてたら彼らが困るでしょう?」
「ほっほっほ、ノーレッジにも同じことを言われました。そうですな、精々見栄を張ることにしましょう。」
二人で立ち上がって暖炉へと向かう。頭の中では予言について考えながら、ダンブルドアがフルーパウダーを投げ入れるのを眺める。
『彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つ』か。フランみたいな能力じゃなきゃいいが。いや……むしろそうだったら、早めにことが決まるか? 子育てする両夫妻は地獄だろうが。
益体も無いことを考えながら、レミリア・スカーレットは忌々しい暖炉飛行に身を投じるのだった。
─────
「いないいない……ばぁ!」
ムーンホールドの一室で、フランドール・スカーレットはベビーベッドに眠る二人の赤ちゃんをあやしていた。ハリー・ポッターとネビル・ロングボトムである。二人ともかわいいが、その反応は対照的だ。
ハリーはフランのことをグリーンの瞳で興味深く見つめているが、ネビルはちょっと怖がっているみたいだ。そして、そのどちらもが小さな手をにぎにぎしている。うーむ、面白い。
「いくよー? いないいないー……ばぁ!」
おっと、あまりやり過ぎないほうが良さそうだ。ハリーはこちらに手を伸ばそうとしてベッドから落ちそうになってるし、ネビルはそろそろ泣き出しそうになっている。
ハリーは勿論ジェームズとリリーの息子で、ネビルはロングボトム夫妻の息子だ。それぞれ一日違いで無事に産まれてきた。
ちなみに、産まれる時はこの屋敷が大混乱だった。安全を考えてムーンホールドでのお産となったのだが、夫二人は何の役にも立たないし、痛みにうめくリリーの声でフランはちょっと泣きそうになったのだ。モリーが騎士団員だったことに、あれほど感謝することになるとは思わなかった。
シリウスによれば、団員たちの中では『地獄の二日間』と呼ばれているらしい。ハリーが産まれた後は、みんな屍のように疲れ切っていたのだから無理もない。
慎重にハリーを落ちない場所へと寝かせ直していると、ドアが開いてリリーが入ってきた。
「フラン、ありがとうね、子守を任せちゃって。」
「全然ヘーキだよ。それより、プロングスの話はもう終わったの?」
「ええ。それで……今度はフランにも話があるんですって。私たちの部屋にいるから、聞いてあげてくれない?」
「おっけー。じゃあ行ってくるよ!」
ハリーとネビルにばいばいをして部屋から出る。リリーはちょっとやつれているみたいだ。交代で世話をしてるとはいえ、やっぱり夜泣きが大変なのだろうか? 早く話とやらを終わらせて、お手伝いに戻る必要がありそうだ。
決意を固めてポッター夫妻の部屋に入れば、ジェームズと……何故かシリウスが椅子に座って待ち構えていた。ジェームズはフランが入ってきたのを見て、真剣な表情で話しかけてくる。
「ピックトゥース、ドアはきちんと閉めてくれよ? かなり大事な話なんだ。」
ジェームズの言葉を聞いて、ドアが閉まっているかを確認する。こんなに張り詰めた彼は久しぶりだ。シリウスも珍しく真面目な表情だし、フランもちょっとだけ緊張しながら、リリーの使ってるベッドに座り込む。
「ピックトゥース、忠誠の術については知ってるか?」
いきなりのジェームズの質問に、脳内でぼんやりした知識を思い出しながら答える。
「うん。ムーンホールドにもかかってるやつでしょ? 誰かに秘密を閉じ込める……みたいな術?」
「まあ、そんな感じだ。とにかく、それでハリーを……ヴォルデモートから隠す必要があるんだ。」
「ハリーを? あいつ、とうとう赤ちゃんを狙い始めたの?」
フランの質問に、ジェームズは苦々しい顔をしながらも頷いた。
「ちょっとした……予言があってね。僕には信じられないんだが、ダンブルドア先生も君のお姉さんも信じているらしい。そうなるとさすがに無視できなくて、こうやって対策を練っているってわけさ。」
予言? よく分からんが、後でレミリアお姉様に聞いてみよう。とにかくその忠誠の術とやらの話なのは分かったが……。
「フランにその術のことが分かると思う?」
そんなもん分かるわけないだろうに。フランの言葉に、ジェームズが半笑いで口を開いた。
「いや、術に関しての相談じゃないんだよ。守人を誰にするかってとこで意見を聞きたいんだ。」
「秘密を閉じ込める人でしょ? そりゃあ……パッドフットなんじゃないの?」
五人組の中でも、ジェームズとシリウスはかなり仲が良い。それを思って言うと、これまで黙っていたシリウスがニヤリと笑って言い放つ。
「ほらみろ! 俺の言った通りだろう? ピックトゥースでさえもこう思うんだ、他の奴らも同じことさ。」
「違うの?」
フランが問いかけると、ジェームズは苦笑しながら頭を掻いた。
「いや……まあ、参考になったよ。他人の意見を聞いて、ようやく決心がついた。」
なんだそりゃ。随分と真剣な顔をするもんだから、もっと重要な話なのかと思ったのに。
「それだけなの? もう、それならリリーのお手伝いに戻るからね!」
「ああ、ありがとうな、ピックトゥース。今は話せないんだが……全部終わったら驚かせてやるよ。ハリーを守る、とびっきりの秘策があるのさ。」
シリウスも得意げな表情で頷いている。秘策? 二人で考えたのだろうか?
フランが首を傾げていると、シリウスが得意げな表情で話し出した。
「まあ見とけよ。真実を隠すべきは、宝箱の中じゃないってことさ。」
「ふぅん? よく分からないけど、参考になったならよかったよ。んじゃーね。」
意味がさっぱり分からんが、ハリーを守れるというなら大賛成だ。首を傾げながら赤ちゃんたちの部屋に戻ると、リリーがハリーとネビルを抱っこしてあやしていた。またしても泣き出してしまったらしい。
「ただいま、リリー。片方はフランが抱っこするよ。」
「あら、おかえり。それじゃあ、ハリーのほうをお願いできる? この子、貴女の翼がお気に入りみたいなの。」
なんだって? ハリーを抱っこしてから、試しに翼をパタパタしてみると……おおお、嬉しそうに手を伸ばしている。きゃっきゃと笑う姿は何とも愛くるしい。
それを見て微笑んでいたリリーだったが、再びむずがり始めたネビルの声で、慌ててゆらゆらと揺らし始めた。
「アリスと交代でこんなに大変なのに、一人で育てるなんて想像もつかないわ。モリーさんは凄いわね。」
「モリーが抱っこするとすぐに泣き止むもんね。何かコツがあるのかなぁ?」
「うーん、教えて欲しいねぇ。」
モリーがゾロゾロと子供を連れながらムーンホールドを歩いている光景はよく見るが、彼女は熟練の羊飼いのように子供たちを制御しているのだ。
たまに双子が群れからはぐれても、その度に素晴らしいスピードで引き寄せ呪文を唱えている。うーむ、子育てというのは大変そうだ。
考えながらハリーを揺らしていると……む、どうやら眠いらしい。欠伸をしながら目を閉じかけている。
「リリー、ハリーが寝ちゃいそうかも。」
「ネビルもおねむさんみたい。ちょっとだけ休憩できそうね。」
リリーと顔を見合わせて微笑みながら、赤ちゃんたちを再びベッドへ戻す。慎重にその小さな身体を寝かせてやりながら、フランドール・スカーレットは彼らが幸せな夢を見れることを願うのだった。